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検索対象: 現代日本の文学 42 島尾敏雄 井上光晴集
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1. 現代日本の文学 42 島尾敏雄 井上光晴集

現代日本の文学 42 島尾敏雄 井上光晴 全 60 巻 著者 発行者 発行所 島尾敏雄 井上光晴 古岡滉 集 昭和 57 年 10 月 1 日 26 版発行 昭和 46 年 1 月 1 日初版発行 鑾学習研究社 東京都大田区上池台 4 ー 40 ー 5 〒 145 振替東京 8 ー 142930 電話東京 ( 720 ) 1111 ( 大代表 ) 印刷大日本印刷株式会社 暁印刷株式会社 製本株式会社若林製本工場 本文用紙三菱製紙株式会社 表紙クロス東洋クロス株式会社 製函永井紙器印刷株式会社 * この本に関するお問合せや当スなどがありましたら , 文書は , 東京都大田区上池台 4 丁目 40 番 5 号 ( 〒 145 ) 学研お客さま相談センター現代日本の文学係へ , 電話は , 東京 ( 03 ) 7 ー 1111 へお願いします。 OToshio Shimao,Mitsuharu lnoue 1971 Printed in Japan ISBN4 ー 05 ー 050252 ー 6 C0393 本書内容の無断複写を禁す

2. 現代日本の文学 42 島尾敏雄 井上光晴集

こ 0 「鹿島は変っとるね」しばらくして仲代庫男はいった。 「うん、英和辞典だけどね、それも煙草かなんかの巻紙に「接吻してぎたそ」という言葉と、煙草の巻紙に使用する するというなら話はわかるけど、巻紙にせんでずっと溜め目的ではなくコンサイスを買溜めしているという二つのこ とくというからおかしかよ」 とがとっさにうまく彼の中で整理できなかったからであ る。 「溜めとく、どうして」仲代庫男がたたみ返してきいた。 「どうしてって、どうしてかわからんけど、いま本屋にあ「入れよ : : : もしおふくろが兄貴のことを何やかやいうか るのは英語の辞引ばかりだけんね、店にはでとらんけど、 もしれんけど適当にいうといてくれよ」いつのまにぎたの 奥にはいつばいどこの本屋にでもあると鹿島はいうとっ かというふうに、自分の家の前で急に立止って津川工治は た。それを買溜めしてどこか東京あたりに送るとじゃない 仲代をふり返った。 かね」 「東京に送るって ? ・ : : ・ 東京が空襲で焼けたから、外国語 「東京 ? 」 の学校にでもまわすのかな」仲代庫男は玄関で自分の思い 「うん、本当のところはどうかよくわからんけど、いっかっきに救われていった。 鹿島からちょっときいたことがあるような気がするから : 「えつ」津川工治はききかえし、それからすぐその意味が ・ : あいつのことだから、そうして持っておけま、 。いまに値わかったらしく「東京に送るとかどうかはわからんよ、鹿 がでるかもしれんと思うとるのかもしれん : : : 」 島がはっきりそういうたわけじゃないからね、ただなんと 「値がでる ? 」仲代庫男はまた咽喉のところでからむよう なくそうきいたような気がしたから : : : 」といった。 な声をあげ、「値がでるって英語の辞引がどうして」と同「うん」自分の考えていることと、別のところで仲代庫男 ンじことを繰返した。 は返事をした。 レ 「いや、あいつがそう思うとるかどうかわからんけど : 「母さん、仲代をつれてきたよ」津川工治は奥に声をかけ ク とにかく買溜めしよることは本当だけんね」仲代の声におこ。 の 構 されるように津川工治はこたえ、さらにまたその言葉を「なんか戸島炭鉱の学校につとめられとるとかききました 「はっきりはわからんけどね、ひょっとするとそういうとけど : : : 」津川の母親のムラが姿をあらわした。 っても案外煙草の巻紙にするのかもしれん、あいつはよく「はあ、さっき寄ったんですが、みえられなかったから・ : ・ : 休みをもらってちょっと戻ってきたんです」仲代庫男は 変ったことをいって人をおどかすから : ・ : ことおぎなった。

3. 現代日本の文学 42 島尾敏雄 井上光晴集

、量 1 、ニン一一 三第 1 響 地獄の遍歴者 井上光晴の名は、ばくが工大の学生であった頃から 東京の文学青年の間で知れわたっていた。九州にいて その地方の革命連動や文学運動をひとりで支えている うわさ すごい奴だ、というような噂が伝わってきて、井上光 晴は上京前から伝説化されていた。 炭鉱出身の若い革 地命的文学者と聞いただけで、ばくなどにはとうてい及 の びがたい別世界の英雄のように思え、ただ畏の念を 隊抱くだけであ 0 た。 そうとうわし 自 その井上光晴にばくが関心を抱いたのは「双頭の鷲」 æ' を読んでからである。何かの時、井上光晴が戦争中の 海絶望的な右翼少年のことを小説に書いていると教えら れ、古雑誌の中から「近代文学」昭和二十七年二月号 在 を探し出し、元の題が「一九四五年三月」というその小 現 説を読んだ。ばくはそこに、戦争中のばくたちの世代 港 軍 の右翼的心情をはじめて描いている小説を見出したの 戦争末期の純粋のうえにも純粋をめざし、反逆的 戦 に右翼化していった、暗いデスペレートな雰囲気がは しめて文学化されているのを見たのだ。戦後、軍国主 港 保 義や右翼思想を内部から書くことはタブーになってい 世 佐 た。そのため戦争末期、ほくたちを包みこんだ右翼的

4. 現代日本の文学 42 島尾敏雄 井上光晴集

ひじ その時、「ぎたぞ」と津川工治が仲代の肘をつつき、「もないけんね、ここの宿舎にはそりあ不良の人もおるけど、 う一人きとる、二人だ」と眼を光らせるような声でいつうちも木室さんも不良じゃなかよ、そう思うてつきおうて た。それから「津川」という鹿島明彦の声が仲代のつい耳ね、うちは鹿島さんをしっとったから信用してきたとよ」 元できこえ、「おいここだ」と津川工治が返事をして木のといった。 陰からでていった。 「おれたちも不良じゃないよ、なあ」鹿島明彦はその言葉 「おつ、ここか、この人が内村葉子さんだ、この人はええ におされて津川をみた。 と : : : 」鹿島明彦はいった。 「不良じゃないですよ」津川工治はいった。 「木室というんです」言葉につまった鹿島を笑いもせず、 「ただ話したかったとよ、うちたちは友達もいないから」 内村葉子はいった。 まじめな調子でその女は自分の名前をつげた。 「木室益江さんよ、同じ学校だったとよ」内村葉子はいっ 「学校は熊本ですか」津川工治はいった。 こ 0 「ええ」木室益江は返事をした。 「もう一人っれてくるとよかったとだがね、ちょうどいな「戦争がひどうなったから大変ですね」と津川工治はいっ かったんだ」鹿島明彦はいった。 た。その声をきいてくすくすと鹿島明彦が笑い、それから 「もう一人っれてくる、なんて失礼ね」内村葉子が鹿島をまた内村葉子が笑って全部が笑いだした。その笑いにほぐ にらんだ。 された気持に乗って内村葉子は「東京の学校はどこです 「これは仲代、東京の学校にいっとる、こっちは津川、おか」仲代庫男にきいた。 あいぼう 「ええ : れの相棒」鹿島明彦はいった。 : ・」仲代庫男は、ちょうど列車の中で最初芹沢治 「あっちにいきましようか、あっちの畑のところに話ので子からきかれた時と同じような曖昧な返事をした。 きるところがあるとよ」内村葉子は鹿島明彦と一緒に先に 「仲代は秀才でね : : : 」津川工治がその曖昧な言葉を助け こ 0 立って歩きだした。木室益江がだまってその後につづき、 そのまた後から津川工治と仲代庫男が、何か内村葉子の声「津川」仲代庫男はその声のつづきを制した。 に退路を断たれたような気持で歩いていった。 「東京は空襲がひどいんでしよう」木室益江はいった。 林をぬけて荒地のまま放ってある畑の草むらに自分から「ええ、ひどいですよ、みんなやられてしまってね、僕も 先に腰をおろすとすぐ内村葉子は、「うちたちは不良じや今日、命からがら焼け出されてかえってきたんですよ」仲 きむろ

5. 現代日本の文学 42 島尾敏雄 井上光晴集

「いや青年学校じゃないんだ、まあ青年学校と同じだけど「まだ佐世保はよかよ、東京はひどかったからな」 ね、技能者養成所というんだ、月水金の午前中だから暇は「今夜の映画、あんまり面白うなかったね、はじめから筋 - 」第ノ↓、 がわかっとるもんね」津川工治はいった。 あるけどね、それでも何やかやうるさいよ、他に坑務とか うつ 労務とかに勤めとらんで学校たけで教えとるのはおれ一人「なんかだらだらした撮し方だったな、育てた子がなぜ最 初からあんなに不良なのか、さつばりわからんからね」仲 だからね、前働いてた時と空気も大分変っとるよ」 「前は坑夫で、いまは先生じゃ、何か具合の悪かやろね」代庫男はいった。 ままはは 「いや、いまいるところは本坑だけん、そういうことはな「継母だから、ぐれたんだろう」津川工治はこたえた。 いけどね、割当の増炭目標が大きすぎて皆いらいらしとる「継母だから最初からぐれているというのはおかしいよ、 実際の母親は別にきちんと病気で死んどるんだからね、赤 んだ、ひどかよ」 ん坊の時からあの少年を育てたんだろう、本当の母親じゃ 「東京にはもうかえらんでよかとか」 ないって叔父さんからきくのもおかしいよ」仲代庫男はい 「どこで働いてももう一緒だからね」仲代庫男はいった。 あて っこ 0 その後の状況を学校宛に報告し、動員その他の処置につい て聞いたにもかかわらずまだ何の返事もこないことを彼は「継母だから海兵受験がだめになると悩むところもなんだ ちらと思い浮かべたが、そのことにはふれずに「本土決戦かおかしかね : : : あとで本当の愛情がわかって、海兵でな になれば、もうどこにいても同じだから・ : ・ : 」と同じことく予科練を受けることを決心した、というのもなんか屈 をくり返した。 にあわんからね : : : 」津川工治は後の半分を口の中で呟い こ 0 「本土決戦になるやろうかね」津川工治はいった。 ン 「なるさ、沖繩もやられたからね」佐世保駅前の広場にヘ 「担任の教師の考え方も少し変だったな、愛は血よりも濃 レばりつくようにして蹲っている人々をみながら仲代庫男はしなんていうセリフをけろっとして使っていたからね」仲 っこ 0 の 代庫男はいった。 「とにかくおかしかよあの映画は、海兵に入るのになぜ継 虚「明日の分の切符の行列やろ」津川工治はいった。 母だからだめなのか何も説明しとらんからね、本当にだめ 「いまからもう売るとやろか」 「十時に売りだす分やろ、二十枚位しか売らんとに大分並かだめでないかそのままにして、すうーっと予科練の受験 の方にいってしまうんだからね」津川工治は前の言葉を高 んどるね」

6. 現代日本の文学 42 島尾敏雄 井上光晴集

「妊婦たちの明日」に出てくる崎戸炭鉱・炭鉱住宅アパート廃鉱 後、住む人もなく昼間から静まりかえっている光景は実に不気味だ ンもけばけばしく、 ばくに敗戦直後の東京を思い起さ ギリシャなどの せると同時に、スペイン、イタリ 港街に遊んだときのエキゾチシズムを連想させた 廃墟の中の〃故郷〃 翌朝九時、市営桟橋で夫人の実家に泊った井上と落 ーボートで大島、崎戸島に向かう。 合い ごみごみした桟橋を過ぎると英海軍の巨大な輸送艦 がます目につく。 ついで海上自衛隊のいかにも捷そ うな完全な近代武装された駆選が目の前に迫ってい る。あんな船をひとっ持って各地に革命を起したらと 思 0 ていたら同じことを井上が言う。そこから山屯 たろうひらたしんさく 太郎や平田晋策の戦争中の空想小説の話、軍艦の話に くりぬかれていて旧海軍の石 なる。あの山腹が、全部 油タンクで、今は米軍に使われている。丘の下は地 下弾薬庫だ。反対のあの倉庫あたりが「虚構のクレー ン」で軍需物資を収に行 0 たところだと教えてくれ る。今も米軍に占領されている対岸を眺めているうち に船は狭い水道を通り、外洋に出て、大島に向かう。 昔は大島と崎戸島との間に橋がなく、ポンポン蒸気で 数時間かかって崎戸島に行ったという こん , っ 佐世保で生活に困窮した祖母は親類を頼って井上を 43

7. 現代日本の文学 42 島尾敏雄 井上光晴集

長崎高等商業学校卒業を記念して左 より 2 人目が敏雄 ( 昭和 10 年 3 月 ) 上太宰府で雅江と ( 昭和十 ・七年 ) 左九大時代後列右よ り四人目が敏雄 ( 昭和十八年 ) 友人の出征を記念右より二 人目が敏雄 ( 昭和十六年 ) その後東京に移り、二十八年ごろから夫人の心因性神 経症で苦しむことになります。昭和三十一年、妻子と 8 ともに奄美大島の名瀬に移住して鹿児島県立図書館の 4 分館長として勤めながら創作活動をつづけ、三十六年 には「死の棘」で芸術選奨を受けました。その後もい わゆる「病妻もの」や、島での体験を書いたものや、 超現実的といわれる作風のものなど、多くの作品を発 表しています。 島尾氏が固執して反芻してきた体験のなかに二つの 異常なものがあることは、その経歴から察知できると 思いますが、そのひとつは、氏が海軍予備学生を志願 し、のち奄美群島加計呂麻島で特攻隊員として死に直 面しながら敗戦を迎えたことであり、いまひとつはそ のときに知合って結婚した夫人が精神に異常を来たし たことで、とくにこのあとの体験は「病妻もの」とよ ばれる一連の作品を生んでいます。他方、「島の果て」 「孤島夢」「出発は遂に訪れす」などが前者の体験を生 みの母としていることはいうまでもありません。 この二つの体験を抜きにしては島尾氏の 文学は語れません。それはこれらの異常な体験が島尾 氏を変えたとか、その文学を変えたとかいうことでは なくて、その異常な体験を反芻する形でしか小説が書 けないという私小説作家がそこにいるからであって、 はんすう

8. 現代日本の文学 42 島尾敏雄 井上光晴集

蛎浦島定 どで飲屋に入ると、こんな高くて不味い魚を食ってい かわいそう る東京人は可哀相だ。佐世保じゃピンとした活きのい し鰯でも鰺でも鯛でも、百グラム五円だ、と日頃自慢 していた。けれどいくら佐世保でも百グラム五円だな んて、と言ってみんな井上のホラとして信用しなかっ た。おれはホラ吹きかも知れないがそんなことでウソ は言わない、その証拠を今奧野に見せるのだと市場街 に連れて行く。半信半疑でついて行ったばくも市場を 図す 回ってなるほどと、つならざるを得なかった。東 ~ 足には 地内て の案っ 絶対見られない活きのいいピンとした鰯や鰺やなど 前を立 以墟在 が一山に積まれ、百グラム五円と書かれたきよう木が 鉱廃現た ささっている。五円などという値段を見たのは久しぶ 廃の 鉱氏 りだ。翌朝の市営桟橋前の朝市で、それこそあっと驚 図炭男カ 全戸健屋 くような安い魚、野菜、果物を見た。第蜜だ 0 たが ) 崎野納 百円では一人で持てないくらいの大包みになり、三十 炭右の 円買ったのだが四人で食べても食べきれないぐらいの g る材ん量だった。ここでは五円が重要な生活費として生きて あ取王 ーポートで、撮影 いるのだ。だから、大島に行くフェー 島でとか ・、、ばくたち以外誰も 浦料 ) 氏の必要上百円高い一等に乗ったカ 資上 しオし 「こんな一時間の船に混んでもないのに百円 な氏井 県重晴に バッカしゃなかろうかとみんな見 出して一等に乗る、 崎貴光 長や上 たているよ」と言った井上の言葉が実感を帯びてくる。 今井あ 上でるる井上に案内されてめぐった佐世保とその周辺は美し

9. 現代日本の文学 42 島尾敏雄 井上光晴集

故郷のない放浪者 福島県相馬郡小高町、横浜、神戸、長崎、福岡、ル かわたな りよドゅん ソン島、朝鮮、旅順、横須賀、川棚、奄美群島加計呂 冲、ハワイ、プ 麻島、徳之島、東京小岩、奄美大島名瀕 エルトリコ、ロシア、ポーランド、東欧、冲繩等々、 以上あげた地名は、何れも島尾敏雄がある時期暮した か、あるいはさまよった土地であり、いすれも作品の 重要な舞台になっている土地である。 島尾敏雄文学紀行の旅をするならば、ます行かなけ ればならぬのは「夢の中での日常」や「孤島夢」をは 行っ圃 しめとする夢魔の世界をおいてないのだが、そこは島 通景田り 浜が風でぶ尾以外の余人には叫り得ぬ道である。とすればばくた のヤ邪園まか △ ち読者は島尾の夢を形成する素材になったであろう風 上《無田ろな 村思のこ 景を、あるいは彼が〃目をひらいて〃描いた作品の舞 、ら . と一近と かん付ふ 台になった土地を辿りながら、彼の内的な心象風景を 浜さ町山 想像する以外ない。しかしそれにしても先にあげたよ ′窈あ高の チ内ば小脈 ) うに島尾敏雄は実に多くの土地をさまよい歩き、転々 ~ 部を県山上 角こ島隈る と移り住んでいる。彼は処女創作集の題名に名付けた ーれ第こ福ぶ武 ように本質的に故郷を喪失した″単独旅行者みである 県 あ阿て なんめい のだ。巷町のエキゾチシズムに、南溟のぬくもりに、 島磯の 0- うはく 北方のスラブの風に誘われあてどなく漂泊する放浪者 た遠が

10. 現代日本の文学 42 島尾敏雄 井上光晴集

「直接きくことはできんし、むつかしい」前と同じことを の金田在順がきいたというんです。 : : : 」 小野係員はくり返した。 「それで朴本はどういっているんですか」小野係員はきい こ 0 「それにしても、いまどき、誰がやったかしらんがよくそ 「いや、そこで皆さんにこうして話すわけですが、朴本準ういうことをしでかしましたね。朝鮮人がんばれ、ですか、 沢がその事件をしっていることはわかっている。しかしまよくそんなことを半紙にかいてね」庄野係員はいった。 つま「半紙の上に一銭銅貨を四枚おいていたというのはどうい だ労務課も警察も何にもそれには手をつけていない。 りおよがせているというんです。よんで調べればそりあ早うわけでしようかね」小野係員はいった。 いですが、そうしても朴本がまた誰からか人のいうのをき「半紙が飛ばんようにでしよう。いや、飛ばんようになら いたといえばそれまでですからね : : : 」 石でもできるわけだけど : : : 」谷田技師は自分で自分の言 「私たちにどうしろと : : : 」岩松助手はいった。 葉を否定した。 「朴本が養成所で誰かにしゃべっていないか。また逆に朴「それは目立つようにしたんでしよう : : : 」岩松助手はい 本にしゃべった奴はいないか。朝鮮人の生徒でどの位このった。「その、朝鮮人がまんしろ、というのはわからんこ 事件のことをしっているか、それを調べてくれというんでとはないが、もうすぐだ、というのはどういう意味でしょ すがね」いわねばならぬことを全部いい終ったというロ調うかねえ」 「もうすぐだ、ということねえ」小野係員がその言葉に重 で谷田技師はいった。 ねた。 「むつかしいですね」小野係員はいった。 「それは、もうすぐすれば本土決戦になるということじゃ 「それで何ですか、この養成所がそういう話の伝達場所に でもなっているといわれるんですか」庄野係員はいった。 ないか」庄野係員はいった。 レ 「いや、養成所にそういう責任、責任じゃないですが、な「本土決戦になるから起ち上れ、か」岩松助手は無責任な のんというか、そういう場所になっているということじゃな声でそれに同調した。 虚いんです。ただ朴本準沢がは 0 きりそのことをしっている「仲代君はどう思う」谷田技師はきいた。 一人だということはわかっている。それを調べるわけです「えつ、もうすぐだということがですか」仲代庫男ははっ ね。朴本がどこでその話をきいたか、また誰にしやべったとしたように顔をあげた。朝鮮人たちがまんしろ、もうす ぐだ、と鉛筆でかかれた半紙のことから連想して、東京か か」谷田技師はいった。