せてげらげら笑いだすのでした。 だんと瘠せたようにみえました。 それから・ほくは»-a と海にでて泳ぎました。 i--äのからだを 「・ほくのいるところがよくわかりましたね」 といいますと、は片眼をとじて意味ありげな笑いをみて驚きましたがそれはトーテム・ポールのように瘠せて いたからというだけではなく、発育のわるい少女のようで うかべましたが、ふいに・ほくは彼女が・ほくをいつも尾行し すいたい ていたのではないかというばかばかしい恐怖にとらえられもあり同時に衰退した老婆のようでもあったからです。・ほ ようじよ くたちはおびただしい流木のような人間たちをかきわけな てしまいました。あの妖女の手が・ほくのうしろにあって、 あやっ よ〃し - し みえない糸で・ほくを傀儡として操っていたのではないでしがら生ぬるい泥色の海で泳ぎ、それから熱い砂のうえで生 けんこうこっ ・ほくの肩胛骨のあたりに緑色の眼をびったりと殖行為にいたらないかぎりのあらゆる性的遊戯にふけって いる裸体の群れを踏みつけて、別荘に帰りました。 くつつけて・ほくをみはっていたのかもしれません。それと ぼくさっ もぼくはに派遣されて人間たちを撲殺して歩くひとつの数日の滞在ののち、は次の旅行地へと出発しました。 観念にすぎないのでしようか ? そんなばかな話はないとそのついでに・ほくのことを地元の警察に密告していったに おもうのですが、はすべてを知っており、しかも「あなちがいありません。 ある午後、・ほくはされました。松林のなかのパンガ たのことはみんな書いてあるわ」といわれたとき、・ほくは ンガローをりつけ 彼女が・ほくの創造主であるかのような気がしたほどでしローでひるねしていたときでした。・ ( がんじようあみあけぐっ こ 0 る音で目をさましてはいだしてみると、頑丈な編上靴をは あしくい いた脚が杭のように立ちならび、そのうえには卵色の制服 「いったい、・ほくのやったことをどうおもってるんです ? 」 しんちゅう 黒革のホルスタ 1 があっ・て、肩章と真鍮ボタン、ベルト、 しました。「あな 「あなたには責任はないのよ」とはい、 このえへい けんじゅうこんう たのことはあたしがひきうけるわ」 と拳銃、棍棒などがかれらを高貴な近衛兵のようにみせて ン「これから・ほくはどうなるんですか ? 」 いました。警官のひとりが敬礼して逮捕状をしめし、それ は肩をすくめ、星のような眼をしました。自分自身のから・ほくは厳重に護衛されて警察署まで行進していきまし シ 《なかを財めていたのでしよう。 た。署の廊下にも中庭にも新聞記者やカメラマンがおしひ せんこう 「密告をするつもりですね ? 」と・ほくが突然いうと、そのしめいており、間断ない閃光を浴びせかけるので、・ほくは融 けてしまうのではないかとおもったほどです。かれらはま ことばでわれにかえったは、そのあまり上品ではない っ ~ くちびる 唇をめくりあげ、きわめて丈夫で現実的な感じの歯をみるで遠い国から到着した珍しい動物でもみるように興奮し
「なんだい、 うれしそうに」 らうことにしよう」 「いいわ。いくらでもごらんになって。あたしはおじさま「はじめておじさまとしたときね、おじさまはあたしのか にみられたにんげんで、からだのなかにはおじさまの眼がらだを雲のうえにほうりあげて、食肉鳥みたいにそれを襲 ったじゃない。そのあいだ、あたしの心は地上でみじめに 棲みついてしまったようよ。街を歩いていて、ふいにはっ はいまわっていたのよ。そして、からだのほうは、雲の層 と血の気がひいて息が絶えることがあるのも、そんなと き、おじさまがみつめているからなんです。お城をめぐるをつきぬけて、どこまでもどこまでもうえにむかって墜ち ひっそりしたみちを母といっしょに歩いていると、あたりていったわ」 きりこかげ には、桐の樹陰で休んでいる金魚売りやアイスクリーム売「いまはどうなんだ ? 」 はげたか りしかいないのに、だれかがあたしをみつめている。母に「いまはね、もう慣れちゃった。おじさまの影が禿鷹に化 はそれがわからないの。あたしの背中の、かいがら・ほねのけるのにも、その禿鷹に引き裂かれることにも。あたしを いけにえ あいだにおじさまの眼がびったり吸いついているのがわか生贄として捧げることがあたしの生活になったというわ らない。おじさまの眼って、どうしてそんなに暗くて吸いけ。あたしって、おいしい ? 」 こむ力があるのかしら。くらやみそのものなのね。みられ「きみの肉は甘くておいしい」 ているうちに、なにかを吸いとられて、あたしのからだの「甘い汁は愛している気持よ。でもねえ、こうして毎日逢 なかもくらやみになっていくみたいだわ。おじさま、女がっていて、あたしに赤ちゃんができやしないかと、心配に 男のものになるとこうなの ? 教えて」 ならない ? 」 「ぎみはけっして・ほくのものにはなっていないよ」 「それを考えると生き埋めにでもされたい気持だね」 「そんないいかた、いじわるだな」 「生き埋めになってよく考えてみて。あたしがおじさまの う「自分でもちゃんとわかっているはずだ」 赤ちゃんを生んだとしたら : : : 」 かたまり の「わからない。どうしたら完全におじさまのものになる「その子は眼も鼻も口もみえないまっ黒な塊だろう」 ちゅうづ 女の ? こうやって眼をとじて : ・ : こ 「ふふ、くらやみに宙吊りになったまま、この世にはでて まつけ 「こわがってるんじゃないか。睫がふるえている」 こられない逆児」 「睫をくわえたりなさるんだもの。そこ、とってもくすぐ「おそろしいことを知ってるんだね」 ったいわ。ねえ、おじさま」 「だって男と女が愛しあって生まれるものは死じゃない しる さか・こ
「だいたい、おじさまの定義のあてはまる女がいちばん女げみたいなもんだろう」 ねずみ らしい女だとしたら、あたしは女であることにがまんでき「猫はおひげがあるからくらやみでも鼠がとれるのよ」 しゅうあく ないわ。世にも醜悪なものをもっているくせに、そんなも「鼠をとることもたわいない遊びでけっこう。ところが男 のは知りませんという顔をして、どこかうつくしいところというものは、本気になってどぶ鼠を追いかけて一生を終 をみつけだそう、一・、 1 セントでもうつくしくなろう、正ったりするばかな動物だ。男は精神だけでできているから しい善いにんげんがうつくしいなら正しくなろう善くなろどんなにでも醜くなれる。女にはそんなものはないんだ ごうかん うと、自分を欺しながら生きている女なんて、みんな強姦よ。あるとしてもそれはからだとひとつだ。ほねのなか、で されてくたばっちまえだ。おじさまは世の女教師や燃えていて、肉をなかから照らしてうつくしい。肉ともか にでてくる母親族、それに女評論家に女代議士といったげろうとも、光茫ともっかぬもの」 ぼくさっ 「それをおじさまにさしあげます」 連中をごらんになって撲殺してやりたいとはおもわない 「じゃ、ありがたくいただいておこう。でもどうやってみ てのひら 「まあ、がまんしてやる以外にないじゃないか。そういうてもそれはぼくのものにはならないんだがね。掌にすくい 連中にはどうせ大それたことはなにもできやしないさ。女とって食べることもできない」 「そうかなあ。なあぜ ? 」 には世のなかをぶちこわす力なんかないからね」 「きみのなかで燃えている ^ 時》を・ほくはどうすることも 「子どもを生んで育てて家庭を築く。家庭の幸福。日々の できないのさ。そばでそれをみつめながら、不安のあま 平安。ああつまらない。あくびがでちゃう」 「困った子だな。かわいい女の子がそんな理屈をいうもんり、お祈りをつづけるよりしかたがない。火が消えてきみ とが の《時〉がほろびないように、お祈りするだけだよ」 じゃない。口が尖って眼つきがけわしくなるばかりだ」 「おじさまは神さまを信じてらっしやるのかしら ? 」 「おじさまはあたしの精神というものをみとめないのね。 たかをくくってるんだわ。このちっちゃいからだにだつ「信じちゃいない。だから信じようとしてお祈りするんだ よ。もちろん、お祈りの効きめなんてありやしないが」 て、一メ 1 トルくらいの魂やらエスプリやらインテリジェ ンスやらが宿ってるんですからね」 「あたしを神さまだとおもえばいいのに。あたしならうん あいきよう りやく ・ : あ、もう陽がお城の肩のところ 「そんなものはほんのお愛嬌さ。きみがインテレクチュアとご利益があるわよ。 ルなのも、きみの魅力のひとつで、まあ仔猫の無邪気なひにかかっている。あしたもまたあれをみたいわ。それまで だま こわこ こら′ぼう
218 わたしの結婚を知っていたとしても、これはけっしてかれ いくと、近所の女たちがつぎつぎとっきあたってくる。 眼で挨拶するだけにしてすりぬけようとはか 0 てもほとんらにと 0 て * * ノオ嬢サンノ嫁入リではない。そこでかれ ど不可能だ。女たちはわたしの前進をはばむことに成功すらは依然としてわたしをまだかたづかない女とみなし、イ ッ式ヲオアゲニナリマシタ ? ときくのだった。母にはこ ると、すこし距離をとって背中の幼児を左右にゆすったり いなか しながら南太平洋の島々の土着人のような眼つきでわたしの田舎町の心理学がのみこめないらしく、町ノミナサン ( を財め、マアイツオカ = リ = ナリマシタ ? やドチラ〈オモウアナタノ結婚ノ 0 トヲゴゾンジノョウダカライイ加減 ニ披露ヲシテチョウダイ、ソウデナイト肩身ガセマクテ、 デカケデ ? にはじまりイツ式ヲオアゲニナリマシタ ? に終る一連の質問の糸を叱きだしわたしを身動きできなくと嘆いている。 となれなれしい声が肩にかかり、ふ いきなり、ヨウ ! する。ィッ式ヲ ? とたずねるのはわたしがこの年でまだ 独身で ( 町のひとびとはそう信じている ) あることに対すりむくとおない年のいとこが立っていた。すでに結婚して るいやがらせの形式でもあり、ときにはオクサン、オメデ額が禿げあがっており、ライト・ ( ンに乗って注文取りに走 わかだんな タダソウデ、とにせの笑顔をすりよせてくるほどのふてぶりまわる商家の若旦那だが、十年まえには夏の夜、公園の てしいばあさんもあらわれるがとばすわけにもいかな石段に坐って星雲を眺めながら宇宙の起源と神および時間 。わたしはわたしでほんとうは数年まえに結婚していると存在などについて熱心に語りあった仲である。 「どうだい、小説のほうはもうかるかい ? 」 のにこの町ではわたしの家族以外はだれも知らない秘密に してあるのだからこんな挨拶をうけるとかたはら痛く、し「もうかるもんですか」 かしやはりめらめらと燃える怒りの炎を内側にむけなが「そうだろうなあ、あんたの書いてるようなジュン・フンガ ら、なにくわぬ顔でききながすほかはない。わたしが断固クじゃ、まともな市民はだれも読まないだろうからねえ」 として秘密を保持しているのは毎日おしかけてくる患者た「あたしも、あたしの読者はついにひとりもいないのでは ひろう ちとおなじ種類のひとびとを招いて披露の宴だの酒食のふないかしらとおもってるくらいだわ。でもいまだに文学と いうミジンコばかり食べている金魚やある種の変質者が るまいだのをおこなうことにたえられないからであり、か いて、あたしの小説を読んでは腹をたてているようよ」 れらはかれらで、そのぶ厚い手足に似た厚意と好奇心とで たんのう 「この町にもそういう連中がけ 0 こういて、すげえみと わたしの結婚を堪能するまで撫でまわすことをもって公認 てきがいしん の嫁入りと考えているのだから、かりにかれらがうすうす敵愾心とであんたの小説を読んでるらしいね。このあいだ
284 り、それを掘りだすためにかれらはあらゆる方角から・ほく ていました。 取調べにあたって、係官はまず、自分にとって不利だとのなかに穴を掘ろうとこころみるのでした。無益なことだ ちんじゅっ おもう陳述を拒否することができるむねを・ほくに告げましというほかありません。 こうちしょ しようれい た。しかしわれわれは沈黙を奨励しているわけではないと拘置所に移されたとき、・ほくはまず身体検査をうけまし じようきげん もいいました。・ほくは上機嫌でしたし、捜査には協力してた。医務室の中央の、玉座のようにカーテンでかこまれた ところに白衣を着た男が坐っていて、・ほくに四足獣の姿勢 もよいといってやりました。係官はむっとしたように、 こうもん や証拠はもう充分すぎるほどあがっていると答えましたをとれと命じました。肛門をみるためだそうです。・ほくが が、自信のない態度がのそいており、・ほくにたいして劣等その姿勢をとると、かれは・ほくのズボンをひきさげ、きみ しいました。とんだい 感でもいだいているようすでした。・ほくが犯罪人のどんなは痔をわずらったことがあるな、と、 いがかりです。医者は洗面器に手をつつこみながらにやに タイプにも属さなかったからかもしれません。通常犯罪人 は逮捕されると見苦しいほどに度を失うか、むやみに反抗や笑いました。 するかであり、やがて観念すると警官のことをだんなと呼「なにがおかしいんだ ? きみは医者らしくかまえている ぶ人間になってしまうのですが、これは・ほくの場合にはあが、ほんとは医者じゃあるまい」と・ほくがいうと、男は狼 てはまりませんでした。捜査主任は・ほくの犯罪事実を列挙して立ちあがり、そこで・ほくも立ちあがり、つかみかか しはじめました。これはかれ自身の怒りをかきたてるためって白衣を剥ぎました。白衣の下からベルトのついた看守 だったらしく、かれは次第に激して、顎をふるわせながらの制服があらわれました。 ぼくを罵りにかかるのでした。しかしかれの知っている事「きみはなにものだ ? 」 弓 : 、い加減なものでした。・ほくは雄弁するとその男は保健技師だと答えました。そんな曖昧な 実はいかにも貧弓て になり、・ほくのしたことを詳しく話しはじめました。係官職名はきいたこともありません。・ほくは看守たちがかけっ はみんな妙に・ほんやりと目をそらしていました。・ほくのしけてくるまでのあいだ、保健技師の下半身を裸にしてその なぐ ゃべっていることが理解できないし、また理解する気もなおしりを殴りつけていましたが、笑止千万にもかれは悲鳴 ぼっき いというふうでした。・ほくは失望し、それ以後の取調べでとともに勃起しはじめているのでした。 ミルク色の柔かそ まもなく担当看守が紹介されました。 は二度とくりかえしませんでした。それにかれらが知りた がったのは・ほくがなぜあんなことをしたかということであうな肌とうるんだ眼をもった小男でした。用があればなん ののし あご はだ
こうしゅ てきたのではないかとおもえるほどです。「きみは親不孝せずにはいられませんでした。絞首のさいに精液をもらし て自分をよごすことがあっては見苦しいと、本気で考えた 四だな」と書記がいいました。 かれらはとめどなく泣いていましたが、よくきいてみるのです。それからまたうとうとしました。そのとき次のよ うな夢をみました。 と、・ほ , を いうまでもなく・ほくの死体のことです 引きとることをめぐって、困惑を表明しているのでした。 担当看守がノックしてはいってきました。かれは目をふ 費用がないというのです。・ほくはそのとき、・ほくの死体をせながら、「どうだ、気分は ? 」といいましたが、すくな からずあがっているようすでした。「い、 し天気だなあ」と 引取ってくれるのはにちがいないと考えはじめました。 きざ ロもとによだ そして (-) が・ほくを、こまかく刻んで各種の料理法で賞味す・ほくはいいました。「ああ」と看守もいし るとはいわないまでも、さまざまのしかたでもてあそれのような微笑をうかべました。戸口にはもうひとり看守 び、・ほくを自由にあっかうだろうと考えただけで、・ほくはが待っていました。 のどを焦すような欲情を感じないではいられませんでし「さあ、いよいよおっとめだ。いくかね ? 」担当看守は元 気をつけるようにそういうと、・ほくの手を握りしめまし た。 むすこ 「心配はいりませんよ。息子さんは国家の所有物になるわた。・ほくはその手を払いのけ、腹がへっていることを知ら ろう けですから」と所長が説明するのを・ほくは耳にはさみましせました。朝飯はでないのかと質問したら、看守たちは狼 こうち して顔をみあわせ、今日はその必要はないのだし、拘置 た。「むろん、戸籍からも消えてしまいますよ」 だんらん 老人たちは最後の親子団欒のために用意された料理を、所の慣習としてもぼくの要求にはしたがえないのだと説明 それだけが目的だったというふうにがつがっ食べると、じしました。 きに帰っていきました。 「とにかく、おっとめは陽が高くならないうちにすませる 四日たちました。 ことになっている。そのほうがすがすがしくていいとはお もわないかね ? 」とかれらはいうのでした。 それは夏のよく晴れた朝でした。・ほくは日の出とともに めざめ、壁に刻まれた性器や性交を象徴する芸術が朝の光おそらく、まだ八時まえだったにちがいありません。戸 んぼう ばこふた せつけん に侵されるにつれて宝石函の蓋よりも壮麗な全貌をあらわ外には石鹸で洗われたような朝の光がいつばいでした。二 すのをながめていました。そして、たぶんこれが最後にな人の看守は両側から・ほくをかかえこんで非常識なのろさで るだろうとおもいながら、いつものように自慰行為に没頭歩いていきます。ふだんはみたこともない場所でした。き こカ
「やつばりお母さんのところへかえっていたんだね。いっ ノニロ先ノ挨拶ダケシテ、とかなんとかあとでいうにきま も黙ってでていかれるのはスリルがあっていいが、いろい ってるから」 ろ不都合もあるし、今度から書置きくらいしておいてほし「どうしようもないね。あのひとのまえにでると、どんな いな」 にんげんでも、自分は正しくないという気分に襲われる。 「すみません。急に弟がひきあげてきてこちらで開業する・ほくたちが結婚したことだって、まるであのひとに対する ことになったのよ」 悪意の証明だとでもいいたそうだ」 しようこ 「そうらしいね。・ほくのところにも開業の案内状がとどい 「あたしがあなたと結婚したのは自分を愛してない証拠だ ている」 というふうにしかものごとを考えられないにんげんなの 「ちょうど夏休みだし、よろしかったらあなたもいらっしよ」 やったら ? じつをいうと、開業早々でまだ不備なところ「ほくたちの結婚をきみの町の連中には秘密にしてあるこ が多いから気が狂いそうなほど忙しいのよ」 とがあのひとの気にくわないらしいね」 「行って手伝ってあげたいが、・ほくがあらわれると町の連「母は、自分があなたにもあたしにも愛されていないとい 中がうるさくいうだろう」 うことを知っているのよ。死んだ父からも子どもたちから 「患者に化けていらっしゃればいいわ」 も愛されてないことを知ってから、だれにも愛されないに 「あいにく・ほくはムシ歯一本ないんだ。それにきみは歯医んげんになろうとすることが母の生甲斐になったのね。か 者の娘だからいいがを まくの計数工学じゃ、まるで役にたわいそうなひと」 たないし、まあ、遠慮させてもらおう。・ほくのほうはかま「・ほくもそうおもうがね。でも同情したところで、それが うら わないから何日でもそちらにいて手伝ってあげると いいまたあのひとには怨みのたねになるじゃないか。まあ、こ に うよ。お母さんは ? 」 んな話はもうよそうよ」 の「いるわよ。あいかわらず台所にいて電話に耳をすまして「あたしが小説を書くことも母はけっして許していない。 女 いるようよ」 日に一度は、アナタトイウヒトハ鬼ノ眼デ母サンヲミティ にがて あいさっ ルとさもおそろしげにいうわ。アナタハオナカノナカニ鬼 「どうもあのひとは苦手なんだな。一応挨拶しとこうか ? 」 ヲ飼ッティルと : ・・ : 」 「およしになったほうがいいわ。挨拶しないとぶつぶつい うけれど、したらしたで、ドウセアタシナンカニ用ハナイ「それについては・ほくもききたいね。いったいどういう理
297 れん た。なにか合図のようなものがあるのかとおもったのではなにもしなかったじゃないか。さあ、所長のところへし す。しかし合図はありませんでした。 って手続きをしなさい」 せんこう わな 非常に長く感じられた時間ののちに、すみれ色の閃光が罠だ、と・ほくはおもいましたが、事態をみとおすことは ・ほくの眼にあふれ、おびただしい血が頭の容器に逆流しまできませんでした。とにかく、裁判が終って一定の結論が した。ふいに床がおちて、・ほくは穴のなかに吊りさげられでたことはたしかでしよう。 ていたのでした。穴の底で作業服を着た男が・ほくを待ちう所長室では、所長のほかに数人の紳士がぼくを待ってい けており、・ほくの脚にだきついてズボンをはぎとりましました。みんな興味ぶかげに・ほくをみつめましたが、まる おり た。もしこの処置がなかったら、・ほくのからだはロープので檻からでてきたライオンでもみるような、油断のない眼 きたな よじれとともに穢いものをまきちらしながら回転しつづけつきでした。所長はやさしい微笑をうかべて、「長いあい たことでしよう。白衣をつけた保健技師が・ほくの脈をみてだご苦労さんでしたね」といし ・ほくが無罪になったこ いました。・ほくはひどい渋面をつくり、手と足を振って痙と、それも証拠不十分で有罪とならなかったのではなく、 攣を開始しました。手では泳ぐ犬のように空を掻き、足は犯罪そのもののを在が否定され、検察側もそれを認めて告 走る馬のようにない床を蹴っていました。やがてつよい全訴をとりさげたということを説明しました。・ほくが叫びだ 身的な痙攣ののち、・ほくは眼球をむきだしてだらりとぶらそうとすると、所長は手をあげておさえ、「この書類を読 さがりました。こつけいなことに、裸の下半身から・ほくのんでみなさい」と・ほくを机のまえにまねきました、それを こんぼう 性器が頭をもたげ、しずかな射精がはじまっていましたみるためにうつむいたとき、後頭部に棍棒の一撃が加えら が、もはやそれは・ほくの責任とはいえないでしよう : れ、次の瞬間には白衣の男がとびだしてきて、・ほくをごわ 看守が・ほくをゆすりおこしました。・ほくの担当ではなごわした袋のなかにおしこんでしまいました。気がつく 、初老の看守でした。 と、ばくは丈夫な拘束衣を着せられていたのです。 「さあ、出るんだよ」とかれはいいました。 「案外おとなしかったですね」と紳士のひとりがいい他 「出るんだ。あんたは釈放だよ」 の紳士たちも、いまは動物か物体をみる眼でぼくを点検し 「釈放だって ? 」・ほくは夢のつづきのなかにいるような気ているのでした。いくら身をもがいてもむだでした。・ほく かっこう 分でぎきかえしました。 は宇宙人のお化けみたいな恰好をして叫びました。 「そうさ。あんたは無罪になったんだよ。だって、あんた 「きみたちはほんとに・ほくが人間を屠殺しなかったと信じ とさっ
らくだ き埃っぽい駱駝が画面を横切りました。外にでて、いつも しまったわけですが、この奇蹟的な決意はきわめてスムー しよじよかいたい おそ ズに・ほくのなかにしのびこみ、処女懐胎を信じたマリアの同僚と行く店で遅い昼食をとりました。店の女の子がうす ように・ほくも・ほくがはらんだ未来を信じてたのしい日曜日気味わるそうな眼で・ほくをみつめました。あわてて食事を をすごしたのでした。 すませ、・ほくはタクシーに乗りました。どこでもいいから ゅううつ 週のなかでもっとも憂鬱な月曜日の朝がやってきたと走りまわってくれと頼みますと、運転手は白っ。ほい目をみ き、・ほくはかってないさわやかな興奮のうちに目をさましひらいて・ほくをながめてから走りだし、近郊の行楽地の名 ました。・ほくは一夜にして広大な版図を獲得した皇帝を気前をいくつかあげて・ほくの気をひこうとしました。でも・ほ どってみようとしましたが、これはうまくいきませんでしくは自然を好むわけではないからといってことわり、陽が た。しかしすくなくとも、もうあの満員の通勤電車や統計沈むまで都会の迷路を休みなく走りまわってみました。と 資料の計算とは縁がありません。・ほくはしばらくのあい うとう運転手はいいキャ・ハレ 1 を教えると いい、そのまえ ふんすい だ、生まれたばかりの赤ん坊みたいにころがっていましでぼくをおろしてしまいました。それは墳水のあるキャ・ハ た。なにをすべきかもわからず、なにをしたいかもわからレーで、・ほくがはいっていくと女たちが群がりよってきた なかったのです。とにかくどこかへ出かけることにしましのは、油をかぎつけたゴキ・フリそっくりでした。・ほくの金 たが、これは毎日の出勤が習慣になっていたからでしょ を狙っているらしく、女たちはその油じみた手を・ほくの皮 う。いつもの駅でおりると、びつくりするほど大きな映画膚と衣服のあいだにまでさしいれてくるのでした。その晩 の看板が目につきました。それまでは一度も気がっきませの・ほくはいつも会社に着ていく、どちらかといえばくたび んでしたが、それはたぶん・ほくが映画というものをみたこれた服を着ていたのですが、女たちにはぶ厚い札東が心臓 とがなかったためでしよう。・ほくにはおよそ趣味というものように鼓動しているのがひと目でわかるらしいのです。 かたつむり ンのもなく、毎日会社から帰ると、蝸牛のように自分のなかそして自分たちだけで大いに飲み、赤い爪をした指で・ほく ンにもぐりこみ、だらしないよだれに似た眠りのなかにとけのポケットを喰いあらしました。 き力し てしまうのですから。しかしその日はその看板の映画をみ そこをでてから、・ほくは奇怪な音楽を演奏しているあな しんちゅうかさ にいきました。特別指定席に坐って広いスクリーンをなが ぐらの・ ( ーにおりていきました。真鍮の笠みたいなものや さばく 7 めました。ひどく退屈しました。それは砂漠をながめてい太妓を打ち嗚らしている黒人をはじめ、数人の黒人が背を つば るようでした。砂漠の映画だったかもしれません。ときどまるめ顔を唾たらけにして金管楽器を吹いたりビアノを弾 たいこ わら 渹こり こどう
てるのか ? ・ほくはやったんだ。今度はきみたちがぼくを 四殺す番じゃないか ? なぜこんな真似をするんだ ? ・ほく は気ちがいじゃないそ。だれだ、だれがこんな筋書きをこ しらえたんだ ? 」 しかしだれも・ほくの相手にはなりませんでした。・ほくは からだ中に悪い観念のような毛が生えた獣になっており、 ・ほくのことばも人間のものではなくなったのかもしれない とおもいました。外につれだされると、白塗りの冷蔵庫の ような自動車が待っていて、・ほくはそのなかにおしこめら れ、大きな精神病院まで運ばれました。門のところで自動 車をみていた人かげはだったような気がしますが、たし かではありません。病院の白い建物にとじこめられたと き、・ほくは・ほくのうしろでこの世界のほころびが縫いあわ され、「人間」の観念は傷ひとつない卵のなめらかさをと りもどしたことを知ったのです。もう・ほくはこの世のなか にはいなくなるのですから。そして・ほくのしたことのすべ ては・ほくの頭のなかにおしこめられ、・ほくは完全な狂人に なってしまったのでした。