源氏物語 58 たれ しからぬことどもの出で来て、人笑へならば、誰も誰もいかに思はん。あやに 一世間の物笑い。身の破滅を導 く。「心地よげ」な乳母とは対照的。 ニ無理無体におっしやる匂宮。 くにのたまふ人、はた、八重たっ山に籠るともかならずたづねて、我も人もい 三「白雲の八重立っ山にこもる たづらになりぬべし、なほ、心やすく隠れなむことを思へと、今日ものたまへとも思ひ立ちなば尋ねざらめや」 ( 紫明抄 ) 。 るを、いかにせむ」と、心地あしくて臥したまへり。母君「などか、カく、例四自分も匂宮も。「いたづらは 身の破滅。「人笑へ」とひびきあう。 ならず、いたく青み痩せたまへる」と驚きたまふ。乳母「日ごろあやしくのみ = 匂宮から今日届いた文面。自 分の設ける隠れ家に隠れよと言う。 なむ。はかなき物もきこしめさず、なやましげにせさせたまふ」と言へば、あ六懐妊かとも疑ってみる。 セ月の障りで石山詣でも中止 ものけ 六 ( 三一ハー ) 。懐妊でないと考え直す。 やしきことかな、物の怪などにゃあらむと、母君「いかなる御心地ぞと思へど、 ^ 母の顔がまともに見られない。 石山とまりたまひにきかし」と言ふも、かたはらいたければ伏し目なり。 九匂宮に抱かれて川を渡ったこ と ( ↓四七ハー ) 。宮への断ちがたい 暮れて月いとあかし。有明の空を思ひ出づる涙のいとどとめがたきは、、 しと執着を、我ながら情けないと思う。 一 0 廊に離れ住む弁の尼。 = 以下、弁の語る大君の思い出。 けしからぬ心かなと思ふ。母君、昔物語などして、あなたの尼君呼び出でて、 三姉として当然考えるべき匂宮 と中の君の結婚問題に悩んだこと。 故姫君の御ありさま、心深くおはして、さるべきことも思し入れたりしほどに、 一三存命ならば中の君同様に薫と 目に見す見す消え入りたまひにしことなど語る。弁の尼「おはしまさましかば、 結ばれていたろうと推量。これが、 うへ 浮舟の運命に過敏な母を刺激する。 一四姉妹で親しく文通などして。 宮の上などのやうに、聞こえ通ひたまひて、心細かりし御ありさまどもの、 一五心細い境遇の姉妹だったが。 ことひと 一六わが浮舟とて同じ姉妹、姉に とこよなき御幸ひにぞはべらましかし」と言ふにも、わがむすめは他人かは、 や 九
ものけ けん。物の怪もさこそ言ふなりしか」と思ひあはするに、「さるやうこそあら = = 以下、僧都の心中。 一四浮舟に取り憑いた物の怪の言 め。今までも生きたるべき人かは。あしきものの見つけそめたるに、、 しと恐ろ葉を想起。↓一六 一五何か深い事情があるのだろう。 あやふ 一六あの時修法もせす放置してい しく危きことなり」と思して、僧都「とまれかくまれ、思したちてのたまふを、 たら今まで生きていなかったろう。 さ・んばう 三宝のいとかしこくほめたまふことなり、法師にて聞こえ返すべきことならず。宅悪霊が目をつけはじめたので、 このままでは実に恐ろしく危険。 御むことは、、 しとやすく授けたてまつるべきを、急なることにてまかでたれ天浮舟本人が、出家を。 一九「 : ・ことなり」まで挿入句。 こよひニ一 あす みずほふ 「三法」は仏・宝・僧。ここは、仏。 ば、今宵かの宮に参るべくはべり。明日よりや御修法はじまるべくはべらん。 ニ 0 僧の身として反対できない意。 かなニ一 一品の宮 ( 女一の宮 ) 。 七日はててまかでむに仕まつらむ」とのたまへば、かの尼君おはしなば、 一三七日間の修法である。 ニ三七日後には妹尼も帰っていよ らず言ひさまたげてんといと口惜しくて、浮舟「乱り心地のあしかりしほどに、 う。そうなれば彼女に反対される。 乱るやうにていと苦しうはべれば、重くならば、忌むことかひなくやはべらん。 = 四気分のすぐれなかった過往と 同じ状態。五戒を受けた時のこと。 一宝重態になったら、戒を受けて なほ今日はうれしきをりとこそ思うたまへつれ」とて、いみじう泣きたまへ もむだになるかもしれない。病気 ひじりごころ ふ は口実にすぎないが、浮舟の懇願 習ば、聖、いにいといとほしく思ひて、僧都「夜や更けはべりぬらん。山より下り は必死である。出家できなければ はべること、日はこととも思うたまへられざりしを、年のおふるままには、た来世もまた救われがたい思い。 手 ニ六年をとるにつれて。「生ふる」 か。やや落ち着かない表現。 へがたくはべりければ、うち休みて内裏には参らん、と思ひはべるを、しか思 毛あなたが、出家を。 し急ぐことなれば、今日仕うまつりてん」とのたまふに、、 しと , つれしくなりぬ。夭浮舟は、ほっと安堵する。 つか ニ五 ニ三 ニ六 ニ七
一驚くほどっらい気持だが て、御馬に乗りたまふほど、引き返すやうにあさましけれど、御供の人々、 ニまったく冗談ではない。 三匂宮は、魂の抜けた思いで。 と戯れにくしと思ひて、ただ急がしに急がし出づれば、我にもあらで出でたま 語 四大内記と時方。大内記は式部 物ひぬ。この五位二人なむ、御馬のロにはさぶらひける。さかしき山越えはてて少輔 ( 従五位下 ) を兼任。↓四五【。 時方は大夫 ( 五位 ) 。↓三四ハー。 源 ぞ、おのおの馬には乗る。水際の氷を踏みならす馬の足音さへ、心細くもの悲五木幡山を越えて、二人が乗る。 六宮が中の君のもとに通った道。 六 やまぶみ し。昔も、この道にのみこそは、かかる山踏はしたまひしかば、あやしかりけセ不思議な宿縁に結ばれた宇治 の山里であるよ。 0 前段から匂宮ど浮舟の情痴の姿 る里の契りかなと思す。 が克明に語られる。かっての惟光 こころう うそ ほうふつ 二条院におはしまし着きて、女君のいと心憂かりし御ものの姿をも彷彿とさせる時方、嘘で 〔一三〕匂宮ニ条院に戻り、 この場を切り抜けようとする右近、 中の君に恨み言をいう 隠しもつらければ、心やすき方に大殿籠りぬるに、寝られいずれも端役として生彩がある。 〈中の君が水臭くも浮舟のこと を隠していたことも恨めしいので。 たまはず、いとさびしきにもの思ひまされば、、い弱く対に渡りたまひぬ。何心 九気楽な自室。寝殿である。 しときょげにておはす。めづらしくをかしと見たまひし人よりも、ま一 0 中の君のいる西の対に。 = 中の君は、何があったとも知 た、これはなほありがたきさまはしたまへりかしと見たまふものから、いとよらす、まことにきちんとした姿で。 三浮舟よりも。 み たぐいまれ く似たるを思ひ出でたまふも胸ふたがれ、 しいたくもの思したるさまにて、御一三中の君の類稀な美質をさす。 一四浮舟が中の君に。宮は二人が ちゃう 帳に入りて大殿籠る。女君をも率て入りきこえたまひて、匂宮「、い地こそいと姉妹と知らぬ。二人ともその関係 を知らせてくれぬのが不満である。 あしけれ。いかならむとするにかと心細くなむある。まろは、いみじくあはれ一五御帳台 ( 寝台 ) に。逢瀬の名残 たはぶ む みぎは 九 い 0
じつらん」と一言ふ。かかることこそはありけれとをかしくて、何人ならむ、げ宅中将の目ざとさをからかう。 天以下、中将の心に即した叙述。 にいとをかしかりつと、ほのかなりつるを、なかなか思ひ出づ。こまかに問へ意外な所に意外な美女が、の思い 一九ちらとかいま見た相手だけに、 かえって印象が鮮明。 ど、そのままにも言はず、少将の尼「おのづから聞こしめしてん」とのみ言へば、 ニ 0 帰京を促す言葉。一七〇ハー一 うちつけに問ひ尋ねむもさまあしき心地して、供人「雨もやみぬ。日も暮れぬ四行・前ハー一一行に続く雨の様子。 時間の経過をも巧みに語りこめる。 べし」と言ふにそそのかされて、出でたまふ。 ニ一前出の女郎花。↓一六九ハー。 一三「ここにしも何にほふらむ女 をみなへし 前近き女郎花を折りて、中将「何にほふらん」と口ずさびて、独りごち立て郎花人のもの言ひさがにくき世 に」 ( 拾遺・雑秋僧正遍照 ) 。女郎 と・か り。「人のもの言ひを、さすがに思し咎むるこそ」など、古代の人どもはもの花は女を象徴する歌語。尼たちの 中にあんなに美しい女が、の気持。 めでをしあへり。妹尼「いときょげに、あらまほしくもねびまさりたまひにけ = 三人のロの端をやはり気にかけ るとは奥ゆかしい、と中将の深慮 るかな。同じくは、昔のやうにても見たてまつらばや」とて、「藤中納言の御をほめる。引歌の下の句による。 ニ四古風な尼君たち。 ニ七 あたりには、絶えず通ひたまふやうなれど、心もとどめたまはず、親の殿がち一宝中将は現在、この人の姫君の ニ ^ もとに婿として通っている。中納 - : ンっう 習になんものしたまふとこそ言ふなれ」と尼君ものたまひて、妹尼「心憂く、も言は従三位相当。素姓は不明。 ニ六夫婦仲の絶えない程度に。 ニ九 のをのみ思し隔てたるなむいとつらき。今は、なほ、さるべきなめりと思しな毛中将の両親の邸にいることが うわさ 手 多いと、世間では噂している意。 いっとせむとせ 三 0 して、はればれしくもてなしたまへ。この五六年、時の間も忘れず、恋しくか = 〈以下、浮舟にむかっての言葉。 00 ニ九これも宿縁だと考えて。 のち 三 0 亡き娘のこと。 なしと思ひつる人の上も、かく見たてまつりて後よりは、こよなく思ひ忘れに ニ六 一九 ニ 0 ニ四 なにびと ニ五 とう
37 浮舟 と見おいたてまつるとも、御ありさまはいととく変りなむかし。人の本意はかの悲しみが、中の君に慰められる。 一六死にそうだ、の気持。 ならずかなふなれば」とのたまふ。けしからぬことをも、まめやかにさへのた宅私がどんなにあなたを深く思 っていても死んだりしたら、あな まふかなと思ひて、中の君「かう聞きにくきことの漏りて聞こえたらば、 たの身の上はすぐに変るだろう。 いかや 薫と結婚するかと、いやみに言う。 うに聞こえなしたるにかと、人も思ひ寄りたまはんこそあさましけれ。心憂き一〈自分が浮舟と思いを遂げただ けに、薫と中の君の仲を疑う。 身には、すずろなることもいと苦しく」とて、背きたまへり。宮もまめだちた一九薫に知れたら、私が匂宮にど んな作り言を申しているかと。 まひて、匂宮「まことにつらしと思ひきこゆることもあらむは、、ゝ ; しカカ思さるニ 0 私のような不運の身には、つ まらぬ冗談でもまことにつらくて。 とが べき。まろは、御ためにおろかなる人かは。人も、ありがたしなど咎むるまで = 一私があなたを恨めしいと。 一三あなたのいいかげんな夫か。 ニ五 こそあれ。人にはこよなう思ひおとしたまふべかめり。それもさべきにこそはニ三世人も、宮の情愛深さはめつ たにないなどと咎めるほど。 とことわらるるを、隔てたまふ御心の深きなむ、いと心憂き」とのたまふにも、 = 四「人」は、暗に薫をさす。 ニ六 一宝男女の宿命的な縁、薫が自分 すくせ にまさっているから当然、の両意。 宿世のおろかならで尋ね寄りたるぞかしと思し出づるに涙ぐまれぬ。まめやか ニ六自分 ( 匂宮 ) と浮舟の宿世。 なるを、いとほし , つ、 いかやうなることを聞きたまへるならむとおどろかるる毛真剣な匂宮に、中の君が同情 ニ ^ 薫と自分とのどんな噂を。 ニ九正式な結婚という形ではなく。 答へきこえたまはむこともなし。ものはかなきさまにて見そめたまひしに、 三 0 縁故もない人 ( 薫 ) を頼みにし かろ 三 0 て。薫の、宮との結婚での仲介や、 何ごとをも軽らかに推しはかりたまふにこそはあらめ、すずろなる人をしるべ 後見に頼ってきたのを後悔。 あやま 三一宮からも軽く扱われるわが身。 にて、その心寄せを思ひ知りはじめなどしたる過ちばかりに、おばえ劣る身に ニ四 ニ九 一九 一 ^ ほい ニ七
一気持が落ち着くとかえって。 に、やうやう涙尽くしたまひて、思し静まるにしもそ、ありしさまは恋しうい ニ無性に涙顔でいるのを。 おほむやまひ ひと みじく思ひ出でられたまひける。人には、ただ、御病の重きさまをのみ見せて、三どんな女のことで。 語 五かねての推測の的中する思い 物かくすずろなるいやめのけしき知らせじと、かしこくもて隠すと思しけれど、 氏 六文通のみならず、情交もあっ あやふ 源おのづからいとしるかりければ、「いかなることにかく思しまどひ、御命も危たろうと推測。「 : ・けり」と、確信。 セ宮が必ず執心するはずの女。 きまで沈みたまふらん」と言ふ人もありければ、かの殿にも、いとよくこの御男を魅了させる浮舟の美貌をいう。 ^ もしも浮舟が存命ならば。 ふみ 五 けしき 気色を聞きたまふに、「さればよ。なほよその文通はしのみにはあらぬなりけ九他人の場合よりも。匂宮と自 分 ( 薫 ) が同族で近親の関係だから、 り。見たまひてはかならずさ思しぬべかりし人ぞかし。ながらへましかば、た愚かしく恥をさらすところだった。 一 0 浮舟の死に胸をなでおろす気 だなるよりは、わがためにをこなることも出で来なましと思すになむ、焦が持さえまじる。 一一匂宮は東宮候補とされるだけ 、世人から重視されている。 るる胸もすこしさむる心地したまひける。 三たいした身分でもない者 ( 浮 宮の御とぶらひに、日々に参りたまはぬ人なく、世の騒ぎとなれるころ、こ舟 ) の喪にこもり。女二の宮にも 同じ言い方をした。↓九九ハー三行。 きは とごとしき際ならぬ思ひに籠りゐて、参らざらんもひがみたるべしと思して参一三前に娘を薫にと志したが果せ なかった人 ( ↓東屋一五〇ハー ) 。 おほむをぢぶく しきぶきゃうのみや りたまふ。そのころ、式部卿宮と聞こゆるも亡せたまひにければ、御叔父の服薫の叔父とあるので源氏の異母弟。 きようぶく 一四叔父の服喪は三か月で、軽服。 うすにび 一五うち にて薄鈍なるも、心の中にあはれに思ひょそへられて、つきづきしく見ゅ。す一 = 表だった妻妾ではない浮舟の ための喪服でないが、叔父のため のそれに浮舟を悼む気持をこめる。 こし面痩せて、いとどなまめかしきことまさりたまへり。 おもや ひび 一も 四 九 ひと
11 浮舟 0 前巻東屋と同じ年の冬から開始。 一匂宮が二条院で浮舟を見出し、 女房らに引き離された一件。↓東 , つき - 卅 屋 3 〔 = 四〕。薄暮の束の間の出遇い ニたいした身分とも思わなかっ たが。新参の女房ぐらいに思った。 ゅふべおば 三匂宮の浮気な性分。 宮、なほかのほのかなりしタを思し忘るる世なし。ことご 〔一〕匂宮、浮舟の素姓 四中の君に対しても。 を問い、中の君を恨む としきほどにはあるまじげなりしを、人柄のまめやかにを五自分が女房ふぜいの女とかか わるぐらい何でもないことなのに、 くちを かー ) , つ、も亠めり・ーレか・なと、 いとあだなる御心は、口惜しくてやみにしこととねた中の君がむやみに嫉妬するとは意 外だ、の気持。嫉妬して浮舟の素 う思さるるままに、女君をも、「かうはかなきことゆゑ、あながちにかかる筋姓や所在を明かさぬのだと恨んだ。 六以下、中の君の心中。 こ ) ろう はづかし のもの憎みしたまひけり。思はずに、い憂し」と辱め限みきこえたまふをりをりセ以下も、中の君の心中。薫が 浮舟を格別重々しくはお扱いにな らぬようだが。↓東屋 3 〔四一一一〕。 。いと苦しうて、ありのままにや聞こえてましと思せど、「やむごとなきさ ^ 薫。次行の「人」は浮舟をさす。 うわさ 九匂宮は。彼は浮舟の噂に無関 まにはもてなしたまはざなれど、あさはかならぬ方に心とどめて人の隠しおき 心ではいられまいと中の君は思う。 たまへる人を、もの言ひさがなく聞こえ出でたらんにも、さて聞きすぐしたま一 0 以下、一時の慰みから若い女 房に手出しをしがちな匂宮の見苦 しい性分。↓東屋一七三ハー七行。 ふべき御心ざまにもあらざめり。さぶらふ人の中にも、はかなうものをものた 一一女房の実家まで。 まひ触れんと思したちぬるかぎりは、あるまじき里まで尋ねさせたまふ御さま三匂宮が浮舟に迫ったのは八月。 三、四か月後の今も忘れられない よからぬ御本性なるに、さばかり月日を経て思ししむめるあたりは、ましてか一三女房に手出しする場合以上に。
しは思いもかけない恋の山に踏み迷っていることよ ) しくするのを恨めしく思って、帰りを急ぐ。 この小君は、あなたは見忘れてしまわれたでしようか。 〔一 0 〕浮舟、薫の手紙を尼君が、そのお手紙をひき開けて女 しの ゆくえ わたしとしては、行方知れずのあなたを思い偲ぶ形見と 見、人違いと返事せず君にお見せ申す。昔のままの大将の 語 して、そばにおいている人なのです。 物御筆跡で、料紙にたきしめた香の薫りなど、いつもどおり 氏 などと、まことに情こまやかである。こんなに綿々とお書 この世のものと思われぬほどによくしみている。例によっ 源 きになっているのでは、どうにも言いのがれようすべもな て、すぐさま物事に感心したがる出過ぎ者は、わきからち いが、そうかといって以前の自分とは変り果ててしまって らとのぞき見して、まったく世にも珍しく結構な、と思っ いる今の尼姿を、心ならすも見つけられ申したら、そのと ているにちがいない なんとも申しあげようすべもないほど、さまざまに罪深きの身のちちむ恥ずかしさはいかばかりか、などと思案に そうず いあなたの御心をば、僧都に免じてお許し申すこととし悩んで、今までにもまして晴れやらぬ心は、なんとも言い て、今はせめて、あのときの思いもよらなかった夢のよ表すすべもない。女君はさすがに涙があふれてきてひれ伏 うな出来事の話だけでもしたいもの、と思いせかれる気しておしまいになるので、尼君たちは、まったく世なれぬ お方よ、と扱いかねてしまう。「どのようにご返事を申し 持になっておりますが、それが我ながらけしからぬこと あげましようか」などときつく言われて、女君は、「今は、 と思われるのです。なおさらのこと、他人の目にはどう 気分がかき乱れるように苦しゅうございますので、しばら 思われますか。 く休ませていただいてから、いずれご返事を申しあげまし と、お気持を十分にはお書きになれない。 よう。日のことを思い出そうとしても、まるで何も心に思 法の師とたづぬる道をしるべにて思はぬ山にふみまど ふかな い浮ばず、夢のような出来事と仰せられても不思議なこと ( 僧都を仏法の師と思って山道を分けて訪ねてきたのでした に、どのような夢であったのかと合点がゆかないのでござ が、その山道があなたの所に導いてくれる道となって、わた います。多少気持が落ち着きましたら、このお手紙なども、 ( 原文一一三八ハー ) のり
み・に / 、 親もいと恋しく、例は、ことに思ひ出でぬはらからの醜やかなるも恋し。宮一母親 ( 中将の君 ) 。 ニ異父弟妹たち。 ひと の上を思ひ出できこゆるにも、すべていま一たびゆかしき人多かり。人は、み三中の君。 四死を覚悟すると、かえって多 よる 物な、おのおの物染め急ぎ、何やかやと言へど、耳にも入らず、夜となれば、人くの誰彼〈の執着がつの 0 てくる。 五京への転居の準備に大わらわ。 源 に見つけられず出でて行くべき方を思ひまうけつつ、寝られぬままに、、い地も浮舟は周囲から孤絶して死を思う。 六邸をどう抜け出して死への途 をたどるか。宇治川入水を覚悟。 あしく、みな違ひにたり。明けたてば、川の方を見やりつつ、羊の歩みよりも セすっかり人が変ったよう。 としょひ ^ 屠所に牽かれる羊よりも、死 ほどなき心地す。 が近い思い。「是寿命 ( 中略 ) 囚ノ 九 宮は、いみじきことどもをのたまへり。ムフさらに、人や見市ニ趣キテ歩歩死ニ近ヅクガ如ク、 〔三三〕浮舟、匂宮と中将 牛羊ヲ牽イテ屠所ニ詣ルガ如シ」 の君に告別の歌を詠む むと思へば、この御返り事をだに、思ふままにも書かず。 ( 涅槃経三十八 ) 。 九いまさら人に見られても、と。 一 0 宮への返歌。死骸を残さすに 浮舟からをだにうき世の中にとどめずはいづこをはかと君もうらみむ 死にたいとするだけに、悲別を絶 けしき とのみ書きて出だしつ。かの殿にも、今はの気色見せたてまつらまほしけれど、叫する歌。「はかり ( 目標 ) 」「墓」 の掛詞。「今日過ぎば死なましも のを夢にてもいづこをはかと君が 所どころに書きおきて、離れぬ御仲なれば、つひに聞きあはせたまはんことい 問はまし」 ( 後撰・恋二中将更衣 ) 。 たれ とうかるべし、すべて、いかになりけむと、誰にもおばっかなくてやみなんと = 薫にも。しかし、匂宮にしか 返事を書かなかった。 一ニ匂宮と薫は。 思ひ返す。 一三自分がどうなったかと、誰に も分らぬように。醜聞を残さぬた 京より、母の御文持て来たり。 うへ たが
源氏物語 72 思うたまへられしか。宮は、わりなくつつませたまふとて、御供の人も率てお一どこまでも人目を避けようと。 ニ宿直の者。彼らが匂宮とも気 はしまさず、やつれてのみおはしますを、さる者の見つけたてまつりたらむは、づかず危害を加えぬかと心配 三浮舟。以下、その心中。 四自分が宮に傾いていると。浮 いといみじくなむ」と言ひつづくるを、君、「なほ、我を宮に心寄せたてまっ 舟自身は、薫、匂宮それぞれへの つれとも思はず、断ちがたい愛執に悩んでいる。 りたると思ひてこの人々の言ふ、いと恥づかしく、、い地には、。 五右近と侍従。 六匂宮との情交。↓二七ハー四行。 ただ夢のやうにあきれて、いみじく焦られたまふをばなどかくしもとばかり思 七宮が自分に執着しているのを、 どうしてこれほどまでもと。 へど、頼みきこえて年ごろになりぬる人を、今はともて離れむと思はぬにより ^ 薫と結ばれたのは昨年九月中 こそ、かくいみじとものも思ひ乱るれ、げによからぬことも出で来たらむ時」旬。足かけ二年目になる。 九右近の言葉を受けて言う。 : 」スごっ と、つくづくと思ひゐたり。「まろよ、、ゝ。 。しカて死なばや。世づかず心憂かりけ一 0 死の希求は前にもあった ( ↓ 五〇ハー ) 。醜い生き恥をさらすよ りはと、死の願望を繰り返す趣。 る身かな。かくうきことあるためしは下衆などの中にだに多くやはあなる」と = 世間並に生きられぬ情けない ふ 自分。自らの運命を悲嘆する気持。 て、うつぶし臥したまへば、右近「かくな思しめしそ。やすらかに思しなせと 三右近の姉の話 ( 六九ハー ) などを てこそ、聞こえさせはべれ。思しぬべきことをも、さらぬ顔にのみのどかに見さす。自分は高貴な身ながら、下 衆にも稀であろう三角関係に苦悩。 のち 、と一三三角関係は世間によくあると、 えさせたまへるを、この御事の後、いみじく心焦られをせさせたまへば、し 慰めるために話したという弁解。 あやしくなむ見たてまつる」と、心知りたるかぎりは、みなかく思ひ乱れ騒ぐ一四以前は思い悩まれるようなこ とがあっても。以下、浮舟はもと めのと 一九 わらは 、乳母、おのが心をやりて、物染め営みゐたり。今参り童などのめやすきをもと鷹揚な性格とする。少将との 四