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検索対象: 完訳日本の古典 第11巻 蜻蛉日記
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1. 完訳日本の古典 第11巻 蜻蛉日記

( 現代語訳三二九ハー ) しかが崎、山吹の崎などいふところどころ見やりて、葦の中より漕ぎゅく。まつれたさまでもうたったものか。 = 「いかが崎」「山吹の崎」、と かぢおと だものたしかにも見えぬほどに、遥かなる楫の音して、、い細くうたひ来る舟あもに歌枕。位置は不明。 三「人の御迎へ」で一語。 むか り。ゆきちがふほどに、「いづくのぞや」と問ひたれば、「石山へ、人の御迎ヘ一三底きこゆるめ」。「め」を 「はーの誤写とみる。「聞こゅめる」 に」とそ答ふなる。この声もいとあはれに聞こゆるは、言ひおきしを、おそく「聞こゅなり」と改める説もある。 一四石山をさす。 出でくれば、かしこなりつるして出でぬれば、たがひていくなめり。とどめて、一五くいちがって。約束どおりに 事が運ばなかったことをいう。 をのこどもかたへは乗り移りて、心のほしきにうたひゆく。瀬田の橋のもとゆ一六数えきれないほどである、無 限である、の意。 ちどり 力し きかかるほどにぞ、ほのばのと明けゆく。千鳥うち翔りつっ飛びちがふ。もの宅打出の浜。↓九七ハー注一七。 一 ^ ↓八八ハー注セ。 のあはれに悲しきこと、さらに数なし。さて、ありし浜べにいたりたれば、迎一九「知らぬ世界、遠い世界」とい ったような意味 きゃうみ ニ 0 なんとでも言わしておけ、と への車ゐて来たり。京に巳の時ばかりいきっきぬ。 いう放任的表現。 ニ 0 月 ニ一相撲の節会 ( 二四ハー注四 ) 。天 これかれ集まりて、「世界にまでなど、言ひ騒ぎけること」など言へば、「さ 年 禄元年の相撲については、本日記 元 以外に史料がない。 禄もあらばれ、いまはなほ然るべき身かは」などそ答ふる。 天 一三道綱。 すまひ おほやけに相撲のころなり。幼き人まゐらまほしげに思ひニ三「同車させて」という意味の慣 巻〔三〕身辺の雑事の底を あんたん 用的用法か。兼家が道綱を宮中へ 流れる暗澹たる心情 たれば、装束かせて出だし立つ。まづ殿へとてものしたり車でいっしょに連れていって。 ニ四「のは同格。「さるべき」は、 ければ、車のしりに乗せて、暮には、こなたざまにものしたまふべき人のさる適当な人、の意。 さきやまぶき し さうぞ 一六 はる いしやま せた ニ四

2. 完訳日本の古典 第11巻 蜻蛉日記

315 中巻 映って、まるで手に汲みとれそうに見えることです ) いる図がある。 つる いなかや ひと 一声にやがて千鳥と聞きつれば世々をつくさむ数も知田舎家の前の浜べに松原があり、鶴が群れをなして遊んで いる。その絵には、「二首歌をよむように」とある。 られず 波かけの見やりに立てる小松原心を寄することそある ( 一声聞いただけですぐに千鳥の声だとわかったのですから、 らし その千鳥の「千」のように、千代も万代もかぎりなく栄えて ( あの群れをなして飛び遊んでいる鶴は、波うちぎわの、向 ゆくことでしよ、つ ) こうに見渡されるあたりに立っている小松原の松に、好意を 粟田山を通って駒ひきが行われており、そのあたりの人家 寄せているらしい ) に駒ひきの馬をひき入れて、人々が見物している図がある。 あ 松のかげまさごのなかと尋ぬるはなにの飽かぬそたづ あまた年越ゆる山べに家居してつなひく駒もおもなれ のむらとり ( 鶴の群れが、松の木陰や真砂の中をあさりまわっています ( 幾年ものあいだ、この駒ひきの馬の越えてゆく山べに住い が、鶴と松と真砂、これだけめでたいものずくめなのに、こ をしているので、さからい荒れる馬さえもなっくようになっ の上さらに何を求めることがありましようか ) てしまいました ) あじろ 家の前の近くにある泉水に、八月十五日夜、月影が映って網代の絵を描いた図がある。 たきね あじろぎ 網代木に心を寄せてひを経ればあまたの夜こそ旅寝し いるのを、女たちが眺めている時、垣の外を通って笛を吹 てけれ きながら大路をゆく人がいる。 ひお ( 氷魚を寄せてとる網代のおもしろさに心をひかれて日を重 雲居よりこちくの声を聞くなへにさしくむばかり見ゅ ね、ずいぶん多くの夜を旅寝して過しました ) る月影 い ) りび こちく ( 大空のはるかかなたからこちらへ、胡竹の笛の音がしだい 浜べで漁火をともし、釣舟などの出ている図がある。 をぶね 漁火もあまの小舟ものどけかれ生けるかひある浦に来 に近づいてくるのを聞いていると、同時にまた月影は泉水に あわた くもゐ いへゐ

3. 完訳日本の古典 第11巻 蜻蛉日記

心になって詠む。 大空をめぐる月日のいくかへり今日ゆくすゑにあはむとすらむ 三「月と太陽」に、時日の「月日」 ちどり をかける。 旅ゆく人の、浜づらに馬とめて、千鳥の声聞くところあり。 一三「いまゆくすゑ」に同じ。これ からさき将来。 一声にやがて千鳥と聞きつれば世々をつくさむ数も知られず 一四「一声」の「一」と、「千鳥」の 「千」との対比の面白さ。 粟田山より駒牽く、そのわたりなる人の家に引き入れて見るところあり。 ひのおか 三京都の東郊。粟田口から日岡 とうげ 峠にかかるあたりの山。 あまた年越ゆる山べに家居してつなひく駒もおもなれにけり 一六諸国から朝廷や上流貴紳家へ まへちか はづき 献上する馬を牽いてくること。 人の家の前近き泉に、八月十五夜、月の影うつりたるを、女ども見るほどに、 宅年を越える意と山を越える意。 おほぢ かきと 一 ^ 牛馬が綱を引かれても強情に 垣の外より大路に笛吹きてゆく人あり き」から , っこと。 ニ 0 くもゐ 一九「胡竹」 ( 一種の笛 ) に「此方来」 雲居よりこちくの声を聞くなへにさしくむばかり見ゆる月影 をかける。 つる 、丿 . ゐなか 月田舎人の家の前の浜づらに松原あり、鶴群れて遊ぶ。「二つ歌あるべし」とあ = 0 ある事がらに伴って他のこと が行われる意を表す。・ : と共に。 月 . り % 三作者への注文。 わ 一三波のかかる所。波うち際。 年 ニ三向こうに見渡される所。 和 一西図柄から、鶴が松に好意を寄 安 せているようだと解く。 巻 一宝松、真砂、鶴と、めでたいも 中あじろ のすくめで、これ以上不足はある まい、の意に解く。 ニ六「日を」に「氷魚」をかける。 ニ四 波かけの見やりに立てる小松原心を寄することそあるらし ニ五 あ 松のかげまさごのなかと尋ぬるはなにの飽かぬそたづのむらとり 網代のかたあるところあり。 あじろぎ 網代木に心を寄せてひを経ればあまたの夜こそ旅寝してけれ あはたやま ひと こまひ ニ三 む ニ六ふ いへゐ 0 よ たびね ひ

4. 完訳日本の古典 第11巻 蜻蛉日記

蜻蛉日記 一叔母のほう。 など思ふほどに、あなたより、 ニこの場面全体がいかにも常套 ひ ね 的で、格別のことはないけれども、 いまはとて弾きいづる琴の音を聞けばうちかへしてもなほそ悲しき と執筆時にことわった挿入句。し かし、このよ , つに一記す . ことによっ とあるに、ことなることもあらねど、これを思へば、し 、とど泣きまさりて、 て、類型的な場面ながら涙せすに を 四 はおれない作者の心中を、逆にい なき人はおとづれもせで琴の緒を絶ちし月日そかへりきにける っそう切なく感じ取らせる。 かくて、あまたある中にもたのもしきものに思ふ人、この三叔母の歌の故人をしのぶ気持。 はくが 〔一 0 姉の旅立ち、形見 四伯牙は、自分の琴の真の理解 ー ) トでつしき に衣装を脱ぎかえる 夏より遠くものしぬべきことのあるを、服果ててとありつ者であった鍾子期の死後、弦を絶 って二度と琴を弾じなかったとい りよししゅんじゅう う故事 ( 呂氏春秋 ) をふまえる。 れば、このごろ出で立ちなむとす。これを思ふに、、い細しと思ふにもおろかな ためまさ 五為雅の妻となった姉であろう。 さうずく り。いまはとて出で立つ日、渡りて見る。装束ひとくだりばかり、はかなきも六夫の地方官赴任のためか。 セ硯箱の身と蓋の一対。「硯箱」 すずりばこ ↓一五ハー注一 = 。 のなど硯箱ひとよろひに入れて、いみじう騒がしうののしりみちたれど、われ ^ 「いけば」などが略されている。 みな 九「せきかねつつあれば」の意。 もゆく人も目も見あはせず、ただむかひゐて、涙をせきかねつつ、皆人は、 注八とともに不整斉な文章。 ねん 「など」「念ぜさせたまへ」「いみじう忌むなり」などそ言ふ。されば、車に乗一 0 以下、侍女たちが口々に言う 言葉。「など」は「などかく泣きた りはてむを見むはいみじからむと思ふに、屮豕より、「とく渡りね。ここにものまふ」とでも言うところ。「忌む」 しゆったっ は出立に涙は不吉ということ。 こうちき ふたゐ したり」とあれば、車寄せさせて乗るほどに、ゆく人は二藍の小袿なり、とま = 作者邸から迎えの使いが来て、 伝える兼家の言葉。 うすものあかくちば わか ながっきょ あいくれない るはただ薄物の赤朽葉を着たるを、脱ぎかへて別れぬ。九月十余日のほどなり。三藍と紅との一一色で染めた色。 六 ぶく 九 ふた

5. 完訳日本の古典 第11巻 蜻蛉日記

ここちはまいてせむかたしらず。さ言ひてやはとて、文して告げたれば、返り一粗略なさま。そっけないさま。 ニ不面目な状態であるにもかか ごといとあららかにてあり。さては、ことばにてぞ、いかにと一一 = ロはせたる。さわらず。一説に、図々しく。 三賀茂川 一三ロ 四 ↓一八七ハー注一一一。 日るまじき人だにぞ来とぶらふめると見るここちぞ添ひて、ただならざりける。 蛉 五感動をこめて指示する。あの。 むまのかみおも ながっき 蜻右馬頭も面なくしばしばとひたまふ。九月ついたちにおこたりぬ。八月二十余〈伊尹。↓一七一【 , 注実。 これかた よしたか セ左少将挙賢、右少将義孝 くら きのえいめ 日より降りそめにし雨、この月もやまず、降り暗がりて、この中川も大川もひ「天延二年甲戌の年、皰瘡おこり たるに、煩ひたまひて、前少将は あした ゅふべ とつにゆきあひぬべく見ゆれば、し 、まや流るるとさへおばゅ。世の中いとあは朝に失せ、後少将はタにかくれた まひにしぞかし」 ( 大鏡 ) 。『栄花物 かどわさだ れなり。門の早稲田もいまだ刈り集めず、たまさかなる雨間には焼米ばかりそ語』にも同様の記事あり。 ^ 「 ( 九月 ) 十六日、先少将入滅 わづかにしたる。 ス」 ( 親信卿記 ) 。「 ( 天延 ) 二年六 ( 九の誤りか ) 月十六日、右少将義 もがさ 五 ふたり だいじゃうおほとの七 皰瘡、世界にもさかりにて、この一条の太政の大殿の少将二人ながら、その孝卒ス」 ( 百錬抄 ) 。 九口にできないほどの幸運だ。 一 0 兼家の手紙。 月の十六日に亡くなりぬといひ騒ぐ。思ひやるもいみじきことかぎりなし。こ = 兼家の文を「こまやかなり」と いうのは、下巻の特色 ( 本条の他、 れを聞くも、おこたりにたる人ぞゅゅしき。かくてあれど、ことなることなけ 一五四ハー三行・一六三ハー一四行・ すけ / / ジ れば、まだありきもせず。二十日あまりに、、 ー一三行・一七六ハー八行 ) 。 しとめづらしき文にて、「助はい といっても、兼家の手紙が上・中 かにぞ。ここなる人はみなおこたりにたるに、、かなれば見えざらむと、おば巻に比べて、特にこまやかになっ たわけではない。作者の受け止め つかなさになむ。い と憎くしたまふめれば、疎むとはなうて、いどみなむ過ぎ方が変ってきたのである。そのこ 214 六 ふみ あまま 四 ゃいごめ ずうずう

6. 完訳日本の古典 第11巻 蜻蛉日記

一底本「をは」。「を」は「おーの仮 べきに、申しつけて、殿はあなたざまにと聞くにも、ましてあさまし。またの 名違い、その「お」は「殿ーの誤写。 ぎふしぎ きのふ おうみうわさ ニ石山詣での前に近江の噂が取 日も、昨日のごと、まゐるままに、えしらで、夜さりは、「所の雑色、これら り上げられていたのに応じて、近 = = ロ 江を意識した書き方。 日かれら、これが送りせよ」とて、先立ちて出でにければ、ひとりまかでて、い 蛉 三「昨日のごと」は、「まゐるま まに」だけでなく、以下、道綱が 蜻、に、いに思ふらむ、例ならましかば、もろともにあらましをと、幼きここちに ひとり寂しく帰宅したいきさっ全 思ふなるべし、うち屈したるさまにて入り来るを見るに、せむかたなくいみじ体についていう。 四兼家が道綱の世話をしてくれ ・ないことを一い , つ。 く思へど、なにのかひかあらむ。身ひとつをのみ切り砕くここちす。 くろうどどころ 五蔵人所で雑役に従事する者。 はづき ; こ、こよかに見えたり。あやしと思ふ六作者と兼家の仲がこんなに険 かくて八月になりぬ。二日の夜さりカオ冫。 つもぐらいの状態な 悪でなく、い かど ものいみ に、「明日は物忌なるを、門強くささせよ」などうち言ひちらす。いとあさまら。このあたり、道綱を繊細な神 経をもち、母の心に敏感な子とし ねん しく、もののわくやうにおばゆるに、これさし寄り、かれひき寄せ、「念ぜよて描く。作者の感情移入もあるか。 七兼家が、ある侍女にさし寄り、 念ぜよ」と耳おしそへつつ、まねびささめきまどはせば、われか人かのおれ者ある侍女を引き寄せ、すること。 ^ 御機嫌がひどく悪いようだが、 くん にて、向かひゐたれば、むげに屈じはてにたりと見えけむ。またの日もひぐら我慢せよ。兼家の冗談。 九底本「まね」。「び」を補う。 しと一 0 作者が茫然としてひとりのけ し言ふこと、「わが心のたがはぬを、人のあしう見なして」とのみあり。 者にされた感じ。↓九六ハー注九。 = 兼家、右近衛大将を兼任。 いふかひもなし。 三皮肉をこめていう。 だいしゃう つかさめし 五日の日は司召とて、大将になど、いとどさかえまさりて、いともめでたし。一三↓六二ハ ' 注〈。 102 さいだ 五 がまん

7. 完訳日本の古典 第11巻 蜻蛉日記

とうみね きりとさせずに「『どちらから』と聞かれたら、『多武の峰のだろうか さて、そのころ、帥殿の奥方さまは、どうしてお知りに から』と答えよ」と教えたのは、奥方さまの御兄弟の入道 なったのだろうか、例の歌はしかじかの所からだったと、 の君の御もとからと言わせようと思ってのことであった。 お聞きになって、わたしが六月まで住んでいた所にとお思 あちらの人が受け取って奥へはいった間に、 使いは帰って いになったのに、使いがまちがえて、もう一人のお方 ( 時 きてしまった。あちらで、どのように御判断になったか、 それはわからない 姫 ) の所へ持っていってしまった、そちらでは受け取って、 こうしているうちに、気分はいくらかよくなってきたけ さしあたり変だとも思わなかったのだろうか、返事など申 ひとづて みたけもう しあげたと、わたしは人伝に聞いたが、奥方さまの所では、 れども、二十日過ぎごろ、あの人は、御嶽詣でにと急いで しゆったっ 出立する。子どももお供にということで同行するものだか その返事を聞いて、届け先をまちがえてしまった、取るに ら、あれこれ支度をして送り出して、その日の暮に、わた足りない歌なのに、また同じ歌を返したら、前のを人伝に でも聞いているだろうから、まったく野暮なことだろう、 しも、もとの家の修理が終ったので、引っ越す。あの人が 供に連れてゆくはずの人を残しておいてくれたので、それ届け先をまちがえるなんて、さぞ誠意のないことだと思っ ているだろうとあわてていらっしやる、とのこと、わたし を使って引っ越した。それから後は、まだ気がかりな子ど もまでいっしょにやったので、たえず、どうだろう、無事も興をそそられて、このままにしてはおけまいと思って、 かしらと、、いに祈り続けていたが、七月一日の夜明け前に 前のと同じ筆跡で、 やまびこ 巻 子どもが帰ってきて、「たった今、父上はお帰りになりま 山彦の答へありとは聞きながらあとなき空を尋ねわび ぬる した」などと話す。この家はあちらからすっかり遠くなっ 中 ( お返事があったとは伺いましたが、どちらへまいりました てしまったから、しばらくは訪れてくることもできにくい やら、まるで山彦のようにあとかたなく消えてしまいました だろうよと思っていたのに、昼ごろ、ふらふらといかにも ので、尋ねあぐねております ) 疲れきった足どりで姿を見せたのは、どうしたわけだった したく

8. 完訳日本の古典 第11巻 蜻蛉日記

( 原文二八ハー ) こんな歌が口ずさまれる。 なふうになってしまったので、どんな気がしたことであろ さよふ ことわりのをりとは見れど小夜更けてかくや時雨のふ う。わたしが悩んでいるよりも、もうすこしよけいに嘆い りは出づべき ているだろうと思うと、今は胸がすく思いである。だがあ ( あなたがお帰りになるのも、いたしかたない理由がおあり の人は今はまた元どおり例のお方 ( 時姫 ) の所にしきりに とは思いますが、この夜ふけに、こんな雨の降り出した中を、通っている、ということである。しかし、こちらへは、し 振りきって出てゆかなくてもよいではありませんか ) つもの程度に時たま通ってくるようなので、ともすれば不 と言うのに、無理に出ていってしまったが、そんな人って満に思うことが多かったが、そのうちに、わたしの幼子が かたこと あるものだろうか 片言などを言うようになっていた。あの人が帰りがけには 必ず「近いうちに来るよ」と言うのを、聞きおばえていて、 三〕町の小路の女、兼こんなふうにしているうちに、あの 家の寵を失う しきりにロまねをする。 人は、あの結構なことに時めいてい た女 ( 町の小路の女 ) の所とは、女が出産してから、しつく 〔一 = 〕長歌の贈答、胸中こうして、また、心の休まる時なく を兼家に訴える りいかなくなってしまったようなので、意地悪くなってい 嘆きつづけていると、おせつかいな たわたしの気持では、生き長らえさせておいて、わたしが どする人は、「まだお気持がお若いですね」などと、わた 悩んでいるのと同じように、逆につらい思いをさせてやり しがこう嘆いているのを、世慣れていないせいのように言 ったりすることもあるが、あの人はまったく平然と、「自 たいと思っていたところ、そのようになってしまったその あげくには、大騒ぎして産んだ子まで死んでしまったでは分にはなんの悪いところもない」などと、悪びれもせず、 やましいことなどないというふうに振舞っているので、ど ないか。あの女は、天皇の孫にあたる人だが、嫡出ではな おとしだね い皇子の落胤である。 , っしたらよかろ , っと、あれこれ物思 , っことばかりが多 - いも しいようもなくつまらぬ素姓である のだから、なんとかしてつぶさに言い知らせる方法でもあ れこと、この上ない。ただ最近の実情を知らぬ人たちがちゃ ほやするのにいい気になって甘えていたのだが、急にこんればいいのにと思い乱れる折も折、気にくわないことに、 おさなご

9. 完訳日本の古典 第11巻 蜻蛉日記

ぢもく あなづりてーあなくりて 5 思へばー思から 1 除目挈、かーし。ーーし・もにか . ー ) ずく 1 貶大夫のー大夫のちの 5 人少なーとすくな そそきーにもき ひろはたなかがは 2 いとほしき ( 阿 : ・吉 ) ーいとはしき 7 広幡中川ーひ一はたなからは 期 7 かくべき ( 松・急・彰・無・萩・ : 黒 ) ー 己 5 せでもありけむーせてそなりけん 8 こと」とーーこと かノ、つキ、 1 三ロ かた 日 5 若々しう ( 見・黒 ) ーわか / 、う Ⅱ片かけたるーかたかきなる ä 7 あらねばーあられねは のりゆみ 蛉 6 まばゆき ( 萩・ : 黒 ) ーまえゆき Ⅱ・水・ーと 8 院の賭弓ー院のゝしりゆみ 1 人 0 蜻 9 なりぬらむーなりぬるらん 、 1 1 きこゅべしーきこゅ 11 1 本ー平 圏 0 . お、・ しつきてもーっいつけても ( 底 ) お思ひしかどーおもひしいと 11 1 ーム 水ーと ひとずず いつけても ( 松 ) 2 びなかなれば ( 阿・ : 無・萩・見 ) ーひな 3 一数珠 ( 彰 ) ーひとすく 1 1 かれーこれ りなれは 3 明けぬ ( 彰 ) ーあけめ 思ひあふ ( 阿・ : 吉 ) ーおもふあふ 6 床 - とー・とこ ところによりーーところよりかへり・ 2 久しううつりゆくーひさしうゝっゅ 4 え知らでーししらて ( 底 ) しらて ( 松 ) せちにーせちこ したがさね 7 下襲 ( 萩 ) ーしたるさね なりたるーなにたる 3 鳴きぬーすきぬ 9 あれば」などーあれはかと 1 ありつる』とーありつなと 4 たりつる ( 黒 ) ーたりたりつるゝ 清らーきよく のたまひつれば ( 阿 : ・吉 ) ーのたまひ うぶや 5 つごもりの日ーっこもりの又日 昭産屋 ( 阿 : ・吉 ) ーそふや 6 にギ、ははー ) け・れ・ーキ、にはゝー ) け・ . れ 1 ことほギ、ー・ことはた 3 となむーんなん 7 答ヘーみえ 6 わかみーりかみ 5 さて、その日ーこてし日 たるひ 昭ムフ日をーけふに 垂氷 ( 阿・ : 無・見・黒・吉 ) ーたりひ 5 文ありーまたあり 2 あやしーあし 1 かーしらーーよしら 5 一込りとー・かへりしと 5 歌をーうたと ( 底 ) うた ( 見・黒 ) 1 成らざるはーならさるか 6 思ひたまふるーおもふる 7 ことふくろーにとふくる 2 濡らすーぬらすぬらす 6 申させー申さゝせ おとま * - Ⅱ劣り優りーおとりまされり 3 ャほり . はは「 0 ・も - 、ーこほははる。も 7 きこえーきこひ 1 1 かう ( 阿・ : 吉 ) ーから 5 わびしーわいかし 8 にーし、かゾー・にーレ こちー , っち - 9 東ーいかんかし Ⅱあるべかしう ( 阿・神・松・上・吉 ) ー すまひ 2 相撲ーすさひ おばえーおほひ 4 聞けば ( 阿・ : 吉 ) ーき 1 二十五日ー十五日 書きてーになし りゆく ひんがし ある人かしう つれはは

10. 完訳日本の古典 第11巻 蜻蛉日記

知らせむ 〔セ〕桃の節供つづい年が改って、三月ごろになった。桃 す て姉との離別 の花などしつらえておいたのだった ( 桃の花酒は毎年飲くが、いつまでもあなたに変らぬ愛情を 抱いているわたしは、年ごとに好くわけではない、きちんと かしら、そうして待っていたのに来ない。姉のもとにお通 かた 三日に来なかったからといって、そんなことはものの数では いのもう一人の方 ( 藤原為雅か ) も、いつもは間断なく来 ない、わたしの愛に変りはないのだと、わかってほしいよ ) ている様子なのに、三日の今日に限って来ない。そして、 かた 四日の早朝になって、二人とも訪れてきた。ゅうべから待と言うのを、もう一人の方も聞いて、 ち暮した侍女たちが、そのままにしておくよりはというの 花によりすくてふことのゆゅしきによそながらにて暮 らしてしなり で、わたしの所からも姉の所からも用意の品々を取り出し た。きのう出すつもりでいた桃の花を折って、奥のほうか ( 桃の花酒を飲く三日に来たのでは、花にひかれて好く いかにも軽薄な色好みのように誤解されては縁起でもありま ら持ってきたのを見ると、穏やかな気持ではいられず、思 い浮ぶままに手なぐさみに書いた。 せんから、きのうはわざとよそで暮したのです ) きのふ え 待つほどの昨日すぎにし花の枝は今日折ることぞかひ ところで、今はもう、例の町の小路の女に、公然と通っ なかりける てゆくようになった。 ( 本 ) ・ : は、あの人とのことさえも、 ( せつかく用意してお待ちしていたお酒はきのう飲んでしま どうしてか、後悔したくなるような気持におちいりがちだ いました。きのうをむなしく過した桃の花は、今日になって った。一一 = ロいよ , つもなくつらいと思 , つけれども、ど , っしょ , っ 巻 折ってみてもなんのかいもありませんわ ) もない と書いて、かまやしない、憎らしいからと思って、隠した あのもう一人の方が姉のもとに通うのをずっとかたわら 上 様子をあの人が見てとって、無理に取りあげて、こんな返から見つつ暮しているうちに、とうとう気がねのない所へ 3 歌をした。 と姉を連れてゆくことになった。あとに残るわたしは、、 みちとせ 三千年を見つべきみには年ごとにすくにもあらぬ花と よいよ心細い。これからは姉の姿もなかなか見られないだ かた