弸 ( あしひきの ) 山菅の根のねんごろに絶えず思ったらあの娘に逢えるだろ 集何とも思わずにいる人のことを ( 菅の根の ) ねんごろにわたしは思ってい 葉るのだろうか 萬 ( 山菅の ) 止まずにあの方を思うからだろうかわたしは気力をこのごろな くした あの娘の門前を素通りできず草を結んでおく風よ吹き解くなまた来て見 よう〈また「じかに逢うまで」〉 やますげ、 山菅の根のねもころにー以上一二句、 三 0 五一のそれに同じ。〇止まず思はば ーこの思ハ・ハは仮定条件だが、現在の自 分の状態を未来まで継続する事実として、 このように続けてずっと思っていたらそ のうちに、という気持で述べた。山菅ー
したひも あなたに恋してしょんぼりしている時にばからしいわたしの下紐を結ぶ 、 6 手間だけ骨折り損 集Ⅷ ( あらたまの ) 年は暮れたが ( しきたへの ) 袖を交したあの娘が忘られよう 葉 萬 ( 白たへの ) 袖をちらりと見ただけでこんなつらい恋さえわたしはするの 、カ 川あの娘が恋しくてたまらず夢に見ようとわたしは思うがさて眠れない 1 わけもなくわたしの下紐を解けさせておいて人に話さないでくださいじ かに逢うまでは 2411 9 うらぶれ居ればーウラブルは、気力 をなくしてしょんぼりとうなだれる 意。『能因歌枕』に「うらぶれてとは、も の思ひてこころくるしげなるをいふーと ある。〇悔しくも↓一一四 0 一一 ( 怪しくも我は 恋ふるか ) 。クヤシは自分の行為につい て、、しなければよかった、とか、、す ればよかった、などと後悔する気持を表 す形容詞。〇結ふ手いたづらにーイタヅ ラニは、効果なく、むだに、の意。しき りに下紐が解けるので、恋人に逢えるも のと期待したが相手が来なかったのを恨 んで言う。 あらたまの↓一三会。〇しきたへのー ころもぞ 床・枕・衣手・袖などの枕詞。シキ しとね タへは敷き寝る褥のタへ ( 栲 ) の意か。〇 袖交へし児をーこのカフはカハスに同じ く交錯させる意。〇忘れて思へやー思へ
岩の上をほとばしり流れる滝の水のように早いーはしきやしーいとおしい あなたに恋するのもわが身のせいだ 集あなたは来ないしわたしはわけもなく立っ波のようにしきりにわびしい 葉これきり来ない気ですか おうみ 萬近江の海でも岸辺の波のことは誰でも見てわかります沖波の深い所はあな たをおいては知る人もありません 大海の底のように心の奥深く結んでおいたあの娘の心は確かで疑う余地 石走るー岩の上をほとばしり流れる。 がない 〇垂水の水のータルミは瀑布。以上 さだうら 貞の浦に寄せる白波のように絶え間なく思 0 ているのになぜあの娘に逢二句、 ( シキャシを起す序。次句の原文 に「早敷八師」とあり、ハの音に早い意が えないのだろう あってそれにかけたのであろう。〇はし きやしーいとしい。↓一一三究。〇我が心か 思い出してたまらなくなった時は ( 天雲の ) 限りもなく恋い焦れている ら↓一一九全。 ◆垂水に寄せる恋。 % 君は来ずー連用中止格。〇故なく立 っ波のー故ナクは、原因となるべき 事実がなくて、の意。風が吹けば波も立 とうが、その風も吹かないのに波が立つ、 それと同じように、の意。ここは、相手 から疎まれるようなことをした覚えもな いのに、という気持をこめて言った。〇 わびしー極度の悲嘆のために気力をなく し、がっかりしている意。〇かくて来じ
( まそ鏡 ) 手に取り持 0 て朝ごとに見られるようになっても恋は絶え間が なかろう 集里が遠いので恋いうなだれてしまいました ( まそ鏡 ) 面影として離れず夢 葉に見えてください かきのもとのあそんひとまろ 萬 右の一首は、以前に柿本朝臣人麻呂の歌集の中に見えた。ただし、句に人れ 替りがあるため、ここにも載せた。 つるぎたち 剣大刀を身に帯びているますらおが恋というものを我慢できないのか 6 剣大刀の両刃の上に行き触れて死んでしまおうか恋し続けるくらいなら くしやみが出またくしやみが出た ( 剣大刀 ) 身に添い寝る妻が思 0 ている らしいな もろは まそ鏡↓一一五 0 一一。〇見む時さ ( や恋の 繁けむーサへは添加を表す副助詞。 恋シは離れ住む者同士の間の感情であり、 結婚し同居すれば恋はないのが普通。こ こは、結婚して四六時中顔を見られるよ うになっても飽きることなく愛し続けよ う、という気持で言う。 ・一三六五。上三句は一一五 0 や類想歌七四五・一三一三 一一に同じ。 恋ひわびにけりーワプは失望し気力 % をなくすこと。〇まそ鏡ー面影の枕 コ円 0 一三ロ や類歌一一五 0 一。以上三首、鏡に寄せる恋。 二五 0 一の歌をさす。「歌の中に見えた りは「歌集の中に出づ」に同じ。 5 剣大刀↓一一四九八。〇ますらをやーマス % ラヲ↓一三五四。このヤは詠嘆的疑問を
つん 反歌 こよひたれ あおも + 眠も寝ずに我が思ふ君はいづく辺に今夜誰とか待てど来 巻 まさぬ 3276 なみくも うるはづま ももた 百足らず山田の道を波雲の愛し妻と語らはず別れし来か、思案している気持で続く。〇ものの ふの↓一一七一四。ここは八十の枕詞。〇八十 ゅ ころもぞ はやかは の心ーあれこれと思い乱れる心。〇天地 れば速川の行きも知らず衣手のかへりも知らず馬じも に思ひ足らはし↓一一三天。相手を思う気持 の甚だしいことをいう。〇魂合はば↓三 0 の立ちてつまづきせむすべのたづきを知らにもののふの 00 ( 魂合へば相寝るものを ) 。自分の気持 たまあ あめっち やそ が相手に通じ、相手の気持も動きさえし 八十の心を天地に思ひ足らはし魂合はば君来ますやと たら、の意。〇八尺の嘆きー嘆キは長大 たまほこ 息。八尺はそれを数量の上に具体的に やさか 我が嘆く八尺の嘆き玉桙の道来る人の立ち留まり何か示して言う。サカは「尺」の字音語。↓一茜 0 七 ( 百積の船隠り入る ) 。〇さにつらふ↓ こたや と問はば答へ遣るたづきを知らにさにつらふ君が名一一一口は = 吾一 ( につらふ ) 。「にほえ娘子、 ( = = 邑、 「あかねさす君」 ( 三会七 ) など、男女の別な ば色に出でて人知りぬべみあしひきの山より出づる月く、美しい容貌を赤系統の輝きで表す例 は多い。〇色に出でてー色ニ出ヅ↓一一吾三 われ ( 色には出でず ) 。秘めた思いが表情に出 待っと人には言ひて君待っ我を て。〇あしひきのー以下の五句は三 00 一一と 君・妹の語が人れ換っただけで同じ。 ◆この歌は焦燥感を表す「せむすべのた づきを知らに」が共通なだけで、前半と 後半と内容的につながりが悪い。別々の き歌が融合して一首の歌となったものか。 今夜誰とかー原文に「今身誰与可」と あるが、「身」は「夜」の誤りか、とす る『万葉考』の説による。誰トカを受けて 第五句は寝ラムなどとあるべきところだ が、さらに飛躍した内容に転換している。 右の二首 た き と い
269 巻第十二 2960 ~ 2964 2963 2961 こよひ 白たへの袖離れて寝るぬばたまの今夜ははやも明けなば 明けなむ うつごころ うっせみの現し心も我はなし妹を相見ずて年の経ぬれば本文に「袖不数而當」とあるのも、おそら くその「當」は「宿」の誤りとみるべく、 「宿」の字のある神宮文庫本の本文によっ て読むことにする。「袖不数而」を「袖を 相ならべずして」の意と解し、ソデカレ テと読んだのは『万葉集古義』で、この説 による。〇明けなば明けなむーこのナム は希求。ただし真意は、どうなりとなれ、 という気持。 手本ゆたけくー手本↓一一五四七 ( 妹が手 本 ) 。ここは腕全体をさす。腕をゆ ったり伸ばして、の意で、満ち足りた気 分でくつろいで寝るさまをいうか。〇人 の寝るーこの人は世間一般の人をさす。 〇甘睡↓一一三六九。 ↓一一四一五標題。 ばんか かくのみにありける君をー挽歌およ 四び失恋の歌に「かくのみにありける ものをという常套句がある。これも、 こんなに薄情な方とは知らなかった、と いう気持。ノミは強意。ヲは第五句の思 フにかかるが、、なるものを、の逆接的 余意が認められる。〇衣ならばー主語は 相手。〇下にも着む↓一一八大 ( 下に着ば ) 。 このモは副助詞的用法で、、とさえも、 の気持。 ◆類歌三八 0 四。 物に寄せて思ひを陳ぶる あおも かくのみにありける君を衣ならば下にも着むと我が思へ りける しろ 白たへの手本ゆたけく人の寝る甘睡は寝ずや恋ひ渡り一 なむ つねことば うっせみの常の一一一〕葉と思 ( どもぎてし聞けば心迷ひぬ そぞか たもと の われ きぬ いもあひみ うまい した と 2963
189 巻第十一 2788 ~ 2792 2791 2792 2790 2789 いきを 息の緒に思へば苦し玉の緒の絶えて乱れな知らば知る〇同じ緒にあらむー一つの緒に繋がれ ていたい。「くくり寄すればまたも合ふ ものを」 ( 一一四四 0 、「くくりつつまたも合ふ とも といへー ( 三三三 0) などと同じく譬喩歌的表 現。 片糸ー糸は一般に一一本搓り合せるが、 一本だけでは切れやすいことから、 片思いのたとえとした。 0 乱れやしなむ ー玉が散乱するのではなかろうか。心が 錯乱することをかけて言う。 ◆三 0 八一と類想。 玉の緒のー現シ心の枕詞であろうが、 かかり方未詳。中古には玉ノ緒を生 ゅ おな すゑ 寄せつつ末つひに行きは別れず同じ緒に命の意に用いた例があり、ここもその意 で現シ心に続くか。あるいは、同じ用法 の三一一二の原文に「玉緒乃徙心哉」とあり、 その「徙」は、移る、移す、の意であるこ とから考えて、移転、の気持でかけたと もみられる。〇現し心やーウッシ心は現 実の正気。普段の安らかな気持で、恋人 に逢わずにいられようか、の意で第五句 に続く。「紅の現し心や妹に逢はざらむ」 ( 三四三「一に云ふ」 ) という例もある。原文 に「嶋意哉」とあるが、「嶋」は「寫」の誤り とする、『万葉集略解』に引く本居宣長の 説による。 ゅ としつき 玉の緒の現し心や年月の行き変はるまで妹に逢はざらむや少しでも早く逢いたいという気持。 かたいと 片糸もち貫きたる玉の緒を弱み乱れやしなむ人の知る 玉の緒のくくり口 あらむ 玉の緒の絶えたる恋の乱れなば死なまくのみそまたも逢 はずして うつごころ たまを いも あ 2791
に用いる。原文は底本など大部分の古写 本に「何怜吾妹子」とあるが、神宮文庫本 などに「子」がないのによる。疑問の係助 詞ヤ・カが文中に用いられ、その下に主 格がある場合、格助詞ノ・ガを伴うこと が多い。 5 なにかも見えぬーこのナニは疑問副 乃詞。 0 我かも迷ふーこのマトアは、 心が乱れる、錯乱する、の意。〇恋の繁 きにーこのニは、、によって、の意。 % 慰もる↓一一五七一。〇恋ひや渡らむー詠 夢にだになにかも見えぬ見ゆれども我かも迷ふ恋の繁乃嘆的疑問。〇月に日に異にーケ = は、 格別に、の意。月日を追って累進的に増 加することを示す。〇「沖っ波」ーシクの きに 枕詞。 0 「しきてのみやも」ーこのシクは、 波が打ち寄せるように、あとからあとか らと頻繁に繰り返す意。このノミは強調 なぐさ 2 慰もる心はなしにかくのみし恋ひや渡らむ月に日に異にを示す用法。 7 いかにして忘るるものそー主語は恋。 4 一般的事実を述べる場合には推量の 〈或本の歌に曰く、「沖っ波しきてのみやも恋ひ渡りなむ」〉 っ 4 助動詞を用いないのが普通。〇恋は増さ れど忘らえなくにーこのドには逆接性が 十 少ない。「恋は余れど忘らえぬかも」 ( 三一五 第 巻 わぎもこ 九 ) のそれも同じ。ナクニ止めで、一種の いかにして忘るるものそ我妹子に恋は増されど忘らえな終止形式だが、本来の逆接的気分が残 0 ていて、どうしたものであろう、のよう くに な当惑の気持が認められる。 2595 わぎも 行かぬ我を来むとか夜も門ささずあはれ我妹が待ちつつ あるらむ いめ 力、も あるん こ よる カど あれ と
-4- っ 4 ただあ や + 雲だにも著くし立たば心遣り見つつも居らむ直に逢ふま 第 巻 でに くもま 雲間よりさ渡る月のおほほしく相見し児らを見むよしも か、も くもゐ かぐやま のちこ 2 香具山に雲居たなびきおほほしく相見し児らを後恋ひむ カ 1 も あ あまくも あたたまくらわれ 天雲の寄り合ひ遠み逢はずとも異し手枕我まかめやも ものを しる あひみこ を 晴れ晴れしないことにもいう。ここは物 に遮蔽されて姿がはっきりしないことを いう。〇相見し児らをーこのラは複数を 示さない。恋フは、上代語では一般に格 助詞ニをとり、 : ヲ恋フは例が少ない。 さ渡る月のーサは接頭語。イ渡ルが 四人に限って用いられるのに対し、月 ・雲・鳥・タニグク ( ) など人間以外の ものに用いられるようである。以上二句、 オホホシを起す序。 天雲の寄り合ひ遠みー空の雲が幾つ も寄り合っているかなたが遠く離れ ているように、相手の住んでいる所がこ こから遥かに遠いために。〇異し手枕ー アタシは、他の、別な、の意のシク活用 形容詞。『名義抄』に「他」の字の訓にアタ シとあり、そのタに清音なることを示す ひょうしよう 平声の単星点が打たれている。 雲だにもー待っ相手は来なくてもせ めて雲でも立ってくれたら、という 気持。〇著くー目立ってはっきりと。〇 心遣りー心ヲ遣ルは、鬱屈した気分を払 いのけること。〇見つつも居らむー原 文に「見乍為」とあり、底本などは「ミッ 、モシテム」と読んでいる。『万葉考』の 「為」を「居」の誤りとする説もある。三 0 一一三 の第一一句の原文に「見乍母将居ーとある。
はぶまっ 葬り奉れば行く道のたづきを知らに思へども験をな◆山にかかる雲を故人に見立てる類の歌 は多い。 ことと おみそぞ み嘆けども奥かをなみ大御袖行き触れし松を言問はぬ % 磯城島の↓ = 一一哭。〇大和の国にーこ の大和も旧磯城・十市両郡を中心と あまはらふさ した用法か。城上を墓所とされたことに 木にはありともあらたまの立っ月ごとに天の原振り放け ついて、他にももっと適当な所もあろう しの に、という気持で続く。〇いかさまに思 見つつ玉だすきかけて偲はな恐くありとも ほしめせかー下記のことを思い立たれた 動機は何なのかを推量する挿人句。挽歌 に多く、凡慮の及びがたいところとしな がらも不満な気持で言ったもの。〇つれ もなきー生前何の関係もなかった。ツレ ナシは、無縁である、よそよそしい、の 意。〇城上の宮ー城上に設けられた墓所。 〇大殿を仕へ奉りてーこの仕へ奉ルは臣 下が宮殿を造営する意。ここは皇子が自 ら陵墓を構築するように表したもの。〇 殿隠り隠りいませばー殿隠リは殿隠リニ の意。皇子が墳墓の石槨の中に自ら入り しきしま やまと 横たわったように表したもの。〇舎人の 磯城島の大和の国にいかさまに思ほしめせかつれもなき 子らー舎人↓三三一一四。子ラは、皇子の立場 こ、も とのごも から見て信頼しいたわってやった者たち、 + 城上の宮に大殿を仕へ奉りて殿隠り隠りいませば朝に という気持で言った。〇行く鳥のー群ガ 巻 とねり ルの枕詞。空を飛び行く鳥の習性によっ は召して使ひタには召して使ひ使はしし舎人の子らはてかけた。〇あり待てどーアリは継続を つるぎたち表す接頭語。〇剣大刀↓一一四究。ここはト むら 行く鳥の群がりて待ちあり待てど召したまはねば剣大刀グの枕詞。 3325 きのヘ 反歌 いはれ つのさはふ磐余の山に白たへにかかれる雲は皇子かも 右の一一首 おとの ゅふへ つかまっ しろ かしこ め すめらみこ しるし あした せつかく