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検索対象: 完訳日本の古典 第18巻 源氏物語(五)
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1. 完訳日本の古典 第18巻 源氏物語(五)

かわいい婿君とお思いになり、たいそうたいせつにお世話 模様のはっきり浮き立った、つやつやと透けているのをお 申しあげなさる。自分が折れて出たのは無念だと今もなお 召しになって、どこまでも気品があり、優雅でいらっしゃ ちょうじぞめ 思っていらっしやるが、宰相のご気性などがまじめで、何 る。宰相殿は父大臣より少し色の濃い御直衣に、丁子染の、 あや 焦げ茶色に見えるくらい濃く染めてあるのと、白い綾のや年もの間、他の女には見向きもせず過していらっしやった ことなどを奇特なこととお思いになり、相手を憎む気持も さしい感じの御衣を召していらっしやる様子が、格別とい さつばりとお捨てになってお二人の仲をお認めになる。こ う感じで品よく美しく見える。 こきでんのによ、つ′、 かんぶつえ 灌仏会の誕生仏をお運び申してきて、御導師が遅れて参の御仲らいが、弘徽殿女御のご様子などよりもはなやかで、 めのわらわ 結構な、また申し分のないものなので、北の方やお付きの 上したので、日が暮れてから御方々より女童を使者にさし 女一房たちなどは、おもしろくないと思いもし口にする者も たてて、布施その他を、宮中の儀式と変るところなく思い あぜちのだい あるけれど、なんの不都合があるというのだろう。按察大 思いになさった。帝の御前での作法をそのままに移して、 なごん 君達なども参集してきて、なまじ、格式ばった宮中のそれ納言の北の方なども、こうしたご縁が決ったのでうれしい とお思い申されたのであった。 よりも、妙に気骨が折れてつい臆しがちになる。 。しよいよおめかしをし、身なり 宰相が、気もそぞろこ、、 〔セ〕紫の上、御阿礼詣こうして、六条院でお支度中の姫君 じゅだい での後、祭を見物するの御入内は、四月二十日過ぎのころ をととのえて女君のもとにお出かけになるのを、これとい みあれ ったお扱いではないが情けをおかけになっている若い女房であった。対の上が、賀茂の御阿礼に参詣なさるというの たちのなかには、恨めしいと思う者もいるのだった。長年で、例によって、大臣が御方々をお誘い申されるけれども、 なまじそんなふうに後に引き続いて行くのではお供のよう にわたるひたむきの思いも加わって、今はなんの不足もな いご夫婦仲のようなので、このお二人の間には、一滴の水でおもしろくなかろうとお思いになり、どなたもご同行を あるじ すき お見合せになり、さほど仰々しい行列でもなく、お車など も漏れたりする隙のあろうはずがない。主の内大臣は、こ 二十両くらいの一行で、御前駆などもあまりわずらわしい の宰相を目のあたり見るとますますすぐれたお人柄なので、 一き

2. 完訳日本の古典 第18巻 源氏物語(五)

おももち るのに、なおも空けたような御面持でいらっしやる。内大 向を伝えることにしよう」などとお考えになっていたが、 臣は、そのご様子をごらんになって、急にお気持を動かさ 3 三月二十日が内大臣家の故大宮の御命日なので、内大臣は ′一くらくじ れたのであろうか、宰相の袖をお引きになり、「どうして、 極楽寺にお参りになった。御子息たちを全部お連れになっ 語 とが かんだちめ そうひどくわたしをお咎めになるのです。今日の御法事に 物て、御威勢は申し分なく、上達部の方々も大勢参集なさっ 氏 つながる縁をたどってごらんになるなら、それに免じてわ た折に、宰相中将は、どなたにも負けをとらぬ堂々とした 源 たしの罪はお赦しくだされよ。余命も残り少なになったわ ご様子で、ご器量なども、ちょうど今が盛りのご成人ぶり たしですのにお見捨てになるとは、お恨み申したく思いま で、どこから見ても何一つ欠けたところのないご容姿でい らっしやる。この内大臣を恨めしく思い申すようになられすよ」と仰せになると、宰相は恐縮した様子で、・「亡き大 宮のご意向としても、大臣をお頼り申すようにと承ってお て以来、お目にかかるにもつい気がねせずにはいられない ることもございましたが、お許しのないご様子なのでご遠 ので、今日も十分に心用意して、冷静にふるまっていらっ しやるのを、内大臣も、いつもよりはいっそう注意深くご慮いたしておりまして」とお申しあげになる。 みずきよう あわただしい雨風となったので、みな散り散りに先を競 らんになる。御誦経の御供養などは、六条院からもおさせ うように帰っておしまいになった。宰相の君は、内大臣が になる。まして宰相の君は、法事の一切万端を引き受けて、 どんなおつもりでいつになく親しげな態度をお示しになっ 真心から亡き祖母君のために奉仕しておいでになる。 夕方になって、ご一同がお帰りになるころ、桜の花はすたのだろうかなどと、常に念頭にある御あたりのことなの かすみ で、ほんの一言であるけれども耳に残って、あれか、これ つかり散り乱れて、霞があたりもおばろに立ちこめている 風情に、内大臣は昔をお思い出しになって、御物腰も優雅かと考えて夜をお明かしになる。 に何かを口ずさんであたりを眺めていらっしやる。宰相も、 〔三〕内大臣、藤の宴に長年にわたって宰相の君の思い続け オカし力あったというものだろうか、 思いのそそられるこのタベの景色に、一段としみじみした事よせタ霧を招待するこゝ : 、 あの内大臣も、以前とはすっかり変って気弱になられ、何 気分になって、「雨になりそうだ」と人々がざわっいてい ひ ゆる うつ

3. 完訳日本の古典 第18巻 源氏物語(五)

335 真木柱 ( どうして、こうも逢うことのできない紫の衣の人をわたし ある。女君は、お困りになって、お顔の色も赤らみ、どう は、いに深く思いそめてしまったのでしよう ) お答えしたものかとご思案のところへ、帝がお姿をお見せ になる これ以上深くなることのできない仲だったのでしようか」 明るい月の光に、帝のお顔だちは言いようもなくおきれと仰せになるご様子は、まことに若々しくおきれいで恥じ いで、ただあの源氏の大臣のご様子と寸分たがうところな入りたいくらいだが、源氏の大臣とどこがお違いだろう、 くあらせられる。こうも美しいお方が二人もいらっしやっ と心を落ち着けてご返事申しあげなさる。宮仕えの功労も たまわ たのか、と尚侍の君はお見あげ申しておられる。あの大臣ないのに、今年位階を賜ったお礼のつもりであろうか。 がお寄せくださったお気持は浅くはないにしても、厭わし 「いかならん色とも知らぬ紫を心してこそ人はそめけ れ い悩みがっきものであったが、帝には、あのようなお気持 ( どのようなお情けによるのかも存じませんでした紫の色、 がおありのはすがあろうか、まことにやさしい御物腰で、 これは特別のおばしめしで賜りましたのですね ) 予期に反した恨み言を仰せ出されるので、尚侍の君は顔向 けもならず、心苦しく思わずにはいらっしゃれない。顔を ただ今からは、よくご恩を心得てお仕えいたしましよう」 扇で隠して、ご返事も申しあげずにいらっしやると、帝は、 とお申しあげになると、帝はにつこりなさって、「その、 「どうしてか黙っていらっしやるのですね。このたびの叙今から心得てくださるのでは、どうにもかいのないことな 位のことなどからも、わたしの気持はよくお分りだろうと のですよ。わたしの訴えを聞いてくれる人があったら、こ 思っているのですが、まるでお気にもとめていらっしやら の気持が無理か無理でないか判断してもらいたいもので ないようなのは、そうしたあなたのご性分だったのですす」と、ひどく恨み言を仰せられるご様子が真剣で気づま ね」と仰せられて、 りに感じられるので、尚侍の君はまったく不都合なことに 「などてかくはひあひがたき紫を心に深く思ひそめけ なったとお思いになって、こんなことならもう愛想のよい む そぶりはお見せすまい、男女の間柄というものは、きまっ

4. 完訳日本の古典 第18巻 源氏物語(五)

の聞えももの笑いとなることですし、このわたしとしても に軽く見られている人のことまでは、どうしてご存じなも 軽率のそしりを免れぬことになりますから、これまでの長のですか。人の親ぶったところなどおありになるはすもあ い年月の約束をたがえず、互いに面倒を見合おうというお りません。もしこんな話があちらに聞えでもしたら、ほん 語 物つもりになってくださいまし」と、おなだめ申しあげなさ とに困ったことになりましよう」などと、その日は一日じ 氏 ると、「あなたの恨めしいお仕打ちは、なんとも思ってお ゅうお部屋にこもっていて、いろいろ話してお聞かせになる。 源 りません。世間並でもない私の不運を父宮もご心配になっ 〔 0 鬚黒外出の用意日が暮れると、大将は心もうわの空 て、いまさらにもの笑いの種になることとお心を痛めてい 北の方火取の灰かけるで、なんとかして女君のもとへ行こ らっしやるようですから、それがおいたわしくて、顔をお うとお思いになるが、あいにく雪が盛んに降っている。こ 見せ申すことがどうしてできようかと思うのです。六条院うした空模様にわざわざ出かけていくのも人目に立って具 の大臣の北の方と申しあげる方も、私とは他人でいらっし合がわるいし、それにまたこの北の方のご様子も、憎々し ゃいましようか。あの方は、知らぬところでお育ちになっ く嫉妬して恨み言をも並べたててくださりもするのだった た方で、後になってからああして母親顔にふるまっていら ら、かえってそれをよいことにこちらでも逆に腹を立てて っしやる、それが恨めしいと父宮はお考えになって仰せに 出て行こうものを、まことにおっとりと平静にしていらっ ふびん なるようですけれども、この私はどうこうと気にしてはお しやるのが、じっさい不憫に思われるので、どうしたもの りません。ただあなたのなさることを見ておりますばかり かと迷いながら、格子なども上げたままにして端近い所で でございます」とおっしやるので、「ずいぶん分りのよい ばんやりと考えこんでいらっしやる。北の方はそうした大 ことをおっしやるが、いつものようなご病気が出て困った 将の様子を見て、「あいにくなこの雪を、どんなふうに踏 み分けてお出かけになるのでしよう。夜も更けたようです ことも起ってきはしませんか。今度の話は大臣の北の方が おかかわりのことでもございません。あのお方は秘蔵の姫よ」とお促しになる。もうおしまいなのだ、どう引きとめ 君のようにかしずかれていらっしやるのですから、こんな てみたところで、とあれこれ思案しておいでになるご様子 ( 原文一五〇ハー )

5. 完訳日本の古典 第18巻 源氏物語(五)

してはたいそうなお嘆きの種であるのに、あの男君の御そ 世間に能書と評判されている者であれば、上中下の身分を 問わず尋ね出されて、各人それぞれにふさわしい内容を見ぶりがまた、今までと変らずに落ち着きはらっているので、 こちらから弱気になって申し出るのも体裁がわるいし、こ 当をおつけになってお書かせになる。もっともこの姫君に しっそ言 んなことならあちらが熱心に望んでいたときに、、 お持たせになる草子の御箱には、身分の低い者が書いたの うとおりになっていればよかったものを、などと人知れず はお入れにならず、とくに人柄や地位をよく吟味なさって 心を痛めていらっしやるものだから、一途に先方を悪者に は、草子、巻物とみなお書かせ申しあげなさる。すべてど こうして、内大臣が多少折 れもこれもが珍重すべき御宝物ぞろいで、外国の朝廷にもすることもおできにならない めったになさそうなものばかりのなかでも、とくにこの幾れてこられたご様子を、宰相の君はお耳になさるけれども、 一時つらく当られたお気持を恨めしく思っているので、こ 冊かのお手本こそ、ぜひ拝見したいものだと心を動かされ る若い人々が世に多いのであった。御絵をいくつかご用意とさら平気をよそおい気持をおし静めているが、それでも ひと さすがにほかの女に、いを動かすという気持にはなれない。 なさるなかで、あの須磨の日記は、子孫にも伝えておきた いとお考えになるけれども、姫君がもう少し世間のこともわが心ながら恋しくてならない折も多いのであるが、浅緑 めのと お分りになったときに、とお思い返しになって、まだお取の六位ふぜいと侮り申した御乳母たちに対して、納言に昇 り出しにはならない 進した姿を見せてやろうという深い意地がおありなのであ じゅだい 三〕タ霧と雲居雁ー内内大臣は、源氏の大臣のこの御入内ろう。 源氏の大臣は、このご子息の君がどうしたものか、いっ 枝大臣の悩み源氏訓戒のお支度を、他人のこととしてお聞 までも身が固まらないことだ、とご心配になって、「あち きになるにつけても、ひどく気がかりで、ご自分は寂しく らの姫君とのことをあきらめてしまったというのなら、右 お思いになる。わが姫君のご様子は、今が娘盛りにととの なかっかさのみや って、もったいないくらいにかわいらしいお方である。そ大臣や中務宮などが、婿にとの意向を持ち込ませていらっ しやるようだから、そのどちらにでもお決めなされ」とお の所在なく物思いに沈んでいらっしやるご様子が、父君と あなど

6. 完訳日本の古典 第18巻 源氏物語(五)

つに繁雑で面倒なものだから、ほんの一端だけ例によって い人数である。子の時刻に、姫君が御裳をお着けになる。 0 おおとなぶら 大殿油が薄暗くてはっきりしないけれども、姫君のご様子まとまりなく伝えるのもかえってどんなものかと思うので、 はまったくご立派なものだと、中宮はお見あげ申しておい 詳しくは書かないことにする。 語 物でになる。大臣は、「まさかあなたがお見捨てあそばすこ 〔五〕東宮の御元服、姫東宮の御元服は、二月の二十日過ぎ 氏 とはあるまいと、それを頼みにして娘の失礼な姿を進んで 君の入内を延期するのころに行われた。東宮は、まこと 源 お目にかけたのでございます。これが後代の例になるので に大人びていらっしやるから、れつきとした方々が、その りようけん 。ないか、と親の狭い了簡ながらも胸にあまるほどありが娘たちを争って入内させようと望んでいらっしやるようだ たく存じております」などとお申しあげになる。中宮が、 が、この源氏の大臣のそうしたおつもりになられたご様子 「どんなことをすればよいのか、なんのわきまえも存じま が並一通りではないので、なまじせぬがましの宮仕えにな せんでしたのに、このようにたいそうなことにお考えいた ろうかと、左大臣などもお思いとどまりになるという噂を だくものですから、かえって気がひけそうでございまし大臣がお耳になさって、「それはまったくもってのほかの ことだ。宮仕えというものは、多くの方々がお仕えしてい て」と、こともなげに仰せになるときのご様子が、し力に て、その中でわずかの優劣を競い合うのが本筋というもの も若々しく情味をたたえたおやさしさなので、大臣も、申 だろう。大勢のすぐれた姫君たちが家に引きこめられてし し分なく立派な御方々がこうしてご一門にお集りになって まうのだったら、まるでつまらないことになろう」とおっ いらっしやることを、結構なご縁辺だとお思になる。ただ 姫君の実の母君が、このような機会にさえ姫君を拝見でき しやって、姫君の御入内は延期となった。源氏の姫君の御 ないのをひどくつらがっていたのもいたわしいので、でき 入内のあと次々に、とさし控えていらっしやったのだが、 こういうご意向をあちこちでお聞きになって、ます左大臣 ることならこの御儀に参上させようとお思いになるけれど れいけいでん 家の三の君が入内なさった。麗景殿と申しあげる。 も、人の取り沙汰を気がねして、そのままにしておしまい とのいどころしげいさ この源氏の姫君の御方は、大臣の昔の御宿直所の淑景舎 になった。こういうお邸の格式は、普通の場合でさえ、じ じゅだい うわ寺一

7. 完訳日本の古典 第18巻 源氏物語(五)

て、ときおり几帳の中をおのぞきになってはお話し申しあ うしても渡らなければならないということですから、せめ 引げなさる。女君はまことに美しいお姿で、面やつれしてい てあなたのお手の先ぐらいは引いてお助け申したいもので らっしやるご様子が、どこまでも目を奪われる感じで、可す」と微笑なさって、「真実、あなたにはよく得心してお ロれんふぜい 物憐な風情の加わっていらっしやるにつけても、他人のもの いでのこともありましよう。世にまたとないわたしの愚か 氏 として手放してしまうのはあまりといえばあまりの物好き さかげんも、またそれゆえにご安心な点も、この世に例も 源 ないくらいであることを、いくらなんでもおわきまえだろ ではないか、といまさらに悔まれるのである。 「おりたちて汲みはみねども渡り川人のせとはた契ら うと頼もしく存じております」とお申しあげになるので、 ざりしを 女君はまったくどのようにお聞きしてよいのかつらい思い ( あなたとは立ち入った親しい仲にはならなかったけれども、 しらしくお田 5 いに でいらっしやるものだから、大臣は、、・ さんず あなたが三途の川を渡るとき、まさかわたし以外の男に導か なり、話をおそらしになっては、「主上の仰せあそばすこ れようなど、そんな約束はしなかったのに ) とがほんとにお気の毒ですから、やはり、ちょっとでも参 こんなことになろうとは、思ってもみなかったのです」と内おさせいたしましよう。大将があなたをすっかり自分の おっしやって、鼻をおかみになる気配は、しみじみと思い ものにしてしまってからでは、そうした公のご奉仕もでき をそそるものがある。女は顔を隠して、 にくくなるらしいのが夫婦仲というものでしょ , つ。最初に みっせ川わたらぬさきにいかでなほ涙のみをのあわと決めてさしあげたわたしの考えとは事情が違ってしまった 消えなん ようですが、二条の大臣はご満足のご様子なので、わたし あんど ( 三途の川を渡らぬさきに、どうぞして悲しみの涙の川の水 は安堵しているのです」などと、こまごまお申しあげにな おあわ 脈の泡となって消え失せてしまいたいと思います ) る。女君は、しみじみと身にしみいる思いで、また恥じ入 大臣は、「そんな場所で消えておしまいになろうとは幼い りたい気持でお聞きになることが多いけれども、ただ涙に お考えというものです。それにしても、その三途の川はど濡れていらっしやるばかりである。まことに、 こうまで苦 キ、も・よう か

8. 完訳日本の古典 第18巻 源氏物語(五)

くご成人になられたようだ。盛りのお年には、ましてどんげられる。大宮は、「姫君に長いことお会いしませぬが、 なにおきれいになることか」と中将は思う。「さきにかい あまりといえばあんまりな」とおっしやって、ただお泣き ま見たあのお二方を、桜と山吹とにたとえるなら、この姫 になるばかりである。「いずれそのうちに伺わせましよう。 君は藤の花とでもいうところだろうか。木高い木から咲き 自分からふさぎこんでいる様子でして、ふがいなくもやっ かかって、風になびいているその花の美しさは、ちょうどれきっているようでございます。娘というものは、ありて このような感じだ」と思いなぞらえられる。「こんな美し いに申せば、持たぬにかぎるものだったようでございます い方々を、思いのまま朝にタに拝して過したいものよ。身な。何かにつけて、気苦労の種になるばかりでございま 内の間柄なのだから、当然それも許されるはずなのに、父す」などと、内大臣はまだあのことを根にもって、こだわ おももち 君が事ごとに隔てをおいて、近づけてくださらぬのが恨めりを感じている面持でおっしやるので、大宮も情けないお しい」などと考えると、きまじめな中将の心も、なんとな気持になられて、姫君とのご対面をぜひにとは申しあげな く落ち着かぬ気分になる。 さらない。そのついでにも内大臣は、「まったく不出来な ・一う 〔一 0 〕タ霧、大宮に伺候中将が祖母大宮のお邸にも参上なさ娘を持ちまして、ほとほと始末に困じてしまいました」と、 大宮、内大臣と語るると、大宮はもの静かにお勤めをし おこばしになってお笑いになる。大宮が、「おや、それは ていらっしやる。まずまずといった若い女一房などがここに 変なお話ですこと。あなたの娘という名があるからには、 はお仕えしているけれども、物腰も様子も衣装も、すべて不出来なはずはありますまいに」とおっしやると、内大臣 分 栄華をきわめる六条院あたりには似るべくもない。器量の は、「それと申すのが : 見苦しいことなのでございま すみぞめ よい尼君たちの墨染の衣を身にまとった簡素な姿のほうが、す。なんとかしてお目にかけましよう」と申しあげられた 野 とカ かえってこうしたお邸としては、それなりにしみじみとし ふぜい た風情があるのだった。そこへ内大臣もお見舞に参上なさ ったので、灯をおともしになって、静かにお話など申しあ ひ

9. 完訳日本の古典 第18巻 源氏物語(五)

る。花の美しさには限りがあるもので、ほうけた蘂なども ではらはらと顔をおおうようにふりかかっているが、その 2 とき、女のほうでも、ほんとにいとわしく困っておられる混じるものだが、姫君のご器量のみごとさは、たとえよう おももち もないものなのであった。おそばには誰も上がらす、まこ 面持ながら、それでもじつに素直な態度で大臣の君に寄り 語 とに情深く小声でお話しかけになっていらっしやったが、 物かかっていらっしやるところを見ると、もうすっかりなじ 氏 どうしたわけであろうか、大臣は不意に真顔になってお立 みの間柄になっているようであり、なんといとわしいし 源 ちになる。女君が、 ったいこれはどういうことなのだろう、父君はこの道では をみなへし 吹きみだる風のけしきに女郎花しをれしぬべき心地こ 抜け目なくていらっしやるご性分だから、幼いころからず そすれ っとおそば近くお育てになったわけでもない娘には、こん ( 吹き乱れる風の様子に、女郎花は今にもしおれてしまいそ な色めいたお心をもお持ちになるのだろう、無理もないこ うな気配です。あなたの無体ななさりかたに、私は今にも死 とだったのだ、ああいやなこと、と思うと、中将はそんな んでしまいそうな思いでございます ) ことを考えるわが心までが恥ずかしくなる。女のお姿は、 とおっしやるその声は、中将の耳によくは聞き取れないが、 いかにも、姉弟とはいうものの多少縁遠くて腹違いなのだ けそう から、などという考えを起したら、心得ちがいの懸想をも大臣がそれをお口ずさみになるのをかすかに聞くと、 いましいものの興をおばえるので、もっと見届けていたい せずにはいられまいと思われるくらいに魅力をたたえてい けれども、自分がこんなに近くにいたのかと大臣に気づか る。昨日お見かけしたお方のご様子には、どことなく及ば ないけれども、見るからに笑みをさそわれるような感じは、れてはなるまいと考えて、その場を立ち去った。大臣のご 優に肩を並べられそうにも見える。八重山吹の咲き乱れて返歌は、 「した露になびかましかば女郎花あらき風にはしをれ いる盛りに露がかかって、それにタ日のあたっている美し 、らまし さを、ふと思い浮べずにはいられない。季節に合わぬたと ( 木の下露になびいているのだったら、女郎花は荒々しい風 えであるけれども、やはり中将にはそう感じられるのであ しべ

10. 完訳日本の古典 第18巻 源氏物語(五)

365 藤裏葉 のことばかりお責めにならないでください ) 話の種にもなりかねなかったこのわたしですが、一途の心 がけゆえにこそ、こうまでお許しくだされもしたのだろう長い間苦労を重ねてきたことを思うと、ほんとにせつなく と思うのです。それなのに、そうしたわたしの気持をあな悩ましくて、今は何もわきまえがっかない」と、酔いにカ たがお分りくださらないとは、普通ではないお仕打ちですこつけていかにも苦しそうにふるまい、夜の明けるのも気 よ」と恨み言をおっしやる。そして、「少将がわざと謡い づかぬといったふうである。女房たちが、お起しもできか だした『葦垣』の歌の心は、お耳におとめになりましたか。 ねているので、内大臣は、「いい気になって朝寝している」 ひどいお人ですね。『河口の』と謡い返してやりたかった」と文句をおつけになる。それでも、夜が明けはてぬうちに とおっしやると、女は、ほんとに聞き苦しくお田 5 いになっ お立ち出でになる、その寝乱れの朝のお顔は、見がいのあ て、 る風情ではある。 きめぎめ 後朝の御文は、まだやはり以前と同じに人目を忍んだ心 「あさき名をいひ流しける河口はいかがもらしし関の あらがき づかいをして届けてきたが、女君は昨夜の今日だけにかえ うきな ( あのとき私たちの浮名を世間に流した河口の関守ーあなた ってご返事もお書きになれないので、ロうるさい女房たち あらがき は、どういうおつもりで関の荒垣のことも漏されたのでしょ が目引き袖引きしているところへ、内大臣がおいでになっ うか ) て、宰相の手紙をごらんになるのは、なんとも不都合なこ あまりなお方です」とおっしやるご様子がまことにあどけ とではある。その御文は、「どこまでも打ち解けてくださ ない感じである。宰相は、少し笑って、 らなかったあなたのご様子ゆえに、ますますこの身の程を 「もりにけるくきだの関を河口のあさきにのみはおほ 思い知らされずにはいられませんので、耐えられぬ気持か せざらなん ら、またも私は命が失せてしまいそうですが、それでも、 ( きびしく守っていてもその荒垣を越えて浮名が漏れたとい とがむなよ忍びにしばる手もたゆみ今日あらはるる袖 くきだ う岫田の関なのに、河口の浅さー私のいたらなさゆえと、そ のしづくを