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検索対象: 完訳日本の古典 第20巻 源氏物語(七)
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1. 完訳日本の古典 第20巻 源氏物語(七)

ロぶった顔をしている人が自分のこととなると何も分らな はまたいかにもかわいらしげに仰せられますね。まったく いものだという気がいたします」とおっしやるので、「そ それこそ鬼のように意地悪ですのに」と言って、「いやど のとおりでございます。常々とくにこの道についてはご訓 うして、そちらをも粗末に扱うようなことがごギ、いましょ 語 物うか。失礼な申しようですがあなた様ご自身の御身の上か戒になります。でも、じつはそのもったいないご注意がな 氏 くとも、私としては結構気をつけておりますのに」とおっ らお推し量りくださいまし。人というものは穏やかなのが 源 しやって、いかにもおもしろい話よと思っていらっしやる。 結局のところ一番でございます。ロやかましくて事を荒だ やがて大将は院の御前に参上なさるが、院は、その一件 てがちなのも、しばらくの間は何やらうるさく面倒なもの ですから、つい遠慮されるものですが、いつまでも言いな についてすでにお聞きになってはいるものの、何も知った ひともん 顔をするにもあたるまいとお思いなので、ただ黙って大将 りになっているわけにもいかないことですから、何か一悶 ちゃく のお顔をごらんになるにつけても、「じっさい立派に気品 着でも起るとなると、こちらも相手もお互いに憎らしく、 愛想も尽きるものです。やはり南の御殿の紫の上のお心づも高く、近ごろは一段と男盛りにお見受けされる。ああし た色恋沙汰があったところで人からとやかく言われるよう かいこそ何かにつけてまたとなくご立派ですし、それから またこちら様のお心がけが、つくづくおみごとなものと拝なご様子ではなく、鬼神といえども大目にみてくれそうな ほど、水際だった美しさで、若々しく今を盛りの魅力をた 見しております」などとおほめ申されるので、上はお笑い になって、「何そ引合いにしてくださっては、この私の体だよわせていらっしやる。また無分別な若者といった年齢 ではいらっしやらず、どこといって欠けるところもなくで 裁のわるい評判が表に出てしまいます。それはともかく、 きあがっていらっしやるとあっては、今度のことも無理か おもしろいことには、院がご自分のお癖をどなたも知らな らぬというほかはない。女だったらどうして心を奪われぬ いかのように棚上げなさって、ほんの少しばかりあなたに 浮気めいたおふるまいが見えると、大騒ぎなさって、ご意はずがあろう。自分でも鏡を見ればどうして得意にならず にいられよう」と、わが子ながらもそうお思いになる。 見を申されたり、陰口にも申されるようですが、とかく利

2. 完訳日本の古典 第20巻 源氏物語(七)

1 一口 かんにち みると今日は坎日でもあるのだから、もし万一宮とのご縁〔一 = 〕悲嘆のあまり、御あちらでは、昨夜もつれなくお越し 3 をお許しくださりもしたら、かえって縁起が悪かろう。や息所の病勢急変するのなかったお仕打ちにがまんしかね はりき、きギき , つまくいくよ , っ万全のことを方えねば」と、 て、もはや後々の人聞きを気にしてばかりおられず御息所 物きちんとしたご気性からお思いになって、まずこのご返事が恨み言を申しおくられたのに、大将のご返事すらないま をおさしあげになる。「じっさいめったにいただけませんま今日も日が暮れてしまったので、どういうおつもりなの 源 お手紙を、あれこれうれしく拝見いたしましたが、このお かと、愛想も尽き、あまりのことにすっかり気落ちして、 とが 咎めをどうお受けしたらよいのでしようか。どのようにお いくらかおよろしかった御息所のご気分がぶり返してまこ 聞きあそばしたのでございましよう。 とにひどくお苦しみになる。かえって、当の宮ご本人のお まくら 秋の野の草のしげみは分けしかどかりねの枕むすびや 、いには、こうしたお仕向けをとくに情けないこととしてお はせし 心を動かされねばならない筋でもなく、ただ思いがけなく ( 秋の野の草の茂みを分けてお訪ねはしましたけれども、宮大将にご自分の不用意な姿を見せてしまったことだけが残 とともに仮寝の枕を結んだことはございませんでした ) 念ではあるけれど、そうたいして思いつめていらっしやる こう言いわけを申しあげますのも、筋の立たないことですわけでもないが、こうして御息所がひどくお嘆きでいらっ が、昨夜のご無沙汰へのお咎めは、それを黙ってお受けし しやるのが情けなく恥ずかしくもあり、といって事情をは なければならないのでしようか」とある。宮には、とても つきりお聞かせするすべもないこととて、いつもより何か うまや うっし たくさんお書きになって、御廐にいる足疾の御馬に移鞍を きまりわるそうなご様子である、それが御息所としてはほ 置いて、先夜の大夫をお遣わしになる。「昨夜から六条院んとに痛々しく、次々に気苦労ばかりが重なっていくこの に伺候しておりまして、たった今退出しました、と申すよ人の身の上よとお思い申されるにつけても、胸のはりさけ うに」とおっしやって、お伝えすべき口上をひそひそとお るほどに悲しくて、「いまさら聞きづらいことを申しあげ 一一一一口いつけになる。 たくはないと思うのですけれど、それでもやはり、いくら あしばや

3. 完訳日本の古典 第20巻 源氏物語(七)

女君がこのお手紙は隠しておしまいになったので、大将は紙のことなどお思い出しにならない。男君は、ほかのこと 無理に捜し出して取りあげることもせず、平気をよそおっ は何をお考えになるゆとりもなく、ただあちらに早くご返 なかみ てお寝みになるが、胸が波立って、「なんとかあれを取り事をと気がせくが、昨夜のお手紙の内容もはっきりとは見 語 物返したいものよ。御息所のお手紙なのだろうが、何があっ られずじまいだったのだから書きようもなく、さりとて見 氏 たのだろうか」と、心配で目も冴えたまま横になっておい ていないような返事をしたためるのも、あちらでは失くし 源 でになる。女君が眠っていらっしやるので、昨夜の御座所 てしまったのだとご推量になることだろう、などとあれこ の下などを、それとなくお捜しになるが見あたらない。おれ思案の尽きる思いでいらっしやる。 隠しになる場所もないのにと、じつにいらいらしているう 〔一 0 〕終日、御息所の文どなたもみなお食事もおすませにな ちに夜が明けてしまったけれども、すぐにはお起きになら を捜すが見いだしえずったりして、ようやく静かになった みちょうだい すにいる。女君が、お子たちに起されて御帳台からいざり昼ごろ、思いあぐねた末、「昨夜のお手紙はどんなご用事 だったのですか。おかしなことに見せてくださらないで 出ていらっしやるので、ご自分も今お起きになったような ふりをなさって、あちこちそっと様子をおうかがいになる 。今日にもお見舞を申さなくてはならないのです。気 けれど、お見つけになることができない。女君のほうは、 分がわるくて、六条院にもお伺いできそうにないので、お 手紙だけをさしあげておきましよう。どんなことだったの 大将がこうして捜そうとも思っていらっしやらないのを、 けそう おももち なるほど、懸想めいたお手紙ではなかったのだ、と気にし でしようか」とおっしやる御面持もまったくさりげないふ てもいらっしやらないのでーーーお子たちがそそくさと遊び うなので、女君は、手紙を奪い取るなど愚かしいふるまい まわるやら、人形に着物を着せたり手にとって立たせたり だった、とお気持もしらけて、そのことにはおふれになら みやま してお遊びになるやら、本を読んだり手習をしたりするやず、「先夜の深山の風にお当りになって、気分をそこねら ふぜい ら、さまざまじつにせわしくしていて、小さいお子は母君れたのですと、風情めかして申しわけを書いておあげなさ に這いまつわって引っぱったりもするので、取りあげた手 いましよ」とおっしやる。「まあ、そんなつまらぬことを やす

4. 完訳日本の古典 第20巻 源氏物語(七)

297 タ霧 とでもありますまい。今朝、勤行に参上した折、あの西の ただこうした愛欲の罪によって、そうした恐ろしい報いを つまど 妻戸からまことにきちんとした男が外に出られたのを、霧も受けるものなのです。いったんご本妻のお怒りを買うこ えい′一う さわ が深くて、拙僧にはどなたかようお見分け申せなかったのとになりましたら、永劫に成仏の障りとなりましよう。ま ですが、ここの法師どもが、大将殿のお帰りになるころだ ったく賛成いたしかねます」と、頭を振って、すけずけ言 ったとか、昨晩もお車を帰して泊っておしまいだったとか、 い放つので、御息所は、「ほんとにおかしな話でございま 口々に申しておったのです。いかにも、まことに香ばしい す。とてもそのようなご様子ともお見えにならないお方な 薫りが立ちこめて、頭の痛くなるくらいだったのですから、 のです。この私がすっかり気分をわるくしておりましたの なるほどそうであったか、と合点したのでございます。 で、一休みしてから対面しようとおっしやって、しばらく つもじっさいに香ばしくしていらっしやるお方なのです。 お待ちになっていらっしゃいますと、ここにいる主だった この大将のこちらへのお通いは、まったくどうしても是非女房たちが申しておりましたが、そうしたことでお泊りに にといったものではございません。あのお方はまことに秀なったのでしようか。一体がまことにまじめでお堅くいら わらわ でた人物であられる。拙僧なども、まだ童であられたころ っしやるお方ですのに」とおっしやって信じがたげな御面 から、あのお方の御ためということで、故大宮が修法を仰持ながらも、心のうちには、「そういうことがあったのか せつけられましたので、もつばらしかるべきご用は今もっ もしれない。どうも普通ではないご様子が時折見えないで て承っておりますが、この件だけはまったく無益なことで はなかったけれど、お人柄がじっさい筋道も正しく、人か す。本妻のご威勢がお強くていらっしやる。あのような今 ら非難されるようなことはっとめて遠ざけ、謹直にふるま を時めくご一族で、じつに重きをなしておられるのです。 っておられるお方なのだから、そうめったにこちらの納得 若君たちはもう七、八人になられました。こちらの皇女の 力いかぬようなことはなさるまいと宮も油断をしていたの によしよう 君でも押えはききますまい。また、女性という罪深い身に にちがいない。おそばに人の少ないご様子を見て、そっと やみ 生れついて結局は地獄に堕ち長夜の闇に迷うというのも、 忍び込まれたのかもしれない」とお考えになる。 ごんぎよう おも

5. 完訳日本の古典 第20巻 源氏物語(七)

271 横笛 せになりながらお招きになると、走り寄っていらっしやっ くれればよいが、そんな子もいはしない。形見として世話 ふたあいのうし た。二藍の直衣だけを着て、たいそう色白で、光るばかりすることのできる子供だけでもあとに遺してくれていたの につやつやとしてかわいらしいところは、宮たちよりもい だったら』と泣きこがれていらっしやるので、これをお聞 っそうきめこまかにととのっており、まるまると肥えてい かせしないというのも罰があたりそうだ」などと思うけれ て気高く美しい。なんとなくそのつもりになって見るせい ども、一方では、、や、どうしてそのようなことのあるは か、まなざしなど、この子のもう少し力強く才走った様子ずがあろうと、やはりまだ合点がゆかず、判断も定まらな えもんのかみ が、あの衛門督にまさっているけれども、目じりの切れの 若君は気だてもやさしく、しみじみ好ましく、大将に ほのかに美しいところなどは、じつによく似ていらっしゃ よくなついてお遊びになるものだから、ほんとにかわいい る。とくにロもとが明るい感じで、につこり笑ったところ と思わずにはいらっしゃれない。 などのそっくりなのは、自分がいきなりそう見たせいなの 〔 0 源氏、柏木遺愛の院の殿が西の対へお渡りになったの 笛をタ霧から預る だろうか、大殿はきっと気づいていらっしやるに違いない で、大将もそちらでゆっくりとお話 と、ますますそのお気持を知りたくなる。宮たちは、皇子などを申しあげておられるうちに、日暮れどきになった。 やしき だと思って見るからこそ気高くも感じられるけれど、世間 昨夜あの一条のお邸に参上した折の、そちらのご様子など おさなご の普通のかわいい幼子と同じ程度にもお見受けされるのに、 をお話し申されるのを、院の殿は笑みを浮べてお聞きにな この若君は、じつに気品がありながら、加えて格別に美し る。院は、故人についてしみじみ思いのそそられる話や、 い器量がそなわっているのを見比べ申しあげては、「ああ、 ご自分とかかわりのあるさまざまのことは、受け答えなど そうふれん なんとおいたわしいことか。もしかして自分の疑っている をなさるが、「その、女宮が想夫恋をお弾きになったお気 ような理由が事実であったら、故人の父大臣が、あれほど持は、、かにも昔こうしたことがあったと引合いにしてよ にもひどく、まるで虚けたように悲しんでいらっしやって、 さそうな場合であるけれど、女というものはなんといって たしな 『せめて衛門督の子であると名のり出てくる人でもあって もやはり、男がそれに心を動かされるような嗜みがあった こと うつ のこ

6. 完訳日本の古典 第20巻 源氏物語(七)

いのだけれど、気休めに含ませなだめすかしておいでにな ながら朝を迎えられた。 る。男君も近く寄っていらっしやって、「どうしたのです」 大将の君も、あの夢をお思い出しになると、「この笛は などとおっしやる。散米をまいたりなどして、騒がしくし厄介なことになったものよ。ここは、あの人の執着してい ているので、これではしんみりとした夢の名残もどこかに たものが納まるべきところではない。女方からこちらへの 消えてしまうというものだろう。「この子が機嫌わるそう ご伝授では、わたしのところに来るはすがない。あの亡き なのです。あなたが若い人よろしく、家を外にうろついて人はなんと思ったことだろう。この世に生きている間は、 りんじゅうきわ いらっしやって、夜更けのお月見とやらで格子を上げたり さほどに思いもしなかったことでも、臨終の際に、ひたす ものけ なさるものですから、例の物の怪がはいってきたのでしょ ら恨めしく思ったり、もしくは恋しく田 5 ったり、その深し やみ う」などと、じつに若やかに美しいお顔で苦情をおっしゃ執念に取りつかれるとなれば、無明長夜の闇に迷うものだ るので、大将は一笑して、「物の怪の手引とは妙な言いが と聞いている。こうだからこそ、何によらず、この世に執 かりですよ。わたしが格子を上げなかったら、なるほど通着をも残してはなるまい」などとお考え続けになって、愛 ぎずきよう 路がなくて、物の怪もはいり込めなかったでしようよ。大宕で誦経の供養をおさせになる。また、故人が帰依してい 勢のお子の母親とおなりになるにつれて、あなたも考えが た寺でも、誦経をおさせになるが、この笛のことは、「わ 深くなって、結構なことがおっしゃれるようになられたもざわざ御息所が、ああしたいわれのある品として、引出物 のですね」と言って、ちらりとお向けになる目もとが、女 にしてくださったのを、すぐさま寺に寄進したりするのも、 笛 君からすればきまりがわるいので、さすがにそれ以上は何奇特なことにはちがいないが、それではあまりにあっけな もおっしやらずに、「さあ、もうおやめなさいまし。みつ さすぎよう」と思って、六条院にまいられた。 ほかげ 横 ともないなりをしていますもの」と言って、明るい灯影を 〔セ〕タ霧、六条院を訪おりから院の殿は、明石の女御のお さすがにきまりわるがっていらっしやるご様子は憎くはな れ、皇子や薫を見る部屋にいらっしやる時分なのだった。 実際、この若君はぐずぐず苦しがって、泣きむずかり 三の宮が三歳ぐらいで、ご兄弟の宮たちのなかでも格別か ( 原文七一ハー ) おた

7. 完訳日本の古典 第20巻 源氏物語(七)

いとま ( 言葉に出しておっしやらないのも、おっしやる以上に深い お暇いたすのがよろしかろうと存じます。いすれまた、あ 思いでいらっしやるのだと、恥じらっておいでになるあなた らためて失礼のないようにお伺いいたしましようから、こ のご様子を拝見して、そのようにお察しいたします ) のお琴どもの調子をお変えにならず、お待ちくださいませ 語 そうふれん んでしようか。琴の調べのひき違えに限らす、まるで思い 物と申しあげなさると、宮は、その想夫恋のほんの終りのほ 氏 に反することも起りがちの世の中でございますので、気が うを少しお弾きになる。 源 かりなのですが」などと、そうあらわにではなく心の中を 深き夜のあはればかりは聞きわけどことよりほかにえ ほのめかしておいてお立ち出でになる。 やは言ひける ( 深い夜にお弾きになるあなた様のお琴の音にこもるしみじ 「今夜のようなご風流は、亡き人もお咎め申すはずもござ みとしたお気持だけは、よく分りますが、私はこの琴を奏で いますまい これということもない昔の思い出話ばかりで ることのはかに何を申しあげることができましたでしよう お気を紛らわしておしまいになって、命も延びるほどの心 か ) 地にお弾きくださいませんでしたのが、ほんとに物足りの っこ、 うございます」と御息所はおっしやって、御贈物に、笛を 大将はいつまでも聞いていたい思いなのに ねがら 和琴はああしたおうような音柄ながら、昔の人が心をこめ添えておさしあげになる。「この笛には、まことに古いし われも伝わっているように聞いておりましたが、このよう て弾き伝えてきたものだけに、誰が弾いても同じ曲とはい え、そら恐ろしいくらいに身にしみて感じられるが、それな草深い家に埋れているのも、かわいそうに存じますから、 を宮はほんの少しばかりかき鳴らしてやめておしまいにな御先駆の声に負けないような音色にお吹きになるのを、よ ったので、恨めしいほど心残りに思われるけれど、「あれそながらお聞きしたいものでございます」と申しあげなさ ずいじん るので、大将は、「この私には不相応な随身というもので やこれやと弾いてお耳に入れ、私の物好きさ加減をお見せ ご、いましよう」とおっしやって、ごらんになると、この してしまいました。秋の夜更けまで過させていただきまし あいがん とが ては、亡き人のお叱りをも受けようかと気が咎めますので、笛も、なるほど故人が常時身につけて愛玩しては、「わた さき

8. 完訳日本の古典 第20巻 源氏物語(七)

っているような心地がします。それでもやはり、そなたか 配申しあげている。大和守は後の雑事のあれこれを始末し ら宮をお慰め申しあげてくださって、ほんの一言のご返事て、「このように心細いお住いではお暮しになれますまい でもいただけるのでしたら」などとお言い残しになり、こ これではお悲しみの紛れる折がございませんでしよう」な の場を立ち去りにくそうにしていらっしやるが、それもご どと申しあげるが、宮はやはり、せめて峰の煙を近くに見 身分にそぐわぬことであり、またなんといってもあたりの て母君をおルび申しあげようと、この山里に一生を住みは 人目も多く騒ぎたっているので、お帰りになった。 てるおつもりになっていらっしやる。御忌にこもっている ひがしおもて わたどのしもや まさか今宵ではあるまいと思っていたご葬儀の運びがさ 僧は、寝殿の東面や、そちらの渡殿、下屋などにかりそめ っさと手順よく進むので、大将は、まったくあっけないこ の間仕切りを設けては、ひっそりと控えている。西廂の部 ととお思いになり、近くの荘園の人々を呼んでお言いつけ屋の飾りをはすして宮はお住まいになる。日々の明け暮れ になり、しかるべき用事の数々を奉仕するようお指図なさ もけじめがっかぬくらい悲しみに沈んでいらっしやるもの ってお帰りになった。あまりにも急なことだったので、何の、月日も過ぎて九月になった。 かと簡略になりがちであった諸事が、盛大に、人数なども〔一六〕タ霧慰問を重ね、山おろしの風がまことに激しく吹い やまとのかみ こずえ 大勢で執り行われた。大和守も、「願ってもない殿のご配 宮の態度に焦慮するて、木の葉の散り落ちた梢はあらわ なきがら 慮で」などと喜んでお礼申しあげている。母君の御亡骸が になり、あたりすべてがひどく悲しい季節なので、おおか ふまろ ふぜい 跡形さえもとどまらず、あまりのことと、宮は臥し転ぶよ たの空のもの思わしい風情にそそられて、宮は涙のかわく せん 霧 うにしてお嘆きになるけれども、なんとも詮なきことであ まもなくお嘆きになっては、母君のあとをお慕いしたいの る。このご悲嘆ぶりから察するに、親と申しあげる御仲と に、その命まで思うようにはならぬものと厭わしく情けな むつ タ はいえ、まったくこうまで睦まじくお暮しになってはいけ いお気持でいらっしやる。おそばにお仕えする女房たちも、 Ⅱなかったのだった。おそばにお仕えする女房たちも、宮の何かにつけてもの悲しく途方にくれる思いである。大将殿 このご様子を、これまた不吉なことにならなければとご心 は日々にお見舞の使者をおさし向けになる。、い細そうにし に . しび - 寺 ) し

9. 完訳日本の古典 第20巻 源氏物語(七)

源氏物語 2 % ねんご ところもなく、じっさい懇ろにお書きになっていて、 〔六〕律師、昨夜タ霧滞物の怪におわずらいの御息所は、重 そで 態の折があるかと思うと、お気持が 「たましひをつれなき袖にとどめおきてわが心からま在と御息所に語る ひま どはるるかな よくおなりになる隙もあって、そういうときは人心地を取 あぎり ( 魂を薄情なあなたのお袖の中に残してまいりまして、自分り戻される。昼ごろ、日中の御加持が終り、阿闍梨ひとり だらに うつ のせいとはいえ、虚けた私は途方にくれるばかりです ) が居残って、引き続き陀羅尼をお読みになる。多少よくお うそ 思うよりほかのものは心とか、丑日もそういう例があったの なりなのを喜んで、「大日如来は嘘を仰せられませぬ。こ みずほう だとあきらめるといたしましても、この恋、いはどうなりまのように拙僧が懸命にご奉仕申しあげまする御修法に、ど すのやら、まったく判じようもございません」などと、め うして効験のないはずがありましよう。悪霊は執念深そう ) ) うしよう ですが、業障にとらわれたたわいなきものです」と、声は んめんとお書きになっているようだけれども、女房たちは きめぎめ 十分には見られない。通常の後朝の文のような今朝のお手しわがれて肩をいからしておられる。まったく聖僧然とし 紙でもないようだが、やはり不審が晴れない。女房たちは、 た一本気な律師で、ふと思いついたように、「さよう。あ おももち の大将はいっからこちらには通ってまいられますのか」と 宮の御面持もお気の毒なのを痛々しく拝しては、「どうい う御間柄になっているのでしよう。大将の君はこれまで長お尋ね申される。御息所は、「そうしたことはございませ し間何事につけてもまたとなくご親切にお世話くださいまん。故大納言がとても仲よくしておられて、後事を頼んで おおきになったお気持にそむくまいと、もう長い間何かの したが、こうした向きのことでお頼り申すようになったら、 ことにつけて、ほんとに不思議なくらい親切におっしやっ 今までのようではいらっしやらなくなるのではないかしら、 てくださり、お世話いただいておりますが、こうしてわざ そう思うと心配ですし」などと、親しくおそばに仕えてい みやすどころ わざ私の病の見舞いにとて立ち寄ってくださいましたので、 る女房たちはみな、めいめいに気をもんでいる。御息所は もったいないことと存じておりました」と申しあげなさる。 そうしたことをもまったくご存じない 「いやいや、それは聞えませぬぞ。拙僧にお隠しになるこ ものけ

10. 完訳日本の古典 第20巻 源氏物語(七)

あちら しく年月を過してきた者は、ほかにまったく例がありますでして : : 。ただ御息所の御ためのようにばかりお取りに まい」とおっしやる。 なって、長年お寄せしてまいりました私の気持をお分りい いかにも軽くは扱いかねるご様子なので、女房たちはや ただけませんのは、残念な心地がいたします」とお申しあ 語 物はり思ったとおりのなりゆきになったと思い、「なまなか げになる。「いかにもごもっともな」と、女房たちも宮に そで 氏 なご返事を申しあげるのはきまりがわるくて」などと袖を申しあげる。 源 引き合って、「こうまでご意中を訴えていらっしゃいます 日も入り方となるにつれて、空の風情もしみじみと思い のに、このままでは人の情けがお分りにならないようでご をそそるように霧が一面に立ちこめて、山の陰は薄暗く感 あいさっ ひぐらし ざいます」と宮に申しあげると、「母君ご自身でご挨拶申ぜられる折から、蜩がしきりに鳴いて、垣根に生えている なでしこ しあげられないのは失礼ですから、代って申しあげるのが撫子の風に揺れなびいている色合いも美しく見える。御前 せんぎい やりみず よろしいのですが、ほんとに恐ろしくなるくらいお苦しみ の前栽の花々は思い思いに咲き乱れており、遣水の音はま のご様子だったのを介抱いたしておりますうちに、この私 ことに涼しそうに聞え、山から吹きおろす風も、いにしみて まで、ひとしお人心地も失せたような気分になりましたのもの寂しく、松風の響きが深い木立一面に聞えたりなどし かね で、何も申しあげかねております」とあるので、大将の君て、不断の経を読む交替の時がきて鐘を打ち鳴らすと、座 は、「これは宮のお言葉ですか」と居ずまいを正して、「お を立っ僧の声と入れ代ってすわる僧と、声も一つになって、 いたわしいご病気を、わが身に代えてもと心配申しあげて まことに尊く聞える。場所が場所とてすべて心細く思われ おそ おりますのも、何のためでしようか。畏れ多い申し分ですてくるにつけても、大将はしみじみとした感慨にひたらず にはいらっしゃれない。 もうここをお立ち出でになる気持 が、何かと思いにひたっていらっしやる宮の日々のお暮し などが、晴れやかに明るくおなりになるのをごらんになる、 にもならないのである。律師も、加持をする音がして、陀 どくじゅ そのときまでは何事もなくお過しになりますのが、お二方羅尼をまことに尊い声で読誦する様子である。 どちらのためにも気強いことだろうと推量申しあげるから 御息所が、まことにお苦しみの由とて、女房たちもそち