・ 4 減殺してしまう。 照的に、「いつものうすら笑いを頬にうかべたまま」の父の日 常的な姿のなかに、夫婦の底に横たわっている太い絆をつきっ 海辺の光景 けられたことば。 一巴部落民わが国で、昔から一般人と職業、習俗などの異なる一一 2 歯を立てた櫛掌中からもれていく砂のごとくに、グロテス ところから不当な差別待遇を受けてきた人々の集団。特殊部落 クな杙の間をスルスルと通り抜けていく潮水に死のイメージを 重ね、闇の中の不気味な、巨大な海の魔力に魅入られたごとく 一アイマイな笑いで省略この狼狽は母に対する信太郎の位置 に消えていく母に、ホウタイ男のいう「自然の中の死」を実感 関係がいかに稀薄な、不安定、不確実なものかを象徴すること しているのである。安岡の自筆年譜の昭和三十一一年「七月一一十 ばになっている。「笑いが消えた」医者の眼、「眼鏡の奥で光っ 七日、母を亡う。その日、干潮の海流をながめて、自然の意志 た」「看護人の目」は、すでにそれを見破っている。またこの のようなものにある感銘を受けた」に呼応する。 ことばは、昏睡状態の母が「おとうさん」と呼ぶ伏線にもなっ ている。 一吾故郷は一つの架空な観念「故郷」を「架空な観念」にしな ければならないほど恐ろしがるのは、都会を捨てることで「そ れまで母を支えていたシン・ハリ棒をはずしてしまった」狂人に なるほどに「故郷」を蔑視していた「母」とのかかわり方に直 結している。母は銀行員の娘で「都会人」に加えられるのに対 して、父は生粋の地方人である。父のすべてを嫌悪していた ( とみえた ) 母の冷淡な眼を通して、父ー故郷ー恐怖と結びつ けている。信太郎の「故郷」への先入観は母の眼に支えられて はじめて成り立つものであり、「架空な観念」にならざるをえ ないほどに信太郎を萎縮させているのである。 一査経済警察輸出入の制限や禁止、統制の実施、公定価格の違 反取締や、戦争中および敗戦直後の一一、三年、配給物質不足を 補うための買出しを取り締まった。 一「おとうさん」この母のかすれ声をきいて、「母の手を握っ た掌の中で何か落し物でもしたような気がした」信太郎とは対
間には、脚をヒモで大のクサリのようにつながれたニワト た。そんなことの幾夜かつづいたあと、ある夜ひと晩、 つめか えさ リが、地面を爪で掻きながら餌をあさっているありさまつもの言い争う声に目を覚されることなくすごした。翌 を、じっといつまでも眺めていた。そして、そういうとき朝、見ると父と母とは寝間を別にしていた。座敷には父の の父の眼はだんだんニワトリの眼つきに似てくるようであ夜具がいつものとおりに敷かれてあり、となりの茶の間に 0 た。はるばる土佐から満員列車の、しかも狭くるしい籠母のふとんが死んだのように、よじれたかたちでのべら の中で生きのびてきたトリは、いまはもうすっかりこの家れてあった。信太郎は目をそらせながら、なぜか母の体温 に居付いて、三日に一度の割で庭の芝生に卵を生みおとし が自分のなかに感じられるおもいをした。彼が母にあるウ たりしたが、小屋の完成した翌朝、中で死骸になって発見 トマシさをおぼえるようになったのは、そのころからだ。 すわ された。頸のうしろに猫の爪にかけられたあとがのこっ昼間、寝ている枕もとに黙って意味もなく坐りこまれると て、血がにじんでいた。父は固くなったトリを抱いたまきは、ことにそうだった。母にすれば、無意識に習慣的に ま、しばらくは小屋の中に立ちつくしていたが、やがて裏そうしているにちがいないのだが、おもうまいとしてもそ ふと の井戸端で、その毛を太い指先でゆっくりムシりはじめんなとき母の体に「女」を感じた。肥ってシマリをなくし こわ た。 たその体が、毀れかかった器の中の液体のように、不意に ある瞬間から無秩序なかたちで流れ出してしまうことを想 ほお ・ : 狂気について言えば、母よりもむしろ、こんな父の像させた。信太郎は、母の体温に自分の顔の片頬がホテっ 方にこそそのキザシがあるようにおもわれるかもしれなてきそうになるのを感じながら、見るともなしに庭の方を 。そのころはまさにそのとおりだ。母はまだ健全だつ見てしまう。そして父の、芝の根を断ち切ろうとクワを振 た。ただ、それが崩れはじめる最初の要因は、そのころに り上げたり、ぼんやり立って空っぽになったトリ小屋を 築かれたものかもしれなかった。・ めたりしている姿が眼にとまると、はっとして自分がいま 信太郎は夜中にふと、自分の部屋から廊下一つへだてた父の眼を盗んでいることに気がつく : ・ まくら 座敷に枕をならべて寝ている父と母との言い争う声に目を 覚されることが、しばしばあった。カン高い母の声は泣い ところで父は、一羽しかないニワトリを殺されたこと ているようだった。そして、その声にからみつくように低で、すべてをあきらめたのではなかった。 ぶきみ くひびく父の声は、理由もなしに不気味なものを感じさせ その年の冬、叔父から手紙で家を立ち退くように言って
見物して行った。当日まで何一つ準備らしいものをしてい が、おおかたあっちこっちで話しこんでいるんだろう。時 ふろし、 にごしら なかった母は、父と信太郎とがカバンや風呂敷に荷拵えを間の観念のないやつは困ったものだ」と、父は送別のため しよくぜんかざ しているなかで、まるで芝居にでも出掛けるときのように食膳を飾ってくれた親戚の気をかねるように言った。食 に、そわそわと古いハンドバッグの中から切符を取り出し事がおわっても、母はまだ姿を見せなかった。郊外電車の こわ てながめてみたり、 かと思うと、うらへ廻って毀れかかっ駅まで様子を見に行かされた子供たちは、むなしく帰って た井戸端のポン。フだの、物置の中だのをのぞきこんだりしくると、駅員も心当りの人物はみかけなかったと言ったと ふ、つ ていた。 報告した。不吉な予感がはじめてやってきた。高知へ行く しつこうり 「何をぐずぐずしよるか、早うせんと執行吏がくるぞ ! 」 ことをいやがっていた母が、不意に失踪をくわだてること 父親がイラ立たしげにドナった。明け渡しのまえに執行は考えられないものでもなかった。 : : : 十一時すぎ、玄関 吏にこられると、調停の規約を当方から破ったことになに重い足音と母の話し声がした。 り、それでは立ち退き料を取れなくなるおそれもあるわけ「途中で道がわかんなくなっちゃってね、親切な人に門ま だった。規約の期限、正午の三十分ほどまえに、ようやくで送ってもらってきたのよ」と母はらかに言った。 準備は完了した。荷物と一家の三人を乗せたトラックが威 いままでに何度も来たことのあるこの家の道がわからな 嚇的な音をたてながら発車した。荷物台に父と信太郎には くなるとはおかしなことだが、これはむしろ帰りが遅れた すわ ひたい さまれて坐った母の半白の頭髪が風にみだれ、やがて額にことの弁解だとおもわれた。しかし、まわりの者がほっと 貼りついたようにとまった。 する間もなく、翌朝になって母はまた、 その晩は、東京の親戚の家にとめてもらい、あくる朝、 「大変だ。カ・ハンが一つたりない。 ワニ革の一番小さなト 父と母は高知へ、信太郎は郊外の下宿屋の一室へ、それぞランクよ。ゅうべの人に盗られちゃったのかしら」と、お 景れの生活に出発する手筈になっていた。信太郎はいったんどろいたことを言い出した。 くげぬま たく の鵠沼から、荷物をもって下宿屋へまわり、夕方になって親 たしかに、その母に托した小型のスーツ・ケースが見当 ようす 海戚の家へ行くと、父が一人ぼんやりした様子で待って いらない。中には少額だが郵便貯金の通帳や現金も入ってい とちゅう た。母は、この家へ来る途中で挨拶に廻るところがあるかるという。しかも居合せたみんなが狼狽しはじめると、こ ら、と別れてきたのだという。 んどは笑いながら、 「タ食までには、こちらへ来るようにと言っといたんだ「、 し - し、確ん いんですよ。わたしはこのまま東京でくらす はんばく てはず しっそう ろうば、 がわ
家で、信太郎は母と台所のとなりの茶の間でコタッにあた 父親に似ているそうだ。顔立から体つきまで、おかしいぐ ごようき かってぐち らいソックリだとい、う。 母親のチカはいつもそのことを嘆っていた。勝手口から御用聞がやってきて、母はコタッの ふしぎ いていた。ーー彼女は不思議なほど夫を嫌っていた。信吉中から応対していたが何かのことで御用聞が「おたくの旦 のあらゆる点が自分の好みでないということを、何十年間那は軍人さんですってね」と問いかけた。ちょうど満州事 だれかれ むすこ にわたって誰彼の別なく話してきかせた。一人息子である変のはじまって間もないころで、少年雑誌の読物やマンガ はなむこ 信太郎はとくに、結婚式の当日に花婿の信吉の水色の紋服に戦争物が人気をしめていたからだろうか、御用聞の小僧 を着た姿がどんなにイヤらしいものであったかということ は父の階級は何だとか、サアベルは何本ぐらい持つものか だけでも、何千遍となく聞かされた。「なにしろ、あたしなどときいたあげく、 は見合ひとっせずに結婚させられたんだからね。式の日に 「旦那さんは騎兵ですか」と言った。 なって、頭を青ゾリゾリに丸めた人が、首をカメの子みた「そうじゃないよ」母はこたえた。 えり 「へえ ? じゃ何です」 いに着物の襟からっき出して、ノソノンこっちへやってく いなか るのを見たときは、おおかた田舎の婚礼のことだからお寺 ( 獣医だ ) と信太郎はこたえようとして、コタッの下から の坊さんまで式に招んだのかと思っていたら、なんとそれ母の手で足をギュッとっかまれてしまった。そして母は、 が婿さんと聞かされて、あたしはほんとに、その場で逃げ「さあね , と、急に冷淡な口調でこたえてから、信太郎の しゅうらしん て帰ろうかと思ったよ」。父の生家は土地では旧家といわ顔をじっと見て黙った。そのとき母の羞恥心が端的に息子 れているが、高知県下の村だ、母は銀行員の娘として東の心にのりうつった。それは爪を立ててつかまれている足 京で生れて、大阪で育った。そんなクイチガイから出る不の痛みといっしょに、ヒリヒリと痛いような恥ずかしさを 。どっちにし彼の心に植えつけた。と同時に、そんなつまらないことを 平も、母の信吉嫌いの中にあっただろう ても、自分も父が嫌いになったのは、この母の影響のせい恥じた母の態度がまた彼を傷つけた。それ以来、学校の調 にちがいない。父のすることなすことは、食べ物のこのみ査カードや何かに、父の職業を「軍人」と書きこむだけで いっさいがっさい から職業のえらび方まで一切合財、ことの大小にかかわら信太郎は落ち着かない心地がし、それは終戦になって職業 ず、みな好ましくないものとして教えこまれてきたのだか軍人が消滅するまでつづいた。 ら : : 。たとえば彼が父の職業を恥すかしがり出したの は、こんなことがあってからだ。ある引っ越して間もない いつの間にかウトウトと眠入ったのだろう。入口のまえ だん
194 しかし何よりも信太郎が故郷へかえる気になれなかった なり何なりの方法があるはずだ。だが、・ とういうわけかそ のは、父や伯母が手紙で何と言ってこようと、自分の母親んなことをする気は毛頭ない。それどころか、しばしば彼 の神経が異状をきたしているとは、どうしても納得できなは突発的にあの手紙を取り出しては熱心に読みふけるの いせいだった。ひとつには彼には、母のやっていることが だ。下宿の一室に閉じこもったままで一日すごした休日の 何となく芝居じみたものに思えるのだ。母が自分を呼びよたそがれどき、もうネズミ色に汚れて毛・ハ立ったレターベ せるためにワザとそんな演技をやっている、あるいは >A 村 ーパーの上に踊っている醜怪な文字に眼をさらしながら、 にいたくないためにワザとそんなことをやって伯母たちに階下のものういポンポン時計が時を打つのも気がっかない こともあるほどだ : 厭がられるようにしている、とそんなふうに考えられた。 。おそらく彼は、その手紙を数百 また、家系の中には発狂者が一人もいないということも、 回、数千回も読みなおした。いまでは何枚目の紙に、どん かっこう もちろん 母が狂うはずはないという漠外とした期待を抱かせた。 なことが、どんな恰好の文字で書かれているかは勿論、ム いや、そんなことよりももっと重要なのは、こころのラサキ色の罫を引いた紙の質や、インキの色や滲み具合い 何処かで彼は母の″正気〃をなんとなく信じていた。それまで、はっきり頭の中にはいっている。しかもなおそれを は言うまでもなく、おろかしいことにちがいない。だが彼読みつづけるのは、どういう理由によるものか ? こだ、 は、そう考える自分を、どうすることも出来なかった。 それが母親に対する愛着のせいでないことは、たしかだ。 へびのぞ 母に関して、自分のやっていることが、われながらそれはむしろ、ガラス箱の中の蛇を覗きこみながら、ふと 奇怪におもえることは、いろいろある。たとえば、あの母その醜い動物に自己の分身を見出したような気分になる、 しりめつれつ のよこした支離減裂の手紙を、机の引き出しの奥にいつまといった感じだからだ。 もしかすると自分は、その手 でも保存していることがそうだ。不断、彼には自分のとこ紙の中に母の狂気をさぐるつもりがあったのかもしれな しつ ろへきた書簡をとっておく習慣はない。のこしておけば、 、とも思う。そうだとすれば彼は、内心で母の狂気を執 いっかは役に立つだろうとおもわれる手紙や、記念になる拗に否定するために、くりかえしくりかえし手紙を読んだ とおもうものでも、いつの間にか失くなってしまう。だということになる。 が、あの手紙だけは棄てるわけには行かなかった。それは : どっちにしても、去年の夏、いよいよ母を入院させ 一つには、あの手紙を他人には読まれたくない気持があっ なければならないだろうという報せを受けとったときに たせいかもしれない。しかしそれならば、火の中に燃やすも、信太郎にはそれが本当のことだとは思えなかった。単 みにく しら
いらべっ に一つの「事件」が起り、そのために自分は呼びよせられた。だが、彼女が正常でないことは、もはや最初の一瞥で からだ ると思った。 完全に了解できた。彼は母親に驅を近づけられそうになる おかん と、それだけで恐怖のための悪寒のようなものを感じた。 どぺい >" 村の実家は白い土塀にかこまれて「正面に樹齢数百年な・せ怖ろしいのかは、わからなかったけれど。 みき という松が寝そべったようなかたちに幾抱えもある幹をの しかし見慣れるにしたがって、母の顔も次第にもとへも あんど 「このぶんなら、そんな ばしている。夕暮れの中にそれを見た一瞬、信太郎は安堵どってくるような気もした。 せんりつ たいはん に悪くはないじゃないですか」「うん、お前の顔を見て、 と戦慄が同時におこるのを感じた。土塀は大半、崩れかか っており、松は自らの重みに耐えかねていた。寺院を想わだいぶ気持が落ちついてきたらしい」あくる日の昼門 かわら せる大きな屋根は、瓦の大部分が風化して苔と雑草におお信太郎と父親とが、そんなことを話し合っている間、母は じようだん われ、いまにも壊えそうにおもわれた。門まで出迎えた伯伯母と何がおかしいのか笑いながら冗談を言いあって : どういうことからか、四人はそれから裏山の浜口 母と父とにともなわれ、台所につづいた薄暗い土間に足をた。 家の墓地まで散歩することになったのだ。屋敷のなかは樹 ふみ入れた瞬間だった、横合いの闇の中から、 「あら、シンちゃん、かえってきてくれたの」と、母の声木にかこまれて暗く、涼しい風が吹きぬけていたが、一歩 外へ出ると目をつぶってもあたりが白く感じられるほど日 がした。 がくぜん 信太郎は愕然として立ちどまった。相好が変っているこ射しが強かった。アゼ路にかかると青い稲のにおいが、む とは予想できなかったわけではないが、それにしてもこんんむんした。母は息苦しそうに足がおそくなるので、信太 おとろ 郎は立ち止って振り向いた。すると母は、招くように眼を なに急激に衰えた母親の顔を見ようとはおもわなかった。 だが、かんがえてみると自分が頭のなかに描いていたのは細めるとウス笑いしながら、 くげぬま ささや 景十年以上もまえの健康なころの母だった。そういえば鵠沼「妙なことがあるんだよ」と、信太郎の耳もとに囁くよう みどう のを出て行くときの顔は、すでにいま眼の前に見る顔と同じな声で言った。「おとうさんがね、このごろ御堂のそばで : 母は笑っていた。土間のすみに、体を壁若い娘と待ち合せて、どこかへ行くんだよ」 海ものだった。・ にもたせかけながら、前歯を一一本のぞかせて笑っているそ信太郎は笑った。「どうして、そんなことを考えるんだ の顔は、恥ずかしがっている女の児を連想させた。すると おも す 信太郎は、ふとまた健康な母を憶い出したりもするのだっ 父は擦り切れた古い軍服のズボンに運動靴をはいて、伯 そうごう おそ みな ぐっ
て、ふと見ると、自分が乗っているのは岩ではなく、海亀て働いているような心持になってきた。そして、ついに朝 こうら : 日はどこからともなく のように甲羅の固い動物の背中なのだ。その夢の中で彼はがやってくるのに気がついた。・ おも 未だ子供のころ、海で母に水泳を教えてもらったことを憶射しはじめ、空気は水色の透明さをましてくる。それにつ い出していた。母に水の中で眼を開いているように言われて、あたりのものはだんだん見覚えのある形になって定 すいじば とお れ、そのとおりにすると緑色の水を透して、すぐそばに黒着する。炊事場のあたりから、人の働きはじめた物音が聞 一体どれぐらえてきた。 い大きな母の体がゆらゆら揺れている : ・ ぐっ い眠ったのか ? 信太郎は夢の中の不安な気持が、まだ頭ゴム底の運動靴の音をさせながら看護人が姿を見せ、次 の一部分にのこっているのを感じながら、不意に頸にホウぎに父親がやってきた。あたりは、すっかり明るくなっ タイを巻いた男が「死ぬのは干潮のときだ」と言ったのをた。 「下顎呼吸がはじまったな」と看護人が言った。 憶い出し、悪い予感がひらめいた。ーーー誰も知らない間 一瞬、そんな 母はロをひらいたままーーというより、その下顎が喉に に、母親が自分の眼の前で死んでいる : ・ あます ことを考え、肌寒くなりながら、母に顔を近づけた。甘酸くつつきそうになりながらーー喉の全体でかろうじて呼吸 つばい臭いが夜気にも強く鼻について、弱いながら安定しをつづけている。「これがはじまると、もういかんですね た呼吸が聞えてくる。ーーー助かった、と彼はおもった。念え」と、看護人は父をかえりみた。 父は無言でうなずいた。そして信太郎に、「村へ電話 のために事務室へ時計を見に行った。二時十分過ぎだ。ホ ウタイの男が言ったことが本当なら、もう危険な時刻は過するか」と言った。 ぎ去っている。とすると母は、またしても危機をのがれたすると、信太郎は突然のように全身に疲労を感じた。と のだろうか。しかし、そう思った次の瞬間から、これまで同時に、眼の前の二人に、あるイラ立たしさを覚えて言っ えんえん た。「べつに、まだ死ぬときまったわけじゃないでしよう。 の毎日がまた延々として繰り返えされることを想い、ガッ それに電話したって、伯母さんは来れるかどうか、わから カリした気持になる。 それから夜が明けるまでの何時間かを、彼はこの裏表にんですよ」 だんこ らくたんあんど なって循環する落胆と安堵のうちにすごした。ほとんど全二人は顔を見合せた。やがて父は断乎とした口調で言っ しら 神経を母の呼吸音をきくことだけに集中させているうちた。「村へは報せてやらにやいかんよ。報せるだけでも に、ある瞬間から自分の呼吸が母の呼吸といっしょになっ にお くび うみがめ のど
母と並んで、何も知らずに前を歩いて行く。 「どうしてだって ? 」母は急に眼を光らせて、「どうして 翌日、信太郎は父といっしょに二人だけで病院へ行っ も、こうしてもあるものか、このごろは毎晩なんだよ。わた。母は高知へくると間もなく、市内にあるこの病院の本 じゃま たしが後からつけて行くと、『邪魔するな」と言って、わた院で診断をうけていた。母を入院させたいと申し出ると、 しを田んぼのなかへ突き落しそうにしたよ。くやしいじや医者は母を憶えており、白い顔に徴笑をうかべて、やつば くげぬま ないか、鵠沼じゃあんなに人を貧乏させて、いろいろ世話り、おうちで療養させるとなると大変でしようと言った。 を焼かせたくせに、いまごろになって、そんなことをすその声は信太郎に、ひどくなめらかな肉感的なものに聞え た。話の調子から、医者は早くから入院をすすめ、父はそ る」 信太郎にはなだめようがなかった。日は強く照り、木れをきようまで断っていたようにおもえた。父親が事務上 はどこにもない。歩きはじめると母の発作はおさまったらの手続について医者と話し合っている間に、信太郎は看護 っしょに付いてき人につれられて病院の内外を一とまわりした。医者も看護 しく、間もなくケロリとした顔で、い ふるま た。しかし、やはり息苦しそうなので足をとめると、その人も礼儀正しく振舞うことにつとめているふうに見えた。 発作は、ふたたびはじまるのだ。声は次第に大きくなり、 だが、明日入院させることを約束して、部屋を出ようとす 眼はすわって空間の一点を見つめ、コメカミの血管がうきると、医者は一一人を呼び止め、病棟の前に立たせて、買い 出して呼吸は胸が波打って見えるほど荒くなった。 たてらしいカメラを向けた。頭上に夏の日がかがやき、シ 「ちえつ、たぬき爺め ! 」と父をののしる声は、あたりに ャッターの切られるのが待ちどおしかった。 遠く反響するほどだ。 村の伯父の家へかえりついたのは夕方だった。信太郎 「だいじようぶかな。引きかえした方がいいんじゃないかは病院を出たときから、なぜか、ものも言えないほど疲労 ごや を感じ出していた。しかし門を入って、 な」 トリ小舎のそばで 信太郎は、こちらに背を向けたまま立っている父に訊い ト丿の餌をやっている伯母のうしろに、・ほんやり立った母 の姿が眼にうつると、あらたな緊張のために一時に疲労は くちびる いつも夜中になる消え去った。 「このまま行った方がいいだろう。 ・ : 脣をとがらせた母は、誰の姿も眼に入ら と、もっとヒドくなるんだ」と父は、そのまま先に立ってぬらしく、信太郎のそばをまったく無関心にとおりぬける 歩いた。 と、ぶつぶっと何かつぶやきながら、門と台所との間を、 ほっさ えさ
彼はこの教会で、洗礼をうけた。幼いころ、母と叔 った彫刻などもある。 母とにつれられて阪神の教会で洗礼をうけるという設 遠藤は当時くりかえし、そのことをはなしていた。 つまりキリスト教を中心としたヨオロ、 ハの文化伝統定は、彼の小説「黄色い人」に、そのままうけつがれ ている。 の、深さ根っよさとい、つことである。こ、つい、つことはヨ オロッパを訪れるだれでもが感しるところだろうが、 遠藤の母君は上野の音楽学校でヴァイオリンを学び ク教徒として、日本とヨオロッ のちには多くの人材を育てたことで有名なモギレフス 遠藤の場合はカトリッ キイに、師事したひとである。そのころヴァイオリン ハとの文化的体質の相違はいっそう深刻な問題になる を勉強することは、音楽といえば西洋音楽のことにき 彼が追求している主題は、小説を書きはしめた昭和 二十九年当時もいまも、一貫して変っていない まってしまった最近では想像もっかないハイカラなこ えばそれは、日本にカトリ ックは可能か、というこ とだったろう。日楽会に行くということ自体が、その となのだ。 ころはまだ特殊な意味をもっていた。 ) 遠藤の母君は昭 和二十九年に逝去され、ばくはついに写真でしかお目 にかかったことがないが、彼が時折口にしていた母君 遠藤周作は年譜によれば、大正十二年に東京で生まの友人の名まえなどから、ある雰囲気は推察できた。 ノク、つまり基督教の洗礼を れ、三年後に大連に移って、十歳までこの植民地の町「私は子供の時、カトリ でくらしている。「九歳、この頃から父母が不和となり、 受けました。厳密に言えば受けさせられたと言って良 でしよ、つ。卩 毎日暗い気持で学校に通った」と、同じ年譜にはある。 何分子供の事ですから、深い思想の悩み 、ようちく 十歳のとき、両親が離婚し、遠藤は母君につれられて も人生の悩みもあったわけではありません。私は夾竹 日・本・にもどった。 桃の花の咲く阪神のある教会で、年とった司祭から、 「父母の離婚により、母につれられ日本に戻り、神戸神やキリストや、キリストの生涯について話を聞き、 ック信者の 市の六甲小学校に転校。神戸にいたカトリ ただ、その話を素直に信じたに過ぎません」 ( 私と基督 伯母に夙川の教会につれていかれ、以後、他の子供た ちと共に公教要理を聞く」 洗礼は「受けさせられた」ものだったとしても、信 キリスト 436
0 た。つづいて彼は一一滴ほど一ペんにしたたらせた。つぎ胸を開かせて聴診器を当てた。右の胸に三度ほど、そして には三滴ほど、すこしずつ量をふやしながら次第に注ぎこ最後に真ん中のあたりに、一度、すこし押しつけるように む速度をはやめた。いまは舌の表面にほとんど乾いた部分聴診器を当てた。すると、まるでその軽い一と押しが・ヒリ らや がなくな 0 た。彼はスイノミをかざして目盛を読んだ。茶オドを打 0 たように呼吸は止 0 た。つづいて赤黒い顔や手 匙に一ばいほどの汁液が母のロの中をしめしたことにな先から、吸い取られるように色が消えた。医者は立ち上る ・「もうすこし、や 0 てみましよう」と、こんどはと、部屋の外に立 0 た看護人を呼んだ。看護人は眼鏡のお 舌の凹みでなく横から流しこむようにした。糸を引いたよくに見ひらいた眼を医者に向けた。医者は腕をのばすと時 うに、黄色い汁が舌と内頬の合せ目をつたって喉へ流れ計を読んで、「十一時十九分」と時刻をカルテにうっさせ ると、いつものように大股に部屋を出て行った。 「うまい ! 」 看護人は、もう一度声をあげた。そのとき、母は顔をしすべては一瞬の出来事のようだった。 かめて、咳きこんだ。と、舌に押されてスイノミの先か医者が出て行くと、信太郎は壁に背をもたせ掛けた体の ら、ぼとぼと、汁液がこぼれ落ちた。母がさらに咳くと、中から、或る重いものが脱け出して行くのを感じ、背後の ひょうし うわあごさ スイノミの先が危く上顎に刺さりそうになり、その拍子に壁と″自分″との間にあった体重が消え失せたような気が した。そのまま体がふわりと浮き上りそうで、しばらくは 舌の奥半分が一度に黄色い汁に染った。 母は喉の奥で、ごろごろと、痰のつまるような音をたて身動きできなかった。 ると、急に眼をみひらいた。一呼吸ごとに黄色い汁がアワ看護人が母のロをしめ、まぶたを閉ざしてやっているの になって舌の上に出てくる。そのたびに干上ったポンプのに気がついたのは、なおしばらくたってからのことのよう だ。看護人の白い指の甲に黒い毛が生えているのがすこし 景ような音がして、呼吸はそれまでの十倍ほども早くなっ 不気味だったが、彼の手をはなれた母を眺めるうちに、あ のた。 海看護人は、ものも言わずに部屋から駈け出した。・ : : ・何る感動がや 0 てきた。さ「きまで、あんなに変型していた 分間かのちに、医者がやってきたときには、母はわずかに彼女の顔に苦痛の色がまったくなく、眉のひらいた丸顔 カスれた音をたてながら、間遠に息を吐ぎ出すばかりだつの、十年もむかしの顔にもどっているように想われる。 ・ : そのときだった、信太郎は、ひどく寄妙な物音が、さ た。医者は立ちはだかって、しばらく様子をながめると、 たん おおまた