のお顔つきが、ふと思い出されて、つい笑みをお浮べにな しあしは家柄のいかんによって定まるというものではなか る。「頭中将にこの鼻を見せでもしたら、どんな形容をし ったのだ。あちらは、気だてがおとなしく、 しまいましい て見せるだろう。常に様子をうかがいにやって来ているの くらいにしつかりしていたので、とうとうこちらの負けで だから、そのうちに見つけられてしまうかもしれない」と、終ってしまったのだったな」と、何かの折ごとにはお思い 出しになる。 どうにも困ったお気持になられる。 とのいどころ 〔三〕末摘花の生活を援世間並の、とくにどうということも 〔一六〕歳暮、末摘花、源年も暮れた。宮中の宿直所においで たゆうのみようぶ 助、空嬋を思い出すない器量なのだったら、このまま見氏の元日の装束を贈るになるところに、大輔命婦が参上し みぐし 捨ててもしまえようが、 はっきりとお見届けになってから た。御髪の手入れなどには、色恋沙汰抜きで気がおけない というものは、かえっていじらしさがつのり、色恋を離れとはいうものの、やはり冗談口をたたいたりもなさって、 くろてん あや て、しじゅうお訪ねになる。黒貂の皮ならぬ絹や綾・綿な常に召し使っていらっしやるので、お呼びのないときも、 ど、老女房どもが着られそうな衣類を、あの年寄のために 何か申しあげようとすることがあるときは、君のもとに参 まで、上下に心をお配りになって、贈物をさしあげられる。上するのだった。「つかぬことがございますが、それを申 このような暮し向きの援助も、姫君は恥ずかしがったりな しあげませんのも片意地のようで、どうしたものかと迷い さらないので、君は気安くて、そういう面での後見となっ まして」と、薄笑いしながら申しあげかねているので、 てかばってあげようとお考えになり、普通の場合とはちが 「どんなことだ。わたしには遠慮することもあるまいと思 花 って、格別の立ち入ったお世話をもなさるのだった。「あ うが」とおっしやると、「どういたしまして。私ごとのお 摘うっせみ の空蝉の女は、くつろいでいた宵に見せていた横顔ではま願いなら、畏れ多くとも真っ先に申しあげます。これはほ ったくいただけない容貌だったけれども、身だしなみの良んとに申しあげにくうございまして」と、ひどく口ごもっ さであらが目だたず、捨てたものではなかった。この姫君ているので、「例によって、思わせぶりな」と、憎らしが ふみ は、あれに劣るような身分の人だろうか。なるほど女のよ っていらっしやる。「あちらの宮からございました御文で」 おそ
いのである。 ご様子は、まことにお美しく、そそるような魅力をたたえ 〔六〕源氏、幼い紫の上少納言は、思いがけなく幸せな御仲 ていらっしやる。姫君は、いつの間にか、もうお人形を並 をいとおしみ、相睦ぶらいをこの目に見ることよ、これも べ立てて忙しがっていらっしやるが、三尺の対の御厨子に、 語 物故尼君がこの姫君の身の上をお案じなさって、朝夕のお勤さまざまな道具を飾り並べ、また小さな御殿をいくつもこ りやく 氏め 行にもお祈り申しあげられた仏のご利益だろうか、と思わしらえてさしあげられたのを、部屋いつばいにひろげて遊 源 ついな いぬき ずにはいられない。 しかしまた、左大臣家の北の方がまこんでいらっしやる。「追儺をするといって、大君がこれを つくろ とにご身分高くていらっしやることだし、ほかにもあちら こわしてしまったものですから、繕っておりますの」と言 こちらの方々と多くかかわっておいでになるので、姫君が って、さも重大な事件のように思っておられる。「なるほ 本当に大人になられたあかっきには、面倒なことも起りは ど、ほんとに心ないそそうをしでかしたものですね。すぐ ないか、と少納言は案じているのだった。しかし、この に繕わせましよう。おめでたい今日は不吉なことは慎んで、 ように君の格別のお気に入りようは、まことに行く末頼も お泣きになってはいけませんよ」と言ってお出ましになる しそうに見えることではある。服喪の期間は、母方のとき ご様子の、あたり狭しとばかりのご威勢を、女房たちが端 みつき は三月というので、十二月末には喪服を脱がせておあげに に出て拝見するので、姫君もいっしょに立ち出でて拝見な なるが、祖母上のほかには母君もなくお育ちになったので、 さって、人形の中の源氏の君を着飾らせて参内させなどし 派手な色合いではなく、紅、紫、山吹色などの、無地の御ていらっしやる。「せめて今年からでも、もう少し大人ら とお 小袿などをお召しになっている御有様は、たいそう現代ふしくなさいませ。十歳を越した人はもうお人形遊びなどは うな感じで美しいお姿である。 いけないと申しますのに。こうして、婿君などをお持ち申 ちょうはいさんだい 男君は、元旦の朝拝に参内なさろうとして、姫君のお部しあげられたのでございますから、奥方らしくしとやかに みぐし 屋をおのぞきになった。「今日からは、大人らしくおなり お相手なさいませ。今は御髪を直してさしあげることさえ になりましたか」と言って、ほほえんでおいでになる君の おいやがりになるのですもの」などと少納言が申しあげる。 こら・ち・き っと
っとした世間話のついでに、こんなお方がいらっしやると ら姫君に申しあげたこともございません。ただいったいに むやみに遠慮深くていらっしゃいますので、受け答えしか だけお耳に入れたところ、こうしていかにも本気になられ やっかい ねていらっしやるのだと存じます」と申しあげると、「そ て、たえず取持ちを催促なさるので、どうも厄介であり、 語 物れが世間知らずということなのだ。物のわきまえもない年それに姫君のご気性も、男女の情けに縁遠く、また風情も 氏 頃だとか、親がかりの娘で思いのままにふるまえない身のおありでないようだから、なまじ手引をして、そのために 上だとかいうのだったら、そんなふうに恥ずかしがるのも お気の毒な結果になりはせぬかと思ったのだけれども、君 がこうも真剣におっしやるのに聞いてあげないのも依怙地 もっともだが、姫君はどんなことにも落ち着いた分別がお ありだろうと思えばこそお便りをもさしあげている。なんというものであろう。父宮のご生前でさえ、時勢に取り残 ということもなく所在なくて心細くばかり思っているのだ されたお邸とて、お訪ね申す人もなかったのだから、まし から、姫君がそうしたわたしと同じような気持になってご て今は荒れた庭草を分けて訪れる人もまったくなくなって いる。そこに、 返事をくださったら、それこそ本望というものだが。あれ こうして世にも珍しいお方からのお便りが すのこたたず やこれやの色恋沙汰ではなしに、その荒れた簀子に佇んで時にもたらされるようになっているのだから、つまらぬ女 そ - つごう がてん みたいのだ。じつに気がかりでなんとも合点のゆかない気房などまでも、相好をくずして、「やつばりご返事あそば 持がするから、たとえ姫君のお許しがなくともそなたが一 せ」とお勧め申すけれども、あきれるほど内気なご気性で くふう ふらち 工夫しておくれ。そなたのやきもきするような、不埒なふあるから、まるで見向きもなさらないのだった。 るまいは決してしないから」などと話を持ちかけられる。 命婦は、それなら都合のよい折に、物を隔ててお話し申 しあげられるとして、そのとき、お気に召さなければその 相変らず源氏の君は世間の女たちの様子を、なにげない 、し、また、しかるべきご縁があっ 体にいろいろと聞いていらっしやっては、これといった人ままお止しになればいし とが のことにはとくに耳をおとどめになる癖がおありであるが、 て、一時的にでもお通いになろうと、それを咎めだてなさ そこへもってきて命婦が、何か話題のほしい宵の席にちょ るような方もないのだからなどと、浮気なお調子者だから、 くせ やしき
くどくどとおっしやったことなどをお思い出しになって、 ミ〕源氏、左大臣家の大将の君は、若君の御目もとの愛ら 2 人々、すべて参内するしさなどが東宮にそっくりでいらっ厭わしいお気持になるので、「いやもう、申しあげたいこ しやるのを拝見なさるにつけても、まず誰よりも東宮を恋 とはほんとに山ほどありますが、まだいかにも大儀そうに 語 物しくお思い出しにならずにはいらっしゃれなくて、じっと していらっしやるので」とおっしやって、「お薬を召しあ さーれ ~ い 氏 してはいられず、参内しようとお思いになって、「宮中な がれ」などとお世話申しあげられるのを、いつの間にそん 源 どにもあまり長い間上がっておりませんので、気がかりゆなことまでお覚えになられたのやらと、女房たちもしみじ え今日久しぶりに外出いたしますが、もう少しおそば近く みうれしくお思い申しあげる。 でお話し申しあげたい。あまりにもどかしい他人行儀なお まことに美しくていらっしやるこの女君が、ひどく弱り 仕向けではありませんか」と恨み言をお申しあげになると、 やつれて、人心地もないご様子に臥せていらっしやるさま 「仰せのとおり、ただむやみにお体裁をつくっていらっし 。いかにもいじらしく、また痛ましくも感じられる。御 やるべき御仲でもないのですから、ひどくおやつれになっ髪の一筋として乱れもなく、はらはらと枕もとにかかって ふぜい たとは申しても、物越しにご対面ということもございます いる風情は、世に類のない美しさとまで見えるので、この まい」と申しあげて、女房が女君のご寝所近くにお席をお年ごろ、このお方のどこに不足があると思っていたのだろ 作りしたので、君はそこにはいってお言葉をおかけになる。 うと、我ながら不思議なくらいじっと見守らずにはいらっ さカ 女君はときどきご返事申しあげなさるが、それもやはりま しゃれない。「院などに参上して、早々に退ってまいりま ことに弱々しそうである。しかし、一時はまったくもう助しよう。このようにして、いつも親しくお目にかからせて かるまいと思い申しあげたあのときのご様子をお思い出し いただくのでしたらうれしいことでしようが、母宮がすっ になると、夢のような気持がして、ご重態であられた折の とお付き添いなので、思いやりのないことのように思われ ことなどを話してさしあげなさるついでにも、あのまるで ようかと、すっと遠慮しどおしだったのもつらいことです 息絶えたようでいらっしやった方が、急に持ち直して何か から、やはり、少しずつ元気をお出しになって、いつもの ぐし たぐい
めなご返事だけをさしあげなさるのを、君は、「こんなに また風流な歌語りなども互いに交し合い申しあげなさるつ も賢く、どこまでも用心深くていらっしやる」と、恨めし いでに、帝が、あの斎院の伊勢にお下りになった日のこと、 そのお姿のかわいらしくていらっしやったことなどをお話 くはごらんになるけれども、これまで何事にもお世話申し ののみや しあそばすので、君も気を許して、野宮の心にしみいった あげてこられたことなので、いまさら人にあやしまれでも あけばの してはとご懸念になって、宮のご退出になるという日に、 曙の風情を、すっかりお聞かせ申しておしまいになるの 、、つ ) つつ ) 0 お迎えに参内なさる。 二十日の月がしだいに上ってきて、眺めも美しい時分な 三三〕源氏参内して、帝まず帝の御前に参上なさると、ちょ かんげん ひま と昔今の物語をする うどゆっくりとお暇にあらせられる ので、「管絃の遊びなどもしてみたくなる景色ですね」と 折なので、源氏の君は昔や今のお話を申しあげなさる。お仰せになる。君は「中宮が今宵ご退出になるそうですから、 そちらに参上させていただこうと存じます。院のご遺言あ 顔だちも故院にまったくよく似通いあそばして、さらにい そばしたことがございましたので、それにまた、ほかには ささか優美なところが加わって、やさしく柔和であらせら れる。互いにしみじみ懐かしくお見交しになる。帝は、尚後見申しあげる方もございませんようですので、東宮のご 侍の君の御事も、まだ源氏の君との仲が絶えていないとの縁からも宮がお気の毒に存ぜられまして」と申しあげなさ 噂をお耳にあそばし、尚侍の君のそれらしいそぶりのお目 る。「院が、東宮をわたしの皇子のようにするよう、など にとまる折もあるけれども、「なに、今に始ったというのとご遺言あそばしたので、とりわけたいせつに思う気持が ならばとにかく、以前からあったことなのだから、そんな あるのですが、お一人だけを特別にというのもどうかと思 ふうに心を通わし合うというのも不似合いではなさそうなわれて。お年のわりにはお筆跡などがことさらすぐれてい とが 間柄なのだ」と、しいてお考えあそばして、お咎めにもな らっしやるようですね。何事にもはかばかしくないこのわ たしの面目を立ててくださる」と仰せになるので、「およ らないのだった。さて、さまざまなお話、学問上の日ごろ そうめい ご不審にお思いになる数々のことなどをお尋ねあそばして、 そなさいますことなどは、まことにご聡明で大人らしいと
のお筆跡なのです。以前にも親の許しもなくできてしまっ かったのでした」などと仰せになると、后の宮はいっそう おももち たことですけれども、あの人物に免じて、そのまま当家の はげしいご気性なので、じつにご不快な御面持で、「帝と 婿にと申した折には、これを無視して心外なまでの態度を は申しあげるけれども、昔から誰もみなが軽んじ申しあげ 語 物とられたので、おもしろくなく思いましたが、これもそう て、あの辞任した左大臣も、このうえなくかわいがってい けが 氏 いうことになる宿縁とあきらめて、当帝ならば、穢れた娘た一人娘を、御兄の、東宮でいらっしやる方にはさしあげ 源 そいぶし だなどとけっしてお見捨てあそばすこともあるまいと、そずに、その弟の、源氏でまだ幼い方の元服の添臥のために れをお頼みして、こうして当初の望みどおり宮中にさしあとっておいたり、またこの姫君をも宮仕えにと心づもりし げはしましたものの、やはりその負い目があって、れつき ておりましたところ、それがもの笑いの種になるようなぶ とした女御などとも呼ばせられないことだけでも物足りな ざまなことになったのを、いったい誰一人として大将をけ く残念に思っておりますのに、またしてもこのようなこと しからぬとお思いだったでしようか。皆が皆あのお方をひ まで起ってまいりましたので、あらためてまったく情けな いきにしておられたようでしたので、こちらとしても最初 い気持になってまいりました。男にはありがちなこととは の当てがはずれた形で、こうして尚侍として宮仕えしてい いいながら、大将も、じつにけしからぬ了簡のお方ではあ らっしやるというわけですが、それがお気の毒なので、ど りませんか。斎院にも、神へのはばかりもなくいまだに言 うかして、それはそれなりに人におくれをとらぬ身にして い寄っては、ひそかにお便りをやりとりなどして、あやし さしあげよう、あんなにいまいましかった人の手前もある み′ . わさ い節があるなどと人が噂をしておりましたが、このご治世し、などと思っておりましたが、当のご本人はこっそりと ひと のためばかりでなく、源氏ご自身のためにもよからぬこと 自分の気にいった男に傾いているというのですからね。斎 ですから、まさかそんな無分別なことをしでかしたりはす院とのお話も、なおさらありそうなことです。何事につけ まいと、当代の識者として天下を左右していらっしやる様ても、帝の御ために安心がならないように見えますのは、 子も格別のようですので、私は大将のお心を疑ってはいな東宮のご治世に格別期待を寄せている人ですから、当然の
になるのもしみじみいとおしく思われる。目もと、ロもと この私の姿を、まずごらんいただきたくて参上いたしまし が、まさに東宮にそのままのお顔だちなので、人がこれを たカ、いろいろと思い出さずにいられぬことが多うござい 拝して不審がりはせぬかと不安をお感じになる。お部屋のまして、何も申しあげられません。 みぞかけ 様子なども変りなく、御衣掛の御装束など、以前と同様に あまた年けふあらためし色ごろもきては涙そふる心地 うち掛けてあるにつけても、女君の装束がそれと並んでい する ないのが、見る目にも寂しく物足りなく思われる。 ( 長い間、年ごとに、今日こちらで着替えをいたしました美 大宮のご挨拶として、「今日は、懸命にこらえておりま しい色の晴れ着を、今年も着てみると、昔のことが思われて すが、こうしてお越しくださいましたので、かえって」な ただ涙がこばれるばかりでございます ) ど申しあげなさって、「昨年までの例にならってお調えし この気持を抑えかねております」とお申しあげになる。ご ておきました御装束も、このところひとしお涙に目がかす返事は、 みふさがっておりますので、色合いの見立てもよくないと 新しき年ともいはずふるものはふりぬる人の涙なりけ ごらんあそばすかと存じますけれども、今日ばかりはこの 映えぬお召物にお替えくださいませ」と言って、たいそう ( 新しい年を迎えたと申しましても、相変らず降るものは、 入念にお仕立てになった御装束の数々をも、また重ねてお 年古りてしまったこの私の涙でございました ) さしあげになる。ぜひ今日お召しになっていただこうと思並一通りであるはずもない悲しみではある。 したがさね っておられた御下襲は、色合いも織り具合も尋常のもので はなく、意匠も格別の品なので、ご厚志を無にするのもど やしき 葵 うかとお召し替えになる。もし今日、このお邸に伺わなか 3 ったら、さぞ大宮はがっかりなさっただろうに、と君は、い が痛む。ご返事には、「悲しみの中にも、春を迎えました
いましてからこのかた、今日のように時雨れる空をどのよう 推し量られるようなお気だてのお方でいらっしやるから、 な気持でごらんになっていらっしやるかと、お察し申しあげ 2 もう暗くなっていたけれどもお便りをさしあげなさる。久 ております ) しい途絶えだったが、それが普通になってしまっている源 語 物氏の君のお手紙なので、気にもなさらずごらんになる。空とだけ、薄い墨の跡で、そう思うせいか心ひかれる奥ゆか 氏 しさである。何事につけても、見まさりのするということ 色の舶来の紙に、 源 はなかなかむずかしいのが世の常であろうが、相手が冷た 「わきてこの暮こそ袖は露けけれもの思ふ秋はあまた へぬれど ければ冷たいほどその人にしみじみとお気持のそそられる ( とくに今日の夕暮は格別で、涙に袖が濡れてなりません。 といった君のご気性なのである。「つれなくはあるけれど 物思いに沈む秋はもう何度となく年々に経験してきました も、しかるべきおりふしの身にしみる風情をお見過しにな が ) らない、そういう人こそ互いに最後まで情けを交すことが できるのだろうが、わけ知りめいて風流の度が過ぎ、人目 時雨は毎年のことでしたが」とある。そのご筆跡などの、 につくくらいになると、あらずもがなのよけいな難点も出 とくに入念にお書きになっていらっしやるのがいつもより てくるというもの。対の姫君を、そんなふうに育て上げる 一段と風情があって、「このままには見過しがたい折でご ことはすまい」とお考えになる。その姫君が、所在なく人 ざいます」と女房も申しあげ、ご自身もそうしたお気持に なられたので、「喪におこもりのご様子をおしのび申しあ恋しく思っていることだろうと、お忘れになる折はないの やしき だけれども、それはただ母親のいない子を邸に残して置い げながらも、とてもこちらから何も申しあげかねまして」 とあって、 たような心持であり、逢わずにいるからとて、気がかりで、 どんなにこの自分を恨んでいることやらと心配しないです 秋霧に立ちおくれぬと聞きしよりしぐるる空もいかか むのは、気安いことであった。 とそ思ふ ( 秋霧の立ちこめるころ女君に先立たれあそばしたとうかが
うとろ′レ」 お遊びにばかり夢中になっていらっしやるので、それをき疎々しく気づまりなお気持になっていらっしやるのであろ まりわるく思わせてさしあげようと考え、そう言うと、姫うが、しいて何気ないふうを装って、冗談口をたたかれる 君はお心の内に、「それでは、わたしには夫ができたのだ 君のお仕向けに対しては、そうどこまでも気強くはなされ った。この人たちの夫というのは醜い者ばかりだのに、わないで、ついご返事などを申しあげなさるご様子が、やは ひと たしはこんなにも美しい若い人を夫にしたものよ」と、今 りほかの女とは格別といった感じである。女君のほうが四 歳ばかり年上でいらっしやるので、少し大人だけに、君も にしてお分りになるのだった。何といっても、お年が一 しるし っ加わった証というわけであろう。このように幼げなご様気づまりなくらい、今を盛りにととのってお見えになる。 このお方のどこに不足なところがおありなのだ 子が、何かにつけて目だつので、邸内の人々も、合点のゆ かぬことと思、つのだったけれども、まさかこれほどに世間 ろう、自分のあまりにもけしからぬ浮気沙汰ゆえに、この そいぶし ように恨まれ申すのだと、ご自身も反省せずにはいらっし 離れした御添臥であろうとは思ってもいないのであった。 〔を源氏、左大臣邸に源氏の君が宮中から左大臣邸にご退やれない。同じ大臣と申しあげる中でも、世の信望の重く なか 退出翌日藤壺へ参賀出になると、女君はいつものように ていらっしやる父大臣が、皇女であられる北の方のお腹の おももち 一人娘とてたいせつにお育てになったための気位の高さが 端然ととりすましたご様子で、やさしく素直な御面持もお 見せにならず、気づまりに感ぜられるので、「せめて今年じつに無類なので、少しでも粗略なお扱いがあると、もっ つま , っ からでも、もう少し世間の夫婦並にお改めくださるお気持てのほかのこととお思い申しあげられるのだが、い冫 賀 がみえるのでしたら、どんなにうれしいことでしよう」な男君は男君で、何もそれほどに、という態度をいつもおと みぞ 葉 どとお申しあげになるけれども、女君は、君がことさら りになる、そのようなお二人の心の溝というわけなのであ 紅 ろう。 に他の女を迎えてたいせつにしていらっしやるとお聞きに 5 なってからは、きっとその人を大事な奥方と定めておいで 大臣も、このように頼りにならぬ君のお心を、恨めしく なのだろうと、しぜんそれがこだわりになって、いよいよ お思い申していらっしやるけれども、さて実際にお目にか ひと
みちょうだい しやる」とかわいくお思いになって、一日じゅう御帳台のずに、自ら手を下さんばかりにして、自分の家でこしらえ ていたのだった。 中にはいりきりでお慰め申しあげなさるけれども、容易に ご機嫌をお直しにならないご様子がいよいよかわいらしく 源氏の君は、女君のご機嫌とりに苦労なさって、まるで 語 物思われる。 この人を今はじめてどこからか盗んできたような心地がす るのもまったくおもしろく感じられて、「この何年か、し 源三 0 源氏、三日夜の餅その夜、亥の子餅を御前にさしあげ を紫の上に供する みじみいとしく思い申したが、それは今の気持からすれば た。御喪に服していらっしやる折と かたはし て表だってではなく、女君のもとにだけ、、かにも風情あ片端にもあたらぬくらいのものだった。人の心というもの ひわりご る檜破子などぐらいをとりどりに趣向してさしあげたのを は始末のわるいものよ。今はもう、一夜逢わないでいるの これみつ ごらんになって、君は南面にお出ましになり、惟光をお呼も無理な話だ」と思わずにはいらっしゃれない びになって、「この餅だが、 こんなにたくさん仰々しくせ ご下命のあった餅を、惟光は、こっそり、たいそう夜更 ずに、明日の夕方こちらにさしあげよ。今日は、日柄がよ けになってから持参した。少納言は年配の人だから、女君 おももち くはなかった」と笑みを含んでおっしやる、その御面持か が恥すかしくお思いになるかもしれない 、と用意深く心づ ら、察しのよい男なので、すぐに思いあたった。惟光は、 かいして、少納言の娘の弁というのを呼び出して、「これ しかと細かなことまでは承らずに、「ごもっともなことで、 を内々でさしあげてくだされ」と言って、香壺の箱を一つ おめでたの初めには、日を選んで召しあがるべきでござい さし入れた。「まちがいなく御枕もとへさしあげねばなら ね しゅうぎ ます。それにしても、子の子の餅はいくつお作り申すのが ぬ祝儀のものです。ゅめゅめあだおろそかにしてはなりま よろしゅうございましよう」ときまじめな顔つきで申しあせんそ」と言うので、弁は、解せぬことと思うけれども、 げると、「三分の一ぐらいでもよかろうな」とおっしやる「あだなことはまだ存じませんのに」と言って受け取った さが ので、すっかり心得てひき退った。物慣れたものよ、と君ところ、「いや本当に、今回はそういう言葉は慎んでくだ は感心していらっしやる。惟光は、そのことを誰にも言わされ。まさかそんな言葉は使いますまいな」と一言う。弁は、 ふぜい