だいがくのしよう ないことでございますから、まして次々と子孫の代になっ みておりますれば、貧乏な大学生よとあなどり笑う人もま ては、開きが大きくなっていく将来が、はなはだ気がかり さかおりますまいと存じます」などと、わけをよくご説明 に思われますので、このように取り決めたのでございます。申しあげなさるので、大宮はため息をおっきになって、 語 物名門の子弟として生れ、官位も思いのままに昇進し、世間 「いかにも父親としては、そこまで深くお考えになってし 氏 の栄華になれていい気になってしまいますと、学問などし かるべきだったのでした。しかし、こちらの右大将なども、 源 て苦労するのはいっさいごめんだと思われてくるようです。あまりに例に反したなされかただと不審がっておりました 遊び事ばかりを好んで、それでも思いどおりの官位を得て ようですし、当の本人も、子供心にもひどく残念で、今ま さえもんのかみ しまいますと、権勢におもねる世間の人が、内心では鼻で では右大将や左衛門督の子供たちなどを、自分よりは身分 あしらいつづも、表面では追従してご機嫌をうかがいなが が下と見下げておりましたのに、その人たちさえみなめい ら付き従っているうちは、なんとなくひとかどの人物らしめいに位があが ? ては一人前になっていくのに、自分だけ く思われて偉そうにも見えるものですが、時勢が移り変っ が六位の浅葱姿ではとてもつらいと沈んでおられるのがか て、しかるべく頼りに思う人にも先立たれて運勢も落目にわいそうでございます」と申しあげられると、大臣はお笑 けいべっ なってしまいますと、人に軽蔑されて、もうどこにも寄り いになって、「まっ - たく一人前になったつもりで不平を申 すがるものとてない有様になってしまうものでございます。しているようですね。ほんとにたわいもないことです。も そういうわけでやはり、学問を基本としてこそ実務の才の っともこれくらいの年ごろでは」と、かわいくてならない 世間に重んじられるということも確実でございましよう。 と思っていらっしやる。そして、「学問などをして、もう 当座の間はもどかしいようでございますが、ゆくゆくは国少し物の道理が分ってまいりましたら、その不平もしぜん 家の柱石となるような心がまえを身につけておきますなら、 になくなりましよう」と申しあげなさる。 この私の亡きあとも心配なかろうと存じまして。今のとこ 〔三〕ニ条東院でタ霧の字をつける儀式は、二条院の東の院 あぎな ろはかばかしくはないとしても、この私がこうして面倒を 字をつける儀式を行うでお挙げになる。東の対に式場の設 ( 原文九八ハー ) あさ
ふびん されておしまいになりましよう。その身分相応に父親から不憫にお思いになる。日取などをお選ばせになって、ひそ % もどこかひとかどたいせつに育てられた人こそ、そのまま かにしかるべき用意などをお命じになる。女君は、姫君を それがもとになって、大事に扱われることにもなるもので手放し申すことは、やはりまったくたまらないお気持であ 語 はかま - 一 物す。姫君の御袴着の式にしても、私たちがどんなに苦労し るけれども、「姫君の御ために、それがよいと思われるこ てみたところで、こうした深い山里住いでは何の見栄えが とをまず第一に」とこらえている。 源 おとど めのと ありましよう。ただ大臣の君にお任せ申しあげなさって、 しかし、「姫君ばかりか乳母とも別れなければならぬと あちらでどうお扱いになるか様子を見ていらっしゃい」と は。明け暮れのもの思わしさ、所在なさをも語り合ってい 教え聞かせる。 つも心を慰めてきたのこ、、 しよいよこ , つまでも頼りないこ とになって、これから先どんなに悲しい思いをしなければ 〔四〕明石の君、姫君を思慮ある人に事のなりゆきを判断さ 手放すことを決心するせたり、また人に占わせたりなどすならないことか」と女君も泣く。乳母も、「こうしたご縁 るにも、やはり「お移りになったほうがよろしかろう」と だったのでしようか、思いがけないことでお目にかかるこ ばかり言うので、女君はあきらめがついてきた。大臣の君とになりましてから、長い間のお心づかいが忘れられずに、 も、そうお思いにはなりながらも、女君の気持がいたわし恋しく思われますでしようから、このままふつつりとご縁 のなくなるようなことはよもやございますま、 しいずれは いので無理にもおっしやりかねて、「御袴着のことだが、 どうなさるか」と仰せになる、そのご返事に、「何事につまたごいっしょになれる日をと心頼みにいたしてはおりま けても、姫君をふがいない私ごとき者のそばにお引きとめすものの、しばらくの間はおそばを離れて、思いもかけな いご奉公をいたしますのが不安でございます」などと、泣 申すのでは、仰せのとおり将来のことがおかわいそうなこ き泣き日々を過す間に、十二月にもなった。 とになろうと存ぜずにはいられませんけれど、それかとい あられ って、人様の間にお顔出ししましては、どんなにかもの笑〔五〕雪の日、明石の君、雪や霰のちらっく日が多く、心細さ いの種となりましよう」と申しあげるので、君はいよいよ 乳母と和歌を唱和するもいっそうつのって、「不思議なく ( 原文三九ハー )
( 原文三〇ハー ) ( 月日も廻り、この自分も都に戻ってきて、手に取るほどに になる。数々の禄の衣装を身分身分に応じて被けると、そ せんぎい はっきり見えている月影は、明石の浦で、「淡路の島のあは」れらが霧の絶え間に見え隠れして、前栽の花に見まがうば このえづかさ とかすんで見えたのと同じ月なのだろうか ) かりの色合いなど、格別に美しく見える。近衛府のその道 とねり 頭中将、 で名高い舎人や物の節などが幾人もお供していて、このま こま うた うき雲にしばしまがひし月かげのすみはつるよそのど までは物足りない気がして、「その駒」などを気ままに謡 うちき けかるべき うので、引出物に脱いでお与えになる袿のとりどりの色合 ( 浮雲にしばらく姿を隠していた月影が澄みきっているよう いは、まるで秋の錦を風が吹きかぶせたかのように見える。 に、あなたが一時の不運からのがれて都にお住みつきになっ にぎやかに騒ぎながらお帰りになるざわめきを、大堰の里 た世の中はどこまでも平安でなければなりません ) で何かはばまれた思いで耳にするにつけ、その名残も寂し 左大弁、この人は少し年輩の人で、故院の御代にもご信任 く、ばんやりと物思いに沈んでいらっしやる。大臣の君は、 を得ていた人であったが、 せめてお便りでもとお思いになるが、それもならずに立ち 雲のうへのすみかをすててよはの月いづれの谷にかげ去るのが心残りでいらっしやる。 かノ、しけむ 〔一ニ〕源氏帰邸姫君の二条院にお帰りになって、しばらく ( 雲の上の住いー宮中を捨てて、夜半の月ー桐壺院はどこの 引取りを紫の上に相談の間ご休息になる。女君に山里のお 谷間にお姿を隠しておしまいになったのでしようか ) 話をお申しあげになる。「お暇をいただいた日数よりも延 風 思い思いに数多くの歌を詠んだようだが、わずらわしいの びてしまったので、ほんとに申し訳ないことです。あの風 で : : : 。親しい内輪のしんみりとしたお話が少しくだけて流好みの人たちが尋ねてやってきて、まったくひどく無理 、ム くると、千年の間でも見聞きしていたい君のご容姿なので、 に引きとめるのでついお相手して。今朝はほんとに気分が おのえ よくない」と言って、寝所におはいりになった。女君はい いかにも芹の柄も朽ちてしまうくらいとどまっていたいが、 昨日に加えて今日まではとても、というので急いでご帰還つものように不機嫌らしくお見えになるけれども、君はわ めぐ ふし かず なごり
つかりお目にかけなくてはならないこと以上の、つらい報相手の身分に応じて、どなたにもおやさしくていらっしゃ いはどこにごいましよう」と一言って、心底から泣いた。 るので、ただこの程度のお情けによりすがって、大勢の 昔よりもいっそう奥深く、気のひけるような気品も加わっ人々が年月を過していたのであった。 語 おと一 ) とうか 物ているので、君は、こうしてこの人はかけ離れた道を歩ん〔六〕源氏男踏歌をもて今年は男踏歌がある。その一行が内 すぎくいん 氏 でいるとお思いになるにつけても、かえってこのまま他人なし、御方々見物する裏から朱雀院に参上して、次にこの 源 というお気持になられる 六条院にお伺いする。道のりが遠いので、夜も明け方にな としてうち捨ててはおきにくい、 ってしまうのだった。月が雲一つなくいよいよ澄みきって、 けれども、浮ついたことをお言いかけになるわけにもいか ないので、昔や今のありふれた世間話をなさって、せめて 雪がうっすらと降り積っている庭の景色は言いようもなく てんじようびと このくらいの話し相手にでもなってくれるのだったら、と美しいが、このころは殿上人などにも名手が多いので、笛 の音色もじつにおもしろく吹きたてて、この大臣の君の御 あちらの女君のほうに目をおやりになる。 おとど 前では心づかいも格別である。御方々に対しては、見物に このような有様で、源氏の大臣の御庇護のもとに暮して お越しになるようにと前々からご案内があったので、左右 いる人々が多いのである。大臣の君は一わたりみな顔をお たいのやわたどの 出しになって、「ご無沙汰のまま日数が重なってしまう折の対屋や渡殿などにお部屋を数々設けて、そこでごらんに なる。西の対の姫君は、寝殿の南側にお越しになって、こ 折があっても、心の中ではいつも忘れてはいません。ただ いっかはやってくるこの世の別れの時だけが気がかりです。ちらの明石の姫君とご対面になるのだった。紫の上もごい っしよしておられるので、御几帳だけを間に置いてお話し 人の寿命だけは分らないものですから」などとやさしくお っしやる。どの御方にも、身分身分に応じて、お心をかけ申しあげなさる。 おと , とうか ていらっしやるのである。我こそはと思いあがったお気持 男踏歌の一行が朱雀院やその母后の宮の御所などを巡っ みずうまや ていた間に、夜もだんだん明けてゆくので、こちらは水駅 になられても当然な君のご身分であるけれども、それほど だから簡略になさってもよいのだけれど、しきたり以上に ごたいそうにふるまうことはなさらず、場所により、また ( 原文二〇七ハー ) ひご だい
なこともあるものだ。何かおもしろいことなどがあったの うした日陰の境涯に生い立った身の上でも望みが持てると いう気にもおなりになる。 だろう」などと、例によってお返事も申しあげにくい冗談 などをおっしやる。「宿下がりいたしまして七日を過ぎて 寺を出るときも、お互いに住いを尋ね合って、もしかし 語 ゆくえ しまいましたけれど、私ごときにおもしろいことはありに 物てまた姫君の行方が分らなくなりでもしたらと、右近は心 くうございます。山寺にお詣りをいたしまして、お懐かし 配にもなるのだった。右近の家は、六条院に近いあたりだ 源 めのと い人をお見つけ申したのでございます」、「どういう人な ったから、乳母たちの九条とはそう遠くはないので、相談 の」とお尋ねになる。右近は、ここでいきなり申しあげた するにも都合のよい頼り所ができた心地がするのであった。 りして、それも紫の上のお耳にお入れ申す前に、大臣にだ 三〕右近、源氏に玉鬘右近は源氏の大臣のお邸に参上した。 かい・一う け特別に申しあげることになったら、それをあとで上がお との邂逅を報告するこの一件を大臣にそれとなく申しあ げる機会があるかもしれないと思って、急いでまいったの聞きになって、さては分け隔て申したな、とでもお思いに である。御門から車を引き入れるなり、あたりの気配は格なりはせぬかなどと心配であり、「いずれ後ほど申しあげ させていただきます」と言って、人々がおそばへ参上して 別に広々としていて、退出したり参上したりする車がたく さん往き来している。自分のような人数ならぬ身が出仕すきたので、言上をさし控えた。 うてな お部屋の灯火などをおつけしたあと、大臣と紫の上とお るのもきまりわるいくらい立派な玉の台である。その夜は 御前にも参上せず、あれこれと思案しながら臥していた。 二人ごいっしょにくつろいでいらっしやるご様子はまこと じようろう におみごとである。女君は二十七、八におなりであろうか、 翌日、昨夜それぞれ里から参上した上﨟や若い女房たち ろう のなかで、紫の上がとくに右近をお召しになったので、晴女盛りのお年でひとしお﨟たけたお美しさでいらっしやる。 れがましく思わすにはいられない。大臣の君も右近にお会しばらく日を置いてお目にかかると、またその間につやや いになって、「どうして里居が長びいていたの。いつもと かなお美しさが一段と増していらっしやるのではないかと りちぎもの お見えになる。あの姫君をまことにご立派で、このお方に は様子がちがっている。律義者がうって変って若返るよう
がまるで赤の他人の場合であっても、それが世間の道理と聞かせしようというのです。どうかお察しくださってご返 事などしてくだされ」と、まことにこまごまとお申しあげ いうもので、女はみな身をまかせるもののようですのに、 になるけれども、女君はすっかり取り乱されて、なおいっ ましてこうも長い間の親しい間柄なのですから、これくら 語 物いのところをお見せ申したところで、なんのおいやなこと そうわが身をつらくお思いなので、君は、「ほんとにこう 氏 までわたしをお嫌いでいらっしやるとは存じませんでした。 がありましよう。これ以上に無体なことをしようなど、そ 源 んな了簡は持っておりません。こらえようにもこらえきれますますひどくお憎みになるようですね」と嘆息なさって、 「けっして人に気どられないように」と言ってお出ましに ない、また亡き人をしのばずにはいられない、並々ならぬ よっこ。 わたしの気持をなだめたいだけなのです」と言って、いか 女君はお年こそ召していらしやるけれども、男女の仲を にもしみじみとやさしくあれこれ話してお聞かせになる。 このように身近に対面なさった女君のご様子は、なおさら ご存じでないばかりか、多少ともそうした経験のある人の のこと亡き母君そのままの感じなので、なんとも胸をそそ様子さえもよく心得てはいらっしやらないので、これ以上 られるのである。君は、我ながら唐突で軽率なことだと反の近しい仲らいになるなど想像もおできにならず、思いも 省せずにはいらっしゃれないので、まことによくお思いと よらなかった世の中よ、と嘆かわしく、まったくご不快の どまりになっては、女房たちにあやしまれてはならぬと、 ご様子なので、女房たちは、「ご気分わるそうにしていら っしやるが : : : 」と、ど , っしてさしあげたらよいのか困っ あまり夜の更けないうちにお出ましになった。「わたしを お嫌いになったのなら、ほんとにつらい気持になります。 ている。「殿のなさりようがこまごまと行き届いて、もっ ほかの人はこうまで夢中にはならぬものです。無量の底し たいないほどでいらっしゃいます。実の御親と申しあげた とが れない思いをお寄せしているのですから、人から咎められところで、これほど万事お気づかいくださるというふうに るような仕打ちはけっしていたしますまい。ただ亡きお方はまいりますまい」などと、兵部などがこっそりお耳に入 恋しさのあまり、その慰めに、とりとめないことなりとおれるにつけても、女君は、、い外にも厭わしい君のお気持を
あなたを格別たいせつにお思い申しているからです」と言 〔一 = 〕玉鬘の居所を定め、大臣は、姫君のお住まいになるべき おももち って、ほんとに感無量の面持で昔のことをお思い出しにな 紫の上に昔の事を語るお部屋をお考えになるが、南の町に は空いている対などもないし、紫の上がたいそうなご威勢る。「他人の身の上でいくらも見てきたのですが、たいし 語 て深い仲でなくても、女というものの執念の深さの例をず 物で、どこにもいつばい人を集めて住んでいらっしやるので、 氏 いぶん見もし聞きもしていたものだから、ゆめゅめ浮気め あらわで人の目につきやすいにちがいない。中宮のいらっ 源 いた気持は起すまいと思っていたのですが、ついそうばか しやる町は、こうしたお方も住むのには都合よく閑静であ りもならぬ女と数多くかかわりあうことになりましたが、 るけれども、さてそこに住むとなれば、中宮にお仕えして しんそこ そのなかで、しみじみと心底かわいいという点では、あの いる人と同列というふうに受け取られもしよう、とご心配 たい ひと になって、いささか晴れ晴れしないが、東北の町の西の対女のようなのはほかになかったと思わずにはいられません。 ふどの もし今まで生きていたら、北の町に住む明石の御方と同じ が文殿になっているのをよそへ移して、そのあとへとお思 はなちるさと くらししし 、こま扱わぬわけにはいかないでしよう。人の有様と いっきになる。そこならば花散里のお方が相住みであるに いうものは十人十色なのですね。才気があって趣味が深い しても、ひっそりとつつましく気だてのよいお方なのだか というところはなかったけれども、気品があってかわいい ら、お互いに仲よく話し相手になってもらえるだろう、と 人でした」などと仰せになる。紫の上は、「それでも明石 お考えをお決めになる。 の御方ほどにはお扱いにならないでしように」とおっしゃ 紫の上にも、今になってあの昔のいきさつをお話し申し あげなさるのだった。上は、君がこうしてお心の中に秘める。今でもやはり、北の御殿の御方を、お気に障る人とし てこだわっていらっしやる。しかし幼い姫君が、まったく 置かれたこともあったのかと、お恨み申される。「困った いかにもかわいらしくて、お二人のお話を無、いに聞いてい ことをおっしやる。生きている人のことだって、尋ねられ らっしやるのがいじらしいので、大臣がその母君を大切に もせぬのにこちらから進んで話をきり出すことがありまし なさるのもまた無理からぬことと、ついお思い直しになる。 ようか。こうした機会にすべて打ち明けてお話しするのは、 ひと
きとうございました。お移りの際にもご奉仕いたしません へんな名誉と思うのであった。大臣の君のご配慮がこまや 3 で失礼を」と、ほんとにきまじめに申しあげなさるので、 かに行きわたって、またとないご深切でいらっしやるのは、 事情を知る女房はどうにも具合がわるくてならない。筑紫ほんとにもったいないことである。 語 物では精いつばいに趣向を尽したお住いではあったけれども、〔宅〕源氏、正月の衣装年の暮には、正月のお飾りつけのこ いなか 氏 とんでもなく田舎びていたことが、このお邸とはまるで比を調えて方々に贈るとや女房たちの御装束などについて、 源 べようもないと思わずにはいられない。お部屋の御設けを ほかのれつきとした方々と同等にお取り計らいになるが、 あか はじめとして、当世風に高雅で、親や兄弟としてお親しみ 一方いくら器量などはよくても、やはり垢ぬけしないとこ いなか 申される方々のお姿やご器量からして、まばゆいくらいな ろもあろうと、相手が田舎育ちであることを軽くお考えに だ、いのだいに ので、今はさすがの三条も、大宰大弐を見下げる気にもな なって仕立ててあった装束もいっしょにさしあげなさる。 たゆうのげん るのだった。まして、大夫監の鼻息やけんまくは、思い出そのついでに、数々の織物の職人たちが、技の限りを競い ぶんごのすけ ほそながこうちき すにつけてもこのうえなく忌まわしい豊後介の深慮のほ織りあげては持参した細長や小袿の、色合いのさまざまな どを世にも殊勝なと姫君は身にしみてお分りになり、また のをごらんになって、「ほんとにたくさんの品物ではない 。ししカげんなこ 右近もそう思って口にしている。大臣よ、、、ゝ か。御方々がうらやむことのないよう公平に分けなければ とでは姫君のお暮しに不行届きも生じようと、こちらの家 いけないね」と、紫の上に申しあげなさるので、上は、御 くしげどの 司たちを定めて、なすべきことをいろいろとお言いつけに匣殿でお仕立てしたのも、こちらでおととのえになったの なる。豊後介も家司になった。長年の田舎暮しで、みじめ も、みなお取り出させになる。上はこういう方面にもまた な思いをしていたところへ、にわかにうって変った有様で、 ほんとにお上手でいらっしやって、たいそう珍しい色合い まさか、かりそめにも顔出しのできるようなご縁があろう やばかしをお染めつけになるので、大臣はこの世に得がた うち とは考えられもしなった御邸内を、朝に晩にいつも出入り いお方だとお思い申しあげていらっしやる。あちこちの擣 どの し、供人を従えて事をとりしきる身分となったのは、たい 殿からお納めした数々の擣物をお見比べになって、紫の濃 うちもの
263 薄雲 ( たとえ雪の晴れ間もない吉野の奥山を捜してでも、心を通 らいいろいろと気苦労を重ねなければならない身の上では わせる跡の途絶えることがありましようか ) あった」と嘆息して、女君は日ごろにもましてこの姫君の 髪を撫でたり櫛を入れたりしてすわっていた。雪が空を暗と一言い慰めている。 くして降り積った翌朝、これまでのことこれからのことを 〔六〕明石の姫君をニ条この雪の少し解けたころ、大臣の君 はかま学一 おおい 院に迎える袴着の事は大堰にお越しになった。女君は、 際限もなく思い続けて、いつもならあまり縁側近くに出て みぎわ いつもならお待ち申しているのに、今日はあのためにおい いたりなどしないのに、汀の氷などを眺め、白い衣のなえ たのを何枚も着重ねて、ばんやりと物思いに沈んでいる姿でなのだろうと思うので胸もつぶれるが、これも自らまね いたのだと思わずにはいられない。「お渡しするのもしな このうえない高貴 は、その髪の格好といい後ろ姿といし いのも、自分の一存しだいであろう。いやと申しあげたら、 なお方と申しあげたところで、まずこんなふうでいらっし それを無理にとはおっしやるまい。しまったことを」とは やるだろう、と女一房たちも見ている。こばれる涙を払って、 思うけれども、いまさらそれも軽率というものと、しいて 「これから先、このような日には、なおさらのこと、どん しかにもいたわし 思い返している。大臣の君は、姫君がまことにかわいらし なに頼りない心地がするでしよう」と、 い姿で母君の前にすわっていらっしやるのをごらんになる く嘆息して、 。しいかげんに田 5 ってはなら につけても、「考えてみれま、 雪ふかみみ山の道ははれずともなほふみかよへあと絶 ぬこの人との宿縁ではあった」とお思いになる。この春か えずして ( 雪の深いこの山道は晴れ間がなくても、やはり途絶えるこ ら伸ばしていらっしやる姫君の御髪が、尼そぎといった格 となくお便りをください ) 好にゆらゆらとみごとに美しく、顔つきや目もとのにおや このかわいい かな有様などは、いまさらいうまでもない とおっしやると、乳母は泣いて、 雪まなきよしのの山をたづねても心のかよふあと絶え姫君をよそのものとして、遠くからどのように案じ暮すこ とになるかと、母親の心の惑いのほどをお察しになるにつ めやは く みぐし
をおさしひかえにならねばならぬようなお方でもないでし妺背のご縁というほどの語らいを互いになさっている。御 きちょう すずり 3 ようから」と言って、御硯のご用意をなさって、お書かせ几帳がお二人の間に置いてあるけれども、君が少し押しの 申しあげなさる。姫君はいかにもおかわいらしく、朝晩拝けなさると、女君もまた隠れようとなさらず、そのままに 語 はなだいろ 物見している人でさえ、いついつまでもお見あげしていたい していらっしやる。縹色のお召物は案の定、色合いもあま 氏 くらいのご容姿なのだから、実の母君が今まで別れ別れの り引き立たず、御髪などもひどく盛りを過ぎているのだっ 源 まま年月がたってしまったのも、君は、罪つくりなことと、 た。「とくに恥ずかしいというほどではないとしても、か おいたわしくお思いになる。 もじを添えて手入れなさったらよかろうに。これがほかの うぐひす ひきわかれ年は経れども鶯の巣だちし松の根をわすれ男だったら、連れ添う気持もさめてしまいそうなご様子で めや あるけれど、こうして世話をしていることがうれしいのだ ( お別れしたまま年がたちましたが、鶯ー私は巣立った松の し、それが自分としても満足なのだ。もし心の変りやすい ひと 根ー生みの母をお忘れ申しましようか、今でもよく憶えてい 女と同じようにわたしを離れていっておしまいになったと ます ) したら、どうなられたことか」などと、顔をお合せになる 幼い心のままに、くどくどと書かれたようである。 折々には、なによりもご自分のお心の変らなさをも、また 夏の御方のお住いをごらんになると、今はその季節では この女君のお気持の重々しさをも、うれしく申し分ないの ないせいか、まことにひっそりとした感じで、ことさら風だというお気持でいらっしやるのだった。こまごまと旧年 流がましいしつらいもなく上品にお暮しのご様子がここか のお話など情をこめて申しあげなさって、それから西の対 へお越しになる。 しこにうかがえる。年月のたつにつれて、大臣との間には お気持の隔てもなく、しみじみとした御仲らいでいらっし 西の対の女君は、まだたいして住みなれていらっしやら しとね やる。今ではしいて褥を共にするといったお扱いもなさら ないわりには、あたりのご様子も趣味よくととのえ、いか むつ めのわらわ ないのだった。まことに仲睦まじく、めったになさそうな にもかわいらしい女童の姿も初々しい美しさであるし、女 いもせ みぐし