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検索対象: 完訳日本の古典 第13巻 枕草子 (二)
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1. 完訳日本の古典 第13巻 枕草子 (二)

枕草子 256 しひ . しば これをだにかたみと思ふに都には葉がへやしつる椎柴もおいであそばす御前でお話し申しあげなさるのを、中宮 そで 様はいっこう何気ないふうで御覧あそばして、「藤大納言 の袖 たね の書体ではなくて、坊さんのであるようだ」と仰せあそば ( せめてこの喪服をなりと、故院の思い出の種と思って山里 では脱ぎ替えかねているのに、都ではもう脱ぎ替えてしまっすので、「それでは、これはだれのしわざなのかしら。物 かんだちめそうごう 好きな上達部や僧綱などは、だれがいるか。あの人かしら、 たのでしようか ) この人かしら」などと、不審がり知りたがりなさるのに、 と書いてある。「あきれるばかり、いまいましいことだっ そうじよう にんなじ たな。だれのしわざなのだろうか、仁和寺の僧正、それだ主上は、「この辺に見えたものに、たいへんよく似ている ようだ」と、にこにこあそばして、もう一通御厨子の中に ろうか」と思うけれど、「僧正は、まさかこんなことはお とう あるのを、お取り出しあそばしたので、藤三位は、「いや、 っしやるまい。やはり、 いったいだれだろう。藤大納言が、 かた べっとう まあ情けないこと。このわけをおっしやってくださいませ。 前のあの院の別当でいらっしやったから、その方がなさっ しゅじよう ていらっしやることのようだ。このことを主上や中宮様な頭がいたいことですよ。何とかして伺いましよう」と、い うら ちずにお責め申しあげて、お怨み申しあげてお笑いなさる どに、早くお聞かせ申しあげたい」と思うのに、たいへん ので、主上は段々ほんとうのことを表して仰せられて、 やきもき落ち着かない気持がするけれど、やはり重くつつ おにわらわ ものいみ おんようじ 「お使いに行った鬼童は、タテマ所の刀自という者の供の しまなければならないように陰陽師が言った物忌を果して こひょうえ がまん しまおうと我慢してその日を暮して、その次の翌朝、藤大者であったのだったが、小兵衛が話し込んで手なずけて行 かせたのだったろうか」などと仰せになるので、中宮様も、 納言の御もとに、この歌の御返歌をして使いの者に置かせ とうさんみ て来たところ、すぐにまた藤大納言から返歌をして藤三位お笑いあそばすのを、藤三位は引っぱっておゆすぶり申し あげて、「どうしてこんなにおだましあそばすのです。や の所に置かせなさっていらっしやったのだった。 それを二つとも手に持って、藤三位は急いで中宮様の御はり信じ込んで、手を洗い清めて、伏し拝みましたことで 前に参上して、「こうしたことがございました」と、主上すよ」。その笑っていまいましがって座っていらっしやる

2. 完訳日本の古典 第13巻 枕草子 (二)

おさめ あげなさるのをも、主上は御存じあそばさぬ間に、長女の めて、「倒れるな」と言って連れておいでになるみちみち、 にわとり あした ゅ ぎんしよう 使っている童が、鶏をつかまえて持っていて、「明日里へ 「遊子なほ残りの月に行くは」と吟誦なさっていらっしゃ 持って行こう」と言って、隠しておいたのだった、その鶏るのは、また、たいへんすばらしい が、どうしたのだろうか、犬が見つけて追いかけたので、 「このようなことを大騒ぎして感心する」と言って、大納 ろう 廊の先の所に逃げて行って、恐ろしい声で鳴き騒ぐので、 言様はお笑いになるけれど、どうして、やはりとてもおも しろいものは、すばらしがらず・にはいられよ , つか だれもみな起きなどしてしまったようである。主上もお目 をおさましあそばしていらっしやって、「これはどうした 二九三僧都の君の御乳母、御匣殿とこそは ことだったのか」とおたずねのそばされると、大納言様が、 こゑめいわう めのと みくしげどの そうず 「声明王のねぶりをおどろかす」という詩を、高らかに声 僧都の君の御乳母、ーーその場所は御匣殿とこそは申し ず つばね に出して誦んじていらっしやるのは、すばらしくおもしろ あげようーーーその乳母の局にわたしが座っていたところが、 いので、一人で眠たかった目もとても大きくばっちりあい そこにいる男が、板敷 9 もと近く寄って来て、「ひどい目 にあったことでございますよ。どなたにお訴え申しあげま てしまった。「たいへんびったりした折のことであるよ」 と、中宮様もお興じあそばされる。やはり、こうしたこと しようかと存じまして」と、今にも泣きそうな様子で一言う。 こそがすばらしいのだ。 「何事か」とたずねると、「ちょっとよそへでかけておりま おとど 段次の日は、夜の御殿に中宮様はお入りあそばされた。夜した間に、汚い、わたしの住んでおります所が焼けてしま 中ごろに、廊に出てわたしが人を呼ぶと、「退出するのか。 いましたので、このところずっと何日かはやどかりのよう 。しり もからぎめ わたしが送ろう」と大納一一 = ロ様がおっしやるので、裳や唐衣 に、よその人のあちこちの家に尻を差し入れて暮しており うまづかさおん 第びようぶ は屏風にうち掛けておいて行くと、月の光がたいへん明る ます。馬寮の御まぐさを積んでございました家から、火が のうし かき さしめき くて、大納言様の直衣がとても白く見えるのに、指貫が半出てきましたのでございます。ただわたしの家は垣を隔て そで よどの 分踏みつつまれるようなかっこうで、わたしの袖を引きと た隣にございますので、夜殿に寝ておりました愚妻が、す いたじき

3. 完訳日本の古典 第13巻 枕草子 (二)

みやづか めのと 宮仕えをしている人の所に訪れなどする男が、そこで食 心のよくない乳母が養っている子を見る時にいやな感じ し、よギ - う なのは、その子の罪でもないけれど、よりによってこんな物を食べるのこそは、ひどく劣った所業だ。食べさせる女 人に養ってもらっているとは、と感じられるためなのだろ房もとてもにくらしい。自分を思ってくれる女房が、「何 子 めのと うか。乳母は「たくさんお子様がある中で、この君は御両はさておいてどうぞ」などと、好意があって言おうのを、 草 まるで忌み嫌っているかのように、ロをふさいで、顔をそ 親が見下げていらっしやるのだろうか、おにくまれになる ことよ」などと荒つばく言う。幼児はこんな者とは思い知むけるわけにもゆくまいから、かしこまって食べているの ではあろうけれども。ひどく酔いなどして、どうしようも らないのだろうか、乳母を求めて泣き騒ぐ、それが乳母に おとな ゅづけ なく夜が更けてから男が泊ったとしても、決して湯漬だっ は気に入らないのであろう。そんな子は大人になっても、 てわたしは食べさせないつもりだ。そうして、男がわたし まわりの者が大切に世話をやいて大騒ぎするうちに、かえ のことを自分に好意を持っていない女なのだったと思って、 ってやっかいなことこそ多いようだ。 こちらでうっとうしくにくらしい人と思う人が、その人以後来ないのなら、それはそれでいいだろう。里で、奥の にとって間の悪いことをこちらが言って困らせても、びつ方から食事をととのえて出した場合には、これはしかたが ない。それでさえ、気がきいたことではない。 たりとこちらにくつついて馴れ親しむ態度をとっているの。 「少し気分が悪い」などと言うと、いつもよりも近くに臥 三〇八初瀬に詣でて、局にゐたるに して、物を食べさせ気の毒がり、別に何ということもなく さんけい つばね ついしよう 初瀬に参詣して、局に座っている時に、身分の低い下衆 思っているのに、まとわりついて追従をし、世話を引き受 たちが、それそれ着物の後ろを入れまぜにして並んで座っ けて大騒ぎするの。 ているありさまこそ、だらしないものだ。 三〇七宮仕へ人のもとに来などする男の、そ たいへんな決心をして参詣している時、河の音などが恐 ろしく聞える中に、くれ階を、やっとの思いでのばり、早 ( 原文一九四ハー ) かた はっせ

4. 完訳日本の古典 第13巻 枕草子 (二)

枕草子 322 しやる中宮様の御様子は、たいへん明るく晴れ晴れしてい たちが、見物できそうな端の所に、八人ほど出てちゃんと きわだ なげし 座っていたのだった。一尺余り、二尺ぐらいの高さの長押るこんな場所では、ふだんよりもう少し際立ってお立派で、 ひたいがみ の上に、中宮様はおいであそばす。大納一言様が「私が立っ御額髪をお上げあそばしていらっしやったのだった釵子の みぐし ために、御分け目の御髪が、少し片寄ってくつきりとお見 て隠して、連れて参上いたしました」と申しあげなさると、 きちょう えあそばしていらっしやるのなどまでが : 。三尺の御几 中宮様は、「どうだったか」とおっしやって、几帳のこち いっそう からめ ら側にお出あそばしていらっしやる。まだ御唐衣もお召し帳一双をたがいちがいに立てて、こちらの女房たちの座と き↓っト - 、つ よこながヘり くれない になったままでおいであそばすのが、すばらしい。紅の御の隔てにして、その几帳の後ろには、畳一枚を横長に縁を なげし からあややなぎがさねうちきえび うちぎめ 打衣が並一通りであろうか。中に唐綾の柳襲の御袿、葡萄出して、長押の上に敷いて、中納言の君というのは、関白 うひょうえかみただきみ じずり うわぎ ぞめ いっえ 染の五重がさねの御表着に、赤色の御唐衣、地摺の唐の薄様の御叔父の右兵衛の督忠君と申しあげたお方の御娘、宰 しよう とみのこうじ おんも ぞうがん 絹に象眼を重ねてある御裳などをお召しになっている。そ相の君というのは、富小路の左大臣様の御孫、それらの二 うしたお召物の色は、全くすべてそれに似るべき様子のも人の女房が、長押の上に座って、お見えになっていらっし やる。中宮様はあたりをお見わたしあそばされて、「宰相 のはない てんじようびと はあちらで座って、殿上人の仲間の座っている所を、行っ 「わたしをどう見るか」と中宮様は仰せになる。「すばら て見よ」と仰せになるので、宰相の君は、それと察して、 しゅうございました」などとも、言葉に出しては、世間あ 「ここで三人、きっととてもよく見られますでございまし りきたりである。「長いこと待ったのかしら。そのわけは、 だいぶ によういん よう」と申しあげると、中宮様は「それでは」とおっしゃ 大夫が、女院の御供の折に着て、人に一度見られてしまっ したがさね って、わたしを長押の上にお召し寄せあそばすので、長押 たその同じ下襲のままで中宮の御供にいようのは、よくな う ひとり の下に座っている女房たちは、一人が「殿上を許される内 いと人がきっと思うだろうとて、ほかの下襲をお縫わせに どねり なったその間、おそくなったのだった。ひどく風流心がお舎人がいるようだ」と笑うと、また一人が「コソアラセム と思っていることよ」と一一 = ロうと、さらにもう一人が「ムマ ありなことよ」とおっしやって、お笑いあそばしていらっ けんぶつ さいし ふた

5. 完訳日本の古典 第13巻 枕草子 (二)

いるのを、かきのけることはしないで、顔を傾けて物など連れ立って動きまわる、それを見るのもかわいらしいカ % 見るのは、とてもかわいらし い。たすきがけに結んである りのこのツポネ。なでしこの花。 腰の上の方が、白くきれいな感じなのも、見るのにつけて 子 一五六人ばへするもの かわいらしい 草 てんじようわらわ りつば 大きくはない殿上童が、装束を立派に着せられて歩きま 人がそばにいると調子づくもの特にこれといったこと わるのもかわいらしい。見た目にうつくしい感じの幼児が、 もないつまらない子が、かわいいものとして親に甘やかさ せき ちょっと抱いて、かわいがるうちに、取りついて寝入ってれなれているの。咳。こちらが恥ずかしいほど立派な人に かれん いるのも、可憐である。 何か言おうとする時にも、ます咳が先に立つ。 人形遊びの道具。蓮の浮き葉のとても小さいのを、池か 近所のあちらこちらに住む人の子たちで、四つ、五つぐ あおい ら取り上げて見るの。葵の小さいのも、とてもかわいらし らいの年ごろなのは勝手放題に困ったふるまいをして、物 何でも彼でも、小さいものは、とてもかわいらしい などを取り散らかしてこわしたりするのを、いつも引っぱ ひどくふとっている幼児の、二つぐらいなのが、そして られなどしてとめられて、思うままにもすることができな ふたあいうすもの 色が白くてかわいらしいのが、そしてまた、二藍の薄物な いのが、親が来ているのに勢いを得て、見たがっている物 ど、着物が長くて、たすきで袖を上げているのが、這い出を、「あれを見せてよ、お母さん」などと引っぱってゆす おとな しているのも、とてもかわいらしい。八つ、九つ、十ぐら るけれど、母親のほうでは、大人などが話をしているとい いの年ごろの男の子が、声は幼げな様子で漢籍を読んでい うわけで、気を取られて子どもの言うことなどはすぐにも る声は、とてもかわいらしくていらっしやる。 聞き入れないものだから、子どもは自分の手で引っぱり出 にわレ」り あしなが 鶏のひなが、足長に、白く愛らしい様子で、着物を短して見るのこそ、ひどくにくらしい。それを「まあいけま く着たような様子をして、びよびよとやかましく鳴いて、 せんよ」とぐらいのことをちょっと言って、その物を取り 人の後ろに立ってついてまわるのも、また親どりのそばに 上げて隠さないで、「そんなことをしないでおくれ」とか、 そで かんせき

6. 完訳日本の古典 第13巻 枕草子 (二)

( 原文八八ハー ) あかっき つばね おおきみ 暁には、早く局に下がろうなどと、自然急がれること 上に献上させたのだったが、「ともあきらの王」と書いて かずらき であるよ。中宮様が、「葛城の神だって、もうちょっとい あったのを、たいへんおもしろがりあそばされたのだった。 なさい」などと仰せになるので、「なんとかしてはすかい ふ 一八二宮にはじめてまゐりたるころ にでも御覧あそばすように」と思って、臥す姿勢でいるか とのもりづかさにようかん み・うし ′ ) てん ら、お部屋の御格子もお上げしない。主殿司の女官が参上 中宮様の御殿にはじめて参上したころ、何かと恥ずかし して、「これをお上げになってくださいまし」と一 = ロうのを、 いことが数知らずあって、涙も落ちてしまいそうなので、 よる みきちょう 毎日、夜出仕して、中宮様のおそばの三尺の御几帳の後ろ女房が聞いて上げるのを、「そうするな」と仰せになるの で、女官は笑って帰って行った。中宮様が何かとおたずね にひかえていると、中宮様は絵などをお取り出しになって になったり、仰せになったりするうちに、長い時間がた お見せあそばしてくださるのさえ、それに手も出せそうに もなく、わたしはむやみと困惑した気持でいる。「この絵てしまったので、中宮様は、「局へ下がってしまいたくな ってしまっているのだろう。では、早くお下がり」と言っ はこうこうだ、あの絵はかくかくだ」などと仰せになるの とも、しび - たかっき に、高坏におともし申しあげている御灯火なので、髪の筋て、「夜になったら早く来るように」と仰せになることよ。 しつ・一う わたしが膝行して、御前から隠れて局に退出するやいな なども、かえって昼よりははっきり見えて恥ずかしいけれ むぞうさ そで がまん や、局の格子を無造作に上げたところ、雪がたいへんおも ど、我慢して見などする。ひどく冷えるころなので、袖か しろい。「今日は、昼ごろ参上せよ。雪空で曇ってまる見 段らお出しあそばしていらっしやる御手がちらっと見えるの うすこうばい えでもあるまい」などと、中宮様が、たびたびお召しにな が、たいへんつやつやとしている薄紅梅色であるのは、こ あるじ のうえもなくすばらしくていらっしやると、こうした世界るので、この局の主の女房も、「そうばかり引きこもって 第 いらっしやろうとするのですか。あっけないほど簡単に、 を見知らない民間の人間の気持では、「どうしてかしら。 かた 町こうした方が、世にいらっしやったのだった」と、自然は御前に伺うことを許されたのは、中宮様にはそうお思いあ そばすわけがあるのでしよう。人の好意にそむくのはにく っとした気持になるまで、お見つめ申しあげる。

7. 完訳日本の古典 第13巻 枕草子 (二)

317 第 256 段 ( 原文一四九ハー ) こわかぎみ てお笑いあそばすのを、女房の小若君が、「けれどもそれら、自然中宮様がお聞きつけあそばして、きっと車をお差 は、少納言がいち早く見て、『雨に濡れているのなど、不し回しくださるでしよう」などと、みなで笑い合って立っ めんばく ている前を通って、ほかの女房たちは一つにかたまって、 面目なことだ』と言ったのでございました」と申しあげな あたふたと乗り終って、出て来て、「これでおしまいか」 さると、関白様はひどくおくやしがりあそばすのもおもし と一言うので、「まだここにいる」とこちらで答えると、中 しき ようかここのか それから八日九日のころにわたしが里に下がるのを、中宮職の役人が近寄って来て、「だれだれがいらっしやるの ですか . とたずね聞いて、「ひどく妙なことでしたね。も 宮様は、「もうすこし当日近くなってにしたらどうか」な うみなさんお乗りになってしまっているだろうと思ったの どとおっしやるけれど、出てしまった。いつもよりもよく 。どうしてこんなにお遅れになっていらっしやるの 日が照っている昼ごろ、「花の心はひらけているか。どう とくせん です。今は得選を乗せようとしたのに、めったにないこと 返事をするか」と仰せあそばしているので、「秋はこのよ わたくしひとよ ですよ」などと、驚いて車を寄せさせるので、「それでは、 うにまだ先のことでございますけれど、私は一夜に九回も たましい 魂がのばる気持がいたしております」などと御返事申しわたしたちより先に、その乗せようとすでにお思いになっ ていよう人をお乗せになって、次にでも」とわたしが一 = ロう あげた。 しき 声を聞きつけて、職の役人が、「はなはだもって意地悪く 中宮様が内裏から、外の二条の宮にお出あそばした夜、 ていらっしやるのでしたね」などと一言うので、乗ってしま 車の順序もなく、女房たちが、「自分がだれより先に先に」 った。その次につづくのは、ほんとうに御厨子の女官の車 と騒いで乗るのが気にくわないので、わたしはしかるべき たいまっ なので、道を照らす松明のあかりもひどく暗いのを笑って、 女房三人と、「やはりこの車に乗る様子がひどく騒がしく、 けんぶつ 二条の宮に参着した。 祭のかえさ見物などのように、今にも倒れてしまいそうに 中宮様の御輿は疾うにお入りあそばして、すっかりお部 しただもう、どうと あわてふためくのは、ひどく見苦し、 もなれ、乗るべき車がなくて、参上することができないな屋の設備を整えて座にお着きあそばしていらっしやったの で へ

8. 完訳日本の古典 第13巻 枕草子 (二)

みくしげどの もからぎめ いる限りの人はすべて、裳、唐衣を、御匣殿にいたるまで へノホドゾ」などと言うけれど、そこに入って座って見物 こうちき が着ていらっしやる。関白様の北の方は、裳の上に小袿を するのは、たいへん光栄だ。「こんなことがあった」など と、自分から言うのは、自己宣伝でもあり、また、中宮様着ていらっしやる。関白様は「絵に描いてあるようなすば の御ためにも、高貴な御身分がら軽々しく、「こんな程度らしいみなさんの御様子ですね。イマイラへ今日ハと申し ′ : つよう・あい の人間をまで御寵愛なさったのだろう」などと、自然、物あげなさるのですよ。三、四の君よ、中宮様の御裳をお脱 おんあるじ がせなさい ここの御主としては中宮様こそがそれでいら 事を心得て、世間のことをかれこれ非難などする人は : そんなわけで、わたしには、もったいながったところでど っしやるのだから。御桟敷の前に陣屋をおすえ置きあそば していらっしやるのは、並一通りのことだろうか」と言っ うしようもないことながら、恐れ多い中宮様の御事がかか て、感にたえずお泣きあそばす。なるほどお喜びももっと わってもったいないけれど、事実あることなどは、また、 どうして書かすにおかれようか。ほんとうにわたしの身の もだと、女房たち一同も涙ぐむような気持でいる折に、わ からぎぬ たしが赤色の表着に桜襲の五重の唐衣を着ているのを、関 はどに過ぎたこともきっとあるであろう。 キ一じき ひと ・よろ・いん 白様は御覧あそばして、「法服一そろいを僧にくださった 女院の御桟敷、また、方々のたくさんの桟敷を見わたし のだが、急に、もう一つ入用だったから、これをこそお借 ているのは、すはらしい。関白様は、先に女院の御桟敷に り申しあげればよかったのだったな。それでは、もしかし 参上なさって、しばらくたってから、こちらに参上なさっ ちぢ ていらっしやる。大納言お二方が御供としておいでになり、 たらまたそのような物を切って縮めたのか」と仰せあそば 以さんみ 三位の中将は、陣に近く参上したままの姿で、道具を背負すので、また笑った。大納言様、それは少し後ろに下がっ て座っておいでになったのだが、それを聞いて、「きっと 2 って、とても似つかわしくしゃれたかっこうでおいでにな ひとこと せいそうず 第 る。殿上人、四位、五位の人々が、たくさん連れ立って、 清僧都の法服であろう」とおっしやる。一言だっておもし ろくないことはないのだ。 御供に伺候して並んで座っている。関白様が桟敷にお入り 僧都の君は、赤色の薄色の御衣、紫の袈裟、とても薄い あそばして中宮様をお見申しあげあそばすと、女房たちの、 かたがた うわぎ がさねいっえ 、一ろも かた

9. 完訳日本の古典 第13巻 枕草子 (二)

こうべん はり、ひどくわれながら身の程知らずに、どうしてこのよ さるのを、抗弁のことばなどを申しあげるのは、目を疑う うに宮仕えに立ち出てしまったことかと、汗がにじみこば ばかりで、あきれるほどまで、赤らめたところでどうしょ うもないことながら、顔が赤らむことであるよ。大納言様れて、ひどくつらいので、いったい何を御応答申しあげよ くだもの うか。ちょうどよい具合に陰になるものとして差しあげて は御果物を召しあがりなどして、中宮様にも差しあげなさ いる扇をまで大納一言様がお取り上げになっているので、ふ る。 ひたいがみ みきちょう りかけて顔を隠すべき額髪のみつともなさをまで考えると、 大納言様が、「御几帳の後ろにいるのは、だれだ」とき 「すべてほんとうに、わたしのそうした様子がみすばらし っと女房におたずねになるのであろう、そして女房が「こ く見えていることであろう、早くお立ちになってくださ れこれです」と申しあげるのであろう、座を立ってこちら い」などと思うけれど、扇を手でもてあそんで、「この絵 においでになるのを、どこかほかへいらっしやるのであろ はだれが描かせたのか」などとおっしやって、急にもお立 うかと思うのに、たいへん近くお座りになって、お話など ふ そで みやづか なさる。わたしがまだ宮仕えに参上しなかった時に、お聞ちにならないので、顔に袖を押し当てて、うつぶしに臥し もからぎぬ ているのは、裳や唐衣におしろいが移って、顔はまだらで きおきなさったのだったことなどを、「ほんとうにそうだ あろう。 ったのか」などとおっしやるので、今まで御几帳を隔てて、 大納言様が長いこと座っていらっしやるのを、もちろん 遠くからよそ目にお見申しあげるのでさえ気おくれをおば えていたのだったのに、ひどく思いがけなくて、じかにおつらいとわたしが思っているだろうと中宮様はお察しあそ 段 こればしていらっしやるのだろうか、大納言様に「これを御覧 向い申しあげている気持は、現実とも感じられない。 ぐぶ ぎようこう なさい これはだれが描いたのですか」と申しあげあそば まで、行幸などを見物するのに、供奉の大納言様が、遠く 第 からこちらの車のガにちょっとお目をお向けになる場合は、すのを、うれしいと思うのに、「いただいて、見ましよう」 したすだれ と申しあげなさるので、中宮様は、「やはりここへ」と仰 車の下簾の乱れをあらため、こちらの人影が透いて見える せあそばすと、大納言様は「わたしをつかまえて立たせな かもしれないと、扇をかざして顔を隠した、それなのにや おうぎ す

10. 完訳日本の古典 第13巻 枕草子 (二)

思って聞いたのに。だれがしたことなのか。見たのか」とすけれど、『われより先に』起きていた人がいたと思って 引仰せになる。「そういうわけでもございません。まだ暗く おりましたようでございました」とわたしが言うのを、関 て、よくも見ないでしまったのでございますが、白っぱい 白様はとても早くお聞きつけあそばして、「そうだろうと 子 ものがございましたので、花を折るのかしらなどと、気が 思っていたことだよ。決してほかの人は、何をおいても出 草 さいし、よう かりだったので申したのでございます」とわたしは申しあ て見つけたりはしまい。宰相とそなたとぐらいの人が見つ 枕 げる。「それにしても、こんなにすっかりはどうして取ろ けるかもしれないと推察していた」とおっしやって、ひど うか。殿がお隠させになっていらっしやるのであるよう くお笑いあそばす。「事実そうでありそうなことなのを、 はるかぜ だ」とおっしやってお笑いあそばされるので、「さあまさ少納言は春風に罪を負わせたことよ」と、中宮様がお笑い はるかぜ かそんなことではございませんでしよう。春風がいたしま あそばしていらっしやるのは、すばらしい。関白様が「少 したことでございましよう」と啓上するのを、「それを言納言はどうやら恨み言を負わせたのでございますようです。 やまだ おうと思って、隠したのだったのね。あれは盗みではなく でも、今の季節では山田も作るでしように」と歌をお吟じ て、雨がひどく降りに降って古びてしまったのだというわあそばしていらっしやるのも、とても優雅でおもしろい けでーと仰せになるのも、珍しいことではないけれど、た 「それにしても、しやくなことに、見つけられてしまった いへんすばらしい のだったよ。あれほど気をつけるように言っておいたのに。 関白様がおいでになるので、寝乱れたままの朝の顔をお人の所にこうしたばか者がいるのこそ困ったものだ」と仰 見せするのも、時はずれのものと御覧あそばすだろうかと せあそばす。「春風とは、そらでとてもおもしろく言った 思って、自然引っ込んでしまう。おいであそばすやいなや、ものだな」などと、その歌をまたお吟じあそばす。中宮様 「あの花はなくなってしまったね。どうしてこうまでみす は「ただの言葉としては、持ってまわってわずらわしい思 みす盗ませたのだ。寝垪すけだった女房たちだね。知らな いっきでございましたよ。それにしても、今朝の桜の様子 いでいたのだったよ」とわざとお驚きあそばすので、「で はどんなにひどくございましたでしようね」とおっしやっ