宮城野の下葉のまばらな小萩は露が重いので、風の吹き来る 句「野辺なれば玉とも見よと露やおくらむ」。「野辺」は歌 ワ】 のを待っているが、それと同じように、私はあの方の来るの 語で、庭のこと。物語では、六条院秋の町の、秋八月の盛 を待っているのだ。 りの美しさをいう。もともと上皇の威光をたたえた歌であ 語 るだけに、 ここにも六条院の宰主光源氏の威光がひびいて 「宮城野」は歌枕で、仙台市東部の萩の名所。「本あら」は、 物 葉が散って枝のもとの方がまばらになっている状態。物語 氏いよ , つ。 源 ・・ 8 色見えで移ろふものは世の中の人の心の花にそ では、紫の上方の小萩に風が吹いて来るのには格好の折柄、 ありける ( 古今・恋五・七九セ小野小町 ) とする。しかし風は風でも、野分ではひどすぎるとして、 色が見えすに色あせるものとは、世の中の人の心という名の 後続の叙述に転ずる。 花であったのだ。 ・ 3 人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道にまど ひぬるかな ( 後撰・雑一・一一 0 三藤原兼輔 ) 「色見えで移ろふ」は、変ったか変らぬか分らぬうちに、 子を持っ親の心は、闇の道を歩いているわけでもないのに、 すっかり変っている意。物語では、春には紫の上方の春の わが子を思って取り乱し、道に迷ってしまうことだ。 町に感動した人が、秋には中宮方の秋の町に感動するとし て、六条院の春秋それそれの、人目を驚かす壮麗な美を強前出 ( ↓桐壺田四三八ハー上段 ) 。物語では、源氏がわが子な 調する。 がらもタ霧の美貌をほめたたえ、自ら親心ゆえの「心の ・・ 2 大空に覆ふばかりの袖もがな春咲く花を風にま闇」かと顧みる一一 = ロ葉となっている。 8 . 一 11 かせじ ( 後撰・春中・六四読人しらす ) 7 1 いとどしく物思ふ宿の荻の葉にあきと告げつる 大空に対して地上をすつばり覆うくらいの巨大な袖がほしい。 ( 後撰・秋上・ = = 0 読人しらず ) 風のわびしさ 春に咲く花を風の思うままに散らすことはさせまい ひどく物思いに沈んでいる家の、あの人を招こうともする荻 の葉に、秋ー飽きがきてしまったと告げ知らせた風が、何と 前出 ( ↓澪標 3 三六四ハー上段 ) 。物語では、この歌の「春咲 もせつなく感じられることだ。 く花」を秋のそれに転じて、六条院秋の町の美観をたたえ、 それが野分で荒らされるのを惜しむ気持をいう。 詞書には、物思いをするころ、とある。恋の物思いであろ みやぎの ・・ 6 宮城野の本あらの小萩露を重み風を待つごと君う。「荻」に「招き」をひびかす。「秋」「飽き」の掛詞。 ( 古今・恋四・六九四読人しらす ) をこそ待て 荻の葉を吹く風とともに悲愁の季節、秋が訪れたとする発 おほ もと
ま . きばしら らむーとうち嘆きつつ、かの真木柱を見たまふに、手も幼けれど、心ばへのあ一柱の割れ目に入れた姫君の歌。 ニ「恋し」に注意。切実な執着。 たいめん 北の方の堅い覚悟による。 はれに恋しきままに、道すがら涙おし拭ひつつ参でたまへれば、対面したまふ三 四鬚黒の、時世におもねる心で。 語 鬚黒の権勢追従癖から源氏の勢力 物べくもあらず。 氏 におもねり玉鬘と結婚したとする。 源式部卿宮「何か。ただ時に移る心の、今はじめて変りたまふにもあらず。年ご = 年来玉鬘にうつつを抜かして いるという噂。母北の方の見方 ろ思ひうかれたまふさま聞きわたりても久しくなりぬるを、いづくをまた思ひ「実法なる人の・ : 」 ( 一六〇ハー ) とは 異なる。北の方への説得ゆえか 直るべきをりとか待たむ。いとどひがひがしきさまのみこそ見えはてたまは六あなた ( 北の方 ) のみつともな ものけっ い姿。物の怪憑きの病身。鬚黒の ー一三行 ) に照応。 め」と諫め申したまふ、ことわりなり。鬚黒大将「いと若々しき心地もしはべる思惑 ( 一六 セ大人げない処置。前にも同様 す の感想。↓一六〇ハー一二行。 かな。思はし棄つまじき人々もはべればと、のどかに思ひはべりける心のおこ ^ 絆を絶ちがたい子供たち。 たりを、かへすがヘす聞こえてもやる方なし。今は、ただなだらかに御覧じゅ九気楽に構えた私の不行届きを。 一 0 弁解の余地がないと世人にも よひと 判断してもらったうえで、このよ るして、罪避りどころなう、世人にもことわらせてこそ、かやうにももてない うな処置 ( 宮邸へのお移り ) をとら たまはめ」など、聞こえわづらひておはす。「姫君をだに見たてまつらむ」とれるのがよかろう。北の方に別れ ながらも子供たちを処遇しようと とを てんじゃう 聞こえたまへれど、出だしたてまつるべくもあらず。男君たち、十なるは殿上する心づもりからの、苦しい弁解。 = せめて姫君だけにでも。「あ かたち したまふ、いとうつくし。人にほめられて、容貌などようはあらねど、いとらはれに恋しき」真木柱である。 三北の方は、娘は母とともにと 考え ( 一五七ハー二行 ) 、会わせない。 うらうじう、ものの心やうやう知りたまへり。次の君は、八つばかりにて、 一 0 さ 六 のご 九 まう や
293 行幸 は参上して、あちらのご意向をうかがったうえでのことに などとお呼びする今は亡き大臣の御子たちも、皆それぞれ しよう」などとお考え直しになって、ご装束を格別念入り立派に出世しておいでになる。ことさらお呼び集めになっ てんじようびと くろうどのとう におととのえになって、御前駆なども大げさにしないでお たわけではないが、世評の高い家柄の殿上人の、蔵人頭や このえ 越しになる。 五位の蔵人、あるいは近衛の中、少将とか弁官などで、人 〔 0 内大臣の威儀人君達をじつに大勢ひき連れてご到来柄もはなやかで立派な方々が十余人も集ってきておられる 人三条宮にまいり集うになるご様子は、たいそうなご威勢ので、堂々と盛大な感じだし、それに続く普通の殿上人も さかずき ぶりでいかにも頼もしい感じがする。お背が高くていらつ大勢いて、盃が幾度もめぐり、みないい気分に酔いがまわ しやるうえに、肉づきも程よく、まことに威厳もあって、 ってくると、めいめいに、幸いのこうも人にまさっていら お顔だちといい、歩み方といい、大臣の貫禄も十分である。 っしやる大宮のご境涯を、その座の話題にしている。 えびぞめ さしぬき したがさねすそ 葡萄染の御指貫、それに桜の下襲の裾を長々と引いて、ゆ〔九〕源氏内大臣相和す内大臣も久方ぶりのご対面に昔のこ ったりとあらたまってふるまわれる御物腰は、なんとまあ内大臣玉鬘の件を知るとを思い出さずにはいらっしゃれな ご立派なお姿よとお見えになるが、これに対して六条の大 いので、互いに離れ離れになっていればこそ、つまらぬこ からき のうし おんぞ 臣が、桜の唐の綺の御直衣に、今様色の御衣を何枚も重ねとにつけても張り合ってみたくなるお気持も起ろうという て、うちくつろいだ大君姿ま、、 。しよいよたとえようもののものだが、こうして差向いになっていらっしやると、お互 ないおみごとさである。光り輝くお美しさという点では源 い胸にこみあげてくる懐かしいことの数々をお思い起しに 氏の大臣がまさっていらっしやるけれども、このように格なっては、いつものように心を通わして、昔や今の多くの いかめしく装いたてていらっしやる内大臣のご様子には、事柄や、長の年月のお話をなさっているうちにその日も暮 比較して見るというわナこま、、 レし。し力ないのであった。 れていく。 内大臣は、お盃などをお勧めになり、ご自分も 内大臣のご子息たちは、次々といかにも美しいご兄弟そ召しあがる。そして、「参上いたさなければならなかった ろいで集っておいでになる。ただ今は藤大納言や東宮大夫のですが、お召しがないのにと遠慮いたしまして。もしも
331 真木柱 式部卿宮が、「なんの、お逢いになることはない。ただ ても、わが身の上をつくづくと情けなく思わずにはいらっ しゃれなくて、目をお向けにもならない。 時世におもねる大将の気持は、今に始まったお心変りでは 宮にお恨み言を申しあげようとて、そのお邸にまいられないのです。この数年来あちらの女君にうつつをぬかして おられるとの話を耳にしてからも久しくなるが、いつまで るついでに、まずご自分のお邸にお寄りになると、木工の 君などが応対に出てきて、これまでのいきさつをお話し申待ったからとて、気持の改るときはあるまい しあげる。姫君のお嘆きのさまをお聞きになると、一時は もって、あなたのみつともないお姿をどこまでもさらすこ とになるだけでしよう」と、北の方にお言い聞かせ申され 男らしくこらえてはおられたけれども、ほろほろと涙がこ ばれ落ちるご様子が、まことにしみじみといたわしい るのも、もっともなことである。大将は、「まったく大人 「それにしても、世間並の人とちがって、いろいろと奇妙げないお仕打ちのようにも存ぜられます。お見捨てになれ なあの方の病を大目に見ているこの長年のわたしの気持を、 るわけがない幼い人々もおりますのでと、気楽にかまえて よくお分りではなかったのですな。これがまったくわがま おりました私の不行届きは、なんともお詫び申しあげよう しんばう まな男であったら、今までも辛抱して連れ添っていられる もございません。今は、ただ穏便にお見逃しくださって、 ものではない。まあよろしい。あのご本人は、もうだめな この私のほうは弁解の余地もないことだと、世間の人によ く納得してもらったうえで、こうした処置をお取りになっ お人だとお見えになるから、どちらにしたって同じことだ。 たらと思いますが」などと、言いわけに苦労していらっし ただ幼い子供たちを、どのようにお扱いになろうというの だろう」と、ため息をおっきになりながら、あの真木柱を やる。「せめて姫君だけにでもお会いしたい」と申しあげ なさるけれども、お出し申すはずもない。男君たちの、十 ごらんになると、その筆跡は幼いけれども、お歌にこもる こころもち わらわてんじよう 心持がしみじみと胸にしみて恋しさがつのるので、大将は歳になるのは童殿上をしておられるが、それがまことにか 道すがら涙をおしぬぐいおしぬぐい宮邸にまいられるが、 わいらしい。評判もよくて、顔だちなどそう秀でているわ けではないけれども、じつによくできていて、だんだんと とても北の方とはお逢いになれるものではない。 わ
21 蛍 おとどニ 0 おほとのごも 大臣はこなたに大殿籠りぬ。物語など聞こえたまひて、 宅唐楽 ( 左楽 ) 。唐人装束で、打 〔 ^ 〕源氏花散里のもと 毬 ( 玉打ち ) になそらえて舞う。 に泊るニ人の中ら、 イ源氏「兵部卿宮の、人よりはこよなくものしたまふかな。 一 ^ 高麗楽 ( 右楽 ) 。面をつけを かたち 持って舞う。ともに、競馬・競射 あいぎゃう すまい ・相撲などの時に奏される。 容貌などはすぐれねど、用意気色などよしあり、愛敬づきたる君なり。忍びて かね 一九勝負が決ると鉦や太鼓で知ら おとうと 見たまひつや。よしといへど、なほこそあれ」とのたまふ。花散里「御弟にこせ、勝方が笛・笙・篳篥を吹く。 ニ 0 源氏が花散里のもとに泊るの そものしたまへど、ねびまさりてそ見えたまひける。年ごろかくをり過ぐさずは異例。彼女への感謝ゆえ。 三まだ物足りぬところもある。 ニ三むつ ニ四うち 渡り睦びきこえたまふと聞きはべれど、昔の内裏わたりにてほの見たてまつり玉鬘思慕ゆえに嫉妬をも含むか。 ニ五 一三源氏より老けて見える、の意。 かたち そちのみ し後おばっかなしかし。 いとよくこそ容貌などねびまさりたまひにけれ。帥親源氏の若さを賞賛。宮は年齢不詳。 ニ三六条院に おほきみ 王よくものしたまふめれど、けはひ劣りて、大君けしきにぞものしたまひけ = 四花散里は、桐壺帝時代に宮仕 えをしていた。↓花散里〔一〕。 ニ七 ニ ^ る」とのたまへば、ふと見知りたまひにけりと思せど、ほほ笑みて、なほある = 五源氏の弟宮。ここにのみ登場。 ニ六諸王くらいの風格。「大君」は うへなん を、よしともあしともかけたまはず。人の上を難つけ、おとしめざまのこと言親王宣下のない皇子、皇孫。 三 0 毛一目で見抜いてしまわれた。 ニ九うだいしゃう ふ人をば、しレ 、とましきものにしたまへば、右大将などをだに、、いにくき人にす夭競射に参加した他の人々を。 ニ九二行後・言に : ・」に続く。 めるを、何ばかりかはある、近きょすがにて見むは、飽かぬことにゃあらむと三 0 鬚黒大将。玉鬘の求婚者の一 人。↓胡蝶団二一三ハー注四。 こと 見たまへど、言にあらはしてものたまはず。 三一黒を玉鬘の婿として。 = 三源氏と花散里の、共寝などし 三ニ こと′」と ない関係。↓初音団一九八ハー注六。 今はただおほかたの御睦びにて、御座なども別々にて大殿籠る。などてかく むつ けしき ち
とねり 女には、何も分らぬ競技であるけれども、舎人たちまでこ うかがっておりますが、昔の宮中あたりでちらとお見あげ しようぞく のうえなく華麗な装束を着飾って、懸命の秘術を尽してい してからは、お目にかかっておりません。お顔だちなども、 そちのみこ るのを見るのはおもしろいことであった。馬場は南の町ま年とともにほんとにご立派になられました。帥親王のほう 語 物で通してずっと開けているので、あちらの紫の上方でもこ は美男子ではいらっしやるようですが、お人柄が劣ってい たゅうらくらくそん 氏 うした若い女房たちは見物したのだった。打毬楽、落蹲な て、諸王ぐらいのお品でいらっしゃいました」とおっしゃ 源 かちまけらんじよう どの舞楽を奏して、勝負の乱声など大騒ぎであるが、それるので、一目でよく見抜いてしまわれたものよ、とお思い も夜になってしまうと何もすっかり見えなくなった。舎人 になるけれども、笑みを浮べて、そのほかの人々のことは、 ろく たちが禄をそれぞれに頂戴する。たいそう夜が更けて、 よいとも悪いともご評定にはならないいったい大臣は、 人々はみな退散なさった。 他人のことに関して難をつけたり、さげすんだりするよう やす 〔 0 源氏花散里のもと大臣はこちらにお寝みになった。女なことを言う人を、困ったものと考えていらっしやるので、 に泊るニ人の仲らい君に世間話など申しあげなさって、 右大将などをさえ、世間の評判では立派な人物と取り沙汰 「兵部卿宮は、誰よりもぬきんでていらっしやることですしているようだが、何ほどのことがあろう、この人と身内 ね。顔だちなどは格別なこともありませんが、心づかいや付合いをするには、どうも物足らぬことだろう、とお考え 物腰などに風情があって、人をひきつける優しさのあるお になるけれども、ロに出してはそうおっしやらない 人です。そっとごらんになりましたか。皆が立派なお方だ お二人は、今はただ一通りのご夫婦仲で、御寝床なども やす と言っておりますが、やはりもう一つと言いたいところが 別々にしてお寝みになる。どうしてこのように疎々しいこ ありますね」とおっしやる。女君が、「宮は御弟君でいら とになったのかと、大臣はつらいお気持でいらっしやる。 っしゃいますけれど、あなた様よりずっとお年上といった おおよそこの御方は、何やかやと不平を申しあげることも 感じにお見えでした。これまでも長年こうした折には欠か なさらす、幾年このかた、こうして折節につけての数々の ひとろて さずお越しになって、御仲むつまじくしておいでになると お遊びなどを、いつも人伝に知ったり聞いたりなさったの
らむ す。今夜はお部屋をご都合くださいませんか」と、頭中将 あそん ( やさしい少女の袖かと見える藤の花は、これを見はやす人 にお訴えになる。内大臣は、「朝臣よ、客人のご寝所をお しだいで一段と色も映えることでしよう ) 世話しなさい この年寄は、ひどく酔いすごして失礼だか 語 さかずきめぐ 物次々と盃が廻るとともに、歌が詠まれるようだが、酔いの ら、ご免こうむるとしよう」と言い捨てて、奥へおはいり 氏 あまりたいしたこともなく、これらにまさる歌はない 源 七日のタ月の光もほのかではあるが、池の水は鏡のごと 〔五〕柏木に導かれ、タ頭中将が、「花の陰に一夜の仮寝で こずえ 霧、雲居雁と結ばれるすか。どうしたものでしよう。わた くのどかに澄みわたっている。まだどの梢も葉が見えはじ めたばかりの物足りない時節であるのに、みごとにしゃれしはつらい案内人でございますな」と言うと、「松に契り た形で横に広がっている松の、それほど木高くはない枝に を結ぶのが、浮気な花であるものですか。縁起でもないこ とが かかっている藤の花の姿は、、かにも歌のとおり、普通に とをおっしやる」と、宰相はお咎めになる。頭中将は心中 ひそかこ、、 はめったに見られない風趣がある。例によって、弁少将が 冫しまいましいことよとい , っ思いがないわけでは あしがき うた そそり立てるような美声で「葦垣」を謡う。内大臣は、 ないけれども、宰相の人柄が申し分なく立派であるうえに、 こういう結果になってほしいものと、長年そう願っていた 「ひどく妙な歌をお聞かせ申すではないか」とおからかい ことなので、安心して女君の部屋に案内した。 になり、ご自分では「年経にけるこの家の」と言葉を変え 男君は、夢ではないかとばかりお感じになるにつけ、こ て少将にお合せになる、そのお声がまことに美しい程々 におもしろく、うちくつろいだお遊びなので、お互いのこ こまで漕ぎつけることのできた自分を、ますますたいした だわりもすっかり消え失せてしまったようである。 ものだと思わずにはいらっしゃれなかったであろう。女は、 しだいに夜も更けてゆくころに、宰相はひどく酔ったふ ほんとに心底から恥ずかしいと思っていらっしやるが、年・ りをして、「とてもこらえられそうもなく気分がわるいの とともにお美しくなられたご容姿ま、、 。しよいよ何一つ不足 いとま で、お暇しても途中が危なっかしくなってしまったようでするところなくおみごとである。「恋死にでもして世間の へ ャ ) よっこ。
源氏物語 12 ひとけ ひつつ、はかなきことをもえ聞こえたまはず、苦しくも思さるるままに、繁く一玉鬘の御前が、人気もなく。 ニ源氏が秘かに恋情を訴える意。 おまへ 三以下、玉鬘の苦慮。はっきり 渡りたまひつつ、御前の人遠くのどやかなるをりは、ただならず気色ばみきこ はずかし 拒んで源氏を辱めないのは、源氏 えたまふごとに、胸つぶれつつ、けざやかにはしたなく聞こゅべきにはあらねの身分や人柄を思うゆえ。 四玉鬘の明朗で親しみ深い性格。 ば、ただ見知らぬさまにもてなしきこえたまふ。人ざまのわららかにけ近くも五まじめに構えても、やはり可 憐な魅力は紛れようもない、の意。 のしたまへ、 しいたくまめだち、心したまへど、なほをかしく愛敬づきたるけ六かねてより玉鬘に懸想。↓胡 蝶団一一一七ハー三行。 セ懸想の年功を積みあげていな はひのみ見えたまへり。 いのに。役人の勤務年数に見立て 七らう かいぎやく た諧謔。↓胡蝶団一三三ハー 兵部卿宮などは、まめやかに責めきこえたまふ。御労のほ 〔ニ〕蛍宮焦慮源氏、 ^ 「わびつつも頼む月日はある さみだれ うれ 女房に返事を書かせる どはいくばくならぬに、五月雨になりぬる愁へをしたまひものを五月雨にさへなりにけるか な」 ( 花鳥余情 ) 。結婚を忌む月。 て、蛍宮「すこしけ近きほどをだにゆるしたまはば。思ふことをも片はしはる九↓玉鬘団一七七ハー七行など。 一 0 源氏が返事の文面を。 けてしがな」と聞こえたまへるを、殿御覧じて、源氏「何かは。この君たちの = 玉鬘に懸想しながらも蛍宮へ の返書を勧める源氏を嫌悪。 すきたまはむは、見どころありなむかし。もて離れてな聞こえたまひそ。御返三玉鬘が集めた女房であろう。 一三母タ顔の父、三位中将 ( タ顔 り時々聞こえたまへ」とて、教へて書かせたてまつりたまへど、いとどうたて田一五一ハー二行 ) の兄弟で、宰相 ( 参議 ) になった人の娘。次ハーの おばえたまへば、乱り、い地あしとて聞こえたまはず。人々も、ことにやむごと「宰相の君」。玉鬘の従姉妹である。 一四気だてなど悪からぬ人で。 さいしゃう なく寄せ重きなどもをさをさなし。ただ母君の御をぢなりける宰相ばかりの人一五玉鬘が。自ら返事を書かない。 五 あいぎゃう けしき
らないと、お案じあそばす。 がおのずと風に吹き上げられるのを、女房たちが手で押え 、、 ) っッり . 〔ニ〕タ霧六条院にまい南の御殿でも、お庭の植込みの手入ているが、そのときどうしたというのだろうカレ り紫の上をかいま見るれをおさせになった折も折、こうし とお笑いになっている、それがじつになんとも美しく見え 語 、」はぎ 物て吹き荒れてきて、もとあらの小萩も待ち迎えるにしては る。数々の花をお気づかいになり、見捨てて奥にもおはい 氏 はげしすぎる風の勢いである。枝もあちこちにしなって、 りになれない。おそばの女房たちも、とりどりにこぎれい 源 一しずくの露も残らぬほどに吹き散らしているさまを、紫な姿をしているのがずらりと見えるけれども、とてもこの おとど お方から目を移す気にはなれない。大臣が自分を遠ざけて の上は少し端近の所でごらんになっている。源氏の大臣は、 明石の姫君のお部屋にお越しになっているが、そのとき中近づけようとなさらぬのは、このように見る人が心を奪わ つまど れずにいられそうもないお美しさなので、用心深いご気性 将の君が参上なさって、東の渡殿の衝立越しに妻戸の開い すぎま けねん とて、もしやこうしたこともあろうかとご懸念になられて ている隙間を何気なくおのそきになると、女房の大勢いる のが見えるので、立ちどまってそっと音もたてずに見てい のことだったのか、と思うと、中将はそら恐ろしくなって びようぶ 立ち退こうとする、ちょうどその折、大臣が西の対の姫君 る。隔ての御屏風も、風がひどく吹いてきたので、片隅に ふすま たたみ寄せてあるために、中まであらわに見通しがきく、 のお部屋から、内の襖を引き開けてお戻りになる。 その廂の間の御座所にすわっていらっしやる方は、ほかの 大臣が、「なんともいやな、気ぜわしい風のようだね。 み、一うし 誰と見まちがえようはずもなく、気高く美しく、さっと映御格子を下ろしてしまいなさい。男たちも来ているだろう あけばのかすみ に、これではまる見えではありませんか」と女君に申しあ え迫るような感じがして、春の曙の霞の間から、みごとな ふぜい かばぎくら げていらっしやるのを、中将はまた近寄ってのぞいて見る 樺桜が咲き乱れているのを見るような風情である。どうに もならぬくらい、そのお姿を拝見しているわが顔にまでふ と、女君はなにかおっしやり、大臣もほほえんで、そのお りかかってくるかのようにやさしく情あふれる魅力が映え顔をお見あげ申していらっしやる。とても父親とは思えぬ こばれて、またとなくすばらしい御有様なのである。御簾 くらいに若々しく気高く優美に、今が盛りのご立派なお顔 ひさし ついたて
源氏物語 366 とが ( お咎めにならないでください。 これまで人目をはばかって、 じっとごらんになって、「今朝はどうです。文などはさし 涙に濡れた袖をしばっては隠してきたけれど、今はその手も あげたか。賢い人でも女との関係では踏みはすす例もある くたびれて力がはいらず、雫の垂れる涙の袖をお目にかけま ものだが、 はた目に見苦しいこだわりかたもせず、あせる すことを ) 」 こともなくて今日に至ったのは、そなたのいささか人より などと 、、かにも物慣れたロぶりである。内大臣は、につ すぐれたお人柄によるのだと思わずにはいられない。内大 がんこ こりして、「字がたいそう上達なさったものよーとおっし臣のなされかたが、あまりに頑固だった、それが今すっか やるにつけても、今は昔のことをすっかりお忘れになって り崩れておしまいになったことを、世間でもとやかく話の いる。女君がご返事をたいそう書きにくそうにしておられ種にするにちがいない。だからといって、自分のほうが勝 るので、「みつともないことですよ」とおっしやって、こ ったつもりになって慢心を起し、浮ついた気持などをつい のままでは気がねをなさるのももっともであるから、そこ 出したりなさるではない。内大臣はああしたおうようで度 をお立ちになった。御文のお使者への引出物は、普通以上量の大きい気性に見えるけれども、内心は男らしくないし、 に結構なものをととのえてお与えになる。頭中将が、風情率直でもなくて、付き合いにくいところをもっておいでの を添えておもてなしになる。これまでいつも、手紙を引き お方なのだ」などと、例によってご訓戒をなさる。この縁 ゅ 隠しては人目を避けて往き来していたお使者が、今日は人組を、双方のつりあいもよく格好のご夫婦とお思いになっ 並らしい顔つきをしてふるまっているようである。右近将ている。大臣は、宰相がその御子とは思えぬほどにお若く 監を勤めている人で、宰相が腹心として召し使っていらっ て、ほんの少しの兄君ぐらいにお見えになる。お二人が しやる者であった。 別々にいらっしやる場合は、一つ顔をそっくり移し取った としか見えないのだが、宰相が御前でごいっしょの場合に 〔六〕源氏、タ霧に訓戒六条院の父大臣も、こうした次第を 内大臣婿君をもてなすお聞きになったのだった。宰相がい は、お二人それそれに、なんともご立派なとお見えになる。 おももち のうし つもよりも光輝を増した面持で御前に参上なさったので、 父大臣は、薄い縹色の御直衣に、白い御衣の唐織の生地で、 ( 原文二一四ハー ) はなだいろ