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検索対象: 完訳日本の古典 第17巻 源氏物語(四)
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1. 完訳日本の古典 第17巻 源氏物語(四)

ない人はあるまいと思われるくらいだったが、そこへまた 〔 0 梅壺女御、御方々さて、そろそろ立后の儀があっても を超えて中宮となる 3 となくたいせつにされて、いたわられながらはいってこら よいころであるが、「斎宮の女御を、 れた冠者の君のご様子は、いかにもこうした学生の仲間入亡き母宮も帝のお世話役にとお頼みあそばされたことだか 語 物りはとてもおできになれまいと思われるくらいに気品高く ら」と、源氏の大臣も、そのことを理由にしてこのお方を 氏 もあり、かわいらしくも見える。例によって、風采のみすお推しになる。しかし、藤氏以外の皇族がひき続いて后に 源 こきでんのにようご ばらしい儒者たちが集って着席している座の末に着かれる お立ちになることは、世間も納得申しあげず、弘徽殿女御 じゅだい のをつらくお思いになるのも、まったく無理からぬことで が誰よりも先に入内なさったのをさしおいてはどんなもの はある。ここでもまた、大声で叱りつける者たちがいて不かなどと、梅壺女御方に、また弘徽殿女御方にそれぞれ心 愉快であったが、若君は少しも気おくれせずにすらすらと をお寄せ申している人たちは内々気が気でなく心配申しあ ひょうぶきようのみや 読んでのけたのだった。昔の盛時が思い出されるくらい大げている。先に兵部卿宮と申しあげた方は現在は式部卿で、 学の栄えている時代であるから、身分の上中下を問わず我 この帝の御代には従来にもましてご信任があっくていらっ も我もとこの道を志して集ってくるので、ますます世の中しやるが、その姫君がかねてよりのご希望で入内なさった。 には学問のある有能な人物が輩出しているのだった。若君斎宮の女御と同様、王族の女御として伺候なさるので、式 ぎもんじようしよう は擬文章生とかいう試験をはじめとして、どれもすんなり部卿宮方では、同じことなら、こちらのほうが御母后のご と合格してしまったので、今はひたすら学問に心をうちこ縁につながるお方として親しくお仕えするのが当然のこと、 んで、師匠も弟子もますます勉励努力しておられる。大臣御母后がお亡くなりになったその代りのお世話役にという のお邸でも作詩の会が頻繁に催されて、学者や詩文の才あ理由からしても似合いであろうと、それそれ思惑を胸にし る人たちは優遇されている。すべて何事につけてもそれぞ て競争なさったけれども、やはり梅一亞女御が中宮になられ れの学問芸道の才能が世に認められる時世なのであった。 た。そのご幸運が母君とはうって変ってすぐれていらっし やったのだと、そのことを世人は驚き申している。

2. 完訳日本の古典 第17巻 源氏物語(四)

の中だからとて、いきなりそうした位を与えたりするのも なお気持であるけれども、大臣ご本人は、ご自分の誠意の かえってありふれたこととして、お思いとどまりになった 限りを尽して、この深い情けのほどを知っていただいて、 かえ あさぎ のである。若君が六位の浅葱姿で殿上にお還りになるのを、 姫君のお仕向けがやわらいでくる折をいつまでも待ってい 祖母の大宮がご不満で心外なことと思っておられるのも、 らっしやるのだが、姫君が心配なさるように、無理押しに ごもっともであり、おいたわしいことでもあった。大臣に そのお気持にそむこうなどとはお思いにならぬようである。 ご対面になって、このことを仰せ出しになるので、大臣は、 〔ニ〕タ霧元服源氏き太政大臣の葵の上腹の若君の御元服 びしい教育方針をとるについて、源氏の大臣は準備をお進「今からこう無理なことをして、まだ弱輩のうちから大人 めになるが、最初は二条院でとお思いになったものの、大の扱いをしなくてもよいのでございますが、私には考える 宮がその晴姿をしきりに見たそうにしておられるのも無理ところがございまして、しばらく大学寮に入れて学問をさ からぬことであるし、おいたわしくもあるので、やはりそせようという心づもりもございますので、もう二、三年は おおやけ のまま三条のお邸で式を挙げてさしあげるようご配慮にな回り道をさせまして、朝廷のお役に立つようになりました ら、そのうち一人前にもなりましよう。この私自身は、宮 る。右大将をはじめとして、若君の伯父にあたる方々は、 かんだちめ みな上達部で帝のご信望も格別な方ばかりでいらっしやる中の奥深くに成長しまして、世間の有様も存じませんまま に、明けても暮れても父帝のおそばにばかり控えておりま から、主人側としても、その方々が我も我もと競い合って、 して、ほんのわずかばかりちょっとした書物なども習った 御元服に必要な用意万端を思い思いにととのえておさしあ おそ 女 にすぎませんでした。畏れ多くも直接に帝からお教えをい げになる。世間一般でもたいそうな評判で、豪盛なお支度 ただきましたが、そうであってさえ、何事も広い教養を積 ぶりである。 少 まないうちは、詩文を学ぶにも琴や笛の調べを習うにも、 源氏の大臣は、はじめ若君を四位にしようとお思いにな 音色が不十分で、いたらぬところも多うございました。賢 1 り、世人もたぶんそういうことになるのだろうと思ってい ししくら自分の思いのままになる世明な子がつまらぬ親にまさるといった例はめったに見られ たが、まだ弱年なのこ、、

3. 完訳日本の古典 第17巻 源氏物語(四)

るのも不似合いなことと、君はお思いになるけれども、やしくも、またいまいましくも思い申しあげていらっしやる。 こんなことが世間の噂となって、「源氏の大臣が前斎院 2 はりこうして昔からまるで見向きもなさらぬというのでも に熱心にお言い寄りになったものだから、女五の宮なども ない姫君のお仕向けであるのに、結局こうした不本意な有 語 これは結構なご縁とお思いだそうです。お似合いでなくも 物様のまま過ぎてきてしまったことを思い続けては、どうし 氏 てもこのままではあきらめきれないお気持なので、また若ない御仲でしよう」などと言っていたのを、二条院の対の 源 ひとづて 上は人伝にお耳になさって、しばらくは、「それが事実と 返って真剣にお訴えになる。 たい おとど しても、そんなことでもあったら、君はこの私に隠しだて 〔四〕源氏、朝顔の姫君大臣の君は、東の対に一人離れてい せんじ なさることはあるまい」とお思いになったけれども、さっ に執心紫の上悩むらっしやって、宣旨をお呼びになっ てはご相談になる。その姫宮のもとにお仕えしている女房そく気をつけて拝見していらっしやると、そのご様子など、 いつもとはちがって落ち着きなくそわそわしているのも情 で、さほどの身分でもない男にさえすぐ言いなりになって けない気がして、「さては、真剣にそのおつもりでいらっ しまうような者などは、まちがいをも起しかねないまでに しやるらしいが、自分にはそ知らぬ顔をして冗談事のよう 君をおほめ申しあげているけれども、姫宮はお若かった昔 にごまかしていらっしやったのかしら」と、また「あの姫 ですらまったく隔てをおいていらっしやったのだから、今 は、なおさらのこと、お互い色恋事に無縁であるべきお年宮は同じ王家のお血筋の方ながら、世間の評判も格別で、 昔から貴いお方として聞え高くていらっしやるのだから、 でもあり世間的地位でもあるので、これということもない 木草によそえたご返事など、折々の風情を見過さぬ程度の君のお気持があちらに移っておしまいになったら、さぞ自 ざた ことさえも軽々しいふるまいだと取り沙汰されはすまいか分は体裁のわるいことになるだろう。年ごろの殿のお仕向 うわさ けなどは、なんといっても、ほかに肩を並べる人もなく、 などと、人の噂に気がねなさっては、お打ち解けになりそ しつまでも昔と同じで それが常の有様となっていたのだが、今になって人に圧し うなご様子も見えないので、君は、、 いらっしやるこのお心用意を、世の常の人とちがって、珍負かされるようなことになろうとは」などとお思いになっ

4. 完訳日本の古典 第17巻 源氏物語(四)

37 薄雲 尼君、思ひやり深き人にて、尼君「あぢきなし。見たてま一九尼君を思慮深い人と規定。以 〔三〕尼君、姫君を紫の 下の聡明な母親としての発言が、 上に渡すことを勧める つらざらむことはいと胸いたかりぬべけれど、つひにこの明石の君の決意を導く点に注意。 当初は入道の思惑を偏屈者ゆえの 御ためによかるべからんことをこそ思はめ。浅く思してのたまふことにはあら無謀と蔑視したが ( 須磨 3 〔一九〕・ 明石 3 九六ハー ) 、ここではその入 じ。ただうち頼みきこえて、渡したてまつりたまひてよ。母方からこそ、帝の道の言辞とも重なっている。 ニ 0 くよくよしては、つまらない。 ニ三おとど ニ一姫君を。 御子もきはぎはにおはすめれ。この大臣の君の、世に二つなき御ありさまなが 一三母の家柄しだい。古注は、第 ひときぎみ かうい一ばら たかあきら ら世に仕へたまふは、故大納言の、いま一階なり劣りたまひて、更衣腹と言は一皇子源高明が更衣腹だったため に臣下になった例などを掲げる。 ニ六 ニ三源氏が、帝たりうる資質なが れたまひしけぢめにこそはおはすめれ。ましてただ人は、なずらふべきことに ら、臣下にとどまっていること。 おとど ニ七 もあらず。また、親王たち、大臣の御腹といへど、なほさし向かひたる劣りのニ四源氏の母桐壺更衣の父。 ニ五臣下。ここでは明石の君。 ニ六源氏の身分高い妻妾たちと。 所には、人も思ひおとし、親の御もてなしもえ等しからぬものなり。まして、 毛母親が正妻でないと、身分の ニハ これは、やむごとなき御方々にかかる人出でものしたまはば、こよなく消たれ劣っている正妻の子よりも、世間 から軽視され、父親の扱いも同等 たまひなむ。ほどほどにつけて、親にも一ふしもてかしづかれぬる人こそ、やでない。「さし向かひたる」は正妻。 夭親王・大臣の娘でもなく、ま はかま挈、 た正妻腹でもないこの姫君は。 がておとしめられぬはじめとはなれ。御袴着のほども、いみじき心を尽くすと ニ九源氏の、身分高い妻妾たち。 みやまがく も、かかる深山隠れにては何のはえかあらむ。ただまかせきこえたまひて、も三 0 父親。暗に源氏をさす。 三一大事に扱われる始まり。 = 三大堰の山莊。 てなしきこえたまはむありさまをも聞きたまへ」と教ふ。 ニ九 三 0 ひと ひと

5. 完訳日本の古典 第17巻 源氏物語(四)

だいがくのしよう ないことでございますから、まして次々と子孫の代になっ みておりますれば、貧乏な大学生よとあなどり笑う人もま ては、開きが大きくなっていく将来が、はなはだ気がかり さかおりますまいと存じます」などと、わけをよくご説明 に思われますので、このように取り決めたのでございます。申しあげなさるので、大宮はため息をおっきになって、 語 物名門の子弟として生れ、官位も思いのままに昇進し、世間 「いかにも父親としては、そこまで深くお考えになってし 氏 の栄華になれていい気になってしまいますと、学問などし かるべきだったのでした。しかし、こちらの右大将なども、 源 て苦労するのはいっさいごめんだと思われてくるようです。あまりに例に反したなされかただと不審がっておりました 遊び事ばかりを好んで、それでも思いどおりの官位を得て ようですし、当の本人も、子供心にもひどく残念で、今ま さえもんのかみ しまいますと、権勢におもねる世間の人が、内心では鼻で では右大将や左衛門督の子供たちなどを、自分よりは身分 あしらいつづも、表面では追従してご機嫌をうかがいなが が下と見下げておりましたのに、その人たちさえみなめい ら付き従っているうちは、なんとなくひとかどの人物らしめいに位があが ? ては一人前になっていくのに、自分だけ く思われて偉そうにも見えるものですが、時勢が移り変っ が六位の浅葱姿ではとてもつらいと沈んでおられるのがか て、しかるべく頼りに思う人にも先立たれて運勢も落目にわいそうでございます」と申しあげられると、大臣はお笑 けいべっ なってしまいますと、人に軽蔑されて、もうどこにも寄り いになって、「まっ - たく一人前になったつもりで不平を申 すがるものとてない有様になってしまうものでございます。しているようですね。ほんとにたわいもないことです。も そういうわけでやはり、学問を基本としてこそ実務の才の っともこれくらいの年ごろでは」と、かわいくてならない 世間に重んじられるということも確実でございましよう。 と思っていらっしやる。そして、「学問などをして、もう 当座の間はもどかしいようでございますが、ゆくゆくは国少し物の道理が分ってまいりましたら、その不平もしぜん 家の柱石となるような心がまえを身につけておきますなら、 になくなりましよう」と申しあげなさる。 この私の亡きあとも心配なかろうと存じまして。今のとこ 〔三〕ニ条東院でタ霧の字をつける儀式は、二条院の東の院 あぎな ろはかばかしくはないとしても、この私がこうして面倒を 字をつける儀式を行うでお挙げになる。東の対に式場の設 ( 原文九八ハー ) あさ

6. 完訳日本の古典 第17巻 源氏物語(四)

幾年か仏にそむいて頼りなく心細く暮してきた罪滅ばしに 世間の人情のあれこれのけじめもよくのみこんでいらっし 四仏道のお勤めを」とはお思い立ちになるけれども、「にわやって、お若いころから数々の経験を積んできたとご自分 かにこうした御かかわりを打切り顔にふるまうのも、かえ でも思っておられるので、いまさらの御浮気沙汰を、一方 語 物って当節のやりかたのように見られもし思われもして、人では世間の非難をはばかりたいお気持ながらも、しかし 氏 にうるさく取り沙汰されはすまいか」と、世間の人の口さ 「このまま実を結ばないことになったらますますもの笑い 源 がなさを十分にご存じなので、一方ではお仕えする女房に となろう。どうしたものだろうか」とお迷いになって、二 よが も気をお許しにならず、たいそうご用心をなさりながら、 条院には夜離れを重ねられるので、対の女君は「戯れにく っとめいちず だんだんとお勤行に一途にお励みになる。 く」お思いになるばかりである。こらえてはいらっしやる 姫君には、ご兄弟の男君たちが大勢いらっしやるけれど けれども、どうして涙のこばれる折のないはずがあろうか。 も、腹違いの方々なのでまるでお付合いもなく、お邸もま 君が、「妙にいつもとちがったご様子なのは、合点がま みぐし ことにひっそりとさびれてゆくところへ、あれほどご立派 いりませんね」とおっしやって、女君の御髪をかきやりな な源氏の大臣のようなお方がご深切にお心をお寄せになっ から、かわいらしいとお思いになっていらっしやるさまは、 ていらっしやるのだから、女房たちがみな、それにお味方絵にも描いてみたくなるようなご夫婦仲である。「入道の 申しあげているのも、願いは同じ気持であるとみえる。 宮がお亡くなりになってから、主上がじっさいお寂しそう にばかりおばしめしていらっしやるのも、おいたわしく拝 〔 0 朝顔の姫君との仲源氏の大臣は、そう一人勝手にいら につき、紫の上に弁明だっておいでになるわけではないけ見しておりますし、太政大臣もおられないので、後を引き れども、姫君のつれないご様子がいまいましいうえに、そ受けてくれる人もいない忙しさでしてね。このごろの途絶 のまま引き下がってしまうのも残念だし、とはいっても、 えなどを今までになかったこととお恨みなのでしようが、 なるほどお人柄といい、世の声望と、 ゝにも格別で それも道理とおかわいそうに思うのですけれど、これから 申し分なく、物事の情理もよくわきまえておいでになり、 はいくらなんでもご安心くだされ。あなたは大人におなり ( 原文八四ハー )

7. 完訳日本の古典 第17巻 源氏物語(四)

のとして過してまいりましたので、どのように考えたらよ なるような人なら、必ずうまく穏便に始末をつけることが ひと いのか、考えようがないのでございます」と申しあげなさ できましよう。多少でも心に癖がある女は、夫から飽きら 。し力にもとお る様子がまったくおおらかなので、大臣よ、、ゝ れてしま , つよ , つなことも、しぜんに起ってきましょ , つから、 たと 語 思いになって、「それなら、世間の譬えのように、後の親 物その辺のところはよく気をおつけにならないといけません。 氏 を実の親とお考えになって、わたしの並々でない気持がど 大将のほうは、長年連れ添ってきた北の方がひどく年をと 源 っているのをいやがっていて、それであなたを望んでいるれほど深いものか、よく見届けてくださいませんでしよう か」などと、お話をもちかけられる。しかし大臣は、その そうなのですが、その件でもまわりの人々が厄介がってい ご本心を、きまりがわるいので、とても口にはお出しにな るとか。それももっともなことですから、あれこれ考えて、 わたしは人知れず決めかねているのです。こういう向きのれない。意味ありげな一一 = ロ葉はときどき話のなかにお入れに ことは、親などにもはっきり自分の考えはこうこうだと打なるけれども、女君は気づかない様子なので、わけもなく ち明けにくいことですが、しかしあなたはもうそんなお年ため息をもらさずにはいらっしゃれなくて、ご自分のお部 でもないのですし、今はどんなことでもご自分で分別のお屋にお帰りになる。 にわさき くれたけ お庭前に近い呉竹が、まことに青々と伸び立って、風に つきになれないことがどうしてありましよう。わたしを、 なびいている姿に心をひかれるまま、君は足をおとめにな 亡きお方と同様に考えて、これが母君なのだとお思いくだ され。あなたがご不満をお持ちになるようでしたら、わた おももち 「ませのうちに根深くうゑし竹の子のおのが世々にや しもつらいのです」などと、ほんとに真剣な面持で申しあ 生ひわかるべき げなさるので、女君は困ってしまって、ご返事申しあげよ ( この邸の内に根を深く植えた竹の子ーあの大事に育てた娘 うという気にもおなりになれない。さりとて、あまり初心 も、それそれに縁を得て、わたしの手から離れてゆくのだろ らしく黙ってばかりいるのも不都合に思われて、「何事に , つか ) も分別のこざいませんでした幼い時分から、親などないも

8. 完訳日本の古典 第17巻 源氏物語(四)

たようでしたし、まだ年端もいかない人であっても、ともつようなことになられないすべはないものかと、こっそり 引すると人に隠れて、なんとしたことか色めいたことをする しかるべき女房たちにご相談になって、ただ大宮ばかりを 人もいらっしやるようですが、この若君は夢にもふまじめお恨み申しておいでになる。 語 大宮は孫たちをほんとにいとしいと思っておいでである 物なところのおありでないご様子ですので、まるで考えも及 氏 ばなかったことでした」と、一同それぞれにため息をつい が、なかでも男君のおかわいさがまさっていらっしやるせ 源 ている。内大臣は、「もうよい。当分の間はこのことは内 いであろうか、このような恋心があったのかと、そのこと 密にしておこう。いつまでも世間に知れずにはいないだろ もいじらしく思わすにはいらっしゃれないのに、内大臣が うそ うが、よく注意して、そんなことは嘘だとせめて言いつく 思いやりもなく、もってのほかのことのようにお考えにな ろってくだされ。姫君は、そのうちわたしのほうにお引き って非難なさるのを、「どうしてこれがそんなに悪いこと 取り申そう。それにしても、大宮のお気持がじつに恨めし であろう。もともと内大臣は姫君をそんなにかわいがって いのだ。そなたたちは、まさか、こうなればよいなどとは いらっしやったわけでもなく、これほどまで大事に育てよ 思われなかっただろうな」とおっしやると、姫君にはおか うとも思っておられなかったのに、わたしがこうして世話 わいそうだが、ありがたいことをおっしやってくださると をしてきたからこそ、東宮に奉ることも考えっかれたので めのと 乳母たちは思って、「まあとんでもない。大納言様の手前あろうが、その望みがはずれて臣下と結ばれる宿縁である までも気にしておりますのですから、お相手がいくらご立のなら、この若君よりほかにすぐれていそうな人があるだ 派であっても、臣下の家筋とあっては、・ へつに結構なご縁ろうか。容姿や態度をはじめとして、この若君と並ぶ人が いるはずもない とも存じあげられません」と申しあげる。姫君は、まこと この姫君など足もとにも及ばぬような高 むこ に子供つばくていらっしやって、父君からさまざまお申し貴なお方の婿としてもおかしくないと思っているくらいだ ひいき あげになってもよくはお分りになりそうもないので、父大のにーと、ご自分の気持が若君をご贔屓のせいか、内大臣 あやま 臣はついほろっとなさって、どうぞしてこの人が御身を過を恨めしくお思い申しあげられる。こうしたご心中を内大

9. 完訳日本の古典 第17巻 源氏物語(四)

される。ところが内大臣はご機嫌ななめで、「こちらへお前にしてくださるだろうと、これまで当てにしてまいりま 引伺いするのもきまりがわるく、女房たちがどんな目で見て したのに、、い外なことがございましたとは、じつに残念で おりましようかと気がひけてしまいます。この私はとりえ なりません。あの冠者の君はまことに天下に並ぶ者のない 語 物のない人間だといたしましても、この世に生きております学者ではいらっしゃいましようけれども、親しいいとこ同 氏 かぎりは、しじゅうお目にかからせていただいて、母上が士でこんなことになるのは、世間体にも軽々しいことのよ 源 どんなお気持なのか、分らないようなことがあってはなら うに、どれほどの身分でもない者の間でも考えております ぬと存じておりましたのに。それが不心得な娘のことで、 ものを、あの冠者の君のためにもまことに見苦しいことで お恨み申さずにはいられないことが起ってまいりまして、 す。これまではまったくの他人の、豪勢で人目にも際だっ むこぎみ こうまでは考えまいと一方では思い返すのですが、それで立派な家で、はなやかに婿君として歓待される、それが結 もやはりどうしても気持を抑えておくことができません構なことなのです。縁者同士のなれあいの結びつきという けしよう で」と、涙をおしぬぐわれるので、大宮は、お化粧なさっ のは、どうもまともではなく、源氏の大臣にしてもお聞き たお顔の色も変って、お目も大きく見張られた。「いった になれば不愉快に思われましよう。かりにそうさせるにし もら いどのようなことで、いまさらこの年になって、あなたか ても、これこれの次第とこの父親にお漏しくださって、格 らそのようなご注意をいただくのでしよう」とお答え申さ 別の体裁に取りつくろい、さすがにたいしたものと多少は れるにつけても、内大臣はさすがにおいたわしく思うけれ世間の耳目をひきつけるようなところがあるようにしてお ども、「母上を頼りどころと存じまして幼い姫君をお任せ きたかったと思うのですが。それを、幼い人たちの思うま 申したまま、この私自身は父親でありながらかえって幼い まにして放任しておいでになったのは嘆かわしいことに存 ころからなんのお世話もいたさず、さしあたって女御が宮 じます」などとお申しあげになると、大宮は夢にもご存じ 仕えしても思うようにならないのを苦にしてあくせくして ないことなので、事の意外さにお驚きになって、「なるほ おりますが、それでもこちらの姫君は母上がなんとか一人ど、そうおっしやるのもごもっともですけれど、わたしは

10. 完訳日本の古典 第17巻 源氏物語(四)

になるようにもお見えにならなかったのですけれども、申 たちがいろいろの衵を無造作に着て、その帯もしどけない 宿直姿がみずみずしくいきな感じであるところへ、衵の裾しあげたかいがあり、ちょっとした芸事なども申し分なく おできになったものでした。世間にあれほどの方がほかに から長く余った髪の末が白い雪にいっそう引き立っている 語 物のは、まったく目にもあざやかな光景である。小さい女童ありましようか。ものやさしくゆったりとしていらっしゃ 氏 るものの、洗練された教養を深く身につけていらっしやる が子供らしくとびまわっているうちに、扇などを落したり 源 ところは、他に比類がなくいらっしゃいましたものを。あ して無邪気な顔を見せているのもおもしろく思われる。も っとたくさんころがそうと欲ばっているけれども、押し動なたは、なんといってもその宮のゆかりのお方で、ひどく やっかい ちがってはいらっしやらないようですけれど、少し厄介な かすこともならずに手こずっているようである。またある たいのや ところがあって、きかぬ気の勝ちすぎていらっしやるのが 女童たちは対屋の東の端などに出ていて、その様子を見て 困ったものだと思いますよ。前斎院のご気性は、またご様 はじれったそうに笑っている。 「先年、中宮の御前で雪の山をお作りになりましたが、世子がちがっているように見えます。一人で物足りない思い のするときに、」 間にありふれたことですけれど、やはり目新しくちょっと 段の用がなくともお話相手にさせていた だくことができ、こちらも気を引き立てずにはいられない した趣向にあそばしたものでしたよ。何の折につけても、 ようなお方といえば、ただこのお一方だけが世の中に残っ 宮のお亡くなりになったのは残念で寂しいことですね。ほ ていらっしやるとい , っことでしょ , つか」とおっしやる。 んとにわたしなどのお近づきできないご日常でいらっしゃ ないしのかみ 女君が、「尚侍様こそ、ご利発ですぐれたお人柄とい って、詳しいご様子を常々拝することはなかったのですけ う点では、どなたにもぬきんでていらっしゃいます。浮っ れど、宮中にお暮しのころは、このわたしを気のおけない いたおふるまいなどまるでおありにならなかったお方です 相手とおばしめしていらっしやったのでした。こちらもす 冫しろいろと不思議なことがございましたね」とおっ つかりお頼り申して、何かというときには、万事ご相談申のこ、、 しあげたのでしたが、表に出してこれという才気をお示し しやるので、「そのとおりです。優美で顔だちのすぐれて あこめ すそ