うわさ 松が浦に浦波が立ち騒ぐようにうるさい人の噂を気にしていらっしやるの 0 だろうわたしと同じように あじかま かけみなと 集味鎌の可家の湊に入って来る潮のようにこてたずくもか人って寝たいな 葉一あの娘が寝る床の辺りに岩間を洩る水にでもなって忍び人 0 て寝たい 萬麻久良我の許我の渡しのから梶のように音高くとどろき渡るよ寝てもい ないあの娘とのことで ( 潮舟の ) 放っておけばせつない共に寝ると人の噂がひどいおまえをどう したらよいか こが 松が浦ー所在未詳。〇さわゑ浦立ち ー浦波が騒がしく立って、の意で、 野次馬の無責任な噂が高いことのたとえ であろうが、語構成の上で疑問がある。 〇ま人言ー赤の他人の言葉を。マは接頭 語。真の意か。〇思ほすなもろー思ホス の主語は相手の男。ナモはラムの訛り。 ロは間投助詞か。↓三吾五 ( 言をろ延へて ) 。 〇我が思ほのすもーモホは思フの訛り。 3 可家の湊ー所在未詳。愛知県東海市 3 加家の辺の当時湾人していた一帯に 擬する説があるが、疑わしい。〇人る潮 のー人ル潮は人海や河口などに人って来 る満ち潮。以上三句、第四句を起す序か 〇こてたずくもかー難解。〇人りて寝ま くもー恋人の床などに忍び人り寝たい、 の意か。寝マクは寝ムのク語法。マクモ
木に頸を吊って死んだ。その二人の若者は、悲しみに耐えきれず、血涙 えりぬ はしたたって衣の襟を濡らした。めいめい思いを述べて作った歌一一首 集春が来たら髪にさそうとわたしが思っていた桜の花は散ってしまった 葉〈その一〉 、くらこ 萬あの娘の桜児という名にゆかりある桜の花が散ったらずっと恋い慕うこと であろうか毎年のように〈その二〉 また別の人の話には、昔三人の男が居て、同時に一人の女に求婚した。 おとめ 娘子が嘆いて言うことには、「一人の女の身の消えやすいことは露のよ うにもろく、三人の男の人の気持の和らげがたいことは石のように堅 い」と言った。とうとうそこで池のほとりに来てたたずみ、水底に身を 沈めて死んだ。そこでその若者たちは限りない悲しみに耐えきれず、め かデらこ いめい思いを述べて作った歌一二首娘子は通称を縵児といった くびつ 一「懸」をサガルと読む由の訓注は三八三九 にある。『古事記』中巻の、垂仁天皇から まとのひめ 姿が醜いとて丹波に戻された円野比売が、 やましろのさがらか 山背国相楽の地の樹に取り懸って死の さかりを、 うとしたことから、その地を「懸木」とい うようになったという地名説話もそれを 傍証する。 ニ「経」は縊死する意。 跖かざしにせむとーカザシは髪挿シの 約。カザシニスは妻にすることのた とえだが、大切にし、組略に扱わない気 持をこめている。 ひゆか ◆譬喩歌的表現形式をとっている。 三幾人かの人が同時に歌を詠んだ時、 各歌の下に「その一」「その二」、あるい
萬葉集 224 萬葉集巻第十六 由縁有る歌と雑歌 おとめ さくらこ 昔娘子が居て、通称を桜児といった。当時一一人の若者が居て、二人とも いど どもこの娘に求婚し、命を捨てて争い、死を決して互いに挑み合った。 そこで娘子はむせび泣いて言うことには、「昔から今に至るまで、一人 もととっ の女の身で二人の男の許に嫁ぐということは、見たことも聞いたことも ない。今となっては男の人たちの気持は、和らげようもない。わたしが 死んで決闘をふつつりと止めてもらう以外にはない」と言った。そこで 林の中に死地を求め、 一原文に「有由縁并雑歌」とある。これ は「由縁有る歌、并せて雑の歌」の略。こ の「由縁」は、由来、事情、の意。この巻 を的確に前後一一分することは困難だが、
麁玉ー遠江国の旧郡名。静岡県浜北 市および浜松市北部一帯の地。〇寸 相聞 戸の林ー寸戸は麁玉郡内の地名か。浜松 葉 きへい 市東北の貴平に擬する説もある。「麁玉 萬 3 あらたま 麁玉の寸戸の林でおまえに見送られて行けそうにないそれよりまず一緒の寸戸が竹垣」 ( 一一五三 0) ともあった。〇汝 を立ててーナは同等以下の人に多く用い に寝よう る。ここは男から女に向っていう。タテ まだらぶとん 4 きへびと 寸戸人の斑蒲団に人れた綿のようにたつぶり人って来ればよかったあのテは立たせて。作者が旅に出るのを女が 別れづらそうに見送ってたたずんでいる 娘の床に のを、作者がそうさせているように表し とおとうみのくに た。〇行きかつましじーカツは可能、マ 右の二首は、遠江国の歌 シジはマジの古形で否定推量を表す。〇 したやみ 5 あまはら 天の原の富士の柴山の木の下闇の時が過ぎたらあの人は来ないのではな寝を先立たねーイは寝ること。ここは野 外で交わることをいう。この先立ツは、 、かわ - - つ、か 他のことをするより前に、あることを行 あ ぞうさ 富士の峰のやたらに遠い山路でもおまえに逢うためなら造作なく来た う意。ネは希求。共寝のいざないには、 このような希求ないし命令表現を用いる。 寸戸人ー寸戸の地に住む人。「寸戸 が竹垣」 ( 孟三 0 ) の助詞ガの使用から みて、いなか者と考えられていたものか。 かけぶとん 〇斑衾ー斑染めの掛蒲団。〇綿さはだー 当時の綿は真綿。サハダは数量の多いこ とを示す副詞。この辺まで比喩の序。寄 ぶっちんし 物陳思的表現 ( ↓団解説四八一 ) 。〇人 りなましものーマシモノは反事実の仮想 3356 そう もん 3353 3354
ねどはら あづさゆみよらやまへ 梓弓欲良の山辺のしげかくに妹ろを立ててさ寝処払ふもに述べる内容、人は死んだらおしまいだ ということを強調するための逆接的比喩。 〇世の人ー世人。相手が関心を示さない 作者自身を一般化していう。 池の堤に挿す楊ー潅漑用水池の築堤 に補強のために楊の枝を挿し木にす ることをいう。挿し木が根づくか否かを 以て恋の成否を占うのであろう。 0 成り も成らずもー結婚できるできないにかか わらず。〇汝と二人はもー下に、死んで も離れないぞ、というような内容が省か ゃなぎ 楊こそ伐れば生えすれ世の人の恋に死なむをいかにせよれている。 遅速もー結婚できる日が遅かろうと 速かろうと関係なく。〇向っ峰ー向 とそ こうに見える丘陵。〇椎の小枝のーシヒ はぶな科の常緑高木。コャデはコ工ダの 母音の位置が人れ替った形。以上一一句、 な ふたり つつみさやなぎ をやまだ アフを起す序。椎の小枝が互いに交差す 小山田の池の堤に挿す楊成りも成らずも汝と二人はも るのでかけたか。〇「君をし待たむ」ー 「汝」とある原歌は男の歌だが、「或本の 歌」では「君」となっており、女の歌と考 あ たが な むかを えられる。〇「椎のさ枝のーーサ工ダは小 + 遅速も汝をこそ待ため向っ峰の椎の小枝の逢ひは違はじ 枝。以上一一句、「時」を起す序か。椎の梢 第 が盛り上がるように新芽を出す晩春の時、 あるはん 巻 或本の歌に曰く、「遅速も君をし待たむ向っ峰の椎のと続くとも考えられる。 ◆原歌と「或本の歌」とは贈答歌であろ さ枝の時は過ぐとも」 すゑよ 梓弓末は寄り寝むまさかこそ人目を多み汝を端に置けれ かきのもとのあそみひとまろ 〈柿本朝臣人麻呂の歌集に出づ〉 おそはや き えだ いは ひとめ いも しひこやゼ な はし
たきつな 滝壺に木っ端が寄るようにそれでなくてもいとしいあの人に人までも言 0 い寄せるよ 9 たゆいがた 集多由比潟に潮がいつばい満ちているどこを通っていとしいあの人はわた 葉しのところに来てくれるだろう 8 鳴る瀬ろー音を立てて流れる急流。 、つ 3 ロは接尾語。第四句の背ロと同音で、 萬あえて「いな」と稲を搗いているわけではないわ ( 波のほの ) 気も荒れるわ 人の嚀に上った夫、の意を表すか。〇こ よゅうべひとりで寝て つの寄すなすーコツは木の屑。一一三七・四三 ひも あじかま 味鎌の潟に咲く波の花深くもない相手に紐を解くことよいとしい人をさ突などのコッミの略であろう。ョスはヨ ルとあるべきところだが、下のヨスと合 ておいて せた。〇いとのきてーそうでなくてさえ。 〇背ろーセは夫。ロは接尾語。〇人さへ 寄すもーこの寄スは、他人がある男女に ついて関係があるように噂する意。ここ は当人にとってうれしい内容の噂を立て られたのであろう。 9 多由比潟ー所在未詳。干潮時には徒 渉できる浅瀬であろう。〇いづゆか もーイヅレ・イヅク・イヅチ・イヅへな どの語根。イヅクの意であろうが、単独 に用いた例はこれのみ。 0 おして否とーこのオスは辛抱する意。 難波の枕詞オシテルを「忍照」、地名 オサカ ( オシサカ ) を「忍坂」と書くのも、 自分の感情を押し殺す意による。このイ ナは男の求めを拒んでいう言葉。イナッ 3551
かきのもとのあそみひとまろ たまも 柿本朝臣人麻呂の歌に曰く、「あみの浦」、また曰く、「玉裳海原ー天を海に見立てていう。〇月人を とこー月の異名の一つ。月を永遠に若い 男子に見立てた呼名。 の裾に」 ◆『万葉集』の中に人麻呂作として同じ歌 はない。巻十の月を詠む歌の中の一首一三 一三が趣の点でややこれに近い。 ニ広島県東部。ロドリゲス『日本大文 典』には B 0 とある。 三備後国の旧郡名。広島県御調郡およ いんのしま び尾道・三原・因島の諸市の地に当る。 四三原市糸崎町の糸崎港。 行く人もがもーモガ ( モ ) は希求の終 % 助詞。〇草枕ー旅の枕詞。〇泊まり 告げむにーこのムニはムタメニの意。 三 五五・七・七・五・七・七の歌体の歌。 かたうた きびのみちのしりみつきのこほりながゐ ふなど 本来五・七・七の片歌形式の唱和であっ 備後国水調郡の長井の浦に船泊まりする夜に作る歌三首 たが、『万葉集』のそれはほとんどが自問 くさまくら あをによし奈良の都に行く人もがも草枕旅行く船の泊自答の創作歌となり、しだいに衰えた。 六副使に次ぐ官。ここは壬生使主宇太 五 かばね っ せどうか 麻呂をさす。使主は姓。壬生宇太麻呂は まり告げむに〈旋頭歌なり〉 この天平八年従六位上で遣新羅使の大判 五 官となり、翌年正月人京した。同十八年 すけ 十 右の一首、大判官 外従五位下に叙せられ、右京亮となり、 第 げんばのかみ 巻 但馬守を経て天平勝宝六年 ( 四 ) 玄蕃頭 となった。 八十島隠りー多くの島々を通過する % ことを傍観的に表現していう。 うなはら やそしまがく 海原を八十島隠り来ぬれども奈良の都は忘れかねつも 七夕の歌一首 おほぶね うなはら つきひと Ⅷ大船にま梶しじ貫き海原を漕ぎ出て渡る月人をとこ 右、柿本朝臣人麻呂の歌。 たなばた かち すそ 六 き いは よ
101 巻第十四 3543 ~ 3547 3546 す青 も楊 の 萌は ら ろ に 汝な を 待 と 清せ 水 は 汲く ま ず 立た ち 処ど 平 明日香川堰くと知りせばあまた夜も率寝て来ましを堰く と知りせば 3547 むろがや つるつつみ 室萱の都留の堤の成りぬがに児ろは言 ( どもいまだ寝な くに ね ふたり あすかがはしたにど 明日香川下濁れるを知らずして背ななと二人さ寝て悔 しも 萌らろ川門ー、 ノラロは萌レルの訛り。 萌ルは草木の芽や花の蕾などがふく らむこと。 , 門は川の徒渉点。対岸から 人の訪れ来る所であるとともに、水汲み 場、物洗い場でもあった。 0 汝を待っと ーナ↓三豪三 ( 汝を立てて ) 。ここは例外的 くやに女が男に向って言っている。トは、 とて、の意。 0 清水は汲まずーセミドは シミヅの訛り。水汲みは女の仕事。それ を口実に外に出、男と忍び逢おうとする 女の計略。〇立ち処平すもードは処。じ れったさに行きっ戻りつするうちに、地 面の凹凸が踏み平されたことをいう。 ともえがも 7 あちー鴨の一種。味鴨。巴鴨とも。 〇渚沙の入江ー所在未詳。巻十一 「寄物陳思」の中に「あぢの住む渚沙の人 ありそ 江の荒磯松」 ( 一一七五 l) とあったのと同地で あろう。〇隠り沼のー隠り沼は草などに 蔽われて所在が明らかでない沼。水の流 れ口が見えないところから、枕詞として シタ ( 目に見えない所 ) にかかることが多 い。『古今集』のカクレヌノも同様。ここ はイキヅカシにかかっている。あるいは この原文「許母理沼乃」の「沼」は「江ーの誤 りで、もとコモリエノなどとあったもの か。コモリエは人江の湾人部。 0 息づか いき すさ あぢの住む渚沙の人江の隠り沼のあな息づかし見ず久にしーため息が出るほどっらい。 せ いりえ こもぬ よ ゐね こ ひさ
いく あね 汝背の子やとりのをかちしなかだをれ我を音し泣くよ自」ちを外に送り出してひとりだけ居る趣 〇斎ふー身を清め、人との接触を避けて 禁忌を守ること。ここは斎み慎んで神を づくまでに 祭る意。 ◆ひとりで家に斎みこもっている人妻に 言い寄ろうとする不謹慎な男を咎める歌。 あ こよひ いねっ あぜといへかーアゼは、何故に、の 稲搗けばかかる我が手を今夜もか殿の若子が取りて嘆 意の東国語。イへ力は疑問条件。イ へ・ハ力に同じく、言うからなのか、の意。 かむ ただし、このトイフは形式的な用法。〇 さ寝に逢はなくにーサ寝ニは、寝るため に、の意。サは接頭語。 0 ま日暮れてー マは接頭語。〇タなはーナは接尾語か。 たれ やとお にふなみ わせや 誰そこの屋の戸押そぶる新嘗に我が背を遣りて斎ふこのあるいは「安努な行かむと ) のナと 同じく助詞ニの訛りか。〇来なにー来な いで、の意か。このナニは語性不明。 戸を 「嶺には付かなな」 ( 一一一四 00 などのナナの訛 りか。〇明けぬしだーシダは時の意。こ のヌは完了の助動詞ヌの連体形代用。 ねあ 山沢人ー山間の沼沢地に住んでいる あぜとい ( かさ寝に逢はなくにま日暮れてタなは来なに 人々。〇人さはにーサハニは多数。 あ 前の句のサハ・ヒトと故意に同音語を並 四 + 明けぬしだ来る べたか。〇まなー禁止に用いる感動詞。 第 あまりに清く上品か、幼いのにすでに美 巻 人の相を具えているかで、若者たちが共 同管制を敷いているのであろう。〇あや やまさはびと あしひきの山沢人の人さはにまなと言ふ児があやにかなに↓一一一一き ( あやに着欲しも ) 。 とのわくご よひ いは
掛け替えがないほどに愛しているあなたを山川を中に隔てて置いて不安 でならない 集向き合って一日も欠けず見ていても飽きなかったあなたを幾月も見ない 萬わが身こそ関山を越えてここにありもしようが心はあなたにびったり寄 ってしまった おおみやびと ( さすだけの ) 大宮人は今もなお人なぶりばかり好んでいることだろうか 〈また「今もまだ」〉 3755 3758 5 愛しと我が思ふ味を↓三七一一九。このヲ 引は、、なるものを、の意か。ただし、 逆接性が弱く、あるいは第四句のヘナル の語の中に置く意を含めて続けた変則的 用法か。〇山川を中に隔りてー動詞へナ ルには、山川や関などの隔てとして介在 するものが主語となる場合と、人が主語 で、それらの介在物を中に置いて離れ離