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検索対象: 完訳日本の古典 第19巻 源氏物語(六)
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1. 完訳日本の古典 第19巻 源氏物語(六)

ひと さないではいられないのですけれど、どうもお付合いしに 三三〕源氏、過往の女性「それほどたくさんの女を知ってい 芻関係を回想し論評するるというのではありませんが、人柄 くく、お逢いするのが苦痛なお方でした。わたしを恨めし というものは、それそれにとりえがあって捨てがたいもの く思うのも当然、なるほどそれも仕方のないことと思われ 語 物であることがだんだん分ってくるにつれて、心底から気だ ることを、そのままいつまでも思いつめて深く恨み通され 氏 ての穏やかで落ち着いている人は、めったに得られるもの たのは、まったくつらいことでした。いつも油断がならず むつ ではないということがよく分ってきました。 気づまりで、お互いにくつろいで朝にタに仲睦まじく暮し 大将の母君を、わたしのまだ若かった時分にはじめて妻 たりするには、まことに気のおけるところがあったもので として、貴いご身分でおろそかにできぬお方とは思ってい すから、こちらが気を許しでもしたら見下されはしないだ たのでしたが、いつもしつくりとはいかなくて、打ち解け ろうかなどと、あまりにも体裁をつくろっているうちにそ ぬ気持のまま終ってしまったのが、今考えてみると、おい のまま疎々しくなってしまった間柄なのです。まったくと うきな たわしく悔まれもするのですけれど、とはいえ、また、わんでもない浮名が立って、ご身分を傷つけてしまったこと たしだけがいけないのでもなかったのだなどと、この胸一 が嘆かわしいと、深く思いつめていらっしやったのがおい つに思い出してもいます。きちんとして重々しく、どこが たわしく、いかにもそのお人柄を考えてみても、わたしの 不足と思わせられる点は一つもなかったのです。ただ、あ罪のように思われましたが、あんなことになってしまった きちょうめん まりにもくつろいだところがなく、几帳面すぎて、少し立償いとして、中宮をこのように、もちろんそうなるべきご 派すぎたとでもいうべきだったでしようか、とそんなわけ運勢とはいえ、とくにお引き立てして、世間の非難や人の で、考えてみれば頼もしく思われ、お逢いするのにも気づ恨みも無視しておカ添え申しているのを、あの世ながらも まりなお人柄でした。 今はお見直しくださっているだろうと思うのです。今も昔 中宮の御母の御息所こそ、普通の女とはまるでちがって、 も、わたしのいいかげんな気まぐれから、おいたわしく思 たしなみも深く優雅なお方の手本として、真っ先に思い出 うことや、悔まれることも多いのです」と、過ぎ去った昔 ( 原文一六六 ひと

2. 完訳日本の古典 第19巻 源氏物語(六)

257 若菜上 やれないのである。いかにも、こうしたことになったから 〔一巴新婚三日の夜、源三が日の間は、殿が毎夜欠かさず宮 氏反省紫の上の苦悩のほうへお越しになるので、これま とて、まるであちらに気圧されて影の薄くなることもある で長年の間そうしたことにはご経験のない紫の上のお心地 まいけれど、これまで他に肩を並べる人もない日々が常で としては、こらえようとするもののやはりわけもなく悲し いらっしやったところへ、こうしてはなやかに前途のある あなど く感じられる。殿の数々のお召物にひとしお念入りに香を お若さで、しかも侮りがたいご威勢でお輿入れになられた うつ のだから、上は、なんとなく居心地わるくお思いにならずたきしめさせたりしていらっしやりながらも、虚けたよう おももち な御面持でうち沈んでいらっしやる上のご様子は、たいそ にはいられないけれども、どこまでも何気なくよそおって、 お輿入れに際しても院とごいっしょに些細なことまでお世ういじらしく美しい殿は、「どんな事情があるにせよ、 どうしてほかに妻を迎える必要があるだろうか。しつかり 話になられて、いかにもいじらしいご様子なのを、殿は、 と腰が定まらず、気の弱くなっていた自らの心のゆるみか いよいよこの世に得がたいお方であるとお感じ入りになる。 ら、このような事態にもなったのだ。まだ年若ではあるけ 姫宮は、なるほどまだほんとにお小さくて、大人にははど れど、中納言を婿にとはお考えになれずじまいだったらし 遠くていらっしやるが、そのうえまったく幼いご様子で、 いものを」と、我ながらつい情けなくご思案にふけってい まるきり子供子供しておいでになる。あの紫のゆかりを捜 らっしやると、ひとりでに涙ぐまれて、「今夜だけは、無 し出してお引き取りになった折のことをお思い出しになる 理からぬこととお許しくださいましょ , つね。もしこれから と、あちらは気がきいていて相手にしがいがあったのに、 こちらはそれに比べてじつに幼いいつばうとお見受けされ後、おそばを離れるようなことがあれば、それこそ我なが るので、まあそれもよかろう、これなら憎らしげに我を押ら愛想も尽きることでしよう。でも、そうかといって、あ の院がどうお聞きあそばすことやら」と、あれこれ悩んで し立てるようなこともあるまいとご安、いにはなるものの、 いらっしやるお心の中がいかにも苦しそうである。上は少 一方では、まったくあまりにはりあいのない御有様ではな し頬を動かされて、「ご自分のお心からさえ定めかねてい いか、とごらんになる。 ささい ほお

3. 完訳日本の古典 第19巻 源氏物語(六)

どのご身分の方だけに、まことに格別で、気品高く優美で 門督は、東宮があの猫をもらい受けようとおばしめしだっ いらっしやる。 た、と察していたので、幾日かやり過して参上なさった。 わらわ すぎくいん 宮中に飼われている御猫の、何匹も引き連れていた子猫衛門督はまだ童であった時分から、朱雀院がとりわけお心 語 物たちが、所どころにもらわれていって、この御所にもあが をかけお召し使いになったので、ご出家あそばした後は、 氏 っているのが、いかにもかわいらしい格好であちこちして やはりこの東宮にも親しく参上して、お仕え申しているの 源 からね・一 いるのを見ると、まずあの唐猫を思い起さずにはいられな である。督がお琴などをお教え申されるついでに、「御猫 いので、衛門督が「六条院の姫宮の御方におります猫は、 たちが大勢集っておりますのですね。さて、どちらにおり まったく見たこともないような顔をして、かわいらしゅう ましようか、私の見たあの人は」とあたりをたずねて、そ ございました。ほんのちらっと見ただけでございますが」 の猫をお見つけになった。まことにかわいくてならないの とお申しあげになると、東宮はもとより猫を格別におかわ で、かき撫でかき撫でしている。東宮も、「なるほどかわ いがりあそばすご性分なので、詳しくお尋ねになる。衛門 いい様子をしているね。まだ心からなついてくれないのは、 督は、「それは唐猫で、こちら様のと違った様子をしてお人見知りしているのだろうか。わたしのところの猫たちも りました。猫ならどれも同じようなものでございますが、 そう見劣りはしないのだが」と仰せになるので、「猫とい 気だてがかわいらしく人なっこくなっているのは、妙に、い うものは、そんな分別はめったにあるものではございませ ひかれるものでございます」などと、東宮がごらんになりんが、しかしとくに利ロなのには、おのずと性根がござい たくおなりになるよう、うまくお申しあげになる。 ますでしよう」などと申しあげて、「もっとよい猫がこち きりつば 東宮はこの話をよくお聞きになり、桐壺の御方を通して らには幾匹もおりますようですから、これはしばらくの間 ご所望申しあげられたので、先方ではそれをこちらにおさ お預りいたしましよう」と申しあげなさる。一方、心の中 しあげになった。「なるほど、まったく見るからにかわい では、あまりにも愚かしく田 5 わずにはいられない。 い猫ですこと」と人々がおもしろがっているところへ、衛 衛門督はとうとうこの猫を手に入れて、夜も自分のそば えもんのかみ

4. 完訳日本の古典 第19巻 源氏物語(六)

295 若菜上 たわむ めのわらわ 〔 = 西〕タ霧、女三の宮と大将の君は、かってはこの女三の宮遊び戯れに熱中している女童の様子など、院の殿はまった くお目障りとお思いになることがしばしばであるけれど、 紫の上とを比較するの御事が念頭になかったわけでもな 世間のことを一律にお考えになったり、おっしやったりは いので、宮がすぐお近くにお住まいでいらっしやるのを、 とても平静なお気持ではいられず、一通りのご用向きにか なさらぬご気性であるから、こうした向きのことも自由に させておいて、ああしたことをしていたいのだろう、とい こつけて、こちらにはしかるべき機会ごとにいつも参上し ていて、しぜんとそのご様子やお人柄も見聞きなさるが、 つも見て見ぬふりをなさっては、ご注意になったり、お直 それにつけても宮は幼くおっとりとしていらっしやるばか しになったりするようなことはなさらない。ただ宮ご本人 りで、表向きの格式だけは立派に、それこそ前例にもなる のお身だしなみばかりは、まったく熱心にお教え申しあげ なさるので、多少は気をつけてなんとかとりつくろってい くらい大事に殿がお扱い申しあげていらっしやるけれども、 そう際だって奥ゆかしいお方とは見えないしーーー女房など らっしやる。こうした事情をごらんになって、大将の君も、 ひと なるほど難のない女というものは、めったにない世の中で も分別のしつかりしている者は少なく、若やかで器量がよ 、お身 く、ただどこまでも派手好きで気のきいたふうなのがじっ あるよ、それにつけても紫の上のお心づかいといい だしなみと に多く、そうした人々が幾人いるのか分らぬくらい集って これまで長い年月を経ているが、何かと うわ * 一 お仕えしていて、何の苦労もなさそうなお住いであるとは人の目にふれたり噂に立てられたりするようなこともなく、 まず第一に静かに落ち着いていらっしやって、それでいて いいながら、しかし、万事静かに落ち着いている人なら、 お心やさしく他人をないがしろにすることなく、ご自身を 心の中がはっきりとは外から見えないものなので、たとえ うれ も大事になさって奥ゆかしくふるまっていらっしやること その身に人知れぬ憂いがあったとしても、同じようにいか だと、かって見たその面影も忘れがたくしきりに思い出さ にも楽しげで屈託のなさそうな人たちと付き合っていると、 はた 傍に引かされては同じ気分や態度に調子を合せるものだかずにはいられないのだった。ご自分の北の方も、いとしく ら、宮のもとでは、ただ明けても暮れても、子供子供した お思いになる気持は深いけれども、相手にしがいのある、

5. 完訳日本の古典 第19巻 源氏物語(六)

1 一口 の上の、かってかいま見た折よりもお年盛りになっていら顔を出したので、大殿が「どうも頼りないものだね、春の おばろづきょ ふぜい っしやるであろう、そのご様子が見たくて、心も落ち着か朧月夜は。秋の風情というものは、こうした音楽の音色に、 ない。女宮については、もう少し深いご宿縁があったら、 虫の声がないまぜになって聞えてくるのがまた、いいよう 物この自分が申し受けてお世話もしてさしあげられただろう もないもので、このうえなく響きもまさるといった感じの に、事を決しがたいわが心の鈍さの悔まれることではある。するものです」とおっしやると、大将の君は、「秋の夜の 源 もと 朱雀院が幾度となくそうした筋合いのご意向を漏されて、 雲一つない月空の下では、何もかもすっかり見渡されます また陰でもそのことをおっしやっていたものを、と残念に ので、琴笛の音もはっきりと聞えて、澄みとおる感じはい も思うけれど、宮は多少気のおけない性分の方とお見受け たしますけれど、やはりことさらこしらえたような空のた されるご様子だから、軽くお思い申すというのではないけ たずまいや、花に置いた露の風情にもつい目移りがして気 れども、それほどには心が動くというわけでもないのであ の散るとい , っことがありまして、そのよさにはきまりきっ かすみ った。こちらの対の御方のほうは、どんなことをしても手たところがございます。春の空のおばっかない霞の間から の届かぬお方として遠く隔ったまま長い年月を過してきた おばろに見える月の光の下で、静かに笛を吹き合せるとい のであるから、どうぞして、ほんの一通りの意味で、この った情趣には、どうして秋が及びましようか。秋は、笛の 自分が好意をお寄せしているということだけでも知ってい 音なども、澄みのばるというところまではまいりません。 ただきたいのだが、ただそれだけの願いさえかなわぬこと『女は春をあはれぶ』と古人が言い残しておりますが、い が残念で、嘆かわしいのであった。無理おししてもという、 かにもそのとおりでございました。楽の音がやさしく調和 とんでもない大それた心などはけっしてお持ちでなく、まするということは、春の夕暮こそが格別のものでございま ったく立派に身を処していらっしやった。 した」とお申しあげになるので、大殿は、「いや、この議 〔一九〕源氏、タ霧と音楽夜が更けてゆく風の気配がひんやり論だが : : : 。昔から誰もが春か秋かを定めかねてきた難問 ふしまち について論評する と感じられる。臥待の月がわずかに を、末の世の劣った者がはっきりと結論を出すのはむずか にぶ

6. 完訳日本の古典 第19巻 源氏物語(六)

( 原文一八三ハー ) まことに恋しく思い出さないではいられない。「それにし る袖なり あやま ても自分はなんと大それた過ちを犯してしまったものよ。 ( あなたに別れて起きて行く、その行く先も分らない夜明け まともな顔をしてこの世に生きてはいられなくなった」と、 方の薄暗がりに、いったいどこから露がかかってこうも袖が 恐ろしく顔もあげられない気がしてきて、出歩きなどもな 濡れるのでしよう ) さらない。宮の御身のためを考えてもいまさらいうまでも と、袖を引き出してお訴え申すので、宮は、督の君が帰っ なく、自身としてもまったく不都入口なことをしでかしたも て行こうとするのだ、と少しほっとなさって、 のよと思うが、とりわけぞっとするような恐ろしさをぬぐ あけぐれの空にうき身は消えななむ夢なりけりと見て えないので、気ままに忍び歩きなどできるものではない。 もやむべく かりに帝の御后を相手に過ちを犯し、それが表沙汰になっ ( 明け方の薄暗がりの空にこの私の不運な身は消えてしまっ たとしても、今の自分のように苦しい思いを味わわせられ てくれればよい これは夢だったのだと思ってすまされもす るのだったら、そのために命を捨てるようなことになって るように ) もつらくはあるまい。そのような大罪にはあたらぬとして いかにも弱々しくおっしやる声が、若く美しく聞える も、この院の殿ににらまれ疎んじられ申すということが、 のを、督は聞きも果てぬ有様で帰ってきたが、その魂は、 じつに恐ろしくも面目なくも思われてならないのである。 真実、身から抜け出して宮のおそばに残りとどまってしま このうえなく貴い身分の女人と申したところで、少しは うような心地である。 下 〔毛〕柏木と女三の宮そ督の君は、北の方の女宮の御もとに色めいた気持があって、うわべは奥ゆかしくおっとりとし れぞれ罪におののく ているようでも、内、いそうとばかりいかない人は、とかく も参上なさらず、父大殿のお邸へそ たくい 若 の折に男のいうなりになって、情けを交すという類もあっ っとお帰りになった。横になってはみたものの、眠ろうに たものだが、この女宮はとくに深い考えがおありではない も眠られず、先刻見た夢が正夢となるのかどうか、それも にしても、ただむやみに臆病になっていらっしやるご性分 、とそこまで考えると、あの夢の中の猫の姿を、 むすかしい

7. 完訳日本の古典 第19巻 源氏物語(六)

267 若菜上 がせきとめがたく落ちることです ) 気配であるから、そそられる思いも浅からぬものがある。 そこは東の対なのであった。東南の廂の間におすわりいた ふすま 涙のみせきとめがたき清水にて行き逢ふ道ははやく絶 だいて、襖の端はしつかりと固めてあるので、「まったく えにき 若い者同士の対面といった感じではありませんか。あれか ( 涙ばかりは逢坂の関の清水のようにせきとめがたく流れま ら積る年月の数もはっきりと覚えていられるくらい、ずつ とあなたをお慕いしてきたのですから、このような知らぬ すが、あなたとお逢いする道はとうに絶えてしまいました ) ふりのおもてなしは、ひどくつらいのです」と恨み言を申などと、よそよそしくお申しあげになるけれども、昔のこ しあげなさる。 とをお思い出しになるにつけても、いったい誰が主な原因 たまも 夜がたいそう更けていく。 玉藻に遊ぶ鴛鴦の声々などが でああした恐ろしいことのあった大騒ぎが起ったのか、こ 胸にせまるように聞えて、しめやかに人影も少ない宮の中の自分のせいではなかったか、とお思い出しになると、 かにも、もう一度くらいならお目にかかることがあっても の様子であるにつけても、こうも移り変る世の中よとお思 い続けになると、平中の空泣きのまねではないけれども、 よいはずなのだ、とご決心がにぶるのも、もともとこの女 君は重々しいところがおありのなかった人で、あれ以来さ まことに涙もろいお気持になられる。まだお年若であった まざまの世の中のことがよく分ってきて、過去のことが後 昔とはちがって、心得ありげに穏やかな態度でお申しあげ おおやけわたくし になるものの、この隔てをこのままにしておかれようか、 悔され、公ごと私ごとにつけて、、 しろいろとずいぶん経験 をお積みになり、まことに自重してお過しになったのであ と襖をお引き動かしになる。 あふさか 年月をなかにへだてて逢坂のさもせきがたくおつる涙るけれども、昔を思い出さずにはいられぬこのご対面に そのころのこともつい昨日今日のような気がして、とても ( 長い年月お目にかからずにいて、今やっとお逢いすること 、い強くふるまうこともおできにならない。今もやはり行き すき ができましたのに、こんな隔てがあるのでは、悲しくて、涙届いて隙もなく、若々しく、やさしさがこもっていて、一 ひさしま 女、 しみづ あ

8. 完訳日本の古典 第19巻 源氏物語(六)

ても、やはり平静ではいられぬ気持であるが、あの須磨の ふうに急いでお出ましになる。宮はまだいかにも子供子供 めのと 2 お別れのときのことなどをお思い出しになると、「殿がい したご様子なので、乳母たちがおそば近くに控えているの つまど ざ遠くどこそに行っておしまいになっても、ただ同じこのだった。殿が妻戸を押し開けてお立ち出でになるのを、お 語 物世にご無事でいらっしやるとお聞きすることさえできれば、見送り申しあげる。明け方の薄暗い空に、雪明りが白く見 氏 と自身のほうはさておいて、殿の御身の上をもったいない えて、まだあたりはばんやりしている。お帰りになったあ 源 やみ こと悲しいことと思ったことだった。もしあのまま、あのとまでただよっている殿の御匂いに、女房たちは、「闇は 騒ぎに紛れて、この自分も殿も命が果ててしまっていたな あやなしーとつい口をついての独り言をもらす。 らば、いまさら何のかいもない二人の仲だっただろうに」 雪は、所どころ消え残っているのが、真っ白な真砂の庭 と気をお取り直しになる。風の吹いている夜気は冷え冷え では見分けがっかない時刻なので、「猶残れる雪」と小声 み第一うし たた としていて、すぐには寝つかれずにいらっしやるのを、近でお口ずさみになりながら、御格子をお叩きになるが、長 くに控えている女房たちから様子が変だと思われはせぬか らくこうして朝帰りをなさることもなかったので、女一房た と、身じろぎひとつなさらずにいるのも、やはりまことに ちも寝たふりをしては、しばらくお待たせ申してから格子 おつらそうである。まだ夜深いころの鶏の声が聞えてくる を引き上げる。「ずいぶん長いこと待たせられて、体もす につけても、しみじみと無性に悲しく感じられる。 つかり冷えきってしまった。こうして早く帰ってきました のも、あなたをこわがる気持が一通りでないからでしよう。 〔一五〕源氏、夢に紫の上ことさら恨んでいらっしやるという を見て、暁に急ぎ帰るのではないけれども、このように上といって、なにもこのわたしに咎もないのだが」とおっし ゅめまくら ; 思い悩んでいらっしやるせいであろうか、殿の御夢枕に やりながら、御夜着を引きのけなどなさると、上は涙で少 そのお姿がお見えになったので、ふと目をお覚しになり、 し濡れた御単衣の袖をそっと隠して、何のお恨みもなくや どうしたことかと胸騒ぎがなさるので、やっと一番鶏の鳴 さしくしていらっしやるものの、といってすっかり許して く声をお待ちになって、まだ夜明け前であるのも気づかぬ おしまいになるのでもないお心づかいなど、まったく殿に ( 原文五一一ハー ) とり ひとえ

9. 完訳日本の古典 第19巻 源氏物語(六)

もないのに、確かな御事かどうか当てにならぬとお思いに とおっしやって横におなりになるので、「でもやはりこれ 。こナま。この端書きのお言葉がいかにもおかわいそうでご なるので、格別この件についてあれこれとはおっしやらず、オ。 ただ、おわずらいのご様子がいかにも痛々しく感じられる ざいますよ」と言ってひろげたところへ誰か寄ってまいる みきちょう のを、しみじみいとしくお思いになる。 ので、ひどく困惑して、御几帳をおそばに引き寄せて立ち ようやく思いたたれてこちらにお越しになったこととて、去った。宮は心配のあまりいよいよ胸のつぶれる思いでい すぐにはお帰りにもなれずに二、三日お泊りになっていら らっしやる、ちょうどそこへ院がはいっておいでになるの しとね っしやるが、その間も、あちらはどんなご様子だろう、ど で、手紙をよく隠しおおすこともおできになれず、お褥の うしたものかと気にならずにはいらっしゃれなくて、お手下に挟んでおおきになった。 紙ばかりをこまごまとお書きになる。「いつの間にあれだ 殿は夜になったら二条院へお帰りになろうとして、宮に いとま′ ) あいさっ けのお言葉がたまるのでしよう。いやもう、こちらとの御御暇乞いの挨拶をお申しあげになる。「あなたはそうたい あやま 仲もそう油断してはいられませぬ」と、若君の御過ちを知しておわるいようにもお見受けされませんが、あちらの方 はまだほんとにどうなるか危ぶまれる容態でしたので、わ らぬ女房たちは言う。侍従だけはこうしたことにつけても、 たしが放っておくように思われますのも、今となってはか 胸が騒ぐのであった。 あの督の君も、殿がこうして宮のもとにお越しになってわいそうでしてね。わたしのことを悪しざまにお耳に入れ さかうら いると聞くと、身の程もわきまえぬ心得違いの逆恨みをし る人があっても、けっしてお気におとめなさいますな。い 下 て、たいそうな訴え言を書き連ねてお寄せになった。殿がずれ必ずわたしの本心をお見直しいただけましよう」と言 菜たいのや ってお聞かせになる。いつもは、何かたわいもない冗談事 対屋にちょっと行っておいでになる隙に、ちょうど宮のお 若 そばには人もいなかったので、小侍従はこれをこっそりと なども打ち解けてお申しあげになるのに、今日はひどく沈 んでいて、まともに目をお見合せ申されないのを、殿はた お目にかける。「そんな気のつまるものを見せてくれるの は、ほんとにいやです。気分もいよいよわるくなります」 だ自分がそばにいてあげないのを恨みに思っていらっしゃ すき

10. 完訳日本の古典 第19巻 源氏物語(六)

事申しあげる。 ているので、そ知らぬふりをしておいでになる。 六条院の殿は、「昔、逢瀬も難儀だったころでさえ、情 その日は、女宮の寝殿へもお越しにならず、お手紙をや たきもの けを通わされないでもなかったものを。いかにも、世をお りとりなさる。薫物などに念を入れてお暮しになる。夜中 語 物捨てになった院に対しては後ろ暗いようではあるけれど、 ごろになって、気心の知れた者だけ四、五人ばかりをお供 氏 昔もなかった仲らいではないのだから、いまさらきつばり に、お若いころのお忍び歩きも思い出されるような粗末な 源 あじろぐるま いずみのかみ あいさっ と潔白にふるまってみたところで、いったん立ってしまっ網代車でお出ましになる。和泉守を遣わしてご挨拶をお申 た浮名を、あの方もいまさらお取り返しになれるものでは しあげになる。女房がこのようにしてお越しになった由を、 しのだ あるまい」と心を奮い起して、この信太の森の和泉前司を そっと女君のお耳にお入れすると、びつくりなさって、 道案内としてまいられる。 「なんとしたことでしよう。どのようにご返事申しあげた ひたち 殿は、対の上には、「東の院に暮している常陸の君が、 のですか」とご機嫌をそこねていらっしやるけれど、守の このところ長らく病気なのを、なんとなく取り紛れて見舞 ほうは、「もったいをつけてお帰し申しあげるのでは、ま ふびん もしていないので、不憫なのです。昼など人目にたつよう ことに不都合でございましよう」と言って、無理に工夫を にして出かけていくのも具合がわるいから、夜の間にこっ めぐらして殿をお入れ申しあげる。殿はお見舞のお言葉な そりとも思っているのです。誰にも、こうとは知らせますどをお申しあげになって、「ほんのここまでお出ましくだ まい」とお申しあげになって、ひどくそわそわと身だしな され。どうか物越しにでも。昔のような不都合な心などは、 みしておられるので、いつもはさほど気にしていらっしゃ もうすっかり失せてしまいましたものを」と、ただ るともお見えにならぬお方なのに、どうもあやしいとごら お願い申されるので、女君はたいそうため息をおもらしに んになって、さてはとお思いあたりになるふしもあるけれなりながら、いざり出ていらっしやる。やはりこうしたお ど、姫宮をお迎えになってから後は、何事も、まったくこ方なのだ、情のもろさは昔と変らない、と一方では思わず れまでのようではなく、多少よそよそしい心が加わってき にいらっしゃれない。お互いに知り合う者同士の身動きの おうせ