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検索対象: 完訳日本の古典 第14巻 源氏物語(一)
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1. 完訳日本の古典 第14巻 源氏物語(一)

( 原文一八〇ハー ) ほけぎんまい 〔 ^ 〕暁方、源氏再び僧日レ 月ナ方になっていたので、法華三昧法をしてさしあげられる。しわがれた声の、ひどく歯の間 都と対座、和歌の贈答をお勤めする堂の懺法の声の、山か がすいて尋常でないのも、しみじみ修行の功ありげに聞え、 だらに ら吹き下ろす風にのって聞えてくるのが、まことに尊く滝その声で陀羅尼を読んでいる。 の音に響き合っている。 〔九〕僧都らと惜別源お迎えの人々が参上して、快方に向 みやま 吹き迷ふ深山おろしに夢さめて涙もよほす滝の音かな氏、尼君と和歌を贈答われたお祝いを申しあげ、帝からも ばんのう くだもの ( 懺法の声をのぜて吹き巡る山おろしの風に、煩悩の夢が覚お見舞がある。僧都は、見たこともなく珍しい御果物を、 めて、感涙をさそう滝の音であるよ ) あれこれと谷の底から掘り出して、せっせとおもてなし申 「さしぐみに袖ぬらしける山水にすめる心は騒ぎやは しあげる。「今年いつばいというかたい誓いがございまし する て、お見送りにもまいることがかないませんことで。かえ ( あなたがいきなり感涙に袖をお濡らしになった山水にも、 ってお名残り惜しゅう存ぜられるしだいでございます」と ここに住んで行いすましている心は動かされることもありま申しあげられて、お酒をさしあげなさる。「この山川の景 おかみ せん ) 色に心が残りますが、主上から、お待ちかねでいらっしゃ おそ 手前は耳なれてしまいました」と僧都は申しあげられる。 るご沙汰があるのも畏れ多いので。またじきに、この花の かす 明けてゆく空は、たいそう霞んでいて、山の鳥たちも、 盛りの折を過さずにやってまいりましよう。 どこでということなしにさえすり合っている。名も分らぬ 宮人に行きて語らむ山ざくら風よりさきに来ても見る 紫 木草の花々も、とりどりに散りまじって錦を敷いたように しか ( 帰って大宮人たちに語って聞かせましよう、この山桜のこ 見える所を、鹿があちこち立ちどまったりしているのも珍 若 しくごらんになっていると、ご気分のわるいのもすっかり とを。花を散らす風が吹かないうちに、来て見るように と ) 」 お忘れになった。 ひじり こわ 聖は、身動きもできないのだが、どうにかして護身の修とおっしやるご様子や声づかいまでが、目も覚めるほどに にしき せんばう さた

2. 完訳日本の古典 第14巻 源氏物語(一)

騒いで、笑みをたたえながら君を拝する。じつに尊い大徳って、のぞいて見たりする者もいる。「きれいな娘たちゃ、 なのであった。しかるべき護符などを作って、お飲ませ申若い女房、女童が見える」と、その男が言う。 しあげる。加持などしてさしあげるうちに、日も高く上っ 〔三〕ある供人、明石の君は、仏前のお勤めをなさっている 入道父娘のことを語るうちに日がたけてくるので、病はど うなるのかしらん、とご心配であったが、供人が、「何か 〔ラ源氏、なにがし僧少し外に出てあたりをごらんになる 都の坊に女人を見る とご気分をお紛らわしになって、お気をおっかいにならな と、ここは高い所なので、ここかし いほうがようございます」と申しあげるので、後ろの山に こいくつもの僧坊が隠れもなく見おろされるが、すぐこの めぐ こしばがき お立ちいでになり、京の方角をごらんになる。遠くまでず つづら折りの下に、同じ小柴垣ながらきちんと結い廻らし こずえ ろうのや うっと霞がかかって、周囲の木々の梢がどこということな て、こぎれいな家屋や廊舎などを建てならべて、木立もじ つに風情があるのは、「誰が住んでいるのだろう」とお尋しに一帯に煙っている景色を、「まったく絵によく似てい るね。こうした所に住む人は、思う存分に情趣を味わいっ ねになると、お供の者が、「それというのが、あの何々の そうず くすことであろうな」とおっしやるので、「こんな風情は、 僧都の、この二年の間こもっております所だそうでござい それほどたいしたものでもございませぬ。よその国などに ます」、「気づまりな人の住んでいる所のようだね。どうも みつともなく、あまりにみすばらしい身なりでやってきた ございます海山の風景などをごらんにいれましたなら、ど ものだ。わたしのことを聞きつけでもしたら困ってしま んなにか、 / 御絵がご上達になりますことでしよう」、「富士 めのわらわ の山とか、何々の岳とか」などとお話し申しあげる者もい う」などと仰せになる。こぎれいな女童などが大勢出てき る。また西の国の風情ある浦々、海辺の景色について言い て、仏にお水をお供えしたり、花を折ったりなどするのも 若 すっかり見える。「あそこに女がいるではないか」、「僧都続ける者もあって、何かと君のお気を紛らわし申しあげる。 あかし 7 は、まさかあのように女をお囲いにはなるまいに」、「どう 「都に近い所では、播磨の明石の浦、これがやはり格別で ございます。どこといって奥深い趣のあるところはござい いう人たちなのだろう」と供の者が口々に言う。下りて行 ? ) 0 はりま

3. 完訳日本の古典 第14巻 源氏物語(一)

げるのだろうと、お汲み取りくださいまし」とおっしやる りをしているのもいかがかと、いざり出てくる人があるら さが ので、奥にはいって尼君にお取り次ぎ申しあげる。「なん しし。いったん少し退って、「おかしいこと。聞き違いか すみ と、隅におけない。 この姫君が、情けの分る年頃でいらっ しら」と、まごまごしているのをお聞きになって、「仏の よみじゃみ お導きは、たとえ冥路の闇の中でも、けっして間違うはずしやるとおばしめしなのかしら。それにしても、あの若草 の歌をどうしてお聞きつけになったのだろうか」と、あれ はないとのことですがーと、おっしやる君のお声がじつに こわ これと不審なので心も乱れ、そのためあまり手間がとれる 若々しく気高いので、何を口にしようにも、どんな声づか いをしたものか、きまりがわるいけれども、「どちらへの と失礼になると思って、 ・、よひ みやまこけ ご案内でございましようか。よく分りかねまして」と申し 「枕ゅふ今宵ばかりの露けさを深山の苔にくらべざら なむ あげる。「なるほど、これはだしぬけなと、ご不審ももっ ( 旅寝の枕を結ぶ今夜一晩だけのあなた様の袖の露けさを、 ともですが、 深山に住む私どもの苔の衣のそれとお比べにならないでいた はっ草の若葉のうへを見つるより旅寝の袖もっゅそか だきたい ) わかぬ ( 初草の若葉のようなかわいらしい方を見てからは、旅の宿私どもの袖はかわきそうにもございませぬものを」とご返 りの衣の袖も恋しさの涙の露に濡れて、まったくかわく間も事申しあげられる。 ないのです ) 「このようなお取り次ぎでのご消息は、まったく何とも申 しあげようもないくらい経験のないことでして。恐れ入り と申しあげてくださいませんか」とおっしやる。「いっこ ますが、こうした機会に、折り入ってお耳にお入れしなけ うに、このようなご消息をお聞き分け申しあげられる人も 若 おいでにならないことは、お分りでいらっしやるように存ればならぬことが」と申しあげられると、尼君は、「君は 5 じますが、どなたにお取り次ぎいたしましたら」とお答え何かお聞き違えをなさっておられるのでしよう。ほんとに 申す。「しぜんそうした子細があってこんなことを申しあ気のひけるようなご様子でいらっしやるから、何をご返事

4. 完訳日本の古典 第14巻 源氏物語(一)

いかにもいたわしそうにしているのを、帝は、これをもし いので、世の中の人々は光る君と申しあげる。藤壺の宮は みやすどころ 2 この君と肩をお並べになって、帝のご寵愛もそれそれに厚御息所が見ているのだったらと、お思い出しになるにつけ おさ いので、輝く日の宮と申しあげる。 ても涙を抑えがたいのを、気を強く取り直してこらえてい 語 おん 物〔一五〕源氏の元服の儀、帝は、この君の御童子姿を成人の姿らっしやる。 氏左大臣家の婿となる に変えるのをつらくおばしめすけれ 加冠の儀をお済ませになり、ご休息所にご退出になって、 源 ども、十二歳でご元服になる。帝は、ご自身率先して、あご装束を成人のものにお召し替えになり、東庭に降りて搨 れこれと世話をおやきになって、定まったしきたりの儀式舞をなさるご様子に、人々はみな感涙を落しておいでにな しんばう にそれ以上のことをお加えあそばす。先年の東宮のご元服、 る。帝は帝で、誰にもましてご辛抱がおできにならず、思 なでん 南殿で行われたその儀式は立派だったというご評判である い紛れるときもあった昔のことを、その折にたちかえって キ画う が、それに劣らぬようとり行わせられる。所々で賜る饗悲しくお思いになる。こんなにまだ幼い年ごろでは、髪上 ぜん くらづかさ 膳なども、内蔵寮や穀倉院などがお役所仕事としてご調進げをしたらかえって見劣りせぬかとお気づかいになってお 申しあげるのでは、疎略なことにもなりかねないと、特別 られたのだが、驚くばかりに愛らしさがお増しになった。 加冠の大臣が、皇女である北の方との間におもうけにな のお指図があって、善美を尽してご奉仕申しあげた。 帝のお出ましになる清涼殿の東の廂の間に、東向きに玉 って、たった一人たいせつに養育していらっしやる姫君、 す 座の椅子を立てて、冠者の君のお席と、加冠の大臣のお席その方に東宮からも内々ご所望があるのを、どうしたもの とがその御前にある。儀式は申の時で、その時刻に源氏の かと思案していらっしやったのは、じつはこの源氏の君に みずら さしあげようというおつもりがあったからなのであった。 君は参殿なさる。角髪に結っておいでになるお顔だちゃそ のお顔のつややかな美しさは、成人のかたちにお変えにな帝にも、この件でご内意をいただいてあったことだし、 そいぶし るのがもったいないような御有様である。大蔵卿が理髪役 「それでは、この元服の際の後見もないようだから、添臥 みぐし をお勤め申しあげる。ほんとにお美しい御髪をそぐときに、 にでも」というお促しがあったので、大臣はそのつもりに ( 原文三五ハー ) かんじゃ さる ひキ、し ちょうあい

5. 完訳日本の古典 第14巻 源氏物語(一)

こと来世の苦患もいかばかりかとお思い続けになって、こ えにさしあげようなどと、たいそう大事にいたしており のように世を捨てた山住いをしたいとお思いになるものの、 ましたが、その願いどおりには事が運びませず、亡くなっ それでいて昼間見た人の面影が心にかかって恋しいので、 てしまいましたので、ただこの尼君一人が世話をしており ひょうぶきようのみや 「こちらにいらっしゃいますのはどなたですか。お尋ね申ましたうちに、どなたの取持ちでしようか、兵部卿宮が内 してみたい夢を見たことがございました。今日こちらにま内に通っていらっしやるようになりましたが、もとからの いって思いあたりましたので」と申しあげられると、僧都 北の方がご身分の高いお方であったりして、娘には心の休 はにつこりして、「これは、突然な御夢語りでございますまらぬことが多くて、明け暮れ気苦労を重ねたあげく亡く な。お尋ねになられましても、きっとご期待はずれにおば なってしまいました。気苦労から病気になるものだという こあぜちのだいなごん しめされるにちがいありません。故按察大納言と申しても、 ことを、身近に経験いたしましたことで : ・・ : 」などと申し 亡くなってから久しくなりますので、ご存じではありますあげられる。 まい。その北の方というのが手前の姉妹でございます。そ それでは、その娘の子だったのかと、お思いあたりにな そむ の按察が亡くなって後、世を背いて出家いたしましたが、 った。宮のお血筋から、あのお方にも似通い申しているの それがこのごろ、病みわずらうようになりまして、ごらん だろうかと、いよいよしみじみと思いをそそられて、その のとおり、手前が京にも出ずにおりますので、ここを頼り人をわがものにしたいお気持になる。人柄も気品高く美し 所としてこもっておるのでございます」と申しあげられる。 いし、なまじのこざかしい心もないので、親しく交わって、 っ 君が、「その大納言のご息女がいらっしやるとうかが 思いのままに教え育ててみたいものよとお思いになる。 「ほんとにおいたわしくていらっしやることですね。その たことがありますが、そのお方は。これは浮いた気持から 若 ではなくて、まじめに申しあげるのです」と、当て推量に 方はお遺しになった形見のお子もないのですか」と、先刻 3 おっしやると、「娘がただ一人ございました。亡くなって の幼かった人がどういうことになるのか、もっとはっきり から、ここ十年余りになりましようか。故大納言が、宮仕知りたくてお尋ねになると、「亡くなりましたそのころに くげん

6. 完訳日本の古典 第14巻 源氏物語(一)

が高くなったがお起きにはならないので、女房たちは不審がわるうございますので、まことにご無礼のまま申しあげ るしだいでございます」などとおっしやる。頭中将は、 がって、お食事などをお勧め申すけれども、苦しくて、今 にも死ぬのではと心細い思いでいらっしやるところに、帝「それでは、その旨をば奏上いたしましよう。昨夜も管絃 語 の御遊びの折に、たいそうお捜しあそばされまして、ご機 物からのお使いが見えて、 , ーー昨日、捜し出し申しあげられ 氏 嫌がおわるうございました」と申しあげられて、帰りかけ なかったので、帝はご心配あそばしているということで、 源 けが たが、また引き返してきて、「どんな穢れに出会いになら 左大臣のご子息たちがおいでになるが、頭中将だけを、 「お立ちのまま、こちらへおはいりください」とおっしゃれたのですか。あれこれのご説明は、とても本当とは存ぜ めのと られませんな」と言うので、胸がどきりとなさって、「こ って、御簾を隔ててお話しになる。「乳母であります者の、 ていはっ う細かではなく、ただ思いがけぬ穢れに触れた旨を奏上し この五月ごろから重くわずらっておりましたのが、剃髪し しるし てください。まったくもってのほかの申し訳ないことでご て戒を受けなどしまして、その験でか、やっと持ち直しま したが、近ごろぶりかえして衰弱してしまいました。それざいます」と、さりげないふうにおっしやるが、心の中で が、もう一度見舞ってほしいと申しておりましたので、幼は、言うに言われぬ悲しい出来事をお思いになるにつけ、 くろうどのべん いまわ ご気分もわるいので誰とも顔をお合せにならない。蔵人弁 いときからなじんできた者が、臨終の際に薄情なと思うだ をお召しになって、真顔になって同様の趣旨を奏上するよ ろうと存じまして、訪ねてやりましたところが、その家に う仰せつけになる。左大臣家などにも、こうした事情で参 おりました下人の病気をしておりましたのが、他処に移す のが間に合わず急死しましたのを、私に気がねして日暮れ上できない旨のお手紙などをさしあげられる。 これみつ なきがら になってから亡骸を運び出したということを耳にしました 〔源氏、惟光に案内日が暮れてから、惟光が参上した。 され、東山におもむくこういう穢れに触れたとおっしやっ ので、神事の多いこのごろとて、まことに不都合なことと て、参上する人々もみな着座なしですぐ退出するので、お 謹慎いたし、参内いたしかねております。それに、この明 やしき け方から、風邪ででもございましようか、頭痛がして気分邸はひっそりしている。惟光をお召し寄せになって、「ど さんだい

7. 完訳日本の古典 第14巻 源氏物語(一)

源氏物語 328 美しいので、 うどんげ 優曇華の花待ち得たる心地して深山ざくらに目こそう つらね ( 君にお目にかかっては、優曇華の花を待ちに待ってついに それを見ることができたような気持になりまして、この山奥 の桜などには目も移りません ) と申しあげられると、君は笑みをたたえて、「その花は、 時あって、ただ一度咲くとか言いますが、それはめったに ないことだそうですのに」とおっしやる。聖は、お杯をい ただいて、 奥山の松のとばそをまれにあけてまだ見ぬ花のかほを 見るかな ( こうして引きこもった奥山の松の戸を珍しくも開けて、ま だ見たこともない花のような君のお顔を拝見することでござ います ) まも と、涙をこばして君を拝んでいる。聖は、お守りに、独鈷 そうず をさしあげる。これをごらんになって、僧都は、聖徳太子 ・ヤん ) 」うじ くだら が百済から入手しておかれた金剛子の数珠の玉で装飾して あるのを、その国から入れて来た箱の唐風なのをそのまま、 透いている袋に入れて、五葉の松の枝に結びつけ、さらに す みやま ひじり つば いくつかの紺瑠璃の壺にいろいろのお薬を入れて、藤や桜 などの枝につけて、こうした場所柄にふさわしい数々の御 どきよう 贈物をご献上になる。君も、聖をはじめとして読経を勤め た法師の布施の品の数々、そのほか用意した品々を、いろ そま いろ京へ取りにおやりになってあったので、その近辺の杣 びと ずき・よう・ 人にまで相応の品物を下さり、御誦経の料をお置きになっ てお立ちいでになる。 僧都が奥におはいりになって、例の源氏の君の申し出さ れた件をありのまま取り次ぎ申しあげられるけれども、尼 君が、「どうともこうとも、ただ今はご返事を申しあげよ うもございません。もしお気持がおありなのでしたら、も う四、五年たってから、そのときこそいかようにも」とお っしやり、僧都もこのようなしだいでと、まったく同じこ となので、君は残念なこととお思いになる。尼君へのお手 紙を、僧都のもとにいる小さい童にことづけて、 夕まぐれほのかに花の色を見てけさは霞の立ちぞわづ らふ ( 昨日の夕暮時ちらりと美しい花の色を見ましたので、今朝 は、霞の立つのといっしょに立とうとしても立ち去りかねて おります ) ふせ こんるり

8. 完訳日本の古典 第14巻 源氏物語(一)

331 若紫 ( 原文一八六ハー ) いくもあろうけれど、まったくうちとけるではなく君をよ には従いておはいりにならず、申しあげる言葉もさがしあ ぐねられて、ため息をついて横におなりになるが、君はな そよそしく気づまりな相手と思っていらっしやって、年月 んとなくおもしろからぬお気持なのであろうか、眠たそう の重なるにつれて、ご遠慮だてもまさる一方なのだから、 なふりをなさって、あれこれと男女の仲のむずかしさをお まことにやりきれなく、心外なお気持になって、「折々 は、世間並のうちとけたご様子を見たいものですね。堪え 思い悩みになっていらっしやる。 られぬほどわずらっておりましたのを、せめていかがとで この若草の君がどのように生い立ってゆくのか、その様 もお見舞いくださらないのは、いつものことで珍しくはあ子にやはり心ひかれるが、「まだ不似合いの年頃と尼君が 思っていたのももっともなことだ。どうにも言い寄りかね りませんが、やはり恨めしいことで」と申しあげられる。 ることよ。どのようにか工夫して、ただ安心のゆくように 女君が、ようようのこと「『問はぬはつらきもの』でしょ うか」と、流し目に君をごらんになる御まなざしは、まこ邸に迎え取って、明け暮れの慰めにしたいものだ。父君の ひょうぶきようのみや とに気づまりなほど、いかにも気品高く美しいお顔だちで兵部卿宮はじつに上品で優美でいらっしやりはするが、 ある。「まれに何かおっしやると、これはなんと驚き入っ艶やかな美しさというものはないのに、どうしてご一族の あのお方に似ていらっしやるのだろう。父宮とあのお方が たお言葉ではありませんか。『問はぬ』などという間柄は、 私たちには当てはまらないのでございますよ。情けないお同じ后宮の同腹だからであろうか」などとお思いになる。 っしやり方をなさるのですね。いつも常々、引っ込みのっその縁故がまことに慕わしく、どうかして是非にも、と切 かぬ思いをおさせになるお仕打ちですが、もしかしたらお実なお気持である。 思い直しくださる折もあろうかと、あれこれとお試し申し 〔一 = 〕翌日、源氏北山の翌日、北山にお手紙をさしあげられ そうず 人々に消息をおくる た。僧都にもそれとなく意中をお書 ておりますが、そのことをいよいよ疎ましくお思いになる きになったようである。尼君には、 のでしよう。まあいたしかたない。せめて『命だに』」と おっしやって、ご寝所におはいりになった。女君は、すぐ 取り合ってくださらなかったお扱いに遠慮されまして、 こら

9. 完訳日本の古典 第14巻 源氏物語(一)

源氏物語 けさの朝顔 人々は、身分身分に応じて、いとしく思うわが娘をおそば ( 咲く花のようなそなたに心を移したという評判が立つのは に仕えさせたいものと願い、または、まんざらでもないと 気がねなことだけれども、しかし、このまま手折らずに素通思う妹などをもっている人は、身分の低い下仕えでもいし りはできかねる今朝の美しい朝顔よ ) から、やはり君のお邸でお使いいただきたいと望まぬ者は どうしたらよかろう」とおっしやって、中将の手をお取り いないのだった。まして、何かの折にいただく君のお言葉 になると、あわてず落ち着いた様子で、すぐさまに、 も、おやさしいご様子を拝する者で多少ともわきまえのあ 朝霧の晴れ間も待たぬけしきにて花に心をとめぬとぞ る者ならば、どうしておろそかに存じあげられようか、君 みる が、朝にタにうちくつろいでお過しくださらないのを、寂 ( 朝霧の晴れてくる間もお待ちにならずお発ちになるご様子 しくもどかしく思っているようである。 これみつ で、花に心をおとめになっていらっしやらぬものとお見受け 〔 0 惟光、タ顔の宿をそれはそうと、あの惟光の引き受け いたします ) 偵察、源氏を手引きていたのぞき見の件は、じつに詳し と、主人筋のことにしてお答え申しあげる。 く様子を探り出してご報告申しあげる。「誰なのかまった さぶらいわらわ かわいい侍童の、身なりも好ましく、ことさらに用意 く見当がっきかねております。たいそう人目を忍んで隠れ さしぬきすそ はじとみ していたかのようなのが、指貫の裾を露に濡らして、花の ている様子に見えますが、所在なさのあまり、南の半蔀の 中に分けいって、朝顔を折ってさしあげるところなどは、 ある長屋にやって来ては、車の音がすると、若い女房たち ふぜい 絵に描いてみたい風情である。 がのぞいたりしているようでして、そういうときに、この 特別のかかわりもなくて、ちらとお姿を拝するだけの人主人とおばしい女も、そちらに出てくるときがありますよ でさえも、源氏の君をお慕い申さぬ者はない。物の情趣も うでございます。顔だちは、ちらとですが、じつにかわい わきまえぬ賤しい山人でも、花の陰にはやはりたたずんで らしゅうございます。先日、先払いをしながら通ってゆく めのわらわ いたいというわけだろうか、君の光り輝くお姿を拝見する車がございましたのをのぞいていて、女童が取って返し、 いや

10. 完訳日本の古典 第14巻 源氏物語(一)

けでもないが、見苦しからぬたしなみを身につけていた中 ぐさのとおりに、親しくいたしておりません」と申しあげ うまのかみ 流の女ではあった、すべてを経験しつくしているあの馬頭る。 かみ の言っていたことが、なるほどと思い合せられるのだった。 さて五、六日たって、守がこの子を連れて参上した。何 語 もかも整っていて美しいというのではないが、物腰もやさ 物〔き源氏、小君を召し源氏の君は、近ごろは左大臣の邸に 氏て文使いとする ばかりいらっしやる。あれ以来ずつ しく上品で、良家の子弟といったふうである。君は、おそ 源 と絶えているので、やはり、女がどんなにつらい思いをし ば近くお召しになって、いかにも親しみをこめてお話しに ていることかと、 しとおしくお、いにかかって、苦しく思い , っ . れ、ーし なる。子供心にも、君をとても立派なお方と思い きのかみ 悩まれたあげく、紀伊守をお召しになった。「あの、いっ く思っている。姉君のことも詳しくお尋ねになる。お答え ぞやの中納言の子は、わたしに任せてもらえないだろうか。 できることはお答え申したりするが、君のほうで気恥ずか おかみ かわいらしく見えたから、そばで使ってみたい。主上にも しくなるくらい落ち着いているので、用向きを言い出しに てんじよう わたしからさしあげて殿上させよう」とおっしやるので、 、。けれど、じっさいうまくとりつくろってお言い聞か おそ 「まことに畏れ多い仰せでございます。姉にあたります人せになる。そうしたことがあったのかと、ばんやりと分っ に申し伝えてみましよう」と申しあげるにつけても、胸が たのも、思いがけないことだったけれども、子供心から深 せんさく どきっとなさるが、「その姉君には、そなたの弟があるの くは穿鑿もしない。小君が君のお手紙を姉君のもとに持っ か」、「それはございません。この二年ほど連れ添っており てきたので、女はあまりのことに涙までも浮んできた。こ ますが、親の意向に背く身の上になっていることをつらくの子の思惑もきまりがわるく、それでもやはり顔を隠すよ 思って、不満足のように聞いております」、「気の毒なこと うにしてお手紙を広げた。長々と書いてある末に、 「見し夢をあふ夜ありやとなげく間に目さへあはでそ よ。かなりの器量よしだと噂のあった人だが。本当にきれ いな人なのか」とおっしやると、「悪くはございますまい ころも経にける 私どもとまるつきり疎遠にしておりますので、世間の言い ( 先夜の夢が正夢になって再び逢える夜があればよいがと嘆 ( 原文八五ハー ) へ