「て、はこっちへはねるでしよう。あれはあっちへはねて「ええ」 「おなかにも生えてる ? 」 れるから、て、じゃないの。あれは、け、です」 こうら 蟹の絵のそばに、 「おなかは生えていません。甲羅に生えてるでしよう」 「コウラって、どこ ? 」 「毛がに」 「かにの背中」 と書いてある。それを小さい男の子が、 「せなかにも生えてるの ? 」 「て、が、に」 ひじ 夫婦者の女の方が、肘でそっと男の身体を押した。自分 と声に出して読んだのであった。 ひょうし で押しておいて、その拍子に空気が抜けたような声を出 なるほど、手はこっちへはねて、毛はあっちへはねてい る。そういわれると、そうなっている。 男は、声は出さないが、ふき出すのと同じ顔になって、 だが、まだ幼稚園へも行かないくらいの子供でありなが ら、手という漢字を知っている。いまはちょっと間違えたちがう方を見た。 いい具合に電車が次の駅にとまった。 けれども、ともかく、読める字の中に入っている。 ひざ の大学生が、勢 向いの席にいた膝までのレイン・コート かに、はちゃんと読む。すると、平仮名は全部読めるの いよく立ち上り、ズボンのポケットから座席の上にお金が か。読み書き出来るのかも知れない。 こ・ほれ落ちた。 「毛がにつて、なに ? ー それがみな、十円玉であった。 と男の子がいった。 学生は急いで拾い集めて、フォームへ出て行った。いま 「かによ。ほら、絵がかいてあるでしよう まで坐っていたあとに十円玉ばかり、六つか七つ、残った 「かに ? つりせん ところは、それが釣銭か何かの小銭だけをポケットに入れ 「そうよ」 ていたというのでなくて、この学生の身につけている持金 「どんなかに ? 」 「よく知らないわ、お母さん。い 0 ばい毛が生えてるんでがそ「くり、そこにある , ー・・そういう感じなのであ 0 た。 しよう」 次の駅までは、ほんの少しか離れていない。発車したと 若い母親の声は、前よりも低くなった。 思うと、すぐもう停車だ。 「どこに生えてるの。あし ? 」
4 丘の明り 私の家内と上の女の子にその話をしていた。これも、私はとすれば、どうしてそんな名前がついたのだろう。 下の男の子が、ひところよく友達とこの池へ魚釣りに行 覚えている。私は炬燵に足を入れて、うたた寝をしてい おとな た。ゃぶの中で見えたり隠れたりしながら光っているものっていた。大人の人も釣りに来ているが、何が釣れるの どじよう というのが、何か生き物のような気がした。 か、知らない。子供はロぼそや泥鰌がかかるといってし 「その次の日の夜、みんなで行ったの。そしたら、そこまる。 でおりて行く前に、またその豆電球みたいに光るのが、は じめのところじゃない笹ゃぶで光ってるの」 「それで、明ちゃんがみに行ったの。そしたら、何か夢遊私は、次に上の女の子を呼んで、話を聞いた。 病にかかったみたいになって、・ほーっとして、あそこの横この子は最初の晩のことは知らないので、二日目の晩の の崖のところへおりて行ったかと思ったら、芝生の上をどことから話し出した。 んどん登り始めたの」 「こわいから、絶対に確かめなくちゃだめだ、といって、 「だけど、暗いから、あまりはっきりは見えないの。・ほー お母さんと明夫と良一一と和子で、夜、御飯食べてから、懐 っと黒く、明ちゃん。だけどまた、ちゃんとなって戻って中電燈を持って行ったの」 来たの。あとで、あれ、何だった、と聞いたら、何か針金 この子は、ここへ来た時は中学一一年生であったが、去年 みたいなもの、といってた。それがきっと春秋苑の方の光の春、高校を卒業した。そういう年でありながら、こんな りに反射していたらしい」 ことがあると、いちばんにみに行こうといい出す。 下の男の子の話は、それで終った。最後に春秋苑といっ しかし、自分がこわがりではないかというと、一一人の弟 たのは、ひとっ向うの丘の頂上にある公園墓地のことであに負けないくらいのこわがりで、もう何年も前のことだ にとん る。こちらの丘と高さが殆ど同じくらいで、そこへ登る が、夜中に、夏蜜柑のお化けが出て来る夢をみて、うなさ と、私の家が真正面に見える。 れて、私たちをびつくりさせたことがある。 はす この公園墓地の奥へ入って行くと、いちばん外れに子供「そして、そこの崖まで行って、緊張しながらおりて行っ が「ラウ・ハ池 [ と呼んでいる小さな池がある。 たの。そしたら、和子が最初に見つけたのかな ? 和子た ラウ・ハというのは、老婆のことだろうか。何か字を当てちのところから七メートルくらい離れたやぶの中に、何か るとすれば、ほかに考えられないが、しかし、もしそうだ光ってるの。ほんとに。青白いような感じの、。ヒカッ : : : 」 こたっ えん みかん
ことは出来なかった。同様に、住んでいなかったという証ったので、婦人が社会の各部門で働いた。それ以来、アメ 拠を見つけ出すこともまた出来なかった。 リカの婦人の中には女性は男と同じように立派に働くこと もしここに住んでいたとしたら、矢ロは二人の生活のあが出来る。決して男に劣るものではないという考えが生 じ、社会もそれを認め、その考えを助長する方向に向っ とかたが全く家の何処の隅にも留められていないことに、 た。その傾向が第一一次大戦によって急激に甚だしくなった かえって或る深い感じを味わったかも知れない。 アンジェリーニ氏が妻と別れてからここへ戻って来たのので、以前は家庭にあって子供の養育と夫を助けることに だとすれば、一一階の二つの部屋の様子は、やつばり矢口に全力を尽すことを妻の目的として来たアメリカの女が、今 日では男と競争するのが当然という風に考えるようになっ 何かを語りかけて来るのである。部屋の隅にあったべッド た」と、そう説明した。 は殊にそうであった。 「アメリカでも最初は父親が家族の長であった」 しかし、矢ロはアンジェリーニ氏に彼の結婚について口 とアンジェリーニ氏は云った。 を開かせてはならないという最初の決心をしまいまで変え なかった。そして、それまでのところでは、そこにいるア「初めから今のようではなかった。子供も両親の云うこと ンジェリーニ氏もその家族も、矢ロ夫婦も、過去に全くそには絶対に服従していた。それが普通であった。だから、 のような不幸が起らなかった家庭で話し合っている人のよ家庭は堅固なものであった」 矢ロは、六十年前のニューヨーク州の農家の生活を詳し うに話をし、食事をしていた。 アンジェリーニ氏と矢ロとがアメリカの妻について熱心く書いた本を読んだが、全くアンジェリーニ氏の云う通り に論じ合うようになったのも、一つには何事もなかったかであると云った。 のような家の中の空気のせいであった。 「アメリカの国民が初めの頃に持っていたこのようなしつ 風少くとも矢ロはそれを危険な話題とは感じることなしかりした家族の精神を失ったことは、本当に残念だ」 とアンジェリーニ氏は云った。 リに、一般論として意見を述べ合っている人のように話すこ とが出来た。 二人が話し合っている間、アンジェリーニ氏の態度には イ こうムん 「アメリカの婦人が何故男と競争したがるか ? 」というこ特別な興奮とか動揺は見られなかった。怨みがましい口吻 とからそれは始まった。 もなかった。その間に妹のクララは、「御免なさい」と云 アンジェリーニ氏は、「第一次大戦で人手が足りなくな って食卓を離れ、奥の部屋へ入った。そして、玄関で・ヘル こと すみ ころ はなは
386 代りがきかないような気がした。 もうどうなるか分らない」と、しきりにせつかちなことを 考えた。来年になって行ったら、もうこのお爺さんがいな 私はすぐにお礼の葉書を出した。そうして、佐渡から来いかも知れない。 しばらくの間、私は、 たこの手紙を机の引出しの中に入れた。 最後の便箋の欄外に書かれた言葉ーー「一度佐渡ヶ島へ「もしかすると、佐渡へ行くかも知れない。行くことにな もお出で下さい。九月まです。十月から海が荒れますーとりそうだけれども、まだはっきり分らない」 という風な気持でいることにした。 いう文字を私は何度も読み返した。 「九月までです」でなくて「九月まです , とあるのは、ふもともと私はどこか日本の田舎へ旅行してみたいと考え だんこの人の話している言葉が思わず出たのだろうか。そていたのである。ただ、その行先は、初めに書いたように れがまた、感じがあった。 田舎は田舎でもさびしいところではなくて、地方の小都市 今は四月であった。五月、六月、七月、八月と私は数えであった。それもどうという特色のない町で、ただそこの てみた。「十月から海が荒れますーというのを読むと、佐宿屋に何日か泊って、家にいるのと同じように暮して来よ うというのであった。 渡がいかにもさびしい島のように思えた。そうして、海が しかし、差当ってどこへ行こうと心に決めるところまで 荒れるというのが、船の連絡が跡絶えてしまうというのと は進んでいなかったのだから、佐渡へ行ってみることにし 同じように聞えるのだった。 そうして、まだ佐渡へ行こうとも何とも思わないうちたらどうだろう。 行ってみて、手紙をくれたお爺さんに会えればよし、会 から、 えなければそれでもいい。 とも角、これまで考えたことも 「行くなら今のうちだ」 なかった佐渡という島と私との間に、幻の橋がかかった ということを考えた。 今のうちというのは、九月までという意味であった。今それは、あると思えばある、無いと思えば無い、頼りない だったらこのお爺さんは元気で佐渡にいることは間違いな橋だけれども、ひとつ、この橋を渡ってみることにしては とうか 。行けば、きっと会えるだろう。 私はなぜこの手紙をくれたお爺さんに会うのか、それを私は佐渡の地図の載っている旅行案内を買って来て、浦 考えないで、「会いに行くのなら今がいい。来年になると、部怡斎というお爺さんのいる村の名前を探してみた。それ びんせん
ただ、その時に船の中で嫌いな沢庵漬が食事の度に出さエラー」というェッセイを読んだことがある。 れて非常に失望したことと、彼が今の年になってもやはり ロンドンの市中を発車した列車が、市の中心から遠ざか 沢庵漬を口にしないことだけしか分らない。 って行くにつれて、客は一人降り、二人降りして、しまい しかしこの話は私に隠された男の残りの部分の生活を暗にはその箱の中に彼が一人だけ取り残されてしまう。 示しているようにも思われる。 閑散とした夜行列車の中で、彼はひろびろとした空間を 「ニンジンはいや」とか、「トマトは食べない」というの たった一人で占有した喜びを味わいながら、ここで何をし わがまま は、世の中の恵まれた家庭の我儘な子供の云うことであて遊・ほうと自由だとひとり言を云っている。 る。 逆立をして通路を歩いても誰も文句を云わないし、床の オ 1 ルナイト食堂で弟が聞いた話は、同じ好き嫌いで上でマー・フル遊び ( おはじきのような遊びか ? ) をしても も、違った印象を与える。私はそれを聞いた時、悲しい気構わない。 持がしたが、悲しい気持だけではなかった。 その時、彼は誰もいないと思っていた箱の中に、一人だ まじめ 本人が真面目であるのに、物事がちぐはぐにうまい具合け客がいたのを発見する。 こつけい に行かないのを見る時には、滑稽な感じを伴うものであその相客というのは、一匹の蚊だ。 る。それにそういうことは、貧乏な人間と金持とでは、貧彼は偶然にも同じ列車の同じ箱に一一人だけ乗り合わし 乏な人間の方に起りやすいように思われる。 て、夜の静寂な空気の中を旅行することになっためぐり合 私はここでもう一つの話を思い出す。それは人から聞いわせを喜び、退屈まぎれにこの蚊に向 0 て、ながながと演 たことではなくて、私が直接耳にしたことだ。好き嫌いの説を始める。今度、気が付いた時は、そばに顔見知りの駅 話ではないが、それに近い話だ。 員が立っていて、「あなたの降りる駅ですよ」と彼をゆり それを私に話した人の名前を、私は覚えていない。会っ起している。 たのは一度だけであった。十年前のことである。 知らない間に相客は何処かで下車してしまっていた。 そんな話である。学校時代に教科書で読んだので、 私とその人は奇妙なめぐり合わせで一緒に汽車で旅行を記憶もあやふやであるが、大体右のような筋であった。 1 ・トラヴェラ 1 となった その人と私は、やはりフェロ ガーディナーという人が書いた「ア・フェロー・トラヴのだが、それは普通の旅行ではなかった。 たくあんづけ たび
は、彼が期待していたように、記憶の懐しさをすぐに呼び今度は全体にばっとしなくなったように思われた。額 戻してくれなかった。 あんなに禿げ上っていただろうか ? 細く引きしまってい ふと 「すっかり忘れてしまっていたのだろうか ? 」 た身体が、今度は肥り気味になっているようだった。あの 矢ロは突然に起った疑問をどう解いていいか考える暇もしなやかな感じが無くなってしまった。 なく、眼の前にいるアンジェリーニ氏に近づいて行って握 ( もう少し後になってから、矢ロはこの時一暼して得たア 手をしたのであった。 ンジェリーニ氏の印象が、ひと言で云えば、「暗い。老け 最初、アンジェリーニ氏がひとりで立っているのを見た た」ということに気が付いた。 ) 時、矢ロは夫人が一緒に来ていないことで、軽い失望を感 じた。彼の心の中にはあの美しい夫人をもう一度見ること ひそ アンジェリーニ氏の車の前の甯に、矢口を中にして三人 を待ち望む気持が潜んでいたのである。 はず が坐った。 この期待が外れたことと、アンジェリーニ氏を見て見覚 エンジンのスイッチがかからなかった。アンジェリーニ えのない人に会うような気がしたこととは無関係であっ 氏は続けさまに試みたが、駄目であった。 た。しかし、夫人を連れて来なかったことは、電話を聞い 「こんなことは、一度も起ったことがない」 た時に矢口が最初に感じた無愛想のようにも、事務的であ アンジェリーニ氏は不審そうに云った。 るとも思われるような言葉の響きと、つながりが無いでも 矢ロは自動車のエンジンまでが丁度いい時を狙って故障 ない を起したと思った。誰のせいだろう ? さかのほ もっと遡れば、アメリカへ来てから矢口が受け取った しかし、矢ロは成行きにまかせるより他しようがなかっ 一「三通のニュ 1 ヨークからの手紙にも、いくらか似通っ た。豊子もアンジェリーニ氏がすることを見ていた。 あわ 風たものが感じられた。 アンジェリ】ニ氏は、しかし腹を立てもせず、慌ててい ア それは矢口が日本で彼等と会った時に受け取った感じとる風も見せなかった。 タはどうしてもびったり重なり合わなかった。 車がもしこのまま動かなければ、どう始末をつけるの アンジェリーニ氏そのものについて云えば、前に会った 、刀 0 ー 時はもっと端正で、きれいであったような気がする。若矢ロは手出しが出来ないので、そんなことを考えた。す しなやかさがあった。 ると、後にいて矢ロたちの車が出るのを待っていた車から なっか いらべっ
ただただ眠いだけであったのか、私には全く分らなかったの時間になれば家にいても起き出す習慣なのか、五時ごろ になると入れかわりたちかわり顔を洗いにやって来て、あ が、車掌の云うことは聞き分けたらしかった。 らん限りの音を出して洗うのであった。どうしてそんなに 車掌は彼が降りる時、もう一度、 「こっちから来る・ ( スですから、それに乗って下さい。最よく聞えるのか不思議でならないが、私の寝ている部屋の 中に洗面所があるのではないかと錯覚を起すほど、よく聞 終ですから」 える。 と云った。 これではとても眠ってはいられない。 彼女は最初にこの男に気が付いた時も、迷惑そうな顔を しないで、むしろやさしく彼に行先を尋ねた。普通だった郭公の声と鼻をかむ音とがかわりばんこに聞える。どう ムきげん ら、彼女は思い切り不機嫌な声を出して、切り口上で物をしてあんなに音を立てて顔を洗うのだろう。あれだけの音 云ってもよかったのである。私たちはそういうことに馴れをし・ほり出さないと顔を洗った気がしないというのだろ っこになってしまっている。 それにその車掌は珍しく顔だちの整った子であった。私私は考えてみた。こういう顔の洗い方をする人は、誰か しか はてつきり眠っていた男が叱られると思ったのに、そうはらそれを学んだのか。おそらく子供の時分に彼の父親がこ んなに音を立てて顔を洗っていたのに違いない。だが、子 ならなかった。 彼は乗って来た時と同じようにあたふたという感じで・ ( 供のうちはその真似はしなかった。顔なんかろくに洗わな いで、母親に叱られていた。 スから外の暗闇の中に消えた。 ところが大きくなって、昔の父親くらいの年になると、 私の降りる停留所はそこから一一つ先であった。 何時の間にやら、父親がやっていたのとそっくり同じ洗い 方をやり出している。ビストルを撃ったのかと思うような うぐいすかっこう 渡 旅館は松林の中にあって、朝早く鶯と郭公の鳴く声が音を立てて鼻をかむ。 よく子供のうちは父親の性質と少しも似ていないように 佐聞えた。 もっとも私の部屋のすぐ隣りが洗面所なので、鶯と郭公見える男の子が、親父になるとびつくりするくらい父に似 がんこ の声だけ聴いているわけにゆかない。出発の早い団体客がて来ることがある。かりに父親が頑固なので有名な男であ ったとする。その子供が穏かな性質で、気が弱すぎるので いるのか、それとも出発の時間とは関係なしにこのくらい
小学五年生くらいの子供で、父親のそばで見ていた。音ももう少し高くなったきり、太くも大きくもならない。中 がしたので、みんながそちらを振り向くと、釣師が手を伸心となる幹が出来なくて、根からすぐに分れた枝がどれも して子供を引っぱり上げるところであった。 同じくらいの太さで空に向ってひろがっている。 男の子は首から下がずぶ濡れになっていた。 父親は最初はこう考えていた。子供が庭で隠れんぼをし なごや 釣堀に残っていた人の間から、和かな笑い声が起った。 て遊ぶ時、木のうしろに隠れることが出来るくらい茂って あきら 釣れないので重苦しい気持でいたのが、この出来事で緊張くれるといいと。ところが今ではもうそんなことは諦めて が解けたのである。 しまった。 何時まで経ってもかからないので、じりじりしていた釣父親がライラックを眺めている時、畑の間の道をチンド 師の姿勢が、連れて来た子供に伝わって、それであっといン屋の一隊がやって来るのが見えた。 う間に落ち込んだという感じであった。 先頭の男は音楽に合せて踊るような身ぶりで歩いて来 魚を上げないで、自分の子供を引っぱり上げた釣師は、 る。身体の向きを次々とうまく変えながら歩いて来る。 おもしろ それ以上ねばっているわけに行かなくなった。 「ただ歩くだけでなくて、ああいう風に面白く見えるよう 日は大方傾いていた。男の子は濡れた服のままで、釣師に歩くのだな」 かきね の父親のあとについて帰って行った。 垣根越しに見ている父親は、先頭の男の動きを眼で追っ ていた。ところが近くに来た時、男だと思っていたのが女 であることに気付いた。 いしよう 「どうもこれは痩せている。花が咲くことは咲くけれど顔を白く塗って、男の衣裳をつけているのは、痩せた身 体の女であった。 日曜日の朝、庭のライラックの木のそばに父親が突っ立二番目は同じように男の衣裳をつけているが、これは男 物 たいこ っている。彼はひょろひょろと延びた枝を見たり、その先である。三番目は太鼓を持った男。四番目は黒のペレー帽 静についている紫いろの小さい花を見たり根元の土を見たりをかぶった女でクラリネットを吹いている。 している。 最後はラジオ屋のかぶるような帽子をかぶった男で、ラ ッパを吹いている。 このライラックは家族がこの家へ移って来た翌年の春に 植えられた。それからもう五年になるが、父親の背丈より何時の間にか家から出て来た男の子が、道の横に立って も」 なが
をみんなの前で姉に読ませたということの中には、芝居気し達の耳には、母と立上先生との間に交される低い声が聞 8 タッ。フリのいやらしさはまるで感じられなかった。それはえて来た。 何故だろう ? 話していることは全然分らなかったし、それを知ろうと あたしは、今になっていろいろ考えてみるのに、立上先いう気持もあたしにはまるで無かった。その話し声は、時 生はきっと恵まれない境遇に育った人だと思う。それで、時ちょっと跡絶えた。あたしは、それらの気配から、あた つらい目に会いながら苦学力行して、身を起したのではなしゃ姉と一緒にいる時とはまた違った親密な空気を感じ いだろうか ? 先生がずいぶんいろんなことをよく知ってた。 しっと ばくぜん しかし、それはあたしの場合、嫉妬とか、漠然としたセ いたことや、何でもよく出来たことや、ガン・ハリ屋であり 我慢強かったということは、みなそのような先生の半生をクシュアルな不安を呼び起しはしなかった。姉にもそんな 物語るもののような気がするのだ。 様子は全く無かった。 先生が、あの長い手紙を書いて姉に読ませたのは、あの治療が終ったあとの母は、グッタリと床の中に横になっ 人の真情をあたし達に吐露したかったからで、あんな風なていた。そのまま引きこまれるように眠りそうだと母はよ 普通の人なら恥しくて出来ないことをやるところに、立上く云った。 先生の人柄がよく出ていると考えられないかしら。あの手一度、立上先生のお誕生日に姉と二人で・ハースディ・ケ 紙は、先生が結婚後の家庭生活に於ても遂にあの年になる 1 キをこしらえて持って行ったことがある。 まで愛情に恵まれなかった証拠のように思われる。 白いクリームの上にチョコレートで先生の名前をローマ 立上先生の奥さんは、比較的いい家の生れであったため字でしるしたものだ。その箱をこっそり牧師館の玄関の石 よびりん に、先生は絶えず精神的な圧迫を感じて心の安まることが段の上に置いて、姉が呼鈴を強く押すと、いきなり一一人で なかったのではないだろうかーー・それがあの年になって一庭を走り抜けて門の外へ飛び出し、そのまま帰って来た。 人きりで愛犬をつれて大阪へ赴任する気になった原因であ「今頃、立上先生、びつくりして箱をこわごわ開けてる るのかも知れないと、あたしはそんな風に空想をしてみよ」 あたし達は、そんな方法で先生にお誕生日の贈物を届け たことを大変満足に思っていた。ところが、半分くらいま 母の寝室で治療が行われている間、勉強部屋にいるあたで帰って来た時、急に姉が立ち止まった。 とろ ムにん 【」ろ とだ
こわ み中泊っているように申してますわ」 ち壊されてしまいそうで怖ろしい、自分はその記憶を沼の ささ 夏休み中と云う言葉が発止と沼の胸に刺った。呆けたよイメージと一緒に生涯心のうちに抱いていたい ) と云う意 たく うに突立っている沼を、母親はまるで見ず知らずの人を見味のことばが、巧みに、しかし素っ気なく書かれてあっ ようや るような眼で見ているのだった。 た。それを読み終った時、沼は慚く、一切が終ったことを しる 涼子が部員と行動を共にせずに、ひとりだけ叔母の家に感じた。手紙の裏には所書きは記されていなかった。 涼子の手紙を受け取ってから五日ほどたった夜、沼は酒 滞在することにしたのは、明かに自分を避けるために違い なかった。 ( 神戸へ帰ってからお話します ) と云った彼女と一緒に・フロ・ハリンを五十錠呑んで、加古川が海に流れ入 みごと に、沼は美事に裏をかかれたことを知った。 ろうとする三丁ほど手前にかかった高砂大橋の上から身を 沼は、それでもまだひょっとして彼女から手紙が来ない投じた。夜の十一一時近くであったろう。彼は自分の身体が たちま かと思う気持があった。もしかしたら、涼子が自分を拒絶忽ち海の方へ流されてゆくのを感じたが、どれ位かして意 するのは、本当は彼女の本心ではなくて、実は何かそこに識を失った。 みぎわ 事情があるのか知れない。に両親が彼女に沼を決して近彼が気を取り戻した時、彼は真暗な汀の上に流木のよう おさ 寄せないように厳命しているために、心ならずもああいうに打ち上げられていた。彼は身体全体を抑えつけられるよ 素振りをしているのではなかろうか。真実は、心の中で必うな気持を覚えた。眼を開くと、満天の星が・ほうっと青く かすんで見えるのだった。そのまま彼は夢をみている人の 死になって苦しみに耐えているのではないだろうか。 ものう あおむ そのようなことを、彼はさまざまに思い描いてみるのだつように、仰向けに横たわっていた。ただ物憂い感じが彼の た。もしも、そうだったとしたら、天にも上る心地がする心を領していた。 ・こ , わ . う - に。 どの位時間が過ぎて行っただろう。夜はまだ明けていな ほか ようや かった。彼は漸く起き上った。下駄を失った外は、服は元 一週間ほどたった時、沼は涼子からの手紙を受け取っ て、狂喜した。しかし、その中身は、彼に致命的な打撃をのままだった。彼は砂浜の上をよろめきながら歩いて行っ 与えた。そこには、 た。やがて彼は東二見の駅へ辿り着いた。高砂大橋から東 ( 彼女はもう沼とはこれから先二度と会いたくない、もし一一見の海岸まで約一里離れている。彼はどのようにしてそ もこれ以上会えば、沼を知ることによって彼女が得た、短こまで流されて来たのか、全く分らなかった。 こと 1 」と いけれども真に幸福であった一年間の記憶さえも尽く打東二見の駅の待合室で、彼は濡れた服のままで始発の電 おそ