されてゆく身の始りだったのでしようか ) を与えてお預けになる。 4 なかっかさ ワん と思い出されますことだけが、のがれることのできない罪 ご自分のほうの中務や中将などといった女房たちは、 でございました」。文使いの途中も危険なので、詳しくは 「つれないお仕打ちながらも、お目にかかっている間は心 語 物を慰められたけれど、これからはどのようにして : : : 」と申しあげなさらない。女もひどく悲しいお気持になられて、 氏 心細い思いであるけれども、君は、「命あって再びこの世ご自分ではこらえていらっしやっても、涙がお袖でぬぐい 源 きれないのも処置ないことである。 に帰って来ることもあろうから、その日を待ち受けていよ 涙川うかぶみなわも消えぬべし流れてのちの瀬をもま うと思うのだったら、そういう人はこちらにお仕え申せ」 たずて とおっしやって、上下の人たちを、身分の区別なくみな西 ( 涙川に浮ぶ水の泡のように、泣き悲しんでいる私はすぐに の対に参上おさせになる。 ふぜい めのと も死んでしまいそうです。あなたが許されてお帰りになる後 若君の御乳母たちや花散里などへも、風情ある品物はも いろう の逢瀬も待っことができないで ) ちろんのこと、暮し向きのことも、万端遺漏なく心をおく ばりになる。 泣く泣く心乱れてお書きになっているご筆跡がじつに美し ないしのかみ く見える。もう一度の対面もかなわぬまま別れるのか、と 〔六〕源氏、朧月夜と忍尚侍の御もとに、無理を押してお んで消息を交す お思いになるとやはり残念であるけれども、お考え直しに 便りを申しあげなさる。「お尋ねく ださらないのもごもっともとは存じますけれど、今はこれなってみると、君を憎いと思っていらっしやる縁者が多く て、女君も並々ならず人目をはばかっていらっしやるので、 までと世の中を思いあきらめます折の情けなさも恨めしさ たぐい そうそう無理にお便り申しあげることもなさらずじまいに も、類のないことでございました。 あ せ よっこ。 逢ふ瀬なきなみだの川に沈みしや流るるみをのはじめ いよいよご出立は明日とい , つ日の暮 なりけむ 〔を藤壺の宮へ参上 れには、院のお墓をご参拝にと、 ( 逢う折もない悲しみの涙川に身を沈めたのが、こうして流故院の山陵を拝む ( 原文一一四ハー ) おうせ
らずばんやりと物思いに沈んで夜を明かしておしまいにな では ) すのこ めのわらわ 0 ったので、簀子などに年若い女童が所どころに臥していた 幻さらに悲しみが付け加わって万感尽きず、君のお出ましに が、ちょうどいま起き出してきて騒いでいる。幾人かかわ なったあと、不吉なまでに人々は泣き合っている。 語 とのい しい宿直姿でいるのをごらんになられるにつけても心細く 物〔三〕源氏、ニ条院で紫二条院にお帰りになると、ご自分の 氏の上と別離を嘆く お部屋づきの女房たちも昨夜はまん感ぜられて、「年月がたてば、これらの人々も最後までお 勤めしきれないで散り散りになってゆくのだろう」などと、 じりともしなかったらしく、所どころに寄り集っていて、 いつもならさまでお気にかかりそうもないことにまでもっ 世の有様の変りようをあまりのこととばかり思っている様 さぶらいどころ いお目がとまるのだった。「昨夜はこれこれのわけで夜が 子である。侍所には、平素親しくお仕え申している者が みなお供してまいる心づもりをして、個々それぞれに家の更けてしまいましたのでね。いつものように心外なふるま いと、お取りになったのでしよう。せめてこうしておりま 者との別れを惜しんでいる折からだろうか、人影も見えな 源氏の君とさほどに縁故のない人たちは、このお邸にす間だけでもそなたのそばにいたいと思うのですが、この とが ように世間を離れる際になると気がかりなことがしぜん多 お伺いするのも厳重に咎めだてられて面倒なことが多くな いものですから、家に閉じこもってばかりもいられまい るので、これまではいつも所狭しとばかり集っていた馬や この無常の世の中に、情け知らずと見限られてしまうこと 車が跡形もなくさびれているのにつけても、世間とはかく になろうかと、それも忍びないことでして」とおっしやる も情けないものだったのかと、君は痛感せずにはいらっし ので、「こうした悲しいめにあうことのほかにもっと心外 やれない。台盤なども一部分は埈が積り、薄べりも所どこ なこととは、・ とんなことでしようかしら」とだけおっしゃ ろひき返してある。「目のあたりに見る現在でさえこうな って、たいそう思いつめていらっしやる女君の様子が、人 、いなくなってからはどんなに のだから、なおさらのこと とはまた格別でいらっしやる、それも無理からぬことで、 荒れ果ててゆくのだろう」とお思いになる。 うとうと みこうし 父親王はほんとに疎々しくて、この女君はもともと君にな 西の対にお越しになると、女君が御格子もお下ろしにな ( 原文一八ハー ) ふ
磨 ノ′ノ めのとさいしよう しげな面持である。 若君の御乳母の宰相の君をお使いとして、大宮の御もと 大宮へは、「こちらからも申しあげさせていただきたい から源氏の君にご挨拶を申しあげられる。「自身でじかに 申しあげとうございますが、目の前がくらむほどに取り乱こともございまして、よくよく考えてはおりましたのです してぐずぐずいたしております間に、まだ夜も深いうちに か、ただ胸がつまってしまいましたので、よろしくご推察 お出ましになる由、これまでとは様子の変った気持がいた くださいまし。眠入っております幼い人のことは、顔を見 させていただけば、それにつけてかえって憂き世をのがれ すばかりでございます。いじらしい若君がよく眠入ってお ります間ぐらい、しばらくお待ちになればと存じますが、 にくくなるにちがいございませんから、しいて気を強く取 いとま そうもなさらずお立ちになりますとは」と申しあげなさる り直して、急いでお暇いたします」とご返事をなさる。 ので、君はお泣きになって、 君のお立ち出でになるところを、女房たちがのぞいてお とりべやま けぶり 鳥辺山もえし煙もまがふやと海人の塩やく浦見にぞ行見送り申している。入り方の月がまことに明るいので、い よいよしっとりとお美しくて、物思いに沈んでいらっしゃ とらおおかみ ( あの折の鳥辺山に燃えた煙に似通ってはいないかと、海人るお姿は、虎や狼でさえも泣かされてしまうにちがいない。 が塩を焼く煙を眺めに須磨の浦に出向いて行きます ) まして、君の幼くていらっしやった時分からおなじみ申し ぎん あげてきた人々なので、あまりにも変ってしまった君のご ご返事というでもなくお吟じになって、「暁の別れという ものが、いつもこれほどまでに物思いの限りを尽すものと境遇をたいへんおいたわしく思うのである。ほんにそうい も限るまい。お察しくださる人もきっとあるだろうよ」と えば、大宮のご返事は、 おっしやると、宰相の君は、「いっと限らず、別れという 亡き人の別れやいとど隔たらむ煙となりし雲居ならで ↓よ 言葉はほんとにいやなものでございましようが、わけても ( 亡き人との別れはますます遠く隔ってしまいましよう。 8 今朝は、やはりほかに比べようもあるまいと存ぜずにはい 煙となって立ちのばった都の空の下をお立ち去りになるの られません」と鼻声で、いかにもその言葉のとおり心底悲 おももち けぶり くもゐ
や昔お仕えしていた人の中に、今もお暇をいただかずにい すな。天地を逆さにしても、まるで思いもよりませんでし る者はみな、こうして君がお越しになったのを久しぶりの た御有様を拝見しますと、すべて何もかもほんとにつまら ことと懐かしく存じあげて、御前にまいり集ってお姿を拝なくなりまして」と申しあげられて、ひどくお泣きになる。 見するにつけても、さして深い思慮のあるわけでもない若 源氏の君は、「どうこうなりますのもすべて前世の報い せん い女房たちまで、世間の栄枯のほどが深く思い知られて涙 だそうでございますから、詮じつめれば、ただこの私の運 にくれている。若君はまことにおかわいらしい姿で、はし のったなさというわけでございます。はっきりと私のよう ゃいで走りまわっておいでになる。「しばらく会わないの に官位を取りあげられるのでなく、いささかの軽い罪に触 ふびん れただけでも、朝廷の勘気をこうむって謹慎しております にわたしを忘れずにいるのが不憫でならない」とおっしゃ おももち って、膝にすわらせていらっしやる面持は、涙をこらえか者が日常の世間交わりをしてゆくのは、異国でも罪の重い こととしておりますようでございますから、まして、この ねておられるご様子である。 大臣がこちらにお越しになってご対面になる。「所在な 私に関して遠国へ流罪に処するご沙汰などもございます由 く引きこもっていらっしやる由ですが、その間にとりとめ なのは、特別に重い罪科に当ることになるのでございまし ない昔話でも、お伺いしてお話し申しあげようと存じまし よう。心に何一つやましいことがないと信じておりますが、 たのですが、病が重いという理由で朝廷にも出仕いたしま それだからとてそ知らぬ顔で過しておりますのもまことに はずかし せず、官職もお返し申したのですから、私事となると気ま畏れ多いことですので、これ以上に大きな辱めにあわない 磨 まに出歩いて、と変に悪く取り沙汰されそうですので、も うちに進んで世の中をのがれてしまおうと決心させていた るる っとも、今は世間に気がねをしなければならない身の上で だいたのでございます」などと、縷々お申しあげになる。 須 もございませんが、手きびしい世の中がまったく恐ろしゅ左大臣は昔のお話や桐壺院の御事、また院がお考えあそば のうし して仰せ出されたご意向などを話題にのばされて、御直衣 うございます。今度のような御事を拝見するにつけまして も、長生きが情けないものに存ぜられます末世でございま の袖も涙のお目からお離しになれないので、君も気丈にふ ひざ おそ
↓一七八ハー注五。 ゆれま、 、と、とまし / 、田 5 す・。 一一院が深く執着なさった女御の かたち ご器量を。源氏は院の表情を凝視 めでたしと思ほししみにける御容貌、いかやうなるをかしさにかとゆかしう しつつ、自身の好色心を誘発され 語 おも 物思ひきこえたまへど、さらにえ見たてまつりたまはぬをねたう思ほす。い と重る。以下、源氏の女御への関心。 氏 三まちかに女御を見ていない。 源 りかにて、ゆめにもいはけたる御ふるまひなどのあらばこそ、おのづからほの四女御の容貌を知る院への妬心。 五母ゆずりの奥ゆかしさか。 六声や物腰などから、女御の人 見えたまふついでもあらめ、心にくき御けはひのみ深さまされば、見たてまっ 柄を想像し、申し分ないと思う。 セ他者を割り込ませる余地もな りたまふままに、、 しとあらまほしと思ひきこえたまへり。 、弘徽殿女御と斎宮の女御が、 セすきま ひやうぶきゃうのみや かく隙間なくて二ところさぶらひたまへば、兵部卿宮、すがすがともえ思ほ後宮の二大勢力となっている。 ^ 兵部卿宮は娘の中の君の入内 みかど す し立たず、帝おとなびたまひなば、さりともえ思ほし棄てじとぞ待ち過ぐしたを切望 ( ↓澪標一二一・ 源氏の思惑から実現できすにいる。 九女御二人への帝寵はそれそれ。 まふ。二ところの御おばえども、とりどりにいどみたまへり。 一 0 斎宮の女御に帝寵が移って。 = 「かよはす」に注意。互いに絵 上はよろづのことにすぐれて絵を興あるものに思したり。 〔五〕帝、絵を好み、後 を描き合って親密さが強まる。 宮、絵の蒐集を競う たてて好ませたまへばにや、二なく描かせたまふ。斎宮の三「まして」は、次ハー二行「御心 しみて : ・」にかかる。「をかしげな 女御、いとをかしう描かせたまひければ、これに御心移りて、渡らせたまひつる人」斎宮の女御へ、帝寵が傾く。 一三趣あるさまに、型どおりの描 か てんじゃう き方でなく、自由に描き興じ。 つ、描きかよはさせたまふ。殿上の若き人々もこのことまねぶをば、御心とど 一四たおやかに物に寄り添って。 一五どう描くか思案にふける表情。 めてをかしきものに思ほしたれば、まして、をかしげなる人の、心ばへあるさ ( 現代語訳三一一〇ハー ) ふた か
巻名藤壺女院の御前、冷泉帝の御前と両度にわたって行われた絵合の行事による。巻中に「絵合」の語はみえない。 すぎく 梗概六条御息所の遺女前斎宮は、藤壺女院の促しで冷泉帝の後宮に入内することになった。朱雀院の意向をまったく無視 することになる源氏は、表立った動きをすることがはばかられる。入内当日豪華な品々に添えて歌を贈った院の心中を察 すれば、源氏の心は傷むのであった。 こきでん 斎宮の女御 ( 梅壺女御 ) は、すでに入内していた弘徴殿女御と帝寵を一一分した。入内当初こそは年齢の近い弘徽殿女御 に帝の寵愛も傾きがちであったが、絵画をことに好む冷泉帝は、絵に堪能な斎宮の女御にしだいにひきつけられていった。 これに焦慮した権中納言は、帝の関心をわが娘弘徽殿女御に引き戻そうと、当代有数の絵師たちを集め、贅を尽して絵画 を製作させる。そのかどかどしい挑み心を笑いながらも、源氏も紫の上とともに秘蔵の絵画を取りそろえる。後宮を舞台 、こうして双方の絵画の蒐集競争はしだいに白熱化していった。 せつけん 絵画論議が後宮を席捲した三月、藤壺の御前で物語絵合が行われることになった。斎宮の女御方の古物語に弘徽御女御 方の今物語を合せての競い合いは優劣決しがたく、勝敗は、源氏の提唱によって後日の帝の御前での再度の絵合まで持ち そちのみや 越されみことになった。、当日は藤壺も臨御し、源氏も権中納言も臨席、判者は風流の聞え高い帥宮 ( 源氏の弟宮 ) 、斎宮 の女御には朱雀院が、弘徽殿女御には大后がそれそれ加勢をするといった、まさに宮中挙げての盛儀となった。いずれ劣 らぬ名品揃いに判定は難航を極めたが、最後に出品された源氏の須磨の日記絵一巻が斎宮の女御方を圧倒的勝利へと導く ことに . なった。 その夜、源氏は帥宮とともに故桐壺院をしのびつつ、学芸・芸道論を交した。 冷泉帝の理想的な御代に、源氏はわが栄耀の極みを実感し、いっしかその心には出家への思いが萌していた。 いた 〈源氏三十一歳の春〉
のように見るからに気味わるく荒れはててしまっておりま って、そのようなことはけっしてお許しにならない。 ささい すけれども、父母の御面影のとどまっている気もする昔な 姫君は、ほんの些細な用件につけても誰一人としてお見 がらの住いと思えばこそ、心も慰められるのです」と、姫舞にお訪ねする人もない御身の上である。ただ、御兄の禅 君は泣く泣くおっしやってお邸を手放そうなど、まるでお師の君だけは、まれに京に出ておいでになるときには顔を 聞き入れにならない。 お見せになるけれども、その禅師も世にまたとなく古風な 御調度の数々も、まことに古風な使い古した品々であっ お方で、同じ法師というもののなかでも、処世の道に疎く ひじり て、昔ふうの作りできちんとしているのを、半可通に風流浮世離れのした聖でいらっしやって、せめて生い茂った邸 よもぎ がろうとする者がそういう品物をほしがって、もともと故内の雑草や蓬なりと取り払ってやらねば、ぐらいのことさ え気がおっきにならない。 宮がとくに名のある誰それにお作らせになったものだと、 あさぢ その由緒を聞き出してお譲り渡しのご意向を伺ったりする このような始末で、浅茅は庭の面も見えぬくらいに生い むぐら しぜんこの不如意な暮し向きを頭から見くびってこ茂り、蓬は軒と争うまで高く生えあがる。葎は西と東の御 んなことを言ってくるのだが、例の女房たちは、「これも 門を閉じこめているのが心丈夫であるけれども、とかく崩 かき いたしかたございません。こうするのが世の常のことなのれがちな外構えの垣を、馬や牛などが踏みならした所を通 で」と、なんとか取り計らっては、さし迫った今日明日のり道にして、春夏ともなると、牧童までもがお邸の中で放 し飼いをしているのはいったいどういうつもりなのか、そ 不体裁を取りつくろおうとするときもあるのを、姫君はき 生 つくお戒めになって、「この私が使うようにと、父宮がお の無遠慮もあきれたものというほかはない。 のわき ばしめして、このように作らせておおきになったのでしょ 八月に野分がはげしく荒れた年、あちこちの渡り廊下も いたぶき いくむね うから。それを、どうしていやしい者の家の飾りなどにす倒れ伏し、幾棟もの雑舎の、簡単な板葺であった建物など こころおきて は骨組だけがわずかに残って、もうお邸に残りとどまろう ることができましよう。亡きお方の御心掟をないがしろ かし しもづか にするようなことになったら悲しいことです」とおっしゃ とする下仕えすらもいなくなる。炊ぎの煙も絶え、おいた おもて ぜん
るまうことがおできにならない。若君が無心にそこらを出夜が更けてしまったので、君は、今夜はここにお泊りにな 2 たりはいったりして、誰彼となくなついていらっしやるの り、女房たちをおそばにお召しになってお話などをおさせ を、君はたいそういじらしくお思いになる。大臣は、「亡 になる。ほかの人よりも格別に内々で情けをかけていらっ 語 ひととき 物くなってしまわれた人のことを、一時とて忘れる折もなく しやる中納言の君が胸の思いを言いかねて悲しくうち沈ん 氏 いまだに悲しんでおりますが、このたびの御事で、もし生でいる様子を、人知れずいとしくお思いになる。皆が寝静 源 むつ きておりましたらどんなに悲しみ嘆いたことでございまし まってから、とりわけ睦まじくお語らいになる。この人の よう、よくまあ短命でいてくれて、こうした悲しい夢を見ために今夜はお泊りになっているのであろう。夜が明けて ないですんだことよと、そう思って心を慰めさせていただ しまうので、まだ暗いうちにお出ましになると、折から有 いております。ですが、幼くていらっしやる方がこうした 明の月がまことに美しく感じられる。花の木々はだんだん 年寄どもの中に置き去りにされておいでになって、父君に と盛りの時が過ぎて、わずかに咲き残った木陰の落花が もや おなじみ申しあげない月日がこれから長く続いてゆくので 白々と見える庭に、靄のうっすらと一面に立っているのが かす ばんやりと一色に霞んで、秋の夜のしみじみとした風情よ あろうかと存じますと、何事にもまして悲しゅうございま すみ ・一うらん りもはるかにまさっている。君は隅の間の高欄にもたれて、 す。昔の人も、本当に罪を犯した場合でさえ、こういうき びしい罰を受けることはなかったのでした。やはり前世の しばらくの間ながめていらっしやる。中納言の君はお見送 因縁で、異朝でもこうした類のことが多うございました。 り申しあげようというのか、妻戸を押し開けて控えている。 しかしそれも罪を言いたてるだけのわけがあってこそそう 「二度とあなたに逢うのも、思えばほんとにむずかしい。 したこともございましたのに、今はどの道から考えてみて世の中がこういうことになるのだとも知らないで、逢おう も、思いあたるところがありませんので : : : 」などと、 と思えば気がねなしに逢えたはずの月ごろを、よくものん さんみのちゅうじよう 数々のお話をお申しあげになる。三位中将もそこへ参上びりとご無沙汰してしまったものだね」などとおっしやる しごいっしょになって、お酒などおあがりになるうちに、 ので、中納言の君は申しあげる言葉もなく泣いている。 たぐい
一ひとかどの人物として処遇。 さまをものめかし出でたまふは、、かなりける御心にかありけむ。これも昔の ニ前世からの因縁。源氏の末摘 花厚遇は宿世の力としか思えない。 契りなめりかし。 三末摘花に見切りをつけて、離 語 きほ うへし・も 物 いまは限りと侮りはてて、さまざまに競ひ散りあかれし上下の人々、我も我散した上下の召使たち。源氏の庇 五 氏 護で豊かになると、戻って来る者 むも もいる。「競ひ散り」「あらそひ出 源も参らむと争ひ出づる人もあり。心ばへなど、はた、埋れいたきまでよくおは づる」とあり、離散も帰参も、先 六ずりゃう する御ありさまに心やすくならひて、ことなることなきなま受領などやうの家を競う軽薄さ。三行售うちつけ の心みえに」とあるゆえん。 にある人は、ならはずはしたなき心地するもありて、うちつけの心みえに参り四末摘花の気だてなど。 五「埋れいたし」は、引っ込み思 案で内気すぎるさま。前の「ひた 帰る。 ぶるにものづつみ : ・」 ( 一六一一ハー 君は、いにしへにもまさりたる御勢ひのほどにて、ものの思ひやりもまして〇行 ) と同じく、高貴な血統ゆえ の気品が推称される。 添ひたまひにければ、こまやかに思しおきてたるに、にほひ出でて宮の内やう六なまはんかな受領。 セ今まで経験したこともない、 やりみづ ゃう人目見え、木草の葉もただすごくあはれに見えなされしを、遣水かき払ひ、ばつのわるい思いをして。 〈「うちつけの心」は、状況の変 せんぎいもとだ 化に応じて変る現金な心。 前栽の本立ちも涼しうしなしなどして、ことなるおばえなき下家司のことに仕 0 女房たちの動向に即して、当時 一五けしき へまほしきは、かく御心とどめて思さるることなめりと見とりて、御気色たまの世相人情が活写されていよう。 一六 九他者に思いを馳せる力。 ついしよう おき 一 0 この「掟つ」は、指図する意。 はりつつ追従し仕うまつる。 = 光彩を放って。 一ニこれまでの零落ぶりを象徴。 あなづ しもげいし
にけり。年ごろいたうつひえたれど、なほものきょげによしあるさまして、か一以下、叔母の目に映る侍従。 ニ「弊ゅ」。痩せ衰える意。 三本来の美貌と風情が甦える。 たじけなくとも、とりかへつべく見ゅ。 四末摘花と侍従を。女房よりも 語 五 物叔母「出で立ちなむことを思ひながら、心苦しきありさまの見棄てたてまっ姫君の方が劣る容貌であるとする。 氏 五末摘花の痛ましさを思うと、 こころう 源 りがたきを。侍従の迎へになむ参り来たる。心憂く思し隔てて、御みづからこ任地にも下向できない、の意。 六侍従の下向はすでに確定的 そあからさまにも渡らせたまはね、この人をだにゆるさせたまへとてなむ。な ( ↓一四九ハ -) 。ここでは、姫君の 下向を慎重に勧めるべく、まず周 どかうあはれげなるさまには」とて、うちも泣くべきそかし、されど行く道に辺の侍従の話題から切り出す。 セあなたは私を厭わしいものと。 こみや おもて 心をやりていと心地よげなり。叔母「故宮おはせし時、おのれをば、面ぶせな ^ あなたは私の所にかりそめに もお越しくださいませんね。 うと - っレ J りと思し棄てたりしかば、疎々しきゃうになりそめにしかど、年ごろも何かは。九せめて侍従の下向なりとも。 「だに」の語勢から、次文に続く すくせ やむごとなきさまに思しあがり、大将殿などおはしまし通ふ御宿世のほどをか一 0 末摘花の窮状に同情し、下向 を勧める気持をこめる。 むつ たじけなく思ひたまへられしかばなむ、睦びきこえさせんも憚ること多くて過 = 普通だったら同情して泣き出 すべきなのに。 ぐしはむべるを、世の中のかくさだめもなかりければ、数ならぬ身はなかなか三地方官最上の官としての、下 向後の豊かさを想像。↓前ハー注 = 七。 一四七ハー一行。 心やすくはべるものなりけり。及びなく見たてまつりし御ありさまのいと悲し一三↓ 一四私自身は疎々しくなかった。 く心苦しきを、近きほどは怠るをりものどかに頼もしくなむはべりけるを、か一五末摘花の貴人としての気位。 一六世は無常だから、高貴な人ほ く遥かにまかりなむとすれば、うしろめたくあはれになむおばえたまふ」などど世の憂き目にあいがち、の意。 四 一七 つひ よみが