露八は、迷っていた。 「えツ、八十三郎殿を」 「先か、後か」 怪しむように「ムう渋沢の顔をじっと見て、露八が訊いた。 「あなたは、どちらへ」 犬の駈けるのさえも、何か時勢の刺戟であるように見え るあわただしい世相の潮流の中に立って、 「しばらく友人の家に潜伏していたが、今度御用人の平岡 っ 「ーー・・・・見えぬ、見えぬ。京都へならこの東海道。ほかに外円四郎殿が御上洛を幸いにお供のうちに従いて、やっと、 あぶ れるはずはないが」 危ない江戸表から足を抜いて来たところ : : : 。過ぐるころ かげ お菊ちゃんとの約束も忘れて、御ったり来たりしていた。は貴公のお蔭で、大難を避れたが、その後、承われば、御 ちゅうげん わき ごさい′」 にゆうろう 塗駕に小侍や中間など、二十人ばかりの一行が、彼の側舎弟の入牢やら、お父上の不慮の御最期やら、何と申し上 に′」うり を通った。何藩かの留守居役か重役らしく、人足に荷梱をげようもない御災難つづき。其許も、世を儚なんで御法体 になられたと見える , 舁かせて、横浜港と東海道との辻を西へ曲がって行ったが、 しばらくすると、その列から、抜け戻って来た一人の侍が、「ちょっ : : : ちょっと待って下さい」 露八は、坊主頭を撫でて、 再び辻の角に姿を見せて、何か考えていた。 「父の最期とおっしやったが、それは、誰のことで」 大跨に、露八の方へ、寄って来る せわ 露八は、気がっかなかった。八十三郎を求めるのに忙し「まだ御存じないのか」 す 「知りません」 ない眼つきだった。何気なく、その侍と摺れちがった。 「ふーむ」 すると、 「おつ、やはりそうだ」 「つい四、五日前のことですぞ。土肥半蔵殿は八十三郎殿 侍は、むずと露八の腕をつかんだ。 とりし をようかっ すげがさ 破牢の一件やら、例の闘鶏師どもの執念ぶかい脅喝やらに、 八菅笠のつばを少し上げて、 きうつかか ひどい気鬱に罹られたらしく、公儀の呼び出し状をうけた や「土肥君つ」 の 当日、武島町の一室で、自刃めされたという話、平岡様か と、呼んだ。 うじ 松 ら確と聞いたが」 「や。技沢氏か」 「げツ。 「をしておらるるのじゃ」 か 露八は、舌を噛んだようにさけんだ。 「弟を」 ぬりかご おおまた かど しげき しか ごじようらく そこもと ごほったい
ゅぎようざか る。マドロスといっても、およそ汚いマドロスだった。風とても、家が狭いというので、遊行坂の道路に面したす 呂に入れたり下着や父の古洋服を着せてやるのに、家じゅ ぐ近くの借家をべつに借りうけ、食客や伯父たちはみなそ しらみ うに虱が散らかるといけないといって、母から女中まで悲っちに雑居し、朝晩の食事はこっちから女中が運ぶという 鳴をあげたものである。父は、その若い異人をやがて会社形をとっていた。 おそはばか にでも使うつもりでいたのか、医者にかけたり、日本語を その連中も、父の姿はひどく怖れ憚ッていたが、父の帰 なペ 習わせたり、その健康になるのを見て独り満足していた。 宅のおそい夜などは、そこの洋燈の下に牛鍋や酒が展開さ ぼくらは自分らの家庭に一人の異国人が加わった事に異れ、何をやっているのかと思うような騒ぎ方が始まってい 常な興味と物珍しさを覚えた。可愛がったというよりもオ た。そして女中までがそっちへ行くとキャッキャッと笑い よろ - 」 モチャにして歓んだわけかもしれない。マドロス氏の方は、こけていて呼んでもなかなか帰って来ないといったような 人に馴れない小動物みたいに常におどおどした眼と、作り暮し振りを見せていた。 笑いばかり見せていた。それでもこのマドロス氏は、半年そのうちに、伯父の山上清が、ある晩、発作的に精神病 ぐらいぼくらの家にいて、お風呂の水汲みをしたり不器用的な兆を見せ始めたのである。みんなの枕を並べている寝 な手つきで庭を掃いたりしていた。ところが、ある朝、姿床に立って、突然、放尿したのであった。これは大騒ぎだ が見えなくなってしまった。父の部屋で、母が嘆いているった。だが入院させて落着くと、日ならずして平常状態に 返った。そして勤務先の燈台局へも勤め出したが、役所先 声がしていた。 でも、変だ と云われ出したらしい。まもなく辞職して、 「 : : : だから私が、「ムわない事じゃないんですのに」 この朝、会社へ出てゆくときの父の、何ともまずい淋ししばらくは遊行坂の家で静養していた。が、その後も発作 つきそい を起すと時々乱暴し出すので、ついに附添人をつけて一時 げな顔つきといったらなかった。 家族以外な食客も常に何人か居た。これは食客とはいえ郷里へ帰すことになった。佐倉へ帰ってからは、だんだん あざぷ ないが、母の実兄で、横浜燈台局の技師として赴任してき発作の回数も減ったらしく、後には健康を恢復して、麻布 りゅうどちょう た山上清という、・ほくには伯父にあたる人も同居し、まもの竜土町に新家庭をもち、この伯父の方はまずサラリーマ しか なくその弟の土木技師の三郎という叔父も来、その上、ぼ ンなみの単調無事な生涯を終ったのであるが、然し、どう くの小田原の義兄政広も横浜の左右田銀行へ勤めるように いうものか続いて次の三郎叔父が、おなじような精神病に なって、共に住むというような大家内になっていた。 なってしまった。そして、これも一時は快方に向い、渋谷 さび ふ きざし まくら ほっさ
くの方を叱った。ぼくは母に叱られるのは何ともなく、母ぼくは東京へ行き、松濤園の工事作業事務所を訪ねた。 三郎叔父は以前、長いこと、ぼくの家に食客をしていた に負けるのも口惜しくはなかった。けれど「謝れつ」と言 のんき うそ たけ ことがある。だから顔はよく知っていた。「暢気屋さん い猛る父には、嘘にも手をつかえて謝れなかった。 あだな 」という綽名があり、始終ニコニコしている人柄のよ それも結局は、母の為に自分をまげて、「すみません - 」ぶと い小肥りな青年技師だった。だが一度、精神病の発作を起 ・ : 」と、手をつかえるほか無かったのだが、どっと涙が あふれ出てとまらなかった。ばくは何度も、自分の母の兄弟して、長く入院していたことがあり、その後恢復して、鍋 から二人の発狂者が出ていることを思い出して、ふと慄然島家との縁故からそこに勤めていたのである。 手紙を読むと「しようがないな、姉さんもいっ迄、これ となる事があった。事実、父と争って、疾風のごとく外へ 飛び出し、一晩中、母を痩せる思いにおいた事も一、二度じゃあ」と呟いて、一円紙幣を一枚封筒に入れてくれた。 ならずあった。それと・ほくにはいっかしら少年らしい明るそして工事場へ行ってしまったので、・ほくもすぐ帰るほか ものかげ なかった。けれど汽車賃は、行ぎの片道分だけしか持って さが失われ、ややもすると独り物蔭へ行って泣き抜くよう な性情が強くな 0 ていた。そして、それも父の癇に触るこ出なか 0 たので、汽車に乗るとすれば、封筒を破 0 て、一 めん ぞこな とが多かった。父は・ほくを不良な生れ損いみたいによく面円紙幣をくずさなければならなかった。その一円紙幣を、 した。事実、ぼくは成長するに従って、父に少しでもよくずす気になれなかった。その儘、母へ見せてやりたいと い面を見せようとはしなかった。故意に、父を憂えさせる思い、とうとう、渋谷から横浜まで、道を訊き訊き、歩い て帰った。足を棒のようにし、腹もペこペこになって、や ような素振りや仕向け方ばかり見せた。 たど っと家へ辿り着いたのは、何でも夜半過ぎか夜明けだった。 しかしこの一円紙幣も、もちろんすぐ焼け石に水だった。 わす の暮の近い十二月であった。母は思い余っての事だったろ奉公先のカ = や、きのなども、年暮には僅かな給金を貯め う。厚・ほ 0 たい手紙を書いて「英ちゃん、東京まで一人でたのを持 0 て、母の顔を見にちょ 0 と帰 0 て来た。長女の きのは、これこそ暢気屋さんで、わが家の貧乏などは、眼 れお使に行ける ? 」と、ぼくへ云った。 たち ころ 渋谷の松濤園が開放され、その頃そこの土木工事監督に、に映らない質だった。芝居見物に連れて行かれた話やら、 ′」うしゃ 母の実弟山上三郎が勤めていた。「三郎叔父さんの所へ」奉公先の主人の豪奢な生活などを、笑いまじりにキャッキ と、母は父に内緒で云うのであった。汽車賃だけを握って、ヤッと話して、さっさと勇んで帰ってゆく。カ = の方は、 しか りつぜん しま っぷや なペ
「ふーム」と、驚いた眼をして 「そんな策略があった「ほんとか ! おいっ ! 」 じゅんら のか。じゃあ、台場隊の巡邏を思い出すと、そっとするだ懐中で握り合っていた手と手を、抛り出すように放して、 ろう」 露八が云った。 「病身だと、、 しつでも死ぬ覚悟をしているから : ・ 。それその血相に、お菊ちゃんは初めて、彼の顔がいッばいに * くすのき より私の智恵はどうー ・ : 女楠木と云ってもいいでしょ真人間の良心と感情を激動させているのを知って、 う」 「おや、どうなすって」 「土肥八十三郎と云ったな」 「女は、大胆だ」 「ええ」 「間違いないか」 「怖くもないが」 おくびよう 「ありません」 「臆病な人。あなたは武家くずれだと云うけれど、志士に はなれない」 だめ と、泣きたそうに、露八は両手で顔を 0 て、 「とても、駄目だ」 「面目ない、面目ない」 「自分を知っているのは偉い」 ろう 「して。 「どうしたんです」 ・ : その牢を破って逃げて行った侍というのは、 としより 「弟だ。八十三郎は俺の弟だ」 一体、若いのか、老人か」 「まだ、若い人」 「ほんとですか」 びつくり 「藩は」 今度は、お菊ちゃんが、吃驚して訊いた。 うそ 「誰が、こんな嘘を云う。 ・ : ああ知らなかった」 「一ッ橋家の御家来ですって」 八「えつ、名は」 「私も知らなかった」 やそさぶろう 「弟は、国事のために、牢にも入り、板子の下にまでかく や「土膳八十三郎」 の 無造作に、お菊ちゃんは告げた。 れていた。 : : : 兄は、この兄貴は : : : 。酒を飲んでいた」 松 「酒に飲らい酔って、弟の頭の上で、歌をうたった。踊り を踊っていたじゃよ、 十′しカっ ・ : 馬鹿つ、この馬鹿」 こわ めんほく ふところ
156 「その後、君は、何をやっているのかね ? 」 「流しをやっています」 しやみせんひ 「三味線弾き ? 」 「ふふむ : : : 。町人になりきったね」 「なりきれないんで、困っていますよ」 はえ 畳の陽だまりに、冬を生きて越した蠅が一匹、顔をこす 数日の後。 っている。露八は、それを見ていた。 かわらまち 河原町の薬師堂に下宿している渋沢栄一を、露八は、訪「じつは、今日ちと、忙しいのだ。・ ・ : ところで、君の用 ねて行った。 向きは」 「土肥君か」 「弟のことですが」 あまり浮かない顔だった。 「八十三郎君は、長州屋敷にいるそうだが」 露八は、訪ねて来たことをすぐ後悔しながらも、弟のた「へい」 ちぐさありぶみ めにはと、頭を下げた。 「さかんに暗躍しているらしいな。正月下旬、千種有文の さぎごろあし かがわはじめ 「じつは、お頼みがあって、来たのですが」 家来賀川肇を襲撃した中にもいたというし、つい先頃の足 かがたかうじ きようしゅ 「まあ、向うの部屋へ行こう」 利尊氏の木像梟首事件にも、関わっていたという風説があ 話の先を折って、渋沢は立った。なるほど、その一室にる。学問好きで、そんな実行家じゃないと思ったが」 は、彼のほかに三人も一ッ橋家の小役人らしいのが机を並「 : ・ せわ べていて、書類に埋もれながら忙しげに書き物をしている話が反れがちである。 のだった。 露八はまた、蠅を見まもっている。蠅は、寒そうに、ど 「ここなら、暖かいし : ・・ : 」 こかへ行ってしまった。 ないじん すみばしらよ と渋沢は、薬師如来の内陣が見える本堂の隅柱に倚りか「ところで ? かった。春さきの陽が、露八の背と渋沢の横顔へ、波紋の渋沢は自分で話を反らせながらまた思い出したように催 促する。 ように明るく射した。 かんぬき差し ひ
露八は、弟が、人斬り健吉に狙われて、危険な事態にあ「じつは、恩人の平岡円四郎殿が、志士たちの誤解をうけ る場合を忠告してやっても、自分の言をきかないので、渋て、暗殺されたり、そのため、後の事務の処理を、藩から 沢から一つ身を隠すように意見してもらおうと思って実は頼まれたりしているものだから」 「へ工。平岡さんも、殺されましたか」 訪ねて来たのであるが、渋沢の顔をみると、性があわない おれ というのか、妙に気がこじれて、何か恩でも着るような重「どうも、ちと、勤王派もやりすぎる。 : : : 俺も一ッ橋家 ねら の手伝いなどしているから、狙われているかも知れん。 い気がしてくる。 ・ : しかし、慶喜公の知遇や、恩人の死や、いろいろ義理 渋沢はそんな男ではないことを、万々胸では承知してい めしかか るのだが、ともに、入江道場の模範生と並び称されていたずくめの事情で、近いうちに、正式に、藩へお召抱えにな ことが、変に、わだかまって、心の隅で、ともすると、下ることに決まった。幕臣になったから皇室へ御奉公ができ んという理窟はないから、おひきうけ申したよ。・ : ・ : 君も、 げる頭をあべこべに突っ張って来る。 藩へ帰ってはどうだな」 「忙しいんでしよう」 「ありがと」 「弱っているのさ」 「また、来てくれ。八十三郎君のことなら、どんな骨でも 「じゃ、また来ましよう」 ぶいと、露八は、迅い足で、本堂を降りて草履をいて折る」 しまった。 調が、足の先から立つ。露八は、見す・ほらしい自分の背 を見送る渋沢の眼を感じながら、薬師の外へ出た。 ( : ・・ : もう来ない ) と、の底で云った。 かいろう 二月もあと幾日もない。京都もどこかぼかぼかと陽なた 八呆っ気にとられた顔をして、渋沢は、廻廊から、 のにおいがしはじめている。安宿までの間を、露八は、ぶ 、じゃないか、君」 や「いし らぶらと歩いてゆく。 2 「でも」 せわ ーしいな」 「せつかく、訪ねてくれたのに。 : : : 忙しそうにして、追「江戸よ、 露八にはどうしても馴じまれないここの空気だった。 い立てたようだが、気にしてくれるな」 さっし 4 うべん ひまじん 土佐侍、長州侍、薩州弁が、ここでは肩をいからし、大 こっちは、閑人だ」 「なあに、そんなことはない。 はや ねら ぞうり りくっ よしのぶ ひ
いるという態度である。 そのものに熱をおびて、 若い渋沢には、理財の才より、何の天分よりも、やはり「これからだぞ、君」 若い血が勝っていたこととみえ、 露八のぼんやりを醒ますように云った。 * しゆくばく ( ーー尊いかな紅顔の白骨、老を馬骨にかぞえて菽麦に生「そうだ」 きんよりは、死して青史の花と散らん ) 露八も、云わざるを得なくなった。また、そんな気もし がいみいだ てくるのだった。 そういう辞句に多分な生き甲斐を見出していたことは、 露八の弟、土肥八十三郎と同じだった。 しかし露八は、、 しくら渋沢に心服してみても、ただ一つ、 けねん あぶないものだと懸念したのは、渋沢の信念が、どこまで みちみち 、理性のと 渋沢の話を、露八は、東海道の永い途々、ほかにもまだのものだかという点だった。こういう頭のいし とのった男が、果して、実際にのぞんだ場合ーー・・国家のた いろいろ聞いた。 だが、露八が、最も感心したのは、彼の金に対する緻密めーーという以外何もなく、さらりと、若き白骨になれる まごだちん はたごだい さだった。馬子の駄賃の値ぎり方、旅籠代のかけあい、鼻かどうか ? むだ ( そこへゆくとーー・・弟の奴は : : : ) 紙や茶代の端にでも、針ほどな、無駄もしない。 藍花畑を見れば、花の美よりも先に、何貫目と数字を出彼は、無ロな八十三郎の行く手に、骨肉的なー・死なし すし、空地を見れば蒔く麦を考え、山を見れば植林を云う。ともない不安さを多分に抱いた。 ( 大した男だ ) さげす かわら 露八は、ある意味では感心し、ある意味では蔑み、だん 磧の夜霜 だん一緒に歩くのが嫌になってきた。 八また、しきりと国事を語る。 やナポレオン一世がどうの、イギリスの阿片政策がどうの、 の合衆国のパークンがどうのと、しばしば、露八には相槌の 打てない話題にも話がとぶ。 王政復古ーー幕府はもう永くないーー・・御一新は近い、と「では、ここでお別れするか」 なると渋沢の顔は、柔和な眼も、痘痕の一つ一つも、野心 三条大橋で、渋沢は足をとめた。 あいかばたけ あきち あばた アヘン ちみつ やっ
不覚であった。 と、大機は、ふいに首を振って、 ほとん そこもと 大機はかるく外し、又十郎は殆ど足の裏を相手に見せる「其許とは試合わん」 程、前へのめって、そのまま板壁まで行くかと見えた。 「なそ」 「坊ンち。見えたか」 「元々、御子息たちを、相手に望んで来たのではない」 大機は笑った。 が、その瞬間に、差し変えた影絵の「柳生流は、治国の剣、見国の兵法を本義といたす。故に とめりゅう 人形のように、彼の前にはべつな人物が木剣を提げて立つお止流でもある。何度いっても同じ事」 ていた。 「ではなぜ、諸国に流派をゆるし、諸藩に同流の弟子を」 「うるさい」 「なに」 「そのような世話、汝らにはうけん。帰れつ」 けんか 「喧嘩を売るか」 おの 大機は、身を退いた。 「汝れこそ」 「どこに」 又十郎とは何処も似て居ない片目の男である。三十そこ め いのちねら 「その眼だ。人の生命を狙っているその眼。察するところ、 そこの年齢らしいが、老成ぶった顔をしてーーっぷれてい る左眼の陰影がよけいそう見せるのかも知れないがーー・ど汝は刺だ。父上のお命をいに来たな」 「ーー・げつ」 こか哲人じみた風のある男で、背はむしろ又十郎より低い なげう わぎざし ぐらい。色は黒く、骨ぐみはずっと太い 大機は、木剣を抛った。脇差を抜くなり、十兵衛へ突い みつよし 「ーーー当家の長男十兵衛三厳でござる。舎弟ではちと、おて来たのである。だが十兵衛の振り下ろした木剣は、大機 ざくろ たじまのかみ ずがいこっくだ 抄手甘い御様子。というて、父但馬守は、いかなる道理をつの頭蓋骨を砕いて、熟れた柘榴のようにしてしまった。 たお 影 けて参られようと、断じて、お手合せはいたさぬ。 といった声が、しばら 仆れるせつな大機が、ギャッ 月 むね 生それがしが代ろうと思う。御不服はないか」 く屋の棟から離れないように耳についていた。十兵衛は、 「む。三厳どのか」 突っ立った儘、片方の目を二つ三つしばだたくように顔を しかめた。大機の脳骨から刎ね飛んだ味噌のような血の粒 が、睫毛や顔にかかったからであった。 まつけ なんじ
「何をして来たのか、十年の余もーー」 「榊原」 考えざるを得なかった。それだけの歳月を、寒稽古の、 「楙原家は、何軒もございますが」 なぐ 土用試合のと、竹刀でぼかぼか撲られた上、一ッ橋から小 「健吉と→ムった。榊原健吉、御家人か、藩士か、何役だ」 じん 石川の果てまで、往復の足数だけでも、何千里歩いたこと「あの人なら、武鑑を見るまでもございませぬ。人斬り健 になるか、容易な根気で貰った免許皆伝ではない。 吉で通るくらい」 さかぎばら 「ふしぎだ。 いくら相手が、榊原でも」 「そんな有名な奴か」 彼は、不合理と取っ組んで、じっと、半日坐りこんでい 「念のため、見ましようか」 かん た。すると、 部屋から持って来た大成武鑑の三の部をひらいて、八十 「兄上、どうなさいました」 三郎は、読むように聞かせた。 ざん しゆっやく 弟の八十三郎が、起きだして来て、彼の蚊帳坐禅をのぞ「楙原健吉、講武所教授方出役、百俵十人扶持、下谷三枚 きこんだ。 橋常楽院裏ーー・と。かようです」 「ふウむ : : : 」 不合理の我が、ぼきと、首を折られた。 かや 蚊帳を這いだして、 「どうもせぬ」 「徂って来るよ」 「お暑いでしよう、蚊帳を吊ったまま・・ー」 「どこへです ? 」 「やぶ蚊めが、うるさいのだ」 「預け物を、取りにゆく。 もう、行きたくなくなった 「昨日は、風邪で、道場へ参れず、残念でした。しかし、 が、父上と叔父御には、見せねばならぬし」 おめでとう存じます。先刻、叔父御の声を洩れ聞きますと、陽ざかりだ。 ごひろう ななっ 明晩は、御披露のお祝いとやら、拙者も、病床を上げてし 小石川からのそのそと江戸の真ん中に出ると、もう七刻 いたじんみち まいました」 下がり。板新道の下水が、暑さに沸いていた。 すべてが、庄次郎には、皮肉に聞こえた。 「酔っぱらい奴が」 しんずり * ぶかん わるさ 「おい、弟。ーーおまえの部屋に、新刷の武鑑があるか」 ゅうべの友達どもの悪戯が、そこへ来ると、恨めしくな どなた しやみせん 「誰方を、お調べなさるので」 った。昼間から、三味線の音がする町ーー白粉の女が見え しない かんげいこ たいせい おしろい
「吾家へいらっしゃいまし」 お菊ちゃんは、頼まれない先に、すすんで云った。 おかみ くう 「だが、お前のお養母さんの浜中屋の女将ときては、公方 えど の肩持ちで、ちやきちやきな江戸ッ児だからな。万一、密 告されると : ・ : こ 、え、私が計らいます」 露八が、階下へ去ると、桂は、声をひそめて、 「どう計らうか」 ど やそさぶろう 「実は、拙者の友人で、土八十三郎という者が、ちと嫌お菊ちゃんは、じっと、考え込んでから、何か、一策を にゆうろう 疑をうけて、入牢した」 心に乏べたらしく、ひそひそと、諜ち合わせをしていた。 さらしな こう話し出したのだった。 更科を出て、二人に別れてから、お菊ちゃんは、露八と * とつあん おのしろうだんな 桂と、土肥八十三郎とは、斎藤塾や大橋訥庵の家などで、二人で、芝浦の船茶屋へ寄ってみたが、斧四郎旦那も、お 懇意になって、書生時代からの旧友であった。いつの間に喜代も、先へ船で帰ってしまったということだった。 そう か、思想上にも共鳴して、桂が、長州へ帰った後も、文通猪牙を一艘仕立ててもらって、露八はお菊ちゃんと、そ を絶たないでいたし、なお、京都に乗り出して、勤王運動れに乗った。 ほんめい め かわ の実践に桂が奔命し出してからは、常に、密書を交して、 眼をふさがれたように暗い海だった。 みやこ みよし あんどん 江戸の消息を彼に与え、また京洛の消息を彼から享けてい 猪牙の舳においてある船行燈だけがぼちりと明るいだけ ・こっこ。 「その盟友を、見殺しにしては、義に欠ける。でーー・実は お菊ちゃんは露八のそばへかたまるように寄り添って、 八助けに来たのだが、ちょうど、大原勅使の供のうちには、 「今日は面白かったね」 やこの武市をはじめ、西藩の脱藩者だの、同志だのが、多勢「私は、ちっとも、面白くなかった。命拾いをしたような - 」じゅう 扈従して来ているからその者たちの手をかりれば、無造作もんだ」 松 てんまろう に、伝馬牢から救い出すことができると思う。 ・ : だがこ「来月の十日ごろ、また、斧四郎旦那やお喜代ちゃんを誘 かくが じり こに困るのは、一時の匿れ家と、江戸の府外へ、首尾よくって、江戸川尻へ、千鳥を聴きに行こうじゃないか」 くふう まびら 当人を落としてしまう工夫だが」 「もう真っ平だ」 「じゃ打ち明けるが : : : 」 と、桂は、露八の顔をじろりと見た。そして、 した 「坊主、おまえは、ちょっとの間、階下へ遠慮しておれ」 した ゅん ちよき