8 よるよりしかたないのだ。 ( やつばりあいつの方が当ったな ) 俊介は、いっか酒場で農学者のいった忠告を思いだし彼はみじめな気持をおしかくして課長を笑顔で迎えた。 あいさっ この戦術で勝っことには八〇パーセントの自信がある。し た。そのとき玄関で課長が局長に別れの挨拶をする声が聞 え、つづいて仲居や女中をともなって高声に笑いながら廊かし、勝ったところであとになにがのこるというのだろ けんたい 下をこちらへもどってくる気配が感じられたので、俊介はう。ネズミの大群と孤独感。またしても倦怠の青い唄か。 いそいで体を起した。 あらゆるかけひきのあとにその疑問がのこる。 「君、うまいことやったな」 ( 成功するかな : : : ) 逃げる手は一つしかないと彼は考えた。明日の会議で責課長は部屋にもどって来るやいなや彼の肩をたたいて横 ふしゅう 任を課長に転じてしまうのだ。口実は二つある。一つは鼠に坐りこんだ。体内によどんだ腐臭を熱い酒がかきたてた にお 害対策委員長が課長であること。これを主張することは身のだろう。全身から生温かい匂いを発散していた。 分上まったく正しい。もう一つは彼が野党の攻撃武器に利「 : : : ? ー 「知事がね、いってるそうだよ」 用されている事実を指摘すること。もし終戦宣言のからく ごうまん りが発見され、そのメッセージの読み手が余人ならぬ俊介課長はするどい眼にいつもの傲慢な薄笑いの表情を浮か だんがい ふんぬ 自身であることがわかれば弾劾者の血は憤怒の酸液でわきべ、うまそうにこのわたを吸った。 えいてん かえり、県庁側は弁明のしようがなくなるだろう。その不「君は東京の本庁へ栄転だってさ。一週間の特休もっくそ くよう 利をさとらせるのだ。これはよほど用心ぶかく説明しなけうだし、たいした出世ぶりじゃないか。ネズミ供養しなく ればならぬ。さらに課長の個人的反撃をそらしておく必要っちゃいけないねー がある。彼に対する反感を解消することだ。これには、ひ ( けむたがられたな : : : ) とまずイタチの不正を見逃してやることだ。証拠の伝票や俊介はしらじらしさのあまり点をつける気にもなれなか きようおう った。はげしくわびしい屈折を感じて彼は腐った肉体に頭 イタチや供応の事実の証言など、材料は豊富にこちらでに ぎっているのだから、告発しようと思えばいつでもやれるをさげた。 わけだ。いざとなれば、まずい手だがこの刃をチラつかせ「負けましたよ、課長。みごとに一本とられました : るということも考えられる。苦しまぎれだが、さしあたっ はじしらずに泥酔して帰った俊介を待っていたのは農学 ていまのところビラミッドの重圧を逃げるにはこの手にた者だった。彼は古タクシーをやとい、エンジンをかけつば くっせつ
北海道上川郡白川付近の客土 : なるほど言葉のとお りに、あわれな掘立小屋 があちらこちらに難破船 のよ、フにチラホラ土にし がみついそいるのが見え るばかりでした。 ( 「ロビンソンの末裔」 ) 北海道上川郡にある開 一誉拓部落の廃墟 もう一つ、やつばりそう やって毒を流しただけで は土はやせたままだから、 よそから土を運んできて 栄養補給をする。つまり、 「客土」をする。これを しなければここのごろた 石畑はど、つにもならんケ レ、とい、フことでした。 ( 「ロビンソンの末裔」 )
的である。びしやり、ポチャッと水音がしきりにするのは いるのかもしれない。けれど久瀬には何も聞えず、何も見 かえる ナマズが蛙を追っているのか。潮騒のように虫がすだくのえず、ただいちめんに星の粉が散乱しているきりである。 せいおんみつしつ も聞える。静穏、密湿、かっ広大な夜が空と土を浸し、足田中少年がつぶやく。 一ら′ ~ い のしたには厖大な量の水が行進しているはずなのにひたひ「おれ、・ハンコックへいきたくなくなっちゃった。おれ たという足音もしない。ただナマズが跳ねるので川があるね、久瀬さん、もうちょいここにいるよ。こないだからい とわかるだけである。 ろいろ考えちゃってね。わかるでしよう ? 」 田中少年がつぶやく。 「まあね」 「静かだなあ」 「自転車屋の親方はいつまでもいてくれろっていってくれ 久瀬がつぶやく。 るんです。おれ、パンク直しうまいからね。みんなよくし 「ここの川はみなこうだな。メコンも・ハサックもとろりとてくれるんですよ。べつに目的もなくて日本をとびだした フンジャン しているよ。ュエの香河は青く澄んでるが、やつばりひつんだから、ここにもっといてもいいなって気になってきた ゃぶ そりしていたね。丘や藪があって、 いい画た。おれがいつんだ 「うらやましいな」 たときはクラシャンが降ってた」 「そりや何のことです ? ー 「ここ三日だけでもずいぶん勉強になったんだから。いま りんう 「霖雨といってね。冷たくて骨を腐らせるみたいにからみまで何もわかっちゃいなかったんだなあって気になって ばつばん ついてくるんだ。熱帯のくせにそういう雨が降るんだよ。 きてね。おれ、抜本的に勉強しなおすよ。もっと本も読む しとしとひんやりとねー よ。いろいろ教えてくださいねー 川の対岸にも上流にも灯が見えない。三日間アメリカ兵 「抜本的に本なんかいらないよ」 りたちが吹いたり、歌ったり、踊ったりして通過した村々が「だって、おれ、何も知らないんです 祭闇にとけている。おそらくいまごろは政治委員が藪かげに 「コンガイにだけ気をつけるんだね」 辺少年たちを集め、演説や合唱があり、女たちは出発する息 とっ・せん少年が大きな声をだした。 岸 子のために握り飯をこしらえてやっているのだろう。合図「コンガイはいいなあ」 くだ の声がったわり、銃器が音をたて、枯葉が踏み砕かれ、《ダ・ ダオ・ディ・クオック・ミイー》の喚声が森にとどろいて「やさしくってなあ」 しおさい ひた
」朝第を そし 為と死」までの一連の作品を読みかえした。 て、おしゃべりで、臆病なモラリストで、やたらと「我 エコール が宀兄」卩ー 司における意見の一致をもとめたかり、作品を 細ま細まとした概念に分解して、油染みた手で一つ一 つ自分流にくみたてなおしてレッテルをつける、わか 文壇批評家たちにはどうにも理解するプロセスが存在 しない 一人の青年の姿を見出したような気がした。 石原慎太郎は、ひょっとしたら、一番理解されにく そして実に素朴な作家なのかも知れない。なぜなら、 彼のいう「行為」、そしてその行為の中に身をおくもの の、はこらしい憂愁や孤独について、理解できるよう な「経験」をもった批評家がいるとも思えないからで ある。したがって、彼が「行為」について語り、うた う時、それを理解できるのは、彼と同じような「行為」 島を知っている仲間だが、彼はまた「五る一ことによっ て、そういった中間とも次第にはなれる事になる。 石原慎太郎は、あの「太陽の季節」のラストシーンに 賑おける主人公の「貴方たちには何もわかりやしないん だ」というせりふをつぶやきなから、憂愁といらだち にみち、永遠に孤独なョットをはしらせつづける青年 なのかも知れない
もかもよくなるというが、やつばり税金もとる。兵隊もとリ、ポトリしたたるようによちょち声は言葉を一つずつ選 うそ あんしゅう るよ。おれ、そう考える。どの政府もおなじよ。みんな嘘んで話していたが、その口調にふくまれた暗愁に久瀬は胸 ぞうお ね。誰も約東守らないねー をうたれた。憎悪もなく、殺意もなく、ただくつろいで朦 「そこをよく考えなくちゃいけない」 朧とした予感を語っているだけだったが、何かの決意の気 「おれ、毎日考えてるそ」 配があった。盗み聞きすると人の声にはいつも孤独が感じ 「アメリカでは大統領が気に入らなかったら、君はワシンられるものだが、このひそひそした声には何かしらえぐる おさな トンへいって、やい大統領、てめえはナン・ ( ー・テンだそようなものがあった。声こそ稚いが成熟した男の苦さがに といえるんだよ。けれど >0 が天下とったら、君のいうみじんでいた。休暇は終ったのだ。鳥は沼から飛びたったの たいになるよ。それ、ほんとね、 はんらん 「北で農民が叛乱したら、人民軍がでておさえたという五時に隊は村はずれに集合して帰途についた。あちらの ね。一九五六年よ。たくさん農民が殺されたというね。で椰子の木、こちらの藁葺小屋のかげからアメリカ兵やヴェ も南の農民知らない。人民軍が農民を殺したよ。六千人と トナム将校たちがあらわれ、誰いうともなく一列になって いうね。おれ、こわいよ」 村をでると灌木林へ入っていった。朝そこをくぐってくる 「南の人は誰も信じないね」 ときはペットを一節、二節高々と吹き鳴らしたり、マラカ 「誰も信じない。誰も知らない。だから >0 、強くなるスをふっておどけたりする者があったのだが、いまは誰も ね。この村の人、 >0 にだまされてるよ。おれ、そう考えむつつりと黙っていた。アメリカ兵たちは楽器をだらりと あご るー ぶらさげ、顎をたれ、汗と陽焼けした顔の奥にこもって陰 うつ 「それが問題なんだよ、 鬱に怒っていた。ヴェトナム人の将校たちはロに長い草を 「・ハストス、吸うか」 ぶらぶらさせたり、くわえタ・ハコをしたりしてのろのろと 歩いていた。村には異変がはっきりときざしていた。それは の「ありがとう。僕はタ・ハコ吸わないんだ」 たそがれ 辺 「そうか」 黄昏の潮にのってやってきたもののようであった。昼寝か 岸 会話はそこで終った。二人はそれきり、何もいわなかつらさめてみると、ついさきほどまではそこらじゅうにあふ た。発音の練習をはじめる気配もなかった。久瀬はジッポれて歯を見せて笑ったり、こそこそささやきあったりして たる の音をしのばせてタ・ハコに火をつけた。樽から水がポト いた群衆がすっかり消えてしまったのである。一軒一軒の ろう いん
遊んでいた。一本のタ・ ( コを惜しみ惜しみふかし、爪が焦「射たれたら射ちかえす。射たれるまでは射たないんだと すい、り いってましたよ。チャーリーたちは塹壕に入って徹夜する げるまでくちびるをとがらして吸い、捨てた吸殻が土のう えで煙をたてているのを彼らはじっと眺めてから、勝負にんだそうです」 、、ノモックからた 少年は冷静、沈着な口調で話すと ( もどっていった。負けると彼らはロのなかで何かつぶやい て、闇のなかへひきさがっていった。小屋から小屋へ歩きち、小屋のすみへいって冷蔵箱からコカ・コーラを一本ぬ まわっていると、密湿な夜のなかを、どこからともなく線きだした。 香の匂いが流れてきた。女の泣き声はもうなかった。彼女久瀬は野戦・ ( ッグをひきよせ、コニャックのポケット瓶 たちは暗い穴のなかに獣のようにしやがみこんでいるにちをぬきだして、ひとくちラッパ飲みしてから少年にわたし ほうじゅん こ。よく磨かれた芳醇な液がのどをおちていき、どうして ・、、なかった。、 しや、砕けた若い夫の頭のそばにしやがみナ こみ、線香を焚いて、くりかえしくりかえし、なむあみだか舌にひとつまみの苦みをのこした。つぎのひとくちでは ぶつ、なむあみだぶっと、口ずさんでいるにちがいなかつのこらなかった。舌のうえで液をあちらこちらへころがし た。静かに着実に解体をはじめたらしい死者のねっとりしながら彼は ( ンモックによこたわり、『ガリヴァー旅行記』 ししゅう : ナアモウアアデイダアを読みつぎにかかった。眼は文字を追いながら頭は読ん た屍臭にまじって、きれぎれに : どきよう とな でいなかった。闇のなかの線香と屍臭と若い女の読経の声 ファット . : と唱える声が流れていた。 小屋にもどると、少年は ( ンモックに腰をおろして、タが彼をとらえていた。今日の光景は、はじめて見たもので はなかった。これまでに何度も取材にでかけて目撃したこ ハコをふかしていた。久瀬の顔を見て声をかけた。 とがある。けれど死にはいつまでたっても慣れることがで 「やつばり明日はやるらしいですよ」 かくご きない。い つ見ても久瀬は一瞬で覚悟が砕かれ、足をすく 「何を ? 」 ぎんこく われる。今日もあれを残酷と感じた。そのことに彼がいま り「さっきシーグラムのところへ聞きにいったら、やつばり 祭 明日、楽団を組んでヴェトコン村へいくんだといってましだにこの国の戦争について双方いずれの当事者でもなくて の ぞうお いることを知らされた。弁解も憎悪も起らなかった。残忍 辺た。本気なんですね。やるつもりらしいですよ。それと、 今夜はまだ夜襲を経戒しておかないといけないともいってが残忍のまま殺到してきた。 ^ 民族独立のため》というつ ぶやきも《民主主義防衛のため》というつぶやきも起らな れました」 かった。いずれの言葉も彼には広大で稀薄すぎ、甘い、ね 「そうだろうね」 やみ つめこ みが びん
ク ッ 作であった。ササと稲には何の関係もないのである。たわ しゅうかく わにみのったササの実は誰一人収穫する者もないままに秋 、ようこう おお 去年の秋のことである。この地方ではササがいっせいにの野を厚く蔽った。これが恐慌の種子をばらまいたのであ てんばう 八三六年 ( 天保七年 ) 以る。 花がひらいて実をむすんだ。一 げんしよう この地方の野外に住む、あらゆる種類の野ネズミがササ 来、きっちり一二〇年ぶりに起った現象である。どういう ふうにしてこのみすぼらしい植物が一世紀余の年月を一年の実をめざして集まって来たのだ。彼らはそれまで人間に とたがえず記憶しているのか、それはまったくわかって いおびえながら暮らしていた田や畑や林などからいっせいに いんがりつ とびら しんにゆう ないのだが、とにかく因果律の歯車は正確にまわったので移動した。扉を全開された食料庫に侵入したのである。夜 か ある。どれほど焼いても刈っても根絶することのできない にならないと行動を開始しない、その天色の軍隊はハタネ あき ミ、ヒメネズミなど、平常から野外に住む このガンのようにしぶとい植物も法則には呆れるほど従順ズミ、アカネズ みぞ だった。秋になると、春の予想が完全に裏書きされたのを種族のほかに、ふだん人家や溝にしかいないド・フネズミま ふく 見ることができた。川原、湖岸、山林地区、高原など、約でを含んでいた。これは異常なことである。動物の生活圏 五万町歩にもおよぶ広大な面積のササというササが、それは眼に見えない城や壁や境界標によって種族ごとに区切ら こそ一本の例外もなく枯死してしまったのである。 れ、領土は固く守られるのがふつうの場合である。ある地 、ゆうこう せいみつ 精密な植物図鑑を繰ればわかることだが、ササは救荒植方では、一軒の家の屋根裏に住むネズミと床下や溝に住む 物の一つということになっている。根や葉は食用にならなネズミとで、もう種族のちがってくることがあるくらいな ひょうこう いが、一二〇年ぶりにみのったその実には小麦とおなじほのだ。ところが、俊介は標高一二〇〇メートルの高原でド どの栄養価がある。事実、前の周期年の天保七年は破減的・フネズミを何匹も発見することができた。これは厖大な食 ようさく な凶作だったので、農民たちがササの実でかろうじて飢え料の出現がネズミの分布地図を書き変えてしまったことを をしのいだという記録がのこされているくらいだ。この記意味しているのである。 たんらく 憶はその後短絡されて、ササのみのる年は不作年というよ どうやらネズミは約束の地を発見したらしかった。彼ら しつうはったっこうどう うに誤り伝えられた。そのため、去年俊介がおとずれたとは漁網より密なササの根をかきわけて四通八達の坑道を掘 めす き、農民のなかでも幾人かの老人たちはその年が凶作では りめぐらし、地氏に王国を築いた。産室では牝がひっきり あるまいかと心配していたが、事実は近年まれなほどの豊なしに陣痛の悲鳴をあげ、食料室にはゆたかな穀物がはち じんつう ばら・だい キ′リトリ . ーー
140 俺あまたこの瞬間を俺のものに出来そうだヘロよ 君はただのシャンギーだ 俺の頭の小さな部屋たち俺を助けろ 俺は・ハツ。フになった ! この今を出来るだけひつばれ ! 君はそれを知っていた はず 摩耶君は今聴いているか わかる筈だ君は俺だったんだから かんべき 俺あ今完璧に近いんじゃないか 俺はもう君を待てない 聴いているか摩耶君は何処にいる 君が俺を引き止めることはない 君は今俺の頭の中にいる どいてくれ俺はいくぜ これは君のくれた薬だぜ 何処へって ? 君がそれを訊くのか 君が言っていた時が今来たんじゃないか 俺は帰る帰るんだよ何処かへあの女を殺したのは 俺はこの瞬間を俺のものにしている 君だ俺だでもそりゃあしようがない いや俺は脱けていってこの中にいる ナカ丿ッ子を親父を殺した奴を俺は許せない 俺はこの・フロー自身になった どいてくれ俺はいくんだ ! 俺はもうシャンギ 1 じゃない 俺ま・ハップ・こ どうしてこの手がこんなに重い そでぬ 袖が濡れているーー ? 摩耶君はなんでそんな眼で見る何処にいるんだそどうして胸がいつまでもこう重い とびら うさ俺はもう君の追いっかんところにいるぜ おいその部屋の扉を開けたのは誰だ 君は俺のファンキーを感じるか 妬くな また一つおいて次の部屋の戸を ずいぶん 君は随分いろんなことを教えてくれたな さあ曲が変る 俺の知らない俺自身が君の中から出て来た俺は君が 怖ろしかった 「さっきと変りないじゃないか、見てて。ひどく苦しそう 君を見ていると俺は俺を見ていた だぜ」 だが今は違うぜ タッノが村上に一一一一口う。 おそ
わめて正常だ。あれだけ狂っていてもまだ勝っか負けるかのだ。おれは人を生かす工夫にふける。そのために患者が 4 という意識だけは生きのびている。いまだにジャングルのどんなに苦しんでも、どんなに家族が泣き叫んでも、おれ てつや おきて 掟がこの世を支配しているのだ。それはこの世では大声ではカンフルうったり徹夜したりする。おれのうけた医学の いうべきことでないとされている。邪悪な禁句だとされて知識で三十分か一時間のちには十のうち十まで死ぬと判断 いる。ヒットラーは世界をその単純な原理に還元して成功したときは、積極的には支持の工夫をしないという努力を し、そして失敗した。ゲーリングはニ、ルンベルグ法廷をする。しかし、十のうち九までダメなら、おれは積極的に支 こうしよう じよく 侮辱し、カンラカラカラと哄笑して、勝てば官軍、負けれ持する工夫をするのだ。あとの一に期待してかどうかはわ ぞくぐん ば賊軍、こいつはおためごかしのアメリカ流感傷主義の茶からない。そんな瞬間には、おれは自分の心を分析してい 番だといいつづけ、青酸カリを飲んで自殺した。おそらくるゆとりがない。気がついたらありとあらゆる手をうって 東京裁判の本質もそうなのだろう。連合国はナチスの哲学へとへとになって椅子でよだれたらして眠りこけている。 「とても・ほくにはできません」 を俗流ニーチェ主義と俗流ダーウイニズムだときめつけた うれ * ほらとうげ ・ : 洞ケ峠をきめこんで高いところから憂わしげに″通俗「 : : : うん」 だ〃、″通俗だ″と叫ぶばかりだった。その通俗ぶりを打破「こんな人間を生きかえらせてどうなるのだろうと思って するにはあまりにおたがいにかけひきがありすぎた。ソヴしまいます。そう思ってしまったら身うごきできなくなり エトもそのかけひきに巻きこまれて右往左往した。臨時応ます」 急の技術として右往左往したというのだが、とにかく何百「 : : : うん」 万の血が流れてしまった。何百万の血が流れたあげく″国「正常な人間でもヒイヒイいって息を切らしてるところへ 家を廃絶せよ″というレーニンの大命題がのこされたのだ廃物になったのを追いかえしていいものかどうか、わかり が、おそらくこれは今後一一千年かかってやっと達成されるませんよ」 「 : : : それはそうだ」 ことなのではあるまいか。いや、おれはこんなことをいし 「なぜそんなことをなさるんですか ? 」 たいのではなかった。ちょっと酒を飲んだ。だからちょっ といってみたくなったまでである。聞き流してもらっても「おれの力は病院のなかだけにしかない。そういうふうに ひ、よう 。しかし、一つだけ、いっておきたい。まじめにおれ目をつむることにしている。卑怯なようだが、おれは年と って疲れたよ。それからさきは君たちが考えることだ」 はいうのだ。おれは人を生かすことだけ考えて暮している
176 「十」と声が言った後、三十秒ぐらいたって銃声が次々に の角に現れた。 良 2 っこ 0 「高田恭一「お前の名は高田恭一一だな」 たた 薄い羽目板のあちこちに弾は叩くような音をたてて鳴っ 警官は言った。 た。 マイクの声は薄暗い小屋の中一杯に響いた。 さんだん 隙かした戸の柱の脇に拳銃を押しつけると立っている警散弾が多く、拳銃と中に一発だけライフルが入ってい あた ねら 官を狙い少年は射った。弾は二米ほど離れた辺りに土煙る。 ライフルが突き抜けた天井近い壁板に大きくそげたよう を上げた。 かげは ぎようてん 警官は仰天したようにもの蔭へ這い込む。少年は声を立に穴が開いて見える。散弾は板を貫けはしなかった。 「五六人はいるな」 てて笑った。 かっこう 這っていき、戸口を隙かして開けると、 みんな同じような恰好をしやがる。 「当らねえぞ」 「穏和しく出て来なさい」 しばら たった今の自分のざまを取りつくろうように、警官は馬沈黙があり、暫くして、 やさ 「抵抗しても無駄だそ。囲まれているのだ。いつまでそう 鹿に押し殺した優しそうな声で言った。 「お前が出たくないのなら一緒にいるものだけを出しなさしていても食うものがあるまい」 「火をつけるぞ」 別の声が言った。 声に少年は初江を見た。初江は長い間彼を見つめた後、 「つけるなら、近づいてつけて見ろ」 黙ってゆっくり首を振った。 少年は戻っていき肩を抱いた。腕の中で初江はまた泣き声はまた黙った。 小一時間ほどたった時奥にいた初江がにじり寄って奥の 出す。 「泣くなよ。なんとかするさ必ず。奴らが近づいて来りや壁を指す。 「誰か外にいるわ」 一人ずつやってやる」 「出て来い。そうじゃないと射っぞ。後十数える」 言われた辺りに忍び寄って少年は壁に耳を当てて見た。 声は一つから数え始める。五つを過ぎると数の合い間は外の土を踏む重い気配がある。外の壁に添ってそれは戸 ロの方へゆっくり伝っていく。 段々長くなり、迷ったような声になった。 おとな けんじゅう メートル やっ