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検索対象: 現代日本の文学50:曾野綾子 倉橋由美子 河野多恵子 集
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1. 現代日本の文学50:曾野綾子 倉橋由美子 河野多恵子 集

文學者 同窓生と八芳園にて ( 昭和二十七年 ) 「文学者」肪 「文学者」 ( 昭和二十九年 ) ( 昭和二十九年 ) ' : 文学者 文學者 同人誌「文学者」 ( 昭和 二十三年 ) 「塀 「文学者」 の中」を発表 ( 昭和三十七年 ) その頃の工場動員の非人間的な死と暴力に接した希 望のなし臣 、、」血禁生活を象徴勺こ苗 ・白 ( 才いたのか「塀の中」で ある。この作品は戦争末期の日本の状况を、文学化し た秀作として、大江健三郎の「飼育」とならぶ。この ような極限状况は、いつの時代でも観念としては想像 可能であるが、この二作は戦争末期の異常性が日常性 になった時代をふまえていて、そのプロセスに不自然 性がなく、強いリアリティに支えられている それにせよ、迷い込んで来た男の幼児を、少女たち がわれがちにまるでペットか人形のように可愛がり 秘密に飼育し、過失から幼児を殺してしまうというの は、なんとおそろしい話であろうかそこに無邪気さ や母性本能に粧われた人間の、いや少女たちの本質的 な残酷さがいみじくも描かれている。監禁された無力 の人々は、さらに無力な自分たちの自由になる監禁者 太平洋戦争が起り、軍需工場へ動員される。卒業する ていしんたい や女子挺身隊への徴用逃れのため、大阪府立女専の経 済科へ入学し、エミリイ・プロンテに親しみはしめた が、戦局急迫し、授業中止で再び工場に動員されるこ とになっこ。 0

2. 現代日本の文学50:曾野綾子 倉橋由美子 河野多恵子 集

182 ちゅうみつ ここでも、あそこでも、人々が御飯を食べたり、金を勘「こんなに、人家の稠密なところなら、別に心配はないん むつ 定したり、夫婦が睦みあったりして生きていることが鬼気です。けれど、東北部の方へ行ったら、数百哩も家のない 迫るように感じられるからである。 所があります。そういう所で故障したらちょっと困りま 人々の住む家と、その灯、その生活の気配はとりもなおす」 さず、人間の憎しみから愛に至る感情の何千という姿態の ちょっと困る、などという言葉ではおさまり切れない恐 とら なまなましい表現であった。 怖に捉えられていると、ヘレフォード氏はつけ加えた。 しかしここでは、見はるかす限り、目に入るものは、透「でも、そういう所でも、一日か二日待っていると、必ず 明な空と牧草地と、家畜の群だけである。家は数粁に一軒車が通りかかるものなんです」 ゅうきゅう のうり であろう。日本の春は、南半球の秋であった。道端の野草ふと悠久という言葉が私の脳裡をかすめた。いっ通りか が金色に枯れて、少女の髪のように風に吹かれている。そ かるとも知れぬ車を待っ間、どんなに星が美しいであろ の向うに連なる牧場では毛をとるための、巻いた角を持つう。空には何千、何万、何億光年の悠久があり、地上に じみ なっか たメリノー種の羊が、大地の滋味を吸い取っている太ったは、一日か二日の小さな悠久がある。私は懐しさを覚え 地虫のように、点々と散らばっていた。 た。 こげちゃいろ けいこく その間に、時々、焦茶色のやや小型のヘレフォ 1 ドと呼黒々と燃えた野火のあと、水の乾れた渓谷のあとを過ぎ ばれる牛の群が割りこんでいるところがあった。すると、 て、車が小さな町並みへ入ると、ヘレフォード氏が言っ その牛の姿が、私の車の運転手のイメージと重なった。彼た。 ぼくとっ はまだ若い朴訥な青年だったが、頭の形といい、太い首が「ここが、ラムジーです。グリーン・ウイロウ牧場はもう 肩の中にめりこんでいるところといい、 牛と瓜二つだっすぐです。その前に、この町はずれで、ビクニック・ラン た。私は時々彼を「ミスター・ヘレフォ 1 ド」と呼びかけチを済ませて行きたいと思いますが : : : 」 りちぎ そうになるに、は 0 とするのだった。 町には人通りもないのに、車は律義に速度を落す。 「こういう所で、車が故障したらどうするんですか、ミスすると、・ハ 1 ・ハラ・フォースターが書いてくれたのとそ つくりな、あいらしい ミニアチュアのような平和な町並 ヘレフォードという言葉だけは危くのみこんでいるうちみが、私の目にゆっくりととびこんで来たのだった。自動 に彼は答えた。 車の修理工場、金物屋、パン屋、ガソリン・スタンド、郵

3. 現代日本の文学50:曾野綾子 倉橋由美子 河野多恵子 集

男にしたり、他者に変身したり、自己の分身を何人も れた地方出身の秀才はど、日本を超えた外国の新しい 教養にひかれるという図式を一一人に適用することは簡つくり、その間のドラマをたのしむようになったのだ ろ、つ。しかしその時、そ、つい、つコミニュケイションの 単だか、それだけのことではないよ、つに田 5 える。彼ゞ 」い、つの はそれぞれ孤独の中で原典を頼りにほんものの文化の可能な場としては家族しか想像できない 本質を的確に純粋に思索して来たため、東京を中心と田舎町において、自分の家族以外には知的な会話やっ きあいをする場は考えられなかった。周囲は了解不能 する戦後の付焼的な中途半端の日本の文化的伏况に な隔絶された異質の世界であった。おそらく作中に 東京を中心とする 対する自然な批判者になっていた。 という記号で出てくる俗物は、作者が育った外界であ 日本の戦後文化の中に溺れす、それを異邦人の目で、 る世間であり、その原型は彼女にとって堅固な壁であ 異和感をもって眺めることかできたと一一口えよ、つ。文イ った田舎町の住人たちであろう。やがてそれは東京に のごった煮のような中央的都会より、素朴なそして新 文化への抵抗の強い保守的な地方の方が、より本質的出てからは、無数の都会的俗物を意味するようになる のだが。だから作者は、自己の内部の複数の自己を外 な文化を受容し育くむ土壤にめぐまれている。 部の人間として投影するとき、兄弟や親や従兄 ( 遠い 倉橋由美子の作品にはとの双生児の姉弟をはし 都会に住み、文通によって連絡する初恋の対象 ) など め、父、母、兄弟、叔父、従兄など血縁による人間関 係の構図がしばしば登場する。近親相姦や親殺しなど家族の場としか設定できなかった。それ以外のドラマ の場は観念的にもリアリティを持ち得なかったと考え 異常な事件が展開されるこの家族関係はもちろん観念 られる ( 倉橋由美子は実際の家族については殆んど書 による設定で空想の産物である。ばくは作者の観念の いていないが随筆に「母は五児を育てた経験者」とあ イメージが家族や肉親の関係として表現されることに 歯科を継いだ弟や妹のことも言及されているから 関、いを抱く。倉橋由美子の小説は自己の内部のそれぞ れの観念を、それぞれの人物に分けて仮託させる方法彼女は五人姉弟の長女のように推定できる ) 。倉橋由美 をと ? ている。おそらく読書によって得た田 5 想や観念子の小説的想像力がかたつむりの殼のように、家族や を、自己の内部で自問自答し深め具体化して行く孤独肉親の中を循環しながら自己の内部や母の胎内へと内 にむかって屈折して行く傾向があるのは、田舎町の孤 な作業の、っち、自己をあなたという一人称にしたり、

4. 現代日本の文学50:曾野綾子 倉橋由美子 河野多恵子 集

その言葉は嘘ではないように敬子は思った。光子は清彦「ちょっとお待ち下さい。今、お茶をおひとつお入れして がひとりで訪ねて来ることなど信じていなかったに違いなまいります」 敬子がとめようとする間もなく、光子は立ち上った。そ かった。 ちょうどたんな 「丁度、旦那さまがおでかけになったばかりでした。旦那の瞬間、彼女はさりげなく、鼻たれ子供が鼻をふくような さまがいらして下さったら、お話相手にもなれたのに、私動作で手の甲で両方の眼をこすった。お茶は口実で、彼女 は教養もありませんし、ほんとはとても困ってしま 0 たのは思い出の甘さの中に乏んだ涙を、敬子に見られたくない ためにだけ、席を立ったとしか思えなかった。 ですけれど、上って頂きました」 ただ 海はさえざえとした青い秋の海であった。幸子の悲痛な 「吉岡さんは話などしなくてもよかったんですわ。只黙っ 歌にあったように、この海がタ陽を受けて紅に燃えること ておいてあげれば」 うなす があるなどとは想像出来なかった。その別離の歌と、雪あ 光子は深く頷いた。 「本当にお話することがないのでしようかと思っていましかりの加賀屋の家で、今度このような雪の日を迎えるとす れば、その時には是非とも清彦に死んでいてほしいと思っ たら、吉岡さんが、横浜へ映画に誘って下さいました」 た自分の気持が、くしくも同じだったことを敬子は思っ 「そうでしたの ! 」 「私、ああいう外国映画を見たのは久しぶりなんです。ジた。その望みは今達成されたのかもしれなかった。 ナ・ロロプリジーダがとてもすてきでした。旦那さまと行清彦はこの上もなく利己的で、この上もなく高慢な人間 くと、いつも日本映画ばかりですから。映画を見てから港に違いなかった。幸子や弥生や光子や、そして自分や、そ の見えるレストランでお食事をして、横浜駅まで送って頂の他のさまざまな女たちの心を受け入れることすら出来な ひきよう いてお別れしました。ほんとに楽しくて、お礼を申しあげかったほどの卑怯な人間だった。それを今、敬子ははっき たびたび たいのですけど、何だか、私が度々お手紙をさし上げるのり言い切ることが出来るような気がした。そう言い切るの ひきよう は御迷惑じゃないかという気がして。それつきりになっては、自分の心を救うためだった。清彦が、卑怯な人間であ います。どうそあなたさまからよろしくお礼を申しあげてろうとなかろうと、本当はもはやどちらでもよかった。問 下さいまし」 題はそれそれの女たちが心に抱いている架空の清彦だけで 敬子が、吉岡の話をしかけようとした時に、光子は立ちあった。ひとりの人間を限りなく誤解し、限りなく夢み はす て、そして生きて行く筈だった日々のもろさが敬子の胸に 上った 0

5. 現代日本の文学50:曾野綾子 倉橋由美子 河野多恵子 集

のる屋根が低い民家の中にポツンと残っているのが目につ 一足い きました。洗屋の入口に週刊誌が並んでいます。芋 ートが続きます。川口ゴム はれ畑の間にトタン屋根のアパ 田 の前を過ぎて成電車の線路を横切ると、中川放水路 に出ました。この辺では家々の屋根が川の水面と同し 及ど 近な 川の水 高さにあります。「この辺の土地一帯は低く、 付 の景位と地面の差がほとんどない。人家でもなく、道路でも こ風 ないところはきまって沼である。沼と言っても、汚水 寺 橋巌がどんよりと溜っているだけで、付近の家の羽目板は 鉄青 苔で緑色になっている。」地面は二尺もほれば水がじ の せいがんじ 一鉄や くしく湧き出す。青巌寺の墓も、定めし骨壺は水びた 電 ~ 成ト米しであろうが、そんなことまで思う人間はいなかった〕 京メ 0 「青巌寺風景」の一節を想いながら、私は窓の外をの と抜 ぞいていました。雑貨屋の店先に、今はもう地方でも 左 めったに見ることができなくなった地下足袋が並んで 橋る います。 切て 江戸川区一色町を最後に、私はメモ帳を閉じました。 る呈この辺から曾野さんの持っている最新の道路地図がア かを か光テにできなくなってきたからです。地図の上ではある に風べき道が、実際には行き止まりになっていて、高速道 荒有路の高い橋桁が川のふちまで張り出しています。車は 特 道路標識に従って迂回を始めました。複雑な地形のが 京町 東下タガタ道を方向感覚がおかしくなるほど回って、着い せんたく 、つしき

6. 現代日本の文学50:曾野綾子 倉橋由美子 河野多恵子 集

すると、だれも人間にあのようなことができるとは信じんの理由もなかったことを強調したのでした。・ほくの行為 ざんぎやく 四ないだろうとかれはいいました。「それに弁護をすることを残虐だといって非難するのはあたらない、とぼくはいっ がわたしの商売だ。もしあなたがあれをやったとしても、 てやりました。・ほくはただ陽気に殺しただけです。それを わたしはあなたを無罪にしてあげます」 許すべからざる行為だといわせるあなたがたの神はなに 「余計なお世話だ」と・ほくはいいました。「・ほくは死刑にか ? それにたいしてある医師は、自分は神を認めないが なりたいとおもっているんだ」 人間としてきみを告発せざるをえないと主張しました。こ 「やけをおこしてはいけませんな」と弁護士がいいましの医師のいう「人間」とは、かれがかけていたよく光る眼 た。「あんたが死刑を免れる方法は、心神喪失の状態におのようなものにちがいないとおもいます。また、ある医 ちいることだ。つまり気ちがいになってもらう、いや、気師は・ほくの子ども時代のことをじつに詳しくききだそうと ~ 、さり ちがいの真似をしてもらうわけですよ。なにをきかれてもしましたが、・ ほくの行為を理由づけるための鎖を過去のほ わいせつ にたにた笑っていて、ときどき猥褻なことを口走るといい」うからひきずりだしてくるつもりだったのでしよう。・ほく しわ そういってかれは・ほくのまえに皺だらけの掌をだしましがなんの理由もなしに殺したことを根気づよく説明してい げつこう しんちゅう あざや た。不自然なほど鮮かな桃色をしていました。・ほくは怒りますと、ついにこの医師は激昻のあまり真鍮のような歯を に顔を充血させ、その掌に唾を吐いてやりました。すると咬みあわせ、理由がないということで・ほくをはげしく非難 するのでした。いっ 老人は、「そうだ、そんなふうにするんですな」といい、 いどんな理由が欲しいのか ? もっ きっとうまくいくだろうとうけあうのでした。帰ってくれともらしい理由にまみれた殺人ほど割引かれた殺人にな と・ほくはどなりました。 り、そのぶんだけ許されるという考えはがまんできない、 とぼくはいいました。すると医師は、・ほくのことを気ちが やがて裁判は・ほくを必要としないで進行していくように ペんぎてき なりました。これは・ほくが数日にわたって精神鑑定をうけ ぼくはその定義が便宜的であるばかりか、 ひざ ぎまんてき てからのことで、そのとき・ほくは数人の医師と膝をつきあなはだ欺瞞的であることを指摘してやりました。ひょっと わせてーーーもっともこの距離は・ほくの話が長くなるにつれすると、・ほくはそのことをわからせるために「人間」を喰 て長くなり、医者は用心ぶかくガラスの眠でぼくをみるよい殺すことを専門にしている「神」からこの世界に派遣さ うになりましたが ・ほくのしたことを詳細に語り、若干れてきたものかもしれません。だが医師たちはもう返事も の感想をつけくわえ、ぼくには善も悪もないし殺人にはなせずに厚い眼鏡をかけてぼくの脳波を解析したり電気ショ つば か

7. 現代日本の文学50:曾野綾子 倉橋由美子 河野多恵子 集

てるのか ? ・ほくはやったんだ。今度はきみたちがぼくを 四殺す番じゃないか ? なぜこんな真似をするんだ ? ・ほく は気ちがいじゃないそ。だれだ、だれがこんな筋書きをこ しらえたんだ ? 」 しかしだれも・ほくの相手にはなりませんでした。・ほくは からだ中に悪い観念のような毛が生えた獣になっており、 ・ほくのことばも人間のものではなくなったのかもしれない とおもいました。外につれだされると、白塗りの冷蔵庫の ような自動車が待っていて、・ほくはそのなかにおしこめら れ、大きな精神病院まで運ばれました。門のところで自動 車をみていた人かげはだったような気がしますが、たし かではありません。病院の白い建物にとじこめられたと き、・ほくは・ほくのうしろでこの世界のほころびが縫いあわ され、「人間」の観念は傷ひとつない卵のなめらかさをと りもどしたことを知ったのです。もう・ほくはこの世のなか にはいなくなるのですから。そして・ほくのしたことのすべ ては・ほくの頭のなかにおしこめられ、・ほくは完全な狂人に なってしまったのでした。

8. 現代日本の文学50:曾野綾子 倉橋由美子 河野多恵子 集

たまゆら 105 しき 「私は独り者ですし、とても秘書を使うような身分ではあ「あんたは見かけによらず、商売がうまそうじゃないか」 松山は言った。悪気のない調子だった。 りません」 「金に困っていますので、是非とも買って頂きたいからで 「お友達かー っふや 松山は呟くように言った。 「いいですなあ、今の若い人たちには友達という関係があ「そうですかね」 ってね。昔はあなた、女と男との間に、交際というものは今度は松山は疑わしそうに呟いた。自動車は丁度御用邸 めかけ の前の、広い道にさしかかっていた。 なかった。女房とか妾とか、女郎とか、女中とか、とにか 敬子は何気なく、清彦の顔を見た。敏感に感じとって、 くどれも対等なもんじゃありませんでしたからねー 請彦は幾分蒼ざめたように見える面持で、じっと敬子を見 「はあ」 「しかし、今は確かに男女の間にも友情というものがあ返した。それはほんの一瞬の動作だったが、敬子は清彦の まな 無言の訴えに似たものを、その時の彼の眼ざしに読みとっ る」 その言葉には、皮肉やあてこすりの調子はいささかも含た。 二人きりになる時も、二人で誰かに会う時も、敬子にだ まれていなかった。むしろそれは自分に言いきかせている ような言葉だった。それにも拘らず、彼は傍らの女のことけは例外なくいつも弱味を見せたがる清彦であった。普通 しつも の夫婦にせよ、恋人にせよ、人間の自然な気持は、、 は無視していた。 少しでも自分をよく見せようとするところにあるのではな 「土地のお話になりますが」 清彦はこれ以上、この話題が発展するのが迷惑がってい いだろうか。 るように一 = ロった。 それというのも、いし 、ところ、美しいところを愛してく れる人間ならば、世の中には掃いて捨てるほどもいるだろ 「大体のことは、おきき下さったでしようか , 「ああ、ききました。二百坪ちょっと欠けるのでしたな」う。しかし卑小さと弱さを見せ尽しても、なお自分を見捨 「御覧頂けばわかりますが、百九十八坪と登記面では出ててずにいてくれる、ということを確かめたがるところに、 ひとなっ います。もうこれだけの場所はあまり残っていません。一孤独な清彦の人懐っこさが、却ってひしひしと敬子の心に もりと 色から森戸あたり一体はべたべたに家が建ち並んでしまっ も通って来るのである。自分をダメな人間にみせること が、敬子に対する彼の甘えであり、好意のあらわれだと見 ていますし、第一眺望の点でも問題になりません」 ごらんいただ ちょうぼう かかわ かたわ あお かえ つく

9. 現代日本の文学50:曾野綾子 倉橋由美子 河野多恵子 集

です。やさしそうな、女好きのする童顔だが、これはゴム には人間たちの陰部からにじみでる職のような沈黙があり 製の仮面なのだ」 ました。 ・ほくは困惑しました。この教師にたいしてはおだやかな それ以後、裁判は非公開となりました。・ほくは心から失 同情さえいだいたほどですが、舌を噛み切れというような望しました。審理は少数の人間が声をひそめて語りあう陰 きとう 無理な注文には応じかねます。裁判長もそのことを認め、気な集会、たとえば夜の祈疇のつどいに似たものでした。 ふおんとう しゅうせんぎようしゃ 不穏当な発言は許されないと注意しました。 検察官と弁護人は不動産周旋業者の立ちあいで物件の値 それから、色の変った衣服の切れはしやナイフ、警察官段を交渉するようなぐあいに、・ほくの犯罪について商議を けんじゅう 用の拳銃などが古道具屋の店頭さながらにならべられまし重ねており、・ほくは・ほんやりとことのなりゆぎを眺めてい たが、どうやら証拠調べに移ったのでしよう。検事によれました。あとでわかったのですが、このころかれらはぼく ば、これらの物件は証人以上に雄弁に・ほくの犯罪事実を語の精神鑑定をおこなう件に関して相談をすすめていたので はんばく っているそうでした。いや、と弁護人は反駁しました。そした。 れらのがらくたは被告人の無罪について語らないのとまっ また、ちょっとした事件がおこりました。国選弁護人が たく同様に有罪についても語りはしない。弁護人はこの文・ほくの弁護を拒否したのです。被告のような人間の皮をか きちく 句が気にいったとみえてもう一度くりかえしました。そしぶった鬼畜には死刑以外はありえない、自分個人の感想と さんけい て・ほくのほうをむき、娘たちが「過失によって海におちたしては考えられるかぎりの惨刑に処せられてしかるべきで 状況」について誘導的な質問をこころみるのでした。・ほくある。かれはそんな談話を新聞に発表し、まもなく弁護士 ののどを撫であげるような甘い声でした。・ほくは気分をわ協会から除名されました。かわって、みす・ほらしい老人が るくして立ちあがり、過失ということはありえないと断言・ほくの弁護をひきうけることになりました。みずから買っ ンしました。豚を屠るようなぐあいに腹を裂き、首から血をて出たのだそうです。かれが面会を強要したとき、・ほくは ろうきゅう シ逃がしてやったのです。それが事実でした。そう、 この老朽弁護士の臭い息に悩まされましたが、極度に顔を くせ ッ らもおもわず笑いました。「そのまえにどんなことがあっすりよせてひそひそと話すのが癖でした。 くわ たか、詳しく説明してくれないかね」と裁判長がたずねま「どうしてぼくを弁護する気になったんですか ? 」とぼく きげん した。・ほくはすっかり機嫌をなおし、マゾヒストの儀式やはたずねました。「ぼくが無実だとでも信じているんです 受難劇について大いに語りはじめましたが、そのとき法廷か ? 」 な

10. 現代日本の文学50:曾野綾子 倉橋由美子 河野多恵子 集

けどしながら眺めていました。「ぼくのほうをみるな」と になりながら悲鳴をあげました。・ほくは貧血をおこし、 ぼくは叫びましたが、女中は気味のわるい眼をぼくからは「おまえ、やってみろ」と女の情夫にいいました。「い、 かせ なさないので、ついに・ほくは、・ほくからもっと稼ぎたいとすか」と男は念をおすと、女のなかにつきささってしまい んどう はきけ いう女中の申出に負けてサディストの武装を解除されてしました。肉が蠕動を開始したとき、嘔気をもよおしました。 たんれん むさぼく まったのです。女中は十五歳とはおもえないよく鍛練されカマキリの性交とおなじです。女は満腹し、男は貪り喰わ たロで・ほくを吸いこみ、自分が血をみるまで・ほくをうけいれて頭も性器も失ってしまうというふうです。遠慮せずに じゅうかん れていました。まるで山羊を相手の獣姦だ、とおもいましゆっくりやれとぼくは注意しましたが、かれらはことのほ * つつもたせ 」 0 か急いでいました。もっと慣れさえすれば、美人局よりも こんなふうに女たちとたやすく性的関係をむすぶように この商売のほうがよいとはおもわないか、と・ほくはいい、 なったにもかかわらず、・ほく自身が人間をすこしも愛して金をやりました。そしてこのことがあってから、・ほく自身 いないことには自分でも驚いたほどでした。といっても、 は二度と女にあいされたいとはおもわなくなったのでし 人間にたいして憎悪をいだいていたわけではありません。 人間とはとるにたりないものであるというのが・ほくの考え勘定してみますと、から横領した金はまだ三分の二以 でした。 上残っていることがわかりました。そこで・ほくはホテルの それから数日後のある夜、・ほくはこの温泉町の・ハーでひポーイの世話で、キャビンっきのみごとなョットをひと夏 とりの商売女にしつかりと捕獲され、ホテルの一室で彼女中借りることにしましたが、このことが知れると、契茶店 の商売に協力させられることになりました。しかし女が黄の女の子や、夏をすごしにきていた女子学生、ヌード・ス ばんだ胸をみせはじめたとき、ひとりの男がとびこんできタディオのモデルといった各種の女が・ほくのまわりに群が きようかっ ンて・ほくを恐喝しにかかったのでした。その男が女を自分のり、それもたんにヨットを愛しただけでなく・ほくに心から シ最愛の妻だといったことで笑いだしながら、・ほくが拳銃をの愛情をいだき、クライストをとりまく一ダースの使徒た うそ にゆうらく ッ みせると男は嘘のようにおとなしくなりました。「あんた、ちのようにふるまうのでした。彼女たちは乳酪製品と化粧 あたしの商売の邪魔しないでよ」と女も観念してその男に品の濃密な匂いで・ほくを包み、ばくのからだを共有し、裸 きそ しいました。そして女は裸になり、・ほくは女をよじったり になってできるだけ猥褻な姿勢で・ほくにみられることを竸 かたまり 折り曲げたりしてみました。するとそれは奇怪な肉の塊うのです。ョットで海に出ると、女たちはウイスキ 1 とコ 281 こ 0 にお わいせつ