105 葵 ( 現代語訳一一七六ハー ) しめうち一三 一四ないしのすけ えていよう。↓紅葉賀七一一ハー注五。 注連の内には」とある手を思し出づれば、かの典侍なりけり。「あさましう、 一五「心」は典侍の心。今日は「八 十氏人」 ( 誰彼の区別ない多数 ) に 古りがたくもいまめくかな」と憎さに、はしたなう、 逢える日だからと相手を切り返す。 やそうぢびと 一六最初の歌の「はかなしゃ . を 源氏かざしける心ぞあだに思はゆる八十氏人になべてあふひを 「くやしくも」に転じながら、さら に源氏に執ねく追和。「名のみし 女はつらしと思ひきこえけり。 て人だのめなる」は、「逢ふ」の言 葉だけで人に空頼みさせる意。 典侍くやしくもかざしけるかな名のみして人だのめなる草葉ばかりを 宅源氏は女 ( 紫の上 ) と同乗して すだれ いるので、簾をさえ上げない。 と聞こゅ。人とあひ乗りて簾をだに上げたまはぬを、心やましう思ふ人多かり。 一 ^ 典侍もこの一人。典侍のよう あり 「一日の御ありさまのうるはしかりしに、今日うち乱れて歩きたまふかし。誰に積極的に恨まずとも、愛人たち もそれ以上に嫉妬を強めていよう。 ニ 0 ならむ、乗り並ぶ人けしうはあらじはや」と推しはかりきこゅ。「いどましか一九紫の上の素姓は誰も知らない。 ニ 0 典侍が相手では。「かざし争 おも らぬかざし争ひかな」とさうざうしく思せど、かやうにいと面なからぬ人、はひ」は、「車争ひ」に対しての言葉。 ニ一典侍のように恥知らずでない た人あひ乗りたまへるにつつまれて、はかなき御答へも心やすく聞こえんもま人。源氏の愛人たち一般をさす。 一三「もの」は魂の意。接頭語では ない。心底からの物思い ばゅ - しかし。 ニ三源氏とかかわって以来。 みやすどころ 一西「つらし」は、相手を恨む意。 御息所は、ものを思し乱るること年ごろよりも多く添ひに 〔一 0 〕車争いのため、御 「はて」に注意。絶望しきっている。 くだ 息所の物思い深まる けり。つらき方に思ひはてたまへど、今はとてふり離れ下一宝心底にひそむ源氏への執心。 ニ六世間のもの笑い。決意を迫ら ニ六ひとぎ ひとわら りたまひなむはいと心細かりぬべく、世の人聞きも人笑へにならんことと思す。れる御息所の追いつめられた気持。 ふ ひとひ 一セ ニ四 かた お 一九
一紫の上の乳母として深く感動。 こえたまふを、少納一一 = ロ、あはれにかたじけなしと見たてまつる。 ニ「千尋」の祝い言の縁から、紫 ちひろ の上の美しさを深い海底の「海松 源氏はかりなき千尋の底の海松ぶさの生ひゆく末は我のみそ見む ぶさ」 ( 緑藻の群生 ) とたたえた歌。 語 「我のみそ」は、独占する気持。 物と聞こえたまへば、 氏 三「満ち干る潮ーの深浅動揺する ひしほ 源 景によって、源氏の「千尋」の情愛 紫の上千尋ともいかでか知らむさだめなく満ち干る潮ののどけからぬに も頼りがたいと切り返した歌。 と物に書きつけておはするさま、らうらうじきものから若うをかしきを、めで四「らうらうじ」は巧者の意。返 歌の機転に、手応えをおばえる。 五一条大路の様子。 たしと思す。 六左右近衛の馬場の殿舎。 むまばのおとど 今日も所もなく立ちにけり。馬場殿のほどに立てわづらひ七「よろし」は、普通程度。 〔九〕源氏、好色女源典 ^ 女の乗っている牛車で。 かむだちめ 侍と歌の応酬をする て、源氏「上達部の車ども多くて、もの騒がしげなるわた九源氏の従者の一人を。 一 0 自分から声をかける行為を根 あふぎ りかな」とやすらひたまふに、よろしき女車のいたう乗りこばれたるより、扇拠に、相当の好色女と推測 = 憎らしいほど好都合な場所、 をさし出でて人を招き寄せて、「ここにやは立たせたまはぬ。所避りきこえむ」と声をかけて相手の反応を待つ。 あふひ 三「葵ー「逢ふ日」の掛詞。葵祭 と聞こえたり。 いかなるすき者ならむと思されて、所もげによきわたりなれば、の縁から、神も許す逢瀬に期待す る恋を表現。「人のかざせるあふ ひき寄せさせたまひて、源氏「いかで得たまへる所ぞとねたさになん」とのたひ」は、あなたは私以外に同乗の 女 ( 紫の上 ) に逢った、の意。女か ら歌を贈る積極的な行為に注意。 まへば、よしある扇の端を折りて、 一三立ち入りかねる、の意。 一四源典侍。ここでは六十歳を越 女「はかなしや人のかざせるあふひゅゑ神のゆるしのけふを待ちける 四
宅白く厚ばったい雑用向きの用 紙。源氏は好色がましさを避けた。 みちのくにがみ など、陸奥国紙にうちとけ書きたまへるさへぞめでたき。 天「あさぢふの露」が「四方のあ らし」に吹き散る景に、世の「常な しづごころ さを思しあか」す源氏の心を象徴。 源氏あさぢふの露のやどりに君をおきて四方のあらしぞ静心なき 一九色紙ながらも、源氏と同色。 一九しきし ニ 0 「色かはる」に、源氏の心変り などこまやかなるに、女君もうち泣きたまひぬ。御返り、白き色紙に、 の意をも言いこめ、風に吹き散ら される蜘蛛の糸の露のほうが、よ 紫の上風吹けばまづそみだるる色かはるあさちが露にかかるささがに りはかないとして、源氏の歌を切 ひと とのみあり。源氏「御手はいとをかしうのみなりまさるものかな」と独りごちり返す。「ささがに」は蜘蛛の糸。 三理想どおりの成長に満足。道 ゑ 心がおのずと紫の上執心に転ずる。 て、うつくしとほほ笑みたまふ。常に書きかはしたまへば、わが御手にいとよ 一三雲林院も斎院も同じ紫野。 をむな まくじよう ニ三今年春ド定の朝顔の斎院がこ く似て、いますこしなまめかしう女しきところ書き添へたまへり。何ごとにつ こにいるのは不審。斎院はト定後 二年目に紫野に移る。 けても、けしうはあらず生ほし立てたりかしと思ほす。 品朝顔の斎院づきの女房。 吹きかふ風も近きほどにて、斎院にも聞こえたまひけり。 一宝初二句は祝詞風の用語。「そ 三 0 〕源氏、朝顔の斎院 のかみ」は、斎院ト定以前。「木綿 と贈答、往時をしのぶニ四 中将の君に、源氏「かく旅の空になむもの思ひにあくがれ襷」は斎院をさし、「かけ」と縁語。 木 ニ六「いにしへのしづのをだまき おまへ くりかへし昔を今になすよしもが にけるを、思し知るにもあらじかしーなど恨みたまひて、御前には 賢 な」 ( 伊勢物語三十二段 ) 。 ゅふだすき 毛「とりかへすものにもがなや 源氏「かけまくはかしこけれどもそのかみの秋思ほゆる木綿襷かな 世の中をありしながらの我が身と 思はむ」 ( 源氏釈 ) 。 昔を今にと思ひたまふるもかひなく、とり返されむもののやうに」と、馴れ馴 ニ五 ニ 0
源氏物語 38 ことこ こえさせにくくなむ」と 、いたう一言籠めたれば、源氏「例の艶なる」と憎みた一思わせぶりだ。この「艶」は恋 愛的な情趣。前にも「あまり色め いたり」 ( 一六ハ ー一行 ) とあった。 まふ。命婦「かの宮よりはべる御文」とて取り出でたり。源氏「ましてこれはと ニめったに手紙をくれない姫君 みちのくにがみあつご からの手紙だから、まして。 り隠すべきことかは」とて、取りたまふも胸つぶる。陸奥国紙の厚肥えたるに、 三檀紙。白く厚ばったい。懸想 うすよう 文は薄様で、これは用いない 匂ひばかりは深う染めたまへり。いとよう書きおほせたり。歌も、 四あの姫君にしては、の皮肉。 五「着るーの枕国・からころも」が 末摘花からころも君が心のつらければたもとはかくぞそばちつつのみ 「君」にかかるのは異例。「たもと ころもばこ は縁語。「そばっ」は ( 涙で ) 濡れる。 心得ずうちかたぶきたまへるに、つつみに衣箱の重りかに古代なる、うち置き 六唐衣や袂を詠み込んだ理由、 ておし出でたり。命婦「これを、いかでかはかたはらいたく思ひたまへざらむ。「かく」が何をさすか、不審に思う。 セ元旦の源氏のお召物。これを されど、朔日の御よそひとてわざとはべるめるを、はしたなうはえ返しはべら贈るのは普通は北の方の仕事。 ^ 姫君におし返せば、ばつの悪 たが い思いをすると、分っている。 ず。ひとり引き籠めはべらむも人の御心違ひはべるべければ、御覧ぜさせてこ 九自分 ( 命婦 ) が。「人」は姫君。 一 0 その後に適宜処理しよう。 そは」と聞こゆれば、源氏「引き籠められなむはからかりなまし。袖まきほさ = 「からし」は、つらい意。 あわゆき 三「沫雪は今日はな降りそ白た しとうれしき心ざしにこそは」とのたまひて、ことにもの言 む人もなき身に、、 への袖まき乾さむ人もあらなく に」 ( 万葉一一三 = l) 。姫君の「そばちっ はれたまはず。「さても、あさましのロつきや。これこそは手づからの御事の つのみ」への戯れ。 じじゅ・つ はかせ 一三精いつばいの詠みぶり。 限りなめれ。侍従こそとり直すべかめれ、また筆のしりとる博士ぞなかべき」 一四字を教える人。 、とも一五流行色。後の「紅の」の歌から と言ふかひなく思す。心を尽くして詠み出でたまへらんほどを思すに、し ついたち 四 えん
87 花宴 ほどは、わづらはしかるべし。さりとて知らであらむ、はた、い と口惜しかる再会の困難が直感される。 一六五の君か六の君か べけれは 。、、かにせまし」と思しわづらひて、つくづくとながめ臥したまへり。宅自分が婿扱いされたなら。 一 ^ 女の人柄。 姫君、いかにつれづれならん、日ごろになれば屈してやあらんと、らうたく一九物思いがそのまま二条院の 「姫君」 ( 紫の上 ) へと転じていく。 あふぎニ かす 思しやる。かのしるしの扇は、桜の三重がさねにて、濃きかたに霞める月を描 = 0 ↓八五ハー七行。この扇は、女 あこめおうぎ 性用の袙扇。 めな ひおうぎ ニ一檜扇の両端の親骨を三枚重ね きて水にうっしたる、いばへ、目馴れたれど、ゆゑなっかしうもてならしたり。 にして桜の薄様の紙を張ったもの。 一三紙の色の濃い側に。 「草の原をば」と言ひしさまのみ心にかかりたまへば、 ニ三月が水に映るという趣。 一西持主の人柄がしのばれるほど 源氏世に知らぬ心地こそすれ有明の月のゆくへを空にまがへて に使いならしてある。 と書きつけたまひて、置きたまへり。 一宝「世に知らぬ」は、未経験、の ニ六 意。「有明の月」は、朧月夜の君を おほいどの さし、「空」と縁語。男が女のもと 大殿にも久しうなりにけると思せど、若君も心苦しければ、 きめぎめ 〔四〕源氏、ニ条院に退 を立ち去る後朝の代表的景物で、 出、紫の上を見る 夜明けの光で空に見失いがち。 こしらへむと思して、二条院へおはしぬ。見るままに、、 ニ六左大臣邸の葵の上。 お あいぎゃう とうつくしげに生ひなりて、愛敬っき、らうらうじき、いばへいとことなり。飽毛紫の上。この直前にも想起。 天「愛敬は、人の気持をひきっ をとこ かぬところなう、わが御心のままに教へなさむと思すにかなひぬべし。男の御ける情味のあふれた優美な魅力。 ニ九↓紅葉賀六四ハー一一行。 三 0 男に馴れすぎている占。 教へなれば、すこし人馴れたることや交らむと思ふこそうしろめたけれ。日ご 三一葵の上のもとに。 こと 三ニ↓紅葉賀六四ハー七行。 ろの御物語、御琴など教へ暮らして出でたまふを、例のと口惜しう思せど、今 一九 ニ 0 三 0 ニ九 ニ四 ふ
うちとけたる住み処にすゑたてまつりて、うしろめたうかたじけなしと思へど、一常陸宮邸内の命婦の部屋。こ -4 こに源氏を一時的に待機させる。 しんでん むめか 寝殿に参りたれば、まだ格子もさながら、梅の香をかしきを見出だしてものしニ正殿。姫君 ( 末摘花 ) がいる。 語 三格子を昼間のまま開け放しで、 ことね 物 たまふ。よきをりかなと思ひて、命婦「御琴の音いかにまさりはべらむと思ひの意。「格子」↓帚木田七六ハー注一 = 。 氏 四「見出だす」は、室内から外を 源 たまへらるる夜のけしきにさそはれはべりてなむ。心あわたたしき出で入りに、見やる意。女君の物思いを語る常 套表現。「ものす」は代動詞。 くちを 五今宵は弾奏にふさわしいとす えうけたまはらぬこそ口惜しけれ」と言へば、姫君「聞き知る人こそあなれ。 る言葉は、先刻の源氏へのそれと いか逆。ともども大輔の計略的な発言。 ももしきに行きかふ人の聞くばかりやは」とて召し寄するも、あいなう、 六下に「まうではべりつる」など を補い読む。 が聞きたまはむと胸つぶる。 セ常陸宮邸への出入り。 〈伯牙は、自分の琴を聞くだけ ほのかに掻き鳴らしたまふ、をかしう聞こゅ。なにばかり深き手ならねど、 でその意中を察してくれた鍾子期 物の音がらの筋ことなるものなれば、聞きにくくも思されず。いといたう荒れに死なれたので、「知音者」がいな くなったとして琴の絃を断ったと いう ( 列子・湯問 ) 。「琴の音を聞き わたりてさびしき所に、さばかりの人の、古めかしうところせくかしづきすゑ 知る人のありければ今ぞたち出で て緒をもすぐべき」 ( 古今六帖五 ) 。 たりけむなごりなく、いかに思ほし残すことなからむ、かやうの所にこそは、 九「人」は、命婦。 昔物語にもあはれなる事どももありけれなど思ひつづけても、ものや言ひ寄ら一 0 まずいと思う、命婦の気持。 = 源氏の耳に。 一セ 三琴は音色が格別のものだから。 ましと思せど、うちつけにや思さむと心恥づかしくて、やすらひたまふ。 一三高貴な素姓の常陸宮が。 な 命婦、かどある者にて、いたう耳馴らさせたてまつらじと思ひければ、命婦一四不自由なほど重々しく。 すか 四
ゆるしいろ かしこき方とは、これをも言ふべかりけりと、ほほ笑みて見たまふを、命婦お薄紅色と分る。「聴色」 ( 三四ハー注 一 l) とも。次に「えゆるすまじく」と いまやういろ なほし もて赤みて見たてまつる。今様色のえゆるすまじく艶なう古めきたる、直衣のあるゆえん。禁色ではなく、がま んできない古さ。 うらうへ 裏表ひとしうこまやかなる、いとなほなほしうつまづまぞ見えたる。あさまし一六表裏が同一の濃い色。普通は 表裏の色が異なる。 はしてならひ そばめ 宅衣の褄のこと。 と思すに、この文をひろげながら、端に手習すさびたまふを、側目に見れば、 べにばな 一 ^ 紅花の異名。姫君の赤鼻から 連想。これで姫君を末摘花と呼称。 源氏「なっかしき色ともなしに何にこのすゑつむ花を袖にふれけむ 一九「紅を色濃き花と見しかども ニ 0 とが 色こき花と見しかども」など書きけがしたまふ。花の咎めを、なほあるやうあ人をあくだにうつろひにけり」 ( 奥 入 ) 。 らむと思ひあはするをりをりの月影などを、いとほしきものからをかしう思ひニ 0 紅花に対する源氏の悪口。 ニ一やはり何か子細があろう。 なりぬ。 一三時折月明りで見た姫君のお顔 に思いあたって、の意。 くれなゐ ニ三「ひとはな ( 一花 ) 衣」は、染料 命婦「紅のひとはな衣薄くともひたすらくたす名をしたてずは に一回浸しただけの薄色の衣。源 な ひと 心苦しの世や」と、 いといたう馴れて独りごっを、よきにはあらねど、かうや氏の浅い気持をさす。「花」に「鼻」 をひびかす。「くたす名」は姫君が うのかいなでにだにあらましかばとかへすがヘす口惜し。人のほどの心苦しき源氏に捨てられたという悪い評判 花 ニ四命婦の歌が。 ニ六 摘に、名の朽ちなむはさすがなり。人々参れば、源氏「とり隠さむや。かかるわニ五形が一応整っていること。姫 君の歌もせめてこの程度にと無念。 末 ニ六男 ( 夫 ) に着物を贈ること。 ざは人のするものにゃあらむ」とうちうめきたまふ。何に御覧ぜさせつらむ、 毛以下、命婦の悔恨。 我さへ心なきゃうにと、 いと恥づかしくてやをらおりぬ。 ニ五 かた ごろも ゑ ニ四 つや ニ七
源氏物語 56 へど、御年の数添ふしるしなめりかし。かく幼き御けはひの事にふれてしるけ一夫婦の関係にない添臥。「添 臥」は、添寝する妻や愛人のこと。 そひぶし れば、殿の内の人々もあやしと思ひけれど、 いとかう世づかぬ御添臥ならむとニ以下、葵の上の、きちんと端 麗にとりすました挙措。 は田 5 は、り・ - け一り % 三元旦ゆえの言い方。 四少し世間並の夫婦らしく。 内裏より、大殿にまかでたまへれば、例の、うるはしうよ五源氏がわざわざ自邸に愛人を 〔セ〕源氏、左大臣邸に 迎えて寵愛しているという噂を。 退出翌日藤壺へ参賀 そほしき御さまにて、心うつくしき御気色もなく苦しけれ「 : ・思さるべし」まで挿入句。 六源氏はその人を大事な方と。 一とし セしいて冷淡に無関心を装う。 ば、源氏「今年よりだに、すこし世づきてあらためたまふ御心見えば、しカ 前にも「思はずにのみ」 ( 五一ハー ) 。 五 うれしからむ」など聞こえたまへど、わざと人すゑてかしづきたまふと聞きた ^ 源氏のくだけた冗談口に適当 に応ずる葵の上を賞揚してもいる。 六 九「子の上」で、兄・姉、の意。 まひしよりは、やむごとなく思し定めたることにこそはと、いのみおかれて、 源氏十八歳、葵の上一一十一一歳。 とど疎く恥づかしく思さるべし、しひて見知らぬゃうにもてなして、乱れたる一 0 年かさらしい品位を備え、源 氏が気おくれするほど立派で。 御けはひにはえしも心強からず、御答へなどうち聞こえたまへるは、なほ人よ = 前にも「あるまじきすさびご と」 ( 五一ハー ) が出来するとあった。 九 一 0 りはいとことなり。四年ばかりがこのかみにおはすれば、うちすぐし恥づかし三世間の人望が重々しい意。 一三葵の上の母は、桐壺帝の妹。 げに、盛りにととのほりて見えたまふ。何ごとかはこの人の飽かぬところはも一四少しでも疎略に扱われるのを。 一五源氏の、なぜそれほど葵の上 のしたまふ、わが心のあまりけしからぬすさびにかく恨みられたてまつるそかの機嫌を取らねばならぬかの態度。 一六夜離れの続くことなどをさす。 おとど し、と思し知らる。同じ大臣と聞こゆる中にも、おばえやむごとなくおはする宅実際に源氏に対面すると、あ よとせ けしき
用意したまへる御けはひいみじうなまめきて、「見知らむ人にこそ見せめ、はの周辺では何の見せばえもない。 ニ 0 源氏への同情。 えあるまじきわたりを。あないとほし」と命婦は思へど、ただおほどかにもの三鷹揚さが、姫君の性格の一つ。 一三「罪避りごと」は、責任のがれ にすること。源氏の問責を避ける したまふをそ、うしろやすうさし過ぎたることは見えたてまつりたまはじと思 ために手引したこと。 ひける。わが常に責められたてまつる罪避りごとに、心苦しき人の御もの思ひニ三「人の御もの思ひ」で一語。 ニ四姫君のご身分。 一宝むやみにしゃれる。「・ : くっ や出で来むなど、やすからず思ひゐたり。 がヘる」は、はなはだ : ・する意。 いまやうニ六 君は人の御ほどを思せば、されくつがヘる今様のよしばみよりは、こよなう兵趣味教養ありげに見せること。 たきもの 毛粉末の調合香料の名か。薫物 奥ゆかしと思しわたるに、とかうそそのかされて、ゐざり寄りたまへるけはひ ( 練り香 ) の名称とも。 夭手紙にも返事をしなかったが、 ニ七 まして間近なところでのご返事は。 しのびやかに、えひの香いとなっかしう薫り出でて、おほどかなるを、されば え「しじま」は、沈黙。『原中最 しとよくのたまひつづくれど、まして秘抄』に、八講論議の時、 ( 勤行 よと思す。年ごろ思ひわたるさまなど、、 などに用いる打楽器 ) を打った後 は「両方共ニロヲ閇ヅ。仍ッテ無 近き御答へは絶えてなし。わりなのわざやとうち嘆きたまふ。 言スト云々」とあるのに従う。下 句は、あなたが私にものを言うな 源氏「いくそたび君がしじまに負けぬらんものな言ひそといはぬたのみに 花 と言わないのだけを頼みに、の意。 じじゅう 三 0 めのとご 摘のたまひも棄ててよかし。玉だすき苦し」とのたまふ。女君の御乳母子、侍従三 0 どっちつかすで苦しい。「こ とならば思はずとやは言ひはてぬ 末 なそ世の中の玉だすきなる」 ( 古 とて、はやりかなる若人、いと心もとなうかたはらいたしと思ひて、さし寄り 今・雑体読人しらず ) 。 三一「はやりか」は、上調子な。 て聞こゅ。 ニ四 ニ九 す か ニ 0
( 現代語訳二五四ハー ) 内侍は、なまはゆけれど、憎からぬ人ゅゑは濡れ衣をだに着まほしがるたぐひ ( 拾遺・恋四読人しらず ) 。 一 0 典侍はしいて追いすがり。老 もあなればにや、いたうもあらがひきこえさせす。人々も、思ひの外なること女の滑稽ながら真剣な姿。 = 「思ふこと昔ながらの橋柱ふ くま りぬる身こそ悲しかりけれ」 ( 一条 かなとあっかふめるを、頭中将聞きつけて、いたらぬ隈なき心にて、まだ思ひ 摂政御集 ) 。嘆老を源氏に訴える。 よらざりけるよと田 5 ふに、尽きせぬ好み心も見まはしうなりにければ、語らひ三以下、源氏について批評。 一三なんとなく面はゆい。 一四「憎からぬ人の着すなる濡れ つきにけり。 衣はいとひがたくも思ほゆるか この君も人よりはいとことなるを、かのつれなき人の御慰な」 ( 古今六帖五 ) 。事実でなくと 〔一巴源氏と典侍との逢 も源氏との仲を噂されたい気持。 瀬を、頭中将おどす めにと思ひつれど、見まほしきは限りありけるをとや。う一五あらゆる女に関心を持っ心。 一 : つい , っ・女、がいた ) と一は。 たての好みや。いたう忍ぶれば、源氏の君はえ知りたまはず。見つけきこえて宅典侍の老いても衰えぬ好色心。 天言い寄って親しくなった。 よはひ はまづ恨みきこゆるを、齢のほどいとほしければ慰めむと思せど、かなはぬも一九源氏をさす。 ニ 0 逢いたいのは源氏だけとか。 うん よひ のうさにいと久しくなりにけるを、タ立して、なごり涼しき宵のまぎれに、温以下、語り手の感想をこめた叙述 一 = 典侍が頭中将との関係を。 ひ めいでん あり ないしびは 明殿のわたりをたたずみ歩きたまへば、この内侍、琵琶をいとをかしう弾きゐ一三源典侍が。 賀 ニ三宣陽門内の殿舎。北が内侍の おまへ をとこがた かしどころ 詰所。南が神鏡を奉安する賢所。 葉たり。御前などにても、男方の御遊びにまじりなどして、ことにまさる人なき ニ四源氏を思う嘆きがこめられる。 うり . 江じゃうず 上手なれば、もの限めしうおばえけるをりから、いとあはれに聞こゅ。典侍「瓜一宝「山城の狛のわたりの瓜作 われ り・ : 我を欲しと言ふ・ : いかにせむ 6 つく なりやしなまし」 ( 催馬楽・山城 ) 。 作りになりやしなましと、声はいとをかしうてうたふそ、すこし心づきなき。 この ニ四 ニ 0 め ぎぬ 一九 ほか