とり巻いた男たちの中から、女はゆっくり捜すようにし て窓ぎわにいた悠一一を見つめた。表情のない眼だ。訴える竹田に起されたのは四時だった。開けた扉の向うに声の には余り多くのことが起りすぎた。彼女が悠一一と初めてあ主の竹田と、おびえた顔の西井がいた。 ってからたった今までの間に。 「五番町の本部が手入れを食った。向うの物は全部挙げら ばくち 女はぼんやり、自分が今どんな表情を浮べているのか捜れた。偶然、向うに博打をやりにいっていた奴が様子を見 あわ ねすみ すように彼を見つめている。その眼の中にようやく何かがて泡を食って逃げて来た。鼠も通れないところを、運河へ 浮びかかる。或いはたった今初めて、女は他人を疑うこと逃げてどぶ鼠みたいになって帰って来やがった。ルートを さと けんきょ について覚ったのかも知れない。いずれにしろ、自分の身逆さに関西まで一斉の大検挙らしい」 たす に起ったことがらの故を、彼に向って訊ねるように女は悠「こっちへは来るのか」 二をみつめる。 「かも知れない」 俺はこの男たちに関りない。 と言うひと言だけで女を安「それじゃある物だけを言ってある通り散らばらせろ。関 あた 心させ、救われた気持で自分に向って彼女を泣きっかせて西辺りまで根こそぎに挙げられりや、当分補給が止るだろ 来るのを知りながら、悠二は黙って、ゆっくりと微笑しう」 やす た。ことについて女にわかり易くするためには、ほんの少「こいつあどうやら、大分深い身内に本庁の刑事か眼の利 し、女に許しを乞うような表情さえすれば充分だった。 , 彼く検察官が潜り込んでいるらしい」 女は結局、理解するのだ。そして最後に、すべて遅すぎた竹田は言った。 と一一 = ロうことも。 「だからこっちにある品も、俺がいいと言うまでは誰にも 悠二はゆっくり徴笑った。女はまじまじと見返してい絶対に売るな、どこで誰が見てるかわからねえ。ともかく る。その眼を、正面から微笑しつづけながら黙って受けて急げ」 いるのが彼は好きだった。それが彼にとって、女たちとの 言われて竹田は西井を促し飛び出していった。 さかのば 調印だった。 悠二が思った通り、関西辺りまで遡って品物が挙げら 「おい、着ろよ」 れると、小売りへの補給は完全に止った。外国からの新し つごう 悠二が言った。女は盲が邁いすさるようにして、脱ぎと い船が着くか、他のどこかのルートから都合して廻させる られてあった下着を手で捜した。 より仕方がないが、その目算も当分ない。 ある かかわ もぐ
がしかし、最後には眼の前に引き据えられている青井に その内、薬の期限が切れて来て縛ろうとすると彼は黙っ 向って彼は矢張り怒っていた。自分の手に確かにあったとて腕と足をまかせ、やがては自分のロで次の薬をせがむよ 思うものを、何であろうと横からかすめていた人間への憤うになった。時間かけて岩見は別の人間に変って悠一一たち . り % こっ - 」 0 の掌に繋ぎとめられた。 あの時、あの暗がりでしやがみながら俺を見上げていた その内、岩見が連絡をとって行われた大手入れで、彼ら あの女のあの眼は俺にとって俺と彼女との昭がりの完全なは完全に当局の裏をかき、それ以来岩見の籍は検察官の名 証しではなかったのか。そうでないとするなら、そうさせ簿から消えた。 たのはこの男だ。 「岩見、どうする」 言った悠二へ岩見は黙って笑った。その笑いは決して彼 「どうします」 とが そば 竹田がふり返って訊いた。悠二は竹田の側にいる男を見を咎めてはいない。岩見は自分が選ばされた人生に満足し ている。少くとも、それを脱けて出ていこうとは思ってい 直して首をかしげて見せた。男は岩見と言う。岩見は元、 青井と同じ麻薬の検察官だった。 竹田がそれを見破った時、悠二はすぐに手出しせず彼に薬の新しいルートについても嗅いでいるかも知れない わけ 薬をすすめながら彼を泳がせておいた。岩見がそれに気づ目をつけない訳にはいかない とら きかかった頃、彼らは岩見を捉えて縛りつけ、半月にわた「が岩見と同じにやるには手間がかかりすぎる。昔はすべ って毎日薬を射った。彼らが岩見の繩を解いた時には、代てのんびりしてたからー りに薬が彼を縛っていた。 岩見はまた同じように黙って笑う。 たび 屋注射の度に、自分を逃れようなく捕えて来るものを知り「女を連れて来い」 おさ 懸命に逃れようとするのを圧え込み、薬を射った。その薬「誰を ? 」 れが効いて来ると、それを迎えまいと歯を食いしばっている「菊江をだ」 くちびる むしばとうすい うなが うなす ざ彼の唇に、その抵抗を押し切って蝕む陶酔が拡がって来わかったような表情で竹田が頷き一人を促した。 る。食いしばっていた唇がゆるみ、歯が見え、その歯がさ菊江は来た。転がされている男と彼女の視線が出会うの なが らにゆるんでほどけると、薬に酔った岩見はうめき声を出を悠二は確かめるように眺めていた。 「青井は犬だった。お前はそう知っていて一緒に寝たの し全く別の人間の表情で彼らを仰ぐと横に転がった。 あか なわ
202 えたのか、その後彼女は前よりはじっとして見えた。 二日して竹田が隠しておいた薬が挙げられた。どうやっ てわかったのか見当がっかない。 竹田はその場所にいず、代りに品物を確かめにいってい 持って来た薬を手渡しながら、青井は何故か一瞬だけ咎 つかま めるような眼で彼を見た。薬が入ると、彼女の待ち受けてた男が捉 0 た。 へいおん その翌晩、竹田が犬を捉えたと言って来た。悠二が出か いたものはあっけなくやって来た。それはただの平穏でし すみ しば けていった連河の端の倉庫の隅に、青井が縛り上げられて かない。それだけのものをしか与えぬ薬を、彼らがその前 転がっていた。 になんであれほどにして求めるのか解せぬくらいだ。薬が 「こいつが大だった。他の検察官と連絡しているところを 切れることで与えられる騒ぎに比べれば、薬の与える平穏 仲間が見たんだ、兄貴に言われてこいつがあの時も薬をと などいかにもつまらぬものだ。いずれにしろ、人間は薬と サッ りに来た。察に薬のあった場所がよく知れた筈だよ。菊江 割に合わぬ取り引きをしている。 よみがえ とも出来てねんごろになりやがって。あれから知らぬ間に 乱れていた眼が次第に蘇って来、それが過ぎると彼女 いろいろ情報を集めてたようだ」 の眼に違う光りが戻った。それが多分、普段の眼だ。眼の 前で見守っている悠一一を、瞞きした後菊江は見返した。そ「菊江とか」 の眼の中にある表情が、悠二には思いがけないものに見え「女は悪かねえ。この野郎がだましてもちかけたんだ」 あの日、薬をとりにいって帰って来、久しぶりに菊江の た。彼女は黙ったままじっと見返している。 体に手をかけた彼を見た時の青井の眼を彼は思い出した。 「有りがとう」 と言ったが、その眼は逆に間違いなく彼を憎んでいた。見なくとも前に何があったか感じでよくわかったろう。そ はず それが自然ではある筈だった。、、 : カ悠二はふと彼女が考えして二人とも悠一一をふり返りもせずに出ていった。 「なるほど、そう言うことか」 間違いをしているように思えた。 自分がたった今感じたことを、相手に何とか伝えようと体のどこかが大きくすかされたような感じがする。その 彼は田 5 った。・、 カわずらわしくて止めた。青井が促すように後に頭をもたげて来る感慨を悠二は自分で何も定かに出来 あせ 彼女へ声をかけた。出ていく時、菊江も青井も彼へはふりずにいた。焦りとも怒りとも違うような気がする。当り前 向かなかった。 である筈のことを、あの時そうは感じていなかった自分へ のもどかしさのようなものもある。 とが
198 「見ろ。よく見ろ。こいつらはみんな俺たちのものだ」 どきそうな悠二の眼の前で男を彼から塞ぐようにして突き 意味がわからず竹田は見返す。 当った。 うそ 「そうじゃねえか。え、そうだろう」 嘘のように男の体は跳ね上り逆さに落ちた。跳ね上げら かかわ こいつが正しく切っても切れない関りと言うものだ。悠れ、落ちていく瞬間まで男は彼から眼を離さずにいた、と 一一が彼らを必要とする以上に、彼らは今彼を欲し期待し、 悠二は思った。 彼に向って祈ってさえいた。 脇にいる竹田のうめき声も、車の・フレーキの騒音も、そ 俺がこんなに多くの人間に待たれ、希まれたことがあ 0 のてに耳をかさず、悠一一は落して落ちた男の眼だけを あおむ たか。こいつらは間違いなく俺の繋りだ。みんな俺の掌にみつめていた。仰向けに倒れた男は、悠一一が期待した通 ある。俺のこの掌から離れられず、ここに集って祈ってい 、捜すようにゆっくり眼を開けた。悠二はその視線をた る。 ぐるように自分に向って引き寄せた。 かっ 條二は酔ったように立ちつくしていた。嘗て感じ得なか 男が最後に息を吐いた唇を曲げながら、「薬を」と言う った充足が体の内にあった。それは何故かしみじみした安のを彼だけが聞きとった。 とら込びす 息にも通いそうに思えた。 踏み出そうとする竹田を捉え踵を返した。男が死んだ瞬 その時、ロを開いたまま立って彼を見つめていた一人が 間に、彼との関りはもうなかった。 手を上げはっきりした声で彼の名を呼んだ。さっきまで、 しかし、感じていたものを、彼にとってそうやって証し こまのようにくるくる廻りつづけていた男だ。名を呼んだ出してくれたあの男のために、散らばして置いてある残り 後、男は車道を突っ切り彼に向って走り出した。一杯に見の薬の中の一包みをとり出して手渡してやってもいいくら 開いた眼で、彼を見据えながら。悠二はその眼に向ってま わら だ微笑っていた。 その事故がきっかけで見ぬふりをしていた警察が動き出 あた 男がその車道を横切って彼に到るまでその微笑にすがっした。辺りに似ぬ真白な天幕を張った患者への相談所がガ くちびる て導かれるように。そして、男は悠二の徴笑ったその唇 ートのすぐ下に出来上った。苦しまぎれに走り込む人間も しか見つめてはいなかった。 横にある信号が変り、トラックの横から追い抜いて走り しかし大方のものは、そこへ入ることで結局どうにもな 出した車が真直ぐ計って合わしたように、手をのべればとらないのを知っている。悠二たちもまた。夕方になると、 つなが ふき あか
118 を瞬くと、 「どうかね、みんな ? 」 「、非常にいいよ」 マキーズ・・フルー はくしゅわ 幕が上った。拍手が湧いた。 舞台には。ヒアノとドラムだけがあった。 男たちが楽器を下げて、出て来た。敏夫はそのまま背を 向けて椅子に坐る。それが彼らのスタイルだった。 掌をかかげ、一瞬間をおくとその掌で髪を掻き上げた。 横に張り切った糸が舞台の上に感じられた。 敏夫は持ち上げた指をキイに置いた。 瞬間、横の糸へ縦が編み込まれた。 キイが掌の先で転げる。 さわ ジェリーがそれに乗る。触るようなスティック。 べースが滑り込む。。ヒアノの間にべースが沈む。 。ヒアノは、丸く、浮き上り、 こ・ほれ、こ・ほれ、 はずんですべる。 ジェリーが底でスティックを流しながらそれを支える。 おお、なんて軽い またた ひっかけるように竹田のペットが入る。続いて島のテナ 、カ ビアノが沈み、ドラムのべ 1 スのビートが史に沈んでい き、ペットがくすぐり、小さく身をよじり、すべる。 セントラルバーク。停められた白いリムジーン。車 の中で女がなでていた黒いシャム猫 竹田の大きなヴァイ・フレーションを、島のサクスが拾 短い会話だ。 サクスが言って聞かす。 »-ä 00 — O ・ヒッキーごらんよあれが隣 りのマリイだよ ロイが死んだんだ 何で ? 何でもいい 何で ? ロイは死んだんだよ河へ落ちて ロイはお酒を飲んでいた でもそれは大したことじゃない きっとほかに何かがあったんだ ロイは死んだよだからあの娘は黒い服を着て出ていく
知っているか ぬぐった。島のスラーが消えていき、敏夫は肩がぬけたよ のが 黒いおびえた獣が逃れていくのを うな姿勢でキイから指を抜いてたらした。 何もない街の角に、青と赤のシグナルが点減している 拍手が湧いた。 ずっと遠くで夜の鳥が鳴いている ジェリーと牧野が微笑を返した。 こうか けしてき いやあれは高架線の警笛だ ″なんというリフだ、これを発明したマキーのために俺は くんしよう 国連に勲章をかけ合ってやってもいし″ タッノは田い、つ。 枚野のペースから弾ぎ出される闇の中で、敏夫の。ヒア / り・んこう が燐光のように光る。 マキーと牧野のソロは見事だった。 かっこう 敏夫は同じ恰好で。ヒアノに向ってうつむいている。みん なは待っていた。 いつもここで彼が立って何か言う。 風が吹き出した風が吹いている ささ はず 牧野は・ヘ 1 スを外し、片手で支えながら覗き込むように 雨が降る海を俺は忘れたよ して敏夫を見た。 野原も森も忘れてしまった 敏夫はひどく疲れて見えた。顔にひどい汗をかく、とい おおマキーこの風を吸ってごらん うより汗が流れていた。 トラムペットが入って来る 彼は半分舌を出してあえいでいる。 プ竹田、君の見たサーカスの白い馬の話をしろ 眼を上げ牧野の視線を迎えると、のろのろした手つきで ャ かいばをやっていた軽わざの少年と しま 胸のハンケチを取り出し顔を拭う。 赤と青と白の縞の天幕を 「マキー」 ーー島君も入って来い 島が小さく叫ぶ。 ン ロイは死んだロイは河に溺れて死んでしまった わら ア マリイは酔っている黒い着物を着て酒を飲みに出かけ敏夫は立ち、顔をしかめるようにみんなを見、次に徴笑 フ うとマイクの前まで歩く。その徴笑は無理して見えた。 ていった しぐさひたい マイクに向いながら彼は同じのろのろした仕草で額の汗 竹田がうつむくようにトラムペットを離し、小さく唇をを拭いた。 てんめつ のぞ
予想した通り、翌朝本部への手入れの余波のような手入ぐ横、この陽気に胸まではだけて前を掻きむしりながら、 見知らぬ同士で寄りかかり、会話にならぬことをつぶやき れがあった。しかし品物はとうに移されていた。 薬を必要としている人間たちが、最後の薬を使い切っ合っている女たち。その足元を右から左、また逆に、寝巻 て、その薬の期限が切れ出した頃になると、悠二の部下へきの上に外套を羽織った男が寝たまま転がっていた。 その間を、同じ表情、同じ眼つき、同じ手つきをした人 の問い合わせがしきりに来た。彼らは言われている通りの こうご ートを捜間たちが、交互に当てなくいき交っている。泣きながらひ 返事をしかしない。必要な人間は必然、他のル たた す。それも同じことだった。手入れがあり、三日すると悠とっかみ自分の髪を引き抜いて叩きつけている女。手の指 あふ 一一たちの周りの薬の切れた人間たちの悲鳴とうめき声が溢を刺すように腕と胸に突きたてている男がいる。待ち切れ ずそこまで出かけて来、彼らはただ当てなく待ちつづけて れ出した。 ずうたい いた。それは狂気とも少し違う、図体は人だが人間と言う 部屋の内で忍んでいた連中が、たまり切らず他のってを 捜して街頭にさまよい出す。と言っていくところは大方知より病んだ大か他の獣を想わせる群だった。 れている。彼らは次第に街中の一つ所に集り出す。いつもその時、中の誰かが耐えきれず向い側にいる悠二に気づ き指さして何か叫んだ。その声にそこにいる人間たちの動 売人の立つ、ガードの下から運河の橋にかけての辺りだ。 悠二の部屋からもよく見える。昼前彼が通った時、袖を引作が一瞬にして止んだ。 よみがえ それまでなかった彼らの眼の表情が蘇って自分に向け いて彼に手を合わせおがんだ人間がいたが、その数が昼を られるのを悠一一は感じていた。一瞬の間、それはひどく長 すぎて殖え出したようだ。 い時間に感じられたが、悠二はそのての視線に向 0 て応 竹田が来、 まな ちょっと 屋「兄貴、一寸出て眺めて見なさいよ。ひでえ眺めだ。道にえるように見返していた。彼の眼ざしにあるものは、まが よろこ いなく期待と、欣びですらあった。彼はそれを感じた。彼 寝っころがって苦しまぎれにごろごろしてる奴もいる」 れ悠二は部屋を出、離れたところで車道を横切り道をへだらに、そうやっていずりながら待たれている自分を、悠 ざてて彼らを眺めて見た。知らぬ通行人にはふと見ただけで二は徴笑する自分を感じる。今、そんな自分に酔えそうに はわかるまいが、それでもよく見ればその辺りに群がってすら思えた。 いる人間の風態は異様なものだ。酔っぱらったようにひと横で竹田が不安な声で彼の名を呼んでいた。が悠一一は彼 っところをくるくる廻っているものが何人もいる。そのすらに向って微笑いつづけた。 ばいにん なが あた そで わら
十年前 ーー十年前 「 Remember it 」と言った。 柩の上にしおれた花がある 「そうじゃない、切れたのか。とにかく近頃過ぎるぜ」 かぎ 「引っ込んで射つかい ? 」 男は墓場の鍵を持って知る 彼は問い返すような眼で見、そのまま微笑した。 あの女は十年前に死んでいた ありし日ありし日ありし日ーー・ーと 「出来るか」 きげん 「しかし今も、前のソロも御機嫌だったぜ。でも何故あの 島のフレズイングは素晴しかった。長く、短くフレーズ うしな 出だしを四小節も遅らした ? 」 の配列。外れて喪われかかり、またひるがえって仄めくメ が彼は逆に問い返すような表情を向けただけだった。 ロディ。 海岸の墓地うねり返って来る波たち すじ 光の条のような白い墓標たち 島が代ってマイクに言った。 風が吹いている イントロ。 君は離れていく 島のサクスがテーマを吹く。クールな味の主旋律を しかし君は自分が死んだのを覚るまい 俺の夢にはもう君の影はない 昔は今に返らないんだ おそ 夢みはしない怖れもしない 俺は俺は疲れた 竹田お前のペットはなんて Me110w だミュートが 効いて馬鹿にいいぜさあそのソロを俺に渡してく れ ・— ? 渚じゃ雨が降っていたオ 舞踏のさんざめき逃げていく二人 なぎさ 渚の香新しい足跡 女は手から花を砂に落す 夜の海の墓地に新しい墓標があった ひつぎ 置かれたままの柩がある 女はそれを抱きしめるあの花が落ちている あなた 丁度十年前の舞踏会に貴方と会った ほの
さにわ、とう 彼は後向きに坐ったままハンカチで額を拭いていた。指斎場の祈疇はマイナーの・フルースコードだ れいばい だけが馬鹿に長く見える。拍手が落ちて来ても彼は同じよ 霊媒の声のスラーを俺は覚えている ふめん うに譜面台へ顔を映すようにかがみ込んでいる。サクスの親父の声はあの女の唇から 島が合図を送っていた。島とジェリーがビアノに寄った。 0 のように聞こえて来た うなず 大きく体で頷いて彼は立ち上った。トラムペットの竹田沙和子は「 my foolish heart 」をよく。で歌っ がマイクを曳いて来た。 たあの歌は頂けない 「 when love's gone 」、とだけ彼は言った。 巫女の口から親父は。で饒舌った 村上は舞台のそでで指を噛んで突ったっていた。知らぬ何をえ何何何と言ったんだ父さん 間に痛いくらい指を噛んでい、汗が流れた。 真暗な部屋の中に遠くから鳥の飛んで来る羽音がする るつば 黒い坩堝だ 俺はその中に坐っていた 坩堝に天井から羽根が降る おや沙和子君は何処にいるそして俺は 父さんの掌何処からか来た掌 父さん俺が殺ったんじゃない俺はあんたを射たなか けんばん 鍵盤の上の掌が黒いポールドに映っている った 俺の手は何故こんなに重い 俺が殺りたかったのはおふくろだあの男だ 右手が重い 引き金に触っちゃいかんよそれを引いたら弾が飛び出 指に小さな血が流れている すただ抱いて待っているんだ父さんは谷であの山 鳥を射っ 山鳥は飛んで逃ける 映った掌は暗い陽炎のように動いた敏夫は弾きながら 銃声 それを眺めた 谷底のエコーチェンパレーが鳴っている俺の手が何故 か動いた あの白い掌は遠いところからやって来た あの声は遠いところから聞こえて来た なが かげろう ひたいム しゃべ
マネジャーの村上がいらいらしていた。 「そんなことじゃない。お前にはわからんよ」 「彼は本当に来るのかね」 竹田が言う。 べースの牧野がからかうように言う。 「ーーそれは彼だけの問題さ」 「悦子のア・ハートに電話して見たかい」 「俺は今日ドライヴ出来そうだ」 ひとごと 島が訊いた。 ジェリーが独り言に一一 = ロった。 むだ けっこう 「いや、悦ちゃんに訊ねても無駄だ。それより何故摩耶を「結構。しかしマキーが来ないでどうするー 捜さない」 「構やしねえよ」 「アパ 1 トにはいない。電話に誰も出て来ない」 ーはロ笛を吹きスティックとスティックをかちか 「俺は昨夜一一人が一緒にいるのを見たぜ。昨夜というよりち合わせて見せた。 あせ 今朝の話だ」 「君らは何故焦らん ? 」 あなぐらや 牧野が言った。 「焦ってどうなる。良いかね、少くとも俺には穴倉で演る 「しかし来るだろうさ、未だ十五分ある。マキーは死んでのとこの舞台でやるのとどう違いもしやしないんだ」 ない限り必ずやって来るよ」 「マキーなら来たよ」 とびら 「それを誰が受け合うね。死んでいないと」 廊下の扉を開け煙草を吸っていた牧野が村上に言った。 「よしてくれ ! 」 間違いなく敏夫はやって来た。急いだ歩調ではないの あえ プ爪を噛みながら村上は言った。 に、部屋の椅子に坐ると彼は喘いだ。 ャ 「彼をあんなにしておくのは君らの責任もあるそ。俺はあ「煙草をくれないか牧野ー ただ ジんな奴は初めてだ」 「 0 、但しマリーナじゃないぜ」 そで 一「死んだバ 1 ド以上かねー 「その袖ロはどうしたんだ。絞ったように濡れてるぞ。指 ン「同じだね、ただ彼以上なところは、彼が。ハ ードならもうを怪我している」 とっくに死んでいるということだけだ」 「ああ」 フ 「しかし彼は俺の知っている限りで十五キロは瘠せたよ」 とだけ敏夫は言った。 「ーーーけど、一体何故・ーー、俺にはいつもわからんよ。女「まあいい、手首がないよりはな」と島。 かね、摩耶がーー」 敏夫は何故か驚いたような眼で皆を見廻し、睡たげに眼 つめか やっ なぜまや ねむ