城のある町にて 183 う子 持 る っ ー 1 ー 1 ー 1 は袖く勝ゃな う 活か * ゆ姉そ衣 : あ姉間 が姉っさ奥 て扇 、のな子がどど の煙 : 子 がう嚢しん う 」っ がて あ う がに 呼長さ 、ん種来 合やにた義姉 、間管るな と んやど て 、い姉仕奥な々た 、兄も をまし 音点なあ / し . での 。ん信詰かを と 活や れ . 合 . 。る 度の 扇に信 むと 勝 動 た服と が間持衣砂な 婦 つどさ点あけ子 子 義 糖はのた 子や まを の 出 せなれどは で服 う の 、を屋奈ど はあ ま着母娘来気 仕のでてども た配ま着な何う度をも煙し汚三 兄 く ムがのにた どやを 気 ま ぇ 、草こて の 近 手 っそ で心どながな えをゆて に な所たこ峻をん し配伝しわ 呑の つま - つ の 。らはやな ってなんくす も っ と に カ 、子 っ 風い 。で に て り の ムて い で 女 ム 一等 いきたでる 行 - 早 い捜 つやた ・つ 着き 。うた っ へり て の し、の っ し の 子 あな す下し附。をた団ち うて 仕兄カ り が 度はけ でりたけ見 団扇わい 化 っか 、て 。をな扇をナ は い雑き よ下げ で二義 や しが や を の っ ぼ駄た し てらあ三母 ん を し 0 て・ 、る本カ た つを し い て て穿は る彼 。寄 い じ と る やし、 だは た せ ゆ 勝 ろ信 ム う った て ナこ に た で の ー 1 ー 1 ー -1 ー 1 。勝 、往 ム勝姉そ勝お見姉早 し朝う朝し 義い よ ヨ ち今 よ鮮う 魚羊 来 待、 子が ん子 えと う兄ゃう よ のわ 、そなはちた信おがらち や 晩に う 閣ん閣 う なん ち は 涼 の帰う ら小遠 。子出い出 しえ せ ん 力、 。ん 、み、 がでて し . へや ムおさ ささ ろ と か 此こ今台 入ん帰う 母 し 、ま つ出な来 幼 , ? 。た う く 処こ晩 さ扇 稚 . つなろ と て 勝 の来放ほ。園 何は出 んを か ム 行 、ち子団 、し 来勝わ て ナこ ・つ く と、と 行らは扇 た 子ん 晩 か て の 。を白い く 。は っと こ、声し の て見勝 そ返や 一粉て をる は と し事ん 来 か近 せ子つをゆ あ ま 、ず濃く 彼け て 所 のな れ ま て た の 峻カ す姉 扇 つ く・ぞ はた や 。人 と に持持はな そ はわ で ん ・つ り義 び 手 ん わ っ い とつ て な と を に母 いててた が ロ気よ っる い顔 ひ る と い真ま勝 きか が る て似ね子 を 通 訊き り 歩を冫 け や 日み い す き た しム が 出 て 見 し設た り ん
梶井基次良文学紀行 京都・午町通リの八白・タ卩 第れ : そう周囲が真暗なた め、店頭に点けられた幾つ もの電燈が雨のように浴 せかけるは、周囲の何 者にも奪われることなく、 はし、まま にも美しいめが照し出 されているのだ。裸の電燈 らせんばう が細長い螺旋棒をきりきり 眼の中へ刺し込んで来る往 来に立って、また近所にあ ゲラスー・′、 かぎや る鋹屋の二階の硝子窓をす かして眺めた此の果物店の 眺め程、その時どきの私を 興がらせたものは寺町の中 ( 「檸檬」 ) でも稀だった。 まれ
0 ている気持悪さを思うと堪らない気にな 0 た。ねて見うな気持であ 0 た。 2 ると釜を壊したのだという。そして濡れたタオルを繰り返町にはまだ雪がちらついていた。古本屋を歩く。買い度 けち いものがあっても金に不自由していた自分は妙に吝嗇にな した。金を払って帽子をうけとるとき触って見ると矢張り さつぎ 石鹸が残っている。何とか云ってやらないと馬鹿に思われっていて買い切れなかった。「これを買う位なら先刻のを るような気がしたが止めて外へ出る。折角気持よくなりか買う」次の本屋へ行っては先刻の本屋で買わなかったこと けていたものをと思うと妙に腹が立った。友人の下宿へ行を後悔した。そんなことを繰り返しているうちに自分はか しばら なり参って来た。郵便局で葉書を買って、家へ金の礼と友 って石鹸は洗いおとした。それから暫く雑談した。 ぶさたわび 自分は話をしているうちに友人の顔が変に遠どおしく感達へ無沙汰の詫を書く。机の前ではどうしても書けなかっ かんどころ ぜられて来た。また自分の話が自分の思う甲所をちっともたのが割合すらすら書けた。 云っていないように思えてきた。相手が何か何時もの友人古本屋と思って入った本屋は新らしい本ばかりの店であ ではないような気にもなる。相手は自分の少し変なことをつた。店に誰もいなかったのが自分の足音で一人奥から出 感じているに違いないとも思う。不親切ではないがそのこて来た。仕方なしに一番安い文芸雑誌を買う。なにか買っ たま おそ とを云うのが彼自身怖ろしいので云えずにいるのじゃないて帰らないと今夜が堪らないと思う。その堪らなさが妙に しか オしか ? などこ誇大されて感じられる。誇大だとは思っても、そう思って かなど思う。然し、自分はどこか変じゃよ、 ちらから聞けない気がした。「そう云えば変だ」など云わ抜けられる気持ではなかった。先刻の古本屋へまた逆に歩 やはり いて行った。矢張買えなかった。吝嗇臭いぞと思って見て れる怖ろしさよりも、変じゃないかと自分から云ってしま えば自分で自分の変な所を承認したことになる。承認してもどうしても買えなかった。雪がせわしく降り出したので しまえばなにもかもおしまいだ。そんな怖ろしさがあった出張りを片附けている最後の本屋へ、先刻値を聞いて止し のだった。そんなことを思いながら然し自分のロは喋ってた古雑誌を今度はどうしても買おうと決心して自分は入っ いるのだった。 て行った。とつつきの店のそれもとつつきに値を聞いた古 にんたく 「引込んでいるのがいけないんだよ。もっと出て来るよう雑誌、それが結局は最後の撰択になったかと思うと馬鹿気 よそ にしたらいいんだ」玄関まで送って来た友人はそんなことた気になった。他所の小僧が雪を投げつけに来るので其の はず を云った。自分はなにかそれに就いても云い度いような気店の小僧は其の方へ気をとられていた。覚えておいた筈の くえき がしたがうなずいたままで外へ出た。苦役を果した後のよ場所にそれが見つからないので、まさか店を間違えたので しやペ かたづ
つの事を成したのだと、自惚れていいように思う。私は嬉自分が初め此の申出を断ろうかと思ったこと。それは、此 しい。実際、子供のように嬉しいのだ。 の国が貧しく饑餓に脅かされており、又、現在、彼等酋長 達の家や部落が、長い間の主人の不在のために、整理を必 要としていることを、自分が良く知っているからだ、とい 十八 うこと。しかし結局之を受けたのは、此の工事の与える教 訓が一千本のパンの木よりも有効だと思ったから、それに、 十月に入って、道路はほぼ完成した。サモア人としては たま かかる美しい好意を受けることが、何ものにも増して堪ら 驚くべき勤勉と、速度とであった。斯うした場合にありが うれ ほとん なく嬉しかったからだ、ということ。 ちの、部落間の争いも殆ど起らなかった。 しゅうちょう 「酋長達よ。諸君が働いて下さるのを見ていて、私の心 スティヴンスンは工事完成記念の宴を華やかに張りたい と思った。 / 。 彼よ、白人と土人とを問わず、島の主だった人は温かくなる様な気がしました。それは感謝の念からばか 人には残らず招待状を送った。所で、驚いたことに、宴のりでなく、或る希望からでもあります。私は其処にサモア すなわ ため 日が近づくにつれ、白人及び白人に親しい土人達の一部かの為、良きものを齎すであろう約束を読んだのです。即ち、 こと′」と ′」と 私の申上げたいのは、外敵に対する勇敢な戦士としての諸 ら彼が受取った返辞は、悉く断り状だった。子供の如く もっ 無邪気なスティヴンスンの喜びの宴を以て、彼等は皆、政君の時代は既に終ったということです。今や、サモアを守 みな きゅうごう はんと 治的な機会と見做し、つまり、彼が叛徒を糾合し、政府にる途はただ一つ。それは、道路を作り、果樹園を作り、植 うりさばき それら 対する新しい敵意を作上げようとしている、と考えたので林し、其等の売捌を自らの手で巧くやること。一口にいえ ある。彼と最も親しい数人からも、理由は書かずに、出席ば、自分の国土の富源を自分の手で開発することです。之 ほとん できない旨を言って来た。宴は殆ど土人ばかりが来ることをもし諸君が行わないならば、皮膚の色の違った他の人間 おびただ 共がやって了うでしよう。 夢になった。それでも、列席者は夥しい数に上った。 もっ 風当日スティヴンスンはサモア語で感謝の演説をした。数自らの有てるものを以て、諸君は何をしているか ? サ と日前、英文の原稿を或る牧師の所へやって、土語に翻訳しヴァイイで ? ウポルで ? ツツイラで ? 諸君は、それ じゅうりん を豚共の蹂躪に任せているではないか。豚共は家を焼き、 て貰ったものである。 しゅうちょう 彼は先ず八人の酋長達に厚く謝辞を述べ、次いで公衆果樹を切り、勝手放題をしているではないか。彼等は蒔か ざるに刈り、蒔かざるに収穫れておるのだ。併し、神は君 に、此の美しい申出の為された事情と経過とを説明した。 うぬば うれ みち もたら これ とり しか
ちやせんがみ 白髪を茶筅髪にした紫の被布を着た気丈な婆さんに顔を蹙で、ところどころ床板が朽ち折れているらしく、凹んだ畳 つまだ こりすみか じやけん め手を振って邪慳に断られての帰途、圭一郎は幾年前の父の上を爪立って歩かねばならぬ程の狐狸の棲家にも譬えた の言葉をはたと思い出し、胸が塞が 0 て熱い大粒の泪が堰い荒屋で、舊にわれた高い石垣を正面に控え、屋後は 帯のような長い長屋の屋根がうねうねとつらなっていた。 き切れず湧きあがるのであった。 しよう かたわ 片端の足を誰にも気付かれまいと憔悴る思いで神経を消家とすれすれに突当りの南側は何十丈という絶壁のような がけそび くや 磨していた内儀さんの口惜しさは身を引き裂いても足りな崖が聳え、北側は僅かに隣家の羽目板と石垣との間を袖を かった。さては店頭に集まる近所の上さん連中をつかまえ巻いて歩ける程の通路が石段の上の共同門につづいていた。 て、二階へ聞えよがしに、出て行けがしに彼等の悪口をあ若し共同門の方から火事に攻められれば寸分の逃場はなし、 とび ることないことおおっぴらに言い触らした。鳶職である人また高い崖が崩れ落ちょうものなら家は微塵に粉砕される。 そばだ そうじ おくびよう たちの 一倍弱気で臆病な亭主も、一刻も速く立退いて行って欲し前の日に掃除に来た時二人は屹立った恐ろしい断崖を見上 まさ 1 」ちょう きおくれ うった げて気臆がし、近くの真砂町の崖崩れに圧し潰された老人 いと泣顔を掻いて、彼等にそれを眼顔でえた。 むごたら 世間は浅い春にも酔うて上野の山に一家打ち連れて出か夫婦の無惨しい死と思い合わせて、心はむやみに暗くなっ ぐ なが しばらく おげく ける人達をうらめしい思いで見遣り乍ら、二人は惨めな貸た。圭一郎は暫時考えた揚句涙含んでたじろぐ千登世を叱 た ものう 間探しにほっつき歩かねばならなかった。 咜して、今は物憂く未練のない煎餅屋の二階を棄て去った のである。 れいめい かえん 二人は近所の口さがない上さん達の眼を避けるため黎明崖崩れに圧死するよりも、火焔に焼かれることよりも、 すっかり みすば 如何なる乱暴な運命のカの為めの支配よりも圭一郎が新し 前に起き出で、前の晩に悉皆荷造りして置いた見窄らしい くるま おそ 持物を一台の俥に積み、夜逃げするようにこっそりと濃い い住処を怖じ畏れたことは崖上の椎の木立にかこまれて せんとう せんべいや 朝霧に包まれて湿った裏街を、煎餅屋を三町と距たらない師の会堂の尖塔が見えることなのだ。 下 かけお 同じ森川町の橋下二一九号に移って行った。 駈落ちた当時、圭一郎は毎夜その会堂に呼寄せられて更 とっさ の 全く咄嗟の間の引越しだった。千登世が縫物のことで近くるまで千登世との道ならぬ不虔な生活を断ち切るように しゅんれつ 崖 付きになった向う隣りの医者の未亡人が彼等の窮状を聞きと、師から峻烈な説法を喰った。が、何程捩込んで行っ もくろん さた もうしゅうさ 知って買い取ったばかりのその家の目論でいた改築を沙汰ても圭一郎の妄執の醒めそうもないのを看破った ()5 師の、 止みにして提供したのだった。家は一一一畳と六畳との二た間逃げるものを追いかけるような念は軈て事切れた。会堂の わ やつれ かみ ばあ へだ しか お わず た ふしだら やが みじん ねじこ だんがい たと そで しつ ふ
をま。んの (. , 毳みな墫も して。 ひ一 A メっ 小一を日しイ、 た。河上徹太郎などは『光と風と夢』について「内容 は・・スティヴンスンが病を得てサモアの島に後 半生を療養と執筆と土人との交渉のうちに送る実録体 さらに「先す眼を惹くものは、絢爛 たる南洋の風物であり、又世紀末の知的作家の心が、 あこが そこに健康への憧れと都会恐怖症との間に動揺するそ の消長である」と指摘する 同じ年の秋、『南島譚』を今日の問題社より刊行、 これには「南島譚」三編、「過去帳」二編、「悟浄出 南洋トラック島より妻あての手世」「悟浄歎異」などが収められた。そしてその年の冬、 せんそく 紙に、敦がスケッチした現地人 宿病の喘息のため死去、従って生前の単行本は二冊、 の風俗 ( 昭和年Ⅱ月 3 日付 ) ということになる。商業雑誌に掲載されはじめたかと えば年末にはこの世にもういない。友人氷上英広は、 そのあっけなさを次のように語っている 「昭和十七年になって中島敦のものがようやく活字 になりだした。これは面白いことになると限ってし たら、その年の終らないうちにあっけなく死んでし まった。実際あっけないことだ。」 中島の作品にははば三つのハターンがある。その一 つは中国の古典、古譚に取材した「山月記」「名人伝」 「弟子」「李陵」などの作品群である。文体の雄甄、格調 子の高さは、これらの作品群においてひときわ強く発揮 されている。近代的な自意識の葛藤の裏うちがあり 物は ・ 1 ・・ 1 ぜ . っ かっとう けんらん 461
いつも自分の頭へ浮んで来る訳のわからない言葉があったているということが何とも云えない楽しい気持を自分に起 させていることを吉田は感じていた。そして吉田の寐られ ことを吉田は思い出した。それは「ヒルカニヤの虎」とい れんかん せきのど ないのはその気持のためで、云わばそれは稍々楽しすぎる う言葉だった。それは咳の喉を鳴らす音とも聯関があり、 おれ それを吉田が観念するのは「俺はヒルカ = ヤの虎だそ」と気持なのだった。そして吉田は自分の頬がそのために少し ずつほて いうようなことを念じるからなのだったが、一体その「ヒ宛火照ったようになって来ているということさえ知ってい た。しかし吉田は決してほかを向いて寝ようという気はし ルカニヤの虎」というものがどんなものであったか吉田は いつも咳のすんだあと妙な気持がするのだった。吉田は何なかった。そうすると折角自分の感じている春の夜のよう かきっとそれは自分の寐つく前に読んだ小説かなにかのなな気持が一時に病気病気した冬のような気持になってしま うのだった。しかし寐られないということも吉田にとって かにあったことにちがいないと思うのだったがそれが思い 出せなかった。また吉田は「自己の残像」というようなもは苦痛であった。吉田は何時か不眠症ということについて、 それの原因は結局患者が眠ることを欲しないのだという学 のがあるものなんだなというようなことを思ったりした。 それは吉田がもうすっかり咳をするのに疲れてしまって頭説があることを人に聞かされていた。吉田はその話を聞い まくらもた を枕へ凭らせていると、それでも矢彊り小さい咳が出て来てから自分の睡むれないときには何か自分に睡むるのを欲 くび る、しかし吉田はもうそんなものに一々頸を固くして応じしない気持がありはしないかと思って一夜それを検査して てはいられないと思ってそれを出るままにさせておくと、見るのだったが、今自分が寐られないということについて どうしてもやはり頭はその度に動かざるを得ない。するとは検査してみるまでもなく吉田にはそれがわかっていた。 その「自己の残像ーというものがいくつも出来るのである。しかし自分がその隠れた欲望を実行に移すかどうかという しかしそんなこともみな苦しかった二週間ほどの間の思段になると吉田は一も二もなく否定せざるを得ないのだっ た。煙草を喫うも契はないも、その道具の手の届くところ い出であった。同じ寐られない晩にしても吉田の心にはも うなにかの快楽を求めるような気持の感じられるような晩へ行きつくだけでも、自分の今のこの春の夜のような気持 は一時に吹き消されてしまわなければならないということ もあった。 わき 或る晩は吉田は煙を眺めていた。床の脇にある火鉢のは吉田も知っていた。そして若しそれを一服喫ったとする 裾に刻煙草の袋と煙管とが見えている。それは見えている場合、この何日間か知らなか 0 たどんな恐ろしい咳の苦し というよりも、吉田が無理をして見ているので、それを見みが襲って来るかということも吉田は大概察していた。そ とら ひばち せつかく っ ほお
筧の話 とぎばなし なんとなく親しくー・彼等が陰湿な会話をはじめるお伽噺 へり のなかでのように、眺められた。また径の縁には赤土の露 出が雨滴にたたかれて、ちょうど風化作用に骨立った岩石 かっこう そっくりの恰好になっているところがあった。その削り立 った峰の頂にはみな一つ宛小石が載っかっていた。ここへ は、しかし、日が全く射して来ないのではなかった。梢の すぎま ろうそく 隙間を洩れて来る日光が、径のそこここや杉の幹へ、蝦燭 で照らしたような弱い日なたを作っていた。歩いてゆく私 の頭の影や肩先の影がそんななかへ現われては消えた。な かには「まさかこれまでが」と思うほど淡いのが草の葉な たに っえ 私は散歩に出るのに二つの路を持っていた。一つは渓にどに染まっていた。試しに杖をあげて見るとささくれまで つりばし 沿った街道で、もう一つは街道の傍から渓に懸った吊橋をがはっきりと写った。 やまみち 渡って入ってゆく山径だった。街道は展望を持っていたが この径を知ってから間もなくの頃、ある期待のために心 しばしま そんな道の性質として気が散り易かった。それに比べて山を緊張させながら、私はこの静けさのなかを殊に屡ダ歩い ひむろ 径の方は陰気ではあったが心を静かにした。どちらへ出る た。私が目ざしてゆくのは杉林の間からいつも氷室から来 かはその日その日の気持が決めた。 るような冷気が径へ通っているところだった。一本の古び かけ、 しかし、いま私の話は静かな山径の方をえらばなければた筧がその奥の小暗いなかからおりて来ていた。耳を澄ま かす ならない。 して聴くと、幽かなせせらぎの音がそのなかにきこえた。 吊橋を渡ったところから径は杉林のなかへ入ってゆく。 私の期待はその水音だった。 さえぎ 杉の梢が日を遮り、この径にはいつも冷たい湿っぽさがあ どうした訳で私の心がそんなものに惹きつけられるのか。 たど ひし った。ゴチック建築のなかを辿ってゆくときのような、犇心がわけても静かだったある日、それを聞き澄ましていた ひしと迫って来る静寂と孤独とが感じられた。私の眼はひ私の耳がふとそのなかに不思議な魅惑がこもっているのを みしようせんたい とりでに下へ落ちた。径の傍らには種々の実生や蘚苔、羊知ったのである。その後追おいに気づいて行ったことなの わいしよう あた 歯の類がはえていた。この径ではそういった矮小な自然がであるが、この美しい水音を聴いていると、その辺りの風 みち なが
184 「朝ー鮮ー閣 ? 」 顔を覗いた。 たた 「うん」と云って彼の手をびしやと叩いた。 「まだあったぞ。もう一つどえらいのがあったぞ」義兄が しばらくして勝子から おどかすようにそう云うと、姉も信子も笑い出した。勝子 は本式に泣きかけた。 「しようせんかく」といい出した。 こうころ・ いしがき 城の石垣に大きな電燈がついていて、後ろの木々に皎々 「朝鮮閣」 かげ 牴牾しいのは此方だ、と云った風に寸分違わないようにと照っている。その前の木々は反対に黒ぐろとした蔭にな せみ 似せてゆく。それが遊戯になってしまった。しまいには彼っている。その方で蝉がジッジジッジと鳴いた。 が「松仙閣」といっているのに、勝子の方では知らずに彼は一人後ろになって歩いていた。 こ 「朝鮮閣」と云っている。信子がそれに気がついて笑い出彼が此の土地へ来てから、こうして一緒に出歩くのは今 かんむり 夜がはじめてであった。若い女達と出歩く。そのことも彼 した。笑われると勝子は冠を曲げてしまった。 まれ 「勝子」今度は義兄の番だ。 の経験では、極めて稀であった。彼はなんとなしに幸福で 「ちがいますともわらびます」 あった。 わがまま 「ううん」鼻ごえをして、勝子は義兄を打っ真似をした。 少し我儘なところのある彼の姉と触れ合っている態度に、 それを器用にやっているのではな 義兄は知らん顔で 少しも無理がなく、 「ちがいますともわらびます。あれ何やったな。勝子。一 、生地からの平和な生れ附きでやっている。信子はそん 遍峻さんに聞かしたげなさい」 な娘であった。 泣きそうに鼻をならし出したので信子が手をひいてやり義母などの信心から、天理教様に拝んで貰えと云われる ながら歩き出した。 と、素直に拝んで貰っている。それは指の傷だったが、そ 「これ : : : それから何という積りやったんや ? 」 のため評判の琴も弾かないでいた。 わらび 「これ、蕨とは違いますって云う積りやったんやなあ」信学校の植物の標本を造っている。用事に町へ行ったつい ふろしき 子がそんなに云って庇ってやった。 でなどに、雑草をたくさん風呂敷へ入れて帰って来る。勝 「一体何処の人にそんなことを云うたんやな ? 」今度は半子が欲しがるので勝子にも頒けてやったりなどして、独り 分信子に訊いている。 せっせとおしをかけている。 しやしんちょう 「吉峰さんのおじさんにゃなあ」信子は笑いながら勝子の勝子が彼女の写真帖を引き出して来て、彼のところへ持 たかし っ
彼思うらん』僕には片言のような詩しか口に出て来ないが、 もう一人の青年は別に酔っているようでもなかった。 , は相手の今までの話を、そう面白がってもいないが、そう実際いつもそんな気持になるんです」 かと云って全然興味がなくもないといった穏やかな表情で「なるほど、なんだかそれは楽しそうですね。しかし何と のど いう閑かな趣味だろう」 耳を傾けていた。彼は相手に自分の意見を促されてしばら 「あっはつは。いや、僕はさっきその崖の上から僕の部屋 く考えていたが、 むし 「さあ・ : : ・僕には寧ろ反対の気持になった経験しか憶い出の窓が見えると云ったでしよう。僕の窓は崖の近くにあっ せない。しかしあなたの気持は僕にはわからなくはありまて、僕の部屋からはもう崖ばかりしか見えないんです。儺 みち はよくそこから崖路を通る人を注意しているんですが、元 せん。反対の気持になった経験というのは、窓のなかにい る人間を見ていてその人達がなにかはかない運命を持って来めったに人の通らない路で、通る人があったって、全く この浮世に生きている。という風に見えたということなん僕みたいにそこでながい間町を見ているというような人は ひまじん 決してありません。実際僕みたいな男はよくよくの閑人な です」 「そうだ。それは大いにそうだ。いや、それが本当かも知んだ」 「ちょっと君。そのレコ 1 ド止して呉れない」聴き手の方 れん。僕もそんなことを感じていたような気がする」 酔った方の男はひどく相手の云ったことに感心したようの青年はウェイトレスがまたかけはじめた「キャラ・ ( ン」 の方を向いてそう云った。「僕はあのジャッズという奴が な語調で残っていたビ 1 ルを一息に飲んでしまった。 「そうだ。それであなたもなかなか窓の大家だ。いや、僕大嫌いなんだ。厭だと思い出すととても堪らない」 はね、実際窓というものが好きで堪らないんですよ。自分黙ってウェイトレスは蓄音器をとめた。彼女は断髪をし 情のいるところから何時も人の窓が見られたらどんなに楽して薄い夏の洋装をしていた。しかしそれには少しもフレッ むしナンキンねすみにお éいだろうと、何時もそう思ってるんです。そして僕の方でシュなところがなかった。寧ろ南京鼠の匂いでもしそうな 社も窓を開けておいて、誰かの眼にいつも僕自身を曝らして汚い = キゾティシズムが感じられた。そしてそれはそのカ るいるのがまたとても楽しいんです。こんなに酒を飲むにしフェがその近所に多く住んでいる下等な西洋人のよく出入 うわさ ても、どこか川つぶちのレストランみたいなところで、橋りするという噂を、少し陰気に裏書していた。 なま 9 の上からだとか向う岸からだとか見ている人があって飲ん「おい。百合ちゃん。百合ちゃん。生をもう二つ」 なじみ でいるのならどんなに楽しいでしよう。『いかにあわれと話し手の方の青年は馴染のウェイトレスをぶつきら棒な たま だいきら がけ たま