感じ - みる会図書館


検索対象: 完訳日本の古典 第16巻 源氏物語(三)
163件見つかりました。

1. 完訳日本の古典 第16巻 源氏物語(三)

みんぶのたゆう て、色の濃い御直衣に帯はしどけなく打ち解けたお姿で、 民部大輔は、 しやかむにぶつのでし とな とこよ 「釈迦牟尼仏弟子」と御名を称えてゆっくりとお経をお読 心から常世をすててなく雁をくものよそにもおもひけ みになるのが、この世にたとえようもないお声に聞える。 るかな 語 物沖を通って幾つも船が大声で歌いながら漕いで行くのも聞 ( 自分から進んで故郷の常世の国を捨てて旅の空に鳴いてい 氏 えてくる。船の影がかすかでただ小さい鳥が浮んでいるか る雁を、今までは雲のかなたのよそごとと思っていたのでし 源 のように遠く見えるのも心細い感じがするところへ、雁の た ) かじ さきのうこんのぞう 列を作って鳴く声が船の楫の音そっくりなのを、ばんやり前右近将監は、 つら とお眺めになりながら、涙がこばれてくるのをお払いにな 「常世いでてたびのそらなるかりがねも列におくれぬ るお手つきは、黒い数珠に映えてひとしおひき立っていら ほどぞなぐさむ っしやる、そのお姿に、故郷の女が恋しい供人たちも、心 ( 常世の国を出て旅の空を飛んでいる雁も、その仲間から遅 がすっかり和むのであった。 れずにいる間は心が和みます ) はつかり 初雁は恋しき人のつらなれやたびのそらとぶ声の悲し もし友にはぐれでもしたら、どんなに心細いことでござい ひたちのすけ ましよう」と言う。親が常陸介になって任国に下っていっ ( 初雁は都にいる恋しい人の同じ仲間なのかしら、旅の空を たのにも付いて行かないで、君のお供をしてまいったのだ 飛ぶ声が悲しく聞えてくる ) った。内、いでは思い悩んでいるにちがいないけれども、う よしきょ とおっしやると、良清は、 わべは意気盛んなふうをよそおって、いつも平然とふるま かきつらね昔のことそ思ほゆる雁はその世のともなら っている。 ねども 月がじつに美しくさし出てきたので、今宵は十五夜だっ ( 次々とつらねて昔のことが思い出されてなりません。雁は たのだとお思い出しになって、殿上の管絃のお遊びが恋し その当時の友というわけではないけれども ) く、また、あちらこちらで、きっと月を眺めていらっしゃ のうし じゅず

2. 完訳日本の古典 第16巻 源氏物語(三)

289 澪標 んごろに、たびたびお寄せになる。 いますから、どうそお引き取りあそばして」とおっしやっ て、女房に助けられておやすみになる。「おそば近く参上ニ三〕六条御息所死去七、八日たって、御息所はお亡くな 源氏、前斎宮を慰めるりになったのだった。源氏の君はあ させていただいたかいがあって、いくらか快くおなりにな つけなくお思いになって、人の世もまことにはかなく、た るのでしたらうれしゅう存じますが、おいたわしいことで だなんとなく心細くお感じになるので、参内もなさらず、 す。どのようなご気分でいらっしゃいますか」と仰せにな あれこれの御法事などをお指図あそばす。この君以外には って、おのそきになる様子なので、「まったく気味わるく やまい 病み衰えておりまして。この病もほんとにいよいよという頼りになる人もとりわけいらっしやらないのだった。以前 に斎宮の宮司をしていた者などで長年お出入りしている者 折も折にお越しくださいましたのは、まことに浅からぬご が、わずかに諸事をとりしきるのであった。 縁と存じます。気にかかっておりましたことを、いささか あいさっ 君ご自身もお出向きになった。女宮にご挨拶をお申しあ なりとも申しあげることができましたので、もうこの世を 去ってもと、頼もしく存じます」とお申しあげになる。君げになる。女宮は、「何の分別もなくしておりまして」と、 によべっとう は、「こうしたご遺言を承る人の中に私をお加えくださっ女別当を通してお答え申される。君は、「故母君に私から も申しあげ、また母君の仰せおかれたこともございました たのも、ひとしお心にしみ入りまして。故院の御子たちは むつ ので、これからはお心置きなくお考えいただければうれし 大勢いらっしゃいますけれども、睦まじく交わってくださ ゅう存じます」と仰せになって、女房たちをお呼び出しに る方もほとんどおりませんが、院がこちらの姫宮を御子た なって、なすべきことの数々をお命じになる。いかにも頼 ちと同じようにおばしめしたのですから、この私もそのつ もしい感じで、年来の冷淡なお仕向けのほども償われそう もりになって妺君としてお頼り申しあげましよう。いささ に思われる。御葬儀はまことに厳粛で、君のお邸の人々を か人の親らしい年齢になりながら、世話をやくような娘も ありませんので、物足りなく思っていましたから」などと数知れぬくらいさし向けてご奉仕させなさった。 源氏の君は、しみじみと物思いに沈みながらご精進をな 申しあげて、お帰りになった。お見舞は以前よりも多少ね つぐな

3. 完訳日本の古典 第16巻 源氏物語(三)

し。かかるついでに入りて消息せよ。よくたづね寄りてをうち出でよ。人違へ宅車を。 天今も物思いに屈していようか。 一九源氏の末摘花への心寄せの薄 してはをこならむ」とのたまふ。 さが知られる表現である。 ひるね しとどながめまさるころにて、つくづくとおはしけるに、昼寝のニ 0 対面を申し入れよ。 三この「を -J は、感嘆の助詞。 ニ五 ニ六ぬ ニ四こみや 夢に故宮の見えたまひければ、覚めていとなごり悲しく思して、漏り濡れたる一三同じ場所でも住人が変ってい ないか、とする注意深さ。 おまし 廂の端っ方おし拭はせて、ここかしこの御座ひきつくろはせなどしつつ、例なニ三源氏の言葉「まだ : ・」に対応。 品父宮を夢に見た折の源氏訪問、 という関連で、瑞夢という感じ。 らず世づきたまひて、 一宝夢の残映に、父恋しさが揺曳 な ニ六雨漏りのする廃屋。 末摘花亡き人を恋ふる袂のひまなきに荒れたる軒のしづくさへ添ふ 毛常と異なる、世間並の態度。 ニ九 夭父宮恋しさの涙に廃屋の雨漏 も心苦しきほどになむありける。 たもと りが加わり、袂がいっそう濡れる とする。孤児の悲しみと貧窮のつ 惟光入りて、めぐるめぐる人の音する方やと見るに、い 〔一 0 〕惟光、邸内を探り らさを重ねて表現。末摘花の他の ゅ ようやく案内を乞う 歌に比べ、叙情的である点に注意。 さか人げもせず。さればこそ、往き来の道に見入るれど、 ニ九「なむ : ・ける」の強調表現で、 あ 生人住みげもなきものをと思ひて、帰り参るほどに、月明かくさし出でたるに見再会の偶然を強調する。 三 0 邸内のあちこちを歩き回り。 かうしふたま すだれ 三一今までも往来からのそいたが。 れば、格子二間ばかりあげて、簾動くけしきなり。わづかに見つけたる心地、 三ニ 三ニ咳払いなどで訪問を合図する。 こわ 三三老人なので、まず咳が出る意。 、ともの古りたる声にて、まづ 恐ろしくさへおばゆれど、寄りて声づくれば、し 三四末摘花巻以来、侍従は源氏方 しはぶき たれ 咳を先にたてて、「かれは誰そ。何人そ」と問ふ。名のりして、惟光「侍従のの人々と親しくなっていた。 ひき ) ーし - はーし のご ひと たもと せうそこ 三 0 のき 三四 ニニたが ニセ

4. 完訳日本の古典 第16巻 源氏物語(三)

げてごらんになると、あたりには人影もなく、月の顔だけ 〔四〕入道に迎えられ、渚に小さな船を漕ぎ寄せて、二、 がきらきらと輝いていて、これが夢であったのかとも思わ明石の浦に移る 人ばかりの人が、この源氏の君の仮 れぬくらい、父院の御気配のあたりに残りとどまっている の御宿りを目ざしてやってくる。どういう人だろうと人々 さき ような心地がして、空の雲がしみじみとした感じにたなび が尋ねると、「明石の浦から、前の国守の新発意がお船を いているのだった。幾年このかた、夢の中でもお目にかか用意して参上いたしたのです。源少納言が伺候していらっ れず、恋しく、また気がかりに存じあげていたお姿を、ほ しやるなら、お目にかかって、子細を申しあげたい」と言 ひととき んの一時ながらはっきりとお見上げ申したことだけが、い う。良清はびつくりして、「入道はあの国の懇意な人で、 つまでも目先に幻となって感じられ、自分がこうして悲し長年親しく付合のある仲ではございますが、私事で互いに みの限りを経験し、今にも命が尽きようとしていたのを助少々恨みに思うことがございまして、これぞという文通も あまかけ けるために天翔っていらっしやったのだと、しみじみとあせぬまま久しくなっておりますのに、この高潮の騒ぎをよ りがたくお思いになるにつけても、よくぞこのような天変そにやってくるとは、どういう事情があるのでしようか」 なごり 地異の騒ぎもあってくれたものと、夢の名残も力強く感じ と、そらとばけている。君が、御夢のことなどの思い合せ られて、このうえもなくうれしいお気持にならずにはいら られることもあって、「早く会ってみよ」とおっしやるの っしゃれない。お胸がいつばいになって、なまじお会い申 で、良清は船に出向いて入道と対面した。あれほどはげし したばかりにかえってお心を取り乱されることも多く、現かった波風を、いつの間に船出をしたのだろうと合点のゆ 身の悲境もうち忘れて、夢の中で、なぜもう少し詳しくご かぬ思いである。 いぎよう 返事申しあげなかったかと、お胸もふさがる思いなので、 入道は、「去る一日の夢に異形の者の告げ知らせてくれ 明 もう一度お見えになるかと、わざと眠入ろうとなさるけれたことがございましたので、信じがたいこととは存じまし 3 ども、もうとてもお眠りになれず、明け方になってしまう たけれども、『十三日にあらたかな霊験を見せよう。船を のであった。 支度して、必ず、雨風がやんだらこの浦に漕ぎ寄せよ』と、 うっし ( 原文六五ハー )

5. 完訳日本の古典 第16巻 源氏物語(三)

かすみ よしきょのあそん られる。振り返ってごらんになると、越えてきた山は霞は用事などを、良清朝臣が側近の家司となって、言いつけた 0 るかに遠ざかって、真実、三千里の外の心地がするにつけ りとりしきったりしているのも感にたえぬ思いである。し て、櫂の雫のように落ちる涙を抑えがたいのである。 ばらくの間に、じつに見映えがするようにお造らせになる。 語 くもゐ やりみず 物 ふる里を峰の霞はヘだつれどながむる空はおなじ雲居遣水を深く引き入れ、植木を多くして、いよいよこの地に とお落ち着きになるお気持は夢のようである。この地の国 源 ( 故郷を峰の霞がさえぎり隔てているけれど、私がうち沈ん 守も親しく源氏のお邸にお仕えする人であったから、内々 でじっと眺めている空は、あの都の人の眺めているのと同じ でお味方をしてご奉仕申しあげる。このような旅住いとも 一つの空であろうか ) 思えないくらいに人の出入りが多く騒がしいけれども、し 何一つとして恨めしからぬものはないのであった。 つかりしたご相談相手になれそうな人がいるわけでもない ので、見知らぬ他国のような感じで、ご気分も晴れず、こ 〔一 0 〕須磨の家居の有様源氏の君がお住いになるはずの所は、 ゆきひら 都の人々へ文を書く 行平の中納言が、「藻塩たれつつわれから先、どのようにして年月を過してゆけようかと、前 び」住いをしたという家居の近くなのであった。海辺から途も案じられるのである。 は少し奥へはいって、しみじみと心に迫ってもの寂しい感 しだいに事が落ち着いてゆくうちに、長雨のころになる かきね じの山中である。垣根のしつらいをはじめとして、目にさ と、京のことにもはるかな思いを馳せずにはいらっしゃれ かや あしふ れるものすべて珍しくお感じになる。茅造りの小屋や葦葺ないお気持になる、それにつけても、恋しい人も多く、女 きの廊に似た建物など、風情のある造りざまである。こう君が悲しんでいらっしやったお姿や、東宮の御事、また若 した場所柄のお住いは一風情あって、こういうときでなか君が無心に誰彼の間を遊んでおられたことなどをはじめと ったならば、さそかしおもしろくもあるだろうにと、昔の して、ここかしこの方々のことをお思いやりになる。 心まかせの遊び事をお思い出しになる。ほど近い所どころ 京へ使いをお立てになる。二条院へさしあげなさるお手 みしようえん の御荘園の役人をお召しになって、しかるべきいろいろの紙と入道の宮へのとは、お書き続けになれず、つい涙にか

6. 完訳日本の古典 第16巻 源氏物語(三)

もはづかし ふる里人 やまがっ ( これから私はどちらの雲路に迷ってゆくのだろうか。ひた ( 山賤の小屋で焚いている柴ではないが、しばしば便りを寄 すら西へ急ぐ月が見ていることだろうが、そう思うと恥ずか せてほしい。恋しい故郷の人よ ) 語 しく感じられる ) 物冬になって雪が降り荒れているころ、空のけしきもとり こう - り - う 氏 わけ荒寥としているのを、もの寂しい思いでじっとお眺めと独り言をおっしやって、例によって、まんじりともなさ 源 になり、琴を心まかせにお弾きになって、良清に歌をうたれずにいらっしやる夜明けの空に、千鳥がまことに哀れ深 たゆう わせ、大輔が横笛を吹いて、お遊びになる。君が心をこめく鳴いている。 友千鳥もろ声に鳴くあかっきはひとり寝ざめの床もた てしみじみ感じられる曲などをお弾きになるので、ほかの のもし 楽器は合奏をやめて、みなそろって涙をぬぐっている。昔、 ( 友千鳥が声を合せていっしょに鳴いているのを聞くと、暁 胡の国に遣わされたとかいう女のことをお思いやりになっ みかど の床にひとり目を覚しているのも心丈夫に感じられる ) て、「ましてそのときの帝の思いはどんなだったであろう。 この世で自分のお慕いしている人などをそのようにして遠ほかに起きている人もないので、繰り返し独り言を口ずさ ちょうず くへ手放してしまうような場合は」などと想像するにつけんで臥していらっしやる。夜更けにお手水をお使いになっ て、ご念仏などをなさるのも珍しいことのように思われ、 ても、それが実際に起ってくることのように不吉な感じが 尊いこととばかりお見えになるので、人々はこの君をお見 して、「霜の後の夢」とお口ずさみになる。月がまことに 明るくさしこんできて、かりそめの粗末な旅の御座所とて、捨て申しあげることができず、かりそめにも京の私宅に、 よう退出することもないのだった。 奥のほうで暗がりもない。床の上には夜更けの空も見える。 入り方の月影が身にしみてもの寂しく見えるので、「ただ 〔一九〕明石の入道、娘を明石の浦は、ほんの一足のような近 源氏に奉ることを思うい所なので、良清朝臣は、あの入道 是れ西に行くなり」と独り言をおっしやって、 くもぢ の娘のことを思い出して手紙などを送ったのだけれど、そ いづかたの雲路にわれもまよひなむ月の見るらむこと とこ

7. 完訳日本の古典 第16巻 源氏物語(三)

きちょうひもそう せたいものである。そば近くの几帳の紐に箏の琴が触れて されているのを、君も無理押しはなさらない様子である。 音をたてていたりするのも、取り散らかしたままうちくつけれども、どうしていつまでもそうばかりしてもおられよ ひと ろいだ格好で、手慰みに弾いていた女の様子が察せられて うか。この娘の人柄はじつに気品があってすらりと背が高 語 物おもしろく感ぜられるので、「父君からいつもお噂を承っ く、こちらが気恥ずかしくなるような感じである。君は、 氏 ておりますが、お言葉はもちろん、この琴の音までもお聞こうして無理強いして一方的に結んだ二人の仲をお思いに 源 かせくださらないのですか」などと言葉を尽して仰せられなるにつけても、しみじみといとおしさもひとしおである。 あ る。 お逢いになって、情愛もいっそう深まるのであろう、いっ むつごとを語りあはせむ人もがなうき世の夢もなかば もならば厭わしく感じられる秋の夜長も、今朝は早々に明 さむやと けてしまう心地なので、誰にも知られまいとお気づかいな ( 親しい言葉を交し合える人がほしいのです。憂き世の悲し さるにつけてもせわしくて、心をこめたお言葉を残してお い夢も半ばは覚めようかと存じまして ) 帰りになった。 きめめ 明けぬ夜にやがてまどへる、いには、・ しつれを夢とわきて 後朝のお手紙がごく内々に今日は届けられる。あらずも 語らむ がなのお心の鬼というものである。こちら岡辺の宿でもこ やみ ( 明けることのない長夜の闇をそのままに迷っておりますこ の一件をなんとか世間に知られまいとつつみ隠して、お使 の私には、どれを夢と知り分けてお話しすることができまし者も大げさには接待できないことを、入道は残念に思って よ , っ ) いる。それから後は、人目を忍び忍び、ときどきお越しに みやすどころ ほのかに感じられる様子は伊勢の御息所にまことによく似なる。道のりも少しあるので、しぜんロうるさい土地の者 ている。なんの用意もなく気を許していたところへ、こう がうろついているかもしれないと気がねをなさって多少の も思いがけぬ有様なので、まことに是非もなく、近くの部途絶えもあるのを、娘のほうは、案の定と君の心を疑って 屋の中にはいって、どう戸締りしたものかじつに固く閉ざ嘆いているので、いかにも、源氏の君のお気持はどうなの なか

8. 完訳日本の古典 第16巻 源氏物語(三)

だいごくでん あの、斎宮が伊勢にお下りになった日の大極殿の儀式をお 〔セ〕朱雀院、秘蔵の絵源氏の大臣が参内なさって、このよ 3 巻を斎宮の女御に贈るうに左右それそれに争い騒ぐ趣意を 心に刻みつけていらっしやったので、どんなふうに描いた きんもち 興味深くお思いになり、「同じことなら、帝の御前でこの らよいか詳しくお指図あそばして、それを公茂のお描き申 語 しあげた絵でじつにみごとにできあがったのをおさしあげ 物勝負を定めよう」とおっしやるまでになった。こうしたこ じん 氏 ともあろうかとかねてお考えだったので、多くの絵の中で になった。優雅に透かし彫りのある沈の箱に、同じ趣向の 源 こころば もとくにすぐれているものは選り残して置かれたのだが、 心葉のさまなどじつに目新しい感じである。御消息はただ 今度はあの須磨、明石の二巻を、お考えがあって、その中口上で、院の殿上に伺候する左近中将をお使いとして伝え にお加えになったのだった。中納言も、そのご熱心さは源られる。あの、大極殿に斎宮の御輿をさし寄せた場面の、 氏の大臣に劣るものではない。 この当時はもつばらこのよ神々しい絵に、 うに興ある紙絵を集めととのえることが、天下の流行だっ 身こそかくしめのほかなれそのかみの心のうちを忘れ しもせず たので、大臣は、「いまさらあらためて描くのではつまら ( このわたしはいま注連の外ー宮中の外にいてあなたと隔っ ぬことです。ただ持ち合せていたものだけで」とおっしゃ ているけれども、その昔、心のうちに思ったことを、今もな るけれども、中納言は誰にも見せないで、無理に部屋をし おけっして忘れてはいないのです ) つらえてその中でお描かせになるのだったが、朱雀院にお かせられても、このような騒ぎをお耳にあそばして、梅壺 とだけ書いてある。ご返事をおさしあげにならないのもま に幾つかの御絵をお贈りになった。 ことに畏れ多いので、お困りになりながらも、昔の御挿櫛 せちえ の端を少し折って、 一年の内の数々の節会のおもしろく興あるさまを、昔の えんぎ 名人たちがそれそれに技量をふるって描いた絵に、延喜の しめのうちは昔にあらぬ心地して神代のことも今そ恋 しき 帝が御手ずから詞書をお書きあそばしたもの、さらに加え ( 注連の内ー宮中の中はご在位の昔とは変ってしまった心地 て院ご自身のご在位中の出来事をお描かせになった巻には、 ( 原文一八八ハー ) おそ さしぐし

9. 完訳日本の古典 第16巻 源氏物語(三)

明石 ってゆくにつれて、京の様子もいっそう気にかかって、こ 〔こ風雨やまず、京よ依然として雨風がやまず、雷のおさ り紫の上の使者来るまらぬままに幾日にもなった。いよ のまま身を滅ばしてしまうことになるのだろうかと心細く いよやりきれないことが数限りなく起ってきて、来し方行お思いになるけれども、頭をさし出すこともならぬ荒れ模 く末悲しい御身の上なので、もうとても強気でいらっしゃ様なので、わざわざお見舞に参上する人もない。 ることもおできにならず、「どうしたものだろう、こうし ただ二条院からは、使者が無理を押しきって、あやしげ たことがあったからとて、都に帰ろうものなら、それもま な姿でずぶ濡れのままでやってまいった。道ですれ違って だ世間に許されぬ身であってみれば、なおさらもの笑いに も、それが人か何かとさえも、お見分けになれそうになく、 なるばかりだろう。やはりここよりももっと深い山の中に いつもならともかくも追い払ってしまいたいくらいの下人 分け入って姿を消してしまおうかしら」とお思いになるが、 、、、、今はしみじみと懐かしくお感じにならずにはいらっし それにつけても、「波風の騒ぎにあの始末だなどと、人の やれないのも、我ながらわが身がもったいなくて、どんな うわさ 石 ロの端に噂を立てられようし、後の世までまったくあさは に自分が気弱になっているかをさとらずにはいらっしゃれ うきな かな浮名を残すことになるのだろう」とあれこれお迷いに ない。女君のお手紙には、「恐ろしいほど小やみなく降り 明 なる。御夢の中にも、先夜とそっくり同じ姿をした変化ば続きますこのごろの様子に、私の心地はもとより、ますま 9 かりがしきりに現れてはっきまとい申しているのを、ごらす空までが閉じふさがるような気持がいたしまして、どち すべ んになる。雲の晴れ間もなく明け暮れる有様で日数が重な らを眺めやってあなたをしのんだらよろしいのか、その術 あか

10. 完訳日本の古典 第16巻 源氏物語(三)

りがたきまで遊びののしり明かしたまふ。惟光やうの人は、心の中に神の御徳一源氏の流離の辛苦を知る者。 一一君が奥からふとお出ましの時。 をあはれにめでたしと思ふ。あからさまに立ち出でたまへるにさぶらひて、聞三歌・すみよし」は、多く「松」 を連想。「松」「先づ」の掛詞。「神 語 物こえ出でたり。 代」は、神話時代の意に、流離生 氏 活の昔の意をこめる。「神の御徳」 源 ( 三行前 ) への感嘆を表した歌。 惟光すみよしのまっこそものは悲しけれ神代のことをかけて思へば 四「あらかりし波のまよひ」に、 げに、と思し出でて、 流離の辛苦をこめる。住吉の神慮 への感動を、惟光と共有する歌。 五惟光が源氏に 源氏「あらかりし波のまよひにすみよしの神をばかけてわすれやはする 六住吉の神慮ゆえの、明石との 宿縁を思う。↓一〇九ハー三行以下。 しるしありな」とのたまふもいとめでたし。 セ明石の君は「なかなか」の思い ペー 0 を繰り返した。↓一一三 ~ かの明石の舟、この響きにおされて過ぎぬることも聞こゆれば、知らざりけ ^ 前回は、難波の祓と、住吉へ の使者派遣だけ。↓明石九七ハー るよとあはれに思す。神の御しるべを思し出づるもおろかならねば、「いささ 九仁徳天皇時代に掘ったと伝え せうそこ みやしろ かなる消息をだにして心慰めばや。なかなかに思ふらむかし」と思す。御社立られる。今の天満川という。 一 0 「わびぬれば今はた同じ難波 せうえう ょに。は なるみをつくしても逢はむとぞ思 ちたまひて、所どころに逍遥を尽くしたまふ。難波の御祓などことによそほし ふ」 ( 後撰・恋五元良親王 ) 。 ほりえ = 無意識に。歌を仲立ちに、難 う仕まつる。堀江のわたりを御覧じて、「いまはた同じ難波なる」と、御心 波↓澪標↓女君思慕、と連想。 これみつ 一ニ逍遥の場所。 もあらでうち誦じたまへるを、御車のもと近き惟光うけたまはりやしつらむ、 一三明石の君を思う折しも、彼女 ふところまう さる召しもやと例にならひて懐に設けたる柄短き筆など、御車とどむる所にてへの贈歌を促す惟光の機転に喜ぶ。 ず これみつ つか 五 はらへ