「悪いかな、果して。体当りで、アメリカを吸収しているをゆっくり歩いてゆく黄色い長い髪の娘を見つけると、 つもりかもしれない。」 「あ、ジャニスだ。よし、彼女に晩飯おごって、その後 「しかし、僕は結婚するにしても、アメリカに、いや、外で、日本のおいしいお茶があるからといって、・ほくのア・ハ 国に留学した女はいやだなあ。」 ートに連れこむことにしよう。失礼します。」 彼は、外国に留学して、しかも温良な妻になっている、 金沢は彼をふり切るようにして走っていった。短いスカ 何人かの女を思い出して、金沢にそういう実例を説明し ートの下から、白靴下に包んだ長い脚を、もて余すように こ 0 して歩いていた娘は、金沢がけよると、しばらく立ち止 「しかし、そんな人は、何も留学なんかしなくても、よか ったが、川田が追いっかないうちに、金沢と肩を並べて、 ったんじゃないですか、ただの奥さんになるんなら、何も明るい下町の方へ早足で歩いていった。 彼はモーテルに帰ってから、自分の部屋でパンとチーズ 「しかし、君がデン・ハ ーの政といわれる旅烏なら、フ = ニと、ソーセージと、オレンジとでタ食をた・ヘた。どれも日 ックスのおケイなどという・ ( クレン女と似合いの夫婦だ本では手にはいらない種類のもので、うまかったが、彼は 心なぐさまなかった。ケイでもジャニスでも、 しいから、女 「冗談じゃないですよ。川田さん、英語でキンタマって、 にそばにいてほしかった。しかし、この町では、女のいる 何というか知ってますか。」 遊び場はない。女が必要なら、金沢のように、誰か適当な 「えーと、中学一年のころ、和英を引いてお・ほえたことが女をさそわなければならないのだ。 あったが、何といったかな。忘れた。」 彼は、教室で一緒になった女を思い出した。裏の切れた 「そうですよ。男だって、知らないのが普通ですよ。使う上着を着て、穴だらけの靴下をはいた女。あの女なら、食 町ことないですからね。それを、おケイのやっ知ってんだな事にさそえば気軽についてきたかもしれない。、 しつか , も、 ああ。相当のタマですよ、あいつは。」 金沢の別れたあたりまで、二人で帰ってきたことがあっ の校舎はもうタ闇の中で影絵のようになっているが、学生た。その時、女は、 が歩く芝の間の道は水銀燈で照らされて、まるで夢の中の 「さて、これから、どうしようかな、図書館へ行こうか。 情景のような、スポットライトに照らされて、そこだけ闇夕食を先にするか : の中に浮き上っている舞台面のように見えた。金沢はそこ と立ち止った。あれは食事にさそうなら、さっさとし たびらす
久住は彼の配下の係員や作業員に紹介してくれた。しか 積みなおさなくちゃならんのだ。」 久住はそう言いながらも、良樹の目には今にも崩れそうし良樹がインタビューしてメモをとっている間、むつつり して、うつむいていた。さっき食器を洗っていた女たちの な崖の下を平気で歩いていった。 そばを通りすぎてから、ヒュ 1 ズが切れたように、久住の 「おや、女がいるね。」 じようきげん すいじふ 「当り前さ。一人者ばかりとは限らないし、炊事婦なんか上機嫌な態度が消えてしまったのだ。 良樹がメモ帳をしまうと、久住は、 もいるから : : : 」 「もう終りか。」 良樹が見ている前で、久住の肩の線がギクッと堅くなっ と念をおして、車まで見送りに来ようとする青年を、不 た。そして急に無口になって、そこを通りすぎた。何かそ の時、久住が見たものが、彼の心に衝撃をあたえたにちが機嫌な言葉っきで追い払った。久住はしばらく無言で良樹 いない。良樹は久住が何を見たのだろうと、左右をふりかと肩を並べて歩いていたが、 えったが、彼には目新しくとも、久住を驚かせるものは何「実は頼みがある。」 もない。 と言いだした。 左側は石垣で、彼らがいるのは、空濠である。右側は枯「さっき食器を洗っていた女の中に、老けてはいるが、目 くちもと 草のはえた土手があって、その上には道路があるらしく、 の大きい、鼻の高い、ロ許のキリッとした女がいたのに気 自動車のエンジンの音が絶えまなく聞こえてくる。まわり がっかなかったか。」 には、久住の事務所のようなプレハプの飯場が並んでい 「目が大きくて、鼻が高くて、ロ許がしまっていたら、一 て、すぐ近くには水道の蛇口があり、コンクリ 1 トの型に応美人じゃないか。」 使う簀の子のようなもので、洗面所や流しが作られてい 「うん。それがその女としたら、相当の美人なはずだよ。」 かご 会た。そこで大きな籠にプラスチック食器を、数名の女たち久住は吐き出すように言った。 さっき のが洗っている。久住が先刻言った言葉を使えば絶世の美女「気がっかなかったな。おれも念をいれて見たけれど、美 などはいない。中年の女か、老婆ばかりであった。よくみ人なんかいなかった・せ。」 爪 冫′ーマのかか 「しかし、君は若い女を探したろう。年は四十ちょっとだ ると頬の赤い、あねさんかぶりの下の黒髪こ。、 った若い女もいたが、男物のズボンやセーターで着ぶくれが、老けて見えるから五十近く見える。」 ているから、中年の女と見分けがっかなかった。 「その女がどうしたんだい。」 すこ からぼり
と、外は真暗で、ガラスには部屋の中の光景がうつり、そを長くのばし、日本なら、小学校一一三年の女の子が着そう 引こで、一人の東洋人の女が大口をあいて笑っていた。そしな、短く、裾のひろがったワンビ 1 スを着て、跣だった。 てその声が、彼の耳許でひびいたのでふりかえると、たしゴーゴーを踊っているのだが、べギーが・ハタ・ ( 夕、激しい ダイナミックな踊り方をしているのに、この娘は、軽やか かにそれは日本の女だった。彼に似ているというケイとい ひじ う娘にちがいなかった。彼が何もいわないうちに、女が手に床の上をとびはねていた。手も、肱を軽くまげ、手首か ら先を顔の前であおぐようにしたり、また、いやいやをす を出して英語で、 るように首を振ったりするだけで、テンポが早いのに、激 「あなたが、私に似ているという川田さんね。」 しい踊り、という感じはしなかった。 「あなたに似ている、と言われて、光栄に存じます。」 彼がくだけた言い方ができなくて、商業英語の文例のよ美しい娘ではなかったが、どこかいたいたしい感じがし うな表現をすると、女はもう一度、甲高く笑 0 た。と思うて、彼はふと、ポチチ = リ 1 の春という絵をした。そ と、そばにやってきた女と、けたたましく、何か話しあして、肉体的には、・ヘギーの方が、はるかに女性的で、こ 、頬をつけて、抱きあった。そして、またたく間に人混の娘はむしろ中性的なのに、ペギーが男で娘が女役のよう に思えるのだった。 みの中に見えなくなった。 小さな家なのに、人が多すぎた。まるではね時の劇場の踊っている二人のそばに、赤ん坊が一人、はっていて、 その子をつかまえようとしている三つほどの女の子が、二 廊下のようだった。台所には飲物の瓶をのせた台があり、 隣の居間のテー・フルには、桶一杯のサラダと、山のような人に踏みつぶされそうにして、動ぎ廻っていた。 ・ハンがのせてあり、それと並んでこの国の女の尻ほどもあ「踊りますか。」 金沢に日本語で耳許で言われた。金沢という男は、ベト る肉塊があって、何人かの女が、手に手に刃物を持って、 コンのように神出鬼没だ、と思った。 それをきりきざんでいる所だった。 音楽が急に鳴りだしたので、そちらに行ってみると、三「あの娘、あんなに典雅なゴーゴ 1 を踊る人を、はじめて 畳敷ほどのせまい場所で、二人の女が踊っていた。一人は見た。」 「どの娘、ああ。」 まだサングラスを頭にのせたままのべギーで、・ハスタオル 金沢は急に笑い出した。 を腰にまきつけたほどの、短い皮のスカートをはいて、・ハ タ・ハタ、踊っていた。相手の女はか細い十五六の娘で、髪「あれはね、ここの主人の奥さんですよ。赤ん坊は彼女の おけ びん すそ
女がいて、彼女の手伝いをして飴を作ったり、男と女にわもし、自分がその気になれば、気のよい彼女らの誰か わいざっ かれ、猥雑なテーマのジェスチ、アをして遊ぶのも結構楽と、深い仲になれる、ということだけで、康郎は満足する ことにした。それが今は、母に秘密の女たちでなく、母の しかった。 へ行ってみると、寒いから公認の娘で、そういう関係になってもよい娘が現われたの ある冬の夜、吉田のアパート ふとん だ。それが弘子だった。 仕事をサポったという娘が一人で布団にくるまっていた。 「電熱器がこわれてんのよ。ここへはいりなさいよ。」 二度目に来た時、弘子は堅くなっていた。これが一種の と女が掛布団を持ちあげた。女は服を着たまま、夜具の見合いであることを母親から聞かされたに違いない。彼女 中にはいっているのだった。その誘いが自然だったから、 はテキストを見つめたまま、目をあげようともしなかっ やみいち 康郎は彼女と一つの布団にはいり、闇市で買ってきたビー た。そして康郎がちょっとでも大きな動作をすると、弘子 ナツを出した。女は米軍のキャンプからもらってきたといは異物にふれたいそぎんちゃくのように体を一層すくめる くちびる うカン入りのビールをあけた。唇をきりそうなほど、カンのだった。茶の間では二人の母親たちがのんびり笑ってい の切り口は鏘のに、女は平気でロをあてて一口飲むと、 る声が聞こえる。康郎はふと一一人の初老の女性から自分た おす ぶじよく 康郎にすすめた。金色のカンの〈りに、赤い口紅がついてちが侮縟されていると感じた。これは種付けのために、牡 いた。二人は布団の中で、お互いに体を温めあってしばら たと犬を持ちょ 0 て、それが終わるまでコ 1 ヒーを飲ん く雑談した。すると、女が突然、起きなおって、康郎の顔で待っている人間共と同じではないか。 を見た。 それなら、本当に牡犬になってやる、と康郎は思った。 まわ 「こんなになって、手を出さない男って、あんたがはじめ机を廻って、弘子のそばに行き、ねじ伏せようとすると、 彼女は音をたてないように気を配りながら、激しく抵抗し てよ。」 けいべっ こ 0 家讃められたのか軽蔑されたのかわからず、康郎は顔を赤 のらめた。彼は自分の衝動をおさえるのにそれまで精一杯の「いや、いや、いや。」 とささやくように言う。この上もみあっていると本当に 一一努力をしていたのだ。しかしそう言われたからといって、 衝動に我が身をゆだねるのは、あまりにも見識がないよう大きな声を出しそうなので、手をゆるめると、弘子はす早 に髞えた。 く起き直って、 「英語を教えていただきに来たのに。」 「そりや、男にもいろいろあるさ。」
難しい問題を解きあぐねて、ふと顔をあげると、大概そ怒った。 こにマサの目があって、 「あんな娘をお前におしつけようったって、そうはいかな 「お茶でもいれようか。」 。あの人たちの考えていることは見えすいているんだか と言って書斎の父を呼びにたつのだった。康郎もマサにら。」 知られては困るような本は茶の間に持ってゆきにくく、茶それは、公平に考えて、娘を康郎の妻にしようという一 けんえっかん たん の間は彼にとって、一種の検閲官の働きをしたことにな胆ではなく、当時の東京は住宅が極度に不足していたか る。 ら、娘を預けて安全で、またそれだけのゆとりのある家と 電話も茶の間にあって、康郎が青年になって女友達がでして、四十宮の家が選ばれたと考えるべきだった。 きても、彼女らとの会話は、マサの聞こえる所でしなけれ「お母さん、そりや考えすぎだよ。世間じや学院の学生 ばならなかった。 なんてのは、オムコさんとしてあまりいいもんじゃないん 「昔だと男が娘の所に押しかけたものだけれど、このごろだ・せ。」 じゃ、女の方から男の所に電話をかけて連れだそうとする もっとも康郎としても、今まで交際してきたような女た んだから。」 ちと違って、ちゃんとした家庭に育って、教育もある娘と マサが心外でならないという風に言うのを聞くと、康郎同じ屋根の下で暮すことに、期待する所がないではなかっ は何だかその娘との交際を非難されているように思うのだ た。そういう彼の下心を見抜いたように、 った。彼は女友達を家に連れてこなかった。茶の間に持っ 「あんな娘じゃなくて、もっといい娘をお母さんが見つけ てゆけずに、寝床の中でこっそり読む本というものもあてあげるから。」 にうし る。そして寝床で読んだ本が放恣なヴィジョンに満ちてい と言った。その「もっといい娘」が弘子なのだった。 家たように、彼が外で交際している女友達は最初から、彼の弘子の母の君子とマサとは学校時代からの親友であった の両親に紹介されることを望まないような女を意識的に選ん が、女同士の交友の常として、結婚、出産、夫の任地など だとも一一 = ロえる。 によって、親しく行き来することが二三年もあると、また 康郎が大学院生だったころ、知人から女子大に行ってい暑中見舞と年賀状だけの関係が何年か続くといった調子だ る娘をあずかってくれないか、と言ってきた時、マサはそった。戦中から戦後にかけて地方勤務だった弘子の父が停 れを言ってきたのが康郎であったかのように、彼に向って年でやめ、子会社の経営者の一人になって上京してから、
「おい、甲田。あれは昭和二十二三年だと思うが、君に米が、よくある話さ。我々とはちがう世界の女になった。」 やみや 「ちがう世界の女。」 の闇屋を紹介したことをお・ほえてないか。」 良樹は機械的に久住の言葉をくりかえしながら、平然と 久住はやっと例の女のことを話す気になったようだっ こ 0 そう言い切れる彼を立派だとさえ思った。つい一週間前の 「覚えてるよ、飯場の女に似た美人の娘がいて若い頃美人良樹なら、そういう女性をちがう世界の女どころか、女性 の中で最も人生の真実にふれた人だというようなキザなこ だったようなかつぎ屋のおばさんだろう。彼女の亭主が、 とを、すくなくとも口先だけでは言いかねなかったが、自 海軍の軍人で戦死したんだっけ。」 「うん。それから姉娘の夫がおれの海兵時代に世話になっ分がどこからどこまで俗物であると思うようになったな ら、彼女らを別な世界の人間と言いきってもいいはずだっ た人で、これはレイテで戦死した。」 てんしん・つしまん た。しかしまだ久住のように天真爛漫に言いきることはで 「妹の方は色が白くて、あのころ女学校を出たてだった。 いや新制に切りかわって、そのまま旧制で出るか、新制高きない。 「女房のおやじは参謀だったんだ。まだ日支事変の頃、上 校に残るかとか言ったな。」 良樹にとって、この一家はそんなおぼろな思い出ではな海で病死したんだ。」 かったが、たった今記憶をとりもどした、という顔をし「精神主義のくせに文弱の明治男かね。」 こ 0 「いや、立派な人だったらしい。話を聞いただけだが。」 「そう、そう。それが今のおれの女房。」 久住は目を細めて、グラスの中をのぞきこんだ。 それは本当に初耳だった。彼はその頃、なるべく久住に 良樹の記憶では、戦後の復興は電車の窓ガラスが大きく 会わないようにして、その家に行った。そしてある日、突なることからはじまったように思う。最初、窓は板張り 会然、この一家とのつながりが断たれてしまったのである。 で、郵便受け程度の面積のガラスがあるだけだった。車内 は暗くて、くさかった。そのうち、板の椅子に布がかぶせ の「そうか。そうなってたのか。美人だったな、体もいし られ、窓がガラスになった。もっとも割られない用心に、 太い材木で守っていたから、窓の面積は実質的には半分し 「さっきの女な、女房の姉じゃないかと思ったんだ。」 よ、つこ 0 そういう満員電車に乗っている時、良樹はニメ 1 トルほ 「あの頃は米軍の倉庫に勤めて、タイビストだったんだ につしじへん ッャソ
ってドギマギした。女は日本人に育てられた混血にちがい 「なに。月に十日はホテル泊りさ。」 ひとえまぶた なかった。よく見れば低い鼻や、一重臉の細い目や、黒く 「奥さん、そんなに早寝なのかい。」 「自分じゃ夜ふかしは平気なんだが、人を待って、夜おそ真直ぐな髪は、お多福型の日本女の顔だった。しかし骨太 な骨格やどっしりした筋肉は、チョコレート色の皮膚と共 くまで起きているのはきらいなんだ。」 に、レスラータイプの黒人の血を思わせた。しかし立居振 「ふーん、資本家の娘と結婚するのも、苦労なもんだな。」 舞を見ていると、どこかに、ずんぐりした胴長の日本人の 「愛してなくちゃ、とてもできやしないさ。」 体型を思わせるものがある。あのころ、日本中どこででも 田代はロ許に微笑をうかべた。冗談なのか本気なのか、 見かけた、軍服のズボンや胸のはちきれそうな、豆タンク 見当のつかない言葉だった。 の前にとまった。山のような黒人兵と、その腕にぶらさがっている背が低くて 車はごみごみした住宅街のアパ 1 ト 手線のガ 1 ドをくぐった記憶はあるが、夜ではあるし、良豚のような日本人のパンパンのカップルを、良樹は思い出 した。女は恐ろしく高い靴をはいて、よちょち歩いてい 樹にはそこがどこだかわからなかった。 た。原色のコートをひきずるように着て、顔は墨と紅で画 「このあたり新宿区かい。」 いた抽象画のようだった。 「いや、もう中野区にはいっている。」 そういうカップルを良樹は何百組、何千組と見たことだ 田代はアパートのドアを押しながら、ふり向きもせずに 答えた。田代が鍵を開けてはいった部屋はおそろしくちらろう。ひょっとすると、彼はエミの両親を、新宿や銀座で かっていた。その中央で黒人女がねそ・ヘってテレビを見て見かけたのではないだろうか。 田代は裸になって、スポ 1 ツ選手の着るトレーニング・ いた。女は田代を見ると立ち上って、とびつくようにし シャッとパンツに着かえていた。 て、何か叫んだ。肌が黒すぎるために、ロの中の粘膜がデ 会リケートな淡紅色に見えて、良樹は異様な情感をおぼえ「これが温かくて楽でいいんだ。君も着ろよ。」 こ 0 良樹が知らない女の前で裸になることをためらっている 「これ、おれの恋人のエミ こちらはおれの友人の甲田良と、田代は、 爪 「おい、ぐずぐずするな、酒持ってこい と言ってエミの尻をたたいた。エミが台所に行ったの 「今晩は。どうそよろしく。」 女が日本語をしやべるとは思っていなかった良樹はかえで、良樹はトレーニング・・ハンツをとりあげると、田代が しり たちいふる
は外聞が悩みの中心になる。 里子は夫のいない間、店の経営を見てくれと言うのだっ 「そう、おっしやっていただきますと : ・ : こ た。広吉の弟が専務として働いている。しかし彼はこの機 はがら 里子は目に見えて朗かになった。わけても、目の前にい会に何をするかわからない。傭人では支配人という地位の る清が似たような病気になりながら、二月ばかりの入院で片山という中年の男がいる。 恢復したということで力を得たようであった。しかしいく「この男は昔、私にプロポーズしたことがございます。 そう ら彼の慰めが効を奏したとは言っても、電話の時の印象で : 当時、私はお店に事務員として働いておりました。」 は、目の下にくまのできた女が、茫と家にいるという感「なるほど。」 きげん じだったのに、こうまで機嫌よくなられてしまうと、この清は彼女が何故、こんなに必要もないことまで打ちあけ 女はよほど喜怒哀楽の激しい女なのだと思うより仕方がなるかわからなかった。二人はこんな重大なことを頼むほど かった。それとも、この女は、無意識にせよ、夫の留守の関係ではない。 この女は機会を作ろうとしている。清は かんつう こうふん に、ほかの男を家にむかえるという心理的姦通に昻奮してそう思った。夫は不在で、彼女は時々、店へ出ることにな いる、いや、最初から、そのつもりで電話をかけてきたのる。しかし店の人間とは深い関係を持っことはできない。 かもしれない。 取引先の男なら、二人の関係は人に知れにくい。 この女なら遊んでみるのも悪くないなと、清は彼女が夫清の思いすごしかもしれないが、里子の話に乗ってみよ の病気と医師の話をするのを聞きながら考えていた。 うと思った。店の経営について、夫人の相談を受けたとい 「私にできますことがありましたら、何でもおっしやってうことで、危険ならいつでも引き下れるし、あくまでも、 下さい。」 堂の主人への友情からということで、相談相手としての 里子の話の切れめに、清はそう言った。それに対する里分を守ることもできる。 人子の感謝の言葉で席を立っきっかけをつかもうとしたの 「しかし、お店と関係のない私が昼日中お店へ乗込む訳に もいかんでしよう。専務も支配人もおられるんです。」 「いえ、私がだまされていないことがわかればよろしいん 「有難うございます。実は、南部さん、経営 0 ンサルタン トのようなお仕事と伺いましたが : : : 」 です。昔、店の経理を手伝っていましたので、どういう帳 「いえ、そうではないのですが、うちの記者には、そうい簿がどのように使われているかは存じておりますから、そ うことを仕事にしている者もおりますが。」 れをここに持って参ります。それを南部さんに見ていただ
「いや、今までの調子でインタビューするようなふりをし久住が言っていた女はすぐわかった。若い時は、という て、名前や家族のことを聞いてほしいんだ。」 よりは、良い環境で育てば、美人として通るかもしれない 「お安い御用だけれど、どういう訳なんだ。」 ような顔立ちであった。確かに、良樹と久住の古い共通の 知人に似ていないこともなかった。ただ笑うと歯ぐきがむ 「いや、訳は後で話すよ。」 ちょうど そう言うと、久住は早足で歩いて行ってしまった。丁度き出しになって顔の・ハランスがくずれた。 女たちが食器を洗っていたあたりである。良樹は水道の蛇女たちの話は要領を得なかった。話題がどんどん移っ ロのそばへ行ってみた。例の簀の子で組み立てた・ハラックて、どこの出身かとたずねても、話は戦争中の苦労話にな こと ったりしてしまうのである。その中でも久住の言う女は殊 が炊事場らしく、板のすきまから、湯気がふき出してい こ 0 に返事がはっきりしなかった。出身地を聞くと、聞いたこ 戸口に立っと、もう薄暗い室内に、何人かの人影が動いとのない部落の名前を言う。 しる なべ 「それは何県にあるの。」 ており、そばの大鍋には汁が一杯煮えて、獣脂のにおいが 「埼玉県よ。」 ただよっていた。 「ごめんください。週刊誌の者ですが、お話を聞かせても「埼玉県のどの辺。」 らえますか。」 「熊谷ってあるでしよう、埼玉県に。そうじゃない大宮か らの方が近いかな。そこからずっと行ってね。」 「ミッチャン、電気つけなよ。」 せつかく 「折角二枚目が来たんだもの、見えなくちやソンしちゃう「どっちへ行くの。」 ものね。」 「どっちって、あたしの家へ行くんじゃないの。」 、ツチャンと、 悪気のない華やかな笑い声が聞こえた。、 しかし素直たった。名前を聞くと、 う女がスイッチを入れたと見えて、部屋の中が明るくなつ「染谷恵美。亭主はね、山崎隆次。」 こ 0 と、良樹のメモ帳をのそきこんで、自分の名前の字を確 かめ、 「ねえ、写真でるの。」 さいごうたかもり 「さあ、わからないけどね。一応はとらしてもらうよ。」 「リュウジのリュウはそんな字だったかなあ。西郷隆盛の 「どこの週刊誌 ? 」 タカなんだって言ってたわ。」 「何を書くのさ。」 「年は。」 はな こ
急に英語でしやべり出した。エミに聞かせないためらしか たしかに田代はそれまでの彼とは人が変ったようだっ た。エミに肩をもませ、酒のつまみのチーズの切り方がま 「あれは、知能が標準以下なんだ。十七か八なんだけれずいといって、彼女をなぐった。しかしエミは何と言われ ど、小学校四年くらいだな。母親はいない。親類と施設でても、何をされても、おとなしく笑っていた。大体工ミの たくま 育ったんだが、色がついてるからな。親類は引きとってく逞しい体は、やせた田代がカ一杯なぐっても、あまりこた れる人がいれば、大喜こびさ。」 えないようだった。黒い皮膚は打たれても色が変らない 「ハウデイド・ユ し、分厚な肉はその衝撃も苦もなく吸収してしまうのだ。 エミは酒も強かった。水を飲むように強い酒を飲んでも 良樹も照れながら、お・ほっかない英語で聞いてみた。 「ホテルの入社試験を受けに来たんだ。寄宿舎があるから平気だった。いや、それは顔色だけを見ていた良樹の思い もちろん ね。勿論おちたんだが、叔母という女が来て、どんな仕事ちがいであった。次第に息使いが荒くなったかと思うと、 ためいき やと でもしいから傭ってくれというのさ。それでおれが傭っ耐えきれなくなったように、深い溜息をついて、いきな こ 0 り、服のボタンをはずしはじめた。 それまであお向けに寝ころんで歌を歌っていた田代が、 「女なら誰にでもできる仕事というのがあるからな。」 良樹は日本語で言った。英語が出なかったからでもあるあわてておきなおった。 が、日本人離れのした田代の英語の文脈を正しくとらえて「おい、エミ、待て。今夜はお客さんがいるから、裸にな いる自信がなかったので、田代にも日本語で話してほしかるのは : : : 」 った。 しかしエミはもうシュミー ズ一枚になっていた。田代は あきら 「そう。とにかく、おれは女房の両親と同居してるのさ。諦めたように、 「まあ、 だから、ホテルでも家庭でも、「イエス・サー」「イエス・ マム』と言ってなきゃならない。おれだって、のびのびし とまた横になった。 たいさ。それから、昔、米軍の女兵士の宿舎のポーイをし そのころから良樹の記憶も大分とあやしくなる。部屋の ていたころ、黒人兵がつれてきた女と、日本語で話してい中は石油ストー・フで暑かった。三人ともほとんど裸になっ て、いやというほどなぐられてな。またその女がゲラゲラていた。やせて貧弱な体の田代が、いやがるエミを抱えあ 笑いながら見てるのさ。」 げようとして、腰をとられてころんだのを、お腹をかかえ 、、 0