う人の心そのものであった。 そ思ふ」。また『古今六帖』 ( 第六「秋萩」 ) にもこの歌が所 8 収され、「女のつらきにやれる」の詞書がある。萩の下葉物思いの心象風景をかたどった歌。「乱るる」のは、空の 雪であり心である。物語では、源氏が女三の宮に贈った の紅葉に、恋の心の移ろいをも読み取りうるのであろう。 語 「中道を : ・」の歌に引く。その歌では、女三の宮を訪れら 物語の紫の上の歌「目に近く : ・の歌に、これを引歌と認 氏めるか否か疑問も残るが、これを相手の心変りを嘆く歌とれず、心乱れて物思いに屈する、とする。 白雪の色わきがたき梅が枝に友待っ雪そ消え残 源みる限り、特にその下句と、紫の上の「目に近く移ればか ( 家持集 ) りたる はる」とは、近似した表現である。物語の紫の上は、こう 白雪の色と、その色とを見分けがたい梅の花の枝に、友を待 した古歌に、わが悲しみの心との共通性を見いだしている。 つかのように、あとから降ってくる雪が消え残っている。 ・・ 4 春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香や ( 古今・春上・四一凡河内躬恒 ) 雪と白梅を見分けがたいとする発想の歌。物語は、源氏が はかくるる 女三の宮への歌を白梅の枝に結んで送った後、残りの枝の 春の夜の闇というものは、暗闇の役目も果さず妙なものだ。 梅の花は、その色こそ目にも見えないが、香だけは隠れよう花をもてあそんでいる場面。この歌と同じく、「友待っ雪」 が「うち散りそふ」のである。なお、同類の発想の歌に、 もなく分ってしまう。 「梅の花咲くとも知らずみ吉野の山に友待っ雪の見ゆらむ 「闇」を擬人化して、梅の香は隠しようがないとする歌。 ねや ( 貫之集 ) などもある。 物語では、女三の宮の閨から、「明けぐれ」のうちに立ち 折りつれば袖こそにほへ梅の花ありとやここに 去る源氏について、宮の女房らが評す言葉。立ち去った後 うぐひす ( 古今・春上・三 = 読人しらす ) も源氏の薫香が残っていた。折から梅の季節で、不在の源鶯の鳴く 梅の花を手折ったので、その移り香で袖が匂っている。それ 氏はまさに闇の中の梅の香といえよう。女房たちのいう をここに梅の花があると思ったのか、鶯が来てしきりに鳴く 「闇はあやなし」の「あやなし」には、源氏の筋道のたた こと・た。 ぬほど早すぎる帰還だ、と難ずる気持もこめられている。 4 ・Ⅱかっ消えて空に乱るる淡雪はもの思ふ人の心な物語では、前項「白雪の : ・」に続いて引かれ、近くの紅梅 ( 後撰・冬・哭 0 藤原蔭基 ) で鶯が鳴いたので、源氏が手に持っていた白梅の枝を隠し たとする。この歌の趣意に即した所作であり、鶯の鳴くの 降っては消え、消えては降り、空に乱れている淡雪は、物思
引歌覧 401 とをも去りがたいとする。またこれは、朧月夜の源氏への邸の警戒ぶりは異なるとする表現である。朧月夜は、朱雀 執心を表す「花の蔭はなほなっかしく」 ( 六五ハー六行 ) とも院出家後、二条の邸で独り身の生活を送っている。 たと 照応する。その「花の蔭」は源氏の麗姿を喩えた表現である。 ・・ 2 忘るらむと思ふ心の疑ひにありしよりけにもの ( 伊勢物語・一一十一段 ) ・ 4 8 こりずまにまたもなき名は立ちぬべし人にぞ悲しき ( 古今・恋三・六三一読人しらす ) 私のことを忘れているだろうと、あなたの心が疑わしく思わ くからぬ世にし住まへば 性懲りもなく、またもや、ありもしない噂が立ってしまいそ れるものだから、今まで以上にずっと悲しい気持になるほか うだ。なにしろ、相手を憎からず思ってこの世に生きている のだから。 互いに心の遠のいていく者同士の贈答歌で、これは男から 前出 ( ↓タ顔田四四八ハー上段など ) 。物語では、源氏の「沈み の贈歌。物語の当該箇所は、引 歌ほど積極的でないかもし しも・ : 」の歌と、朧月夜の「身をなげむ・ : 」の歌に、これれない 。しかし源氏の朧月夜への態度を語る「ありしより ーカ を引く。源氏の須磨流離という苦い経験があったにもかか けに深き契りをのみ : ・は、この歌の内容を裏返しにした ような言葉づかいである。 わらず、またしても再会するという性懲りなさから、この いにしへのしづのをだまきくりかへし昔を今に 歌が想起される。二人の贈答歌は、それを共通の言葉とし なすよしもがな て共有することによって、成り立っているといえよう。 ( 伊勢物語・三十一一段 ) よひょひ いにしえの倭文のおだまきを繰るように繰り返して、昔をも ・・ 9 人知れぬわが通ひ路の関守は宵々ごとにうちも ( 伊勢物語・五段 ) う一度今に取りもどす手だてがあってほしいものだ。 寝ななむ 誰も知らない私の恋の通い路に、関を据えて守る関守は、毎前出 ( ↓賢木三八八ハー上段 ) 。物語では、源氏から朧月夜と 夜毎夜、ちょっとぐらい眠ってしまってほしい。 の再会を聞かされた紫の上が、源氏の若返りであると、や や揶揄的に応ずる言辞に、これを引いた 一前出 ( ↓常夏三九八ハー下段など ) 。右の『伊勢物語』では、 ・・秋の露は移しにありけり水鳥の青葉の山の色づ 女が警戒の厳重な五条邸に住み、男が容易に近づけない。 ( 万葉・巻八・一五四三三原王 ) この物語で源氏が朧月夜に再会しえたことについて、「関く見れば 秋の露は染料なのだった。水鳥の羽のような青葉の山が色づ 守の固からぬたゆみにや」と語るのは、二人の関係を『伊 くのを見ると。 勢物語』の昔男と后の熱情的な恋仲としてかたどりながら、
「移し」は移し染めにする材料。「水鳥の」は枕詞。『古今前出 ( ↓胡蝶団四三四ハー下段 ) 。物語では、紫の上の、女三の ワ】 宮に親交を求めようとする言辞として引かれた。ここでは、 六帖』第二帖「山。には初句「白露は」。同第三帖「水鳥」 には初二句「紅葉する秋は来にけり」。この詞句の異同な出家などという歌意とは無関係で、「同じかざし」に、紫 語 どからも、平安時代の伝承古歌であったと知られる。物語 の上と女三の宮の従姉妹同士という縁故関係の意をこめて 物 氏の紫の上が、ひとり手習に心慰めていたとあるが、このよ むしろだ っぬきかは 4 ・ . っ 源うな古歌や、あるいはそれをふまえた自作歌を書いていた 席田の席田の伊津貫河にや住む鶴の住 のであろう。紫の上の「身にちかく : ・」の歌は、右の古歌む鶴の住む鶴の千歳をかねてそ遊びあへる千歳を ( 催馬楽「席田」 ) かねてぞ遊びあへる の「青葉の山の色づく」景が、男 ( 源氏 ) の心変りとして 席田の、席田の伊津貫河によ、住む鶴が、住む鶴が、住む鶴 捉え直されるところから発想されている。また源氏の返歌 が、千年もの長寿繁栄を祈念して、舞い合っている、千年ま もそれに対して、「水鳥の青羽は色もかはらぬを」と反発 でもと、舞い合っている。 するところから詠まれる。 ・間・ 1 秋萩の下葉色づく今よりやひとりある人の寝ね「席田」は美濃国の郡名、現在の岐阜県本巣郡。「伊津貫 ( 古今・秋上・一一 = 0 読人しらず ) かてにする 河」は現在の糸賀川。もともと、美濃国の民謡であったろ ねや 秋萩の下葉が色づくこれからが、ひとり閨にある者が寝つき う。「かねて」「遊ぶ」は、繁栄を予祝して、歌舞をする意。 にくくなるのだ。 典型的な予祝の歌である。物語の、紫の上主催の薬師仏供 秋夜の孤の悲愁を詠んだ歌。物語の源氏の歌では、この養の宴で、人々が禄の白い衣装を肩にかけて歩むさまを、 歌の「秋萩の下葉色づく」景を女の男への恨みと捉え、自「千歳をかねてあそぶ鶴の毛衣」に見まがうほどだとする。 六条院のますますの繁栄を思わせる表現である。 分の心は変らぬのに紫の上が勝手に恨んでいると反発した。 1 」ろも ・別・ 8 おきなさび人なとがめそかり衣今日ばかりとそ ・間・昭わが宿と頼む吉野に君し入らば同じかざしをさ しこそはせめ ( 後撰・恋四人一 0 伊勢 ) ( 伊勢物語・百十四段 ) 鶴も鳴くなる とが 私が年寄ふうにふるまうのを咎めてくださるな。狩のお供の この世が厭わしくなった時の住みかにしようと思っている吉 狩衣を着るのも今日限り、鶴も今日限りと鳴いているようだ。 野の山に、あなたもいっしょに入ろうというのならば、同じ せりかわ かギ、しを」仲よ / 、、して暮す . ことにしょ , つ。 光孝天皇の芹河行幸で、年老いた供人の詠んだ歌。『後撰 かりぎめ みののくに
の自分を食うことになるかも分らない。 集』 ( 雑一・一 0 耄 ) では、在原行平の作。その時、六十九歳。 物語では、老齢の明石の尼君が、孫の女御に昔語りするの詞書によれば「くまのくら」という山寺の僧が、歌を詠め を明石の君に咎められたのに対して、「昔の世にも、かやと言われて詠んだ歌。その地名を「熊の食はむ」と詠みこ ふるびと うなる古人は、罪ゆるされ」たと応ずる。言葉に即した引んだ機知が、物名歌のゆえん。飢餓の獣を救うためにわが 歌ではないが、晴れの場における老人のあり方として、右身を投ずる、いわゆる捨身の思想を詠んだ歌である。物語 の明石の入道が、「熊、狼にも施しはべりなむ」としたと の歌をふまえているとみられる。 4 ・ . ワ】 ころが、これによっている。入道の、死を覚悟しての入山 人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道にまど であることを語っている。 ( 後撰・雑一・一一 0 三藤原兼輔 ) ひぬるかな ・四・飛ぶ鳥の声も聞こえぬ奥山の深き心を人は知ら 前出 ( ↓三九六ハー上段 ) 。物語では、明石の君が、明石の地 ( 古今・恋一・五三工読人しらす ) にひとり残る父入道を思いやる歌にふまえられている。俗なむ 飛ぶ鳥の声も聞こえない奥山が奥深いように、私の心の奥深 世間を捨てた入道も、子孫を思う「心の闇」ばかりは晴ら いところに秘めた思いを、あの人に知ってもらいたいものだ。 せまいとする。 とっくに ・囲・ 6 外国は水草清み事しげき都の中はすまずまされ第一句から「奥山の」までが序詞。物語では、明石の君が かちょうよせい ( 花鳥余情 ) 父入道の入山を、「鳥の音聞こえぬ山」と言った。恋の感 遠い他国には水草が清らかに生い茂っているので、このわす情とは関係なく、深い山奥であることを強調した表現であ る。 らわしいことの多い都の中には住まないほうがよい やしゆだらふくぢ げんびん -4 ・つ 耶輸陀羅が福地の園に種まきてあはむ必ず有為 出典未詳。『古今著聞集』では、玄賓僧都の入山の折の歌 ( 異本紫明抄 ) 覧とする ( 「水草清い」「天かをい住まぬ」とある ) 。「住ま」「澄の都に 耶輸陀羅のおられる極楽世界の楽園で、この移りやすくはか 一ま」の掛詞。物語では、明石の入道の書簡に、入山の覚悟 歌 ない現世の都にすぐれた因縁の種をまいて、必ずおめにかか を述べて、「水草清き山の末にて勤め」よう、とある。 ろう。 ・ 4 身を捨てて山に入りにし我なれば熊のくらはむ 出典未詳。「耶輸陀羅」は、釈迦が太子の時の妃。「福地の ( 拾遺・物名三全読人しらす ) こともおばえず わが身を捨てて山に入ってしまった自分であるから、熊がこ園」は、福徳の生ずる所、極楽世界。物語では、明石の尼 くら
・・ 7 人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道にまど にふさわしく、この歌詞のとおりに鶯も目覚めて鳴きそう ひぬるかな ( 後撰・雑一・一一 0 三藤原兼輔 ) だとする。その機知的な表現が、六条院の春宵の宴の華麗 おばろづきょ 前出 ( ↓前ハー上段 ) 。物語では、朱雀院が、朧月夜への愛執さを印象づけてもいる。 の深さに比べると、子を思う親、いにも限りがあるというも ・・Ⅱわいへんはとばり帳も垂れたるを大君来 さかな のだった、としてこの歌を引く。 ませ婿にせむみ肴に何よけむあはびさだをかか わいへん ・・ 5 人の世の老をはてにしせましかば今日か明日か せよけむ ( 催馬楽「我家」 ) と嘆かギ、らまし ( 朝忠集 ) わが家は、帷も帳も垂れているので、皇族方もおいでくださ いのち もしもこの世の常として年老いた後に生命果てるものときめ 婿に迎えよう。酒の肴に何がよかろう。あわび、さざえ ていたとしたら、最期の日を今日か明日かというように嘆く か、そうそう、かせがよかろう。 ことはなかっただろうに。 前出 ( ↓帚木田四四二ハ「下段など ) 。物語では、女三の宮を降 作者藤原朝忠は十世紀半ばの人。老少不定のはかなさを嘆嫁させることになった源氏を、「内裏参りにも似ず、婿の いた歌。一説には、「わが世をば今日か明日かと待っかひ大君といはむにも事違ひて」とする。さりげない言い方で の涙の滝といづれ高けむ」 ( 伊勢物語・八十七段 ) を引くとすはあるが、やはりこの歌に即した表現とみるべきであろう。 る。「今日か明日か」は、歌語として熟した表現。物語で 「婿の大君」とは、この歌に即せば、権勢家に婿として迎 は、朱雀院の源氏との対話で、自分の死期も迫っていると えられる皇族のことである。 して、一刻も早く出家したいと訴えるのに引かれた。 ・・秋萩の下葉につけて目に近くよそなる人の心を あをやぎ うぐひす ・・ 8 青柳を片糸に縒りてやおけや鶯のおぞ見る ( 拾遺・雑秋・一一一六女 ) 秋萩の下葉の紅葉したのに託して、間近にありながら別々に 覧けや鶯の縫ふといふ笠はおけや梅の花笠や ( 催馬楽「青柳」 ) いる人の心がどんなものか試してみる。 かたたが 歌 青柳を、片糸として縒って、ヤ、オケヤ、鶯が、オケヤ、鶯詞書によれば、紀貫之の近隣に、歌詠みの女が方違えのた が、あちこちへ飛んで縫うという笠は、オケヤ、梅の花笠よ。 め移ってきた、その女がらの萩の紅葉に託した贈歌である 前出 ( ↓胡蝶団四三三ハー下段 ) 。物語では、玉鬘主催の源氏四 という。歌人同士が詠み競う話である。ちなみに、貫之の 十賀の宴で、人々がこの「青柳」を謡う。一月下旬の時候返歌は「世の中の人に心を染めしかば草葉に色も見えじと うた
69 若菜上 自ら憂愁の身と意識すまいとしな とみ・つからぞ思し知らる . る。 がらも、古歌の表現におのすとそ おぼむ 院、渡りたまひて、宮、女御の君などの御さまどもを、うつくしうもおはすれを意識させられる。 一三この「御目うっし」は、女宮・ めな るかなとさまざま見たてまつりたまへる御目うっしには、年ごろ目馴れたまへ女御を見た目で紫の上を見直す意。 一四以下、紫の上の美質。 る人の、おばろけならんがいとかく驚かるべきにもあらぬを、なほたぐひなく一五世間並の器量だったら、こう も驚かされるはすもなかろうに。 けだか こそはと見たまふ。ありがたきことなりかし。あるべき限り気 ~ 局 , っ恥づかもげ一六語り手の、共感を求める評言。 宅三行後・ : ・したまへるを」まで、 にととのひたるにそひて、はなやかにいまめかしくにほひ、なまめきたるさま源氏に再認識される紫の上の美質。 一 ^ 「もの思はしき筋のみ書かる る」古歌 ( 前ハー ) を源氏に見せたく ざまのかをりも取りあつめ、めでたき盛りに見えたまふ。去年より今年はまさ 。ここでも内心の苦悩を隠蔽。 きのふ り、昨日より今日はめづらしく、常に目馴れぬさまのしたまへるを、いかでか一九「秋」「飽き」の掛詞。「青葉の 山」は夏の山。秋がしのび寄って 飽きられる時期になったのか、と くしもありけむと思す。 源氏との仲を危惧する歌。「秋の うちとけたりつる御手習を、硯の下にさし入れたまへれど、見つけたまひて露は移しにありけり水鳥の青葉の 山の色づく見れば」 ( 万葉一五四三 ) 。 じゃうず 『古今六帖』などに類歌が多い ひき返し見たまふ。手などの、いとわざとも上手と見えで、らうらうじくうつ 0 前の贈答歌と同様に、ここでも 紫の上の歌に源氏が追和する形式。 くしげに書きたまへり。 自ら率先して歌による関係を繋ぎ き すきもの とめてきた好色者的なありようが、 紫の上身にちかく秋や来ぬらん見るままに青葉の山もうつろひにけり 後退しているというべきか。以彳 の物語においても同様である。 とある所に、目とどめたまひて、 一九 すずり ことし いんべい つな
・烱・ 7 ひもろぎは神の心にうけつらし比良の山さへ木・ ・ 5 秋の夜の千夜を一夜になせりともことば残りて ( 伊勢物語・二十二段 ) 綿鬘せり ( 河海抄 ) 鶏や鳴きなむ 供え物を神の心はお受けくださったらしい。比良の山にまで、 たとえ長い秋の夜の千夜を一夜にしたとしても、二人の間に 語 白々と木綿がかけてある。 は言葉が尽きないまま、夜明けを告げる鶏が鳴いてしまうだ 物 ろう。 氏出典未詳。「ひもろぎ」は神への供え物。比良の山の白雪 源を「木綿鬘」に見立てた歌。『花鳥余情』によれば、『袋草前出 ( ↓タ顔田四四七上段 ) 。物語では、住吉参詣の晴儀の 子』でこれを菅原文時の作とするところから、物語本文で感興が尽きぬあまり、千夜の長さをこの一夜におしこめた たかむら おうせ 篁の作としているのは作者を混同したためか、とみてい いとする。恋とは無関係だが、逢瀬の名残惜しさと同様に、 る。物語では、住吉社頭での晴儀の翌朝、昨日とはうって感興をずっと持続させたい気持である。 うぐひす 変って、一面が霜の白さに蔽われる趣。この歌を引きなが ・剏・ 5 花の香を風のたよりにたぐへてぞ鶯さそふしる ( 古今・春上・一三紀友則 ) ら、その白さを神のかけた木綿とみて、神が源氏の営む祭べにはやる 春の風を手紙とし、梅の花の香りをそれに添えてやって、ま 祀を受納した証とする。紫の上、明石の女御、中務の君の だ姿を見せない鶯を誘い出す案内としようよ。 唱和をつなぎとめる機能を果してもいる。 せんぎい ちとせ ・ 00 千歳千歳千歳や千歳や千年の千歳や前出 ( ↓初音団四三一ハー上段など ) 。物語は、春宵の六条院の まんギ、い よろづよ 万歳万歳万歳や万歳や万代の万歳や 女楽の場面。この歌によって、梅の香と簾中の薫香に焦占 せんぎいのほう ( 神楽歌「千歳法」 ) を合せながら、おのずと誰しものあこがれる春園としての、 ( 本 ) 千年、千年、千年も久しくあるように、千年も久しく 華麗な女楽の場が設定されている。 ちとせせんイ、い あるように、千年の千歳であるように。 ・・ 7 鶯の羽風になびく青柳の乱れてものを思ふころ ( 末 ) 万年、万年、万年も久しくあるように、万年も久しく ( 河海抄 ) よろずよまんい あるように、万代の万歳であるように。 鶯のかすかな羽風でなびき揺れる青柳の枝のように、あれこ かみあげ れ揺れ乱れて物思いに屈する今日このごろであるよ。 神楽で小前張が終って神上に入り、呪文のように謡われる 歌である。物語では、住吉参詣二日目の早朝、神楽を奏す出典末詳。初句から「青柳の」までが序詞。物語では、右 きやしゃ る場面で、この歌が繰り返し謡われている。 の歌の序詞の景が、女三の宮の華奢な美しさの比喩として ふかづら ひら うた ゅ とり カ
は自分が白梅を手折ったために手に香が強くしみているか し・ : 」の歌に言い添えた言葉として、「闇をはるけで聞こ らだろうか、というのである。 ゆるも・ : 」と引き、自らを、親心の闇に惑う愚かさである 梅が香を桜の花ににほはせて柳が枝に咲かせて とした。なお、この歌は、朱雀院が出家を前に女三の宮の むねとき しがな ( 後拾遺・春上・八一一中原致時 ) 処遇を苦慮しはじめてから、繰り返し引用されてきた。 梅の香を桜の花に移し与えて、しかも柳の枝に咲かせてみた ・・ 6 いかにしてかく思ふてふことをだに人づてなら あっただ いものだ。 ( 後撰・恋五・九六一一藤原敦忠 ) で君に語らむ どうかして、せめてこのように思っているということだけで 前出 ( ↓薄雲四一七ハー下段 ) 。物語では、源氏が紫の上に語 ひとづて も、人伝ではなく直接あなたに語ろうと思う。 る対話の一節 , に弓く。梅のかぐわしい香を桜の色に移した み ならばとは、暗に、紫の上と女三の宮を一体にしたなら、 『大和物語』九十二段にも載る。藤原忠平の娘、貴子が御 くしげどの おばろ の意を寓す。ここでの「花」は紫の上をさす。 匣殿の別当であった時に懸想した話である。物語では、朧 づきょ 月夜との再会をと願う源氏が、和泉前司にその仲立ちを懇 ・・ 6 世の憂きめ見えぬ山路へ入らむには思ふ人こそ もののべのよしな ( 古今・雑下・九五五物部吉名 ) ほだしなりけれ 願する一言葉として引かれているとみられる。必ずしも引歌 とはいえないかもしれないが、これを前提にした表現とみ 前出 ( ↓三九六ハー上段 ) 。物語では、出家した朱雀院から、 紫の上に寄せた「背きにし : ・」の歌にふまえられた。その たほうが、源氏の気持を切実に読みとれる。 やまみち 0 . ワ」 無き名そと人には言ひてありぬべし心の問はば 「入る山道のほだしなりけれ」という執着とは、女三の宮 ( 後撰・恋三・七 = 六読人しらず ) いかが答へむ を思う気持である。院がわざわざ紫の上に信頼の書簡を寄 根拠のない噂であると人には言いはることもできよう。しか せることじたい、異様なまでの愛執ぶりだといえようが、 し、自分自身の心が問うたならば、どう答えたらよいのだろ 覧それが和歌によっているだけに、表現としてはさりげない う。我とわが身は欺くことができない 一ともいえよう。 歌 人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道にまど詞書によれば、忍び通って来る男が、しばらくは人に知ら ( 後撰・雑一・一一 0 三藤原兼輔 ) ひぬるかな れまいと言ったので、詠んだ歌。物語では、源氏から再会 をと懇願された朧月夜が、この歌を引いて、誰にも知られ 四前出 ( ↓三九六ハー上段 ) 。物語では、前項の歌に直接して引 かれる。つまり、朱雀院の紫の上宛ての書簡の、「背きに ないにしても、自分自身の心は欺けないとする。朱雀院出 か やまぢ うわさ
『拾遺集』 ( 恋五・九五 0 ) の詞書によれば、つれなくなった女 いて、美質と短命を関連づけ、「かかる人 ( 紫の上 ) のいと に贈った歌。作者一条摂政は、藤原伊尹 ( これただ・これま ど世にながらへて、世の楽しびを尽くさば 、、たはらの人 れんびん さ ) 。相手の女に「あはれ」と憐憫の情をかけてほしいと 苦しからん」と評している。絶対的な美質の人は短命でも 願うが、それさえかなわぬ無為の死「身のいたづら」を思 しかたなかろう、とあきらめる気持もある。 ・ 1 う。柏木の、女三の宮との密通から死への物語に、この歌 散ればこそいとど桜はめでたけれ憂き世に何か の発想と表現が色濃く影を落しているとみられる。柏木は久しかるべき ( 伊勢物語・八十一一段 ) おうせ はじめての逢瀬以来「あはれとだにのたまはせば」などと 散るからこそますます桜はすばらしい。つらいこの現世に、 繰り返し訴える ( 一八〇ハー注四 ) 。しかし他方では、最大の 何が久しくとどまっているだろうか、何もない。 権勢家光源氏の正妻を犯したという罪の意識を増大させて名高い渚の院の段の一首。物語では、紫の上死去の噂に対 一条摂政の歌との相違は、「身のいたづら」が女に する柏木の感想として、「何かうき世に久しかるべき」と 顧みられぬむだ死にだけを意味するのでなく、その罪ゆえ ある。前項の世人の感懐と照応している。桜の美しさとは に社会的にも葬り去られる死であるという点にある。女三 かなさで、紫の上を印象づけたことになる。 8 の宮との女性関係にとどまらず、光源氏との抜きがたい関 タ闇は道たどたどし月待ちて帰れわが背子その 係があるからである。不義を源氏に発覚されたと知ってか 間にも見む ( 古今六帖・第一「タ闇」 ) らの柏木は、「身のいたづらになりぬる」 ( 二〇六ハー一〇行 ) タ闇の道は危ない。月の出を待ってお帰りなさい。その間に も、あなたの姿を見ていよう。 気持を強く抱くようになる。 ・・ 9 待てといふに散らでしとまるものならば何を桜前出 ( ↓空蝉田四四三ハー下段 ) 。もとは『万葉集』 ( 巻四・セ 0 九 ) 。 ( 古今・春下・七 0 読人しらず ) 物語では、紫の上のもとに帰ろうとする源氏と、女三の宮 覧に思ひまさまし 散るのを待ってくれと言ったら散らずに枝にとどまってくれ との機知的な会話に用いられる。源氏が「さらば、道たど 歌 るものであったら、私は何を好んで桜以上に愛好するものを たどしからぬほどに」と立ち去ろうとするのに、宮が「月 持とうとするだろうか。 待ちて、とも言ふなるものを」と応すると、源氏が「『そ 8 「 : ・ば : ・まし」が反実仮想の構文。物語では、紫の上死去の間にも』とや思すと、心苦しげに」思うというのである。 うわさ の噂を聞きつけた人々の感想。この歌を「何を桜に」と引一首の歌をめぐるこうした会話のやりとりは、引歌の表現
語 物 氏 ふること こと 古言など書きまぜたまふを、取りて見たまひて、はかなき言なれど、げに、と一自作歌と同内容の伝承古歌。 ありふれた古歌ながら、源氏をし ことわりにて、 て合点させる。この場合の真実の こもる歌として再評価される。 ニ前歌を、生命はかない世の中 源氏命こそ絶ゆとも絶えめさだめなき世のつねならぬなかの契りを と受け止めながら、一一人は世の常 とも異なり変らぬ仲、と切り返す。 とみにもえ渡りたまはぬを、紫の上「いとかたはらいたきわざかな」とそそのか 三紫の上が気がかりゆえ。 五 四不都合なこと。紫の上は、自 しきこえたまへば、なよよかにをかしきほどにえならず匂ひて渡りたまふを、 分のせいと思われたくない 見出だしたまふもいとただにはあらずかし。 五宮を訪ねる源氏の衣服のさま。 六源氏を送り出す紫の上の姿態 セ紫の上の心中叙述。三行後 年ごろ、さもやあらむと思ひしことどもも、今はとのみもて離れたまひつつ、 「思しなりぬる」で地の文に移る。 さらばかくにこそはと、うちとけゆく末に、ありありて、かく世の聞き耳もな ^ 高貴な正妻を迎えること。朝 顔の姫君との一件 ( 三八ハー ) など。 一 0 のめならぬことの出で来ぬるよ、思ひ定むべき世のありさまにもあらざりけれ九「出で来ぬるよ」まで、「今は さりとも・ : 人笑へならむこと」 ( 四 のち 一ハー ) に照応。世間のもの笑い冫 ば、今より後もうしろめたくぞ思しなりぬる。さこそっれなく紛らはしたまへ さえなりかねぬ己が運命を痛恨 一 0 安心できる仲でなかったので。 ど、さぶらふ人々も、「思はずなる世なりや。あまたものしたまふやうなれど、 = 内心の隠蔽。↓四八ハー六行。 かた は・はか いづ方も、みなこなたの御けはひには方避り憚るさまにて過ぐしたまへばこそ、三以下、紫の上づき女房の視点。 一三源氏には、大勢の女君たちが 事なくなだらかにもあれ、おし立ちてかばかりなるありさまに、消たれてもえ一四紫の上の御威勢に一歩譲って 遠慮してきたからこそ。 過ぐしたまはじ。またさりとて、はかなきことにつけてもやすからぬことのあ一五女三の宮方のはばかりないや