一ひとかどの人物として処遇。 さまをものめかし出でたまふは、、かなりける御心にかありけむ。これも昔の ニ前世からの因縁。源氏の末摘 花厚遇は宿世の力としか思えない。 契りなめりかし。 三末摘花に見切りをつけて、離 語 きほ うへし・も 物 いまは限りと侮りはてて、さまざまに競ひ散りあかれし上下の人々、我も我散した上下の召使たち。源氏の庇 五 氏 護で豊かになると、戻って来る者 むも もいる。「競ひ散り」「あらそひ出 源も参らむと争ひ出づる人もあり。心ばへなど、はた、埋れいたきまでよくおは づる」とあり、離散も帰参も、先 六ずりゃう する御ありさまに心やすくならひて、ことなることなきなま受領などやうの家を競う軽薄さ。三行售うちつけ の心みえに」とあるゆえん。 にある人は、ならはずはしたなき心地するもありて、うちつけの心みえに参り四末摘花の気だてなど。 五「埋れいたし」は、引っ込み思 案で内気すぎるさま。前の「ひた 帰る。 ぶるにものづつみ : ・」 ( 一六一一ハー 君は、いにしへにもまさりたる御勢ひのほどにて、ものの思ひやりもまして〇行 ) と同じく、高貴な血統ゆえ の気品が推称される。 添ひたまひにければ、こまやかに思しおきてたるに、にほひ出でて宮の内やう六なまはんかな受領。 セ今まで経験したこともない、 やりみづ ゃう人目見え、木草の葉もただすごくあはれに見えなされしを、遣水かき払ひ、ばつのわるい思いをして。 〈「うちつけの心」は、状況の変 せんぎいもとだ 化に応じて変る現金な心。 前栽の本立ちも涼しうしなしなどして、ことなるおばえなき下家司のことに仕 0 女房たちの動向に即して、当時 一五けしき へまほしきは、かく御心とどめて思さるることなめりと見とりて、御気色たまの世相人情が活写されていよう。 一六 九他者に思いを馳せる力。 ついしよう おき 一 0 この「掟つ」は、指図する意。 はりつつ追従し仕うまつる。 = 光彩を放って。 一ニこれまでの零落ぶりを象徴。 あなづ しもげいし
87 明石 の高さゆえ。↓八一ハー注一五。 る心地すれば、人に知られじと思すも心あわたたしうて、こまかに語らひおき 一四予告されていない源氏の訪問。 て出でたまひぬ。 一五源氏の直接行動を無我夢中の 女の心に即していう表現。 御文いと忍びてぞ今日はある。あいなき御心の鬼なりや。ここにも、かかる一六内側から開かないようにした。 宅源氏がついに曹司に入った。 こといかで漏らさじとつつみて、御使ことごとしうももてなさぬを、胸いたくズ背がすらりと高いこと。 一九前世からの深い宿縁を思う。 のち ニ 0 近づくほど、すぐれて見える。 思へり。かくて後は、忍びつつ時々おはす。ほどもすこし離れたるに、おのづ きめぬ 三後朝の手紙。「忍びて」は、特 しレカ ニ六 からもの言ひさがなき海人の子もや立ちまじらんと思し憚るほどを、さればよ に紫の上への聞えをはばかる気持。 一三語り手の評。紫の上など気に ) ) くらく と思ひ嘆きたるを、ガこ、、ゝ 冫し力ならむと、入道も極楽の願ひをば忘れて、ただせずともよい、無用の良心の苛責。 一一三岡辺の宿。 けしきニ七 この御気色を待っことにはす。いまさらに心を乱るも、いといとほしげなり。 一西使者をもてなせぬ入道の気持。 一宝海辺の宿から岡辺の宿まで。 二条の君の、風の伝てにも漏り聞きたまはむことは、戯れ兵懸念どおり。明石の君の嘆き。 〔一巴都の紫の上に明石 毛源氏来訪を待つのに専念する。 の君の事をほのめかす にても心の隔てありけると思ひ疎まれたてまつらんは、心夭俗世を捨てたはずなのに。 ニ九紫の上。 苦しう恥づかしう思さるるも、あながちなる御心ざしのほどなりかし。かかる三 0 次 ~ : ・たてまつらんは」と並 歹して、「、い苦しう : こに続く。 方のことをば、さすがに心とどめて恨みたまへりしをりをり、などてあやなき 三一源氏の、紫の上への強い情愛。 三ニ源氏の他の女性関係。 三四 すさび事につけても、さ思はれたてまつりけむなど取り返さまほしう、人のあ三三紫の上は温和な人とはいえ。 = 西紫の上の嫉妬の事実は、これ りさまを見たまふにつけても、恋しさの慰む方なければ、例よりも御文こまやまで具体的には語られていない。 三三 ニ九 っ ニ五 三 0 たはぶ ニ四 三ニ
あなづ たりしを、いとかくやつれたるに侮らはしきにや」とねたう、さまざまに思し一流離の身をさす。 ニ容赦なく無理強いするのも。 たが なさけ なやめり。「情なうおし立たむも、事のさまに違へり。心くらべに負けんこそ以下、「人わろけれ」まで源氏の心。 語 三父入道の同意もあり、彼女の 心開くのを待つばかりという事情 物人わろけれ」など乱れ恨みたまふさま、げにもの思ひ知らむ人にこそ見せまほ 四↓八一ハー六行。 ツ一と きちゃうひも 源 五「あたら夜の」の歌 ( 八四ハー注一 しけれ。近き几帳の紐に、箏の琴のひき鳴らされたるも、けはひしどけなく、 四 ) の下句を受け、「げに」と納得 うちとけながら掻きまさぐりけるほど見えてをかしければ、源氏「この聞きな六几帳の紐が、女君の身動きで、 箏の絃にふれ音をたてる。彼女の 心の琴線がふれる感じでもある。 らしたる琴をさへや」などよろづにのたまふ。 セ「けはひしどけなく」は、上か らは述語、下へは連用修飾で続く。 源氏むつごとを語りあはせむ人もがなうき世の夢もなかばさむやと つま ^ 爪びいていたところと分って。 九返事はもちろん、琴までも。 明石明けぬ夜にやがてまどへる心にはいづれを夢とわきて語らむ 一 0 「うき世の夢」は、現在の流離 みやすどころ ほのかなるけはひ、伊勢の御息所にいとようおばえたり。何心もなくうちとけの身を夢ととらえた表現。あなた と親しく語り合えば、その夢から ギ、うし しとわりなくて、近かりける曹司の内覚められる、と親交を訴えた歌。 てゐたりけるを、かうものおばえぬに、、 なお、逢瀬の歌の「夢ーは、情交を に入りて、いかで固めけるにかいと強きを、しひてもおし立ちたまはぬさまな暗示する。↓若紫田一九〇ハー 0 。 = 「明けぬ夜」は、無明長夜。苦 一七 り。されどさのみもいかでかあらむ。人ざまいとあてにそびえて、心恥づかし悩の闇に迷う自分には、夢を覚ま させる力もない、 と切り返した歌。 一九 きけはひそしたる。かうあながちなりける契りを思すにも、浅からずあはれな一 = 暗闇の中で想像される様子。 一三身分低い明石の君が六条御息 り。御心ざしの近まさりするなるべし、常は厭はしき夜の長さも、とく明けぬ所に似通うのは、その気品・教養 ニ 0 さう
逆に、波が越えるとは、、い変り、浮気のたとえである。そ ・ % ・人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道にまど ひぬるかな の歌枕としての連想性は、この歌が根拠となっているとみ ( 後撰・雑一・一一 0 三藤原兼輔 ) られる。物語では、紫の上の源氏への返歌に、源氏の心変前出 ( ↓三五四ハー上段、桐壺田四三八ハー上段 ) 。ここでは、源 語 りを難ずるべくこれをふまえた。 氏の帰京を見送る明石の入道の、源氏に取り残される明石 物 くもゐ 雲居にもかよふ心のおくれねば別ると人に見ゅ 氏・・ 7 の君の悲嘆を思う、その父親としての堪えがたい気持をか 源ばかりなり たどる。 ( 古今・離別・三天清原深養父 ) 空のかなたにも行き通う私の心は、どこまでもあなたについ ・・ 6 忘らるる身をば思はず誓ひてし人の命の惜しく て行くのだから、これが別れであるとは、他人の目にそう見もあるかな ( 拾遺・恋四人七 0 右近 ) えているにすぎないのである。 忘れ去られる私自身のことは何とも思わない。ただ神かけて 誓ったあの人が、命を落すことになるのが惜しまれてならな 詞書によれば、東国へ赴任する知人への送別の歌。身は離 れても心はともにある、とする発想による。物語では、同 じころ源氏も紫の上も物思いに屈しているのを、語り手が神への誓言を自ら裏切る者は命を落すといわれる。神をも 想像して、心がいっしょにあるからだろうと、この歌を引 こちらをも裏切った相手を、なおもあきらめがたいとする く。なお、「雲居」は空の意であり、物語では「空に通ふ 恋の執着の歌。物語では、明石の君との仲を打ち明けた源 御心」とある。 氏への、紫の上のさりげない恨みの言葉となっている。 っと みちのくあさか ・ % ・ 2 をぐろ崎みつの小島の人ならば都の苞にいざと ・・ 7 陸奥の安積の沼の花がつみかつ見る人に恋ひや 一一 = ロはましを ( 古今・東歌・一 0 九 0 ) わたらむ ( 古今・恋四・六七七読人しらず ) みやげ もしも小黒崎のみつの小島が人間であったなら、都への土産 陸奥の安積の沼の花がつみではないが、一方ではこうして逢 に、さあいっしょに行こうと言って、誘ってみたいものだ。 っている人を、また一方では恋い続けるほかないのだろうか。 「をぐろ崎みつの小島」は、宮城県の地名らしいが、未詳。 「安積の沼」は福島県郡山市にある。「花がつみ」は野生の はなしようぶ 物語では、入道の準備する、源氏の都への土産物について、花菖蒲。ここまでが、「かつ見」に同音繰返しでかかる序 みつの小島は土産にはならないが、これなら本当に土産物詞。「かっ」は、一方では、の意で、下にも「 ( かっ ) 恋ひ しゃれ にできる、と洒落た表現になっている。 や : ・」とかかる。物語では、紫の上に再会しえた源氏の心 やみ
45 須磨 どもはべりて、えさぶらはぬこと。ことさらに参りはべらむ」など聞こえたり。氏に迷惑をかけまいとする気持。 一三大弐の子。 一三ちくぜんのかみ くら、つゾ J 、とも一四蔵人所の役人。宮中の雑事に 子の筑前守そ参れる。この殿の蔵人になしかへりみたまひし人なれば、し 仕える要職で、昇殿の資格がある。 悲しいみじと思へども、また見る人々のあれば、聞こえを思ひてしばしもえ立一五右大臣方の目を懸念する気持。 一六大弐への返事も。 のち かた ちとまらず。源氏「都離れて後、昔親しかりし人々あひ見ること難うのみなり宅文面をあれこれ工夫して。 きん 一 ^ 「琴の音」は前ハー八 ( 琴の声」。 にたるに、かくわざと立ち寄りものしたること」とのたまふ。御返りもさやう「綱手縄」は源氏の魅力に牽引され る心と、揺れ動く己が心。 かみ になむ。守泣く泣く帰りて、おはする御ありさま語るに、帥よりはじめ迎への一九女から先に贈歌する心を弁明。 「いで我を人なとがめそ大舟のゆ 一セ たのたゆたに物思ふころぞ」 ( 古 人々、まがまがしう泣き満ちたり。五節は、とかくして聞こえたり。 今・恋一読人しらず」。 一 ^ ね つなでなは ニ 0 冷笑・苦笑に類する笑い 五節「琴の音にひきとめらるる綱手縄たゆたふ心君しるらめや ニ一源氏の美しさ。 一九とが ニ 0 ゑ 一三「心」は、私 ( 源氏 ) を思う心。 すきずきしさも、人な咎めそ」と聞こえたり。ほほ笑みて見たまふ、いと恥づ 相手への反発を通して親愛を表現。 ひな かしげ・なり % ニ三「思ひきや鄙の別れに衰へて 海人の縄たき漁りせむとは」 ( 古今 ・雑下小野篁 ) 。隠岐配流の詠歌。 源氏「心ありてひきての綱のたゆたはばうち過ぎましゃ須磨の浦波 ニ四 ニ四左遷の菅原道真が、明石の駅 むまやをさ いさりせむとは思はざりしはや」とあり。駅の長にくしとらする人もありける長に詩句を詠み与えたという故事。 「駅長驚クコトナカレ、時ノ変改 を、ましておちとまりぬべくなむおばえける。 一栄一落、是春秋」 ( 大鏡・時平伝 ) 。 一宝ロ詩 ( ロで伝える詩 ) か、句詩 ( 一句の詩 ) か。諸説ある。 はな 一六
まにまほならず描きすさび、なまめかしう添ひ臥してとかく筆うちやすらひた一六以前の「とりどりに」 ( 前ハー ) 帝 寵を競い合う均衡が崩れた。 まへる御さま、らうたげさに御心しみて、いとしげう渡らせたまひて、ありし宅負けず嫌いで、現代ふうには きはきした性分。 一 ^ 「はげむ」に注意。わが女御の よりけに御思ひまされるを、権中納言聞きたまひて、あくまでかどかどしくい 劣勢を知り、挽回すべく斎宮方へ じゃうず まめきたまへる御心にて、我人に劣りなむやと思しはげみて、すぐれたる上手の挑戦に心を奮い立たせる。 0 後宮での帝寵の優劣は、その後 どもを召し取りて、いみじくいましめて、またなきさまなる絵どもを、一一なき見者の政治的命運を左右する。お のずと二人の権勢争いとなる。 紙どもに描き集めさせたまふ。権中納言「物語絵こそ心ばへ見えて見どころある一九当今一流の絵師であろう。 ニ 0 後に皆を驚かせて一気に劣勢 え ものなれーとて、おもしろく心ばへあるかぎりを選りつつ描かせたまふ。例のを挽回すべく、口外を禁ずる。一 ニ四 説には、絵への厳重な注意・注文。 、 ) とは 一 = 物語の場面や人物を描いた絵。 月次の絵も、見馴れぬさまに、言の葉を書きつづけて御覧ぜさせたまふ。わざ 一三絵の意味する内容が明瞭。 ニ六 とをかしうしたれば、またこなたにてもこれを御覧ずるに、、いやすくも取り出ニ三毎月の行事・風物を描いた絵。 一西あえて説明を加えて明瞭なも らう でたまはず、いといたく秘めて、この御方へ持て渡らせたまふを惜しみ領じたのにするのは、権中納言らしい趣 向。それが「見馴れぬさま」か みこころ ニ七 合まへば、大臣聞きたまひて、源氏「なほ権中納言の御心ばへの若々しさこそあ = = 弘徽殿女御のもとで、帝に。 ニ六帝が、斎宮の女御方で。 おとし 毛大人げなさ。貶めた言い方。 らたまりがたかめれ」など笑ひたまふ。 絵 ニ ^ 権中納言の蒐集する現代絵画 に、古い名画で対抗。権中納言の 源氏「あながちに隠して、心やすくも御覧ぜさせず悩ましきこゆる、いとめ ニ ^ ニ九 挑戦を放置しておけぬ気持である。 との ざましゃ。古代の御絵どものはべる、まゐらせむ」と奏したまひて、殿に古きニ九二条院。 つきなみ か か 一七 一九
へそめざましき。 一 ^ 建物と建物をつなぐ渡り廊下。 一九 一九召使たちの住む棟。 一セ らう しもや いたぶき 八月、野分荒かりし年、廊どもも倒れ伏し、下の屋どものはかなき板葺なり = 0 炊事の煙。 ニ一情け容赦もない連中も。 しなどは骨のみわづかに残りて、立ちとまる下衆だになし。煙絶えて、あはれ一三外から困窮の程度を察知して か。「思ひやりは、想像すること。 めすびと にいみじきこと多かり。盗人などいふひたぶる心ある者も、思ひやりのさびし この「さびし」は、貧乏の意。 ニ三野草が繁茂して藪になった所。 ふよう ければにや、この宮をば不用のものに踏み過ぎて寄り来ざりければ、かくいみニ四父在世の昔の設備がそのまま。 一宝由緒のある調度類が昔のまま ニ三ゃぶ しんでんうち じき野ら藪なれども、さすがに寝殿の内ばかりはありし御しつらひ変らず、つ整然と据えられている意。 ニ六ちょっとした慰みごと。 ちり ややかに掻い掃きなどする人もなし、塵は積もれど、紛るることなきうるはし毛『枕草子』にも、「つれづれ慰 むもの碁双六物語」。 き御住まひにて明かし暮らしたまふ。 ニ ^ 前述を逆接で受け、以下、世 間の風潮とは異なる末摘花の性向。 ふるうた はかなき古歌、物語などやうのすさびごとにてこそ、つれ「心おそし」は、心が鈍い意。 〔四〕末摘花、時代離れ 元特に風流ぶらずとも。 の古風な日常を過す づれをも紛らはし、かかる住まひをも思ひ慰むるわざなめ三 0 「文通はしなど : ・」にかかる。 三一女同士の文通である。 三 0 = 三花鳥風月に託す和歌の贈答。 生れ、さやうのことにも心おそくものしたまふ。わざと好ましからねど、おのづ 三三以下、末摘花のこと。彼女の から、また急ぐことなきほどは、同じ心なる文通はしなどうちしてこそ、若き父宮は人間関係、特に男女関係を きびしく戒めていたのだろう。 人は木草につけても心を慰めたまふべけれど、親のもてかしづきたまひし御心三四女同士の文通でも、恋の贈答 に似たものと考えてか、末摘花は ことかよ おきてのままに、世の中をつつましきものに思して、まれにも言通ひたまふべ父の遺戒を墨守して文通しない。 きくさ か のわき ふみ 三三 ニ九 ニ四 ニ六 三四 けぶり ニセ
) では紫の上の出産は望めない らでもありぬべきことなれど、さはえ思ひ棄つまじきわざなりけり。呼びにや が、「心もとなし」 ( 待ち遠しい ) と おもて 可能性を残した言い方をする。 りて見せたてまつらむ。憎みたまふなよ」と聞こえたまへば、面うち赤みて、 一六生れた子が女子だそうで、つ 紫の上「あやしう、常にかやうなる筋のたまひっくる心のほどこそ、我ながら疎まらぬ。前の喜び ( 一〇八ハ -) とは 矛盾。源氏の本心でない。 ゑ ましけれ。もの憎みはいつならふべきにかーと怨じたまへば、いとよくうち笑宅放っておいてもかまわないが。 一 ^ 明石の君と姫君を。 ニ四 みて、源氏「そよ、誰がならはしにかあらむ。思はずにそ見えたまふや。人の一九源氏に注意されるような妬心。 ニ 0 私の身についた性質だとして ゑ ほか おっしやる。「つく」は身につく意。 心より外なる思ひやりごとしてもの怨じなどしたまふよ。思へば悲し」とて、 三言外に、嫉妬心があるならば、 はてはては涙ぐみたまふ。年ごろ飽かず恋しと思ひきこえたまひし御心の中どあなたが仕向けた。「か , は反語。 一三それ、それが嫉妬というもの。 も、をりをりの御文の通ひなど思し出づるには、よろづのことすさびにこそあニ三あなた自身に由来する嫉妬心。 一西私の考えもしない邪推をして。 一宝以下、紫の上の心内。「年ご れと思ひ消たれたまふ。 ろ」は源氏流離の時期。 ニ九 源氏「この人をかうまで思ひやり言とふは、なほ思ふやうのはべるぞ。まだニ六源氏と紫の上の。 毛源氏の自分以外との女性関係 え は、すべて一時の慰みごととする。 標きに聞こえば、またひが心得たまふべければ」とのたまひさして、源氏「人柄 ニ ^ 明石の君を。 のをかしかりしも、所がらにや、めづらしうおばえきかし」など語りきこえたニ九姫君を后に、の思惑は、誤解 を避けて言わないが、含みがある。 かたち ゅふべけぶり三一 まふ。あはれなりしタの煙、言ひしことなど、まほならねどその夜の容貌ほの三 0 明石での離別。↓明石九一一ハー 三一明石の君の歌・かきつめて : こ。 ことね 見し、琴の音のなまめきたりしも、すべて御心とまれるさまにのたまひ出づる三ニ紫の上に遠慮した言葉づかい。 三 0 ニ五 す ニセ ニ六 ひとがら ゑ
磨 / ノノ おほやけ うら よしきょのあそむ一 あかし 一 0 は 明石の浦は、ただ這ひ渡るほどなれば、良清朝臣、かの入〈「発シ桂芳シク半バ出ヲ具 〔一九〕明石の入道、娘を ス三千世界一周ノ天天迥カニ げんかん 源氏に奉ることを思う 道のむすめを思ひ出でて文などやりけれど、返り事もせず、シテ玄鑒ノ雲将ニレントス唯 ダ是レ西ニ行クナリ左遷ニアラ たいめん ズ」 ( 菅家後集・代月答 ) 。 父の入道そ、「聞こゅべきことなむ。あからさまに対面もがな」と言ひけれど、 セ前項の「月」に触発され、月下 ゅ むな うしろで に迷妄の心をかかえる孤心を詠嘆。 うけひかざらむものゆゑ、行きかかりて、空しく帰らむ後手もをこなるべし、 ^ 「友千鳥もろ声」の哀韻への共 くん 感に、独り寝の寂しさを嘆く歌。 と屈じいたうて行かず。 九供人たちの源氏への感動。 うちかみ 世に知らず心高く思へるに、国の内は守のゆかりのみこそは、かしこきこと一 0 須磨・明石間は約八は。 一一良清は以前、求婚を入道に断 にすめれど、ひがめる心はさらにさも思はで年月を経けるに、この君かくておられたと語った。↓若紫田〔三〕。 三入道の目当ては源氏にあるら きりつばのかうい はすと聞きて、母君に語らふやう、入道「桐壺更衣の御腹の源氏の光る君こそ、しいが、良清は自分のことと思う。 一三他者には分らぬ入道の理想。 すくせ 一四偏屈な気性。入道を特徴づけ 朝廷の御かしこまりにて、須磨の浦にものしたまふなれ。吾子の御宿世にて、 る語として散見。↓若紫田〔三〕。 一五入道の妻。明石の尼君と通称。 おばえぬことのあるなり。 いかでかかるついでに、この君に奉らむ」と言ふ。 一六源氏の流離を、わが娘の宿縁 母、「あなかたはや。京の人の語るを聞けば、やむごとなき御妻どもいと多くゆえとする点に注意。源氏との結 婚を確信して、娘を「御」と敬う。 あやま 持ちたまひて、そのあまり、忍び忍び帝の御妻をさへ過ちたまひて、かくも騒宅朧月夜。源氏は彼女との密会 を罰せられてはいない・が、世人は それに関心を寄せている。 がれたまふなる人は、まさにかくあやしき山がつを心とどめたまひてむや」と 一 ^ 明石の君。受領の娘で、土着 しつつある。身分差を思うゆえん。 言ふ。腹立ちて、入道「え知りたまはじ。思ふ心ことなり。さる心をしたまへ。 ふみ へ
一「恋ひ死なむ後は何せむ生け に思ひおとされんこそねたけれ。生ける世にとは、げによからぬ人の言ひおき -4 る日のためこそ人は見まくほしけ けむ」と 、、となっかしき御さまにて、ものをまことにあはれと思し入りてのれ」 ( 拾遺・恋一大伴百世 ) 。 語 ニ源氏のための涙か、の意をこ 物たまはするにつけて、ほろほろとこばれ出づれば、帝「さりや。いづれに落つめて、朧月夜を咎める。 三朧月夜との間に皇子の生れな とう・ぐ・つ 源 いのは、物足りないが。東宮たり るにか」とのたまはす。帝「今まで御子たちのなきこそさうざうしけれ。春宮 うる皇子の出生への期待をにおわ せながら、下文に続く。 を院ののたまはせしさまに思へど、よからぬことども出で来めれば心苦しう」 四今の東宮を帝の養子にという など、世を御心のほかにまつりごちなしたまふ人のあるに、若き御心の強きと故院の遺志。↓賢木一八 9 ー。 五弘徽殿方に東宮廃替の工作が あったと、後の橋姫巻で語られる。 ころなきほどにて、いとほしと思したることも多かり。 六弘徽殿大后や右大臣など。 一須磨には、 いとど心づくしの秋風に、海はすこし遠けれど、セ↓賢木一五八ハー注一六。 〔須磨の秋源氏、 0 帝の心には源氏への共感もある うらなみよるよる一一 ゆきひら 憂愁の日々を過す 行平の中納言の、関吹き越ゆると言ひけん浦波、夜々はげ ( ↓賢木〔 = 三〕 ) が、彼と通ずる朧 月夜の心をつかめす妬心を抱く。 〈「木の間よりもりくる月の影 にいと近く聞こえて、またなくあはれなるものはかかる所の秋なりけり。 見れば心づくしの秋は来にけり」 ひと ひとずく , 甲にいと人少なにて、うち休みわたれるに、独り目をさまして、枕をそば ( 古今・秋上読人しらず ) 。「秋風 に」は「いと近く聞こえて」に続く。 あらし だてて四方の嵐を聞きたまふに、波ただここもとに立ちくる心地して、涙落っ九「旅人は袂涼しくなりにけり 関吹き越ゆる須磨の浦風」 ( 続古 ともおばえぬに枕浮くばかりになりにけり。琴をすこし掻き鳴らしたまへるが、今・羇旅在原行平 ) 。 一 0 「波」の縁語「寄る」からの語音 の連想で、「夜々」。夜は特に。 我ながらいとすごう聞こゆれば、弾きさしたまひて、 ひ ぎん まくら