ひけれど、 いかでか離れたてまつらんと慕ひわたりたまへるを、人に移り散る一落葉の宮が母御息所に。「い 8 かでか」の「か」は反語。 まらうと を怖ちて、すこしの隔てばかりに、あなたには渡したてまつりたまはず。客人 = 御息所のいる北廂 すだれ 三タ霧を、落葉の宮の簾の前に。 じゃうらふ 語 物のゐたまふべき所のなければ、宮の御方の簾の前に入れたてまつりて、上﨟だ四タ霧の挨拶を取り次ぐ。 五タ霧の挨拶への返礼 氏 四せうそこ 源つ人々御消息聞こえ伝ふ。御息所「いとかたじけなく、かうまでのたまはせ渡ら六はかなく亡くな 0 てしまった なら。「かしこまりはお礼の言葉。 お礼を申すのにも長生きしたい意。 せたまへるをなむ。もし、かひなくなりはてはべりなば、このかしこまりをだ 七御息所らの小野移転の見送り。 ^ 六条院から仰せつけられなが に聞こえさせでやと思ひたまふるをなむ、いましばしかけとどめまほしき心っ ら中途になっていた仕事。口実で きはべりぬるーと聞こえ出だしたまへり。タ霧「渡らせたまひし御送りにもとある。雲居雁の嫉妬で訪問できな かったのが真相 九私を誠意のない者として。 思うたまへしを、六条院にうけたまはりさしたることはべりしほどにてなん。 一 0 落葉の宮。母屋の西側にいる。 日ごろも、そこはかとなく紛るることはべりて、思ひたまふる心のほどよりは、 = 「旅、は、日常暮す邸以外の所。 三屏風・几帳などの仕切りも簡 略らしい。タ霧の接近に好都合。 こよなくおろかに御覧ぜらるることの苦しうはべるなど聞こえたまふ。 一三端近な感じの宮の御座所。 かた 宮は、奥の方にいと忍びておはしませど、ことごとしから一四落葉の宮。以下、簾外のタ霧 〔三〕タ霧、落葉の宮と の視点から捉えた表現。 おまし 贈答、胸中を訴える ぬ旅の御しつらひ、浅きゃうなる御座のほどにて、人の御一五御息所とタ霧の間に距離があ り、伝言の取次にも時間がかかる。 いとやはらかにうち身じろきなどしたまふ御衣のお一六落葉の宮づきの女房。小少将。 けはひおのづからしるし。 御息所の姪で、その養女格。大和 となひ、さばかりななりと聞きゐたまへり。心もそらにおばえて、あなたの御守の妹。↓柏木五〇ハー一三行。 ( 現代語訳二八七ハー ) す
女君がこのお手紙は隠しておしまいになったので、大将は紙のことなどお思い出しにならない。男君は、ほかのこと 無理に捜し出して取りあげることもせず、平気をよそおっ は何をお考えになるゆとりもなく、ただあちらに早くご返 なかみ てお寝みになるが、胸が波立って、「なんとかあれを取り事をと気がせくが、昨夜のお手紙の内容もはっきりとは見 語 物返したいものよ。御息所のお手紙なのだろうが、何があっ られずじまいだったのだから書きようもなく、さりとて見 氏 たのだろうか」と、心配で目も冴えたまま横になっておい ていないような返事をしたためるのも、あちらでは失くし 源 でになる。女君が眠っていらっしやるので、昨夜の御座所 てしまったのだとご推量になることだろう、などとあれこ の下などを、それとなくお捜しになるが見あたらない。おれ思案の尽きる思いでいらっしやる。 隠しになる場所もないのにと、じつにいらいらしているう 〔一 0 〕終日、御息所の文どなたもみなお食事もおすませにな ちに夜が明けてしまったけれども、すぐにはお起きになら を捜すが見いだしえずったりして、ようやく静かになった みちょうだい すにいる。女君が、お子たちに起されて御帳台からいざり昼ごろ、思いあぐねた末、「昨夜のお手紙はどんなご用事 だったのですか。おかしなことに見せてくださらないで 出ていらっしやるので、ご自分も今お起きになったような ふりをなさって、あちこちそっと様子をおうかがいになる 。今日にもお見舞を申さなくてはならないのです。気 けれど、お見つけになることができない。女君のほうは、 分がわるくて、六条院にもお伺いできそうにないので、お 手紙だけをさしあげておきましよう。どんなことだったの 大将がこうして捜そうとも思っていらっしやらないのを、 けそう おももち なるほど、懸想めいたお手紙ではなかったのだ、と気にし でしようか」とおっしやる御面持もまったくさりげないふ てもいらっしやらないのでーーーお子たちがそそくさと遊び うなので、女君は、手紙を奪い取るなど愚かしいふるまい まわるやら、人形に着物を着せたり手にとって立たせたり だった、とお気持もしらけて、そのことにはおふれになら みやま してお遊びになるやら、本を読んだり手習をしたりするやず、「先夜の深山の風にお当りになって、気分をそこねら ふぜい ら、さまざまじつにせわしくしていて、小さいお子は母君れたのですと、風情めかして申しわけを書いておあげなさ に這いまつわって引っぱったりもするので、取りあげた手 いましよ」とおっしやる。「まあ、そんなつまらぬことを やす
301 タ霧 にお手紙をやりとりなさって、やはりこれまでと同じよう で、まだこちらにそれだけの強みのある心地がして気持を になさるのがよろしいでしよう。ご返事もさしあげないの慰めていたが、それでさえも、けっして満足できなかった は、先方に対して無用に馴れすぎた態度といえましよう」 のに。ああ、なんということか。大殿あたりがどうお思い とおっしやって、大将の手紙をお手もとにお取り寄せにな になり、なんと仰せになるか」と、思いつめていらっしゃ る。 る。小少将は困惑しながらお渡しした。 文面には、「あまりにも薄情なお気持のほどをはっきり 御所は、それでもやはり、なんとおっしやるかせめて と拝見させていただきましたので、かえって今ははばかる先方の出方を確かめてみたいとお思いになって、ひどく気 こともなしに一途な気持にもなってしまいそうです。 分がわるくてくらむようになられるお目を無理におぬぐい せくからにあささそ見えん山川のながれての名をつつ になり、鳥の足跡のようなたどたどしい文字をお書きにな みはてずは る。「まるで望みのない有様になってしまいました私を、 ( 私の気持を堰きとめようとなされば、それだけにそのお考宮が見舞いにお越しくださった折ですので、ご返事をさし えのあさはかさがはっきりするというものでしよう。世間に あげるようにとお勧め申したのですが、まことにさつばり 流す浮名は包みきれるはずもないのですから ) 」 しないご様子ですので、見るに見かねまして、 をみなへし と言葉数も多いけれど、御息所は終りまでごらんにもなら 女郎花しをるる野辺をいづことてひと夜ばかりの宿を このお手紙も、はっきりとその気持を表したもので はなく、いまいましくいい気なもので、今夜は訪れなく平 ( 女郎花ー宮の泣きしおれております野辺を、あなたはいっ 然としているのを、ほんとになんという仕打ちかと御息所 たいどことお思いになってただ一夜限りお宿りになったので なかん しようか ) 」 はお思いになる。「亡き督の君のお気持の冷たさが心外で ひねりぶみ すだれ あったころ、まことにつらいと思ったけれども、表向きに とだけ途中で書きさして、捻文にして簾の外にお出しにな はほかにまたとないくらいたいせつに扱ってくださったの って、横におなりになったが、そのままひどくお苦しみに
息所が宮に、の一説はとらない。 へば、ただ時の間に隔たりぬべき世の中を、あながちにならひはべりにけるも 三宮の遠慮深く寡黙な性分。こ こで宮がタ霧との一件を弁明せず、 悔しきまでなん」など泣きたまふ。宮も、もののみ悲しうとり集め思さるれば、 ふびん 御息所も不憫さから何も尋ねない。 聞こえたまふこともなくて見たてまつりたまふ。ものづつみをいたうしたまふ 0 御息所はこの対面でも宮の実事 を疑わないらしい。その思い込み ほんじゃう きはぎは のまま二人はやがて死別する。 本性に、際々しうのたまひさはやぐべきにもあらねば、恥づかしとのみ思すに、 一三御息所自身が宮に給仕。 おほとなぶら いといとほしうて、いかなりしなども問ひきこえたまはす。大殿油など急ぎま一四御息所の小康状態に宮が安堵。 一五タ霧から。 ゐらせて、御台などこなたにてまゐらせたまふ。物聞こしめさずと聞きたまひ一六宮とタ霧の関係の真相を。 宅男女交際の初期は侍女を介し て、とかう手づからまかなひなほしなどしたまへど、触れたまふべくもあらず、ての文通が普通。小少将の君を介 して二人が親密になりつつあると、 御息所ら事情を知らぬ者は知る。 ただ御心地のよろしう見えたまふぞ、胸すこしあけたまふ。 天宮や小少将の立場に即した語 り手の感想。 かしこよりまた御文あり。心知らぬ人しも取り入れて、 〔 ^ 〕タ霧より文来たり、 一九五 ~ いかなりし・ : たまはず 御息所返事を書く を受けて言う。一一人の実事を確信 「大将殿より、少将の君にとて御文あり」と言ふぞ、また する御息所は、その結婚を不本意 みやすどころ 一九 としながらも、結ばれた上はタ霧 霧わびしきや。少将御文は取りつ。御息所、「いかなる御文にか」と、さすがに が今夜も来るのを当然と考え、手 した 問ひたまふ。人知れず思し弱る心も添ひて、下に待ちきこえたまひけるに、さ紙だけ来たのを不審に思う。 あきら タ ニ 0 宮の独身生活を諦める気持も。 もあらぬなめりと思ほすも、心騒ぎして、御息所「いでその御文、なほ聞こえた = 一きちんと返事をすべき。 一三悪評の立つ前に、二人の結婚 まへ。あいなし。人の御名をよざまに言ひなほす人は難きものなり。底に心清をきちんとした形にしたい気持。 かた
たまふべう聞こえよ。そなたへ参り来べけれど、動きすべうもあらでなむ。見て反対した ( 柏木四五ハー ) 。今は気 高い独身生活を送らせたい。 一六色めかしく。 たてまつらで久しうなりぬる心地すや」と、涙を浮けてのたまふ。参りて、 宅「隙」は、病の隙 一 ^ 宮を自分 ( 御息所 ) の御座に 「しかなん聞こえさせたまふ」とばかり聞こゅ。 一九娘ながら皇女への礼儀で言う。 ニ一ひたひがみめ 渡りたまはむとて、御額髪の濡れまろがれたるひきつくろひ、単衣の御衣ほニ 0 小少将は自分が密告者のよう になりかねないので、ばつがわる ニ四 御息所の言葉だけを伝えた。 ころびたる着かへなどしたまても、とみにもえ動いたまはす。この人々もいか ニ一頬などに垂れる前髪が、涙に のち 濡れて一つになっているさま。 に思ふらん、まだえ知りたまはで、後にいささかも聞きたまふことあらんに、 ほ・」ろ 一三タ霧に引っぱられ綻びていた。 ニ六 ふ つれなくてありしよと思しあはせむも、いみじう恥づかしければ、また臥したニ三「たまひても」の音便無表記。 ニ四以下、宮の心中。「この人々」 まひぬ。落葉の宮「、い地のいみじうなやましきかな。やがてなほらぬさまにもあは小少将ら女房たち。 ニ七 ニ ^ 一宝御息所は私とタ霧の一件を。 あしけ お のば りなむ、いとめやすかりぬべくこそ。脚の気の上りたる心地す」と圧し下させニ六私がそ知らぬ顔をしていたと、 御息所が思いあたられるのも。 かつけ かくびやう 毛脚気か。↓「脚病」 ( 若菜下 たまふ。ものをいと苦しうさまざまに思すには、気ぞあがりける。 一三〇ハー ) 。心労も原因の一つか。 三 0 ニ ^ 指圧などで「気」を下らせる。 霧少将、「上にこの御事ほのめかしきこえける人こそはべけれ。いかなりしこ ニ九「上」は御息所。 みさうじ とぞと問はせたまひつれば、ありのままに聞こえさせて、御障子の固めばかり三 0 「はべりけれ」の撥音便無表記。 タ 三一御息所が。 をなむ、すこし事添へて、けざやかに聞こえさせつる。もしさやうにかすめ聞 = 三「障子は鎖して」 ( 前ハー六行 ) と 言って宮の潔白を強調したとする。 こえさせたまはば、同じさまに聞こえさせたまへ」と申す。嘆いたまへる気色三三御息所が。 ニ 0 ニ九 一九 三三 ひとへ くだ けしき
407 各巻の系図 柏木 △承香殿女御 一条御息所 ( 母御息所、御息所 ) △藤壺女御 〒女三の宮 ( 宮、尼宮三品 0 宮 ) 宮達 朱雀院 ( 帝、山の帝、院 ) 薫 ( 男君、若君 ) 明石の君 紫の上三条の上 ) 明石の女御 ( 女御 ) 源氏 ( 大殿の君、大殿、院、六条院 ) 柏木 ( 衛門督、衛門督の君、権大納言、故殿 ) 弘徽殿女御 ( 女御 ) 四の君 ( 北の方、上、母上、母北の方 ) 左大弁 ( 右大弁の君、弁の君 ) 致仕の大臣 ( 大臣、父大臣 ) 藤宰相 手云居雁 ( 大将の御方、女君、大将殿の北の方 ) タ霧 ( 大将の君、大将殿、殿 ) △葵の上 △六条御息所 各巻の系図 一、本巻所収の登場人物を各巻ごとにまとめた系図である。 一、△は、その巻における故人を示す。 、 ( ) 内は、その巻での呼び名を示す。 今上帝 ( 内裏、父帝 ) 落葉の宮 ( 一呂 冷泉院 秋中宮 ( 中宮 ) 玉鬘 鬚黒大将 ( 右大臣 ) ( 右の大殿の北の方 ) 乳母 小侍従 ( 侍従 ) 聖 小少将 ( 少将の君 )
みやすどころ 巻名小野の山荘に落葉の宮の母御息所の病を見舞ったタ霧が、折からたちこめる霧に、「山里のあはれをそふるタ霧にた ち出でん空もなき心地して一と詠んで落葉の宮に贈 0 たことによる。人物「タ霧」の呼び名もこの巻による。 梗概一条御息所は、病気の加持のために小野の山荘に移った。しだいに落葉の宮への恋心をつのらせていたタ霧は、八月 中ごろ、見舞に小野を訪れ、御息所にかわって自ら応対する宮に思いを訴えた。立ちこめる霧を口実にしてタ霧は宮の傍 らで一夜を明かすが、そのほとんど脅迫じみた求愛に、宮はかたく心を閉ざし、タ霧を拒み通した。 きとう 御息所は、祈疇の律師からタ霧が宿泊したことを聞いて心を痛め、落葉の宮と対面するが、事実を確かめることもでき ない。柏木の父致仕の大臣の思惑をはばかり恐れる落葉の宮の立場を憂慮しながらも、御息所はタ霧に、その真意を確か くもいのかり める消息を送った。ところがこの手紙は、宮との仲を嫉妬する雲居雁に奪い隠されてしまう。御息所は、タ霧からの返事 もなく、その訪れもないことに落胆し、悲嘆のあまりに病勢がつのって絶命した。 タ霧は葬儀万般の世話をした。茫然自失の日々を送る落葉の宮は、焦燥をつのらせるタ霧に、ますますかたくなに心を 閉ざした。 よ′わ、 源氏は、タ霧と落葉の宮との噂を聞き、心苦しく思うが、これも宿世と、タ霧への忠告もさし控えた。紫の上も、女と いうものの悲しい宿命を痛感して、胸を痛めた。 落葉の宮は出家を願ったが、父朱雀に諫止され、結婚を策するタ霧によって、強引に一条宮に連れ戻される。今や、 はなちるさと ぬりごめ 宮の周囲はみなタ霧の味方である。宮は塗籠に閉じこもってタ霧を避けるが、タ霧は、花散里の心配や雲居雁の嫉妬をよ そに、女房の小少将の手引でついに宮との契りを交し、喪の中に婚儀を行った。 雲居雁はこのような事のなりゆきに、たまりかねて実家の致仕の大臣邸に帰ってしまう。あわてるタ霧のたびたびの説 これみつ 得にも応じようとしない。体裁を重んずる致仕の大臣は、処置に窮して落葉の宮に圧力をかけたりもした。一方、惟光の とうないしのすけ 娘の藤典侍は雲居雁に慰めの歌を贈った。タ霧はこの二人との間に多くの子をなしていた。 ばうぜん 〈源氏五十歳の八月中旬から冬まで〉
しになる。 う昨夜のいきさつだったのかなどともお尋ね申しあげなさ みやすどころ らない。灯火などを急ぎ取り寄せて、お食膳などはこちら 御息所はご気分がおわるくいらっしやっても、並々なら ずご遠慮になり丁重に応対申しあげられる。いつもの御作でおさしあげになる。宮が何も召しあがらないとお聞きに 語 なり、あらためてあれこれと御息所ご自身でお給仕などを 物法どおりに、病床からお起き上がりになって、「ほんとに 氏 なさるけれども、宮は、箸をおつけにもなれず、ただ御息 とり散らしておりますので、せつかくお越しいただくのも 源 つろうございましてね。この二、三日ほどお目にかかりま所のご気分が多少よくおなりのご様子なのに、いくらかお せんが、その間も長い年月のように思われますにつけても、胸の晴れる思いでいらっしやる。 考えてみればほんとにたわいもないことでございます。あ〔 0 タ霧より文来たり、京からまたお手紙が寄せられる。事 御息所返事を書く 情を知らぬ女房が受け取って、「大 なたとは来世できっとお会いできるというわけのものでも ございますまい。またもう一度この世に生れ変ってまいる将殿より少将の君へといってお手紙がございます」と一言う としても、親子と分らぬとあってはなんのかいがございまのは、またなんとも困ったものではある。お手紙は少将が ひととき しよう。思えば、ほんの一時のうちに別れ別れに隔てられ受け取った。御息所は、「どういうお手紙ですか」と、さ てしまう世の中ですのに、思いにまかせて暮してまいりますがにお尋ねになる。人知れず弱気になられたお気持も手 伝って、大将のお越しを心待ちにしていらっしやるのだっ したのも今となっては悔まれるばかりです」などとおっし たが、訪ねていらっしやるのでもなさそうだとお分りにな やって、お泣きになる。宮も、ただ何もかも悲しさのつの るにつけても、胸が騒いで、「さあ、そのお手紙は、やは るお気持なので、ご返事もお申しあげになれずただ黙って りご返事をおあげなさいまし。そのままではなりませぬ。 母君のお顔を拝される。宮はひどく内気なご気性で、はき うわさ はきおっしやって気分をすっきりなさるようなこともおで人の噂をよいほうに言い直してくれる人は、めったにない ものです。たとえご自分の胸のうちでは潔白とお考えでも、 きにならず、恥ずかしくばかり思っていらっしやるのを、 それをそのまま信用してくれる人は少ないでしよう。素直 御息所はほんとにおかわいそうとお思いになって、どうい
源氏物語 94 くどく れば、功徳のことをたてて思し営み、いとど心深う世の中を思しとれるさまに なりまさりたまふ。 一母御息所のための追善供養を ひたすら熱心に営まれて。 0 中宮と源氏の対話には、罪業を 背負った人間としての御息所の宿 命が語られる。中宮の、母救済の ための出家にきびしく反対する源 氏自身、出家を切願しながらも俗 世に生きなずむほかない業苦を抱 きしめている。
うなやみたまふ。なかなか正身の御心の中は、このふしをことにうしとも思し一宮本人は、かえって特に情け ないと心を動かすこともない。世 おどろくべきことしなければ、ただおばえぬ人にうちとけたりしありさまを見間体を気にする御息所とは対照的。 語 ニ思いもよらぬ人、タ霧に。 おば 物えしことばかりこそ口惜しけれ、いとしも思ししまぬを、かくいみじう思いた三御息所がタ霧と自分 ( 宮 ) に実 四 氏 事があったと深刻に悩まれるのを。 あき 源るを、あさましう恥づかしう、明らめきこえたまふ方なくて、例よりももの恥 0 弁解申すすべもなく。 ふびん 五御息所は、宮が実に不憫で。 けしき ぢしたまへる気色見えたまふを、いと心苦しう、ものをのみ思ほし添ふべかり六柏木との不幸な結婚と死別に タ霧との心労が加わるとする。 けると見たてまつるも、胸っとふたがりて悲しければ、御息所「今さらにむつか七夕霧との一件で、今後世間か ら非難されるだろう、と予測。 すくせ しきことをば聞こえじと思へど、なほ、御宿世とはいひながら、思はずに心幼〈世間の非難をつのらせぬよう、 慎重にふるまってほしい、 の意。 九わが娘ながら、皇女の身を敬 くて、人のもどきを負ひたまふべきことを。とり返すべきことにはあらねど、 って、自ら卑下した言葉づかい 今よりはなほさる心したまへ。数ならぬ身ながらも、よろづにはぐくみきこえ一 0 あなたを。高貴な身として万 事大切に世話してきた、とする。 つるを、今は、何ごとをも思し知り、世の中のとざまかうざまのありさまをも = お世話申してきたと。 一ニ養育や世話という点では安心 思したどりぬべきほどに、見たてまつりおきつることと、そなたざまはうしろと存じていたのだが。 一三まだ世間知らすで、しつかり した心構えができていない。宮が やすくこそ見たてまつりつれ、なほいといはけて、強き御心おきてのなかりけ タ霧を近づけたことへの非難。 ることと、思ひ乱れはべるに、、 しましばしの命もとどめまほしうなむ。ただ人一四御息所は死を予感。しかし宮 への心配から死ぬに死にきれない ふたり ためしこころう 一五臣下の身でさえ、多少とも人 だに、すこしよろしくなりぬる女の、人二人と見る例は心憂くあはつけきわざ 一うじみ うち 一 0