ひとごと だが、やはり、しんとしたままなのです。どこかでキッ と、デヒタは独り言をつぶやきましたが、ふと父の言葉 おおかみ 2 ッキが幹をほじくっているほかは。 を思いだしたのです。そうだ、こういうところには狼 きのこ 「キノコ、キノコ、 ペニテングタケの茸の精、お願いだか がいるのだ。狼ってどんなものかしら。デヒタは狼を知ら らでてきておくれ」 ないのです。なにしろ、金いろの目をして、大きな牙が生 デヒタは泣声で言いました。それでも、ついに返事はあえているのだ。藪のなかからとびだしてきて人間を喰いこ りませんでした。デヒタはがっかりして、それ以上口をきろすのだ。デヒタはなんだか怖ろしくなって、立ちあがっ く元気もなくなりました。 て帰りかけようとしました。 やつばり茸の精なんていないのかもしれない、とデヒタすると、横手の藪がガサガサとうごいたのです。デヒタ は思います。お父さんの言ったことが本当なのだ。昨日は はギクッと身をすくませました。もしかしたら : ・ほくの目がどうかしていたのだろう。きっとわるいゴミでや、もしかしたらどころではない、藪のなかから、ギラギ もはいっていたのだ。 ラ光る金いろの目と刀のように長い矛が、じっとこちらを ねら 失望がおおきすぎたので、デヒタはながいことそこに坐狙っているではありませんか。 っていました。それから腹をたてて、圧い茸をふんづけて「狼だあ ! 」デヒタは大声で叫ぶと、はねあがって逃げだ しまい、気をとりなおして森の奥のほうへ歩ぎだしまししました。逃げながら必死になって叫びたてました。「狼 だが、珍しいものはなんにも見つからないのでだあ、狼がでたあ。助けて = ー」 ちょうちょう す。浅黄いろの美しい蝶々がいましたけれど、べつにニ デヒタは人里はなれた山のなかだと思っていましたが、 とげ ムフが化けているのでもなさそうでした。棘だらけの枝に実際はすぐ近くに開墾地があったのです。そこで馬を使っ かんぼく 奇妙な花をつけた灌木もありましたが、話しかけても答えて土を掘りおこしていた男は、デヒタの泣声をききつけて てくれませんでした。そのうち森がきれて、背のたかい薤驚きました。すぐさま馬にとびのると村へ駈けもど 0 てき の茂った原にでましたが、なおさら面白いものは見あたりました。 ません。とうとうデヒタは疲れはてて、道ばたの石に腰を「狼だあ。子供が食われるそオー」 おろしました。 たちまち村は火のついたような駁ぎになりました。 「ああ、ああ、つまんないなあ。なんにもないなあ。せめ「それじゃ、きっとうちのデヒタだ」 て象でも出てきてくれればなあ」 デヒタの父は叫ぶが早いか、鍬をにぎって走りだしまし こ 0 かいこんら くわ
こんでいました。 デヒタは今度は左に首かしげ、ちょっと思案してから、 「そうだ、リンゴの匂いなんかじゃない。 これは、コケのできるだけやさしい声で問いかけました。 花の匂いだな」 「キノコ、キ / コ、君、ロがきけるんだろ。ぼく、わるい デヒタは、帰ったら父に、山ではコケの花の匂いがすることなんかしないよ。大丈夫だから、しゃべってごらん。 のだと話そうと思いました。するとその匂いは変ってしまなんでも、 しいから言ってごらん」 ったようなのです。 すると茸が口をぎきました。「なんでもいいから言って 「いや、これはモクセイの匂いかもしれない」 ごらん」 そう思いながら、なおもよく嗅いでみると、モクセイの 「真似しちゃ駄目だ」とデヒタが言いました。 匂いとも異っていました。そのうちにデヒタは、木株のか「真似しちゃ駄目だ」と茸が言いました。 げにヒ ' ッコリ首をもたげているい茸を見つけだしまし デヒタは笑いだして、二つ三つ味こんでから、また話し こ 0 かけました。 「ははあ、キノコの匂いだったのか」 「そいじゃあね、こういうんだよ。デヒ夕、デヒ夕、お前 デヒタはうなずいて、腹這いになって、茸に鼻をくつつの髪はなぜ赤い ? 」 けて嗅いでみますと、チョコレ 1 トに似た匂いがしまし「デヒ夕、デヒ夕、お前の髪はなぜ赤い」 ひとごと た。デヒタは首を右にかしげて独り言をいいます。 と茸が答えました。 「おいしそうな匂いだな。このキノ 0 食べられるのかし「そう、そう。だけど、どうして赤いのかしら ? 」 ら。でも、きれいなキノコには毒があるって誰かから聞い 「知らない」と茸は答えて紅い傘の下から白い胞子を苔の たつけ : : : 」 うえにこ・ほしました。 狼 すると茸が返事をしたのです。 「そうです、わたし デヒタは坐りなおして、真剣に考えこんだのです。ふし はず は毒茸です」 ぎだ、とデヒタは思います。茸はしゃべらない筈だし、ど 年 少デヒタはおどろいて、目を丸くして、それからそっと茸こを捜したってロなんてあろう筈がない。・ とうしてこの茸 にむかって言いました。 はロをきくんだろう。そう考えているうちに、ふいにコク 「キ / コ、キノコ、君いま口をきいたかい ? 」 ンとひとり合点したのです。きっとどこかに茸の精がかく 茸は答えませんでした。 れているのだ。樹にも草にもそれぞれの精がいて、月夜の
263 少年と狼 たいな匂いがしたよ」 「泥棒してゴメンね。でも君は大ぎくなったら、ダイヤモ ンドやルビーをドッサリ集められるんだろう ? この黄金「・ハカこくな。リンゴ畠じゃあるまいし、おまえ鼻がわる わんきよく だって、竜の宝物にしちや見つともないよ。やつばり黄金いんじゃないか ? 鼻中隔彎曲症とでもいうのかもしれ のノ・ヘ棒くらいでなくちゃおかしいよ」 ん」 そして、デヒタは小走りに走りだしましたが、まだ気が と、デヒタの父は言って、鼻をちょっとうごめかして、 かりでしたので、道を折れるときふりむいて叫びました。 エンドウ豆をほおばりました。彼はいろんな人々から沢山 「竜の赤ちゃん、さようなら」 の知識を聞きかじっていて、またそれが得意なのです。 しかし、竜の子はなんにも答えませんでした。 デヒタはもっと落ちつくため、三ロほどスウブをすすっ 村はずれまでくると、もうデヒタの足はすぐ棒になりたてから、また言いだしました。 がるので、デヒタが家に帰りついたのは、どこの家でもラ 「ぼく、お山の沼で、竜の子を見たよ」 とも ンプの点りはじめた頃でした。ジャガタラ芋のスウ・フがお「まあ、竜の子ですってー」と叫ぶなり、デヒタの母はお いしそうに煮えていて、父も野良着をきかえていたのでどろいてスプーンをとりおとしてしまいました。 ひざ かっこう す。三人は手をあわせてお祈りをして、ナフキンを膝にか「ホラぬかせ。竜なんぞいるものか。どんな恰好してた けます。 ? 」とデヒタの父が尋ねました。 「そうね、大きさはトカゲくらい。お腹が赤かったよ : 心を落ちつかせるようスウブを一口すすってからデヒタ はロをひらぎました。あんまりすぐに両親をおどろかすま いと思ったので、黄金のことは最後に話そうと決めていま「それは、イモリというものだ。ィモリというのは、子供 が寝小便するとき、くろ焼きにして食べさせるものだ」 父はそう教えるとますます鼻をうごかしてエンドウ豆を 「・ほく、今日、お山まで行ったよ」 「まあ、そんなに足が強くなったのかえ」デヒタの母がニ食べました。 デヒタはもっともっと落ちつくため、スウブをみんな呑 コニコして言いました。 「山だって ? お前が山まで行けるものか」デヒタの父はみこんでから、できるだけ平気な顔をして言ったのです。 エンドウ豆をほおばって、モゴモゴと言いました。 「それからね、・ほく、黄金のカタマリを見つけたよ」 「だって、本当に行ったんだよ。お山の空気は、リンゴみ「まあ、黄金ですって ? 」母はロをアングリあけてスウブ にお ぎん なか
「嘘だったのだろうか ? 」ーーやつばり答えはおんなじで 「やあい、やあい、嘘つきや 1 い」 あう 「デヒタのいうこと本気にすると阿呆になるぞ、やあい」した。「そうだ。嘘だったのだ」 デヒタには、なにがなんだかわからないのです。ただっ デヒタは狂おしい気持にとらわれたのです。自分を、殺 らく悲しくて、・ほんやり宙を見つめていました。デヒタのしてしまいたいと思いました。・ほくなんか生きていたって 母にしてもおなじ思いでしたのでしよう、彼女はジャガタ無駄だ。・ほくはちっとも嘘をつこうなんて思ったこともな それなのに、どうしてだかそうなってしまうのだ。・ほ ラやのスウブをつくりながら涙をこ・ほすので、そのためス ウ。フは塩辛くなりました。 くの頭がヘンなのだ。・ほくの目も耳もヘンなのだ。だか 何日かたって、ある日デヒタはそっと家をぬけだしましら、みんな間違ってしまうのだ。デヒタは、すぐにも舌を た。村の誰とも顔をあわせぬよう、逃げるようにして道を噛もうと思いました。 かんぼく そのときです、むこうの灌木の下草がガサガサと鳴った いそぎました。空はやはり水色に澄んでいましたが、デヒ タの心は重かったのです。いつのまにか丸木橋もわたりまのは ! デヒタはもう舌のうえに歯をのせていましたが、 チラとそちらに目をやりました。するとどうでしよう、に した。林もすぎました。ィモリのいた沼にもきましたが、 デヒタは顔をそむけて通りすぎました。やっと空気のあおぶく光る金いろの目が下草のあいだに燃えているではあり きば こけ みがかった森にたどりつくと、苔のうえにペッタリ足を投ませんか。それから白く尖った矛も。デヒタはおもわず立 げだして、時間の移るのも忘れてじっとしていました。木ちあがろうとしました。しかし、すぐと目をつぶって心に つぶや もれび 洩日が相変らずチカチカふってきます。キツッキがいっか呟いたのです。いいや、どうせ違うのだ。今度はうなり声 がしました。たしかに異様に底ごもりしたうなり声で、デ のように幹をほじっています。しかし、目にはいるもの、 耳にったわるものすべてが、このやつれきった髪の毛のあヒタの背すじはひとりでちぢみあがりました。それでもデ ヒタは、やつばりあきらめきって自分に言ったのです。駄 かい少年の心を針のように刺すのでした。 AJ とうせまた間違いにきまってる。 デヒタは苔のうえに坐りなおして、うつろな目をして呟目なんだ、・ 年 ところが、次の瞬間、話にきいたとおりの小牛ほどもあ 少きました。 る狼が、自分めがけてとびかかってきたのをデヒタは見た 「嘘だったのかしら ? 」ーーーそして自分で答えました。 のです。狼はひととびで少年を突きたおしました。ながい 「嘘だったのだ」 まっか 矛がデヒタのモヤシみたいに細い腕を噛みさいて、真紅な 頭をふって、もう一度くりかえしてみました。 から はり こ むだ
にも、それは飽きてしまうとぎがくるものです。 それですからデヒタは、なおさら一生けんめい歩いたの おづえ ある夏の日暮どき、デヒタは窓に頬杖をついて、昏れてです。デヒタはできるだけ大ぎく足を踏みだして、道端の なが こんな花、うちの庭に ゆく遠くの山のほうを眺めていました。あそこは深い森が草花をみては考えます。なんだい、 かえる ある。沼だってあるという話だ。デヒタは足がほそかったも咲いていたな。もう一歩すすんで、蛙をふみつけそうに ものですから、まだ村の外に一歩もでたことがなかったのなったとき、デヒタはやつばり心に思いました。なんだ、 ゅうば です。タ映えが色あせて部屋のなかも暗くなったとき、髪蛙か、・ほくは蛙なんかいままでに十匹もっかまえたことが の赤い少年は決心をしました。よし、明日は山へ行ってみある。デヒタは知らないものが見たいのです。それにはど ぞう ようー一体、どんなものがいるのかしら。象だっているうしても山に登らなければなりません。デヒタは自分にこ かもしれない。なにしろ山は象よりも大きいのだから。デんな力があるのかとあやしむくらいセッセと歩ぎましたか ヒタはちいさな胸をトクトク鳴らして、床にもぐりこんでら、やがて足が棒になってしまいました。 あくびまね デヒタはゲートルのうえに唾をつけて言います。 からも、わざと何遍も欠伸の真似をしました。そうでもし 「棒よ棒よ、足になれ」 ないと、なかなか寝つかれないと思ったのです。 水色に晴れあがった朝がきました。陽の光がそこら一面すると棒はまた足になりました。デヒタはそのようにし にこ・ほれおちて、草にしがみついている朝露をひからせたて、ながいこと歩いたのです。大きな麦畠もとおりこしま り、畠の柔かな黒土のなかにもぐりこんだりしていまししたし、牧場の柵もとうに見えなくなりました。いくつか た。デヒタは陽の光に負けぬよう、踊るみたいに歩いて行の林をすぎ、丸木橋もこわごわ渡りました。すばらしく年 とった太い樹が立っています。こんな樹は村じゅう探した きました。ほそい足をいくぶんでもしつかりさせるため、 って見つかるものではありません。デヒタは、とうとう山 父のゲートルを巻いていたのです。 「デヒ夕、どこへ行くね ? 」水車小屋のミ、 1 レおじさんにきたのだと思いました。本当は村から望まれる山のずつ ふもと と手前の、丘の麓にきたのにすぎなかったのですが。林を 年が声をかけます。 少「ウン、・ほく、お山の上まで行くんだ」元気よくデヒタはひとっへだてれば、畠を耕している男もいたでしようし、 草を喰んでいる牛の姿も見られたことでしよう。しかしデ 答えました。 「お山の上カ′ : 、ツハッハア」ミ、ーレはそう言って笑いヒタは耳をすましてみて、村のひびきがなんにも聞えない うちょうてん ので有頂天になりました。とうとう僕はお山にきたんだー ます。なんだって笑ったのでしよう。
266 晩にうかれあるくことがあるのだ。そうして彼等は、森で いなと思いました。はたして茸の精はこう答えたのです。 くるみ できる木の実だの花の蜜のシロップだのをドッサリ持って「胡桃の実は沢山あります。でもさしあげられません。あ ばあ いるのだ。そう腰曲りのヒ = フテ婆さんが話してくれたじなたは失礼だから」 あわ ゃあないか。デヒタはすこし茸からはなれて、トクトク胸 デヒタは慌ててペこんとお辞儀をして言いました。 をならしながら、おそるおそる言ってみました。 「ごめんよ。ぼくだって今すぐくれなんて言わないよ。こ 「キノコの精、でておいで。・ほくはちゃあんと知ってるれから・ほく、キノコを大切にするよ、けっして踏みつぶさ よ」そして、じっと息をしずめたのです。 ないようにするし、虫がたかったら、とってあげるよ。そ するとどうでしよう、本当に茸の精があらわれたではあうしたらクルミをくれるかい ? 」 りませんか、それは小指ほどの可愛らしい少女で、赤い 「ええ、ええ、沢山あげますとも」と、茸の精は答えて、 ンティをはいていました、上半身はすっかり裸かで、乳のほそい白い肢で紅茸の傘のうえに立ちあがりました。 ところだけ、やつばり赤い布でかくしているのです。彼女用がすんだから帰るのだな、茸のなかにもぐりこむのだ は茸の傘に腰かけて、糸みたいにほそい白い肢を・フラブラな、とデヒタは思いました。そのとおりだったのです。茸 させて、もの問いたげにデヒタを見つめました。 の精の姿はいつのまにかフッと消えてしまっていました。 あいさっ デヒタは一生けんめい気をしずめて、なにか早く挨拶し「じゃあ、約束したよ、きっとだよ」デヒタは圧い茸にむ なければ失礼だろうと思うのですが、なかなか言葉がでてかって念をおしてから、森をでました。日が暮れるまでに ぎません。やっとのことでこう言いました。 は家へかえらねばならなかったからです。 「茸の精さん、君、とても綺麗だよ」 夕食のテープルについて、デヒタはジャガタラ芋のスウ そういえば、茸の精が喜ぶだろうと考えたのです。はたプを一口すすって口をひらきました。 して茸の精は微笑したようでした。デヒタも嬉しくなっ 「・ほく、今日またお山へ行ってきたよ」 て、今度はこう言いました。 「まあ、そうかい、だんだんおまえの足も丈夫になるね」 「ねえ、僕、大きなクルミの実がほしいんだよ。持ってた と、デヒタの母はニコニコしてスウブをよそいました。 ら三つばかりくれない ? 」 「山になんか行けるものか」と、デヒタの父はエンドウ豆 言ってしまってから、デヒタは始めて会ったばかりで、 をほおばってモゴモゴと言いました。 すうすう もうクルミをくれなんて言うのま、 をいくらなんでも図々し「だって、・ほく、お山の森んなかで紅いきれいな茸を見つ みつ きのこ
ンドウ豆をほおばりました。デヒタはあとで母からもら 皿をとりおとしてしまいました。 れなければなりませんでした。黄銅鉱のカケラをつめこん 「こら、また皿を割った ! 」父は怒ってどなりました。 だため、ポケットがほころびていたからです。 ハカ・ハ力しい」 「黄金なんてそうやたらにあるものかー デヒタはしょげかえって床にはいりました。それでも疲 「だって、・ほく、ちゃんとここに持ってきたもの」デヒタ は一生けんめい落着いて、ポケットからさっきの石のかけれきっていたのでグッスリと眠り、相変らず水色に澄みわ たった翌朝がくると、もうすっかり元気になっていまし らを擱みだしてみせました。「ほら、ここにキラキラ光っ きのう た。昨日見つけたものはつまらないものだった、とデヒタ ているの砂金じゃない ? 」 「どれどれ、見せろ」デヒタの父はカケラをひったくつは思います。今日こそは素敵なものを見つけてこよう。デ て、チラと見て、あわててランプに近づけて仔細に眺めヒタはまたゲートルをつけて、山のほうへ歩きだしたので つば す。なんべんか足が棒になったのち、昨日の沼にたどりつ て、ゴクンと唾をのみこみました。 きました。デヒタが水底をのそいてみると、昨日の竜の子 「なるほど、光ってる。お前、これは黄金だろうか ? 」 のそ まゆ はやつばり落葉の上にへばりついていました。 呼ばれてデヒタの母は、眉に唾をつけて覗きこみ、スッ っぷや トンキョウな声をあげました。 「なんだい、イモリ」とデヒタは呟きます。 「イモリなんてつまらないや、・ほくが寝小便をすると、お 「黄金ですとも、黄金ですともーこんなに金いろに光っ まえ、くろ焼きにされちゃうんだぞ。竜の子供のふりなん てるじゃありませんか」 「なるほど、黄金だー」デヒタの父はとびあがって、いきてするな」 なり家からとびだしました。近所の物識りの老人に見せに岩のかげには、黄銅鉱がやつばりキラキラ目くばせして いました。 行ったのです。しかし、五分もすると、プンプンしなから だめ 「光ったって駄目だ」とデヒタは思います。「この岩みん 戻ってきました。 「ばかばかしい、黄金なんてそうザラにあるものじゃあなな掘りだしたって三銭にもなりやしない」 そしてデヒタはふたたび歩いていって、空気のうすあお 。大体、子供のいうことなんか本気にする間抜がある こけもうせん 力。しか、これはな、えーと、オウドウコウというものく染まった森にはいりました。疲れて、ぶ厚い苔の毛氈の こもれび うえに腰をおろすと、木洩日がチカチカ降ってきて、髪の だ、こんなカケラは一銭にもならないのだ」 ふきげん そう言うと、わずか鼻をうごかして、さも不機嫌げにエ毛のあかい少年は、しばらくウットリと湿った空気を吸い とこ
262 こずえ どうだろう、あそこに生えている樹の高いこと、そして梢しりつまった壺が隠してある筈だ。竜であればたとえこん な子供だって、ルビーのかけらくらい持っているだろう。 で鳴いている鳥の声の奇妙なこと ! デヒタは目の玉を二倍にして、キョロキョロあたりを見 もうすこし歩くと、ちいさな沼がありました。藻の浮い まわしたのです。耳がわるい半面、彼の目はひときわすぐ た水がひっそりと澱んでいます。そのそばまできたとき、 ひま また足が棒になりましたので、デヒタはべったり腰をおろれていました。竜の宝くらい見つけだすのに閑はかかりま せん。すぐと、沼の横手に重なっている岩のあいだに、キラ し、ゲートルをなでて呪鬼をとなえました。 「足よ足よ、棒になれ」 キラ眩ゆいものを見つけだしました。手を入れて、ちいさ あっ 言葉を間違えてしまったのです。ですからデヒタはもう なカケラをつかみだしたとき、デヒタの頬はカッと熱くな 一歩も歩けませんでした。仕方なく、髪の毛のあかい少年りました。黄金ではありませんか ! 石にびっしりと砂金 おとな は沼の岸にいざりより、澱んだ水のなかをのぞきこみまし がこびりついているのです。大人はこれから金貨をこしら た。すると、水底の朽ちた落葉の上に、見たこともないへ . えるのですし、金貨があればなんでも買えます。町へ行っ くわ おもちゃ んな動物がへばりついています。デヒタは息をしずめて、 て汽車の玩具も買えれば、お父さんは鍬が百本も買える 頭のなかにしまってある動物の名を、ひとつずつ思いだしし、お母さんはジャガタラ芋のスウブの代りに犢の丸焼を てみました。ハッと思いあたって、ギクリとしました。竜つくってくれるでしよう。だが、一体どのくらいかしら。 だったのです。雲をよんで、ライオンを食べるという、おデヒタは黄金のカゲラをもう三つほど捜しだしてから、半 そろしい竜だったのです。 いやいや、竜はこんなにち分土にうずまっている大きな岩がすべて黄金をふくんでい はず つぼけな筈がない。きっと竜の子供なんだ。赤ん坊なんることに気づいて有頂天になりました。でもデヒタ一人で だ。赤ちゃんならまさかライオンも食べないだろう。それ岩を掘りおこすわけにはいきません。まてまて、今日はこ でもデヒタは背筋がさむくなって、いそいでゲートルのうれだけで沢山だ。明日になったらお父さんが人夫を十人呼 たた えを叩いてみました。棒は半分ほど足になっていました。 んでくるのだ。 デヒタはすぐさま逃げだそうとしましたが、ふとあること デヒタは黄金のカケラを一杯ポケットにつめこんでか のそ に思いあたったのです。竜は住家のそばに宝物を隠しておら、もう一度沼のなかを覗きこんでみました。竜の子はや くという話だ。あの頤ひげが十三糎もある・ハルト爺さんが つばりじっとしていました。デヒタはすこし気の毒になっ そう言っていたではないか。ダイヤモンドやルビーのぎって、ささやくような声で言いました。 よど あご
かで楽しかったのです。なぜなら、みんな善良で愚かな人 たちばっかりでしたから。 ところでデヒタはヘんちくりんな少年でした。頭でつか れんが ちで、髪は煉瓦みたいな赤いろで、手足はモヤシみたいに 細くしなびているのです。まだ隣村にある小学校にもあが っていませんでしたが、おそらくデヒタの両親が息子の年 のことを忘れていたのでしよう。デヒタの顔にはソ・ハカス もありましたが、気温の変り具合でニキビまで出ることが あります。そんなちいさい子供にニキビなんかあっては変 ですから、デヒタの父はしかめ面をして、「なにか毒虫に ふもと まだ 森があり、山がありました。また麓の草原には斑らの牛刺されたな」と言うのでした。しかしデヒタの母はうつく もいましたし、焦だ 0 て遊んでいたかもしれません。そしいまでに愚かな女でありましたから、むかし自分が三人 こに、ちいさな村がありました。これは、それ以上の説明の男を同じくらい好いていたことなど思いだして、ひとり の要らない、幼いときから聞き古されたお話なのです。 で顔をくしたりしました。 たがや 畠では男たちが日がな働いていました。うまく土を耕すデヒタは足がほそすぎて村の少年たちと駈けつくらもで てのひら ためには、掌に固いマメができなければなりません。そきませんでしたし、髪が赤いのでいつも仲間はずれにされ くわえ こでデヒタの父は、わざと鍬の柄をギザギザに刻んだり、 てしまうのです。村の者はみんな一様にゲジゲジ色の髪な おおなペ ときにはお祝いに大鍋いつばいのエンドウ豆をひとりで平のです。ゲジゲジ色のほうがなお可笑しいのでしようが、 ひと げ、そのためお腹を痛くしたりしました。一方、女たちはどうも仕方のないことでした。しかしデヒタは独り・ほっち 台所でジャガタラ芋のスウブをグッグッ煮ているのでしでいても楽しかったのです。世界には珍しいものがたんと た。スウブがおいしくできるよう、女たちはときどきニッある、どうして退屈なんかするでしよう。 ところがデ コリ笑ってみたり、鍋の中身に投げキスをしたりするのでヒタはやつばり退屈しました。なにしろ村はごく狭かった す。デヒタの母などは、威勢よくたちの・ほる蒸気のため、 し、いつもクルクルまわる水車にも、たまにはアメンポが やけど こだち よく鼻の頭に火傷までしました、それでも村はいつも和や輪を画く水たまりにも、冬になると葉が消えてしまう木立 少年と狼 なご
血がタラタラと流れました。 「狼だあ ! 」 デヒタは無我夢中で叫びました。それは恐怖の叫びであ りましたけれど、半面歓喜の叫びのようにもひびいたので す。必死になってデヒタは叫びつづけました。 「狼だあ。狼がでたあ ! 」 かいこんち すこし離れた開墾地では、そのときも二三人の男が働い ていました。デヒタの甲高い叫び声はもちろんそこまで聞 えたのです。男たちは働く手を休めて、きき耳をたてて、 やがて顔見あわせてニャリと笑いました。 うそ 「また、デヒタの嘘つきめが、人をだまそうと叫んでけっ かる。なんの、誰がゆくものか」 かんだか