375 各巻の系図 絵合 兵部卿宮 藤壺中宮翁宮、 ) 女 △桐壺院 ( 当 源氏澱大臣、 朱雀院 ( 院 ) 弘徽殿大后龕の ) 朧月夜の君 ) 帥宀呂 ( 親王 ) 、の上 ( 女君 ) 前斎宮、宮、斎宮、 梅壺の御方、梅壺 中の君△六条御息所 ) ーー斎宮の女御 ( 冷泉帝龕 ) 四の君 頭中将 ( 権中納言、 中納言 弘徽殿女御殿、 ) 女別当 修理宰相 平典侍 ( 平内侍 ) 侍従内侍 少将命婦 大弐典侍 ( 典侍 ) 中将命婦 兵衛命婦 左近中将
源氏物語 374 関屋 △桐壺院 ( 故院 ) 空単帚木、女、 虫君、女君 伊予介 ( 常陸、常陸守 ) 紀伊守 ( 河内守、守 ) 右近将監 △先妻 君 ( 右衛門佐、佐 ) 源氏 ( 殿 )
371 各巻の系図 兵部卿宮 藤壺中宮 ( 入道の宮 ) 春宮 △桐壺院 ( 帝故院〕父帝、 右大臣 ( 太政大臣 ) ー弘徽殿大后 ( 后、大宮 ) 右大臣 明石 △大臣 ( 親 ) 北の方 ( 母君 ) 紫の上 ( 二条院、二条の君、 明石の入道切新発 ) 明石の君けめ、 承香殿女御 源氏 ( 君、源氏、源氏の君、男 ) 朱雀帝 ( 帝、内裏、当帝、上 ) 男御子 花散里 六条御息所 ( 伊勢の御息所 ) 大宰大弐 ( 帥 ) ーー・五節 良清 ( 源少納言、少納言 ) 惟光 二条院の御使 ( 賤の男 ) 明石の君の乳母
源氏物語 370 北山僧都 ( 僧都 ) △姫君 丘 ( 部卿宮 ( 父親王 ) 藤壺中宮 ( 入道の宮、宮 ) 春宮 ( 宮 ) △大臣ー - ー明石の入道 ( 父の入道、父君 ) 明石の君 北の方 ( 母君、母 ) △按察大納言ーー△桐壺更衣 ( 故母御息所 ) 院 ( 院、帝、国王 ) △桐 壺 〒帥宮 ( 親王 ) 麗景殿女御 ( 女御 ) 女 花散里 ( 女君 ) 朱雀帝 ( 上、帝、内裏の上 ) 弘徼殿大后 ( 后の宮、宮 ) 右大臣 ( 大臣 ) 、・・ー占 朧月夜の君 ( 女、尚侍、尚侍の君、君 ) 宮 ( 宮の御前 ) 頭中将 ( 三位中将、宰相 ) 大臣実 = 、螽 ) / / ノ 各巻の系図 六条御息所籬叫砌宮、 葵の上の女房 中納言の君 タ霧の乳母 君、女君、西の対 宰相の乳母 ( 宰相の君 ) 少納言の乳母 ( 少納言 ) 大宰大弐 ( 帥 ) 筑前守 ( 守 ) 中務 五節中将 王命婦 ( 命婦の君 ) 北の方 朧月夜尚侍の女房 中納言の君 源氏 ( 大〔殿、主、の君、主、 伊予介 ( 親 ) 右近将監の蔵人 タ霧 ( 若君 ) 良清 摂津守 ( 国守 ) 准光 ( 民部大輔、大輔 ) 二条院の御使 一、本巻所収の登場人物を各巻ごとにまとめた系図である。 一、△は、その巻における故人を示す。 、 ( ) 内は、その巻での呼び名を示す。 △葵の上
373 各巻の系図 蓬生 大将殿、殿、君、 源氏 ( 権大納言殿 △桐壺院 ( 故院 ) 常陸の宮、父親王、親、 △故常陸の親王 ( 亡き人、宮、故宮 褝師の君 末摘花君、君 △母北の方 ( 上 ) 大弐の北の方、 北の方「母 大宰大弐 〇 をばの少将 △故乳母ーー侍従 大 ~ の甥 花散里 惟光
ったな ったりする不幸をいう。顔回の不 ひしに、拙きこともなく、またとりたててこのことと心得ることもはべらざり 幸 ( 論語 ) などによるか。桐壺院は、 か き。絵描くことのみなむ、あやしく、はかなきものからいかにしてかは心ゆく源氏の長寿と福運を願い、彼の学 才の突出する伸長を抑えたとする。 一三正式な学問以外の諸方面、す ばかり描きてみるべきと思ふをりをりはべりしを、おばえぬ山がつになりて、 なわち諸々の芸能 よも 四方の海の深き心を見しに、さらに思ひょらぬ隈なくいたられにしかど、筆の一四どうしたら満足のゆくほどに 描いてみることができようかと。 ゆく限りありて、心よりは事ゆかずなむ思うたまへられしを、ついでなくて御三予期もしなかった流離の生活。 一六画境を窮めるに至った。 のち 覧ぜさすべきならねば、かうすきずきしきゃうなる、後の聞こえやあらむ」と、宅何かの機会がなくては。帥宮 を判者に勧誘したことをも合理化。 一九 天物好きという後々の評判。 親王に申したまへば、帥宮「何の才も、心より放ちて習ふべきわざならねど、 一九精神がこもっていなくては。 ニ 0 師に学んで習得できる芸能は。 道々に物の師あり、まねびどころあらむは、事の深さ浅さは知らねど、おのづ 三習得の度合いの深浅。 たましひ からうっさむに跡ありぬべし。筆とる道と碁打っこととそ、あやしう魂のほど一三学んだ結果が残るだろう。 ニ三書画の道と碁だけは、ほとん ニ四らう 見ゆるを、深き労なく見ゆるおれ者も、さるべきにて描き打ったぐひも出で来どその人の魂 ( 天分 ) によるとする。 一西習練したとも思えぬ凡愚の者。 合れど、家の子の中には、なほ人に抜けぬる人の、何ごとをも好み得けるとそ見 = = 名門の子弟。 ニ六以下、桐壺院の親王・内親王 ニ六ごぜん えたる。院の御前にて、親王たち、内親王、いづれかはさまざまとりどりの才の諸芸の育成を回顧、追懐する。 絵 毛前の「またとりたてて : ・」 ( 一 ならはさせたまはざりけむ。その中にも、とりたてたる御心に入れて伝へうけ行 ) を受け、源氏の抜群さをいう。 天次ハー一習ひたまへる」まで 一も・ん一い とらせたまへるかひありて、文才をばさるものにていはず、さらぬことの中に桐壺院の言葉。「文才は詩文の才。 か ニ 0 ぎえ ないしんわう ニ七 か ぎえ
一源氏が桐壺院を。↓明石〔 = 一〕。 ニ源氏は故院の冥界での苦患を 推量し、救済をと思う。菅原道真の 伝説 ( 北野縁起 ) では、地獄の醍醐 天皇が在位中の罪で責め苦にあい 救済を日蔵上人に依頼。その類似 のち みかど から桐壺院醍醐帝准拠説に従う読 さやかに見えたまひし夢の後は、院の帝の御事を心にかけ 〔こ故院追善の御八講 み方が多い。↓明石六四ハー注四。 と源氏の政界復帰 三すでに予告。↓明石九九ハー きこえたまひて、いかでかの沈みたまふらん罪救ひたてま 参考、宇多帝が父光孝帝を夢に見 おば て御八講を主催 ( 寛平御記 ) 。 つることをせむと思し嘆きけるを、かく帰りたまひては、その御いそぎしたま 0 御八講開催は、源氏の孝心に発 かむなづきみはかう しながらも、彼の強大な権勢の誇 ふ。神無月に御八講したまふ。世の人なびき仕うまつること昔のやうなり。 四 示ともなる。↓明石九九ハー注一一一一。 おほきさき 四弘徼殿大后。↓明石八一一ハー。 大后、御悩み重くおはしますうちにも、つひにこの人をえ消たずなりなむこ 五源氏を相談相手とせよ、とす や ゆいごん る故院の遺言。↓賢木〔 0 。 とと心病み思しけれど、帝は院の御遺言を思ひきこえたまふ。ものの報いあり 六源氏が無実なら「かならずこ ぬべく思しけるを、なほし立てたまひて、御心地涼しくなむ思しける。時々おの報いあ」ると思う ( 明石八二ハ -) 。 セ源氏を召還させたこと。 標こり悩ませたまひし御目もさわやぎたまひぬれど、おほかた世にえ長くあるま〈夢の中で故院と眼を合せて以 来の眼病。↓明石〔一一〕。 じう、心細きこととのみ、久しからぬことを思しつつ、常に召しありて、源氏九退位を目前に、大后への対処 こんばい などに困憊し、無常を思う。 の君は参りたまふ。世の中のことなども、隔てなくのたまはせつつ、御本意の一 0 以下の源氏との関係は故院の 遺言どおり。帝の本意でもあった。 = 関係がないのに。語り手の評。 ゃうなれば、おほかたの世の人もあいなくうれしきことに喜びきこえける。 みをつくし すく
源氏物語 372 澪標 明石の入道ーー明石の君 ( 群罸脇君、女 ) 紫の上 兵部卿宮 ( 綰、部 ) ( 女君 ) 中の君 ( 姫君 ) 明石の姫君 ( 児 ) 藤壺中宮 ( 母宮、入道后の宮、入道の宮 ) ( 懿 ( 呂←当 ) 冷泉帝 △桐壺院 ({ 啼」院、 ) 源氏龕、源氏の状納言、源氏切大 ) 承香殿女御 麗景殿女御色 春宮 ( 宮 ) 朱雀院 ( 内裏、 女三の宮 ( 斎院 ) 弘徽殿大后氣 ) 朧月夜の君 の君、尚侍 女君、女、尚侍 ) △右大臣 ( 大臣 ) 大宮 ( 宮 ) 左大臣炬、汰職大臣〔致仕 ) 頭中将 宰相中将、 権中納言 四の君 タ霧 ( 若君 ) 若君 弘徽殿女御 ( 姫君 ) △葵の上 ; し △宮内卿の宰相 中将 中務 右近将監 良清 惟光 摂津守 ( 国守 ) 乳母 、故御息所、 六条御息所御息所 斎宮 ( 宮 ) 五節 △宣旨 女 ( 乳母 )
ひと しもかたきゃうごく て、下っ方の京極わたりなれば、人げ遠く、山寺の入相の声々にそへても音泣一邸は六条京極。「京極、は都の はずれ。ここは東山近くの東端。 きがちにてぞ過ぐしたまふ。同じき御親と聞こえし中にも、片時の間も立ち離 = 「山寺の入相の鐘の声ごとに 今日も暮れぬと聞くそ悲しき」 ( 拾 語 さいぐう くだ 物れたてまつりたまはでならはしたてまつりたまひて、斎宮にも親添ひて下りた遺・哀傷読人しらす ) 。 氏 三↓賢木一四七ハー八行。 源まふことは例なきことなるを、あながちに誘ひきこえたまひし御、いに、限りあ 0 娘の側としては、母を誘った。 五死出の旅路。 六「乳母」は母の代行者。源氏は る道にてはたぐひきこえたまはずなりにしを干る世なう思し嘆きたり。 前斎宮への恋の仲立ちを禁じた。 おとど 六めのと たか セ気づまりなほど立派な源氏に さぶらふ人々、貴きも賤しきもあまたあり。されど大臣の「御乳母たちだに、 ^ 「事の情」で一語。前斎宮に艶 書が届けられるようなこと。 、いにまかせたること、ひき出だし仕うまつるな」など、親がり申したまへば、 九朱雀院。彼は斎宮下向の日、 びん いと恥づかしき御ありさまに、便なきこと聞こしめしつけられじと言ひ思ひっ彼女に「心動きて」、忘れぬものと なった。↓賢木一五五ハー一一行。 ^ なさけ 一 0 朱雀院への出仕。この懇請は、 つ、はかなき事の情もさらにつくらず。 後文から、前斎宮帰京直後のころ。 だいごくでん くだ 院にも、かの下りたまひし大極殿のいっかしかりし儀式に、ゆゅしきまで見 = 桐壺院の女三の宮 ( 葵九七 (-)0 前斎宮をこれと同じく桐壺 さいゐん かたち えたまひし御容貌を、忘れがたう思しおきければ、院「参りたまひて、斎院な院の娘分 ( 朱雀院の妹分 ) として。 三朱雀院の后妃。朧月夜など。 みやすどころ ど御はらからの宮々おはしますたぐひにて、さぶらひたまへ」と、御息所にも一三院の病気がち。御息所は早く 東宮を喪った不幸を思い重ねる。 聞こえたまひき。されど、やむごとなき人々さぶらひたまふに、数々なる御一四朱雀院と死別でもしたら。 一五母と死別した今は、まして。 うしろみ 後見もなくてやと思しつつみ、上はいとあっしうおはしますも恐ろしう、また一六朱雀院の懇請は今も続く。 いや おや いぎな ひ いりあひ ま
無実を神への信頼を通して訴える 源氏うき世をば今ぞ別るるとどまらむ名をばただすの神にまかせて 点で、将監の恨みの発想と対照的。 とのたまふさま、ものめでする若き人にて、身にしみてあはれにめでたしと見三感激しやすい若人、将監。 一三院の御陵で、生前の姿を思う。 たてまつる。 一四帝王という存在であっても。 一五桐壺院の判断 ( 返答 ) を。 みやままう 御山に参でたまひて、おはしましし御ありさま、ただ目の前のやうに思し出一六源氏を朝廷の補佐役にとする、 桐壺院の遺戒。↓賢木〔 0 〔九〕。 宅以下、悽愴の気をはらんだ荒 でらる。限りなきにても、世に亡くなりぬる人そ、言はむ方なく口惜しきわざ 涼たる自然の叙述。「古墓何レノ なりける。よろづのことを泣く泣く申したまひても、そのことわりをあらはに世ノ人ナル姓ト名トヲ知ラズ 化シテ路傍ノ土ト作リ年々春草 ゆいごん 生ズ」 ( 白氏文集巻一一・続古詩 ) 。 えうけたまはりたまはねば、さばかり思しのたまはせしさまざまの御遺言はい 天悲涙の意をもこめた表現。 づちか消え失せにけんと言ふかひなし。御墓は、道の草しげくなりて、分け入一九「月」は皇統の象徴 ( ↓賢木 一八一ハー注一九 ) 。「雲隠れて」は、 一九 こだちこぶか りたまふほどいとど露けきに、月も雲隠れて、森の木立木深く心すごし。帰り故院の霊魂が反応した、 ニ 0 故院の幻影が生前の面影のま ま出現し、それと交感する趣。 出でん方もなき心地して拝みたまふに、ありし御面影さやかに見えたまへる、 「心すごし」や「そそろ寒き」ゆえん。 そそろ寒きほどなり。 三「なきかげ」は故院の霊。「月」 磨 に故院を象徴、「雲がくれぬる」を 故院が悲涙で目をくもらせた証と 源氏なきかげやいかが見るらむよそへつつながむる月も雲がくれぬる する。霊との感応をふまえた歌。 須 とうぐう せうそこ 明けはつるほどに帰りたまひて、春宮にも御消急聞こえた 0 この一節、後に故院の霊が須磨 〔 0 東宮方の女房ら、 の源氏の夢に現れるのに呼応。 わうみやうぶ つぼね 2 源氏の悲運を嘆く まふ。王命婦を御かはりとてさぶらはせたまへば、その局一三出家して東宮への伺候は不審。 な