明子 - みる会図書館


検索対象: 現代日本の文学46:吉行淳之介 北杜夫 集
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1. 現代日本の文学46:吉行淳之介 北杜夫 集

み 1 ろ・ばい 狼狽と疑いとの混り合った京子の声を部屋に押し籠める「どうなったか教えてくれる約束だった、と・ほくを責めた はす ように、彼は扉を閉ざし、明子の待っている筈の契茶店へじゃないか。京子の様子が変だから、知っているなら教え てくれ、と頼んだじゃないか」 向って歩き出したのだった。 たたみ そのときから五分経って、彼は明子を伴って、部屋の入膝の関節が硬化して畳の上につくり付けられたように立 っている明子のその姿勢を見詰め、セーラー服に包み込ま 口に戻ってきた。 ひか 扉を開き、控えの間に入ったとき、寝室に転がっているれた明子の驅を見詰めながら、彼は答えた。 「明子が、どうしてここにいるの ? 」 京子と明子の眼が会った。 たちすく 明子は立竦み、ロを開いたが声は出てこなかった。京子もう一度、京子は言い、弱々しく首を振った。乱れた髪 の口から、爆・せるような音が出て、それが長く尾を曳いが、畳の上を払う音がかすかに響いた。それほど、そのと きの部屋の中は静かだった。 京子の眼が、しばらくの間、硝子玉に変り、やがて光が「いくら、ひどい目に遭わせてほしい、と頼んだからとい ったって : ・ : ・」 戻ってくると、 明子が言い、京子は眼を上げて、 「明子なの ? 明子なのね」 「頼んだ ? 明子が伊木さんに頼んだなんて、そんなこと 答える声は無い 「どうして、明子がここにいるの ? 」 彼は黙って足を上げ、足先でふたたび京子の驅を押し「そうよ、あたしは、こんなことは頼みはしなかったわ」 こ 0 「そうだとも。これは、京子が・ほくに頼んだことだ。ぼく ただ は唯、どうなったか教えているだけだ」 群ゆっくりとその驅が半回転して仰向けになった。 「明子がどうして : : : 」 植「ひどい、ひどいわ。伊木さん、この紐をほどいて」 三度、京子は言い、そのとき姉妹の視線が探り合うよう 上京子は叫ぶように、しかし声を押し殺して言った。 とら に互いを捉えた。 の「伊木さん、ひどいわ」 明子の声が、はじめて聞えてきた。脅えた色が、その顔 三十八 いちめんに拡がり、蒼ざめた表皮が歪んだまま凝固してゆ この一カ月間の日々においては見られなかったほど、伊 くようにみえた。 ) 0 あお イラスだま おび ぎようこ

2. 現代日本の文学46:吉行淳之介 北杜夫 集

た。しかし、見覚えのない顔ではない。そのことが、彼に 「いま、きみはそっくり同じ顔をしている」 は不思議に思えたが、間もなく理由が分った。それは、京「え ? 」 - 一くじ こうこっ 子の恍惚としたときの顔に、酷似していたのだ。 不意に、京子の驅の波動が停った。 「明子があんな顔をしている」 「きみと明子と、そっくり同じ顔だ。さっきまで違う顔だ と、彼は京子に言ったが、京子にはその正確な意味は伝ったのに、同じ顔になってしまった」 わらない。 彼の声が耳に届いた瞬間、明子は大きく眼を見開いた。 硝子玉に似た眼に、しだいに光が戻ってきたとおもうと、 「あの子ったら : : : 、何時、明子と知り合ったの ? 」 ね起ぎた明子は掌で顔を覆い、隣室〈走り去 0 た。 京子が自分の恍惚としたときの顔を知らないということ が、彼にふたたび攻撃的な気持を起させた。 「伊木さん : ・ : こ うめ とが 「この部屋ではやめて」 呻きと咎める語調との混り合った声を出した京子の唇 京子は首を振りながらその言葉を繰返した。明子は眼をは、一層大きくめくれ上った。その唇を中心に、京子の顔 瞑り、同じ表情のままで横たわっている。京子の声はしだが強張りはじめ、それは全身に拡がり、彼の驅の下で京子 いに弱くなり、不意に誘うロ調になった。発音が、曖味にの驅が硬く反り返った。 なった。彼は、京子の顔を調べる眼で見た。唇が軽くめく 四十二 れ上り、その顔はやわらかく溶けていた。彼は首をまわし て、明子の方を見た。そっくりの顔がそこに在った。 伊木は京子から離れると、立上って隣室へ歩み込んだ。 こうふん とびら 烈しい昻奮を、彼は覚えた。彼は自分の驅の中に、真赤出入口の扉のある部屋なので、明子の姿は消えてしまった 群なタ焼を感じた。繰返している京子の同じ言葉が、一層曖だろうと彼は考えていた。 すみ 植味になり、快感を訴えている口調になった。 しかし、明子は部屋の隅にいた。両手を顔に当てて、う 上「明子が、あんな顔をしている」 ずくまっていた。彼はその前に立って、明子の姿を見下し の もう一度、彼は京子の耳に口を寄せて、ささやいた。京た。 砂 つむ 子は眼を瞑ったまま、 彼の驅の中の赤い色は、すでに消えていた。ふと、途方 8 「この部屋ではやめて : : : 」 に暮れた気持に捉えられた。明子は掌から顔を離すと、彼 うめ というやわらかい呻き声で、答えた。 を見上げた。不意に立上ると、明子の掌が彼の頬で鳴っ ラス 津お

3. 現代日本の文学46:吉行淳之介 北杜夫 集

と、明子が言う。伊木は曖昧な表情になって、 「しかし、姉さんがきみの知らない男とホテルの入口をく 津上明子という少女が、伊木に告げた事柄を、要約してぐるところをみたというが、見たのは一度だけなんだろ みよう。 明子の両親は、五年前に相次いで病死した。以来、姉の 「そうよ」 京子が親替りである。京子は酒場勤めをして生計を立て、 「それじゃ、恋人かもしれないじゃないか。恋人とホテル 明子を高校に通わせてきた。京子は口癖のように、明子に へ行ったって構わないとおもうね」 言う。「女は身持が大切よ」、あるいは「純潔が大切よ」と「 : ・ まっすぐ も言う。そして、京子自身、酒場が閉店になると、真直に 「もし恋人だったとしたら、・ほくの立入る余地はないだろ 帰宅してきた。 そういう姉を、明子は母親のように慕ってきた。姉の言 明子は返事をしない。 この少女は、女親替りの姉を他の らだ 葉をいつも心に留め、真面目な生徒だった。男女生徒との男に取られたことに苛立っているのだろうか、とも彼は考 交際については、臆病過ぎるくらい、控え目だった。 えた。 京子の結婚についての話題が、姉妹のあいだに出ること「きみの言うように、いろんな男とホテルへ行っていたと がある。そのときには、「明子が卒業して一人前になるましたら、今更・ほくが誘惑したって仕方がないじゃないか」 では、そのことは考えない」というのが、京子の印で捺し「ひどい目に遭わせてほしいの。あたしの知っている人 たような言葉であった。 に、ひどい目に遭わせてもらいたいの。そして、そのこと 群その京子の隠された生活を、ある機会に明子は知ってしをあたしに教えて」 たた 少女のこの言葉は、自分自身への悪意で一杯になり、唇 植まった。昼間の短い時間に、京子の秘密が畳み込まれてい のたのである。そして、明子はその姉への反逆の姿勢を取りを真赤に塗って塔へ昇ってゆく行為と同じ次元のものだ、 のはじめた : と伊木一郎は感じた。 「そのくせ、あたしが知らないとおもって、純潔が大切「ともかく、きみの姉さんのいる場所を聞いておこう」 よ、と言うのよ。厄介な荷物みたいに捨ててやりたいとお津上京子の働いている酒場の所在を、伊木は手帳に書き もうのも、無理はないでしよう」 記した。 まじめ

4. 現代日本の文学46:吉行淳之介 北杜夫 集

「ええ」 明子の驅に覆いかぶさったまま、彼は片手で明子の顎を 「さっき、別れてきたのだな」 掴み、その顔を正面に向け直した。 京子は、黙って眼を天井に向けた。 「なにをするの」 「誰と別れた」 今度は、明子の塞がった声が聞え、彼の片手に握られた 金額から推し測れば、花田光太郎と梅村晃の名が浮んで口紅に向けられた眼に怯えの色が走った。 くる。花田は違うようだった、と彼はおもう。 セーラー服を着た明子は、口紅を付けていない。その唇 「それは誰だ」 に、濃く、厚く、毒々しく口紅を塗り付けよう。輪郭から はみ出すほど濃く口紅を塗り付けた瞬間から、殊勝におさ みだ 「梅村晃か」 まっている明子の驅が、紺色の制服から淫らにはみ出しは 「違うわ」 じめるにちがいない。 即座に、京子は答えた。視線は天井に賰り付いて動かな「やめて」 あらが あぶら 。紐のために異様に変形している胸が大きく上下し、唇不意に、明子は両手を突出して、抗いはじめた。脂を含 かたくな は堅く結ばれて、頑な拒否の姿勢である。その京子からんで光っている口紅の先端が、唇に近寄せられたとき、明 は、けっして正しい答は引出せないようにみえた。 子は一層烈しく抗った。 しかし、京子の相手を何としても突き止めたいという執「塗らないで」 着と熱意を、彼は京子にたいして持っているわけではな「何故。口紅を塗るのは、好きな筈じゃないか」 しげきざい 。むしろ、その札束は、この場の刺戟剤として働いた。 「厭。もう塗る必要がなくなったわ」 群そして、畳の上に転がり出た札束を見詰める明子の眼叫ぶように明子は言い、烈しく左右に首をまわした。そ 植が、一層烈しく彼を刺戟してきた。明子の眼に映る札束の首が一瞬動きを停め、畳の上の札束に、いや露出した京 上は、金銭としてのものではない。明子に純潔を説いてやま子の臓物に、明子はふたたび視線を当てた。 たたみ のどやく の ぬ姉の京子の驅の裂目から露出した臓物のようなものとし彼は明子の咽喉を扼するようにして、頭を畳に固定させ 砂 はす た。ほとんど顔を重ね合わせて、ゆっくりと唇を塗りはじ て、明子の眼には映っている筈だ。 こわば めた。明子の熱い息が顔にかかり、強張った顔のまま、明 四十 子の唇は真赤に塗られてゆく。 ひも おお ふさ おび

5. 現代日本の文学46:吉行淳之介 北杜夫 集

110 「あたし、頭の中がごちやごちゃになってしまったわ」 た。彼は、濁った眼で、明子を眺めていた。何故殴られた 「帰った方がいいよ」 のか、はっきりした判断ができない。 「でも : : : 」 「身の置き場がなかったのだろう」 と彼はおもい、明子を眺めつづけた。見返した明子の顔「いまは、帰ってしまった方がいい。今度あらためて話を ひざ くず が、泣顔のように歪み、ゆっくりと崩れ落ちて膝をつくしよう」 「あたしが帰るでしよう。あとから姉さんが帰ってくるわ と、両腕を彼の胴にまわし顔を腹に押し当ててきた。その けね」 動作の意味も、彼には捉え兼ねた。 彼は凝っと立っていた。彼の眼の下に、セーラー服に包「京子の帰るのは、夜中のことだ。その前に、睡眠薬でも まれた背がみえる。先日、京子の体はそのセーラー服に隙飲んで眠ってしまうのだね」 間なく邁刄った。いま、眼の下にある明子の驅は、京子の彼は、疲労の滲んだ四十男の声で、明子に言い聞かせ た。しかし、それから彼の見透しがあるわけではなかっ 軅にそっくりだった。 こ 0 「重ね合わせれば、上も下も同じ嫗だ」 という花田光太郎の声が、ふたたび耳の奥で鳴り、一 四十三 瞬、彼の細胞に活気が動いたが、すぐに消えた。 ひも 京子の嫗を締め付けている数多くの紐を、彼はほどきは 「行き着く先は、もう分っている」 明子の腕を握り、立上らせると、彼は驅を離した。二人じめた。しだいに京子の嫗の歪みが直り、正常な形に戻っ むか とも、宙に浮いた不安定な形で、対い合って立った。明子てゆく。最後の一本を取り去ったとき、 くちびるぬぐ 「これで、京子との関係は終った」 は眼を伏せ、ハンカチで唇を拭いはじめた。 という言葉が、彼の頭に浮び上った ? 「もうロ紅を塗る必要はなくなったわ」 たたみ 念を押す口調で、明子は言った。彼は、京子に酷似した京子は、眼を閉じたまま畳の上に横たわって動こうとし 疲労のためとも、頭の中を整理しようとしているた 明子の表情を思い浮べ、 よいんたの 「きみの軅は、もう制服からはみ出しているよ。制服を着めとも、さらには余韻を愉しんでいるためともみえた。彼 るのが似合わなくなったんだ。口紅を落す必要はない」 は最後の紐の端を指先でつまみ、京子の姿をしばらく眺め ていた。宙に支えられた紐が、彼の驅の前でだらりと垂れ と、答えた。 とら にじ

6. 現代日本の文学46:吉行淳之介 北杜夫 集

木一郎は緊張し、蜥していた。しかし、嘗て私 ( 作者 ) み隠しているようにみえる。 しようふ その紺色の布地の下にある、重たく熟した乳房を、彼は 1 が描き出そうと試みたあの二人の娼婦のいる密室における 充実感、あるいは充実感に至ろうとする気配は、伊木と京憎しみの気持で思い浮べ、醒めかかる昻奮を掻き立てた。 彼は、明子に襲いかかった。明子は畳の上に一本の棒の 子と明子の三人がいる部屋の中には、無かった。 ように横たわり、数秒のあいだ烈しく腕き、直ぐにまた彼 三十九 の驅の下で静かになった。 「なにをするつもり」 彼は、自分の眼球が充血していることを感じた。眼球の いろど しわが 白い部分を、血管が網目模様に赤く彩っているようにさえ嗄れた声で京子が言い、首を捩じ曲げたが、彼と視線が 合うと眼をそらして黙った。彼は片腕を伸ばし、京子のハ 感じた。 ンド・ハッグをみ寄せると、ロ金を開いた。掌を差入れ、 その眼を、明子に向けた。 からだ たたみ 明子は依然として、驅を堅くして畳の上に立っていた。深く底からさぐった。 くちびる あお 「なにをするの」 蒼ざめた顔と、血の気を失って白くなった唇とが、セー ふさ ふたたび京子は首を捩じ曲げ、彼の手許を見詰めた。咎 ラー服に相応しかった。セーラー服は明子の驅を隙間なく ろら′′ない はみで 包み込み、明子の驅にはセーラー服から食出てゆく部分がめるような、しかし狼狽の気配を含んだ声である。 「口紅」 なかった。 泥絵具を塗り付けたような部屋の景色の中で、明子の立「口紅 ? 」 す っている部分だけが、淡く澄んだ色にみえた。明子は、 京子が問い返したとき、指先に細長い金属容器を挾ん ただたちすく 唯、立竦んでいるだけなのだ。そのことは分っている。しで、彼の掌がハンド・ハッグから出た。その掌と一緒に、掻 とが こぼ かし、明子の立っている姿自体が彼を責め、咎め、批判しき出された内容物が畳の上に滾れた。 ているように、眼に映った。 困惑の視線を京子は畳の上に向け、釣られて彼も眼を向 昻奮が醒めることを、彼は恐れた。と同時に、そういうけた。そこには、分厚い札束が転がっていたが、一万円札 せんえっ 明子を僣越におもう気持も動いた。制服の布地には、授業で、三、四十枚ありそうだった。 しす そうま 中の教室の鎮まり返ったにおいが滲み込んでいる。その布その札束は、京子の掻爬と関連があるとおもえた。 地は少女のにおいを吸い込んで、明子の胸をひっそりと包「別れたのか」 すきま ね てもと

7. 現代日本の文学46:吉行淳之介 北杜夫 集

驅を重ね合わせた形のまま、彼は明子の上に掌を押し「父が違うの。な・せ今、急にそんなことをねるの」 と言って、京子は彼の視線を避け、顔を背けた。 当てた。明子の腕を畳に躪り付けて、彼は自分の上半身を あらが 起し、明子の唇を眺めた。しかし、それは制服の少女の唇そのとき、ふたたび彼の驅の下で、明子が抗いはじめ こ 0 の部分だけ、悪戯に口紅を塗り付けたようにみえた。 いらだ 「な・せ、口紅なんか塗り付けたの。口紅が余計だと言った 彼は苛立って、視線を京子に移した。身動きできぬまで に縛り上げられて畳の上に転がっている京子の顔も、やはのは、伊木さんじゃないの」 明子は彼の驅を押し除けようとして、烈しく身を揉ん り強張った表情に覆われている。しかし、その二つの顔に とお だ。筋肉の束が烈しく動くのを、衣服を透して感じ取った は、姉妹をおもわせる共通点は、ほとんど見出すことがで きない。突然、彼は花田の言葉を思い出した。そのとき、彼は、明子の顔を眺めた。その顔は、やはり強張ったまま だった。彼はその驅を突放し、明子から離れて立上った。 花田光太郎は怒りをたたきつける口調で言ったのだった。 「双生児の姉妹と寝たい。右側も左側も、同じ顔、同じ驅 四十一 だ。重ね合わせれば、上も下も同じ驅だ」 はんすう その瞬間から、明子が溶けはじめた。 伊木一郎はその言葉を反芻してみた。しかし、彼の驅の 赤い唇を中心にして、波紋が拡がってゆくように明子の なかの兇暴なものは、しだいに薄らいで行きかかってい た。空いちめん金属で覆われるほどの沢山の飛行機からの硬い顔が溶けてゆき、ついには唇が軽く外側にめくれ上っ ほのお 空襲によって、噴き上る烙に包まれた都市が、やがて薄らた。そのめくれ上った唇を中心に、ふたたび硬直がはじま はいきょ いだ焔のうしろから廃墟の姿を現すような、そういう予感るか、と彼は見詰めたが、そのことは起らなかった。 にさえ捉えられはじめた。京子を初めて見たときにも、そ全身の筋肉がほどけ、明子はやわらかく溶けて横たわっ の顔に明子を思い出させるものがほとんど無かったことをていた。はじめて、真赤な唇と紺色の制服との対照が、彼 思い浮べながら、彼は京子に声をかけた。平素の声に近いの予期していたものになった。明子の驅は、溶けて、淫ら しげき はだ にセーラー服から食出していた。さまざまの刺戟が、長い 声が、彼の咽喉から出て行った。 時間かかって明子の細胞の内側に届き、いま一斉にその細 「きみたち姉妹は、あまり似ていないね」 胞が伊木に向って花開いたようにみえた。 今までに見たことのない明子の顔が、彼の足もとに在っ 「本当の姉妹か ? 」 こわば いたすら おお

8. 現代日本の文学46:吉行淳之介 北杜夫 集

て、烈しく拒む。そういう明子を、ひどい目に遭わせるこ 「さあ : : : 、高校生だから。でも、どうして」 とは容易であろうが 「高校生なら丁度いい。セーラー服を持っているね。着替 紐を腕にませた明子の姿態を、彼は思い描いた。ロのえの服があるかな」 中が乾いた。襲いかかる眼になった。 「あったとおもうけど、でも、な・せそんなことを訊くのか ふんぬ 二カ月の間に、彼の中に湧上る憤怒に似た感情、兇暴なしら」 感情は、そのような形を取るようになってしまった。津上「きみに、着せてみようとおもってね」 京子との接触の間に、その形が彼の驅に浸み込んだのであ「あたしが : ・ : こ 京子は笑い出しそうになり、不意にその笑いが消え去る 「ホテルへ行こう。ひどい目に遭わせてあげる」 と、眼が潤んできた。彼に向けられてはいるが、焦点の定 おび と、伊木が言い、明子は一瞬怯えた眼になり、援ね返すまらない眼になった。 ように一一 = ロった。 「厭だわ、厭なひと」 それが拒否の言葉でないことは、 「厭な眼。あたしの言っているのは、京子のことよ」 ぐに分 0 た。 「ホテルへ行こう」 「その妹さんと身体の大きさは、同じくらいかな」 「そうね、似ているとおもうわ」 「どうしたの、伊木さん。京子を誘惑できなかったの」 「行こう」 「顔は、似ているか」 そそ セーラー匱・、、リ、 月カしく彼を唆った。 「さあ、似ているという人もあるけど」 はす つぶや 「厭、伊木さん、不潔だわ」 似ていない筈だが、と彼は心の中で呟く。しかし、驅の すきま 群鋭く言って明子は、立上った。 形は、よく似ている。明子の制服の中に、京子の体は隙間 なく這入り込むことだろう。 とびら の 京子と会う日を定め、京子に送られて酒場の扉を押し 上 こ 0 の酒場で、伊木は京子に小声で言った。 「ぎみ、妹がいる ? 」 「ええ、一人いるわ」 「まだ子供なのか」 ひも 三十 小さなズックの鞄から、津上京子は明子の制服を取り出 うる かばん

9. 現代日本の文学46:吉行淳之介 北杜夫 集

104 「そんなことじゃないんだ、きみは教えてほしいと言った 三十七 じゃないか」 強く言い捨てて、彼は門を潜った。背中に躊躇いや曖昧 伊木が指定した喫茶店に、午後五時に津上明子は現れ、 すみ 隅のテー・フルに坐った。五時十五分過ぎに、伊木が姿を見さを現さないようにするのが、彼の技巧だった。明子はそ のまま、彼の背に付いて門を潜った。旅館の帳場の女は、 せた。 なじみ 彼はわざと約束の時刻を十五分だけ遅らせた。明子を焦訝しげな眼を上げたが、顔馴染になっている伊木を認める らすためではなく、彼の方が待たずに済むことが必要だっと、そのまま黙って二人を見送った。 その五分前 たのだ。 彼は、ネクタイを着けないワイシャツ姿で、明子の椅子彼は京子の驅を、幾本もの紐で縛り上げた。身悶えし、 そば 抵抗し避ける素振りをしながら、京子のの部分部分は、 の傍に立った。 うわぎ 紐を持っ彼の手の動きにひそかに協力した。京子の二つの 「あら伊木さん、上衣は」 手首は、むしろ自分から紐の輪の中に潜り込み、堅・く持り 「うむ、今日は暑い」 合わされた。 「暑くなんかないわ、暖かくもなくってよ」 胸は左右斜め十文字に締め上げられ、二つの乳房は異常 「外へ出よう」 ひざ 椅子に坐ろうとせず、せき立てる口調で彼は言い、明子に高く盛り上った。彼は左右の足首と、左右の膝とをそれ ぞれ縛り合わせた。 も釣られて立上った。 二人は、戸外へ出た。 そして、不意に立上ると、ワイシャツを着けズボンを穿 「教えてあげる。・ほくと一緒に行こう」 「どうしたの」 彼は大股で歩き出した。 黙って、彼は足の先で京子の腰を押し、ゆっくりと押し 「どこへ ? 」 明子は急ぎ足で彼にしたがった。一分間も歩かぬうちつづけ、やがてその軅は半回転して俯伏せになった。紐の に、旅館の前に出た。彼がその入口に歩み入ろうとしたと結び目の堅さを確かめる眼で、京子の全身を眺め、部屋の とびら 出口の扉を開いた。 き、明子は立止まって烈しい口調で言った。 「どこへ行くの」 「伊木さん、厭よ。もう厭」 っ おおまた いふカ からだ くぐ ひも うつふ ためら

10. 現代日本の文学46:吉行淳之介 北杜夫 集

くちびる した。旅館の部屋である。 唇に真赤な口紅を塗りつけてみることを、彼は烈しく望 せんたく 「洗濯屋に出しておいてあげるから、といって、着替えさんだ。 せたのを持ってきたわ」 京子の髪の毛は、長くはない。洗い髪にすると、その頭 「着替えてごらん」 は少女に似た。 「あたしが、着るの」 セーラ 1 服を着たままの京子を、彼はペッドの上に押し ためら たの めじり 京子は躊躇った。滲み出てくる快感を愉しんでいるよう倒した。白粉を洗い落した京子の顔が歪み、眼尻にかすか しわ な躊躇い方である。彼に背中を見せ、着替えをはじめた。 な皺が浮び上ってきた。明子の場合における口紅の役目 やがて、京子は彼の方に向き直った。 を、京子のその皺が果した。黒、 しリポンの下に彼は掌を潛 「どう、似合って ? 」 らせ、制服の胸を押し広げ、京子の大人の乳房を掴み出し かす 火照った顔に、はじらいが掠めた。 おとな ら・カカ 「やはり、その大人の髪型では、いけないようだな」 薄目を開いて、京子が彼を窺っているのに気付いた。眼 「それじゃ、崩すわ。洗ってしまう」 の下の薄い黒い隈が、京子の素顔にみえた 9 セトラー服 急いで、京子は言う。 と、京子の驅の露出している部分との対照が、予測どおり 「口紅も、邪魔だね」 に彼を刺戟しつづけた。 ふきんこう 京子の顔と、セーラー服との不均衡が烈しすぎた。不均「厭、やめて」 衡が、歪んだ欲情を投げかけてくるのだが、烈し過ぎると京子は技巧的な声を出した。依然として薄目を開け、彼 こつけい あや 滑稽に近づく。明子の場合は、赤い口紅が妖しい雰囲気をの表情を窺っている。 ひもから つくり出したが、京子には邪魔になる。 紐を絡ませて左右の腕を搾め付けるときの、堅く眼をつ おぼ 京子の使う湯の音が、浴室から聞えてきた。脱ぎ捨てらむって快感の中に溺れ込んでゆく表情は、京子の顔には見 れたセーラー服を抱え上げ、彼はその中に顔を埋めてみられない。歪んだ快感の上を、確かめながら漂っている。 かす びこう た。布地に滲み込んでいる明子のにおいが、微かに鼻腔それと同じ状態に、彼自身も置かれていることに、伊木 に流れ込んできたようにおもえた。あるいは、幻覚かもしは気付いた。以前は、奇妙な形であったが、充実感があっ れない。しかし、その瞬間、彼は明子のにおいを鮮明に た。しかし今は、彼の快感にはあちこちに隙間ができてい 思い出していた。セーラー服を着た明子を押し倒し、その た。余裕さえも、見出すことができた。 ゆが ふんいき こ 0 しげき おしろい