岩の頭へ半身を乗出して、 の梅雨に水が出て、とてつもない川さ出来たでがすよ。 ) ( 然してると、木精が攫うぜ、昼間だって容赦はねえ ( 未だず 0 と何処までも此水でございましようか。 ) ごと あざけ す よ。 ) と嘲るが如く言い棄てたが、軈て岩の陰に入って高 ( 何のお前様、見たばかりじゃ、訳はござりませぬ、水に ところ あ い処の草に隠れた。 なったのは向うの那の藪までで、後は矢張これと同一道筋 、らと しばら こうもりがさ 暫くすると見上げるほどな辺へ蝙蝠傘の先が出たが、木で山までは荷車が並んで通るでがす。藪のあるのは旧大き ここいら しげみ やしき の枝とすれすれになって茂の中に見えなくなった。 いお邸の医者様の跡でな、此処等はこれでも一ツの村でが そ のんき ながれ ( どッこいしよ、 ) と暢気なかけ声で、其の流の石の上をした、十三年前の大水の時、から一面に野良になりました ひとじに ごぼうさまある しりあて 飛々に伝って来たのは、茣蓙の尻当をした、何にもつけなよ、人死もいけえこと。御坊様歩行きながらお念仏でも唱 や てんびんばう えて遣ってくれさっしゃい。 ) と問わぬことまで深切に話 い天秤棒を片手で担いだ百姓じゃ。」 しさいわか それよ します。其で能く仔細が解って確になりはなったけれども、 ふみまよ 現に一人踏迷った者がある。 五 こらら ( 此方の道はこりや何処へ行くので、 ) といって売薬の入 たれ ゅんで さつ、 「先刻の茶店から此処へ来るまで、売薬の外は誰にも逢わった左手の坂を尋ねて見た。 これは五十年ばかり前までは人が歩行いた旧道で なんだことは申上げるまでもない。 むこう 今別れ際に声を懸けられたので、先方は道中の商売人とがす。矢張信州へ出まする、先は一つで七里ばかり総体近 きまよい 見ただけに、まさかと思っても気迷がするので、今朝も立うござりますが、いや今時往来の出来るのじゃあござりま おばうさま ちぎわによく見て来た、前にも申す、其の図面をな、此処せぬ。去年も御坊様、親子連の順礼が間違えて入ったとい うで、はれ大変な、乞食を見たような者じゃというて、人 でも開けて見ようとして居た処。 おまわりさま ちょいと 命に代りはねえ、追かけて助けべえと、巡査様が三人、村 ( 一寸伺いとう存じますが、 ) ( これは何でござりまする、 ) と山国の人などは殊に出家の者が十二人、一組になって之から押登って、やっと連れ ごばうさま と見ると丁寧にいってくれる。 て戻った位でがす。御坊様も血気に逸って近道をしてはな ( いえ、お伺い申しますまでもございませんが、道は矢張りましねえそ、草臥れて野宿をしてからが此処を行かっし まっすぐ これを素直に参るのでございましような。 ) やるよりは増でござるに。はい、気を付けて行かっしゃ ( 松本へ行かっしやる ? ああああ本道じゃ、何ね、此間れ。 ) ばいや′、 あ やつばり この くたび こじき ゃぶ つれ これ はや
おとつるぎ 生家付近の遊び場所・乙剣宮神社 右「照葉狂言」の哀話 , お銀・小銀を供養する法然寺の古碑 んな めわれ 可哀なる此物語 此時婦人は一息つきたり。 は、土地の人口碑に伝えて、孫子に語り聞か とぎなし す、一種のお伽諏なりけるが、此処をば語る には、誰もかく為なりとぞ。婦人もいま悲し こわづ ( ろ げなる小銀の声を真似むとて、声繕いをした りー ) か 6 り・ 「 ( 姉さんや、姉さんや、何処まで水がっき ました。何処まで水がっきました。もう一度 顔が見たいねえ ! 小銀が来ましたよう。 ) ッて、 呼んでも呼んでも返事がないの。もう下でロ カ利けなくなったんでしよ、つ。月 、銀の悲しさ は、まあどんなだったろうねえ ( 「照葉狂言」 ) この
かえ あるから、其大音や思う可し。 「やあ、待たせたなあ。」 巣立の鷹 主税も、恁うなると元気なものなり。 お、ず ドッコイショ、と荷物は置棄てに立って来て、 わっし 「待たせた・せ、先生、私あ九時から来て居た。」 「退屈したろう、気の毒だったい。」 六十 「うんや、何、」 はす こっち とニャリとして、半纏の腹を開けると、腹掛へ斜つかい 「おっと、此処、此処、田町の先生、此方だ、此方だ、 まさむね に、正宗の四合罎、ト内証で見せて、 はははは。」 これ 十二時近い新橋停車場の、まばらな、陰気な構内も、冴「是だ、訳ゃねえ、退屈をするもんか。時々喇叭を極めち そうすけ ゃあね、」 返る高調子で、主税を呼懸けたのは、め組の惣助。 むこうはちま、 と向顱巻の首を掉って、 手荷物はすっかり、此のいさみが預って、先へ来て待合 めえ べっぴん うりさげぐら おおきしなかばん 「切符の売下口を見物でさ。ははは、別嬪さんの、お前さ わせたものと見える。大な支那革鞄を横倒しにして、えい ぐあい あすこ こづけオトフォリオよくば こらさと腰を懸けた。重荷に小附の折革鞄、慾張って拠んん、手ばかりが、彼処で、真白に恁うちらっくエ合は、何 らようちょう だ書物の、背のクロオスの文字が、伯林の、星の光は恁くの事あねえ、さしがねで蝶々を使うか、活動写真の花火 みもの ひょうたんし、ひざ と云うもんだ、見物だね。難有え。はははは。」 そとて、きらきら異彩を放つのを、瓢簟式に膝に引着け、 「馬鹿だな、何だと思う、お役人だよ、怪しからん。」 あの右角の、三等待合の入口を、叱られぬだけに塞いで、 たしな つらつ、 と苦笑いをして躾めながら、 樹下石上の身の構え、電燈の花見る面色、九分九厘に飲酒 「家はす 0 かり片ャいたかい、大変だ 0 たろう。」 たり矣。 まるで あれでは、我慢が仕切れまい、真砂町の井筒の許で、青「戦だ、宛然戦だね。だが、何だ、帳場の親方も来りや、 あかりつ ひきこ 葉落ち、枝裂けて、お嬢と分れて来る途中、何処で飲んだ挽子も手伝って、燈の点く前にや縁の下の洋燈の破れまで か、主税も陶然たるもので、くわっと二等待合室を、入口掃出した。何を何うして可いんだか、お前さん、皆な根こ いわゆる から帽子を突込んで覗く処を、め組はの所謂 ( 此方。 ) そぎ敲き売れ、と云うけれど、然うは行かねえやね。蔦ち ぬかみそ から呼んだので。是が一言でプ 1 ンと響くほど聞えたのでやんが、手を突込んだ糠味噌なんざ、打棄るのは惜いから、 ちから たか 、いだまら しか ふさ おみつ さえ たた その こ はんてん ないしょ こ らつば
ところに う。何だかね、こんな間違がありそうな気がして成らない、 かず、可恐しい処を遁げるばかりに、息せいて手を引いた わたし 私。私、でね、すぐに後から駆出したのさ。でも、何処っ のである。 あて あすこ よ まじない て当はないんだもの、鳥居前の彼処の床屋で聞いて見たの。魔を除け、死神を払う禁厭であろう、明神の御手洗の水 しずく かみ まあね。 : まるでお見えなさらないと言うじゃあないの。を掬って、雫ばかり宗吉の頭髪を濡らしたが、 しまった、と思ったわ。半分夢中で、それでも私が此処へ 「 : : : 息災、延命、息災延命。学問、学校、心願成就。」 えりしろ ひとみ みどう 来たのは神仏のお助けです。秦さん、私が助けるんだと思 と、手よりも濡れた瞳を閉じて、頸白く、御堂をば伏拝 いけな あなた っちゃあ不可い。可ござんすか、可いかえ、貴方。 : ・親み、 御さんが影身に添って居なさるんですよ。可ござんすか、 「一口めしあがれ、・ : ・ : 気を静めてーー私も。」 ひしやく 分りましたか。」 と柄杓を重げにロにした。 こども しご、 どうき と小児のように、柔い胸に、帯も扱帯もひったりと抱占「動悸を御覧なさいよ、私のさ。」 めて、 其の胸の轟きは、今より先に知ったのである。 ののさん あなた あすこ 「御覧なさい、お月様が、あれ、仏様が。」 「秦さん、私は貴方を連れて、最う彼処へは戻らない。 忘れはしない、半輪の五日の月が黒雲を下りるように、 ・ : 身にも命にもかえてね、お手伝をしますがね、・ : ・ : 実 いちょう こずえ 荘厳なる銀杏の枝に、梢さがりに掛ったのが、可懐い亡きはね、今明神様におわびをして、貴方のお頭を濡らしたの かみそり 母の乳房の輪線の面影した。 はーーー実は、あの、一度内へ帰ってね。 : : : 此の剃刀で、 これ つばみ 「まあ、此からと言う、 : : : 女にしても蕾のいま、何うし貴方を、そりたての今道心にして、一緒に寝ようと思った わたし て死のうなんてしたんですよ。ーーー私に : : : 私 : : : ええ、 のよ。 あのね、実はね、今夜あたり紀州のあの坊さん それが私に恥かしくって、 に、私が抱かれて、其処へ、熊沢だの甘谷だのが踏込むで、 ふるえ 蛮其の乳の震が胸に響く。 不義いたずらの罪に落そうと言う相談冫 こ : : : 何うても、と せんべい あなた * らぼ 鴨「何の塩煎餅の一一枚ぐらい、貴方が掏摸でも構やしない 言って乗せられたんです。 かねだか : まあ、とに角、内へ行きましよう。 ・ : あの坊さんは、高野山の、金高なお宝ものを売りに 売ーー私はね、あの。 可い塩梅に誰も居ないから。」 出て来て居るんでしよう。何処とかの大金持だの、何省の こまげた しらはぎひ 促して、急いで脱放しの駒下駄を捜る時、白脛に緋が散大臣だのに売って遣ると言って、だまして、熊沢が皆質に 4 は、・もの あわただ こころづ った。お千も慌しかったと見えて、宗吉の穿物までは心著入れて使って了って、催促される、苦しまぎれに、不断、 よ なっかし ど だきし おそろ とどろ どこ つむ こ ど みたらし
どこしようしやくかえり あたり ぎよくじゅ 酒井は何処か小酌の帰途と覚しく、玉樹一人縁日の四辺「ええ、別に、」と俯向いて怨めしそうに、三世相を揉み、 ひね たたす っ ややこ を払って彳んだ。又何時か、人足も稍此の辺に疎になって、且っ捻くる。 しばらく 薬師の御堂の境内のみ、其中空も汗するばかり、油煙が低少時して、酒井は不図歩を停めて、 ほしみせおおがらかさ 「早瀬。」 く、露店の大傘を圧して居る。 わずかもた 会釈をして纔に擡げた、主税の顔を、其の威のある目で「はい、」 きっ と此の返事は嬉しそうに聞えたのである。 屹と見て、 わか 「少いものが何だ、端銭を彼是人中で云って居る奴がある かい、見つともない。」 あが と言い棄てて、直ぐに歩を移して、少し肩の昻ったのも、 しば・り′、 きぶり 名を呼ばれるさえ嬉しいほど、久濶懸違って居たので、 霜に堪え、雪を忍んだ、梅の樹振は潔い ことば あっけ 、そ、そ懐かしそうに擦寄ったが、続いて云った酒井の言 呆気に取られた顔をして、亭主が、ずッと乗出しながら、しし は、太く主税の胸を刺した。 とばかり怯えるように差出した三世相を、ものをも言わ「何処へ行くんだ。」 ず引揶んで、追縋 0 て跡に附くと、早や五六間前途〈離れ是で突放されたようにな 0 て、思わず後退りすること三 尺半。 そな すまい 「何うも恐入ります。ええ、何、別に入用なのじゃないの此の前の、原一つ越した横町が、先生の住居である。其 ある 方に向って行くのに、従って歩行くものを、 ( 何処へ行 でございますから、は、、 ひとりごと いっかっぴくびく く。 ) は情ない。 散々の不首尾に、云う事も、しどろにな と最初の一喝に怯気怯気もので、申訳らしく独言のよう 「散歩でございます。」 図酒井は、すらりと懐手のまま、斜めに見返って、 わざわざここ 系「胖らないものを、何だって価を聞くんだ。素見すのかい、 「故々、此処の縁日へ出て来たのか。」 お前は、」 「否、実は : : : 」 しささ と聊か取附くことが出来た : 「先刻、御宅へ伺いましたのですが、御留守でございまし 「素見すのかよ。」 す おび す はしたかれこれ やっ た うれ うつむ あゆみと
「第一 ! 」 と、主税は仰ぐようにして云った。 ほがらか はなし わし 「否、此処で話しようと云うたのは私じやで、君の方が病と言った : : : 主税の声は朗であった。 あなた 後大儀じゃったろう。しかし、こんな事を、好んで持上げ「貴下の奥さんを離縁なさい。」 そらら たのは其方じゃて、五分五分か、のう、はははは、」 くらびる はやぶさ と髯の中に、唇が薄く動いて、せせら笑う。 ほほえ 早瀬は軽く微笑みながら、 「まあ、お掛けなさいまし。」 と腰掛けた傍を指で弾いた。 「や、此処で可え。話は直き分る。」と英臣は杖を脇挾 五十三 くわ んで、葉巻を銜えた。 はやわか ものしずか 「早解りは結構です、其処で先日のお返事は ? 」 一言亡状を極めたにも係わらず、英臣は却って物静に聞 ど 「何うか為い、と云うんじゃった、のう。最う一度云うて いた。 「何為か。」 ムらら べっとう 「申しましようかね。」 「馬丁貞造と不埒して、お道さんを産んだからです。」 ことば 「うむ、」 強いて言を落着けて、 つば と吸いつけた唾を吐く。 「それから、」 きめ わたし 「此処で極て下さいましようか。過日、病院で掛合いまし「第一一、お道さんを私に下さい。」 ) た時のように、久能山で返事しようじゃ困りますよ。此処「何でじゃ ? 」 りゅうそうぎん いい中です。」 は久能山なんですから。又と云っちゃ竜爪山へでも行かな「私と、 まるでてんぐ 図きゃならない。然うすりや、宛然天狗が寄合いをつけるよ「むむ、」 とロの内で言った。 うです。」 婦 「それから、」 「余計な事は言わんで、簡単に申せ。」 すが かいぎやくやや 「第三、お菅さんを、島山から引取ってお了いなさい。」 今の諧謔に稍怒気を含んで、 「何為な。」 「私が対手じゃ、立処に解決して遣る ! 」 いやここ じ じ このあいだ や ステッキわ、ばさ 、わ ひでおみかえ しま
どま 停った。 おしようさま ( 和尚様おいでなさい。 ) 十二 婦人は其方を振向いて、 こらら わたしつ くだんこめとぎおけひっかか 「 ( さあ、私に跟いて此方へ、 ) と件の米磨桶を引抱えて手 ( おじ様何うでござんした。 ) ぬぐい はさ とんま あ 拭を細い帯に挾んで立った。 ( 然ればさの、頓馬で間の抜けたというのは那のことかい。 かんざし 、つね やっ 髪は房りとするのを束ねてな、櫛をはさんで簪で留め根ツから早や狐でなければ乗せ得そうにもない奴じゃが、 なこうど ふたっ、みつ、 て居る、其の姿の佳さというてはなかった。 其処はおらがロじゃ、うまく仲人して、二月や三月はお嬢 わらじ ちょうだい うん 私も手早く草鞋を解いたから、早速古下駄を頂戴して、様が御不自由のねえように、翌日はものにして沢山と此処 ちょいと ばかどの 縁から立っ時一寸見ると、それ例の白痴殿じゃ。 へ担ぎ込みます。 ) わしかた したたらずしゃべ 同じく私が方をじろりと見たつけよ、舌不足が饒舌るよ ( お頼み申しますよ。 ) うな、愚にもっかぬ声を出して、 ( 承知、承知、おお、嬢様何処さ行かっしやる。 ) ねえ がけ ( 姉や、こえ、こえ。 ) といいながら気だるそうに手を持 ( 崖の水まで一寸。 ) ぼうぼう あたまな 上げて其の蓬々と生えた天窓を撫でた。 ( 若い坊様連れて川へ落っこちさっしやるな。おら此処に よこざま がんば 眼張って待っ居るに、 ) と横様に縁にのさり。 ( 坊さま、坊さま ? ) ほほえ おんな あなた すると婦人が、下ぶくれな顔にえくばを刻んで、三ッば ( 貴僧、あんなことを申しますよ。 ) と顔を見て微笑んだ。 わきの うなす かりはきはきと続けて頷いた。 ( 一人で参りましよう、 ) と傍へ退くと、親仁は吃々と笑 へそ 少年はうむといったが、ぐたりとして又臍をくりくりくって、 ( はははは、さあ、早くいってござらっせえ。 ) ふたかた ( おじ様、今日はお前、珍しいお客がお一一方ござんした、 聖私は余り気の毒さに顔も上げられないで密っと盗むよう 野にして見ると、婦人は何事も別に気に懸けては居らぬ様子、恁う云う時はあとから又見えようも知れません、次郎さん あじさい その 高其まま後へ跟いて出ようとする時、紫陽花の花の蔭からぬばかりでは来た者が弱んなさろう、私が帰るまで其処に休 んで居ておくれでないか。 ) いと出た一名の親仁がある。 まわ いいかけて、親仁は少年の傍へにじり 背戸から廻って来たらしい、草鞋を穿いたなりで、胴乱 ( 可いともの。 ) と こぶし くわえぎせる ねつけひもなが の根付を紐長にぶらりと提げ、銜煙管をしながら並んで立寄って、鉄梃を見たような拳で、背中をどんとくらわした、 わし 0 ふっさ よ かげ たら て そなた ど かなてこ ちょいと と わたし
して袂へお入れなさった。祟を恐れぬ荒気の大名、おも修理一大事とも言いようなし。御同役、お互に首はある ・カ しろい、水を出さば、天守の五重を浸して見よ、とそれ、 ところ おそろし 捉って来てな、此処へ打上げた其の獅子頭だ。以来、九平可恐い魔ものだ、うかうかして、こんな処に居べき さた ようへん でない。 奇異妖変さながら魔所のように沙汰する天守、まさかと ( 討手一同、立っ足もなく、生首をかこいつつ、乱れ 心してか は思うたが、目のあたり不思議を見るわ。 て退く。 ) かれ。 図書姫君、何処においでなさいます。姫君。 九平心得た、鎗をつけろ。 しようぜん へ、え、 ( 討手鎗にて立ちかかる、獅子狂う。討手辟易す。修夫人 ( 悄然として、立ちたるまま、もの言わず。 ) 図書 ( あわれに寂しく手探り。 ) 姫君、何処においでな 理、九平等、抜連れ抜連れ一同立かかる、獅子狂う。 さいます。私は目が見えなく成りました。姫君。 また辟易す。 ) ねら 修理木彫にも精がある、活きた獣も同じ事だ。目を狙え、夫人 ( 忍び泣きに泣く。 ) 貴方、私も目が見えなく成り ました。 目を狙え。 ( 九平、修理、力を合わせて一刀ずつ目を傷つく、獅図書ええ。 ともし こしもと せめては燈を 夫人侍女たち、侍女たち。 子伏す。討手其の頭をおさゆ一 ) たれ めくら はねの 皆、盲目に成りました。誰も目が見えませんので 図書 ( 母衣を刎退け刀を揮って躡ず。口々に罵る討手と ひと ひとたち ( 口々に一同、は 0 と泣く声、壁の ございます。 一刀合わすと斉しく。 ) ああ目が見えない。 ( 押倒され、 た 方に聞こゅ。 ) 取って伏せらる。 ) 無念。 ししがしら ′タと崩折る。 ) 獅子が両眼を 夫人 ( 獅子の頭をあげつつ、すっくと立つ、黒髪乱れて夫人 ( 獅子頭とともに、、 しようりよう おもてすご 面凄し。手に以前の生首の、もとどりを取 0 て提げ ) 誰傷つけられました。此の精霊で漑きましたものは、一 物 の首だ、お前たち、目のあるものは、よっく見よ。 ( ど人も見えなく成りました。図書様、何処に。 守 図書姫君。何処に。 ( さぐりよりつつ、やがて手を触れ、 っしと投ぐ。 ) 天 はっと泣きつつ相抱く。 ) ( ーー討手わッと退き、修理、恐る恐るこれを拾う。 ) あなた 夫人何と申そうようもない。貴方お覚悟をなさいまし。 修理南無三宝。 はりまのかみさまみしるし 今持たせて遣った首も、天守を出れば消えましよう。討 九平殿様の首だ。播摩守様御首だ。 ふる ののし たれ
天守物語 時不詳。ただし封建時代ーー晩秋。日没前より深 更にいたる。 ばんしゅう はくろじよう 所播州姫路白鷺城の天守、第五重。 登場人物 いわしろのくにい 天守夫人、富姫 ( 打見は二十七八 ) 。岩代国猪 ひめかわず なわしろかめ 苗代、亀の城、亀姫 ( はたちばかり ) 。姫川図 たかしよう しょのすけ しゆりやまずみくへい 書之助 ( わかき鷹匠 ) 。小田原修理、山隅九平 たけだはりまのかみ ( ともに姫路城主武田播摩守家臣 ) 。十文字ヶ原 はらしたながうば しゅばんまうちの の朱の盤坊、茅野ヶ原の舌長姥 ( ともに亀姫の 、 - きよう おうみのじようとうろく はぎくず けんぞく 眷属 ) 。近江之丞桃六 ( 工人 ) 。桔梗、萩、葛、 すす込 おみなえしなでしこ 女郎花、撫子 ( いすれも富姫の侍女 ) 。薄 ( お め わらわかむろいったり なじく奥女中 ) 。女の童、禿、五人。武士、討 手大勢。 まわり 舞台天守の五重。左右に柱、向って三方を廻廊下の こう、りい ごと 如く余して一面に高く高麗べりの畳を敷く。紅の鼓の ごと ところどころちょう ひとすじこれ 緒、処々に蝶結びして一条、是を欄干の如く取りま わして柱に渡す。おなじ鼓の緒のひかえづなにて、向 かいろう って右、廻廊の奥に階子を設く。階子は天井に高く通 ず。左の方廻廊の奥に、また階子の上下のロあり。奥 の正面、及び右なる廻廊の半ばより、厚き壁にて、広 はざま やざま き矢狭間、狭間を設く。外面は山岳の遠見、秋の雲。 と 壁に出入りの扉あり。鼓の緒の欄干外、左の一方、棟 こだらこずえ 並びに樹立の梢を見す。正面おなじく森々たる樹 木の梢。 めのわらわ ( 女童三人ーー・合唱 「此処は何処の細道じゃ、細道じゃ、 天神様の細道じゃ、細道じゃ。」 うたいつつ幕開く 、きようおみなえしはぎくずなでしこおのおの 侍女五人、桔梗、女郎花、萩、葛、撫子、各名にそ あるい あるい ぐえる姿、鼓の緒の欄干に、或は立ち、或は坐て、手 込んしよくぎんしよく いとわく に手に五色の絹糸を巻きたる糸枠に、金色銀色の細き くぐ さお つり ひ 棹を通し、糸を松杉の高き梢を潜らして、釣の姿す【 女童三人は、緋のきつけ、唄いつづくーー、・冴えて且 っ寂しき声。 「少し通して下さんせ、下さんせ。 ごようのないもな通しません、通しません。 天神様へ願掛けに、願掛けに。 うた くれない さ むね
あらら 「此方がお構いなさいませんでも、彼方様で。」 追っくめえ。」 ところ たげえ 「可いじゃねえか、お互だ。此んな処へ来て何も、向う様 女中が苦笑いして立とうとすると、長々と手を伸ばして、 一もれい すえまなこ だって遠慮はねえ。大家様の隠居殿の葬礼に立っとってよ、 据眼で首を振って、チョ、舌鼓を打って、 おら 、つね ぶつか たゆうまえげいっかまっ 「待ちな待ちな。大夫前芸と仕って、一ッ滝の水を走ら町内が質屋で打附ったようなものだ。一ッ穴の狐だい。己 いや あ又、猫のさかるような高い処は厭だからよ。勘当された せる、」 わりどこ うな 息子じゃねえが、一一階で寝ると魘されらあ。身分相当割床 とふいと立って、 むなわり ひょどりごえさかおと 「鷲尾の三郎案内致せ。鵯越の逆落しと遣れ。裏階子からと遣るんだ。棟割に住んでるから、壁隣の賑かなのが頼も しいや。」 便所だ、便所だ。」 えりこの どっか 「不可ませんよ、そんなことをお言いなすっちゃ、選好ん 何処の夜講で聞いたそうな。 で此のお座敷へ入らっしやらないだって、幾らでも空いて るじゃありませんか。」 あいにく 「空いてる ! 恁う、唯た今座敷はねえ、お生憎だと云った きざ 手水鋼の処へめ組はのっそり。里心のついた振られ客のじゃねえか。気障は言わねえ、気障な事は云わねえから、 みまわ ような腰附で、中庭越に下座敷をきよろきよろと拘したが、黙って早く燗けて来ねえよ。」 どこ いいがかりに止むを得ず、厭な顔して、 何処へ何んと見当附けたか、案内も待たず、元の一一階へも さかな ごしゅ ふすまぎわ 戻らないで、唯ある一室へのっそりと入って、襖際へ、ど「じゃ、御酒を上るだけになすって下さいよ、お肴は ? 」 はんだい きかなおら あぐら 「肴は己が盤台にあら。竹の皮に包んでな、斑鮭の鎌ン処 さりと又胡坐に成る。 った あわただ があるから、其奴を焼いて持って来ねえ。蔦ちゃんが好だ 女中が慌しく駈込んで、 けえ ったんだが、此の節じゃ何にも食わねえや、折角残して帰 「まあ、何処〈入ら 0 しやるんですか。」 っても今日も食うめえ。」 図と、たしなめるように云うと、 と独言に成って、ぐったりして、 系「此処にいらっしやら。ははは、心配するな。」 はりええね かかあや 「困りますよ。隣のお座敷には、お客様が有るじゃありま「媽々に遣るんじゃ張合が無え。焼いて来ねえ、焼いて来 ねえ。」 7 せんか。」 けげん 女中は、気違かと危んで、怪訝な顔をしたが、試みに、 「構わねえ、一向構わねえ。」 わしお かけこ ごし うらばし t.J こらら こ にぎや すき