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検索対象: 完訳日本の古典 第16巻 源氏物語(三)
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1. 完訳日本の古典 第16巻 源氏物語(三)

一三それをとりえと考えて忘れま 目移しこよなからぬに、咎多う隠れにけり。 と不憫に思ったが。 まつりごけい 祭、御禊などのほど、御いそぎどもにことつけて、人の奉一四うつかり疎遠になった間に。 〔一三〕源氏、末摘花を手 一五恨めしく私が思われたろうと。 一九 厚く庇護する りたる物いろいろに多かるを、さるべきかぎり御心加へた一六本来の訪問相手に軽くふれる。 宅末摘花を見た目で花散里を見 ニ 0 おほごと ると大差ない。末摘花の醜女の面 まふ。中にも、この宮には、こまやかに思しよりて、睦ましき人々に仰せ言た 影が後退し、欠点が隠れる。 よもギ つか いたがき しもべ まひ、下部どもなど遣はして、蓬払はせ、めぐりの見苦しきに板垣といふもの天賀茂祭、斎宮の御禊。 一九源氏は、しかるべき愛人のす かたっくろ うち堅め繕はせたまふ。かう尋ね出でたまへりと聞き伝へんにつけても、わがべてに、贈物の心づけをなさる。 ニ 0 末摘花のこと。 めんばく 御ため面目なければ渡りたまふことはなし。御文いとこまやかに書きたまひて、ニ一二条東院への転居が近いので、 一時しのぎ程度の垣である。 二条院いと近き所を造らせたまふを、「そこになむ渡したてまつるべき。よろ一三世間の人々が。 ニ三末摘花を相手にする不面目。 わらは しき童べなど求めさぶらはせたまへ」など、人々の上まで思しやりつつ、とぶニ四かねて構想の二条東院のこと。 ニ五召し使う人のことまで。 らひきこえたまへば、かくあやしき蓬のもとには置きどころなきまで、女ばらニ六源氏の心配りのありがたさ。 毛女房も。以下、「大空の星の 光を : ・」 ( 一四二ハー ) に照応するか。 生も空を仰ぎてなむ、そなたに向きてよろこびきこえける。 ニ ^ 源氏の方角に向いて謝礼。 ニ九 なげの御すさびにても、おしなべたる世の常の人をば目とどめ耳たてたまはニ九かりそめのお戯れであっても、 ありふれた普通の女には無関心 ず、世にすこしこれはと思ほえ、、い地にとまるふしあるあたりを尋ね寄りたま三 0 源氏と末摘花の関係は、世間 の予想を裏切る。彼女は万事、十 たが ふものと人の知りたるに、かくひき違へ、何ごともなのめにだにあらぬ御あり人並でさえないからである。 ニ四 一セ ニ ^ とが 三 0 ニ五 ニ六 むつ ニ七

2. 完訳日本の古典 第16巻 源氏物語(三)

39 須磨 おとど 「奏したまひければ」は、「赦され 尚侍の君は、人笑へにいみじう思しくづほるるを、大臣い 〔一巴朧月夜、帝の寵を たまひて」に続き、中間は挿入句。 せち一三 受けつつも源氏を慕う とかなしうしたまふ君にて、切に宮にも内裏にも奏したま一四「限り」は、後宮の后妃として の掟。他の男との恋は許されない。 おほやけ みやづかへ ひければ、限りある女御、御息所にもおはせず、公ざまの宮仕と思しなほり、 三尚侍は本来、女官であり帝寵 の対象でない。帝は、朧月夜の情 ゆる またかの憎かりしゅゑこそ厳しきことも出で来しか、赦されたまひて、参りた事を尚侍ゆえに許すべく考え直す。 一六源氏との情事が原因で、朧月 一七 まふべきにつけても、なほ、いにしみにし方そあはれにおばえたまひける。 夜が参内を停止させられたこと。 宅朧月夜は源氏を忘れえない。 そし 七月になりて参りたまふ。いみじかりし御思ひのなごりなれば、人の譏りも一《朱雀帝が熱愛した名残。帝の 熱愛の記事は、ここが初見。 うへ 一九 知ろしめされず、例の上につとさぶらはせたまひて、よろづに恨みかつはあは一九以下、愛すればこその言動。 一一 0 以下、語り手は朧月夜の美貌 かたち れに契らせたまふ。御さま容貌もいとなまめかしうきよらなれど、思ひ出づるから、源氏との思い出に生きる心 中に転じ、畏れ多い心と評する。 ニ一帝はもともと源氏と共感を持 ことのみ多かる心の中ぞかたじけなき。御遊びのついでに、帝「その人のなき ちえた。↓賢木〔 = 三〕など。 こそいとさうざうしけれ。いかにましてさ思ふ人多からむ。何ごとも光なき心一三自分にもまして。「さ思ふ人」 の一人が朧月夜であるとして嫉妬。 たが ニ三源氏を朝廷の補佐役にとする 地するかな」とのたまはせて、帝「院の思しのたまはせし御心を違へつるかな。 故桐壺院の遺戒。↓賢木〔 0 。 ニ四ねん 罪得らむかし」とて涙ぐませたまふに、え念じたまはず。帝「世の中こそ、あ = 四朧月夜は動揺を抑えられない。 一宝「あちきなし」↓二九ハー注三 = 。 るにつけてもあぢきなきものなりけれと思ひ知るままに、久しく世にあらむも = 六私 ( 帝 ) が死んだら。 毛源氏との生き別れ。自分との ニ六 のとなむさらに思はぬ。さもなりなむに、いかが思さるべき。近きほどの別れ死別との対照から「近き」とする。 ニ五 いかめ ニセ

3. 完訳日本の古典 第16巻 源氏物語(三)

( 現代語訳二九一ハー ) しきを」と応じた ( 一三〇ハー八行 ) 。 いとまめやかにねむごろに聞こえたまひて、さるべきをりをりは渡りなどし 源氏は、後宮での勢力を得ようと たまふ。源氏「かたじけなくとも、昔の御なごりに思しなずらへてけ遠からずする権中納言にも対抗しうる。 一三四行前「例のひき返しーから続 く。考えぬき、妙案に到達した趣。 もてなさせたまはばなむ、本意なる心地すべき」など聞こえたまへど、わりな 一四前斎宮への恋情を抑えた気持。 くもの恥ちをしたまふ奥まりたる人ざまにて、ほのかにも御声など聞かせたて一五私を亡き母のゆかりの者と。 一六母親の奥ゆかしさを思わせる。 一七 宅周囲の女房たち。 まつらむは、いと世になくめづらかなることと思したれば、人々も聞こえわづ 一 ^ 「女別当」↓一三一ハー注一五。 うれ 一 ^ べたうないし 「内侍」は斎宮づき女房であろう。 らひて、かかる御心ざまを愁へきこえあへり。「女別当、内侍などいふ人々、 一九血縁関係のある王孫の方々。 ニ 0 ニ 0 ↓一二七ハー六行。 あるは離れたてまつらぬわかむどほりなどにて、心ばせある人々多かるべし。 三入内後の交際。 この人知れず思ふ方のまじらひをせさせたてまつらむに、人に劣りたまふまじ = = 前にちらと隙見。↓一二九ハー ニ三恋情を断念しきれていない、 かたち かめり。 いかでさやかに御容貌を見てしがな」と思すも、うちとくべき御親心とする語り手の評言。次の源氏自 身の心内と相応ずる。 ニ四我ながら恋情を制しきれぬ意。 にはあらずやありけむ。わが御心も定めがたければ、かく思ふといふことも、 一宝入内の意向が世間に知れてか まうとく 標人にも漏らしたまはず。御わざなどの御事をもとりわきてせさせたまへば、あらの懸想は、帝への漬となる。 宮の入内を思いっきながらも、彼 りがたき御心を宮人も喜びあへり。 女への執心に事を決しきれぬ源氏 は、単なる権勢野望の人でもない。 実宮への恋情の底流する執心。 はかなく過ぐる月日にそへて、いとどさびしく、、い細きこ 〔一巴前斎宮の悲しみの 毛以下、宮の心情に即した表現。 日々と朱雀院の執心 とのみまさるに、さぶらふ人々もやうやう散れゆきなどし天見きりをつけ一人二人と去る。 一九 ニ七 ニ四 ニ六 あ

4. 完訳日本の古典 第16巻 源氏物語(三)

71 明石 気色だちたまふことなし。事にふれて、心ばせありさまなべてならずもありけ女と関係をもつようになったら。 「ただ」は他の女性関係のない状態。 るかなとゆかしう思されぬにしもあらず。 一三自分 ( 源氏 ) の紫の上への誓言。 一セ 一四意思に反して、「事にふれて しもや : ・けるかな」と、明石の君の気性 ここにはかしこまりて、みづからもをさをさ参らず、もの隔たりたる下の屋 や容貌に気づいて、関心を抱く。 にさぶらふ。さるは明け暮れ見たてまつらまほしう、飽かず思ひきこえて、い一五源氏の御座所。 一六入道は。 一大 かで思ふ心をかなへむと仏神をいよいよ念じたてまつる。年は六十ばかりにな宅寝殿や炫屋などの付属の雑舎。 一 ^ 入道の心の内実を語る。 りたれど、いときょげに、あらまほしう、行ひさらばひて、人のほどのあては一九娘を源氏に縁づけたい気持。 ニ 0 勤行に痩せ細るのを好ましい いにしへ とする、語り手の気持。 かなればにゃあらむ、うちひがみほればれしきことはあれど、古昔のものをも 三大臣の子という素姓のよさ。 一三偏屈者で、ばけている。入道 見知りて、ものきたなからずよしづきたることもまじれれば、昔物語などせさ らしい風貌。↓須磨四九ハー注一四。 いとま おほやけわたくし 一一三昔は近衛中将。↓若紫田〔三〕。 せて聞きたまふに、すこしつれづれの紛れなり。年ごろ公私御暇なくて、 一西古事への精通は、律令官僚と ニ四ふるごと さしも聞きおきたまはぬ世の古事どもくづし出でて、かかる所をも人をも見ざしてのすぐれた教養の証。源氏は 入道のそれに共感する。 らましかばさ , っギ、 , っしくやとまで、興ありと思すこともまじる。 一宝源氏の圧倒的な美質に、縁談 を持ち出すのを躊躇。 な ニ五けだか ニ六 かうは馴れきこゆれど、いと気高う心恥づかしき御ありさまに、さこそ言ひ実娘を源氏に縁づけたいと言っ た入道の言葉。↓須磨〔一九〕。 しか、つつましうなりて、わが思ふことは心のままにもえうち出で聞こえぬを、毛明石の君自身 夭普通の身分の者を捜してさえ、 心もとなうロ惜しと母君と言ひあはせて嘆く。正身は、おしなべての人だにめ好感のもてる男はいない田舎に。 けしき ニ 0 ニ七 さうじみ

5. 完訳日本の古典 第16巻 源氏物語(三)

179 絵 なさけ らむも、いと情なくかたじけなかるべし」と、人々そそのかしわづらひきこゅ内させることを、そのように思う。 三朱雀院〈 0 、恨みと親「感 0 るけはひを聞きたまひて、源氏「いとあるまじき御事なり。しるしばかり聞こ半ばする気持。↓須磨四四ーの歌。 一四院との微妙な関係から前斎宮 の返書、院からの消息が気になる。 えさせたまへ」と聞こえたまふもいと恥づかしけれど、いにしへ思し出づるに、 一五女別当を介して前斎宮に。 いとなまめききよらにて、いみじう泣きたまひし御さまを、そこはかとなくあ一六院と宮の心を察する女別当は。 宅宮の恥じらう気持。 こみやすむどころ 一九をさなごころ はれと見たてまつりたまひし御幼心もただ今のこととおばゆるに、故御息所天下向の儀式での院の表情。 一九下向当時、斎宮は十四歳。 ニ 0 前斎宮の心には、下向の記憶 の御事など、かきつらねあはれに思されて、ただかく、 が母への回想と一体になっている。 三「はるかにーは、別れの儀式の 前斎宮別るとてはるかにいひしひとこともかへりてものは今そかなしき 「帰りたまふな」の言葉、遠く隔る ろくしなじなたまは とばかりゃありけむ。御使の禄品々に賜す。大臣は御返りをいとゆかしう思せ関係をいう。「かへりて」は、帰京 して、かえって、の両意。「今ぞ ・ : 」は、母なき今の身の悲しみ。 ど、え聞こえたまはず。 一三読者の想像に委ねる語り口。 ニ四 一一三朱雀院を女として、の意。院 「院の御ありさまは、女にて見たてまつらまほしきを、こ 〔ニ〕源氏参内、故六条 の優美さをたたえる表現。 御息所を回想する ニ四前斎宮の。源氏が彼女をはっ の御けはひも似げなからず、いとよき御あはひなめるを、 きり見たことがないので「けはひ」。 内裏は、まだいといはけなくおはしますめるに、かくひき違へきこゆるを、人一宝似合いの男女。院は三十四歳。 ニ六冷泉帝十三歳。 知れずものしとや思すらむ」など、憎きことをさへ思しやりて、胸つぶれたま毛前斎宮も内心不快だろうかと。 夭宮の内心を想像する源氏を、 いやな気づかいと、語り手が批評。 へど、今日になりて思しとどむべきことにしあらねば、事どもあるべきさまに ニ六 一七 ニ ^ たが ニセ

6. 完訳日本の古典 第16巻 源氏物語(三)

13 須磨 ( 現代語訳二〇六ハー ) も見せたまはましかばとうち思ひ出でたまふに、さもさまざまに心をのみ尽く一四東宮の将来への危惧。母親の 意識から、「わが : ・」と表現。東客 ゆえに忍びつつも自ら源氏に文通。 すべかりける人の御契りかなとつらく思ひきこえたまふ。 一五藤壺と自分の宿縁。 はな あんな しまとしも知らせ一六左大臣源高明も安和一一年 ( 九六 三月二十日あまりのほどになむ都離れたまひける。人に、、 九 ) 三月二十六日に左遷。高明准拠 な 説の有力な根拠とされる。 たまはず、ただいと近う仕うまつり馴れたるかぎり七八人ばかり御供にて、 宅源氏の離京計画が右大臣方に ふみ とかすかに出で立ちたまふ。さるべき所どころに、御文ばかり、うち忍びたま漏れると、すぐにも流罪が決定し かねないので、秘密裡に事を運ぶ。 ひしにも、あはれとしのばるばかり尽くいたまへるは見どころもありぬべかり天通常なら、参議大将は、随身 六人で、供人は二、三十人に及ぶ。 一九勢いのない状態で。 しかど、そのをりの、い地のまぎれに、はかばかしうも聞きおかずなりにけり。 ニ 0 相手が源氏を。 よ おほいどの あむじろぐるま 二三日かねて、夜に隠れて大殿に渡りたまへり。網代車ニ一語り手が見聞しながらも悲し 〔ニ〕源氏、左大臣邸を みのあまり忘失したとする。読者 をむなぐるま 訪れて別れを惜しむ のうちゃっれたるにて、女車のやうにて隠ろへ入りたまふの想像にゆだねる省筆の技法。 一三以前に。「都離れたまひける」 と叙しながら、あらためて数日前 も、いとあはれに夢とのみ見ゅ。御方いとさびしげにうち荒れたる心地して、 に立ち戻り、別離を細叙。流罪が めのと 若君の御乳母ども、昔さぶらひし人の中に、まかで散らぬかぎり、かく渡りた決る前に離京すべく切迫した気持。 ニ三下簾を垂して女房が乗ってい まうのばつど るように見せかけた。 まへるをめづらしがりきこえて、参上り集ひて見たてまつるにつけても、こと ニ四亡き葵の上の部屋。 にもの深からぬ若き人々さへ、世の常なさ思ひ知られて涙にくれたり。若君は = 五タ霧。この時五歳。 実葵の上の死後、一部の女房が いとうつくしうて、され走りおはしたり。源氏「久しきほどに忘れぬこそあは離散 ( 葵一三四ハ -) 。その残り。 一六はつか 一九 ニ四 ニ六 か

7. 完訳日本の古典 第16巻 源氏物語(三)

源氏物語 18 五 ましていはけなくおはせしほどより見たてまつりそめてし人々なれば、たとし一葵の上と結婚した十二歳以来。 ニ昔とは違いすぎる源氏の逆境。 三「まことや」は話題を転ずる語 へなき御ありさまをいみじと思ふ。まことや、御返り、 り口。源氏・大宮の贈答歌に戻る。 けぶり くもゐ 四源氏の離京を、幽明を隔てた 大宮亡き人の別れやいとど隔たらむ煙となりし雲居ならでは 源氏と葵の上の間がさらに遠のく とり添へてあはれのみ尽きせず、出でたまひぬるなごり、ゆゅしきまで泣きあと嘆く歌。「雲居」は、「煙」の縁語、 都の意をも含める。 へり。 五娘との死別にこの生き別れを。 六死別であるかのような不吉さ。 殿におはしたれば、わが御方の人々も、まどろまざりけるセ二条院。源氏の居所は東の対。 さぶらい 〔三〕源氏、ニ条院で紫 ^ 家務をつかさどる侍の詰所。 けしき の上と別離を嘆く 九肉親縁者や愛人などとの別れ。 気色にて、所どころに群れゐて、あさましとのみ世を思へ 一 0 「親しう仕」える者以外の人々。 さぶらひ る気色なり。侍所には、親しう仕うまつるかぎりは、御供に参るべき心まうけ右大臣方からにらまれている。 = 「わづらはし」は多く、社会 わたくし して私の別れ惜しむほどにや、人目もなし。さらぬ人は、とぶらひ参るも重き的・政治的な立場での不都合さ。 一ニ桐壺帝崩御後から「馬、車う とが つど むまくるまかた 咎めあり、わづらはしきことまされば、所せく集ひし馬、車の形もなくさびしすらぎて」 ( 賢木一六一ハー五行 ) 。 一三長方形の食卓。それを用いる だいはん ちり たたみ きに、世はうきものなりけりと思し知らる。台盤などもかたへは塵ばみて、畳者が少ないので一部に塵が積る。 一四「畳」は、今の薄べり。 所どころひき返したり。見るほどだにかかり、ましていかに荒れゆかんと思す。一五「かくあり」の約。 一六まして源氏離京後は。 一 ^ かうし すのこ 西の対に渡りたまへれば、御格子も参らでながめ明かしたまひければ、簀子宅紫の上の居所。 ニ 0 一 ^ 源氏を待ち格子を下ろさない。 一九わらは とのゐすがた などに、若き童べ所どころに臥して、今ぞ起き騒ぐ。宿直姿どもをかしうてゐ一九紫の上周辺には常に童女が多 ( 現代語訳一一一〇ハー ) 一七たい 四 な 六

8. 完訳日本の古典 第16巻 源氏物語(三)

79 明石 思ふことかつがっかなひぬる心地して、涼しう思ひゐたる三源氏が、明石の君のもとに。 〔一 0 〕源氏、入道の娘に 一三都よりもかえって。 かたをかべ 文を遣わす娘の思案 一四この田舎の人目につかぬ場所。 に、またの日の昼っ方、岡辺に御文遣はす。心恥づかしき 一五意想外の美女。帚木巻の「品 こも さまなめるも、なかなかかかるものの隈にぞ思ひの外なることも籠るべかめる定め」以来、意外な美女を発見す る楽しみが繰り返し語られてきた。 くるみ と心づかひしたまひて、高麗の胡桃色の紙に、えならずひきつくろひて、 一六高麗産の丁子色の紙。 一セ「雲居」は空。「かすめし」は入 くもゐ こずゑ 道がほのめかした意、「霞み」をも 源氏「をちこちも知らぬ雲居にながめわびかすめし宿の梢をそとふ 連想。物思いゆえの憧れをこめる。 思ふにはとばかりゃありけん。入道も、人知れず待ちきこゆとて、かの家に天「思ふには忍ぶることそ負け にける色には出でじと思ひしもの を」 ( 古今・恋一読人しらず ) 。 来ゐたりけるもしるければ、御使いとまばゆきまで酔はす。御返りいと久し。 一九予想どおりの結果なので。 内に入りてそそのかせど、むすめはさらに聞かず。いと恥づかしげなる御文ニ 0 入道が娘に、源氏への返事を。 三源氏に対比される己が身分の のさまに、さし出でむ手つきも恥づかしうつつましう、人の御ほどわが身のほ低さを認識。↓七一一弩注 = 。 一三説得に困りぬいて。 ニ三父親の代筆は稀。 ど思ふにこよなくて、心地あしとて寄り臥しぬ。言ひわびて入道そ書く。 ニ四 一西田舎じみた娘には身にあまる ゐなか たもと 入道「いとかしこきは、田舎びてはべる袂につつみあまりぬるにや、さらに見幸い。気持を「袂」に「つつむ」とは、 和歌の類型的表現。引歌によるか。 たまへも及びはべらぬかしこさになん。さるは、 一宝源氏からの手紙を。 兵源氏と娘の心の共通を強調し ながむらん同じ雲居をながむるは思ひも同じ思ひなるらむ た歌。同語の繰返しに注意。 毛女の代筆をする自分を反省。 みちのくにがみ となん見たまふる。いとすきずきしや」と聞こえたり。陸奥国紙に、いたう古 = 〈男女間の消息での使用は古風。 一セ ふ ふみつか

9. 完訳日本の古典 第16巻 源氏物語(三)

無実を神への信頼を通して訴える 源氏うき世をば今ぞ別るるとどまらむ名をばただすの神にまかせて 点で、将監の恨みの発想と対照的。 とのたまふさま、ものめでする若き人にて、身にしみてあはれにめでたしと見三感激しやすい若人、将監。 一三院の御陵で、生前の姿を思う。 たてまつる。 一四帝王という存在であっても。 一五桐壺院の判断 ( 返答 ) を。 みやままう 御山に参でたまひて、おはしましし御ありさま、ただ目の前のやうに思し出一六源氏を朝廷の補佐役にとする、 桐壺院の遺戒。↓賢木〔 0 〔九〕。 宅以下、悽愴の気をはらんだ荒 でらる。限りなきにても、世に亡くなりぬる人そ、言はむ方なく口惜しきわざ 涼たる自然の叙述。「古墓何レノ なりける。よろづのことを泣く泣く申したまひても、そのことわりをあらはに世ノ人ナル姓ト名トヲ知ラズ 化シテ路傍ノ土ト作リ年々春草 ゆいごん 生ズ」 ( 白氏文集巻一一・続古詩 ) 。 えうけたまはりたまはねば、さばかり思しのたまはせしさまざまの御遺言はい 天悲涙の意をもこめた表現。 づちか消え失せにけんと言ふかひなし。御墓は、道の草しげくなりて、分け入一九「月」は皇統の象徴 ( ↓賢木 一八一ハー注一九 ) 。「雲隠れて」は、 一九 こだちこぶか りたまふほどいとど露けきに、月も雲隠れて、森の木立木深く心すごし。帰り故院の霊魂が反応した、 ニ 0 故院の幻影が生前の面影のま ま出現し、それと交感する趣。 出でん方もなき心地して拝みたまふに、ありし御面影さやかに見えたまへる、 「心すごし」や「そそろ寒き」ゆえん。 そそろ寒きほどなり。 三「なきかげ」は故院の霊。「月」 磨 に故院を象徴、「雲がくれぬる」を 故院が悲涙で目をくもらせた証と 源氏なきかげやいかが見るらむよそへつつながむる月も雲がくれぬる する。霊との感応をふまえた歌。 須 とうぐう せうそこ 明けはつるほどに帰りたまひて、春宮にも御消急聞こえた 0 この一節、後に故院の霊が須磨 〔 0 東宮方の女房ら、 の源氏の夢に現れるのに呼応。 わうみやうぶ つぼね 2 源氏の悲運を嘆く まふ。王命婦を御かはりとてさぶらはせたまへば、その局一三出家して東宮への伺候は不審。 な

10. 完訳日本の古典 第16巻 源氏物語(三)

43 須磨 さきのうこんのぞう 雁の飛翔に流離の孤独を形象。 前右近将監、 一五「雁」の縁語「つらね」を契機に、 つら 栄え栄えしい昔日を回想。 「常世いでてたびのそらなるかりがねも列におくれぬほどそなぐさむ 一六民部省の次官。惟光のこと。 ニ 0 ひたち くだ 友まどはしてま、、、 。し力にはべらまし」と言ふ。親の常陸になりて下りしにも誘宅雁の住む世離れた北国を「常 世」とし、それを捨てて鳴く雁の した 孤心がはじめて分ったとする。 はれで参れるなりけり。下には思ひくだくべかめれど、誇りかにもてなして、 ↓一一六ハー注六。 つれなきさまにしありく。 一九前歌から「常世」を受け、「列」 で最初の源氏の歌に応じ、列から こよひ 外れず源氏と共にいる慰めを詠む。 月のいとはなやかにさし出でたるに、今宵は十五夜なりけりと思し出でて、 ニ 0 帚木・空蝉巻の伊予介。 てんじゃう ニ一都の愛人たちを想像。 殿上の御遊び恋しく、所どころながめたまふらむかしと、思ひやりたまふにつ 一三擬人法に、源氏の孤独な心。 じせんりのほかこじんのこころず けても、月の顔のみまもられたまふ。「二千里外故人心」と誦じたまへる、例ニ三「銀台金闕タニ沈々タリ独 かんりん リ宿シテ相ヒ思ヒテ翰林ニ在リ ニ四 の涙もとどめられず。入道の宮の、「霧やヘだつる」とのたまはせしほどいは三五夜中新月ノ色二千里ノ外故 人ノ心 : ・」 ( 白氏文集巻十四・八月 十五日夜禁中独直対月憶元九 ) 。 む方なく恋しく、をりをりのこと思ひ出でたまふに、よよと泣かれたまふ。 月下に二千里かなたの旧友を思う。 よふ ニ四↓賢木一八一ハー一一行。 「夜更けはべりぬ」と聞こゆれど、なほ入りたまはず。 一宝「月の都」に帝都の意をもこめ る。「月」はここでも皇統の象徴。 源氏見るほどぞしばしなぐさむめぐりあはん月の都は遥かなれども 兵「去年ノ今夜清涼ニ侍ス秋 その夜、上のいとなっかしう昔物語などしたまひし御さまの、院に似たてま思ノ詩篇独リ断腸恩賜ノ御衣今 此ニ在リ捧持シテ毎日余香ヲ拝 ここあ ス」 ( 菅家後集・九月十日 ) 。 つりたまへりしも恋しく思ひ出できこえたまひて、「恩賜の御衣は今此に在り」 ニ六 はる さそ