53 柏木 こと ゑもんのかみ むばせたまひける。「あはれ、衛門督」といふ言ぐさ、何ごとにつけても言物語と近接した時代とする。 ^ 柏木の死が、遠近親疎や身分 はぬ人なし。六条院には、まして、あはれと思し出づること、月日にそへて多の区別なく、大勢に惜しまれた。 九「惜し」は愛着を感ずるものを かり。この若君を、御心ひとつには形見と見なしたまへど、人の思ひょらぬこ失うことへの恐れ。「あたらし」は、 すぐれたものを惜しむ気持。 一 0 もっともらしく格式ばった事 となれま、 。いとかひなし。秋っ方になれば、この君はゐざりなど。 柄。公人としての才学・技芸など。 = 人情家であるとする。 三さほどでもない役人や、女房 などの年老いた者たちまで。 一三生前、今上帝の信任が厚く、 死の直前には権大納言に昇進。帝 の東宮時代、柏木は琴などを教授。 音楽を通じても親交があった。↓ 若菜下一二四ハー一二行。 一四柏木は死を予感した時も宮に 「あはれとだにのたまはせよ」と願 ったが ( 一三ハー五行 ) 、死後の今そ れを世間の人々に言われている。 一五「まして、上には」 ( 前ハー末 ) と 呼応。源氏も帝と同程度に哀惜。 一六源氏の薫への感慨 ( 三九ハー ) 。 薫に柏木を偲ばうともする。 ◆柏木讃歌ともいうべき結び。右 将軍保忠への哀傷詩を冒頭に置き、 死の物語を重々しく語り閉じる。 し
11 一口 こころう 一宮は返事のしようもない。 れば、のたまはむこと、はた、ましておばえたまはず。タ霧「いと、い憂く若々 ニ人知れぬ胸の中に思いあまっ た色恋ごとという咎めぐらいは。 しき御さまかな。人知れぬ心にあまりぬるすきずきしき罪ばかりこそはべらめ、 三あなたのお許しがなければ。 四「君恋ふる心は千々に砕くれ 物これより馴れ過ぎたることは、さらに御心ゆるされでは御覧ぜられじ。 氏 ど一つも失せぬものにそありけ 源 る」 ( 後拾遺・恋四和泉式部 ) など。 かり千々に砕けはべる思ひにたへぬそゃ。さりともおのづから御覧じ知るふし 五「心憂く若々しき御さま」でも。 もはべらんものを、強ひておばめかしう、け疎うもてなさせたまふめれば、聞六自分 ( タ霧 ) の誠意を。 セ ↓一〇三ハー一 ~ 一三行。 こえさせん方なさに、いかがはせむ、心地なく憎しと思さるとも、かうながら ^ このままでは私の思いがむだ になってしまおう、その悲しみを。 うれ 朽ちぬべき愁へを、さだかに聞こえ知らせはべらんとばかりなり。いひ知らぬ九畏れ多いことだから。これ以 とする。 上の行為には及ばない、 なさけ 御気色のつらきものから、いとかたじけなければ」とて、あながちに情深う用一 0 っとめて親切に気をつかって。 無作法な態度を省みて自己を抑制 ) うじ = 宮が 意したまへり。障子をおさへたまへるは、、 しとものはかなき固めなれど、引き 三容易に開けられようが、そこ あ までは強引になれぬタ霧の律儀さ。 も開けず、タ霧「かばかりのけぢめをと、強ひて思さるらむこそあはれなれ」 一三この程度の隔てをと。 一四宮の容姿や気配を感取。 とうち笑ひて、うたて心のままなるさまにもあらず。人の御ありさまの、なっ 一五夫柏木の情の薄さから宮の容 かし , つあてになまめいたまへること、さはいへどことに見ゅ。世とともにもの貌が劣ると推測した ( 柏木五二 ( ー ) 。 それを受けて「さはいへど」。 を思ひたまふけにや、痩せ痩せにあえかなる心地して、うちとけたまへるまま一六普段着のままの姿である。 宅親しみ深く衣服にしみこんだ。 一七 の御袖のあたりもなよびかに、け近うしみたる匂ひなど、とり集めてらうたげ天以下、恋の情趣をそそりたて けしき 四 ちぢ そで や 六
こよひ 今宵は例の御遊びにゃあらむと推しはかりて、兵部卿宮渡りたまへり。大将 = 源氏には、かって一心に琴を かれん はんすう 習った宮の可憐さが反芻されよう。 の君、殿上人のさるべきなど具して参りたまへれば、こなたにおはしますと、 一ニ源氏の琴の弾奏に宮が聞き入 る。過往の日々が懐かしまれる。 ことね 御琴の音を尋ねてやがて参りたまふ。源氏「いとつれづれにて、わざと遊びと一三宮の出家から転じて、朧月 夜・朝顔の姫君の出家なども回顧 一セ ね ↓若菜下同二〇九・柏木一一六ハ はなくとも、久しく絶えにたるめづらしき物の音など聞かまほしかりつる独り 一四蛍の宮。桐壺聖代を讃える風 ごと おまし 琴を、いとよう尋ねたまひける」とて、宮も、こなたに御座よそひて入れたて流人として登場するのが例 一五タ霧。 おまへ 一九えん まつりたまふ。内裏の御前に、今宵は月の宴あるべかりつるを、とまりてさう一六女宮の方と、琴の音色で分る。 宅女楽以来、紫の上の病気や宮 かむだちめ ざうしかりつるに、この院に人々参りたまふと聞き伝へて、これかれ上達部なの一件などで琴を弾かなかったか。 一 ^ 蛍の宮。 ども参りたまへり。虫の音の定めをしたまふ。 一九中秋名月の宴。唐伝来の趣向。 ニ 0 中止の理由は不明。 ニ一鈴虫・松虫優劣論の続き。 御琴どもの声々掻き合はせて、おもしろきほどに、源氏「月見る宵の、 一三「いっとても月見ぬ秋はなき あら ものをわきて今宵のめづらしきか とてもものあはれならぬをりはなき中に、今宵の新たなる月の色には、げにな な」 ( 後撰・秋中藤原雅正 ) 。 ニ三「三五夜中新月ノ色二千里 ほわが世の外までこそよろづ思ひ流さるれ。故権大納一言、何のをりをりにも、 虫 ノ外故人ノ心」 ( 白氏文集・八月十 おほやけわたくし 亡きにつけていとどばるること多く、公私、もののをりふしのにほひ失せ五日夜禁中独直対月憶元九 ) 。 ニ四前注の詩から亡き柏木を追懐。 鈴 かた たる心地こそすれ。花鳥の色にも音にも思ひわきまへ、言ふかひある方のいと = 五↓柏木五三ハー二行。 ニ六↓薄雲団六三ハー注一九の歌。 8 ニ七 うるさかりしものを」などのたまひ出でて、みづからも、掻き合はせたまふ御毛すぐれていた、の意。 ほか か し ニ六 ぐ ニ四 ニ三 か ニ五 ニ 0 ひと
源氏物語 16 ひかり 光なるべし。深き過ちもなきに、見あはせたてまつりしタのほどより、やがて一后を犯した大罪でもないのに、 源氏への裏切りはそれ以上と思う。 たましひ 四 かき乱り、まどひそめにし魂の、身にも還らずなりにしを、かの院の内にあくニ↓若菜下同一三三 ~ 四ハー 三密会以来、魂が身を離れる。 あり ↓若菜下圈一八三ハー。「恋ひわび がれ歩かば、結びとどめたまへよ」なと ・、、と号げに、殻のやうなるさまして てよるよる惑ふわが魂はなかなか 身にもかへらざりけり」 ( 河海抄 ) 。 泣きみ笑ひみ語らひたまふ。 四女三の宮のもとに。衣の下前 宮も、ものをのみ恥づかしうつつましと思したるさまを語る。さて、うちしの褄を結ぶと魂がもとの身に戻る。 葵一一三ハー注一八の歌を参照 おもかげ めり、面痩せたまへらむ御さまの、面影に見たてまつる心地して思ひやられた五魂の脱け殻。衰弱してもいる。 六小侍従が、宮の言葉「我も、 たまゆかよ まへば、げにあくがるらむ魂や行き通ふらむなど、いとどしき心地も乱るれば、今日か明日か : ・」 ( 一三ハー ) を報告。 七宮の姿が目前に浮ぶ気持。 柏木「今さらに、この御事よ、かけても聞こえじ。この世は、かう、はかなく ^ 二 ( 4 まどひ : ・」を受ける。宮 の面影に接して、魂の交感を確信。 ほだし て過ぎぬるを、長き世の絆にもこそと思ふなむいといとほしき。心苦しき御事九宮への強まる執着を、逆に断 ち切ろうとする語気。 おうせ 一 0 逢瀬が数度しかなかった。 を、たひらかにとだにいかで聞きおいたてまつらむ。見し夢を、心ひとつに思 = 宮への執心ゆえに成仏もでき ひあはせて、また語る人もなきが、いみじういぶせくもあるかな」など、とりず、未来永劫救われがたい危惧。 三宮の懐妊。次の「だに」に注意。 集め思ひしみたまへるさまの深きを、かつはいとうたて恐ろしう思へど、あはせめて安産の報を聞いて死にたい。 一三猫の夢。↓若菜下同一八〇ハー。 れんびん 一四小侍従の、柏木への憐憫。 れ、はた、え忍ばず、この人もいみじう泣く。 一五柏木は。周囲に気付かれまい しそく と薄暗くしたか。宮の返書を読む。 紙燭召して御返り見たまへば、御手もなほいとはかなげに、をかしきほどに おもや かへ ゅふ・ヘ 五 から つま
63 横笛 が 〔 = 〕タ霧、一条宮訪問、秋のタのものあはれなるに、一条宮を思ひやりきこえたまている。↓柏木〔凸。 一三柏木は源氏の勘気の解けるよ 一と 柏木遺愛の笛を受ける うタ霧にとりなしを遺言。その約 ひて渡りたまへり。うちとけしめやかに御琴どもなどき 束を果せば柏木の霊も浮ばれよう。 ひさし 一四前節の「思ひわたる」の時間が たまふほどなるべし。深くもえとりやらで、やがてその南の廂に入れたてまっ 経過して、季節は物思いの秋。 きめおと りたまへり。端っ方なりける人のゐざり入りつるけはひどもしるく、衣の音な「タ」も物思いの時刻。 一五タ霧の心に即した推測 かう みやすどころたいめん ひも、おほかたの匂ひ香ばしく、、いにくきほどなり。例の、御息所対面したま一六奥にかたづけることもできず。 宅「けはひ」「音なひ」「匂ひ」と、 一九 との ひて、昔の物語ども聞こえかはしたまふ。わが御殿の、明け暮れ人繁くてものタ霧の神経が女宮の周辺に集中。 天これまでも応対に出るのは常 を一な に母御息所。↓柏木四三・五〇ハー 騒がしく、幼き君たちなどすだきあわてたまふにならひたまひて、いと静かに 一九柏木生前のころの話。 けだか ニ 0 大納言兼左大将のタ霧邸は、 ものあはれなり。うち荒れたる心地すれど、あてに気高く住みなしたまひて、 繁栄して人の出入りも多い せんぎい 一 = 「すだく」は群がる、集る意。 前栽の花ども、虫の音しげき野辺と乱れたるタ霙えを見わたしたまふ。 一三「君が植ゑし一群薄虫の音の わごん りち しげき野辺ともなりにけるかな」 和琴を引き寄せたまへれば、律に調べられて、いとよく弾きならしたる、人 ( 古今・哀傷御春有助 ) 。前にも 香にしみてなっかしうおばゅ。「かやうなるあたりに、思ひのままなるすき心類似の表現。↓柏木四九ハー一四行。 ニ三秋の調子。女性らしい調子。 ある人は、静むることなくて、さまあしきけはひをもあらはし、さるまじき名品和琴への宮の移り香を感取。 ニ六 一宝タ霧は自らを「すき心」とは無 こぎみ をも立つるぞかし」など、思ひつづけつつ掻き鳴らしたまふ。故君の常に弾き縁とするが、好色めいてもくる。 一宍柏木は和琴の名手。↓若菜上 たまひし琴なりけり。をかしき手ひとつなど、すこし弾きたまひて、タ霧「あ四五ハー四行。 こと はしかた 一四ゅふべ 一セ 一八 ニ四 ひと
タ霧「近くてこそ見たまはざらめ、よそにはなどか聞きたまはざらむ。さても一五結婚後十年が経過。 一六タ霧の手をふりほどいて。 よみぢ 契り深かなる瀬を知らせむの御心ななり。にはかにうちつづくべかなる冥途の宅興奮して赤らむ顔も魅力的。 天タ霧の戯れ言がとめどない。 ニ四 急ぎは、さこそは契りきこえしか」と、 いとつれなく言ひて、何くれとこしら共寝を拒まれた照れくささもある。 一九雲居雁はいよいよ興奮。相手 へきこえ慰めたまへば、いと若やかに心うつくしうらうたき、い、はた、おはすへの敬語も省く。以下、短い言葉 を矢つぎばやに発する。 ′一と ニ六 なご る人なれば、なほざり言とは見たまひながら、おのづから和みつつものしたまニ 0 怒れば怒るほどかわいく見え る。妻の怒りに夫への情愛を感取。 ニ ^ ふを、いとあはれと思すものから、心は空にて、「かれも、 いとわが心をたてニ一「見れば憎し : こへの言葉。 うわさ 一三自分と宮の噂を。 て強うものものしき人のけはひには見えたまはねど、もしなほ本意ならぬことニ三「おいらかに死にたまひね」に 対する言葉。「深し」「瀬」が縁語 一西死ぬ時はいっしょに、の気持。 にて尼になども思ひなりたまひなば、をこがましうもあぺいかな」と思ふに、 一宝以下、雲居雁の人柄。 しばしはと絶えおくまじうあわたたしき心地して、暮れゆくままに、今日も御ニ六口から出まかせの言葉と。 毛妻の素直な情愛に感動。 夭一方では、宮に恋い焦れる。 返りだになきよと思して、心にかかりていみじうながめをしたまふ。 ニ九タ霧との結婚を不本意として。 きのふけふ 三 0 宮のもとに連日連夜通おうと 霧昨日今日っゅもまゐらざりけるもの、いささかまゐりなどしておはす。タ霧 する。新婚当時はそれが普通。 おとど 「昔より、御ために心ざしのおろかならざりしさま、大臣のつらくもてなした三一雲居雁は。夕食をとった。 タ 三ニ雲居雁のために。タ霧は致仕 の大臣の反対にもあい、思いを抱 まうしに、世の中の痴れがましき名をとりしかど、たへがたきを念じて、ここ き続けて七年後に結婚した。 かしこすすみ気色ばみしあたりをあまた聞き過ぐししありさまは、女だにさし三三「まめ人」の名もとった。 ニ七 三ニ 三 0 けしき 三三 ニ九
83 鈴虫 ねんずだう これは、ただ忍びて御念誦堂のはじめと思したることなれど、内裏にも、山 = 以下、講師のこと。 三「さきら」は弁舌、筆勢など。 みかど つかひ ずきゃうふせ の帝も聞こしめして、みな御使どもあり。御誦経の布施など、いとところせき「吻クチサキラ」 ( 和名抄 ) 。 一三今回の持仏開眼供養。 まう までにはかになむ事広ごりける。院に設けさせたまへりけることどもも、殳 耒ぐ一四今上帝も、朱雀院も。 三帝や朱雀院の布施をいう。 と思ししかど世の常ならざりけるを、まいていまめかしきことどもの加はりた一六供養の終ったタベには、その 供養会から帰った僧たちの寺に。 れば、タの寺におき所なげなるまで、ところせき勢ひになりてなん僧どもは帰宅宮の出家生活が本格化する今 になって、源氏の執心が強まる。 . り・ . けらつ。 一 ^ 朱雀院。桐壺院から伝領した 三条宮で、宮の出家生活を送らせ ムフしも心苦しき御心添ひて、はかりもなくかしづききこえようとする。↓柏木一一五ハー注 = = 。 〔四〕源氏、女三の宮の 一九出家の身ゆえ、どうせ別居す そうぶん ため細心に配慮する たまふ。院の帝は、この御処分の宮に住み離れたまひなんるのだから、今のうちが世間体も よかろうと。その時期が遅れては、 一九 も、つひのことにてめやすかりぬべく聞こえたまへど、源氏「よそよそにては世人が疑念を抱くだろう、の判断 ニ 0 朱雀院の依頼に応じた本意。 おばっかなかるべし。明け暮れ見たてまつり聞こえうけたまはらむこと怠らむ = 一「ありはてぬ命待っ間のほど ニ 0 ばかり憂キ、ことしげ・ / 、田 5 はず、もが ほいたが な」 ( 古今・雑下平貞文 ) 。 に、本意違ひぬべし。げに、ありはてぬ世いくばくあるまじけれど、なほ生け 一三せめて生きている時なりと、 るかぎりの心ざしをだに失ひはてじ」と聞こえたまひつつ、かの宮をもいとこお世話する気持を。源氏の執心。 ニ三一方では、三条宮にも。 つく みさうみまき まかにきよらに造らせたまひ、御封のものども、国々の御庄、御牧などより奉ニ四宮は一一品内親王で、位封三百 戸。↓若菜下圈一四〇ハー一一行。 みくら 一宝諸国の荘園や私有の牧場。 る物ども、はかばかしきさまのは、みなかの三条宮の御倉に収めさせたまふ。 ゅふべ ニ四
「ノ 201 こしにても心を乱りたまひけむことのいとほしう悔しうおばえたまふさま、胸一三紫の上は、源氏の恋の心底を、 よく察知していたとする。 いつまでも恨み通すことはな よりもあまる心地したまふ。そのをりの事の心をも知り、今も近う仕うまつる一四 かったが、その時々に一通りは。 三その当時の紫の上の苦しみを、 人々は、ほのばの聞こえ出づるもあり。 今こそ源氏に聞かせる女房がいる。 入道の宮の渡りはじめたまへりしほど、そのをりはしも、色にはさらに出だ一六女三の宮降嫁の時、紫の上が 苦悩をおし隠しながら源氏に協力 したまはざりしかど、事にふれつつ、あぢきなのわざやと思ひたまへりし気色した。抑え切れぬ悲しみと不安を 源氏は感取。↓若菜上〔一三〕。 のあはれなりし中にも、雪降りたりし暁に立ちやすらひて、わが身も冷え入る宅以下、降嫁三日目、雪の日の 追憶。宮のもとで夢に紫の上を見 ゃうにおばえて、空のけしきはげしかりしこ、、 た源氏が急いで帰るが、女房らは ししとなっかしうおいらかなるも 容易に戸を開けない。源氏は、平 のから、袖のいたう泣き濡らしたまへりけるをひき隠し、せめて紛らはしたま気を装いながらも袖を涙で濡らす 紫の上に感動。↓若菜同〔一五〕。 へりしほどの用意などを、夜もすがら、夢にても、またはいかならむ世にかと天以下、現在の源氏の心情。 一九この「世」は、末世。 ギ ) うし あけばの お 思しつづけらる。曙にしも、曹司に下るる女房なるべし、「いみじうも積もりニ 0 注一七の雪景と現在の景による。 「雪消え」「行き消え」 ( 死や出家で にける雪かな」と言ふ声を聞きつけたまへる、ただそのをりの心地するに、御現世から姿を消す意 ) 、「降る」 「経る」の掛詞。降雪の景に、なお かた も現世を断ちがたい愛憐の情を、 かたはらのさびしきも、いふ方なく悲し。 絶望的にかたどる。 0 この巻の舞台は、全体が六条院 源氏うき世にはゆき消えなんと思ひつつ思ひの外になほぞほどふる か二条院か不明。一説には、前半 が二条院、後半が六条院とも。 そで ほか 一九
一宮が出家に追い込まれたのは、 見たてまつりたまふにつけては、などかうはなりにしことそと罪得ぬべく思さ 8 わが至らなさかと罪悪感を抱く。 きちゃう るれば、御几帳ばかり隔てて、またいとこよなうけ遠くうとうとしうはあらぬニ薫が源氏の袖にまといつく。 語 三染色していない薄い絹布。 四舶来の綾織で、小紋の模様の 物まどに、もてなしきこえてそおはしける。 ある紅梅色の下着の裾。 めのと 源 若君は、乳母のもとに寝たまへりける、起きて這ひ出でた = 幼児は着けず、這いまわ 〔三〕無心の薫の姿に、 ると上着がよれて背後に集る。 源氏わが老いを嘆ずる 六柳の木質は白く、きめ細かい まひて、御袖を引きまつはれたてまつりたまふさまいとう そ セ当時、幼児は頭を剃った。そ ぞすそ五 三うすものからこもん つくし。白き羅に唐の小紋の紅梅の御衣の裾、いと長くしどけなげに引きやらの青さを露草の染料によると比喩。 ^ 目もとがおっとりとあどけな うしろ れて、御身はいとあらはにて背後のかぎりに着なしたまへるさまは、例のことく。目と眉の開いたような感じか。 九「かをる」↓柏木三八ハー一二行。 かしら ゃなぎけづ なれど、いとらうたげに、白くそびやかに柳を削りて作りたらむやうなり。頭一 0 実父の柏木を ( ↓柏木三八ハー ) 。 「なほ」とあり、思わざるをえない。 っゆくさ は露草してことさらに色どりたらむ心地して、ロつきうつくしうにほひ、まみ = 柏木。以下「似げなからず」ま で、源氏の心中。直接話法による。 のびらかに恥づかしうかをりたるなどは、なほいとよく思ひ出でらるれど、か三実父まさりの器量が。 一三自分 ( 源氏 ) の美麗さにも匹敵 れはいとかやうに際離れたるきよらはなかりしものを、いかでかからん、宮にする、親子の縁の不思議も思う。 一四直接話法が地の文に流れる例。 けしき けだか も似たてまつらず、今より気高くものものしうさまことに見えたまへる気色な一五この時、満一歳一か月。 一六院からの筍を盛ってある櫑子。 宅『宇津保物語』国譲中巻でも、 どは、わが御鏡の影にも似げなからず見なされたまふ。 幼い大宮が無心に物を取り散らす。 一六たかうならいし あゆ わづかに歩みなどしたまふほどなり。この筍の櫑子に何とも知らず立ち寄り一 ^ 筍を。食物にひかれては下品。 きは ニそで
一柏木は権大納言に昇進したが ( 柏木三〇ハー ) 、まもなく「泡の消 え入るやう」に死去 ( 柏木三五ハ r) 。 よこ笛 ニ世人の哀惜。↓柏木〔一こ。 三特別の関係のない場合でさえ、 好もしい人の亡くなるのを。 故権大納言のはかなく亡せたまひにし悲しさを、飽かずロ四まして柏木は常に源氏に親し 〔こ柏木の一周忌源 く仕え源氏も格別に重用してきた を しの ろくでうのゐん 氏・タ霧の志厚し 惜しきものに恋ひ偲びたまふ人多かり。六条院にも、おほのだから、とする。↓柏木三三ハー。 五密通事件の忌わしさはどうし ても忘れられないが、の気持。以 かたにつけてだに、世にめやすき人のなくなるをば惜しみたまふ御、いに、まし 下、源氏の愛憎半ばする気持。 あさゆふ な おば 六「六条院には、まして、あは て、これは、朝夕に親しく参り馴れつつ人よりも御心とどめ思したりしかば、 れと : ・」 ( 柏木五三ハー二行 ) と照応。 いかにぞや思し出づることはありながら、あはれは多く、をりをりにつけて偲セ柏木の一周忌。 〈薫の無心に幼いさま。 ずきゃう びたまふ。御はてにも、誦経などとりわきせさせたまふ。よろづも知らず顔に九柏木の罪は憎いが、やはり。 一 0 内心ひそかに、薫の分として。 しはけなき御ありさまを見たまふにも、さすがにいみじくあはれなれば、御心 = 砂金。『李部王記』天慶十年三 月十九日の条に、藤原穏子の御八 うち こがねひやくりゃう べち おとど こうけちがん の中にまた心ざしたまうて、黄金百両をなむ別にせさせたまひける。大臣は講結願に藤原貴子が砂金百両を瑠 笛 璃壺に入れて施入したとある。 心も知らでぞかしこまりよろこび聞こえさせたまふ。 三致仕の大臣は、柏木の死の原 因や薫誕生の真相を知らない。 大将の君も、事ども多くしたまひ、とりもちてねむごろに営みたまふ。かの一三タ霧。供養を施し仏事を主催。 一四柏木の正室、落葉の宮の邸。 5 いちでうのみや はらから 一条宮をも、このほどの御心ざし深くとぶらひきこえたまふ。兄弟の君たちょ一五柏木の弟たち。 四 くち