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検索対象: 現代日本の文学 45 安岡章太郎 遠藤周作集
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1. 現代日本の文学 45 安岡章太郎 遠藤周作集

鮮明にあらわしている。 安岡の文学は、明らかにその系譜をつぐものだろう。 けんちょ しかし安岡の場合の顕著な特色は、はみ出してあるこ いたりはしないし、またアウト とを決して感傷的に歎 サイダーであることの意味を社会学的ないし形而上学 的に解明しよ、つとしたりすることにも、まったく関心 昭和三十五年に、安岡章太郎はロックフェラー財団 を示さないことである。安岡の主人公たちは、先天的 にはみ出している。その不安な姿を、作者は理屈も感の招きで、アメリカにわたった。 滞留地として安岡がナッシュヴィルという田舎町を 傷もなしに、ユーモラスにえがき出す。 覇気がない えらんだと人伝てにきき、ばくはけげんに隸った記憶 という批評の、定式化したゆえんだろ がある。アメリカの田舎町の生活は、死ぬほど退屈で う。戦後の日本の「革命」的風潮は、不安に安住する ことを許さなかった。戦前戦中の日本が、はみ出しある。町民は互いによく知りあっているから、だれが 何をしてもその言動は筒抜けだし、新聞は隣組の回覧 た人びとを許さなかったのといくらか相似的である 「第三の新人」といわれる作家グループは、いずれも板が大きくなったような地方新聞で、海外の事情はま ったくわからない。保守的、閉鎖的で、自分たちの町 大正末年の生まれであり、二十代のはしめを戦争中に すごし、作風にそれぞれちがいはあっても市民生活のかせいぜい州が、世界で一番だと思いこんでいるのが、 不安を安定した文体で掬い上げるという点で、ほば共標準的なアメリカの田舎町である。そんなところに迷 いこんで、 ったいどうするつもりか、とつだ。 通の性格を示す。安岡の芥川賞受賞につづいて翌年 ( 昭 次にきいた噂が、安岡は一年滞在の約束を、半年ば 和二十九年 ) 上半期には吉行淳之介が、下半期にはト かりで逃げ帰ってきた、ということだった。そのあと 島信夫と庄野潤三とが、同じ賞をうけた。 これらの作家たちの進出は、文学の世界の雰囲気を彼は、「アメリカ感情旅行」という本を書く。 多少とも変えるであろう。このころの日本経済は、敗「アメリカ感情旅行」は評判の高かった本だが、 もこれを旅行記としての秀作である、と思う。簡単に 戦後の荒廃からようやく立ちなおりを見せ、一方では ) ン批判が、 ソ連のハンガリーへの武力介入とスター 「革命」派に大きな衝撃をあたえていた。戦後はおわ 4 ったということばがあらわれたのも、この時期である

2. 現代日本の文学 45 安岡章太郎 遠藤周作集

まらかど 翌日、私たちは、この狩りこみの理由を知った。街角の死と宣言することができる。のみならず、この方法は一挙 至る所に五人の逮捕者のつぶれ凹んだような顔を写した写に大量の人間を死亡せしめるのに手間どらない。 私が見た「狩り込み」はもっとも熟慮されていたのだ。 真が告示された。 ぐんそう 「リョン占領軍は、忠誠なる独軍軍曹、 ( ンツ・ミ = ーラ無実の市民たちは、狩り込みの日に、偶然、外出したた ふくしゅう を殺害せる反独運動者への復讐のため、左の五名の仏人をめ、偶然、その路を、その時刻に通り過ぎたため、死の犠 処刑することに決定した。我等はここに今後も独将兵の一牲者とならねばならない。偶然が彼等に死をもたらすとい 人の血にたいし、五人の仏人の血を要求することを告示すう事実は、なににもまして恐怖を拡がらせる。ある生死を きめる法律規則が定まっているならば、人は、自分の運命 る」 私は、ナチスのテロリスムの深謀に感嘆した。彼等が市をその法律、規則に順応させて救うことができる。しか 民の上に恐怖と不安を拡がらせ萎縮させる方法は、まことし、偶然だけには、どうにも、たちむかうことはできぬ。 に科学的というより他はない。 リョンの市民たちは、もうその日から一歩も外出すること 十九世紀までの恐怖的政治や拷問は、むしろ衝動的、動ができぬ。外出すること、それは、あるいは死を意味する 物的なものである。血にうえた煮怒りや恐怖にくるった かも知れぬからだ。 ものが、その衝動にかられて敵を拷問し、殺害する。この抗独運動者の抵抗もその頃からポッポッ、烈しくなった 原始的なやりかたは宗教裁判やフランス革命にみられる通が、処刑されたマキの名は、必ず、目抜き通りに貼りださ れる。私は、ユダヤ人であることがいつも処刑者の条件で りである。 しかし、ナチはもっと近代的、二十世紀的だった。人間あることに驚いた。「ビエール・ンは、ユダヤ的人間で を弱者とし、奴隷とする方法をつめたく、論理的に心得てある故に処刑す」フランス人は、独逸人たちがユダヤ人を 憎悪していることを知っていた。しかし、その告示を見る 人いる。おなじ拷問、おなじ虐殺でも、そこにはモルモット 彼等は、内心、自分がユダヤ的血統でないことにホッとす を殺す医師のような非情さ、強さがある。 白たとえば、ポーランドの収容所では捕虜たちに塩分を与る。その時、彼等は、既にひそかに殺されたビ = ール・・ ( えなかったという事実がそれだ。烈しい強制労働につかれンを裏切り見捨てたのだ。パンがユダヤ的血統であれ、お やがては疲なじ仏蘭西人であることを忘れるのだ。ナチは、こうし 肪た人間が塩を摂らねば、次第に衰弱していく、 ひきよう 労死をする。疲労死はおもてむき虐殺ではなく国際法上病て、仏蘭西人の卑怯な自己保全本能を利用し、彼等を分裂 いしゆく フランス すで

3. 現代日本の文学 45 安岡章太郎 遠藤周作集

えばアメリカを舞台としての、はみ出した男の己求 言金ォルレアンのことだと、安岡はある場所で書いていた。 である。作者は学校をはみ出し、軍隊をはみ出した。 むろんヌーヴェル・オルレアンの誤りである。類似の その次がアメリカになったわけで、しかもどういうわ例は彼の文中、ときどき目につくがこ、つい、つところ けか自分からわざわざはみ出すような場所をえらんだ はいかにも安岡らしい。つまり安岡の批評眼にとって、 のである。 そんなことはど、つでも、 しいことなのだ。 その多くの自伝的な小説で、作者は周囲に適応でき 批評家としての安岡の眼の鋭利さには、定評がある。 ない男の感情を、忠実にかっューモラスに追ってきた。 それはストイックなまでに肉眼をしか信じないものの 同じ眼が、アメリカの田舎町を舞台とする生活に、適鋭利さであって、理屈はこの作家にはあまり似つかわ 応される。題名どおりの「感清旅行」で、アメリカのしくない。その小説でも同じことだが、肉眼に徹する 社会はその感情をとおして、しかし鮮かに浮かび上る。 ことによって、この作家は読者にしばしば眼の存在を 要 : フツ・・フ 観念的なアメリカ論は世上多いし、武者修行的な旅忘れさせる。揺れ動く風景が、客観的な相を帯びて 行記も少くはない。海外旅行にともなう不安や失敗が、浮かぶのである。 逆に胸を張った、武者修行的旅行譚を書かせることに 長篇「海辺の光景」は、アメリカ旅行の前年に発表 いくつかの文学賞を受け、作者の地位を安 もなる。 ( 「何でも見てやろう」という本が、安岡の「アされた。 ( メリカ感情旅行」と同しころ出たが、これなどは典型定させた作品である。 ) この小説で安岡は、母親の死ま 的な武者修行物語である。 ) での日々をえがいている。母はその自伝的小説では、 安岡の「感情旅行」は、こうしたっくられた紀行文主人公のある意味での支えになっていた存在だったか への、無言の批判にもなっていた。、 不安な、おどおど ら、死別は作者にとって大きな衝撃だったと推察され した旅行者の眼を、この作者は克明にえがき出す。肉る。 眼をしか信しないというその姿勢が、アメリカの社会 「海辺の光景」では、母親が四国の海辺の精神病院に をつくりものとしてではなく、ヴィヴィッドにえがく 入院していて、海からは太陽が上ってはまた沈む。果 ことに成功しているのである。 てしないくりかえしは、人間のすべての営為のむなし ンズとはフランス語のヌーヴォー さを、感しさせるのである。

4. 現代日本の文学 45 安岡章太郎 遠藤周作集

403 注解 安岡章太郎集注解 悪い仲間 五三シナ大陸での事変が日常生活の退屈な一と齣に・ : 日華事 変を契機として、第一一次大戦の深みにはまりこんでいく狂気の 時代の時間とともに、「ニキビがひっこみはじめ」た彼ら「不良」 たちは、ほ・ほ独立した思考を持ちうる予科学生として生きてい くのである。「不良ーが「事変」という華々しい外的因子ばか りによるものでないことはもとよりである。むしろ、その底に 隠微に沈澱しきっている人間の虚偽のあらわれ、「事変が日常 生活の退屈な一と齣になろうとしている」ほどの「沈澱ーのあ らわれ、という内的困子への違和感にもとづく「不良」の在り 方を示している。この外と内の因子と対峙しながら、彼ら「不 良」はいよいよその濃度を高めていくのである。 五三プレザン present ( 仏 ) 出席を示す語「ハイ」。 五三ジウ、ヴウ、ルッポン ! Je vous réponds( 仏 ) 私はあな たに答える、のつもり。返辞をするという意味のまちがえた発 音。「この変な返辞ーは、半ば専用になっていた座席を先に取 られたこととともに、主人公の日常的な倦怠の時間に非日常的 な異端分子を登場させるための、きわめて効果的な表現になっ ており、「藤井高麗彦」という不思議な存在にとらわれていく 出合いを決定づけることばになっている。 五四クルト・ワイル Kurt Wéill ( 1900 ー 198 ) ドイツの作曲 家。ジャズを加味させた型破りな作曲家として知られ、ナチ政 権確立後はアメリカに渡った。「三文オペラ」はドイツの劇作 家プレヒトの戯曲をクルト・ワイルがオペラ化したもので、二 千回をこえる上演記録を誇った。 話プール・ヴウ Pour Vous フランスの映画雑誌。一九三 0 年甲。 契ミソと、ニポシと「僕」と藤井との差を象徴的に語ること ば。「僕」にとって「食い逃げ」とは、「架空の気分」上のもの であり、「冒険のタネーであり、不良じみた衝撃的な、非日常 的な事件であるのに対して、藤井にとってのそれは、なにひと つ新鮮さや緊張感を感じさせない日常的な事件にすぎない。衝 撃的なはずの「日華事変」が一般の人々には「日常生活の退屈 な一と齣に」なっているごとくに。そして「僕が逃げること で精一杯な興奮状態のさなかに、「食い逃け」で浮かした金で 「日常的な価値」の象徴であるミソやニ、ポシを買っている、醒 めた男である。時代の狂気は、「食い逃げ」を日常生活の立派 な一部にするほどに進んでいるのである。 吾高麗彦のイメージ作者が「藤井高麗彦ーを「藤井」と「高 麗彦」に使いわけていることは注目しなければならない。「藤 井」が即物的な本人そのものとして使われているのに対して、 「高麗彦」は本人のイメージとして、肉体を離れて独歩する存 在に近い。「僕ーは「藤井高麗彦」を本ものと見、そこに自分 との差の大きさに気づくとき、自分の心内にイメージとして「高 麗彦」を飼育し、片時も離さずに定着させていき、自分の言動 の規範にしていくのである。 五九有名な小説の著者の地誌永井荷風の「作語贅言」あたりを さすのであろう。自筆年譜によれば、昭和十五年当時の作者は、

5. 現代日本の文学 45 安岡章太郎 遠藤周作集

は奇異な感しに打たれた。しかし考えて見れば無理も「海辺の光景」には両親に対して甘えながら反抗して ちょうど じやく ないことでもある。丁度、更年期をむかえるころ、時きて、今や、甘える親を失なった息子の自虐がある 代が変り、夫は失職する。郷里に帰っても農地解放でそして一人息子の自虐の対象は自分一個ではなく、自 財産で喰って行くことはできない。 一人息子はカリエ己の骨肉である両親にまで向けられる。精神病院で死 スで一生不具になるかもしれないし、苦しい生活費のんだ母堂というのは安岡章太郎の心性の模型である。 上に医療費がかかる。そこに高血圧の一つの症状とし 私が老松の切り株を彼の精神のシンポルとして利用し ゅううつ て憂鬱症が加わる。 たのと同じく、母の精神病院における死は、彼の自虐 要するにありふれた神経症だが、元来、自閉的な素的な自画像の一部でもあるのだ。 質のある章太郎にとってーー殊に家で仕事をする小説隆彦氏は父君の章氏が息子の作品に出てくるように 書きにとってーー・・事毎に悲観的な見方をする母親にし 愚かで無能な人間ではなかった、と力説する。たとえ られてはたまらなかったであろう。母を引き取るとすば、章氏は戦後いち早くバタリー式雛法を高知に紹 れば、父親も引きとらねばならないのだし、そうなれば介した。恐らく米国の文献から知ったのであろう。企 安岡家の家父長的秩序がもどってきて、章太郎は再び業的には成功しなかったからといって、それは必すし できそこないの息子の役割を演するより仕方がない も章氏が愚かで無能ということにはならない それはただでさえ、神経がたかぶれば原稿を書けない 「要するに土佐ではおじーー章氏ーーーあ能力を使いき 作家というものの、存立基盤を破壊してしまうであろらんかったのです」 私はこういう言い方を、隆彦氏の身びいきとばかり 元来、安岡章太郎が、殊に父君に対して意地の悪い とは取らない。 章太郎が小説ー こ書いた章氏の像は文学 A 」い、つ、」 A 」 書き方をするのは、むしろ家父長的秩序に対するレジ的真実であっても、客観的事実ではない、 スタンスであったに違いない親に対する抵抗の根底であろう。劣等生の章太郎、無能な父、狂気の母。こ には贈悪より甘えがある。父を悪しざまに書いた「愛れは安岡章太郎の小説の世界であって、章太郎が実は 玩」という傑作を書いた安岡は芥川賞で得た副賞の時劣等生ではなかったとか、章氏は有能な人間であった とい、つよ、つなことを一誂明しよ、つとすることは、 5 らく 計を父君に贈ったのである

6. 現代日本の文学 45 安岡章太郎 遠藤周作集

な。所がだ。ヒットラーはちゃんとそれを見抜いていた。 「変る部分はない」と私は大声で叫んだ。細い白い彼の指 奴等を無名のまま集団で殺した。ヒットラーはそんな文学のあいだから、私は、銀色の金属が、キラキラ光るのを見 的、感傷的な死に方を彼等に与えてやらなかったのさ」 た。それは十字架だった。修道服の裏帯につけられたコン くりや 私はたち上って、厨の壁をまさぐり、スイッチを上げタッの先の十字架だった。 しよっこう おれ た。六十燭光の電光は、はじめてジャックの顔を私にはっ 「お前が、拷問をしのべたのは、俺がいたからではなく きりと見せた。その顔には全く影がなかった。影のない顔て、その十字架を握っていたからだな」私は体が震えるの にをいかなる心の動きもあらわれぬ。それはひらたく凹を感じた。 み、マスクに似て、憎みも苦痛もなかった。 「十字架をこちらに出せ」 このマスクに烈しい怒りを感じた。その顔をゆさぶり、 「イヤだ」と彼は叫んだ。血と汗とでドロドロになった顔 ゆが 歪めたかった。私の眼はおのずと、床にころがっているアをこちらにむけた。 「十字架が、お前に陶酔を教えるんだ」 レクサンドルのホースに注がれた。 私は平手で撲った。ジャックは十字架をかたく握りなが 「わかるのか。文学的、個人的な死などは十九世紀までの おお 被告の特権だぜ。殉教者、ルネッサンスの反抗者、革命時ら、左手で顔を覆い防いだ。私は今度はホースをふりおろ 代の貴族階級、彼等は死ぬ時でもこんな特権を持っていたした。彼の肉体にそれがぶつかる時、私の掌は、焼けつく のさ。 ような熱を感じた。太陽はアデンの空に、ギラギラと燃え かっしよく だが、今日はそうはいかない。何しろ二十世紀だからていたのだ。ただれた褐色の草の向うに、岩は濃い翳をお な。万事、集団の二十世紀だからな。お前さん等、個人、としていたのだ。私は少年を、ジャックをそこに押し倒し よゅう 個人の英雄的な死、文学的な死まで与えてやる余裕なんた。私が踏みつけ、撲り、呪い、復讐しているのは、その ぞ、ありはしない」 少年、このジャックだけではなかった。それはすべての人 「しかし君だって」ジャックは突然ひきつった声で叫ん間、幻影を抱いて生れ、幻影を抱いて死ぬ人間たちにたい いもむし だ。「君だって悪に陶酔しているじゃないか。信じているしてであった。彼は床の上を芋虫のように転げまわった。 じゃないか」 転げまわるたびに、下着がちぎれた。「悪魔」と彼は叫ん 「悪は変らないさ」 だ。「悪魔 ! 」奴の白い皮膚は私の情欲をあおった。 「もういし ジャックの手は、裂けた修道服の間をまさぐっていた。 、あとは俺たちがやる」 ころ かげ

7. 現代日本の文学 45 安岡章太郎 遠藤周作集

代表していると見ていし 安岡を含むいわゆる「第三の新人」への、当時の一般 空虚で、とりとめなく、過渡的な精神の状態を、はじ 的な空気だったといえそうに思う。 めから愚劣な、描く価値のないものとする、素材主義「悪い仲間」で作者がえがいているのは、戦争下の無 的な読者はかなり多いだろう。だか、これはある意味気力な浪人生活である。「青葉しげれる」「相も変らす」 では、青年期に特有のコントンなのであって、そのよ も同じで、後二者では主人公の名も順太郎という共通 うな不分明さや空虚さを、そのまま描いて成功した例の名まえになっている。 は非常に乏しく、この作者は、天成のとばけたような 青春期は情熱にあふれた、青春客気の時代であると ューモアによって、非常にあざやかに描き出してい ) い、昆沌と不安の時期であるともいう。たぶんいし ぶんは双方にあるのであって、両面がいりましり、無 安岡はこの二、三年間、連続して候補者として推さ気力と都羅な情熱とが自分でも法がっかないほど れてきたのだから、授賞は妥当だと思うと、山本健吉癒着しているのが、若さというものなのだろう。齢を はいう。しかし「このような虚無的な風景を、ユーモ とって力がおとろえると、次第に両極間の振動を小さ ラスになぞって行くことによって、どのような世界が くする一種のカの経済学をおばえてゆく 開けてくるのだろうか。 ( 中略 ) 失われた青春の意味 しかし安岡のえがく青春物語では、無気力だけが青 はんすう を掘り下げ、その空虚さを反芻することによって、無春の異名になっている。時代とともに細胞を燃焼させ 気力な病んだ状態からの脱出を試みることができない るたとえば石原慎太郎型の青春は、ここにはない。 ものか」ューモアは一種の無気力と現実逃避との結果 戦争中は軍人たちの大言壮語が、横行闊歩した時代 ではないかと思われると、山本健吉は述べている。 だった。そのなかで安岡章太郎のえがく不器用な、試 山本、平野両氏の評をくらべると、山本健吉の方が験をいくどうけても落ちる主人公たちは、大言壮語の すっと好意的に感しられるが、いおうとしていること「客気」に反抗して、自分の「末梢神経」だけに忠実に 両者とも結局よく似ている。個性鮮かとはいえ、 生きようとする。「相も変らず」の主人公は、「末梢神 無気力な青春をえがくのにとどまって、それをこえる 経」の動きから、好きでもない「田舎の小母さん」の 覇気が見られない、 とい、つことである。そしてこれが ような女に抱きっき、「質屋の女房」の「私」は、金 。ここに描かれた青年たちの、 422

8. 現代日本の文学 45 安岡章太郎 遠藤周作集

き 7. 神が住めない世界なら、罪観念も住みつけない順序に なる。 日本人の人間観は、すでにそれ自体が一つの宗教で あって、日本教ともいうべきものであると、「日本人と ユダヤ人」の著者は説いている。 ( この本の内容をこれ 以上紹介することは、 ) しまはその場所ではないからさ しひかえるが ). つまりそれほど個性的である、とい、フ ことである。 昭和四十四年聖地の旅をする。上イスラエルの聖地 問題は日本人自身が、自分たちの抱懐してきたそう にて。下テレアビブの街のレストランで憩う周作。 い、つ人間像を、それがあたりまえであり並日一遍的である ら夫郎 と漠然と思いこんで、明確に認識しようとする努力を、 贈吏次 怠ってきたことにあるだろう。だから日本育ちの外国 を大佛 章大 人にちがいを指摘されて、改めて咢然とする。 勲作己 ・目分を知るには、立兄。、 力いる。鏡はさしあたり異質の、 と周一 位り ユダヤ・キリスト教の文化である。明確な輪郭をもっ のよ 士右 たこの文化は、明冶いらいの日本に多くの影響をもた らしてきた。 よ井 しかし両者の異質性を遠藤周作ほど執拗に自分の中 甦宮 の劇として、生涯の文学的主題として、追求してきた が刻笠 作家はたぶんほかにない ~ 建藤はキリスト教とい、フ鏡 が人 夫三浦朱門 ( 右 ) とテレビ出演するを、愛情をこめて磨きつづける。 鏡のなかに彼が見ているのは、彼自身だろう。と同 ポ写真の著作権に関しては極力調査いた 。井しました。写真協力日朝日新聞社講時にそれは、日本人というものの姿なのである 昭れ人談社新潮社文藝春秋 いををレ

9. 現代日本の文学 45 安岡章太郎 遠藤周作集

カトリック信者の遠藤が信仰を作品に反映しようとろう」 する時、まず解決しなければならなかったのは、この と心を言う者もいた。この時期の遠藤は自分が開 問題であった。彼にとって重大なイメージをたとえば発しようとしている大きな問題に対してムキになりな 十字架で表現すると、忽ちそれは少女小説のアクセサがら、理解してくれない人に対してはユーモラスな態 もぞうほんやく ーになり、まともな評論家からは模造翻訳小説とき度で接しようとした。怒りつはく、すぐムキになり、 めつけられる恐れがあった。 ションポリする遠藤ーーーもっとも私は彼が沈みこんで いるのを見たことかないカオオ 日本の文壇の中で西欧的な要素と日本的な要素が並 こっこ一人の彼は、時に 列的に存在できるのは、評論の世界である。そこでは見棄てられたノラ大のような顔をしているに違いない しいなりんぞう 椎名麟三や田淳をサルトルやカミ、と同時に論す と、お調子のりでウィットに富み、ユーモラスな ときとうけんさく ることが可能であった。しかし時任謙作は自分の悩み遠藤の二面性は先天的なものには違いないが、この二 を教会の神父に打ちあけることはしなかったのであつの気質は彼が評論家から小説家へ変化した時代に、 る。 表現の形式として定着したように思われる。 遠藤周作が評論家としてスタートしたことはこうい キリスト教的な問題を追求し続けた遠藤が、十字架 うことと関係があると私は考えている。西欧と日本がも神父も使わないで、はじめて彼のテーマを作品化す 同居できたもう一つの世界は新劇であった。ここは翻ることに成功したのが、「海と毒薬」であった。 この小説は色々な問題をふくんでいる。日本人の外 訳劇からはじまって、その土台の上に創作劇が作られ てい 0 たからだ。遠藤が岸田風や計中千禾夫に近づ国人、殊に白人に対する憧れと贈悪。医師にと 0 ては ていった理由もうなずけるのである。 患者と死体も、時には健康な人間すらも、解部台の蛙 遠藤の初期の作品、 「アデンまで」、「白い人」、「黄色と同じ実験材料になりうること。そして何も知らすに い人」など、すべて西洋と日本の対立を書いたもので、手術台に上る患者、米軍の拵虜。彼らを裏切って殺す ことによってひきおこされる罪悪感。そのようにして 西洋人が登場するバタくさい作品であった。その新ら しさを高く評価する人がいた反面、 発見された悪は、手術に参加した時にはじまるのでは はレん なく、物心っ いたころから、殆ど先天的に人間の心の 「遠藤は色が黒いから、この次の小説は『黒い人』だ カえる

10. 現代日本の文学 45 安岡章太郎 遠藤周作集

407 注解 遠藤周作集注解 一一三四ヴィシー派 Vichy は中部フランス高原の鉱泉都市。一九 四〇年六月フランスがドイツに降伏後、ペタン内閣は首府をこ の地に移し、以後解放までのフランス非占領地帯の政府はヴィ シー政府と呼ばれた。 一突相結ぶ三角形三角形とはテレーズを一頂点にした、ジャッ クと「私」の争奪戦の関係を示す形にほかならない・「私」に 白い人 とってはかって一度勝った実績のある戦いである。テレーズに 裏切りのユダの役割を果たさせ、「男は純潔の幻影を破壊するた ・サド Marquis de Sade ( 1740 ー 1840 ) 「サド」 めに存在する」として、自らもそのテレーズの「処女の仮面を を温めている作者の時間は長い。作者の重要なテーマは、「和 剥ぐことによって基督教が教える神のイメージも剥いだ」 ( 「爾 服」のキリストをもっこと、になろうが、それは同時に、サド もまた」 ) のである。これはまったくサドの「復習」である。 とどのようなかかわりをもっか、に関連する。「仏蘭西革命を 前にしたサドの貴族としての立場はちょうど今の日本の知識階 海と毒薬 級の位置に似ている」といい、「サディズムとは自由と主体と を失わない行為」 ( 「爾もまた」 ) だといえば、サドとかかわる = 五一一な・せか雨戸をしめきって : : : ありふれた、見捨てられたよ 姿勢の骨格はみえている。「和服」のキリストを得るために、 うな郊外の表情のなかで、この奇妙な男の表情の羅列は、非日 営的な主人公を迎えようとする作者の意識的、暗示的な方法で その一つ一つの検証をサドに求めているのである。サドを選び、 温め続けていることで遠藤はまぎれもなく自分を語っている。 ある。雨戸をしめる、よごれた子供の長靴が落ちている、あわ この作品にも、いたるところでサドが顔を出すが、「爾もまた」 れな大小屋に大はいない、呼鈴を幾度押しても返答がない、ひ は遠藤とサドのかかわり方をくまなくみせている作品である・ どく暗い部屋で、妙に蒼黒くむくんだ顔の、四十位ながら老け 一一三 0 ジャンセニスム Jansénisme ( 仏 ) 。オランダの神学者ャン てみえる男がぼんやり私を凝視する、という不思議な存在は、 セン Co 「 nelis Jansen 0 5 ー 638 ) の創始した教義。アウグ妻や子供が留守だからなどというもっともらしい説明など論外 スチヌスの説の流れを汲み、恩寵、自由音壑ハ、予定救霊につい な「暗さ」なのだ。読者もこの作者のもくろみをたやすく受け て厳格な見解を述べ、フランスのポール・ロワイヤル派などの 容れ、この不思議な男の過去にひきずりこまれていかねばなら 信奉者を出したが、一七一三年、法王によって禁止された。 ず、形どおりの導入の役割を果たしている個所である。 一三一通俗的な幻影この「幻影」は、本文中にしばしば見える「影丞一「仕方がないからねえ : : : 」既出の「中支に行った頃は面白 像」と同様のもので、作品のテーマにかかわる重要なことばと かったなあ。女でもやりたい放題だからな。抵抗する奴がいれ して使われている。 ば樹にくくりつけて突撃の練習さ」という石油スタンドのマス