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検索対象: 現代日本の文学 Ⅱ-9 司馬遼太郎集
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1. 現代日本の文学 Ⅱ-9 司馬遼太郎集

102 あけても日野家にもどらず、終日ごろごろしていた。 とおもった。腹大夫がやってきて、 「さあ、行こう」 ( 本当に腹大夫はやる気か ) 源四郎は、半信半疑だった。あの男は酔ったいきおいであごで源四郎をせきたてて、ゆらりと外へ出たのである。 あのように気炎をあげていたが、神仏や物の怪に挑戦でき 腹大夫は、歩いてゆく。 るような勇気はあるまい。 「しかし」 ( あるとすれば、鹿だ ) と、源四郎はおもった。天子も将軍もかなわぬものが神源四郎は、腹大夫の無神論が気に入らなかった。神仏も ようかい おそ 仏や生霊死霊の祟りであり、妖怪であり、それを怖れるとおらず、妖怪もおらぬ世の中というのは、花のない草原と いうのが人間の可憐さなのである。神仏や霊異を怖れぬよおなじでなんとつまらぬことかとおもうのである。 うになれば人間はどうなるのであろう。ことごとくの人間「本当にないのか」 が悪のかぎりをつくし、強者は弱者を食み、この地上で貞と、源四郎は未練げにいった。いっそばけものもあった かぎよう ほうが浮世のおもしろさになる。 女はひとりもいなくなり、まじめに稼業にいそしむ男はい なくなり、みな互いに殺しあって他人の物をとろうとする「本当にないのかえ」 であろう。それをせぬのは人間が地獄を怖れるからであり、「うるせえ」 腹大夫は、どなった。 人間が神罰、仏罰をおそれるからである。 「あるのかないのか、どっちにしろ証拠のないことだ。お 腹大夫はちがうらしい かど れに念を押されたって、そいつはお門がちがう」 人間こそえらいのだ。 ということを打ちたてねば、この男は、堕地獄の人殺し「しかし、あんたは無いといっている」 である足軽や、地獄必定が屠取人などの庇護者である印「おれはあるとかないとかいうより、神仏もばけものも、 あしげ 地の大将になれぬのであろう。印地の大将という稼業がら、足蹴にしてどぶへたたっこむほどの気概を人間は持て、と からいば ああいう空威張りの付け元気でさんざんばら神仏をこきおいうのだ。見えもしねえ野郎どもに遠慮などして生きてゆ こっちょう ろしたのであろう。 くのは馬鹿の骨頂というのだ」 が、日が暮れて、 「だから足蹴にするのか」 ( えっ ) 「それはな、おれたち印地だけじゃない。門徒坊主がそう たた かれん ものけ

2. 現代日本の文学 Ⅱ-9 司馬遼太郎集

354 ば見えますまい」 「もそっと、登られよ」 「ゆこう」 勝元は、のぼった。いつのまにか僧に対し従順になって 勝元は立ちあがり、僧のぶんもふくめて馬を二頭用意さしまっている自分を発見した。もっともここまで来てしま えば従順になるより仕方がなかったし、ここまで来て引き せた。僧にすれば思う壺である。 か かえせば、わざわざ来た甲斐もない。 ( この僧にまかせてしま、そのほうが、いわばとくだ ) 僧と管領は、馬首をならべて、東へ。 くら 僧は背をまるめ、鞍にすわりのわるい痩せ尻をすえ、馬とくとは、瑞気が見られる、ということである。目的の ひづめ ためには、くだらぬ感情はおし殺さねばならない。 が蹄を鳴らすごとに揺れてゆく。 「ふりむいては、なりませぬ」 ( なんと、陰気な坊主だ ) えいざん と、僧は何度もいった。自分がよしというまで都の眺望 細川勝元はおもった。勝元は叡山の秀才学匠のような容 かげ 貌と、名門のそだちらしい翳りのない容貌で馬を打たせてをみてはいけない、と僧はいうのである。勝元は、そのと おりにしこ。 ゆく。陰と陽の二人づれであった。 ぎおん かもがわ このあたりが、勝元の不幸であった。かれはすでに館を 鴨川をわたり、祗園の坂下で馬をすてた。あとは歩かね 出たことじたい、僧の醸しだす世界に惹き入れられていた ばならない。坂をの・ほる。 が、そのあとは馬首をならべる、山への・ほる、といったふ 上は、松林である。この台地は祗園林といわれ、林のな ごす 、つこ、 かに感応院やら牛頭天王の社やらがある。 冫いよいよその度合が濃くなった。とりわけ、山の頂 「ここでいいのか」と勝元がきくと、 上へのひとすじ道がいけなかった。道ーー・後世、長楽寺み 「さらに上へ」 ちとよばれるようになったがーーーは天にむかってまっすぐ と、陰気な僧が命令口調でいった。勝元は、やや不快にであり、登るに従ってせまくなってゆく。狭くなってゆく くせもの なった。あとは、ほそい山坂である。雨が降れば山水が奔というのが、曲者であった。道がせまくなるというのは意 って川になるらしく、坂は幾すじにもえぐれている。歩き識の幅も狭くなってゆくということであり、それが勝元で なくても登る人の心が求心的になり、いわば神に従いたい づらかった。勝元はいよいよ不快になってきた。 「これほど登ればよかろう」 といったふうの、宗教的発意がきざしはじめる。 といったが、僧はかぶりを振った。 勝元も、ついそうであった。もはや、 かんれい やしろ やじり つい ながめ やかた

3. 現代日本の文学 Ⅱ-9 司馬遼太郎集

郁太郎が長州藩邸を訪ねた日、桂小五郎は大坂にいた。 「やあ」 と、その男も応じ、頭をベこりとさげ、愛想よく笑ったその翌日藩邸に帰り、典医長野昌英の手紙を読み、 はずか 留守中、所郁太郎という美濃人が訪ねて来なかった が、それつきりすれちがってしまった。郁太郎は、羞しく なった。相手は自分を忘れてしまっているのであろう。とか。 あけがた いうより、あの日の暁方、かれが腹痛で苦しんでいたとき と、一座の者にいった。松原音造があっとおどろき、い まぶた 瞼を閉じきっていたように思える。それに部屋もまだ暗く、きさつを話した。桂はそれをきいて苦い顔をしを じゅく 郁太郎の顔を見るような余裕はなかったのであろう。 「それが、緒方塾の俊才を遇するみちか」 ていちょう ちゅうげん 門わきにいる老中間に、あの方はどなたです、と鄭重に そのひとことで、藩邸に小さなさわぎがおこった。不覚 きくと、中間は、 にも、居所さえ確かめていないという。 「志道聞多殿」 「ただの浪人ではない。幗に参加してもらえるよう、当 と、無愛想に答えた。郁太郎も、その名をきいている。藩から辞をひくくして頼むべき仁だ。それがわからぬのか」 長州藩過激派のなかでももっとも重要な一人で、藩主の覚長州藩に人材をあつめようという点で、桂ほど熱心な男 たかすぎしんさく ぞうろく らんがく えが抜群であり、高杉晋作や桂小五郎が立案したことを藩はいなかった。やはり緒方洪庵塾の出身の蘭学者村田蔵六 主にとりつぐには聞多のロを借りるのがもっとも、、と、 ししを、懸命に説いて藩に仕官させたのもこの桂であった。村 ますじろう われていた。 田はのちに大村益次郎と名乗り、長州陸軍の総指揮者にな ( あの男が、そうか ) るのだが、その出身は長州人ではあったが武士ではなく、 郁太郎は自宅に帰ったが、気持が沈み、数日ひきこもっ郁太郎同様、領内の百姓医であった。 えぞち はこだて ていた。いっそ蝦夷地の函館で開業し、北辺の開拓に骨を「その仁は、美濃の人か」 人うずめようかと思ったのは、この時期であった。もっとも といったのは、井上聞多である。聞多にも思いあたるふ 浪 そのことに定見があるわけではなく、この北辺の防衛と開しがあり、「これは草の根をわけてもさがさねばならぬ」 拓は、この時期、浪人志士たちのあいだでやかましく論議といった。 されていた話題で、郁太郎は多少それに影響されていたに「知人の名をあげていなかったか」 おうみ 四すぎない。 「左様。京の呉服商で淡海弘という人物とは懇意であると 申されていましたが」 じん

4. 現代日本の文学 Ⅱ-9 司馬遼太郎集

と、源四郎はわれながらおもった。 ということも、源四郎にとってはねむれぬたねであった。 からかみ 「夢でございますもの、夢のなかだけでも綺羅をかざって この家の構造には、後世のような唐紙障子というものが たとえ」 おればよろしいのでございますよ。 なかった。部屋はしきいや障子で仕切られておらず、古ぼ をちょう へだ と、母親は言葉をつづけた。 けた几帳一つが隔てになっているだけである。この几帳の 「あなたさまが征夷大将軍におなりあそばして六十余州の幕をくぐってゆけばそこにさわらびの肉体が桃色に息づい 武家をおひきいになっても、そのご生涯は夢の夢でございているはずであり、ひょっとすると手をのばしただけでそ とまや ますよ。夢であるとしますならば、このいぶせき苫家でみれに触れることができるかもしれぬという近さだった。 はかな ます夢も、夢ということではおなじこと。およそ儚し」 この男女を、このような配置に配置づけたのは、あの母 ( そうかなあ ) 親の意思によるものであった。 源四郎には、そういう気分がまだわからない。この世が 呼ばえ。 夢であるかどうか、これからそれを試すべく生きてゆこう と、暗にいっているのであろう。母親は、決断したにち としている年齢なのである。 がいなかった。源四郎をとくと観察してこの若者は涼し、 とみたのであろう。自分の娘のむこにするにはまずまずと 紺地の天に、金泥でひと掻き掻いたような月が、細くすおもったのであろう。 るどくかかっている。その真下に、源四郎がとまっている彼女のいう「夢」かもしれなかったが、とにかくもさわ 母娘の家があった。 らびは天子の娘であり、物の運さえあれば内親王たるべき 裏に、縁がある。縁のほんのむこうに蝉ノ小川に似たかむすめであり、一方、源四郎は源四郎で、真偽さだかでな ~ そし川が瀬音をたてていることは、すでに源四郎も知っ いにせよ、将軍の子であった。内親王と将軍の公子が一つ えにし ていた。 縁でむすばれて夫婦になるというのは、これほどめでたい おうな ( 耳につく ) ことはない。そのように、あの年若い媼はおもったにちが いなかった。 と、源四郎は寝所でおもった。まったくあの瀬音のやか むこ ましさは、堪えられない。低く高く、ときに人語をささや ( 入り婿か ) くようである。もう夜半であろうが、源四郎はねむれない。 と、源四郎は闇の右手をみた。そこに几帳のとばりが垂 ( さわらびが、隣りで寝ている ) れている。それを這いくぐってゆけば、もうそれだけで源 せいい こんでい せみ みようと

5. 現代日本の文学 Ⅱ-9 司馬遼太郎集

215 妖怪 と、義政はうんざりした。 「お話がございます。お家の大事にかかわることでござい ( おんなは全体がおんなであるべきだ。この富子は、顏だます」 けが女であるにすぎないではないか ) というのである。義政はおどろいた。 らくちゅり そうおもった。義政の側室には武家女もいれば、洛中の 「なんのことだ」 おんたち 富商のむすめだった者もいる。 「鬼切りノ御太刀のことでございます。あれはどこにござ 義政はかねがね、 いますか」 ( ひとはなぜ公卿の女をよろこぶのか、わしにはわからな「知れたこと」 義政は、なにげなくいった。 からびつ とおもっていた。田舎の大名などは、京の女をよろこぶ。「唐櫃のなかにある」 ことに公卿の娘ときけば千金という支度金を積んでもそれといってから、はっとした。思いだした。もともと鬼切 を国もとによびたいとおもうようだが、都そだちの義政はりノ太刀は義政の居室にあるべきものであり、居室の唐櫃 公卿の女というものを知りぬいているだけにそのわるいとのなかにおさめてある・ヘきものであった。ところが、いっ ころばかりが鼻につく。情がつめたいくせに駈け引きばかのころだったか、お今が所望し、 りに長じているようなところがある。 あの御太刀をしばらく。 ( なかでも富子は ) といった。魔除けのために貸してもらいたい。里屋敷に おいておく、頼み入ります、といって懇願した。お今は、 と、思うのだ。その公卿悪といっていい厭なところが、 輿入れしてきた当座はともかく、ちかごろは日に日に増長義政の少年のころからついてきた侍女兼側室であり、あの してきたようにおもえるのである。 太刀については彼女はよく知っている。義政もついなにげ ( そのくせに、閨さびしがるのだ ) つまり好色なのだ、と義政はおもった。たとえば今夜、 しばらくならいい おんなの身でありながら当方へ使いまでよこしたのはその といってしまった。よく考えてみると、お今はいまだに 閨さびしさを訴えようとするのであろう。 それを当方にもどしていないのである。 が、意外であった。 「うそをおおせられますな」 富子がいった第一声は、 と、富子はするどくいった。 ねや

6. 現代日本の文学 Ⅱ-9 司馬遼太郎集

333 妖怪 おら と、播磨の針売りがたしなめた。「あまり喚ぶと祟りが ( さて、ここは都だが ) ゆくあてどがない。腹大夫はあれからどこに行ったかわ あるそよ」というのである。他の者も、祟りときいてぞっ おく からないし、さわらびをたずねようにも、気持に臆するも とした。そのそっとしたあたりで唐天子の幻術が変転し、 のがあった。ああいう娘というのはいつまでもひとりでい 影が変じて巨大な狐二ひきになった。 二ひきの狐が、ともえになって舞いおどっている。源四るはずがなく、すでに婿が入っているであろう。 「あてがあるではないか」 郎は、あきれた。 と、耳もとで言う者がある。それが唐天子であることは、 「みな、みろ」 と、源四郎は影のほうから目をそらし、床の上の一点を源四郎にはむろんわかっている。 「小うるさいな」 指さした。 と、手をあげて耳もとのあぶのような声を追いはらおう 「そこをみろ」 とした。が、唐天子は耳のうぶ毛のあたりに巣でも作って みな、指さされるままに床の上を見た。がなにもない。 しまったかのように動かず、 「よくよく目をこらせ」 「富子のところへ」 と、源四郎はいった。なるほど目をこらすと床の上に小 といった。行け、という。源四郎はそのことが図星だっ 指の頭ほどに小さな狐が二ひき上になり下になりして跳ね ろうばい おどっている。 ただけに、心のうちを見すかされたように狼狽したが、し かし口さきだけは取りすまして、 「その影が、板壁に映っているのだ」 、四・、、つこが、しかしなぜこのように小さな狐が「なぜ私が富子のもとにゆかねばならないのかね」 といった。あぶの羽音は、急に笑い声にかわった。 床の上にいるのか、そこのところは源四郎にもわからない。 * くだぎつね 「惚れている女ではないか」 「これは、管狐というのだ」 「なにを言やがる」 と、物知りの老婆が説明した。管という極小の狐を、 昔のことだ、と源四郎はおもった。が、いま都でたれに 飯繩つかいは使うということは世に古りた者なら知ってい 会いたいかといえば、腹大夫やさわらびではなく、やはり る。 富子であった。惚れているとかどうとかと言うよりも、富 子の存在が都そのもののような気がするし、もっとくわし 翌朝、源四郎は宿を出た。 はりま たた むこ

7. 現代日本の文学 Ⅱ-9 司馬遼太郎集

「わからないのか。関所は日野富子のもの。そのうちこわ 「なにか、用かね」 し一揆ということになると、富子に対する敵ということに 船頭は、重い声でいった。 なる。つまりこれについては、お二人はお今の味方だ。お 「あんたは ? 」 っ 今の憑き神であるわしとしては、手だすけをせずばなるま 「唐天子さ」 いさ」 小柄な男よ、 をいった。声に、ふるい仲間同士のようなそ ういう親しみがこもっている。 「ちょっと一揆の件をきいたのでね、それでやってきたの舟がむこう岸についた。腹大夫と源四郎はあらそって岸 へ飛び降り、ほとんど同時にふりむくと、舟もなく船頭も さ」 おらず、闇のなかにただひょうびようと水が満ちているだ 陽が、落ちた。 天に残光がのこっているが、水面には闇がこめはじめた。けである。 舟は、スイと洲を避け、ひたひたと水音を立てつつすすん でいる。 星が、西の空に群れている。その下に森がある。 そこへ。 「どこへわれわれを連れてゆくのだ」 と、ふたりは野道をいそいだ。やがて森のなかに入ると、 また兜率天か、と腹大夫は叫・ほうとしたが途中で声が出 なくなったようだった。 最初の巨樹がく鸛・であった。その樟の根方から人が出てき 「お望みのところへだよ」 て、 「いずかたの、どなたじゃ」 「対岸だ、対岸でいい」 むこうみよ ) と、名をきいた。一一人は、答えた。人影はうなずき、社 「ああ、こっちもそのつもりだ。日が暮れるとすぐ向日明 じん 神にゆく、そうだったな。当方は心得ている」 殿へ案内した。 しとみど 怪 「お、おのれは」 社殿は、草ぶきである。蔀戸がついていて燈明のあかり 「言葉遣いをつつしんだほうがよかろう。わしはなにも仕が洩れている。二人はゆるされてそのなかに入った。 事の邪魔だてをするためにわざわざここへ来たのではない。 板敷の上に、十数人の百姓がすわっており、中央に明石 9 お二人に力を貸すためにきている。いわば、味方だ」 千之助がいた。 「なぜ」 「やあ、よう見えた」 とそってん いっき

8. 現代日本の文学 Ⅱ-9 司馬遼太郎集

おんみようじ と、土手から河原にいる人影を見おろしておもった。あの陰陽師ではないか、とふとおもった。 ( いかん ) との一人は何者かは知れないが一人は念閑にまぎれもない。 とあわてたのは、かれらふたりが河原からこちらへのぼ ( 妙な男とっきあっている ) 源四郎は、興味をも 0 た。もともと念閑という男は自分りはじめたからである。源四郎は真竹の薤〈身をひそめた。 ここでこう様子をみておれ やがてかれらが、藪の中を通ってひがしのほうへゆく。 の手下ながら得体が知れない なかみかどどおり こじき ばあるいは念閑という乞食坊主を理解できるいとぐちでもこの藪の中の道は、この都では中御門通といわれる。これ を東へゆけば将軍の御所の塀につきあたる。 得られるかとおもった。 ところが、意外であった。 あべの ( あの男、気がくるったか ) 鳥になった念閑は、よちょちと歩いてゆく。陰陽師阿倍 はるみち とおどろいたのは、念閑が河原でやっているしぐさであ晴道は、その帯をつかんでそのあとからついてゆく。 ( うまくゆくだろうか ) った。ちょうど鳥がなにかにとまっているように、念閑は 小腰をかがめ、両腕を翼のようにうしろへやり、あごを突という心配は、当然ながら阿倍晴道にはある。心配どこ きだして立っているのである。 ろか、十中八九この企ては失敗するだろうと陰陽師自身が おもっていた。 相手の男は、しきりになにかをつぶやいていた。声が小 なにしろこの鳥になった念閑を、将軍御所の御門前で飛 さく、源四郎の耳まではとてもきこえない。 そのうち、念閑が歩きだしたのである。よちょちと歩いばすのである。飛ばすといっても現実には念閑は走ってゆ てゆく。 門の番士が、気づかぬはずがない。見とがめてあとを追 ( あいっ ) うだろう。 と、源四郎にはわかった。 めくらまし ( あとは、どうなるか ) ( 幻戯をかけられている ) ゅびあみだ とすれば、かけているあの男は何者であろう。指阿弥陀そこからさきはわからない。十に一つ、念閑と陰陽師に ぎようこう とうてんし しかし唐僥倖がかがやけば念閑は門内にとびこんだまま番士の視野 仏ではなかった。唐天子であるかもしれないが、 天子のような存在がその生の姿をこんな市中にあらわすだから姿をくらましてしまえるだろう。 なにはともあれ、門からなかへ飛びこむという勇気は、 ろうか。唐天子ではなさそうだった。ひょっとすると、例 ぶつ

9. 現代日本の文学 Ⅱ-9 司馬遼太郎集

286 と、富子はきいた。 つじつじ 「それが」 そんな騒ぎのうちに、日が暮れた。市中の辻々にたむろ と、嬉野はいった。 する一揆どもはかがり火をたき、その火が天に映え、雲を たしかに所司の山名右衛門督は家来百騎を従えて出門は赤く染めるかとおもわれるほどであった。 かえん 夜半、京の内外数カ所から大火焔があがった。昼間にう もえ挈 おおよろいこがね ちこわした関所を、夜になって焼きはじめたのであろう。 そのいでたちは萌黄おどしの大鎧に黄金造りの太刀とい せんしゅうごま ったいでたちで、泉州駒のふとくたくましげな黒毛に乗り、 しげどう かぶと 重籐の弓をにぎり胄は下郎にもたせて市中に出ようとした 一揆さわぎは、三日三晩つづき、四日目の朝、うそのよ いっき おく うにゃんだ。 が、市中の一揆のすさまじさに馬もおどろき、人も臆し、 途中でひきかえしてきて屋敷にもどり、門をかたく閉ざし「やんだ ? 」 てしまったという。 富子も、自室で最初、信じられなかった。あれだけの一 「逃げた ? 」 揆が、朝になってみると一揆者らしい者はひとりとして出 富子も、あきれた。 ていなしという。 、え、むりはございませぬ。わずか百騎では、幾万と 町は、いつものようなたたずまいにもどっている。市が たくはっ ふだ いう一揆の前には歯がたちますまい」 立ち、僧が托鉢して歩き、神主がお札をくばり、物売り女 が売り声をあげて歩いている、という。 「それでどうしやると ? 」 「それにつき、ただいまご評定の最中であるというふう「ほんとうかえ」 「本当でございますとも」 にうかがっております」 国もとから兵を差しのぼらせるか、それとも他の細川 と、嬉野がいった。 いっしきぎよう′」く 今川、一色、京極といった在京大名の在京兵をかきあつめ「だらしのない」 て一軍となすか、とにかくも評定中だという。 富子はいった。所司の番にあたっている大名が、であ 「おもしろくもない」 る。いかに京詰めの人数がすくなかったとはいえ、一揆の その評定中にも一揆はいよいよさかんになり、富子の財まっ最中には一度も取締りに出兵せず、とうとう出兵せぬ 源である関所はあとかたもなくつぶされてしまうではないままに一揆のほうがおわってしまった。 ひょうじよう

10. 現代日本の文学 Ⅱ-9 司馬遼太郎集

つな 彼女がーーといっても物体だがーーー言うのに、これが自繋がれたようにしてついてゆくのである。 「満ロの清香、清浅の水」 分の正体さ、という。あとの自分は仮のものよ、という。 いつぎゅう その仮のものというのは、この里宿の奥ふかくにいますわと、この時代の禅僧である一休禅師は、その寵愛する婦 び - 」う っているが、ただすわっているだけさ。あれはそれだけさ。人のためにじた。源四郎の鼻腟の粘膜も、このにおいの 「すると、これがお今さまでござるか」 そういう美しさに酔わされていたにちがいない。 源四郎は、顔をあげてそれをまじまじとみた。なるほど玄関からあがって暗く長い回廊を通ったが、源四郎はす あしもと これをもって天下の権を得た。というより、これをもってこしも足許にあぶなげを感じなかったのは、その物体の暈 こう 天下の権に巣食い、その威光によって富と権勢を得ている。光のおかげであったであろう。 とすれば、この眼前のお今こそ彼女の本質であろう。 やがて、とある部屋の前でその光が突如消えた。源四郎 「そなたは、富子の兄から頼まれて私をどうこうしにきた。は迷った。 かくさずともわかっている。されば話がある。奥へ来よ」 「なにをしている」 という声が、耳もとできこえた。 その物体は、門のほうへ浮しはじめた。 「早う、部屋に入りや」 といわれ、部屋に踏みこんだ。奥へ入ると、そこに三基 その物体は、海中のくらげがゆるゆると泳ぐように闇の しよくだい きちょう の燭台がかがやいていた。その燭台のむこうの几帳のそば なかで漂ってゆく。ときどきその女陰が、 「早う、参れ」 に、ひとりの貴婦人がすわっていることを源四郎は知った。 などと口をきく。そのロのききかたのなんと威厳のある侍女はそばにいない ことか 「私が、今である」 ( なんといっても、将軍の女陰なのだ ) と、その婦人がいったとき、源四郎は突っ立ったままば しばう そのように源四郎はおもった。しかし威厳だけでは源四う然とした。脂肪が透きとおっていまにも融けそうな、そ ほあか 郎はふらふらとついてゆかなかったであろう。 ういうあぶなっかしげな物体が灯明りのなかに白々とすわ そのにおいが四方に満ちている。容易に拡散しそうになっている。 、濡れた、重いにおいが、闇のなかにつややかな航跡を ( 美しい ) ようぼう ひくようにして流れてゆく。源四郎はそのにおいのひもに とおもったのは、彼女の容貌をみたからではなかった。 ちょうあい