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検索対象: 完訳日本の古典 第19巻 源氏物語(六)
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1. 完訳日本の古典 第19巻 源氏物語(六)

どのご身分の方だけに、まことに格別で、気品高く優美で 門督は、東宮があの猫をもらい受けようとおばしめしだっ いらっしやる。 た、と察していたので、幾日かやり過して参上なさった。 わらわ すぎくいん 宮中に飼われている御猫の、何匹も引き連れていた子猫衛門督はまだ童であった時分から、朱雀院がとりわけお心 語 物たちが、所どころにもらわれていって、この御所にもあが をかけお召し使いになったので、ご出家あそばした後は、 氏 っているのが、いかにもかわいらしい格好であちこちして やはりこの東宮にも親しく参上して、お仕え申しているの 源 からね・一 いるのを見ると、まずあの唐猫を思い起さずにはいられな である。督がお琴などをお教え申されるついでに、「御猫 いので、衛門督が「六条院の姫宮の御方におります猫は、 たちが大勢集っておりますのですね。さて、どちらにおり まったく見たこともないような顔をして、かわいらしゅう ましようか、私の見たあの人は」とあたりをたずねて、そ ございました。ほんのちらっと見ただけでございますが」 の猫をお見つけになった。まことにかわいくてならないの とお申しあげになると、東宮はもとより猫を格別におかわ で、かき撫でかき撫でしている。東宮も、「なるほどかわ いがりあそばすご性分なので、詳しくお尋ねになる。衛門 いい様子をしているね。まだ心からなついてくれないのは、 督は、「それは唐猫で、こちら様のと違った様子をしてお人見知りしているのだろうか。わたしのところの猫たちも りました。猫ならどれも同じようなものでございますが、 そう見劣りはしないのだが」と仰せになるので、「猫とい 気だてがかわいらしく人なっこくなっているのは、妙に、い うものは、そんな分別はめったにあるものではございませ ひかれるものでございます」などと、東宮がごらんになりんが、しかしとくに利ロなのには、おのずと性根がござい たくおなりになるよう、うまくお申しあげになる。 ますでしよう」などと申しあげて、「もっとよい猫がこち きりつば 東宮はこの話をよくお聞きになり、桐壺の御方を通して らには幾匹もおりますようですから、これはしばらくの間 ご所望申しあげられたので、先方ではそれをこちらにおさ お預りいたしましよう」と申しあげなさる。一方、心の中 しあげになった。「なるほど、まったく見るからにかわい では、あまりにも愚かしく田 5 わずにはいられない。 い猫ですこと」と人々がおもしろがっているところへ、衛 衛門督はとうとうこの猫を手に入れて、夜も自分のそば えもんのかみ

2. 完訳日本の古典 第19巻 源氏物語(六)

事申しあげる。 ているので、そ知らぬふりをしておいでになる。 六条院の殿は、「昔、逢瀬も難儀だったころでさえ、情 その日は、女宮の寝殿へもお越しにならず、お手紙をや たきもの けを通わされないでもなかったものを。いかにも、世をお りとりなさる。薫物などに念を入れてお暮しになる。夜中 語 物捨てになった院に対しては後ろ暗いようではあるけれど、 ごろになって、気心の知れた者だけ四、五人ばかりをお供 氏 昔もなかった仲らいではないのだから、いまさらきつばり に、お若いころのお忍び歩きも思い出されるような粗末な 源 あじろぐるま いずみのかみ あいさっ と潔白にふるまってみたところで、いったん立ってしまっ網代車でお出ましになる。和泉守を遣わしてご挨拶をお申 た浮名を、あの方もいまさらお取り返しになれるものでは しあげになる。女房がこのようにしてお越しになった由を、 しのだ あるまい」と心を奮い起して、この信太の森の和泉前司を そっと女君のお耳にお入れすると、びつくりなさって、 道案内としてまいられる。 「なんとしたことでしよう。どのようにご返事申しあげた ひたち 殿は、対の上には、「東の院に暮している常陸の君が、 のですか」とご機嫌をそこねていらっしやるけれど、守の このところ長らく病気なのを、なんとなく取り紛れて見舞 ほうは、「もったいをつけてお帰し申しあげるのでは、ま ふびん もしていないので、不憫なのです。昼など人目にたつよう ことに不都合でございましよう」と言って、無理に工夫を にして出かけていくのも具合がわるいから、夜の間にこっ めぐらして殿をお入れ申しあげる。殿はお見舞のお言葉な そりとも思っているのです。誰にも、こうとは知らせますどをお申しあげになって、「ほんのここまでお出ましくだ まい」とお申しあげになって、ひどくそわそわと身だしな され。どうか物越しにでも。昔のような不都合な心などは、 みしておられるので、いつもはさほど気にしていらっしゃ もうすっかり失せてしまいましたものを」と、ただ るともお見えにならぬお方なのに、どうもあやしいとごら お願い申されるので、女君はたいそうため息をおもらしに んになって、さてはとお思いあたりになるふしもあるけれなりながら、いざり出ていらっしやる。やはりこうしたお ど、姫宮をお迎えになってから後は、何事も、まったくこ方なのだ、情のもろさは昔と変らない、と一方では思わず れまでのようではなく、多少よそよそしい心が加わってき にいらっしゃれない。お互いに知り合う者同士の身動きの おうせ

3. 完訳日本の古典 第19巻 源氏物語(六)

うのです」と相談をもちかけると、左中弁は、「そのお話漏しになるとか承っています。いかにも、わたしどもが拝 はいったいどうしたらよいものか。あちらの院は、不思議見しても、そのとおりでいらっしやる。あれこれのご縁で、 なくらいいつまでもお気持が変らないお方で、かりにも、 院がお世話しておられる方は、どなたもみな、そうした人 語 物ったんお逢いになった相手については、お気に召した方を として不似合いに低い身分ではいらっしやらないけれども、 も、またそれほど深くお気に入りではなかった方をも、そ身分にきまりある普通の方々であって、院の御位につりあ 源 れそれにつけてお引き取りになっては、大勢お邸にお集め うような信望をそなえていらっしやる方がおいでだろうか 申しあげていらっしやるけれども、たいせつな北の方とお そこへ、同じことなら、こちらの院の上のご意向どおりに ひとかた 思いのお方は、なんといってもきまりがあってお一方だけ ご降嫁あそばしたら、どんなにお似合いのご夫妻でしょ めのと のようなので、そちらにだけ片寄って、いかにもかいのな う」と、内情をうち割って話してくれるので、乳母はまた いお暮しの方々が多いようですが、もしご宿縁があって、 何かのついでに、朱雀院に、「これこれのことを、なにが あそん おっしやるようにあちらにおかたづきあそばすようなこと しの朝臣に打診いたしましたところ、『あちらの院におか にでもなれま、 。いくらたいそうなお方と申しあげたところ せられては、きっとお受け申されることでしよう。長年の で、こちらの姫宮と肩を並べて威勢をお張りになるような ご希望がかなうこととお喜びになるにちがいないのですか ことはとてもなされますまい、とは察せられますものの、 ら、こちら様のお許しが本当に得られるのでしたら、院に それでもやはりどうだろうかと案ぜられるふしがあるやに その旨をお取り次ぎいたしましよう』と申しておりました も思われます。といってもじつは、あの院が『この世でわが、どういたすのがよろしゅうございましよう。あの院は、 たしの得た栄華は、末の世にしては分に過ぎて、この身に それ相応に人の身分身分をいつもよくお考えになっては、 不満なことは何一つないのだが、 女人のことでは、世の非 またとないお心づかいをなさるお方でいらっしやるようで 難も受け、また自分の気持としても内心では意に満たぬこすが、普通の身分の者でさえも、自分のほかに夫の情けを ひと ともあるのだ』と、常に内輪のご冗談にもそのお気持をお うけている女が横にいるのは、誰でも不満のようでござい

4. 完訳日本の古典 第19巻 源氏物語(六)

どの折にも、昔つらく悲しいことがあってなどとは、ほの どにも好意をお寄せになっている。そして今は当然のよう めかし申される折に出会ったことがございません。『こう にまたとなく親密な間柄となって、仲よくしていらっしゃ るにつけても、わたしは、い中このうえなく感謝していなが して、朝廷の御後見を中途でご辞退して、静かな出家の願 五ロ 1 三ロ いをかなえたいと一途に引きこもってから後は、何事もい 物ら、生れつき愚かなところに加え、子を思う親心の闇に迷 ひと 氏 いこんで見苦しいことになりはしまいかと、かえって他人っさいかかわらぬようにしているので、故院のご遺言のよ 源 事のように聞き捨てにふるまっております。今の帝の御事うにもお仕え申すことができすにいるが、朱雀院が御位に あられたころには、自分は年齢も若く器量も不足だったし、 については、あの故院のご遺言にそむかず、お取り計らい それに賢い目上の方々が大勢おられたので、思うところを 申しあげておきましたので、こうして、末の世の明君とし て、これまでの不面目を取り返してくださるのは、わたし実行して、それをごらんいただくこともなかった。今はこ の本望でもあり、まことにうれしいことです。この秋の行 うして御退位になって、静かにお暮しになっていらっしゃ っしょに思い出されて、そ る折から、思いのまま心置きなく参上してお話をうかがし 幸からこのかた、昔のことがい たいと思うけれども、隠退の身分とはいえ、なんとなく窮 なたの父君にお目にかかりたく、もどかしくてならないの よそおい 屈な身辺の行装のために、ついそのままお目にかかること です。お会いして申しあげたい数々のこともございます。 なく月日を過していることだ』と、折々嘆息申しておられ きっとご自身で見舞に来てくださるように、お勧め申しあ ます」などと言上なさる。 げてくだされ」などと、院は涙を落し落し仰せになる。 中納言は二十歳にもまだ足らぬ若年であるけれども、ま 中納言の君は、「過ぎ去ってしまいました昔のことは、 ったく十二分にととのって、顔だちも今を盛りにつやつや この私にはなんともわきまえにくうございます。成人い と美しく、たいそう美しく気品があるのを、院はお目にと しまして朝廷にお仕え申してまいりましてから、世の中の められて、じっとお見つめになりながら、どうしたものか ことをあれこれと見てまいりましたその間に、大小さまざ と扱いに困じていらっしやるこの姫宮の御後見としてこの まのことに関しても、また私事の、しかるべき打明け話な 1 ) と わたくしごと , 一う

5. 完訳日本の古典 第19巻 源氏物語(六)

わけだったのか」と思いっきをおっしやる人もいる。また、 くだされ。修法よ、読経よと騒ぎたてることも、この私に 肪は苦しくつらい炎となってまつわりつくいつばうで、いっ 「あのように何もかもそなわりすぎていた人は、必ず長生 こうに尊い声も耳にはいらないので、まことに悲しいので きはできないのです。『何を桜に』という古歌もあるでは 語 なしか。こうしたお方がいつまでも生き長らえていて、こ 物す。中宮にも、次のことをお伝えくだされ。御宮仕えの間 そね 氏 の世の中の楽しみを極めるというのだったら、はたの人は に、けっして他のお方と張り合ったり嫉み心を起したりな 源 さらぬよう。斎宮でいらっしやった時分の、そのための罪迷惑でしよう。これでやっと、二品の宮は、本来のご身分 くどく ちょうあい . し、刀 にふさわしいご寵愛をお受けになるのでしよう。 を軽くすることができるよう功徳になることを必ずなさる おいたわしく気圧されてしまっていたお扱いなのだから」 よう。そのころのことは、まことに悔まれることでした」 ものけ などと言い続けるけれど、物の怪に面と向ってお話しにな などと、ひそひそ噂しているのであった。 よりまし えもんのかみ るのも、見苦しいことなので、この憑坐を閉じ込めておし 衛門督は、祭の当日の昨日、お暮しになりかねた所在な さに懲りて、今日は、御弟たちの左大弁や藤宰相などを車 まいになり、上をまた別の部屋にそっとお移し申しあげな さる。 の後の方に乗せて行列をごらんになるのだった。と、こう して紫の上ご他界のことを噂しているのを耳にするにつけ 三九〕紫の上死去と聞き、こうして、上が亡くなっておしまい 柏木ら見舞う になったという噂が世間にひろまる ても、胸がどきりとして、「何かうき世に久しかるべき」 と、独り言に口ずさんで、あの二条院へ一同で参上なさる。 ので、お悔みに参上なさる人たちがあるのを、殿はまこと に忌まわしくお思いになる。今日の斎院御帰還の行列の見確かな噂ではないのだから、お悔みを申すのも縁起が悪く かんだちめ はなかろうかと案じて、ただ普通のお見舞の形で参上なさ 物に出かけていらっしやった上達部などは、そのお帰りの 途次に、このように人々がお噂申すので、「まったく大変ると、こうして人々が泣き騒いでいるので、実際にそうだ ったのかと仰天なさる。 なことになったものだ。この世の生きがいを満喫した幸い 式部卿宮もお越しになって、ひどく放心の体でおはいり 人の、光も失せる日だからこそこうも雨がそば降るという ( 原文一九〇ハー ) ずほう うわさ てい

6. 完訳日本の古典 第19巻 源氏物語(六)

源氏物語 66 べなどしたまへらむよりも心苦しく、などかくしも見放ちたまへらむと思さる一紫の上が自分 ( 源氏 ) を。 ニ来世にまでかけてお誓い申さ かむ れば、ありしよりけに深き契りをのみ、長き世をかけて聞こえたまふ。尚侍のれる。「忘るらむと思ふ心の疑ひ にありしよりけにものそ悲しき」 君の御事も、また漏らすべきならねど、いにしへのことも知りたまへれば、ま ( 伊勢物語二十一段 ) 。 三朧月夜との昔の関係。 たいめん ほにはあらねど、源氏「物越しに、はつかなりつる対面なん、残りある心地す四同床したとは言わないが、再 会の事実だけは打ち明け、それと 五 とが る。いかで、人目咎めあるまじくもて隠して、いま一たびも」と語らひきこえ感づいているらしい紫の上の気持 をやわらげようとする。 五↓五九ハー九行。 たまふ。うち笑ひて、紫の上「いまめかしくもなり返る御ありさまかな。昔を今 六新しく正妻を迎え、さらに過 なかぞら に改め加へたまふほど、中空なる身のため苦しく」とて、さすがに涙ぐみたま往の人との恋を再燃させること。 「いにしへのしづのをだまきくり かへし昔を今になすよしもがな」 へるまみのいとらうたげに見ゆるに、源氏「かう心やすからぬ御気色こそ苦し ( 伊勢物語三十一一段 ) 。 けれ。ただおいらかにひきつみなどして教へたまへ。隔てあるべくもならはしセ頼り所を失い、寄るべない私。 ^ ただ素直につねるなりして。 きこえぬを、思はずにこそなりにける御心なれ」とて、よろづに御心とりたま九他人行儀の隔て心をお持ちに なるようお仕向けしなかったのに。 ふほどに、何ごともえ残したまはずなりぬめり。宮の御方にも、とみにえ渡り一 0 ご機嫌をおとりになるうちに、 すっかり白状してしまわれた様子。 紫の上の隔て心を難する先が自 たまはず、こしらへきこえつつおはします らに向いて、密会す・ヘてを告白 うしろみ 姫宮は何とも思したらぬを、御後見どもぞやすからず聞こえける。わづらは = 女三の宮。 三夫源氏の夜離れをも嘆かない 一四 しうなど見えたまふ気色ならば、そなたもまして心苦しかるべきを、おいらか一三女三の宮が厄介なお気持をお 四 ひと けしき

7. 完訳日本の古典 第19巻 源氏物語(六)

311 若菜下 ( 原文一三二ハー ) 一の宮が、東宮にお立ちになった。当然そうあるべきこと院の后は、格別の理由もないのに、無理にこうして中宮に と前々から予想のついていたことであるけれども、さてこ立ててくださったご親切をお思いになると、いよいよ六条 れが目のあたり実現してみると、やはり結構なことであり院のご好意を、年月のたつにつれて、このうえもなくあり 目のさめるように喜ばしいことなのであった。右大将の君がたくお思い申しあげていらっしやる。 は大納言におなりになった。右大臣とも、いよいよ親密な 冷泉院の帝は、かねてのお望みどおりに、御幸などもご 申し分ない御間柄である。 窮屈ではなくお出ましになることがしばしばで、このよ , っ れいぜいいん 六条院は、御位をお退きあそばした冷泉院の御跡継ぎが にご退位あそばしてからのほうが、いかにも結構な、申し おありでないのが、胸中ひそかにご不満である。今の東宮分のないお暮しぶりでいらっしやる。 も同じくご自分のお血筋であるものの , ーーこれまで冷泉院〔 0 紫の上の出家かな女三の宮の御身の上については、御 がこれといってご心労あそばすような事態にもならぬまま、 わず明石一族の態度兄の帝がお心にとどめておいたわり ご治世をお保ちになっただけに、そのご出生にかかわる罪申しあげていらっしやる。広く世間からも、大事なお方と は世間に知られずにすんだが、そのかわり帝のお血筋を敬われていらっしやるが、しかし対の上のご威勢にはとて 末々にまでは伝えることのかなわなかった御宿世を、無念 も勝ることがおできにならない。年月がたつにつれて、院 なこと、物足りないこととお思いになるけれども、これは の殿と対の上とのご夫婦仲はまったく毛筋ほどの乱れもな むつ 誰を相手にも打ち明けられる事柄ではないので、お胸の晴 く、お互いに仲睦まじくお過しになって、不足するところ れぬ思いでいらっしやる。 もまるでなく、何の隔てがあろうともお見えにならないも 東宮の女御は、その後大勢の御子が次々とおできになっ のの、上は、「もう、このように通り一遍の暮しではなく、 ちょうあい て、いよいよ並びないご寵愛をお受けになる。皇族出身の 心静かに仏のお勤めをも、と願っております。この世の中 方ばかりがひき続いて后の位におっきになるなりゆきを、 はおおかたこのようなものと見極めのついた年齢にもなっ 世間では穏やかならぬことと思っているにつけても、冷泉てしまいました。どうぞそうさせていただくことをお許し

8. 完訳日本の古典 第19巻 源氏物語(六)

「あれこれと人さまざまであるが、とびぬけてすぐれてい お部屋の御設けや御調度品などが仰々しく堂々と格式ばっ ているのに比べて、当のご本人はまったく無邪気で、なんるような人はなかなかいないものなのだ。それぞれに長所 なかみ となく頼りないご様子で、まるでお召物にうすまって身体短所も多いものだし、宮にしても、はたから想像すれば、 もなさそうなくらいひ弱でいらっしやる。とくに恥すかし妻として申し分のないお方なのだ」とお思いになると、 おさなご っしょに過して、おそばをお放しにならなかったこれまで がられるわけでもなく、ただ、幼子の人見知りをしないと の年月にもまして、対の上のお人柄というものが、なんと いった有様で、気がおけずかわいらしい感じでいらっしゃ しってもまたとないものに思われて、我ながらよくもこう る。「院の帝は、男らしくしつかりした御学問などの面で 趣味みごとに上をお育てしたものよ、とお思いになる。わずか は頼りなくあそばす、と世間で思っているようだが、 一夜の隔て、あるいは朝の間もそばにいないと恋しく気づ の方面、優雅で奥ゆかしい方面では人よりすぐれていらっ かわれ、いよいよ激しいお気持がつのるいつばうなのを、 しやるのに、どうしてこうもおっとりとお育てになったの どうしてこれほどまでに恋しく思われるのだろうか、と不 だろう。実際のところ、まことにご熱、いにお育てあそばし 吉なお気持にさえなるのである。 た女宮とうかがっていたのに」と思うにつけても、せつか みてら くのご身分ゆえになんとなく残念ではあるものの、憎めな 〔 5 朱雀院山寺に移り、院の帝は、その月のうちに、御寺に 源氏と紫の上に消息お移りあそばした。こちらの六条院 いお方とお思い申しあげなさる。宮は殿が申しあげられる に、しみじみ心のこもったお手紙をたびたびおさしあげに とおりに、何事もただおとなしくお従いになって、ご返事 上 なる。姫宮の御事はいうまでもなく、「このわたしが耳に なども、ふとお感じになったことは無心にそのままお口に やっかい 菜 したらどう田 5 うだろうか、などと厄介にお考えになり、遠 なさるので、とてもお見捨てにはなれそうもないご様子で 若 ある。これが昔の若いころのご自分だったら、こうと分っ慮なさることなく、どのようになりと、ただお心次第にお てひどく期待を裏切られた感じになられたのだろうが、今世話くださいますよう」と、たびたびご依頼申しあげあそ といろ ばすのであった。それにしても、宮が幼稚でいらっしやる は、世の中をみなそれぞれ十人十色と穏やかに考えて、

9. 完訳日本の古典 第19巻 源氏物語(六)

257 若菜上 やれないのである。いかにも、こうしたことになったから 〔一巴新婚三日の夜、源三が日の間は、殿が毎夜欠かさず宮 氏反省紫の上の苦悩のほうへお越しになるので、これま とて、まるであちらに気圧されて影の薄くなることもある で長年の間そうしたことにはご経験のない紫の上のお心地 まいけれど、これまで他に肩を並べる人もない日々が常で としては、こらえようとするもののやはりわけもなく悲し いらっしやったところへ、こうしてはなやかに前途のある あなど く感じられる。殿の数々のお召物にひとしお念入りに香を お若さで、しかも侮りがたいご威勢でお輿入れになられた うつ のだから、上は、なんとなく居心地わるくお思いにならずたきしめさせたりしていらっしやりながらも、虚けたよう おももち な御面持でうち沈んでいらっしやる上のご様子は、たいそ にはいられないけれども、どこまでも何気なくよそおって、 お輿入れに際しても院とごいっしょに些細なことまでお世ういじらしく美しい殿は、「どんな事情があるにせよ、 どうしてほかに妻を迎える必要があるだろうか。しつかり 話になられて、いかにもいじらしいご様子なのを、殿は、 と腰が定まらず、気の弱くなっていた自らの心のゆるみか いよいよこの世に得がたいお方であるとお感じ入りになる。 ら、このような事態にもなったのだ。まだ年若ではあるけ 姫宮は、なるほどまだほんとにお小さくて、大人にははど れど、中納言を婿にとはお考えになれずじまいだったらし 遠くていらっしやるが、そのうえまったく幼いご様子で、 いものを」と、我ながらつい情けなくご思案にふけってい まるきり子供子供しておいでになる。あの紫のゆかりを捜 らっしやると、ひとりでに涙ぐまれて、「今夜だけは、無 し出してお引き取りになった折のことをお思い出しになる 理からぬこととお許しくださいましょ , つね。もしこれから と、あちらは気がきいていて相手にしがいがあったのに、 こちらはそれに比べてじつに幼いいつばうとお見受けされ後、おそばを離れるようなことがあれば、それこそ我なが るので、まあそれもよかろう、これなら憎らしげに我を押ら愛想も尽きることでしよう。でも、そうかといって、あ の院がどうお聞きあそばすことやら」と、あれこれ悩んで し立てるようなこともあるまいとご安、いにはなるものの、 いらっしやるお心の中がいかにも苦しそうである。上は少 一方では、まったくあまりにはりあいのない御有様ではな し頬を動かされて、「ご自分のお心からさえ定めかねてい いか、とごらんになる。 ささい ほお

10. 完訳日本の古典 第19巻 源氏物語(六)

うな人の物言いを真に受けてはいけません。万事、世間の みたことかとお思いになることだろう」などと、おおらか うわさ 噂などというものは、誰が言い出すともなく、おのずと他なお方のご気性とはいえ、どうしてこの程度のことに気を 人の夫婦仲など、実際とはかけ離れた話ができあがって、 まわされぬはすがあろう。今はもういくらなんでも大丈夫 語 物そのために心外なことも起るもののようですから、自分の とばかり現在の境遇を気位高く持し、安心しきって過して 氏 胸ひとつにおさめて事のなりゆきにまかせておくのがよい きたのだったが、それが今や世間のもの笑いになるのかと、 源 のです。早まって騒ぎたて、つまらない恨み事をなさいま内心ではお思い続けになるけれども、表面はただまったく おおらかにふるまっていらっしやる。 すな」と、十分にお教え申される。 すぎくいん 女君は、ご、い中に、「このように空から降ってきたよう 〔三〕玉鬘、若菜を進上年も改った。朱雀院では、姫宮が六 な思いがけないことで、殿としてもお逃げになりがたカ 源氏の四十の賀宴催す条院にお移りになるためのご準備を たのだから、憎らしげな申しあげようはすまい。ご自身と なさる。ご降嫁をお願い申しあげておられた人々は、まっ かんげん しても気がねなさったり、また人の諫一一 = 口をお聞き入れにな たく残念なこととお嘆きになる。帝におかせられても、お じゅだい ることができるような、当人同士のお心から出た色恋沙汰ばしめしがあって、宮の入内のことを仰せ入れあそばされ というものでもない。お二人のことは止めだてするすべの たのだったが、こうしたご決定のことをお耳になさって、 おあきらめになるのであった。 ないこととて仕方がないとはいえ、こうして自分が愚かし くばんやり物思いに沈んでいるところを、世間の人に嗅ぎ じつは、六条院の殿が今年ちょうど四十歳におなりだっ 取られるようなことはすまい。式部卿宮の大北の方が、こ たので、その御算賀の件は、朝廷でもお聞き流しにならず、 のわたしに不幸なことの起るようにと、いつもそのことを天下をあげての行事として前々から評判であったが、殿は、 いろいろと面倒な儀式ばったことは昔からお嫌いなご性分 口になさっては、あのどうにもならなかった大将の御事に ねた なので、みなご辞退申しあげておられる。 つけてまで、変に恨んだり妬んだりしていらっしやるとい うことだが、こうしたことを耳にしたら、どんなにかそれ 正月二十三日、その日は子の日なので、左大将殿の北の ( 原文四一ハー ) みかど