山と称しているのである。漠然としたこの呼び方を今日も にしやまひがしやま 人々はしている。西山、東山などと呼ぶのもそうである。 しうんやまふところ 大雲寺は岩倉の西、紫雲山の山懐に建っている。岩倉は 「石座」とも書いて、イワのクラ、すなわち石の場所とい 第巻源氏物語一 う字義が示すように、石の多い土地である。北山の連峰を - みトでつ・ほう ・昭和年 1 月引日背にして、前方には、五山の送り火で知られる妙法山に続 く小さな丘陵が並ぶ。市中からの交通は便利とは言えない が、それだけに四季それぞれにひとしお風情のある土地で 北山の某寺ーー古典文学散歩ーー ある。だが、冬はその寒気の厳しさで知られている。 っ 1 一もり 光源氏の一行がこの寺を訪れたのは春の終り、三月晦日 柳瀬万里 暁 ( 午前六時頃 ) に二条院の邸宅を出立して、都の中では 1 きたやまなにがしでら わらわやみ 「瘧病をわずらった光源氏が加持を受けた北山の某寺とはすでに散り尽した桜花が、そこここに群がり咲いているの どこであろうか ? 」。『源氏物語』の読者が必ず一度は明らを賞でながら、霞の薄くたちこめるうちを寺に向ってゆく。 かかるありさまもならひたまはず、ところせき御身に かにしたくなる疑問である。古くは京都洛北の鞍馬寺がほ おば て、めづらしう思されけり ば定説となっていたようである。これに対して近年、平安 つのだぶんえい いわくらだいうんじ 十八歳の青年源氏、その病んで蒼白い身体と心とを、匂 博物館の角田文衛館長によって、岩倉の大雲寺であるとい う説が提唱され、有力となっているという。諸説の中で大いやかに咲く北山の花々が慰めたであろうか。 たからいけ きつねざか 二条院を出た光源氏の車は、狐子坂を越えて、宝ケ池の 雲寺と鞍馬寺が今日せりあっているわけである。 ほとり 辺を通り、岩倉川に沿って進んだのであろう。その頃は野 一日、若紫の巻を携えて両寺を訪れる。 ヒ山という山は京都にはない。ただ、京都盆趣のあった宝ケ池のあたりも、今は国際会議場の打ち放し のコンクリート の建物に変っている。 地の北に扇状に連なっている一千メートル以下の山脈を北 日本の古典月報 2 なにがしでら くらまじ め 0
( 現代語訳二八九ハー ) 甲にもなりぬ。人やりならず心づくしに思し乱るる事どもニ 0 自分に心を許すに違いないと。 〔を秋、源氏、六条御 ニ四 ニ一軒端荻の縁談について。 おほとの 息所の御方を訪れる 一三自ら求めて。藤壺思慕のこと。 ありて、大殿には絶え間おきつつ、恨めしくのみ思ひきこ ニ三「木の間よりもりくる月の影 見れば心づくしの秋は来にけり」 えたまへり。 ( 古今・秋上読人しらず ) 。秋は のちニセ 六条わたりも、とけがたかりし御気色をおもむけきこえたまひて後、ひき返もともと物思いの季節であった。 一西左大臣邸。直接には葵の上。 しなのめならんはいとほしかし。されど、よそなりし御心まどひのやうに、あ一宝巻頭の「六条わたり : こをさす。 ニ六容易に応じなかった六条御息 ながちなることはなきも 、、かなることにかと見えたり。女は、いとものをあ所を、やっとくどき落した後は。 毛うって変って熱がさめる。 まりなるまで思ししめたる御心ざまにて、齢のほども似げなく、人の漏り聞か夭語り手の評言を混じえて叙述。 ニ九手に入れる以前の源氏の執心。 いとどかくつらき御夜離れの寝ギ、め寝ギ、め、思ししをるることいとさま三 0 「思ひしむ」 ( 思いつめる意 ) の 敬語。過度に思いつめる性分。 三一源氏十七歳、御息所一一十四歳。 、イ、きなり 三ニ「つらし」は、恨めしい気持。 あした三三 いたくそそのかされたまひて、ねぶたげなる気色にうち嘆三三朝明けに帰去をせきたてられ 霧のいと深き朝、 る源氏は、立ち去りかねる体。そ みかうしひとま うした態度も女主人への礼儀。 顔きつつ出でたまふを、中将のおもと、御格子一間上げて、見たてまつり送りた 三四御息所つきの上﨟女房。 せん みぐし まへとおばしく、御几帳ひきやりたれば、御頭もたげて見出だしたまへり。前 = 宝御息所に、源氏をお見送りく タ ださい、とする心づかい らう 栽の色々乱れたるを、過ぎがてにやすらひたまへるさま、げにたぐひなし。廊三六立ち去りがたいとする動作。 かさね 三 ^ 三七 毛襲の色目。秋季用 うすものも かた しをんいろ の方へおはするに、中将の君、御供に参る。紫苑色のをりにあひたる、羅の裳夭薄絹の裳。「裳」は女房の礼装。 ぎい 0 ニ六 ニハ きちゃう 三四 三六 けしき よはひ ニ九 三五 てい
25 桐壺 ささかも人の心をまげたることはあらじと思ふを、ただこの人のゆゑにて、あ一六以下、帝の言葉。「御」「思さ」 などの敬語に注意。↓一一一一ハー注八。 す またさるまじき人の恨みを負ひしはてはては、かううち棄てられて、心をさめ宅むやみと、人が見て驚くほど。 一 ^ 「人の契り」で一語。因縁。 さき 一九「世に」は、「あらじ」にかかる。 む方なきに、い とど人わろうかたくなになりはつるも、前の世ゆかしうなむ』 ニ 0 「今は : ・人の契り」に照応。 とうち返しつつ、御しほたれがちにのみおはします」と語りて尽きせず。泣く三「タ月夜のをかしきほどに」 一ハー ) 、「夜も更けぬ」 ( 前ハー ) 、 , 一ムひ 後の「月も入りぬ」 ( 二八ハー ) ととも 泣く、命婦「夜いたう更けぬれば、今宵過ぐさず御返り奏せむ」と急ぎ参る 、時間の経過をとりこんだ叙述。 月は入り方の、空清う澄みわたれるに、風いと涼しくなりて、草むらの虫の一三引歌があるらしいが未詳。 ニ三「鈴虫」は今の松虫。「降る」に 「振る」をひびかし、「鈴」の縁語。 声々もよほし顔なるも、いと立ち離れにくき草のもとなり。 ちがや ニ四「浅茅生」 ( 茅の生えた所 ) は、 荒れた庭をさし、その縁で涙を 命婦鈴虫の声のかぎりを尽くしても長き夜あかずふる涙かな 「露ーとした。「雲の上人」は勅使の 命婦。「わが宿や雲のなかにも思ふ えも乗りやらす。 らむ雨も涙も降りにこそ降れ」 ね あさぢふ うへびと ( 伊勢集 ) 、「五月雨にぬれにし袖 母君「いとどしく虫の音しげき浅茅生に露おきそふる雲の上人 にいとどしく露おきそふる秋のわ びしさ」 ( 後撰・秋中近衛更衣 ) 。 かごとも聞こえつべくなむ」と言はせたまふ。 一宝取次の侍女に ニ六 をかしき御贈物などあるべきをりにもあらねば、ただかの御形見にとて、か = 六喪中なので華美な贈物はない 毛更衣の衣装一揃い ニ七さうぞくひとくだりみぐしあげてうど 夭髪を結い上げる道具一揃い かる用もやと残したまへりける御装束一領、御髪上の調度めく物添へたまふ。 ニ九更衣に仕えていた若い女房。 若宮とともに里邸で過している。 若き人々、悲しきことはさらにもいはず、内裏わたりを朝夕にならひて、 ニ九 ニ四 がた あさゆふ
59 帚木 るままに、、いもけしうはあらずはべりしかど、ただこの憎き方ひとつなむ心を一三女の勝ち気な性格。強情。 一四四行煎・いかでこの人のため ・ : 」に照応。女の一貫した意思。 さめずはべりし。 三自分が他人に会ったら夫の面 いカて目をつぶすことにならぬかと。 そのかみ思ひはべりしゃう、かうあながちに従ひ怖ぢたる人なめり、 一六努めてうるわしい態度を保ち。 懲るばかりのわざしておどして、この方もすこしよろしくもなり、さがなさも宅女の嫉妬癖。「心 : こは、前ハー 八 ( 自然に心 : ・」に照応。 やめむと思ひて、まことにうしなども思ひて絶えぬべき気色ならば、かばかり一 ^ 以下、過去に溯っての、左馬 頭の意図がもたらした一件。 なさけ 我に従ふ心ならば、思ひ懲りなむと思うたまへえて、ことさらに情なくつれな一九相手の弱点を掌握している趣。 ニ 0 相手が懲り懲りすること。 ゑん きさまを見せて、例の腹立ち怨ずるに、馬頭『かくおぞましくは、いみじき契三「さがなし」で、性格が悪い、 意地悪、の意。嫉妬癖をさす。 ニ四 一三相手を心底から嫌って絶交し かくわりなきもの疑ひはせよ。 り深くとも、絶えてまた見じ。限りと思はば、 かねない態度を示したら。 行く先長く見えむと思はば、つらきことありとも念じて、なのめに思ひなりて、ニ三「おそまし」は、強情・勝ち気。 一西もうあなたとは縁を切ろう。 かかる心だに失せなば、し 、とあはれとなむ思ふべき。人並々にもなり、すこし一宝「つらし : 五四ハー注一。 ニ六自分が出世した暁には相手も おとなびむにそへて、また並ぶ人なくあるべき』やうなど、かしこく教へたっ歴とした正妻になれる、とする。 毛直接話法から間接話法へ転換 夭男の、見ばえせず貫禄のない るかなと思ひたまへて、われたけく言ひそしはべるに、すこしうち笑ひて、 時期を。前ハーに「まだいと下﨟・ : 」。 女『よろづに見だてなくものげなきほどを見過ぐして、人数なる世もやと待っニ九夫の将来の出世よりも、当面 の自分に対する誠実の有無が問題 だとして、男の言いぐさに反発 方ま、、 しとのどかに思ひなされて、心やましくもあらず。つらき心を忍びて、 一九 ニ六 ニ九かず けしき
87 帚木 一六それでもやはり。拒みつつも、 源氏「見し夢をあふ夜ありやとなげく間に目さへあはでぞころも経にける 一九 源氏の手紙への関心を抑えがたい。 すくせ 寝る夜なければ」など、目も及ばぬ御書きざまも霧りふたがりて、心得ぬ宿世宅「夢」は過日の逢瀬。「夢を合 ふ」 ( 正夢になる意 ) に「逢ふ」を掛 ニ 0 ける。「目合はで」 ( 眠れない意 ) に うち添へりける身を思ひつづけて臥したまへり。 も「逢はで」をひびかす。 またの日、小君召したれば、参るとて、御返り乞ふ。空蝉「かかる御文見る天「恋しきを何につけてか慰め む夢だに見えず寝る夜なければ たが べき人もなしと聞こえよ」とのたまへば、うち笑みて、小君「違ふべくものた ( 拾遺・恋二源順 ) 。 一九「宿世」に注意。↓八一一ハー注一 = 。 まは、りしものを、いかがさは申さむ」と一一 = ロふに、、いやましく、残りなくのたニ 0 空嬋の敬語は異例。二行後も。 ニ一「召したれば」の主語は、源氏。 まはせ知らせてけると思ふにつらきこと限りなし。空蝉「いで、およすげたる一三小君が空蝉に源氏への返事を。 ニ三間違いっこない、という自信。 一西源氏が逢瀬のことをすべて。 ことは言はぬそよき。さば、な参りたまひそ」とむつかられて、小君「召すに 一宝自分の気持を無視した源氏を 恨めしノ、田 5 , っこと。 はいかでか」とて参りぬ。 ニ六源氏のお先棒をかついで奔走 きのかみ ついそう 紀伊守、すき、いに、この継母のありさまをあたらしきものに思ひて追従しあしている小君を叱責するのである。 毛「あたらし」は、惜しむ気持。 老人の父にはもったいないとする。 りけば、この子をもてかしづきて、率て歩く。 ニ ^ ご機嫌とりに余念がないので。 きのふ ニ九源氏のもとに小君が来ている。 君、召し寄せて、源氏「昨日待ち暮らししを。なほあひ思ふまじきなめり」 三 0 おまえは私が思うほどには、 ゑん と怨じたまへば、顔うち赤めてゐたり。源氏「いづら」とのたまふに、しかじやはり私を思ってくれないようだ。 三一首尾はどうだ、の意。 = 三空蝉への手紙を。 かと申すに、源氏「言ふかひなのことや。あさまし」とて、またも賜へり。源氏 ニ九 こぎみニ一 ままはは ニ五 ふ ゐあり ニ七 ニ六 ニ四 へ
ず、何をしてかく生ひ出でけむと言ふかひなくおばゅべし。うち合ひてすぐれは雑草の蔓草の総称で、荒廃・零 落の象徴。葎の宿に意外な美女を たらむもことわり、これこそはさるべきこととおばえて、めづらかなることと見いだす話は、『伊勢物語』『宇津 一九 保物語』などに先行類型がある。 かみかみ 心も驚くまじ。なにがしが及ぶべきほどならねば、上が上はうちおきはべりぬ。 = 一「らうたげ」は、可憐な様子。 一三「門」の縁語で「閉ち」。 さて、世にありと人に知られず、さびしくあばれたらむ葎の門に、思ひの外 = = どうしてまた、こんな環境に 生い育ったのかと、予想外なのが。 一西見るからに、むさ苦しく。 にらうたげならむ人の閉ぢられたらむこそ限りなくめづらしくはおばえめ。 一宝想像しても格別のこともない たが かで、はたかかりけむと、思ふより違へることなむあやしく心とまるわざなる。深窓で。「思ひやり」は、想像。 一宍たいそう気位を高く持って。 せうと 父の年老いものむつかしげにふとりすぎ、兄弟の顔にくげに、思ひやりことな毛自然に身についた程度の才芸。 「ことわざ」は、書・和歌・琴の類。 ることなき閨の内こ、、 ししといたく思ひあがり、はかなくし出でたることわざも夭「ゆゑ」は、由緒・趣あること。 ニ九「を」も「ば」も、詠嘆の助詞。 しかが思ひの外にをかしからざらむ。三 0 藤式部丞。 ゅゑなからず見えたらむ、片かどにても、 あいづち 三一相槌さえ打ちたくない気持 ニ九 きず かた 三ニさあどうか。疑念を表す語。 すぐれて瑕なき方の選びにこそ及ばざらめ、さる方にて棄てがたきものをば」 三三具体的には葵の上を思うか しもうと 三 0 とて、式部を見やれば、わが姉妹どものよろしき聞こえあるを思ひてのたまふ三四「だに」の文脈を受けて、下に、 そんな女が中の品にいるはずがな かみしな 、を補い読む。 にやとや心得らむ、ものも言はず。「いでや、上の品と思ふにだにかたげなる 三六 三五幾枚も重ねた下着。 世を」と君は思すべし。白き御衣どものなよよかなるに、直衣ばかりをしどけ三六上に直衣 ( 貴人の平常服 ) だけ を着て、下に袴を着けない状態。 一宅直衣の紐を結ばすにいる。 なく着なしたまひて、紐などもうち捨てて添ひ臥したまへる御灯影いとめでた ねゃうち ニ六 三七 ひも かた 三五ぞ 三三 ふ す むぐらかど
タ月夜のをかしきほどに出だし立てさせたまひて、やがてながめおはします。宅故人の幻影が「闇の現」に及ば ぬとする。「うばたまの闇の現は ねか さだかなる夢にいくらもまさらざ かうやうのをりは、御遊びなどせさせたまひしに、、いことなる物の音を掻き鳴 りけり」 ( 古今・恋三読人しらず ) 。 おも かたち らし、はかなく聞こえ出づる言の葉も、人よりはことなりしけはひ容貌の、面天「まで、は、「まうで」の約。 一九命婦の乗る牛車を門内に。 おと やみうつつ ニ 0 以下、亡き更衣の母について。 影につと添ひて思さるるにも、闇の現にはなほ劣りけり。 一九 ニ一娘更衣一人のお世話のために。 かど 命婦、かしこにまで着きて、門引き入るるよりけはひあはれなり。やもめ住一三「闇」は、子を思う親の心の闍。 「人の親の心は闇にあらねども子 を思ふ道にまどひぬるかな」 ( 後 みなれど、人ひとりの御かしづきに、とかくつくろひ立てて、めやすきほどに 撰・雑一藤原兼輔 ) 。 ニ三「とふ人もなき宿なれど来る て過ぐしたまひつる、闇にくれて臥ししづみたまへるほどに、草も高くなり、 春は八重葎にもさはらギ、りけり 野分にいとど荒れたる心地して、月影ばかりぞ、八重葎にもさはらずさし入り ( 古今六帖二貫之 ) 。「八重葎」は、 「蓬生とともに、荒廃の邸の象徴 ニ四寝殿の正面、正客を招く部屋。 たる。 一宝急に何もおっしゃれない ニ六 「母君も」とあり二人とも言えない 南面におろして、母君もとみにえものものたまはず。母君「今までとまりは ニ七 ニ六生き残ったことがつらい意。 よもぎふ よも学一 べるがいと憂きを、かかる御使の蓬生の露分け入りたまふにつけても、いと恥毛蓬などの生えた荒れた庭。こ の「露」は、涙の意をも重ねた表現 な とど夭以下、以前この邸を見舞った づかしうなん」とて、げにえたふまじく泣いたまふ。命婦「『参りては、い 三 0 典侍が帝に奏上した言葉。 心苦しう、心肝も尽くるやうになん』と典侍の奏したまひしを、もの思うたま堯相手の不さに心痛む感じ。 三 0 女官。内侍所の次官。 へ知らぬ、い地にも、げにこそいと忍びがたうはべりけれ」とて、ややためらひ三一情理をわきまえぬと謙遜した。 ゅふづくよ ニ四 みなみおもて ふ やヘむぐら ニ 0
『ささがにのふるまひしるき夕暮にひるますぐせと言ふがあやなさ いかなることつけぞや』と言ひもはてず走り出ではべりぬるに、追ひて、 女あふことの夜をし隔てぬ仲ならばひるまも何かまばゆからまし さすがにロ疾くなどははべりき」としづしづと申せば、君たち、あさましと思 三ニ べる。ふすぶるにやと、をこがましくも、また、よきふしなりとも思ひたまふえして、それでもやはり。 ニ一女が嫉妬してみたところで解 ゑん かろがろ るに、このさかし人、はた、軽々しきもの怨じすべきにもあらず、世の道理を決できない男女の仲の道理。 一三せかせかと。軽く早い調子。 ふびやう 思ひ取りて恨みざりけり。声もはやりかにて言ふやう、『月ごろ風病重きにた = 三風邪か。一説に、神経症。 一西暑気あたりなどに用いる薬か。 ニ五たいめんたまは ごくねちさうやくぶく ひる 後に「蒜」 ( にんにく ) と分る。 へかねて、極熱の草薬を服して、いと臭きによりなむえ対面賜らぬ。目のあた 一宝「物越しの対面の理由を言う。 ぎふじ りならずとも、さるべからむ雑事らはうけたまはらむ』といとあはれにむべむニ六しかるべき用事。女の言辞に 漢語が多用される点に注意。 べしく言ひはべり。答へに何とかは、ただ、『うけたまはりぬ』とて、立ち出毛嫉妬もせず、夫のためを思う 妻であるが、その言動は万事、む ニハ ではべるに、さうざうしくやおばえけむ、『この香失せなむ時に立ち寄りたまべむべし」 ( 前ハー四行 ) 。 天女が物足りない気持だったか。 ニ九「はた」は、「いとほし」を逆接 へ』と高やかに言ふを聞きすぐさむもいとほし、しばし休らふべきに、はこ、 的に受ける。気の毒とはいえまた。 はべらねば、げにそのにほひさへはなやかに立ち添へるもすべなくて、逃げ目三 0 どうやって逃げだそうかと様 「す・を一 , つか。か , っ 三一「ささがに」は、ここでは蜘蛛。 を使ひて、 俗信に、恋しい人の来訪の前兆と いう。「わが背子が来べき宵なり ささがにの蜘蛛のふるまひかねて しるしも」 ( 古今・恋四・墨滅歌 ) 。 ひる 「昼間」に「蒜」を掛ける。 三ニ蒜を逢わぬ口実にしたことを。 三三まぶしい意と、恥ずかしい意。 = 西歌の出来はよくないが か 一九 三三 ニセ ま 三 0 ニ九
53 帚木 ( 現代語訳二四八ハー ) 宅人づき悪くとりすました人。 つけて、出でばえするやうもありかし」など、隈なきもの言ひも定めかねてい 「児めきてやはらかな人とは逆。 一〈人前に出て見ばえのすること。 たくうち嘆く。 一九手ぬかりない好色者の論客も。 かたち 馬頭「ムフは、ただ、ロにもよらじ、容貌をばさらにも一一一口は = 0 「心のおもむき」で、性質 〔六〕左馬頭、夫婦間の ニ一そうした性質の上にさらに、 寛容と知性を説く じ、いと口惜しくねぢけがましきおばえだになくは、ただすぐれた資質才能や気働きが。 一三将来安心という信頼感、嫉妬 ニ 0 ひとへにものまめやかに静かなる心のおもむきならむよるべをそ、つひの頼みしないおおような感じ。「 : ・だに」 は、それが最低条件だとする気持 どころには思ひおくべかりける。あまりのゆゑ、よし、、いばせうち添へたらむ = 三気分をそそるように恥じらっ て。この「艶」は、恋愛的な気分。 おく ニ四表面は何気ない様子を装い をばよろこびに思ひ、すこし後れたる方あらむをもあながちに求め加へじ。う 「つれなし」は、変らない意。「み さを」は、もとの気持のまま。「 : しろやすくのどけきところだに強くは、うはべの情はおのづからもてつけつべ づくる」は、装う意 はぢ 一宝胸を刺すような恨みの言葉。 きわざをや。艶にもの恥して、恨み言ふべきことをも見知らぬさまに忍びて、 ニ六相手に忘れさせまいとする。 毛自分 ( 左馬頭 ) が。 上はつれなくみさをづくり、心ひとつに思ひあまる時は、言はむ方なくすごき 夭当時の作り物語。読むのを聞 ことは く場合が多かった。このあたり、 言の葉、あはれなる歌を詠みおき、しのばるべき形見をとどめて、深き山里、 ニ七 作中人物に現実の女性を重ねる。 に、よ、つ・は、つ わらは 世離れたる海づらなどに這ひ隠れぬるをり。童にはべりし時、女房などの物語 = 九「童にはべりし時」に対して、 成人した今。物語の中の女の、以 読みしを聞きて、いとあはれに悲しく心深きことかなと涙をさへなむ落としは前は共感され同情された行為が、 今は逆に軽率として批判される。 ニ九 かるがる 三 0 べりし。ムフ思ふには、、と軽々しくことさらびたることなり。、い、し深からむ三 0 わざとらしいこと。 一ハ えむ ニ六 かた 一九 くま ニ五
一「根」と「寝」を掛けて、まだ共 源氏ねは見ねどあはれとそ思ふ武蔵野の露わけわぶる草のゆかりを 寝しない意。「露わけわぶる草」は、 逢いがたい意をこめて、紫草、藤 とあり。源氏「いで君も書いたまへ」とあれば、紫「まだようは書かず」とて、 壺をさす。根・野・露・草が縁語 語 物見上げたまへるが何心なくうつくしげなれば、うちはほ笑みて、源氏「よからニ「よからぬとも」ぐらいの意。 氏 三「知らねども武蔵野といへば」 源ねど、むげに書かぬこそわろけれ。教へきこえむかしーとのたまへば、うちそを引歌とする返歌。「かこっ」は、 ここでは、関連づけて言う意。源 ばみて書いたまふ手つき、筆とりたまへるさまの幼げなるも、らうたうのみお氏から「かこたれぬ」と言われる理 由が分らぬとする。 ばゆれば、心ながらあやしと思す。紫「書きそこなひっ」と恥ぢて隠したまふ四筆跡の上達するだろう将来が 五肉太の筆跡。 六尼君の筆跡は古風だが、これ を、せめて見たまへば、 から先。「いまめかし」は現代風。 セ ↓二〇〇ハー注一 = 。 紫かこつべきゅゑを知らねばおばっかないかなる草のゆかりなるらん ^ 「屋」は、人形の家屋。 レス いと若けれど、生ひ先見えてふくよかに書いたまへり。故尼君のにぞ似た九「こよなき」は「紛らはし」にか かる。「もの思ひ」は、藤壺への愛 . り . けら 00 、 いとよう書いたまひてむと見たまふ。雛な執ゆえの憂愁。源氏は紫の上を藤 しまめかしき手本習はば、 壺の形代として手に入れた。 ど、わざと屋ども作りつづけて、もろともに遊びつつ、こよなきもの思ひの紛一 0 故大納言邸に残った女房たち。 = 「わぶ」は、困りきる意。 三源氏の思う「しばし人にも口 らはしなり。 がためて」 ( 二 0 六ハー ) に照応。事 かのとまりにし人々、宮渡りたまひて尋ねきこえたまひけ態は源氏の思い通りに運ばれた。 〔一宝〕父兵部卿宮と、邸 一三継母に紫の上が養育されるこ に残る女房たちの困惑 るに、聞こえやる方なくてぞわびあへりける。「しばし人とを尼君が嫌った ( 一九七ハ -) 。 や お 一き ゑ ひひな