1 飼育 がけ 連ばれて来た。林のなかで転び、短い崖から落ちて、そのた。僕らは黒人兵の両腕を引っぱって彼を立たせ、それが 以前からの習慣ででもあったように少しもためらわないで まま動けなくなっているのを山へ働きに出かける途中の、 村の大人が見つけて助けあげて来たのだ。書記の義肢の固黒人兵と一緒に広場へ上った。 ほりよ く厚い皮を金属枠でとめた部分が歪み、うまく足にはめこ黒人兵は捕虜になってから始めての地上の空気、夏のタ むことができなくなっているのを、部落長の家で手あてを方のさわやかで水みずしい空気を太い鼻孔いつばいに吸い こみ、書記の試歩を熱心に見つめた。すべては良好だっ うけながら書記は当惑して見つめていた。そして、《町〉 いらだ た。書記は駈けながら戻って来、ポケットから彼がイタド の指令をなかなか伝えようとしない。大人たちは苛立ち、 ほとん らは書記が黒人兵を連れて行くために来たのなら、崖の リの葉で作った煙草、煙が眼にしみると激しく痛む殆ど野 ぶかっこう 下に倒れたまま見つけられず、餓死してくれたらよかった火の匂いを思わせる不恰好な煙草に火をつけて、背の高い のにと思うのだった。しかし書記は、県からの指令が遅れ黒人兵に渡した。黒人兵はそれを吸いこもうとし、激しく とど て届かないことを弁解に来たのだった。僕らは喜びと元気咳きこみながら喉を押さえて屈みこんだ。書記は当惑し と、書記への好意をとりかえした。そして僕らは、地下倉て、もの哀しそうな徴笑をうかべたが僕ら子供たちは大笑 へ、書記の義肢と道具箱を運んで行った。 いだった。黒人兵は躰を起し、巨きい掌で涙をぬぐい、そ たくま あさし 黒人兵は地下倉の汗をふきだす床に寝ころび、低く太いれから彼の逞しい腰をしめつけている麻地のズボンから黒 声で不思議に生なましく僕らをとらえる歌、嘆きと叫びがく光るパイ。フを取り出すと書記にさし出すのだった。 底にうずくまって僕らにおそいかかろうとする歌をうたっ書記がその贈り物を受けとり、黒人兵が満足そうにうな ぶどう ていた。僕らは彼に故障した義肢を示した。彼は起きあがずぎ、彼らにタ暮の葡萄色をしたかげりを作る陽ざしがあ しばら り、暫く義肢を見つめ、そしてすばやく仕事を始めた。覗ふれた。僕らは喉が痛みはじめるほど叫びたて、狂気のよ き穴の明りとりから子供らの喜びの声が湧きおこり、僕とうに笑い、彼らの周りにひしめきあうのだ。 兎ロと弟も声をはずませて笑った。 夕方になって書記が地下倉へ入って来た時、義肢はすっ僕らは黒人兵をたびたび地下倉からさそい出して村の敷 かり修復されていた。書記が短い大腿部にそれをはめこみ石道を一緒に散歩しはじめた。そして大人たちもそれを咎 立上ると、僕らは再び喜びの声をあげた。書記は階段をめなかった。彼らは部落長の家の部落共有の種牛が道を来 跳ねあがり、義肢の調子を試みるために広場へ出て行っると草むらに下りてそれを避けるように、僕ら子供たちに わく だいたいふ おお びこう たねうし とが
くら いかぶさっている眼には見えない樹木の巨大な下枝のようまの姿勢で昏い空気を見つめていた。短い静けさのあと、 に、死んだ外国兵の臭いはそのまま固着しようとしてい くるくる回転しながら、人の乗っていない飛行機の尾翼が 」 0 滑りおりてくるのを、やがて僕は見た。義肢を投げ出し、 「まだ熱心に働いている」と書記は槌の音に耳をそばだて僕は湿った草原を駈けあがって行った。 ていった。「お前の親父たちも、あれをどうしていいかわ草に囲まれて黒ぐろとに濡れた岩腿が剥き出ている横 からないから、ぐずぐず杙をうったりしているんだろう」 に、両手をぐったり開いた書記があおむけに横たわって微 かんげき 僕らは黙りこんで、子供らの叫びと笑いの間隙をぬって笑んでいた。僕は屈みこみ、書記の微笑んだ顔の、鼻孔と こ 聞えて来る重い槌音を聞いた。書記はやがて慣れた指さき耳から、どろどろした濃い血が流れ出ているのを見た。子 で、その義肢を外しはじめた。僕はそれを見つめていた。供らが暗い草原を駈けて来るざわめきが、谷から吹きあげ そり 「おおい」と書記が子供らに叫んだ。「俺の所へ橇を連んる風にさからって高まって来た。 でくれ」 僕は子供たちに囲まれることを避けて、書記の死体を見 子供たちは騒ぎたてながら橇を引きずりあげて来た。書すて、草原に立ちあがった。僕は唐突な死、死者の表情、 記が片足で跳ねながら橇を囲む子供らの中〈わりこんで行ある時にはしみのそれ、ある時には微笑み、それらに急 くと、僕は書記の外した義肢を抱えあげて、草原を駈けお速に慣れてきていた、村の大人たちがそれらに慣れている りて行った。義肢は非常に重く、それを片腕に抱えることように。黒人兵を焼くために集められた薪で、書記は火葬 は困難で腹だたしかった。 されるだろう。僕は昏れのこっている狭く白い空を涙のた はだか 茂った草は露を含みはじめて、僕の裸の足を濡らし、そまった眼で見あげ弟を捜すために草原をおりて行った。 こへ枯れた葉がはりついてむずかゆかった。僕は草原の傾 斜の下で義肢を抱えて立ったまま待ちうけていた。すでに 夜だった。草原の高みの子供らの声だけが、濃さをまして とん 殆ど不透明な暗い空気の獏を揺り動かした。 ひときわ高い叫びと笑い、そして軽く草をなぐ音、しか すべ し、橇は粘っく空気を押しわけて僕の前へ滑りおりて来な かった。僕は鈍い衝撃音を聞いたように思ったが、そのま ねば っち おれ カカ びよく
264 まわ 僕らだけ暗い室内にとじこめられると、流れない部屋の者の周りへ集った。僕らはおたがいの熱い躰をかきわけ、 空気へ、午前の作業を通じて僕らの躰、衣服、そして何よその奥の体温の失われた皮膚にふれて、弾かれたように腕 りも僕らの精神へしみついた特殊な臭いがじわじわ立ちのを引いた。 ・ほりまじりあって行った。僕らはそれにつれて鉢をひたすそれから急に仲間の数人が、外への板戸にしがみついて 疲れにうちひしがれて、重い空気の底にうもれて横たわりどなり始めた。それらが僕ら全体へ伝染し、共通の発作を 引きおこし、僕らは死者からできるだけ離れたがってでも 睡りを自分の内側と瞼の上へ喚起する努力をした。 しかし、病気の仲間の弱よわしく差しせまった呼吸と板いるように板戸へ躰をおしあて、板戸を打ちならして叫ん 戸の外、夜の森のなかの獣たちの吠え声、樹木の立ちわれだ。 「おうい、おうい、来てくれえ、開けてくれえ、おうい る音などがしつかり僕らをとらえて、なかなか眠ることが できない。そのあげくひそやかで息苦しい快楽の動作のけ病人が死んだそう」 おうい、おうい、と僕らは叫んだが、僕らみんなの叫び 。いがあちらこちらで起りもするのだが、僕はといえばあ 声がからみあい反響しあって、夜の森の獣たちの声のよう まり疲れすぎていてそれをすら受けつけないのだった。 に、その意味をあきらかにしないのだ。そして、それらの かな そして夜ふけに長いあいだ苦しんでいた仲間が死んだ。声のかさなり、おしあいへしあいの中から、哀しみだけが その時、僕らは不意に眼ざめた。それは激しい音や突然の強力に輝きをおびて空の高み、谷の深みへひろがって行く しげき ように、僕らには感じられるのだった。 存在感に刺戟されたというより、そのまったく逆の原因に のどか よるのだった。僕らの浅い眠りの群らがりの中で、一つの長い時がたち、僕らの叫びが疲れと喉の嗄れのために弱 ひそかな音が消え、一つの存在がうしなわれた。そういうよわしく鈍くなってから、庭の前の道に大勢の乱れた足音 奇妙な異質の感じが僕らを一様にとらえた。僕らは暗やみが起り、板戸の錠が重おもしい音をたてた。僕らは沈黙 おとな の中で上体を起した。急に年少の仲間の弱よわしいすすりし、待ちうけた。しかし村の大人たちは入って来るまえに 泣きが暗い空気をふるわせた。彼は泣きながら僕らへ仲間 ためらい、板戸の外側から懐中電燈を中へ照した。僕は眼 に起った変事をつたえていた。僕らはただちに理解した。 の前にまぶしく弟の涙に汚れた顔を見た。そして村長と鍛 僕らは暗やみの中を手さぐりで、つい夜の始めまでの僕ら冶屋が銃を腰にかまえて注意深く僕らを監視しながら入っ かた の仲間、そして今は急激に冷たく硬くなりはじめている死て来るのを見た。僕らは黙りこんでいた。そして荒い呼吸 わむ まふた から にお じよう よ・こ っさ
撃った。僕は地面についた膝を起すと鉄棒が反転する動きい草の茂みへむかって駈けこんだ。 かんぼく を起す前に暗い灌木の茂みへがむしやらに駈け上った。闇 こだち の濃い樹立の中へ、顔を葉にうたれ、蔦に足をからまれ、 ところかまわず皮膚を破られて血を流しながら駈けつづ け、それから僕は疲れきって雪の深い羊歯のなかへ倒れこ おえっ んだ。肱をついて起きあがること、そして嗚咽を押しころ すために濡れた樹皮の冷たい灌木に喉をすりつけることし か僕にはできないのだ。しかし僕の泥だらけの脣からは嗚 咽がとめどなくあふれ出て暗く湿った空気の中を伝わって きようん 行き、はるか下で叫びかわしながら僕を探すために狂奔し ている鍛冶屋たち、殺意にかりたてられる村人たちまで僕 の隠れ場をあかしに行ってしまう。僕は自分の嗚咽の声を 弱めるために、大のように口を開いてあえいだ。僕は暗い 夜の空気をとおして、村人たちの襲撃を見はり、そして凍 えたこぶしには石のかたまりをつかんで闘いにそなえてい しかし僕には兇暴な村の人間たちから逃れ夜の森を走っ 撃て自分に加えられる危害をさけるために、始めに何をすれ 仔 ばよいかわからなかった。僕は自分に再び駈けはじめるカ しが残っているかどうかさえわからなかった。僕は疲れきり む怒り狂って涙を流している、そして寒さと餓えにふるえて いる子供にすぎなかった。ふいに風がおこり、それはごく 近くまで追っている村人たちの足音を運んで来た。僕は歯 をかみしめて立ちあがり、より暗い樹枝のあいだ、より暗 こ 0 った のが
256 また再び僕らを用心深く見はりながらついて来るのだ。 は、やりがいのある良い仕事の匂いがした。らは期待に びこう 朝だった、冬のよく晴れた良い朝だった。砕いた礫を敷鼻孔をふくらませて冷たい空気をいつばい吸いこみ、身震 いた道の中央の、羊の背のように盛りあがった部分は乾き きって埃をあげたが、茎の黄色く枯れた雑草がはびこって「犬が死んでる」と弟が叫んだ。「ほら、まだ仔大だ」 あんす いるその両端には踏むとぎしぎし抵抗してから不意にあっ弟が駈けよった杏の根もと、背の低い雑草のしげみのな くす けなく崩れる霜柱が残っていた。そして硬く凍っている馬かを、歩きながら僕らも見た。 糞、そのわずかな臭気のある寒さが矢のようにあたり一面「こいっ腹を悪くしてやられたんだ」と弟がほてった頬を の空気へ突きささっていた。 ふりむいて叫ぶと年少の仲間たちの二三人がそこへ駈けよ かどまめつ 坂を下りきると角が磨滅した煉瓦ほどの大きさの石を敷った。「腹がふくれてる」 ほどう いた、やや広い鋪道と小さな低い家々。それらは夜ふけに 「おい」と鍛冶屋が無表情なまま弟たちへ意味のない腕を 僕らが暗い空気の向うに見たものだった。しかしいまそれ振りまわしてどなった。「勝手に列を離れるな」 わら ろうば、 らには午前の陽があふれて藁ぶきの屋根、粗土の壁は柔ら弟たちは狼狽をあらわにしてそこから列に戻って来よう かい金色の艶のある光を照りかえしていた。そして、夜のとした。僕は弟が昨夜鍛冶屋に対して抱いた親近を裏切ら あいだ僕らをおびえさせた山、谷からの道がそこをつらぬれて不満をかくしきれないでいるのを感じた。 わんきよく ぞうき く浅い森とそれに連らなり彎曲して村を囲む急傾斜の雑木「その犬を引きずって来てくれ」と駈け戻る弟へ別に特別 かっしよく 林は、青あおした光をあふれさせ、あるいは淡い褐色に輝な判断をへない、ごくあいまいな声で鍛冶屋がいった。僕 き、そしてそれらすべてから小鳥の声がおしよせた。僕ららは笑い弟が狼狽した。しかし鍛冶屋はまじめにくりかえ - 」うよう すのだ。「縄きれをかけて引きずって来い」 の感情は少しずつ昻揚しはじめ、それは突然盛りあがり、 ほとん 殆ど僕らは歌いたかった。僕らは自分たちが冬の残りとそ弟はもうためらわず、大いそぎで草むらから凍てついて れにつづくいくつかの季節をすごす村に着き、働こうとし固い縄きれを拾いあげ、死んだ大へ屈みこんだ。喚声をあ ていた。働くことは良いことだった。ただいままで僕らへげて年少の仲間たちがそれを加勢しに行った。 提供された仕事はつねに、具の下ごしらえ、不毛な土地「あれを焼いて俺たちに食わせるんだろう」と南が意気銷 ばれいしょ ちん への無益な馬鈴薯植えつけ、そしてせい・せい板底スリツ・ハ沈した身ぶりを誇張しながら低い声でいった。「ひでえこ かが の製造だ 0 たのだ。背を屈め急いで歩く野驥の沈黙にとになる・せ」 ばやし ふん ほこり れんが かた かわ にお こいぬ かんせい
うさぎ ぎで再びその《兎》をしまいたがっている気持をあらわに南がズボンの尻にこぶしをごしごしこすりつけながら不 していった。 機嫌な表情で出て来た。そこで僕と南だけがさきに村へ降 りて行くことになった。南は坂を歩きながら口惜しそうに 「疲れているんだ、長い間見ていられたくないんだ」 むしろ くらびるゆが からだ 兵士は僕らの視線のまえで、黙ったまま筵の上へ鉢をた 脣を歪めていった。 おした。僕らは後から押しあいへしあいする仲間たちと代「ひでえなあ、あいつけちつ。ほい野郎だなあ。がっかりさ るためにやはり黙ったまま外へ出た。戸外には家のなかのせやがんの」 にお ひきよう 家畜の臭いのまじった空気ではない、新しいそれがあっ 「予科練なのに」と僕もいった。「あいっ卑怯みたいだな」 「ああ」と南はいった。「あんな予科練見たこともないや」 た。僕は失望に沈みこんで樹皮の匂う風を吸った。 こうふん しかし年少の仲間たちは脱走兵を見たことで昻奮しきり「あいっとでも寝るか ? 」 にわとり 満足して頬を上気させていた。彼らは順番を待っている苛「あいつなんか鶏みたいにすぐまいっちまうさ」 けんお にら いらした仲間たちの背後へ並んでもういちど兵士を見よう南は軽蔑と嫌悪を剥きだしにして僕を睨みつけ、それか としていた。僕はいっせいに熱い吐息をついては脱走につらしらけた笑い声をたてた。僕らは土橋の上で弟たちが降 けいべっ いて語りあう仲間たちを軽蔑した。僕は味けなく不快な冷りて来るのを待っていた。しかし彼らはなかなか降りて来 よ、つこ 0 却のなかにいた。 十ノ一、刀、ア 僕は村へ降りて行くために弟へ合図したが弟は仲間たち「おれ、行って見て来るよ、やはり」とふいに南がいっ と眼を輝かせて兵士について話しあっていた。彼らは夢中た。「気になって来やがんの」 になっていた。 彼が坂を駈けあがって行くのを僕はますます腹を立てて 「朝鮮人たちがあいつをかくまってたんだ」と彼らの一人見おくり、それから肩をいからせて広場への道を上った。 ひざ が感激のあまりにしどろもどろでいった。「みんなが朝鮮土蔵の前に膝をかかえこんで少女が坐っていた。僕は自 語で相談したから、警察にわかんなかったのさ」 分の小さな孤独をまぎらすためにそこへ近づいて行った。 ーいかっしよく 「山狩りをうまく逃げたんだからなあ」と他の一人がいっ少女は僕へ灰褐色のかげりのあるあいまいな眼をむけ黙っ 、のしし た。「猪でもっかまえられる山狩りだぜ」 ていた。僕は土蔵の壁によりかかってしばらく彼女と見つ 「脱走して来たんだ」と弟がかんだかい声でいった。「脱めあっていた。 「おい」と僕は唾をのみこんでからいった。「なあ、脱走 お にお や
し、彼らに知られてしま 0 たら、決して逃がしてくれはしーとい 0 しょに、固い毛ばだ 0 た、たわしのようなもの しがい ないだろう。いつだ 0 たかも、 e 市に八路軍の孤児収容所があ 0 た。鼠の死骸らしか 0 た。あわてて手をひいたはず があるというような話を、熊がアレクサンドロフにしてい ハンマーが下に落ちた。うまい具合に靴の上におち たことがある : : : ) たので、案じたほどの音ではなかったが、それでもかなり ねずみ 天井裏を大きく音をたてて鼠がはしった。ダー = ヤが寝の音がした。足の先がじんとした。むしように腹がたって 返りをうち、ペッドがきしんだ。台所に出るドアのところくる。 たた までたどりついた。どうも、誰かに見られているような気 ハンマーの角で、すこしずつ、氷の隅のほうを叩いてみ がしてならない。そっと振向いてみたが、べつに変ったこ た。二三度たたくと、その重味のある鈍いひびきに、つい とはなか 0 た。かすかに戦慄が身じろぎしたような気もし勇気がくじけてしまう。耳をすませ、またつづけるという たが、気のせいだろう。 具合だったが、思ったほどではなく、四五回目には手ごた とって 把手をまわして、ドアをおす。冷い空気がむこうからおえがあり、二つに割れて、その一方が桶からはなれた。 し返してきた。ふるえる手でドアを支え、荷物から先に体ごと中につけて、水を入れ、栓のかわりに、そこらにあっ をまわして斜かいに外に出る。風にあおられてドアが自然た反古をまるめて詰めた。そのうえをさらに反古にくるん に閉まり、低いがしかし、は 0 きりした鉱物的な音をたてで外套のポケットに落しこんだ。濡れた手がしびれるよう すた。息をとめ、全身を耳にして立ちすくむ。ことりと、 カかと ルに痛みはじめる。交互に反対側の脇の下にはさんで摩擦し めの踵を床におくような音がした。それつきり、またひっそてから手袋をはめた。 郷 りとしてしまう。ただ家のまわりをうろついている北風土間におり、裏口のスプリング錠を音のしないようにま 故が、思いだしたようにうめき声をあげていた。 わし : : : 獲物をみつけたようにおそいかかってくる風をか ぢ手ばやく流し台の下から、昼間目をつけておいたウォトきわけながら、外に出た。雪はもう降りゃんでいたが、地 たカの大瓶をひろい、水をくもうと桶をのそくと、厚い氷が面からまきあが 0 ては、ふりかか 0 てくる。このぶんだ も張っていた。しばらくじっと手のひらを押しあててみたと、足跡もすぐに消えるだろう。まばたきが糒る。氷点下 が、体のふるえが増すばかりで、いっこう融けてくれそう二十五度はありそうだ。 1 な気配もない。 ( ンマーが流し台のうえの棚にあったこと いまにもドアが開いて、アレクサンドロフたちに呼びと を思い出した。台を足がかりにして、さぐ 0 てみる。 ( ンめられそうで、気がせいた。石炭置場にはいあがり、塀を すみ
おえっ とを見た。僕は仲間たちとともに息をはずませ彼女を見つ 仲間の一人がおそるおそる扉に近づくと少女の顔は嗚咽 ためいき めた。驚きの溜息を押えることができない。 の前ぶれのように歪んだ。そして扉が閉じられると、その 「あいつの葬式の途中で」と南が仲間たちの群らがりをか向う側からすすり泣きがもれてきた。少女はたちまち神秘 こうふん うちょう きわけ僕に近づいて来て低く熱っぽい、昻奮にかられる声的になり膨脹し拡大した。扉は終りのところでぎこちなく でいった。「みんなが逃げ出したから、置いてけ・ほりにさ引っかかりうまく閉まらなかったが、それを担当した少年 れたんだ。ひどいことをやりやがる」 は途中で明らかにおびえにとらえられたように背を震わせ 「ああ」と僕はい、、 少女の身じろぎもしないでおびえき作業を中止した。そこで僕らはしばらくじっとしていた。 かた った眼を僕らへ向けている小さい頭と軽く支えたその手のしかし、きみがわるかった。それで僕らは胸に一つずつ硬 下にあおむいている死者の生なましく白く、植物の草のよ いわだかまりを支えて自分たちの宿舎へ戻り、夕食を作る こんじきつや うな額を見つめた。そこへ夕暮の金色の艶をおびた戸外の仕事を続けた。 空気がしのびよろうとしていた。 土間に積みあげた薪に火をつけ、その小さな炎の上に鍋 「よく嗅いでみな、臭ってくるぜ」と南が鼻を鳴らした。 をのせて空腹にいてもたってもいられないのを耐えながら やっかい はんすう 「犬の死んだやっと同じ臭いだ」 僕らは待ち、厄介な新しい隣人について反芻した。 「誰が見つけたんだ」 「あの女の子」と弟が思いつめたようにいった。「きっと 「この中で寝ようと思ったやつがいるんだ」と南は昻ぶつお母さんが死んだので気が狂ったんだ」 たくすくす笑いをもらしていった。 「気が狂ったなんてわかるのか ? 」 きた 「死んだ人間と気が狂った女の子。そいつらと寝たがった「汚ない女の子」と弟があいまいにいった。「ね、そうだ 奴がいるのさ」 ろ」 「もう、みんな見るのは止せ」と僕は少女の恐布になかば「ああ」と僕は唸るようにいった。「なんだか汚なかった くちびる はぐき いれん 開いた脣と桃色の歯茎、ひきつってひくひく痙攣してい る頬、決して美しくない薄汚れたそれらを見ることで不快雑炊は僕ら自身信じられないほどすばやく出きあがり、 になりながらいった。それに僕はまったく死者を見たくな味も悪くなかった。僕らは携帯品袋から取り出した食器 っこ 0 で、豊富なそれを黙りこんで熱中しながら食べた。土間の とびら 「扉をあけた奴がしめろ」と南がいった。 中央の薪の重なりの炎が倉庫の内部の空気をあたため正体 ひたい にお たか うすい ゆが なペ
だった。僕らは黙りこんで、ロ腔の粘膜いつばいに粉っぽひび割れる音、風の不意の通過がひきおこす波だっ音、そ 2 くざらざらしたとどこおりを感じながら、すでに冷たく汗れらが戸外から僕らをおそった。 ばれいしょ ばんでいる馬鈴薯を食べつづけた。 弟が僕の背に額をおしつけて眠っていた姿勢からむつく 長い旅の終りに僕らを待っていたタ食、それがいかに貧り上体を起した。彼は短い時間ためらっていた。 ざる しい食物と食器で僕らにあたえられたか。笊三杯の痩せた 「なんだ ? 」と僕は低くおさえた声でいった。 馬鈴薯と一握りの硬い山塩。僕らは失望しきり、腹をたて「喉が轣いた」と弟が嗄れて、おどおどした声を出した。 ていた。しかし僕らには他にすることがなかったから、そ「庭に井戸があったろ ? 飲みに行きたい」 れをしんぼうづよく食べつづけた。僕らは狭い土間と便所「がついてい 0 てやる」 とを板戸で隔てている、白い壁と太い横木にかこまれた本「いいよ」と弟は感情を害していることのあらわな熱っ・ほ たたみ い語調でいった。「恐くなんかないんだ」 堂の湿った畳の上に坐っていた。そしてそれだけで、寺の からだ 内部がすっかり人いきれで充満するということになるのだ僕は起しかかった躰をたおし、弟が土間へ下りて行って くぐ った。その一棟には他に部屋はなかったし他に住んでいる戸外へ通じる潜り戸を開こうとする物音を聞いた。それは ようす 村人もなかった。 うまく行かない様子だった。弟はむなしい試みをいくたび 馬鈴薯はまだ残っていたが、やがて僕らの胃は粗末な食かくりかえし、舌うちをしたあと途方にくれた様子でひき ねむ 物をすでにうけつけなくなり、僕らの柔らかい頭を睡りとかえして来た。 かな 満腹からくるあいまいな哀しみとが水のようにひたしてい 「外から錠をおろしてあるんだ」と彼はうちひしがれてい ざる しり った。僕らは一人ずつ笊から離れ、ズボンの尻でごしごしった。「どうしていいかわからない」 ふとん 指をぬぐい、そして何人かが一枚の薄い布団を共有してあ「錠をおろしてある ? 」と南が急激に部屋の空気を緊張さ おむけに横たわった。暗い空気をとおして剥きだしの梁がせる荒あらしい声をあげた。 僕らの暗やみに慣れた眼に見えてきた。 「俺がぶつ壊してやる」 うめ 彼は土間へ跳びおりて行き、乱暴に潜り戸を攻撃した 旅の間ずっと腹痛に苦しみつづけた少年の呻き声が狭い くちぎた すみ 室内を隅ずみまでみたしていたが、僕らは誰一人それに注が、僕らの期待に反して彼はロ汚ない罵りの言葉をあたり 意をはらいはしなかった。僕らはじっと暗やみに眼を開きにはきちらすだけなのだ。僕らは南が潜り戸へ果敢な体あ がんきよう 耳をそばだてていた。えたいのしれない獣の叫び、樹皮のたりを試みる音、それが頑強にはねかえされる音とを聞い こうこうねんまく こわ ののし
「お前の弟のこと、俺は謝るぜ」 匂う風に躰をさえぎられてでもいるように、抵抗感のある しかし僕は弟についての考えから逃れていたかったの足どりで上体をがくがく揺すりながら歩いて来た。彼はい そで : ) 0 ま、上衣をはぎとられ、夏の盛りにいるように袖のまくれ あら 「お前の弟は、はしつこくて足が強い」と南はいった。「草た粗い布のシャッしか着こんでいなかった。彼を囲む行進 むらなんかに隠れていて、俺たちが掴まるのを見てたかもが納屋の前を通る時、僕らは彼の小さく貧弱な顔に土がこ びりつき、それが轣いて粘土色をしているのと、腰のふた しれないな、俺はほんとうにお前に謝る・せ」 ふいに背後の森の奥で、おそらく威嚇のための銃声が短しかな支えの上で不自然に柔軟な動きをくりかえす腹部を おおかっしよく い間をおいて二度聞えた。僕らは皆すばやく立ち上って耳覆う褐色の布地が破け、破れめだけ黒褐色にそまり、その をすました。しかし銃声はもう起らなかった。新しい不安あいだへ新しい水みずしい柔らかいもの、陰った光をうけ の動揺が僕らをみたした。僕らは黙ったままお互いのこわてぬめぬめしたあざやかな色の波動をおこしているもの が、たれさがっているのを見た。それは歩行につれてぶる ばって硬質な顔の皮膚の上のむくむくうごく感情を見はり あって待った。僕らは納屋の中の空気がすっかりくろずんぶるん震えそのたびごとに金色の強い光を照りかえし こ 0 み、濃くなってお互いの顔が白い明るみにしかすぎなくな るまで待った。 兵士は分教場前の広場から下りの道へ踏み出そうとして いらだ それからふいに吠えたてる猟大と、苛立った財颪、乱れよろめき、不器用に長い腕を振って自分が倒れるのをふせ た足音、そして村の大人たちが森から降りて来るのを、僕ごうとがんばった。それはきわめて痛いたしく幼い身ぶり しまめ らは羽目板の金色に光るタ暮の光の細い縞目に眼を押しあだったので、僕らに涙を流させた。しかし、その瞬間、彼 撃てて迎えた。村人たちは、彼らの残酷な追跡の獲物を囲んの肩をがっしりした二人の村民がえ、そのまま引きずる 仔 でいた。 ようにして行進をつづけた。兵士たちの行列が見えなくな あらし し彼らはきわめてゆっくり辛抱強く歩いて来た。ただ子供ると、嵐のあとのさわやかで強い風のように、女たち老人 むたちが彼らの行列へまぎれこみそうになると荒あらしい声たち、綿にふくれた着物を喉まで着こんだ子供らがそれを たけやりわきばら が彼らの中からみだれとんだ。彼らは猟銃と竹槍を脇腹に追って駈け去った。 ひきつけて垂直にたて額をたれて歩いて来た。そして脱走僕らは羽目板から眼をそむけ土間に腰をおろし黙りこん うろこ 兵は夕暮の艷とうるおいにみちた空気、かすかに雪と葉ので自分の足を見つめた。白く乾き鱗のように皮膚がむけて なや ひたい のが にお からだ