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検索対象: 現代日本の文学 Ⅱ-3 北原白秋 斎藤茂吉 釈迢空集
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1. 現代日本の文学 Ⅱ-3 北原白秋 斎藤茂吉 釈迢空集

こういって、父は三稜鏡をいきなり炉の炎の中に投げた。 を過ぎて此世を去った。 寺小屋が無くな 0 て形ばかりの小学校が村にも出来るよ教員は驚き慌ててそれを拾 0 たが、怒することを罷めて、 なが ちゅう おおむ うになった。教員は概ね士族の若者であった、なかには中やはり父がしたように炉の炎をしばらくの間三稜鏡で眺め たきび きゅうり 年ものも居た。『窮理の学』ということがそれらの教員のていた。教員は日光と炉の焚火と同じであるか違うもので 口から云われた。父は冬の藁為事の暇に教員のところに遊あるかの判断はつかなかった。教員の窮理の学はここで動 * さんりようきよう びに行くと、今しがた届いたばかりだという三稜鏡を見揺した。父は安彊ってそこを引きあげた。 しばしょ につこう 後年父はーその話をした。文明開化の学問をした教員 せられた。そうして日光というものは期うして七色の光か ら出来て居る。虹の立つのはつまりそれだ。洋語ではこれを負かしたというところになかなか得意な気持があった。 あやひかり をスペクトラとって七つの綾の光ということである。旧けれども単にそれのみではなかったであろう。神を念じて こくだちしおだち らいごう * でくほういん 弊ものは来迎の光だの何のと謂うが、あれは木偶法印に食穀断塩断していたような父は、すぐさまスペクトラの実験 のにおちょう轡はないのである。腑に落ちるなどと謂う わされているのだ。教員は信心ぶかい父のまえにこう云っ はんばっ きえん より反撥したといった方がいいかも知れない。 て気焔を吐いた。 こぎ しかけ それからずっと月日が立って、父は還暦を過ぎ古稀をも 父は切りにその三稜鏡をいじっていたが、特別に為掛も 無く、からくりも見つからない。しかしそれで太陽を透し過ぎた。父は上山町のとある店先で、感に堪えたという風 * くもえもんなにわぶし て見ると、なるほど七綾の光があらわれる。 で、蓄音機の喇から伝ってくる雲右衛門の浪花節を聞い しばら きゅうり 父は暫く三稜鏡をいじっていたが、ふと其を以て炉の火ていたことがある。けれども、父はその蓄音機は窮理の学 ついじん に本づくものだということなどは追尋しようともしなかっ を覗いた。すると意外にも炉の炎がやはり七つの綾になっ たちま て見える。父は忽ち胸に動悸をさせながら、これは、きり た。スペクトラを退治した写象なども無論意識のうえにの ばてれんしわざ ばって来なかったのである。 集したん伴天連の為業であるから念力で片付けようと思った。 珠教師様。お前はきりしたん伴天連に騙されて居るんでは しつ そ ) あんまいな。これを見さっしゃい。お天道さまも、ほれか 漆瘡 念 ら囲炉裏のおきも、同じに見えるのがどうか。からくりが りんそん 無いようにして此の中に有るに違いないな。きりしたん伴村の学校が隣村の学校に合併されて、そこに尋常高等小 天連おれの念力でなくなれ。 学校の建ったのは、森文部大臣が殺されて、一二年も経っ ねん のぞ しき この にじ どうき わらしごと だま てんとう それ あや かみのやま た た

2. 現代日本の文学 Ⅱ-3 北原白秋 斎藤茂吉 釈迢空集

97 思ひ出 心ままなる歌ひ女のエロル夫人もさみしかろ。 金の入日に繻子の黒 黒い喪服を身につけて、 いとつつましうひとはゆく。 九月の薄き弱肩にけふも入日のてりかへし、 粉はこぼれてその胸にすこし黄色くにじみつれ。 金の入日に繻子の黒、 かかるゆふべに立つは誰ぞ。 骨牌の女王の手に持てる花 わかい女王の手にもてる 黄なる小花ぞゆかしけれ。 なにか知らねど、赤きかの草花のかばいろは アルカリ うれひはな 阿留加里をもて色変へし愁の華か、なぐさめか、 ゅめの光に咲きいでて消ゆるつかれか、なっかしゃ。 にんにく 五月ついたち、大蒜の 黄なる花咲くころなれば、 忠臣蔵の着物きて紺の燕も薤るなり、 らつば 銀の喇叭にロあててオペラ役者も踊るなり。 ひるげ されど昼餐のあかるさに よわがた うため た 老嬢の身の薄くナイフ執るこそさみしけれ。 西の女王の手にもてる 黄なる小花そゆかしけれ。 かな っ 何時も哀しくつつましく摘みて凝視むるそのひとの 深き眼つきに消ゆる日か、過ぎしその日か、憐憫か、 老嬢の身の薄くひとりあるこそさみしけれ。 秋の日 小さいその児があかあかと さら とんぼがヘりや、皿まはし : 小さいその児はしなしなと体反らして逆さまに、 足を輪にして、手に受けて、 まさ か力と 顔を踵にちよと拠む。 なま 足のあひだにその顔の坐るかなしさ、生じろさ。 しづく 落つるタ日のまんまろな光ながめてひと雫。 なが あかいタ日のまんまろな光眺めてまじまじと、 足を輪にして、顔据ゑて、小さいその児はまた涙。 おやち 傍にや親爺が真面目がほ、 や太鼓でちんからと、くづしの軽業の 浮いた囃子がちんからと。 オウルドミス オウルドミス はやし こ あはれみ

3. 現代日本の文学 Ⅱ-3 北原白秋 斎藤茂吉 釈迢空集

あわ に過去と現在とを継いで慄くように、つねに忙ただしい集のかげに今なお見出されずして顫えていたものである。 この じよじよう 生活の耳元にり泣く。さはいえ此集の第四章に収めた私はかの私の抒情の「歌」とともにこの「断章」のような むし じゃしゅうもん 「おもいで」十九篇の追憶体は寧ろ「邪宗門」以前の詩風仄かな芸術品が「邪宗門」や「東京景物詩」やその他の異 いた ロマンチック であった。まだ現実の苦痛にも思い到らず、ただ羅漫的な った象徴詩の間にも、なお純なるわかき日の悲しみを頼り 気分の、何となき追憶に 0 たひとしきりの夢に過ぎなか なく伴奏しつつあった事をせめては首肯して欲しいのであ めばえ トンカジョン った。さりながら「性の芽生」及「 Tonka J 。 hn の悲哀」る。 おさ に輯めた新作の幾十篇には幼年を幼年として、自分の感覚私は兎に角、可憐なそうして手ごろの小さい抒情小曲集 ていしよく に牴触し得た現実の生そのものを拙ないながらも官能的にを、私のなっかしい人々の手に献げたいと思って、なるべ おさな ここ 描き出そうと欲した。従って用いた語彙なり手法なりもやく自分に親しみの深い、穉い時代の「思い出」をに集め ひっきよう あらかじ はり現在風にして試みたのである。畢竟自叙伝として見てた。従て私の生いたちなり、生れた郷土の特色なり、予 せいよくし 欲しい一種の感覚史なり性慾史なりに外ならぬ。実際私はめ多少は知って戴く必要がある。 過去を全く今の自分から遊離したものとして追慕するより も、充実した現在生活の根底を更に力強く印象せしめんが ゃながわすいごう らくいん ひたい 為に「兎に角過去というわが第一の烙印を自分で力ある額私の郷里柳河は水郷である。そうして静かな廃市の一つ である。自然の風物は如何にも南国的であるが、既に柳河 の上に烙きつけようと欲したのである。とはいうものの、 ほりわり すた 私はなおこの小さぎ詩集の限りある紙面に於て企画した事の街を貫通する数知れぬ溝渠のにおいには日に日に廃れて ひご の十分の一も描写し得なかったのを悲しむ。幼ない昔は兎ゆく旧い封建時代の白壁が今なお懐かしい影を映す。肥後 あるいくるめじ に角秘密多き少年時代の感情生活はまだまだ複雑であり神路より、或は久留米路より、或は佐賀より筑後川の流を超 経的である。私はなお何らかの新らしい形式の上にその切えて、わが街に入り来る旅びとはその周囲の大平野に分岐 ろうぎん して、遠く近く瓏銀の光を放っている幾多の人工的河水を ないほど怪しかった感覚の負債を充分に償い得べき何らか の新らしい機会の来らんことを待つ。 眼にするであろう。そうして歩むにつれて、その水面の随 はすまこもこうほね 「断章」の六十一篇は「邪宗門」と同時代の小曲であって所に、菱の葉、蓮、真菰、河骨、或は赤褐黄緑その他様々 うきも さらさもよう ちょうど その後の新風ではない。それは恰度強い印象派の色彩のかの浮藻の強烈な更紗模様のなかに微かに淡紫のウオタアヒ かす げに微かなテレビン油の滴りのさまようているように彼のヤシンスの花を見出すであろう。水は清らかに流れて廃市 ため おのの したた った め まち ふる ひし かれん いただ ささ ふる すで

4. 現代日本の文学 Ⅱ-3 北原白秋 斎藤茂吉 釈迢空集

196 ほほけたる囚人の眼のやや光り女を「ムふかも刺しし女を しゃんはい たたかひは上海に起り居たりけり鳳仙花紅く散りゐたりけ相群れてべにがら色の囚人は往きにけるかも入り日赤けば むぎのくろみす まはりみち畑にのぼればくろぐろと麦奴は棄てられにけり きゃうじん 十日なまけけふ来て見れば受持の狂人ひとり死に行きて居 しら玉の憂のをんな恋ひたづね幾やま越えて来りけらしもし うせんくわ あ 鳳仙花城あとに散り散りたまるタかたまけて忍び逢ひたれ鳳仙花かたまりて散るひるさがりつくづくとわれ帰りける かも ( 七月作 ) * むぎのくろみ 天そそる山のまほらにタよどむ光りのなかに抱きけるかも 4 麦奴 屋上の石は冷めたしみすずかる信濃のくにに我は来にけりしみじみと汗ふきにけり監獄のあかき煉瓦にさみだれは降 屋根の上に尻尾動かす鳥来りしばらく居つつ去りにけるか あめぞら も 雨空に煙上りて久しかりこれやこの日の午時ちかみかも を 屋根踏みて居ればかなしもすぐ下の店に卵を数へゐる見ゅ飯かしぐ煙ならむと鉛筆の秀を研ぎて居て煙を見るも ま かそ うれひわ 屋根にゐて徴けき憂湧きにけり目したの街のなりはひの見ひた赤し煉瓦の塀はひた赤し女刺しし男に物いひ居れば ゅ ( 七月作 ) かんばう しうじん 監房より今しがた来し囚人はわがまへにゐてやや笑めるか 3 七月二十三日 , も かみそりとぎ めん難ら砂あび居たれひっそりと剃刀研人は過ぎ行きにけ どり うれひ しりを しなの あか まち きた いだ れんぐわ

5. 現代日本の文学 Ⅱ-3 北原白秋 斎藤茂吉 釈迢空集

六月 テエプルクロース 白い静かな食卓布、 その上のフラスコ、 フラスコの水に つりがねさう ちらっく花、釣鐘草。 光沢のある粋な小鉢の つりがねさう 釣鐘草、 汗ばんだ釣鐘草、 紫の、かゆい、やさしい釣鐘草、 むせ 詩さうして噎びあがる 物 苦い珈琲よ、 景 あっ 京熱い夏のこころに 私は匙を廻す。 たかまどマルキイズ 高意の日被 エキゾ分ックごぐわっゅ 異国趣味な五月が逝く・ : あたら 新しい銀座の夏、 かなしくよるべなき人のー石と。 カウヒイ ぎんざ なっ その白い斜面の光から 六月が来た。 その下の都会の鳥瞰景。 かす 幽かな響がきこゆる、 やはらかい乳房の男の胸を抑へつけるやうな : ・ 苦い珈琲よ、 かきまはしながら 静かに私のこころは泣く・ : 八月のあひびき スロウブ 八月の傾斜面に、 きん 美くしき金の光はすすり泣けり。 こほろぎもすすりなけり。 みどり 雑草の緑もともにすすり泣けり。 わがこころの傾斜面に、 滑りつつ君のうれひはすすり泣けり。 よろこびもすすり泣けり。 あくえん 悪縁のふかき恐怖もすすり泣けり。 八月の傾斜面に、 スロウブ おそれ てうかんけい おさ

6. 現代日本の文学 Ⅱ-3 北原白秋 斎藤茂吉 釈迢空集

暗みゆく室内よ、暗みゆきつつ しじま 想の沈黙重たげに音なく沈み、 そことなき月かげのほの淡くさし入るなべに、 はじめまづヰオロンのひとすすりなき、 ころも 鈍色長き衣みな瞳をつぶる。 燃えそむるヴヱス年アス、空のあなたに くれなゐ 色新しき紅の火そ噴きのぼる。 すた 廃れたる夢の古墟、さとあかる我室の内、 ひとときに渦巻きかへす序のしらべ オオケストをラ 管絃楽部のうめきより夜には入りぬる。 ほのかにひとっ 罌粟ひらく、ほのかにひとつ、 また、ひとっ : むぎふ やはらかき麦生のなかに、 軟風のゆらゆるそのに。 薄き日の暮るとしもなく、 月しろの顫ふゅめちを、 にびいろ けし なよかぜ むろぬら ふる ふるつか じよ わがむろ れ入るビアノの吐息 ゅふぐれになそも泣かるる。 さあれ、またほのに生れゆく 色あかきなやみのほめき。 やはらかき麦生の靄に、 軟風のゆらゆる胸に、 罌栗ひらく、ほのかにひとつ、 また、ひとっ : たん でぎ 耽溺 あな悲し、紅き帆きたる。 聴けよ、今、紅き帆きたる。 はくじっ 白日の光の水脈に、 わが恋の器楽の海に。 むせ あはれ、け、光は噎び、 ふる * すががきこ 海顫ひ、清掻焦がれ あか もや

7. 現代日本の文学 Ⅱ-3 北原白秋 斎藤茂吉 釈迢空集

紙の平仮名を拾 0 ては百舌の啼く音をきき 0 た。私は本 John はまた何となく愛しいものに思った。 のひとつひとつの匂いや色や手触の異なる毎にそれぞれ特 殊なある感覚の悲しみを嗅ぎわけた。私は梨の木に止って よね 舌出人形の赤い舌を引き抜き、黒い揚羽欒の翅をむしり果実の甘い液にナイフの刃をつける時も、いもりの赤い腹 ちらした心はまたリイダアの版画の新らしい手触を知るよを恐れて芝くさのほめきに身をひたす時も、赤ん谷の婆 せいよく うにな 0 た。而してただ九歳以後のさだかならぬ性慾の対 ( 母の乳母で髪の白いなっかしい老だ 0 た ) のところに 象として新奇な書籍ー、ーことに西洋奇談ーーほど Tonka 山桃採りにゆく時にも、絶えず何らかの秤史を手にしない John の幼い心を掻き乱したものは無か 0 た。「埋れ木」のことは無か 0 た。私はただ感動し、昂奮し、あらゆる稚い ゲザがポオドレ = ルの「悪の華」をまさぐりながら解らぬ空想に 0 た。 たまねぎ ながらもあの怪しい幻想の匂いに憧がれたという同じ幼年ある日の午後円い玉葱の花に黄色い日光が照りつけて、 かす 昼の虫が幽かにパッチパッチと鳴いている時、私はその上 の思い出のなっかしさよ。 からだ 外目の祖父は雪の日の炉辺に可哀いい沖ノ端の係を引きの丘の芝生に寝ころびながら初めて自分の身体から沁み出 はやし よせながら懐かしそうに仏闌西式調練の小太鼓の囃子を歌る強い汗の臭を知 0 た。そうして軟風のいらいらと葱の臭 0 て聴かす外にはまだ穉い子供に何らの読書の権能をも認を吹きおくるたびに私はある異常な霊の圧迫を感じた。こ めて呉れなか 0 た。当時民友社ものを耽読していた若い叔ういう日が続いて私は選に激しい本能の衝動に駆られた。 父はただ「夢想兵衛胡蝶物語」一冊しか自由に読まして呉そうしてその日から非常に昼の太陽を恐るるようにな 0 た。 ひろしげほく 態「春の覚醒」の時代が来た。そうして赤い青い書籍の れぬ。祖父の書架を飾った古い闌書の黒皮表紙や広重や北 おのの 斎ル至草艸紙の見かえしの渋い手触り、黄表紙、雨月物語、手触りに全官感を慄かしていた私はまだその以外の新らし その他様々の秤史、物語、探奇談、仏闌西革命小説、経い世界を発見し得た恐怖と喜びに身も霊も顫わしながら燃 出 国美談、三国志、西遊記等の珍書は羅曼的な児童の燃えたえたっ瞳に凡てのものを美くしく苦るしくそうして哀しく、 ひあこがれ っ憧憬の情を嗾かして遂にはかの厳格なる禁断を犯かさし寂しく感じ得るようにな 0 た。さはいえ、私もまた喜怒哀 いた 思 楽の情の激しい一面に極めて武士的な正義と信実とを尊ぶ むるに到った。 私はよく葡萄棚の下に緑いろの日の光を浴びながら新ら清らかな母の手に育てられて、一時は強いて山羊の血の交 しい紙の匂いに親しみ、赤い柿の実の反射に・ほやけた草艸 0 た怯臑な心に酒を恐れ煙を悪み、単に懐中鏡を持 0 て らんしょ ごと

8. 現代日本の文学 Ⅱ-3 北原白秋 斎藤茂吉 釈迢空集

濃霧はそそぐ : : : 腐れたる大理の石の なま 生くさく吐息するかと蒸し暑く、 はた、冷やかに官能の疲れし光 月はなほ夜の氛囲鑓のなる恐怖に懸る。 濃霧はそそぐ : : : そこここに虫の神経 なげき 鋭く、甘く、圧しつぶさるる嗟嘆して たんでき 飛びもあへなく耽溺のくるひにそ入る。 やみまうあ かくがらす 薄ら闇、盲亞の院の角硝子暗くかがやく。 濃霧はそそぐ : : : さながらに戦く窓は アラピャ 亜刺比亜の魔法の館の薄笑。 しびれぐすりす 麻痺薬の酸ゆき香に日ねもす噎せて まるやね 聾したる、はた、盲ひたる円頂閣か、壁の中風。 濃霧はそそ・ 甘く、また、重く、くるしく、 しを いづくにか凋れし花の息づまり。 その ぬかるみ つばめ 苑のあたりの泥濘に落ちし燕や、 しゃう 月の色半死の生に悩むごとただかき曇る。 宗 濃霧はそそぐ : ・ いっしかに虫も盲ひつつ しび 邪聾したる光のそこにうち痺れ、 唖とぞなる。そのときにひとつの硝子 蹕の如くに青くおぼろめき、ビアノ鳴りいづ。 おふし たち だいり をのの し ちゅうふう 濃霧はそそぐ : ・ : 数の、見よ、人かげうごき、 闌くる夜の恐怖か、痛きわななきに たまだんそう ただかいさぐる手のさばきーー霊の弾奏、 めしひ おふしろうじゃっぷめ のぞ 盲目弾き、唖と聾者円ら眼に重なり覗く。 濃霧はそそぐ : ・ ・ : 声もなき声の密語や。 官能の疲れにまじるすすりなき たまおびえね 霊の震慄の音も甘く聾しゆきつつ、 のどし 近き野に喉絞めらるる淫れ女のゆるき痙攣。 ふしよく 濃霧はそそ・ 香の腐蝕、肉の衰頽・ーーー コロロホルム 呼吸深く彁囃仂謨や吸ひ入るる ろり 朧たる暑き夜の魔睡 : : : ・ : 重く、いみじく、 音もなき盲唖の院の氛囲気に月はしたたる。 赤き花の魔睡 * 工エテル 日は真昼、ものあたたかに光素の 波動は甘く、また、緩るく、戸に照りかへす、 その濁る硝子のなかに音もなく、 コロロホルム うは′」と 彁囃仂謨の香ぞ滴る : ・ : ・・ : 毒の謔言 : ・ ふ おそれ した か かず たはめ みつご すゐたい けいれん

9. 現代日本の文学 Ⅱ-3 北原白秋 斎藤茂吉 釈迢空集

びとごころ われつひに孤り心に生きざるか少女に離れてさびしきもの を 野のなかにかがやきて一本の道は見ゅここに命をおとしか ねつも 4 乾草 ふりそそぐ秋のひかりに乾くさのこらへかねたるにほひのはるばると一すぢのみち見はるかす我は女犯をおもはざり ぼれり けり くばみ いちはやく湧くにゃあらむこの身さへ懺悔の心わくにゃあこころむなしくここに来れりあはれあはれ土の窪にくまな らむ とのゐ 7 お茶の水 5 宿直の日 あきっ 狂院のうらの畑の玉キャ・ヘッ豚の子どもは越えがたきかなまかがよふひかりたむろに蜻蛉らがほしいままなる飛のさ やけさ ぶた むらがりて豚の子走る畑みちにすでに衰ふる黄いろの日の こあをつ ひかり 水のへの光たむろに小蜻蛉はひたぶるにして飛びやまずけ むらぎものみだれし心澄みゆかむ豚の子を道にいぢめ居た まれば 大正三年 ら 6 一本道 あ しちめんてう 侊あかあかと一本の道とほりたりたまきはる我が命なりけり 1 七面鳥 さるすべり かがやけるひとすぢの道遙けくてかうかうと風は吹きゅき冬庭に百日紅の木ほそり立ち七面鳥のつがひあゆめり にけり はる をとめか さんげ き光 われによぼん とび

10. 現代日本の文学 Ⅱ-3 北原白秋 斎藤茂吉 釈迢空集

こんちゅう 瑠璃いろに光る昆虫いづるまで最上川べの春たけむとす 雪しづく夜すがらせむとおもひしに暁がたは音なかりけ つばめ うちわたしいまだも雪の消えのこる最上川べに燕ひるがヘ る かさな 雪ぐものそのふるまひを見たりけり重り合ひにせめぐがご 春光 まなかひに見えをる山の雪げむりたちまちにしてひくくな . り . こり′ 気ぐるひが神と称するカーズスを礼拝せむと人さやぎけり 山の中ゆいで来し小雀飛ばしめて雪の上に降るきさらぎのあまつ日の光あたれる山なみのつづくを見れば白ききびし さ 門歯にても噛みて食はむとおもひけり既に塩がるるこの蕪きさらぎの空のはたては朝けよりおほに曇りぬその中の山 菜よ 辺土独吟大石田より 運命にしたがふ如くつぎつぎに山の小鳥は峡をいでくる ざわう かたむきし冬の光を受けむとす蔵王の山を離れたる雲 かたはらに黒くすがれし木の実みて雪ちかからむゅふ山を 山 白偶然のものの如くに軈涙はながく垂れゐき朝あけぬれば 園 東京を離れて居れど夜な夜なに東京を見る夢路かなしも 昼と夜 最上川のなぎさに近くゐたりけりわれのそがひはうちつづみわたせば国のたひらにふかぶかと降りつみし雪しづかに なりぬ うんめい もんし こ こがら あかっき すで かひ かぶら ゅめぢ