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検索対象: 完訳日本の古典 第12巻 枕草子(一)
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1. 完訳日本の古典 第12巻 枕草子(一)

ふう したら、それこそかえって驚く人もおりますでしよう。そ だろうかと : でも、これは昔のことである。現代風は、 れにしてもまあ、これほどの人の家に、車の入らないよう 法師生活は気楽そうである。 な門があってよいものだろうか。ここに現れたら笑ってや 六大進生昌が家に ろう」などと言っている折も折、「これを差しあげましょ すずり だいじんなりまさ う」と言って、生昌が御硯などを御簾の中に差し入れる。 大進生昌の家に、中宮様がお出ましあそばす折、東の門 よっあし においては、四足の門に改造して、そこから中宮様の御輿「まあ、あなたは、とてもつまらない方でいらっしゃいま したね。どうして、その門を狭く作って、お住みになった はお入りあそばされる。北の門からそれそれ女房の牛車は、 のですか」と言うと、笑って「家の程度、身分の程度に合 陣屋の武士が詰めていないから多分入ってしまえるだろう と思って、髪かたちのみつともない人もたいして手入れもせているのでございます」と応じる。「でも、門だけを高 く作った人もあると聞きますよ」と言うと、「これはまあ せず、車は直接建物に寄せておりるはずのものだとのんき び . りト - うげ 恐れいったことで」とびつくりして、「それはどうやら于 。目ーカ・召き」いもの に考えていたところ、檳榔毛の車などよ、、、ゝ、 しんじ こう 公の故事のようでございますね。年功を積んだ進士などで だから、つかえて入ることができないので、例のとおりに えんどう 筵道を敷いておりるというのには、ひどくにくらしく、腹ございませんと、とても伺ってわかりそうにもないことで もんじよう・ わたくし てんじようびとじげ 立たしいけれど、どうしようもない。殿上人や地下の役人ございましたよ。私はたまたまこの文章の道にはいってお りましたから、せめてこれぐらいのことだけは自然に弁別 いまいましい たちが、陣屋のそばに立ち並んで見るのも、 おん ごぜん 段 いたすのでございます」などと言う。「いえもう、その御 中宮様の御前に参上してさきほどのありさまを申しあげ みち ると、「ここでだって、人は見まいものでもなかろう。ど『道』も立派ではないようです。筵道を敷いてあるけれど、 第 うしてそんなに気を許してしまっているのか」とお笑いあみな落ち込んで大さわぎしましたよ」と言うと、「雨が降 りましたから、なるほどきっとそ , つで、こ、いましょ , つ。ま 3 そばされる。「ですけれど、そうした人はみな見馴れてお あまあ、またあなたから仰せかけられることがあると困り りますから、こちらがよく身づくろいをして飾っておりま

2. 完訳日本の古典 第12巻 枕草子(一)

みつばね したのを、『「今ここでは見まい」と言って中にお入りにな 申しあげに、上の御局におられるかと思ってそちらに参上 とのもりづかさ つかさめし ってしまった』と言って、主殿寮の男が帰って来たのを、 してしまっていたのです」と言うので、「何ですか。司召 そで また追い返して、『ただもう、袖をつかまえて、有無を言 があるとも聞いていないのに、何におなりになっているの わせずに返事をねがって受け取って帰って来ないのなら、 ですか」と言うと、「いやもう、ほんとうにうれしいこと 手紙を取り返せ』と注意を与えて、あれほどひどく降る雨が昨夜ございましたのを、待ち遠しく思って夜を明かしま めんばくほどこ のさかりに使いにやったところ、たいへん早く帰って来ま して。これほど面目を施したことは今までありませんでし こと 1 と した。『これを』と言って差し出しているのが、さっきの た」と言って、最初にあった事々、源中将がすでに話して 手紙なので、『返したのだったか』と頭の中将がちょっと しまったと同じことをいろいろ言って、「『この返事次第で、 見ると、『おお』と声をあげるので、『妙な。どうしたこと そんな者がいるとさえも思うまい』と、頭の中将がおっし からて か』と言って、みなが寄って見たところ、『たいへんな曲 やった時に、使いの者が空手で帰って来ていたのは、かえ 者だな。やはり無視することはできそうもないよ』と、見つてよかった。二度目に返事を持って来ていた時は、どう かみ て大騒ぎして、『これの上の句をつけて送ろう。源中将っ なのだろうと胸がどきっとして、ほんとうにその返事がま ふ けろ』などと言う。夜が更けるまでつけわずらって、結局ずかろうのは、このきようだいのためにもまずいにちがい つけずに終ってしまいました。このことは、必ず語り伝え ないと思ったのに、一通りどころではないできばえで、大 なくてはならないことだと、みなで定めました」と、とて勢の人がほめて感心して、『きようだいよ。聞けよ』とお 段 もいたたまれないほどにわたしに話して聞かせて、「あな っしやったので、内心はたいへんうれしいけれど、『そう いおり たのお名前は、今は『草の庵』とつけてある」と言って、 した文雅の方面には、い っこう思慮できそうにもない身で 第 急いでお立ちになってしまったので、「ひどく劣った名前 ございます』と申しあげたところ、『批評をしたり、聞い ふいちょう て理解したりしろというのではない。ただ、人に吹聴しろ が、末代まで残ろうのこそ、残念なことであるはずです」 すりすけのりみつ と言っている時に、修理の亮則光が、「たいへんな喜びを ということで聞かせるのだよ』とおっしやったのは、少し もの まつだい くせ

3. 完訳日本の古典 第12巻 枕草子(一)

( 原文一四九ハー ) 女たちの、見た目にこざっぱりしたの、その辺の家の娘や ここでこそ詠むのがよいでしよう」と一言うので、わたしは、 どうちゅう 女の人などを連れて来て、五、六人して稲こきをさせ、見「それもそうだけれど、道中でもと」などと言って、卯の ふたり たお すだれ たこともないくるくる回る機械フシを、二人で引かせて、 花が非常によく咲いているのを手折り手折りして、車の簾 わき ふ 歌をうたわせなどするのを、珍しくて笑っているうちに、 や脇などに、長い枝を葺いて挿させたところ、まるで卯の 郭公の歌を詠もうなどとしていることも、きっと忘れてし花垣根を牛に掛けてあるように見えるのだった。供をして かけばん あじろ まうだろう。ョコヱにあるような懸盤などを使って、食物 いる男たちも、ひどく挿しにくそうにしつつ、網代をまで を出しているのを、だれも見向きもしないので、家の主人突いて穴をあけあけして、「ここがまだだ、ここがまだだ」 の明順は、「とても粗末で田舎風な料理です。けれど、こ と、どうやらびっしり集めるように挿すようだ。だれか人 っ ういう所に来てしまった人は、悪くすると、『まだほかに でもわれわれに行き会ってほしいものだと思うのに、、 ある物も』などと責め立ててこそ召しあがるはずのもので こうにいやしい法師や、身分の低くてつまらない者だけが、 すのこ。、 しつこうこんなに召しあがらないのでは、そうし たまに見えるぐらいなので、とても残念だ。 ′一しょ た人らしくないーなどと言って、明るい調子で座を取り持 御所近くに来てしまった。「いくら何でも、全くこうし したわらび ち、「この下蕨は、私が自分で摘んだものです」などと言 たままで終ってよいものか。せめてこの車の様子だけでも、 にようかん うので、わたしが、「どうしてまあ、女官なんかのように、 人に語りぐさにさせてこそ『けり』をつけよう」というこ じじゅうどの 懸盤の前に並んで座に着いてはいられましよう」などと言 とで、一条殿のあたりに車を止めて、「侍従殿はおいでに 段 うと、「懸盤から取りおろして召しあがれ、いつも腹い なりますか。郭公の声を聞いて、今帰るところでございま になれていらっしやるあなた方なのだから」と言って、懸す」と言わせておいた使いが帰って来て、「『今すぐ伺いま さぶらいどころ 第 盤から取りおろして食事の世話をして騒ぐうちに、供の男す。君よ、君よ』とおっしやっておいでです。侍所にく さしめき が、「雨が降るにちがいありません」と言うので、急いで つろいだ姿でいらっしゃいました。今、指貫をお召しでし 車に乗る時に、女房の一人が、「ところでこの郭公の歌は、 た」と一言うので、「待っているべきことでもない」という っ

4. 完訳日本の古典 第12巻 枕草子(一)

枕草子 230 ないつもりで言っているのであろうけれども、「ああやり ばんのうくのう 七五また、冬のいみじく寒きに きれないこと。全く煩悩苦悩だよ。今はもう夜中にはなっ また、冬ひどく寒い時に、愛する人と夜具にうずもれて てしまっているだろう」などと言っているのは、聞くほう おと 寝たまま聞くと、鐘の音が、まるで何かの底からであるよ にとっては、ひどく気にくわないことで、その言う供の男 にわとめ うに聞えるのも、おもしろい鶏の声も、はじめは羽の中のことは、別にどうもこうも感じられないが、この、座っ ふぜい に口を突っ込んだまま鳴くので、非常に奥深い感じで遠い ている人こそは、今まで風情があると見たり聞いたりした のが、二番鶏、三番鶏というふうに次々になるのにつれて、 ことも消え失せるように感じられる。 庭近く聞えるのもおもしろい また、。それほどあらわに表面に出しては言えなくて、 こわだか した 「ああ」と声高に言って、うなり声を立てているのも、「下 たてじとみ 七六懸想文にて来たるは 行く水の」という歌の気持が、たいへんおもしろい。立蔀 恋の手紙の使いとして来ているのは、とやかく言うわけや透垣のもとで、「きっと雨が降ってくるだろう」などと いう声が聞えているのも、ひどくにくらしい かた しかし、ただちょっと親しく話をしたり、また、それほ 身分の高い方や、若君たちなどの供をしている者こそは、 どでもないけれど、自然何かのついでに来たりなどする男そんなふうではないけれど、普通の人などの場合は、そう すだれ じゅうしゃ の人が、簾の内側で、たくさん女房たちが座って何か話を した状態た。 / 、。 , 従者はたくさんあろう中でも、気だてをちゃ しているところに入り込んで、急には帰りそうな様子もな んと見きわめたうえで連れてまわるべきである。 おのえ いのを、その人の供をしている男や童子などが、「斧の柄 七七ありがたきもの もくさらしてしまいそうにみえる」と、長い時間待たされ しゅうと しゅうとめ るのがうっとうしいので、長々とどこともなくひとところ めったにないもの舅にほめられる婿。また、姑 よめぎみ を見つめて、「ひそかに心の中で」と思って、人には聞えわいがられる嫁君。物がよく抜ける銀の毛抜き。主人の悪 ( 原文九七ハー ) どり どり

5. 完訳日本の古典 第12巻 枕草子(一)

枕草子 264 わけで、車を走らせて、土御門の方へ行かせる時に、いっ烏幗子ではどうしてできよう」。「お装束を取りに人をおや しようぞく の間に装束を着けてしまっているのだろうか、帯は道の途りなさいませ」などと言う時に、雨も本式に降るので、笠 のない供の男たちも、ひたすら車を門内に引き入れてしま 中で結んで、「ちょっと、ちょっと」と言って追って来る。 やしきかさ さぶらいぞうしき はきもの う。一条の邸から傘を持って来ているのをささせて、ふり 供として、侍や雑色が、履物をはかないで走って来るよう 返りふり返り見て、今度はのろのろとおっくうそうな様子 だ。「早く車を走らせろ」と、 いっそう急がせて、土御門 で、卯の花だけを手に持って帰っておいでになるのもおも に行き着いてしまった時に、跳ぶように大騒ぎをしておい でになって、なにはさておいてこの車の様子をひどくお笑しろい そうして中宮様のもとに参上していると、今日の様子な いになる。「現実の人間が乗っているとは、全く見えない。 どをおたずねあそばされる。出かける時に恨んだ人たちは、 やはりおりてこれを御覧」などと言ってお笑いになるので、 とうじじゅう いやみを言ったり情けながったりしながら、藤侍従が、一 供をした人たちもおもしろがって笑う。「歌はどうですか。 おおじ それを聞こう」とおっしやるので、「これから中宮様に御条の大路を走ったところに話が行くと、みな笑ってしまっ た。「それでどうした、歌は」とおたずねあそばされる。 覧あそばすようにおさせしてそのあとで」などと言ううち こうこうでございましたと申しあげると、「残念なことよ。 雨がほんとうに降り出してしまった。侍従殿は、「ど てんじようびと 殿上人などが聞きつけようのに、どうしてそなたたちにお うしてほかの御門のようではなくて、特にこの土御尸冫 もしろい歌がないままですまされようか。その聞いたとい 屋根もなくはじめから作ったのだろうと、今日こそとても てがる う所で、手軽に詠めばよかったのに。あまり儀式ばってい にくらしい」などと言って、「どうして帰って行けようか。 きよう るのが興ざめになってしまっているようなのが、変なこと こちらの方に来るのは、いちずに遅れまいと思ったので、 しようのないこと」などと仰 だ。ここででも詠みなさい 人目もかまわず自然走ったのですよ。もっと遠くへ行くの きよう せあそばすものだから、なるほどそうだと思うと、ひどく なら、それはひどく興ざめなことだ」とおっしやるので、 がっかりした感じがするので、歌を詠む相談などしている 「さあ、いらっしゃいませ。宮中へ」などと一言う。「それも、 っちみかど こんど かさ

6. 完訳日本の古典 第12巻 枕草子(一)

221 第 53 ~ 57 段 いへん華やかで魅力的な貴公子も、随身も連れていないの しあげ、また、中宮様もそのようにご存じでいらっしやっ は、ひどく物足りない。弁官など、すぐれている。ただし、 たが、頭の弁はいつも、「『女は自分を愛する者のために化 したがさねきょ 立派な官だと思っているけれども、下襲の裾が短くて、随粧をする。男は自分を理解する者のために死んでしまう』 身がないことが、ひどく劣っていることだ。 と言っている」と、中国の古人の言葉を、わたしの中宮様 ・言」ろ、し への献身の志、ならびに知己としてのわたしへの頭の弁 五七職の御曹司の立蔀のもとにて の感謝の志に言い当て言い当てして申しあげなさる。 しきみぞうし たてじとみ とうべん おうみはまやなぎ 頭の弁とわたしは「遠っ近江の浜柳」などと言いかわし 職の御曹司の立蔀のもとで、頭の弁が、人とたいへん長 ているのに、若い女房たちは、頭の弁のことをひたすら悪 い間立話をしていらっしやるので、その場にわたしが出て く一一 = ロってにくらしがり、見苦しいこととして、歯にきぬを 行って「そこにいるのはだれですか」と言うと、「弁がお なん 伺いしているのです」とおっしやる。「何だってそんなに着せずに言う、「この君こそはいやにお目にかかりにくい どきよう ほかの人のように読経したり、歌をうたったりもせず、世 親しく話していらっしやるのですか。大弁が見えたら、あ の中はさも興ざめだという顔で、いったい何だっていっこ なたをお見捨て申しあげて行ってしまうでしようのに」と 言うと、たいへん笑って、「だれがこんなことをまであな うにあれこれの人に物を言いかけたりもしないで : : : 」と。 まゆげ ひたい たに言って聞かせたのでしよう。『それを、どうかそうし頭の弁は、「女は目は縦むきに付き、眉毛は額にまでかか るように生え、鼻は横むきにあるとしても、ただロのかっ ないでくれよ』と話し込んでいるのです」とおっしやる。 あいきよう こうが愛嬌があって、あごの下や、頸などがきれいに見え 頭の弁は、ひどく目立つように、風流な方面などをわざ わざ押し立てることはしないで、平凡でありのままのご気て、声がにくらしそうではないような人が好きになれそう 性であるのを、他の人はみなそうとばかり心得ているけれだ。とは言うものの、やはり顔がひどくにくらしそうな人 おんこころ はいやだ」と、ひたすらおっしやるので、まして、あごは ど、わたしはもっと深みのある御心の様子を見知っている じんじ・」画・ついちょう ので、「尋常一様ではありません」などと、中宮様にも申細く、愛嬌のとばしいような人は、そうしたところでどう みりよくてき なん

7. 完訳日本の古典 第12巻 枕草子(一)

もりづかさ わくらん 殿寮の男である。「ただわたしのほうで人づてではなくて る暇もなく、主殿寮の男が責めたてて惑乱させるので、た 2 じかに申しあげるべきことが : : : 」と言うので、出て行っ だ、その手紙の奥の余白に、炭櫃の、消えている炭がある とう てたずねると、「これは頭の中将殿があなたにお差しあげのを使って、「草の庵をたれかたづねむ」と書きつけて渡 子 させになります。ご返事を早く」と言うので、ひどくわた してしまったけれど、それつきり向こうから返事もこない。 草 しをおにくみになるのこ、、 冫しったいどんなお手紙だろうか みな寝て、翌朝たいへん早く自分の局に下がっていると、 枕 と思うけれど、たった今、急いで見るべきではないので、 源中将の声で、「草の庵はいるか。草の庵はいるか」と 「追っつけご返事申しあげよう」と言って、ふところに入仰々しくたずねるので、「どうしてまあ、そんな人間らし うてな さが れて、すっと中に入ってしまった。そのままやはり人が話 くないものはいましようか。『玉の台』をお探しになるの をしたりなどするのを聞いていると、主殿寮の男がすぐに でしたら、きっとご返事を申しあげましようのに」と言う。 うえ しもつばね 引っ返して来て、「『ご返事がないのならば、その、さっき 「ああよかった。下局にいたのでしたね。上までも探そう ちょうだい の手紙を頂戴して来い』とお命じになりました。早く早としたのだったものを」と言って、昨夜あったことを、 とのいどころ く」とは言うので、妙に「いせの物語」であるよと思って、「頭の中将の宿直所で、少し人並だというような者は全部、 くろうど 見ると、青い薄様の紙に、漢字でたいへんきれいにお書き 六位の蔵人までも集って、いろいろな人のことを、昔、今 なかみ になっているのだが、胸がどきどきしてしまうような中身と話をしたついでに、頭の中将が、『やはりこの女は、わ らんせい とばり でもなかったのだった。「蘭省の花の時の錦の帳のもと」 たしとしてはすっかり絶交しきってこそはいないけれど、 と書いて、「あとの句はどうだ、どうだ」と書いてあるのもしかしたら、何か口を切って言い出すこともあるだろう を、「いったいどうすればよいだろうか。中宮様がおいで かと思って、待つけれど、全然何とも思っていないで知ら になるのなら、御覧あそばすようにおさせするはずのもの ん顔をしているのがひどくしやくにさわるから、今晩よい を、この句のあとをいかにも知ったふうに、おばっかない とも悪いともはっきり定めて、けりをつけてしまおう。う 漢字で書いておこうのも見苦しい」などとあれこれ思案すっとうしい感じだ』と言って、みなで相談して手紙をよこ げん ひと

8. 完訳日本の古典 第12巻 枕草子(一)

い。たいへん気をつかって、使いの者が女車のそばに歩い しやると、「これから申しあげることも、ただもうご返事 て近寄る様子を、使いの成功を願いながらも一方ではお笑をやりそこなったのと同じことでございます」と言うのは とう いになる。使いは車の後ろの方に寄って口上を言うようで聞える。藤大納言は、人よりもとりわけてのぞき込んで、 ある。使いが長い間立っているので、「あちらでは歌など「どう言ったのか」とおっしやる様子なので、三位の中将 ひょうえすけ し′一く を詠むのだろうか。兵衛の佐よ、返しの歌を今から考えて が「至極まっすぐな木を無理に押し折っているようなもの おけ」などと、笑って、早く返事を聞きたいものだと、年です」と申しあげなさると、藤大納言はお笑いになるので、 のいった人、上達部までが、みなそちらの方に目をやって みな何ということなくざわざわと笑う、その声は女車の人 に聞えていることだろうか いらっしやる。いかにも、車に乗らずあらわでいる人々は、 それを見ているのも、おもしろいことであったよ。 中納言は、「それで、呼び返された前には、どう言った 返事を聞いたのであろうか、使いの者が少しこちらに歩のか。これは言い直した返事か」とお問いになると、「長 あいだ いて来る間に、女車から扇を差し出して呼び返すので、 い間立っておりましたけれど、どうという返事もございま 「歌などの言葉を言いまちがった時ぐらいにこそ呼び返しせんでしたので、『それではこのまま帰参してしまいまし もしようが、それも待たせて長い時間がかかった場合、そ よう』と言って帰りますのを、呼んで : : : 」などと申しあ んなことはあってよいはずのことではない、改め直すべき げる。「だれの車だろう。見て知っているか」などとおっ でもなかろうものを」とわたしには感じられた。使いが近しやるうちに、講師が高座にあがってしまったので、みな 段 づき参上するのも待ち遠しく、「どうだ、どうだ」とだれ座って静かになり、講師のガばかり見ているうちに、この もだれもお聞きになるけれど、急にも答えない。権中納言女車はかき消すように見えなくなってしまった。あの車は、 したすだれ 第 が使いを見ていらっしやるので、使いはそこに寄って、態下簾などは、ただ今日使いはじめたばかりに見えて、濃い さんみ くれないひとえがさねふたあい すおう 紅の単襲に、二藍の織物、蘇芳色の薄物の表着などの服 8 度をきどらせて申しあげる。三位の中将が、「早く言え。 あまり風情を見せすぎて、返事をやりそこなうな」とおっ装で、車の後ろに、模様を摺り出してある裳を、そのまま うわぎ

9. 完訳日本の古典 第12巻 枕草子(一)

悪いを聞き苦しく批評するのもおもしろい。殿上の名対面ないものですよ」と言う。沓を取りに来ても、大笑いをし たきぐち が終ってしまったようだ、と聞いているうちに、次の滝ロ てたいへん騒がしいことだ。 くっ の武士が弓を鳴らし、沓の音がざわざわして出て来ると、 子 すみ 五九若くてよろしき男の 蔵人がたいへん足音高く板敷を踏み鳴らして、東北の隅の 草 こうらん たかひぎ 高欄の所に、高膝つきとかいう座り方で、主上の御前の方 若くてかなりな身分の男が、身分のいやしい女の名を言 さぶらい な に顔を向けて、滝ロの侍には後ろ向きに、「だれだれはひ い馴れてなれなれしく呼んでいるのこそは、ひどくにくら かえているかーとたずねる様子こそはおもしろい。細く しい。知っていながらも、何といったか、名の一部は思い なんにん みやづか あるいは高く滝ロは名告り、また、何人かが伺候していな出さないふうに言うのは、好ましい。宮仕え所の女房の局 いからであろうか、今夜は名対面をし申しあげない旨を奏などに立ち寄って、夜などに、そうばやかして言うのは、 とのもりづかさ 上するのに、蔵人が「どうしてか」と事情をたずねるので、 きっと悪いにちがいなかろうけれど、宮中なら主殿寮、そ さしさわ さぶらいどころ くろうどどころ 滝口が差障りの理由などを申しあげる時に、蔵人はそれを うでない普通の所では、侍所や、蔵人所にいる者を連れ まさ 聞きとったうえで帰るのが例なのだが、ある時、蔵人の方て行って、女を呼ばせるのがよい。自分から呼ぶのでは、 きんだち 弘は、事情を聞かないで帰ったといって、君達がそのこと だれの声だかはっきりわかるから。 を注意したところ、方弘はたいへんに腹を立てて滝口を叱 はした者や、童女などの名は、しかし自分で呼んでもか って、とがめて、滝ロの武士にまでも笑われた。 まわない。 こうろうでんみずしどころ また、後涼殿の御厨子所の「おも棚」という物に、方弘 六〇若き人とちごとは は沓を置いて、それを人々がけがれを祓って大騒ぎをして ちのみご ずりよう いるのを、気の毒がって、「だれの沓でしようか。知りよ 若い人と乳呑児とは、ふつくらしているのがいい 。受領 とのもりづかさ うがありません」と、主殿司の女官や、他の人たちがかば などのような十分年輩の人は、でつぶりしているのがいい って言ったのだったのを、「やあやあ、それは方弘のきた あまり痩せて乾からびたようなのは、気持がいらいらして ひろ だな や ひ

10. 完訳日本の古典 第12巻 枕草子(一)

ぎようじ ちょうだいこころ ものいみふだ 帳台の試みの夜、行事の蔵人がとてもきびしい態度をと などが、さまざまな色の小切れを、物忌の札のようにして、 ふたり C.D さいし 釵子を着付けているのなども、珍しく見える。清涼殿の仮って、「理髪の役の女房二人、童女よりほかは入ってはい もとゆい ぞめ そりはし けない」と言って押えて、小面にくいほどにまで言うので、 の反橋の上に、結い上げた髪の元結のむら染が、とてもく 子 殿上人などが、「でもやはりこの人一人ぐらいは」などと つきりとした様子で、この人たちが出て座っているのも、 草 おっしやる。「他からうらやましがられます。どうして入 何かにつけてただもうおもしろく見える。臨時に出仕した がんこ う - 入、うし れられましよう」などと頑固に言い張る時に、中宮様の御 上雑仕や童女たちが、たいした晴れがましさだと思ってい かた おみごろもやまあい るのも、まことにもっともである。小忌衣の山藍や、冠に方の女房が二十人ぐらい一団となって、物々しく言ってい ゃないばこ る蔵人を無視して、戸を押しあけて小声でひそひそ言いな つける日陰のかずらなどを、柳筥に入れて、五位に叙せら がら入るので、蔵人はあっけにとられて、「全くこれはど れた男が持ってまわるのも、たいへんおもしろく見える。 おうぎ ひょ - っーレ た てんじようびとのうし うしようもない世の中だ」と言って、立っているのも、お 殿上人が直衣を脱いで垂れて、扇や何やとを拍子に使って、 かいぞえ もしろい。その後について、介添の女房たちもみな入る。 「つかさまされとしきなみそたっ」という歌をうたって、 しゅじよう それを見る蔵人の様子はひどくいまいましそうだ。主上も 五節の局々の前を通るころはすばらしく、舞姫に立ち添っ おいであそばして、たいへんおもしろいと御覧あそばして ていよう人の心がきっと騒ぐにちがいないことだ。まして いらっしやることだろ , つ。 殿上人が、どっと一度に笑いなどしているのは、ひどく恐 とうだい わらわまい 童舞の夜は、たいへんおもしろい。灯台に向っているい ろしい くろうどかいねりがさね くつもの顔も、たいへんかわいらしげでおもしろいものだ 事に当る蔵人の掻練襲は、何物にもましてきれいに見え しとね る。褥などが敷いてあるけれど、かえってその上に座って いることもできず、女一房が出て座っているありさまを、ほ 九七無名といふ琵琶 めたりけなしたりして、このころは他のことは念頭にない びわ むみよう 「無名という名の琵琶の御琴を、主上がお持ちになってこ よ , つだ。 ゅ こづら おん