十 一藤原道長の長女彰子。母は源 いまはむかしじゃうとうもんみんきゃうごくどのす たまひときやよひはつかあまりころほひはなさかり 第今昔、上東門院ノ京極殿ニ住マセ給ケル時、三月ノ二十日余ノ比、花ノ盛倫子。一条天皇中宮。後一条・後 朱雀母后。万寿三年 ( 一 0 = 六 ) 出家。 みなみおもてさくらえもいはさきみだ ゐんしむでん たまひ みなみおもて 集ニテ、南面ノ桜艶ズ栄乱レタリケルニ、院寝殿ニテ聞カセ給ケレバ、南面ノ法名清浄覚。上東門院と号す。承 保元年 ( 一 0 七四 ) 崩。年八十七。↓田 物ひかく ほど けたかかみ五 こゑもっ 昔日隠シノ間ノ程ニ、極ジク気高ク神ロタル音ヲ以テ、 ニ土御門南、京極西にあった道 長の邸宅。後一条・後朱雀・後冷 コボレテニホフ花ザクラカナ 泉三帝誕生の地。 なが そこゑゐんきこしめたま ひとあ おばめし 三言うに言われないほど美しく。 ト長メケレバ、其ノ音ヲ院聞サセ給ヒテ、「此ハ何ナル人ノ有ルゾ」ト思シ食 四「階隠しの間」とも。寝殿造り おほむしゃうじあげられ みすうち ごらむ いづこ ひとけしき の中央階段口にある屋根のかかっ テ、御障子ノ被上タリケレバ、御簾ノ内ョリ御覧ジケルニ、何ニモ人ノ気色モ た車寄せで、その入口から階段、 すのこ ひさし な た あまたひとめしみ 簀子を経て庇にはいる部分を「日 無力リケレバ、「此ハ何カニ。誰ガツル事ゾ」トテ、数ノ人ヲ召テ見セサセ 隠しの間」という。 たまひ ちか まうし ひとさぶらは ときおどろ たまひ 五「サビ」の漢字表記を期した欠 給ケルニ、「近クモクモ人不候ズ」ト申ケレバ、其ノ時ニ驚カセ給テ、「此ハ字。 何カニ。鬼神ナドノケル事力」ト恐チ怖レサセ給テ、関白殿ハ一凵ニマ「浅緑野辺之霞者裏鞆己保礼手匂 かな 一ぶら まう 花桜絶」とみえる歌の下の句。拾 たま とのおほむかへり シケルニ、公」テ、「此ル事コソ候ヒッレ」ト申サセ給ヒタリケレバ、殿ノ御返遺集一、春にも同歌を所取。 セ「詠」の当字。声を長く引いて 吟詠する意。 事ニ、「其レハ其ノ凵〕一一テ常ニ然様ニ長メ候フ也」トゾ御返事有ケル。 六 ま 話題であるが、責任を転嫁され、とんだ濡衣と憤懣した霊鬼たちもさそかし多かったことだろ う。↓今野達「今昔物語集雑考Ü」 ( 国文学論考・第二号 ) 。 はな 、一と 、一と しカ
いまはむかしももぞの いふいませそんじなりもとてら あり にしみや 今昔、桃薗ト云ハ今ノ世尊寺也。本ハ寺ニモ無クテ有ケル時ニ、西ノ宮ノセもと清和天皇の皇子、貞純親 王の邸宅だったが、源高明、源保 ひだりおとど すみたまひ 光、藤原伊尹、藤原行成と伝領さ 左ノ大臣ナム住給ケル。 れ、行成の時に氏寺とし、世尊寺 ときしむでんたつみ ふしあなあき となった。 其ノ時ニ寝殿ノ辰巳ノ母屋ノ柱ニ、木ノ節ノ穴開タリケリ。夜ニ成レバ、其 〈山城国愛宕郡上林郷 ( 大内裏 ふしあな ち・こて さしいで ひとまねこと あり おとどこ 北 ) に所在し、行成伝領後に寺と ノ木ノ節ノ穴ョリ小サキ児ノ手ヲ指出テ、人ヲ招ク事ナム有ケル。大臣此レヲ し、長保三年 ( 一 00D に定額寺とな ききたまひ いとあさましあやしおどろき あな うへきゃうゆひつけたてまつり なほまねき 聞給テ、糸奇異ク怪ビ驚テ、其ノ穴ノ上ニ経ヲ結付奉タリケレドモ尚招ケレ 九源高明。醍醐天皇の子。西宮 ほとけかけたてまつり まねことなほやま かやう あ〈とど左大臣と呼ばれた。安和の変 ( 九六 第ノ、仏ヲ懸奉タリケレドモ招ク事尚不止ザリケリ。此ク様ニスレドモ敢テ不 九 ) に連座して大宰権帥に左遷され、 語 へだてやはんばかりひとみない 人 ほどかならまねなり 二年後召還された。天元五年 ( 九八 招止ラズ、二夜三夜ヲ隔テ、夜半許ニ人ノ皆寝ヌル程ニ必ズ招ク也ケリ。 (l) 没。年六十九。 児 しかあひだあひとまたこころみ おもひ そや ひとすぢそ あなさしいれ 一 0 東南。戌亥 ( 西北 ) とともに禁 出而ル間、或ル人亦試ムト思テ、征箭ヲ一筋其ノ穴ニ指入タリケレバ、其ノ忌の方位。 ひさし ノそゃあり かぎりまねことな のちゃがら めき そやみ = 寝殿の中央の部分で、庇の内 柱征箭ノ有ケル限ハ招ク事無力リケレバ、其ノ後箭柄ヲバ抜テ、征箭ノ身ノ限ヲ、 側にある部屋。 かぶらやかりまた 三戦陣に用いる矢。鏑矢や雁胯 あなふかうちい それ のちまねことたえ 穴ニ深ク打入レタリケレバ、其ョリ後ハ招ク事絶ニケリ。 の矢に対して、四枚羽のとがり矢。 やじり 一三羽と鏃を除いた矢の幹の部分。 おも こころえことなりさだ ものりゃう すこと あり 一四鏃の部分。 此レヲ思フニ、心不得ヌ事也。定メテ者ノ霊ナドノ為ル事ニコソハ有ケメ。 ま そ ふたよみよ が仏・経の験力に優越したことを不条理とした、編者を含む当代人の常識が思想史的に注目さ れる。 ちひ もやはし、り そ とき よるな かギ一り・
思いがする。不言不語の間に完全な意思の疎通をみた頼信父子の一体的行動は驚嘆に値し、そ 0 の相互信頼と日常的鍛錬のほどをうかがうに足るが、視角を変えれば、東洋的、日本人的意識 の特質とされる以心伝心の妙を典型的な形で具体化した話ともいえそうである。 五 十 第 一↓五七ハー注一。 いまはむかしかうちのぜんじみなもとのよりのぶのあそむいふつはものありニ あづまよ 巻 ニ頼信に直接経験を回想する 今昔、河内前司、源頼信朝臣ト云兵有キ。東ニ吉キ馬持タリト聞ケル 五 「キ」が付されていることに注意。 このよりのぶのあそむこひやり むまめしいなびがた みち そのむまのばせ ロものもと ただし、典拠よりの転載であろう。 褫者ノ許ニ、此頼信朝臣乞ニ遣タリケレバ、馬ノ主難辞クテ其馬ヲ上ケルニ、道 昔 六 三東国。関東。 むまめすびとあり ほしおもひ かまへめす おもひ 今 四「持チアリ」の約。 ニシテ馬盗人有テ此ノ馬ヲ見テ、極メテ欲ク思ケレバ、「構テ盗マム」ト思テ、 五都へ上らせる意。 ひそかっきのばり めすびとみち むまっきのばつはものどもたゆことな 蜜ニ付テ上ケルニ、此ノ馬ニ付テ上ル兵共ノ緩ム事ノ無力リケレバ、盗人道ノ六何とかして盗もう。 セ馬なのでかかる表現をとった あひだ よりのぶのあ えとらず きゃう むまゐてのばせ めすびとのばり 間ニテハ否不取シテ、京マデ付テ、盗人上ニケリ。馬ハ将上ニケレバ、頼信朝もので、収容したの意。 ^ 頼信の長男。↓七五ハー注一一。 そむむまやた 九話者の立場からは「汝ガ」とあ 臣ノ厩ニ立テッ。 るべきであるが、頼義と話者の主 しかあひだよりのぶのあそむこよりよし わおやもとあづま けふよむまゐてのばり 而ル間、頼信朝臣ノ子頼義ニ、「我ガ祖ノ許ニ東ョリ今日吉キ馬将上ニケリ」客関係が混乱し、頼義に主体を置 いてしるした表現。 よりよしおも ひとっげ むまよしな ひと こひとられ しからめ ト人告ケレバ、頼義ガ思ハク、「其ノ馬由無力ラム人ニ被乞取ナムトス。不然一 0 いわれのない人。つまらぬ人。 = 心引かれる、ゆかしく思うの とり さきわゆきみ まことよきむま おもひおや 前ニ我レ行テ見テ、実ニ吉馬ナラバ我レ乞ヒ取テム」ト思テ、祖ノ家ニ行ク。 一ニ雨をもものともせず。 あめいみじふり むまこし ゆき さは ( ら ) ずゅふが 雨極ク降ケレドモ、此ノ馬ノ恋カリケレバ、雨ニモ不障ラ、夕方タ行タリケル一三「云ケルニ、次デニ」または 「云ケル次デニの意。どうして長 なひさし みえぎ ニ、祖、子ニ云ハク、「何ド久クハ不見リツルゾナド云ケレバ、次デニ、「此い間顔を見せなかったのかなどと ( 現代語訳三六四ハー ) おやこ む み つき そ きは 四 むまも きき 意。
△物誣集巻第二十七 272 フ日ロロ トャ。 をむなしぬるをうとのきたるをみることだいにじふろく 女見死夫来語第二十六 本話の典拠は末詳。前話とは逆に、夫の亡魂が人身に化して現世の妻のもとを訪れた話。河 内男と大和女が相思相愛の夫婦として三年、不幸にも男は他界したが、死後三年目の秋、夫の 亡霊は生前の姿で笛を吹きすさびつつ妻のもとを訪れた。しかし、妻が心に恐怖を宿したのを 察して立ち去 0 たという。なお、亡霊の出現来訪に笛の音を伴う類例は多く、特に中・近世の 小説・説話類に散見する。何か依拠するところあるか かたちびれい ひとりむすめあ 一郡名の明記を期した欠字。 今。昔、大和ノ風、凵ノゴ住ム人有ケリ。一人ノ娘有リ。形美麗ニシテ ニ↓一一六九ハー注一一一。 かしづ ぶも一 こころらう 三大事に育てていた。 心労タカリケレバ、父母此レヲ傅キケリ。 としわか ひとりをのこごあり 亦、河内ノ風、〔〔〔凵〕ノニ住ム人有ケリ。一人ノ男子有ケリ。年若クシテ形 0 郡名の明記を期した欠字。 五心がけ。、いのほど。 をかし こ - ) ろ 六美しくすぐれていたので。 チ美カリケレバ、京ニ七テ宮仕シテ笛ヲゾ吉ク吹ケル。心バへナドモ可咲カリ ( 現代語訳四六五ハー ) ふえ ふき かた
たきぐち し・つーし・カ たびつよしばりひか 一四押えつけていたので。 滝ロ、「何々ニ」ト云ケレバ、「此ニ有」ト云テ、此ノ度ハ強ク縛テ引へタリ たいまつうちまっ 一五松明、打松に同じく、たいま あり し・はらく ひと つひきつねなりあり ついまっ ケレバ、暫コソ人ニテ有ケレ、痛ク責メケレバ、遂ニ狐ニ成テ有ケルヲ、続松つ。 一八 一六つつきほじくる意で、意訳す な ひもつけ やき 一七もつどど かかわぎ ノ火ヲ以テ毛モ無クセ、ル / 、焼テロヲ以テ度々射テ、「己ョ、今ョリ此ル態れば、なぶり回して。あちこち火 一九 でなぶり焼いて、毛もなくなるほ ころさ はなち えあゆま ゃうやにげ、り ナセソ」ト云テ、不殺ズシテ放タリケレバ、否不歩ザリケレドモ、漸ク逃テ去どにいためつけた意。 ↓三二〇ハー注一七。 たきぐちさき ことどもくはしかたり 天「ナ : ・ソ」は禁止を表し、こん ニケリ。然テゾ、此ノ滝ロ、前ニ被謀テ、鳥部野ニ行タリシ事共委ク語ケル。 な仕業を決してするなよの意。 そ のちとをかあまりばかりあり たきぐち なほこころみ おもひ かうやがは 一九やっとのことで。よろめきな 其ノ後、十余日許有テ、此ノ滝ロ、「尚試ム」ト思テ、馬ニ乗テ高陽川ニ がら少しすっ逃げていった意。 ゆき さきめわらはよ やみ かはべ た たき 行タリケレバ、前ノ女ノ童吉ク病タル者ノ気色ニテ、川辺ニ立テリケレバ、滝 = 0 もう一度やってみよう。 ニ一女の子に化けた狐に対する親 ぐちさきゃう むましりの めわらはの おも しみの呼び掛け。今の「おねえち 一口前ノ様ニ、「此ノ馬ノ尻ニ乗レ。和児」ト云ケレバ、女ノ童、「乗ラムトハ思 十 ゃん」などに当るか。 やきたま たへがた いひうせ 第へドモ、焼給フガ難堪ケレバ」ト云テ失ニケリ。 語 ニニこのごろのこと。最近のこと。 ひとはか すほど いとからめみ きつねなり ことちか ただし、これは本話がはじめて記 馬人謀ラムト為ル程ニ、糸辛キ目見タル狐也カシ。此ノ事ハ近キ事ナルペシ。 乗 録された時点での注記であって、 こと かたった 本集に収録された時のものとはい 変奇異ノ事ナレバ語リ伝へタル也。 、 0 、つ ) 、 0 狐 ↓三〇八ハー注一一。 おも きつねひとかたちへん - 一と。むかし 勢此レヲ思フニ、狐ハ人ノ形ト変ズル事ハ昔ョリ常ノ事也。然レドモ此レハ掲 高 ニ三明白なさま、目立っさま。こ は。かめ・ とりべの ゐてゆき なりさ のちたび くるまな みち こでは、あざやかに、見事にの意 焉ク謀テ、鳥部野マデモ将行タル也。然ルニテハ何ド後ノ度ハ、車モ無ク道モ ニ四 ニ四狐は、人の心構えに見合った 3 たがヘ ひとこころよりふるまふ ひとうたが かたった 不違ザリケルニカ、人ノ心ニ依テ翔ナメリトゾ人疑ヒケル、トナム語リ伝へタ行動をするものらしい るし きい はから - 、れ ここあり ものけしき とりべの つねことなりしか ゆき おのれ む の り 一と
そ なかじふしごさいばかりわらはひ はなれみづをどりいりなが ゆき 一「わらはびと」のよみも考えら 其ノ中ニ十四五歳許ナル童ノ、火ヲ離テ水ニ踊入テ流レテ行ケレバ、見ル者、 れる。 かわらは はなれ いくべやうな かわらはのひとつひみづおほほれ 「彼ノ童ノ、火難ヲバ離ヌレドモ、遂ニ可生キ様無シ。彼ノ童人、遂ニ水ニ溺 = 「報ニコソハ有ラメ」の意。前 世の報い。運命。 しめべほう あ ほどわらはながれゆき 二テ可死キ報コソハ有ラメ」ナド云ケル程ニ、童流テ行ケルニ、水ノ面ニ、草ョ三丈が低くて。当時「みじかし」 四 は「高し」の対語であった。 あをき あ て ひき それひかへられ 巻 リハ短クテ、青キ木ノ葉ノ有ルヲ手ニ障ケルマ、ニ引タリケレバ、其ニ被引 0 引きとどめられて。 五増水したかと思う間もなく水 ながれぎ つよおばえ それちからえ 語 カ弓いて。し士玉 , っ川で。 物テ不流リケルニ、此ノ引へタル木ノ葉ノ強ク思ケレバ、其ニカヲ得テ搜ケレバ 昔 六「ナル」は推定。しだいに水が きえだなり おば えだつよひか あ ほど そかは 引く模様である。 「木ノ枝也ケリ」ト思へケレバ、其ノ枝ヲ強ク引へテ有ル程ニ、其ノ河ハ出ル 六 セ見る見る姿を現してきたから。 と みづおっかは ゃうやみづひる ただいで カトスレバ疾ク水落ル河ニテ、漸ク水ノ干ナルマ、ニ、此ノ引へタル木ノ只出〈きちんと腰を降して。 九水がすっかり引いたならば。 いでく えだまた そ またうるはしゐ みづおちはて 一 0 連体形止め。「此レニゾ助カ 来ニ出来レバ、枝ノ胯ノ出来タリケレバ、其ノ胯ニ直ク居テ、「水落畢ナバ ルベキの意。この木のおかげで たす おもひ ほどひくれよるなり 一一やみ 此レニ助カルベキ」ナムド思ケル程、日暮テ夜ニ成ニケレノ ヾ、ツ、暗ニシテ物助かることだろう。 やみ = 真っ暗。真の闇。 よ そ あか み ( え ) ぎ みづおち お おもひ 一ニ夜がなかなか明けないのを。 モ不見ヘリケレバ、其ノ夜ハ明シテ、「水落シテコソハ木ョリモ下リメ」ト思 一三早く早くと待つうちに。 おそあく まつほど よあけやうやひいづ ほど みお 一四目も届かないほどの高い雲の テ、夜ノ遅ク明ルヲ、イノシカト待程ニ、夜明テ漸ク日出ラム程ニ、見下ロシ ここち めおよばめくもゐ しカ おもふ よ ケレバ、目モ不及雲居ニ為タル心地ノシケレバ、「何ナル事ゾ」ト思ニ、吉ク一五「為」は「居」の草体の誤写とみ る。「しタル」とよんで「居タル」の みおろ はるか みねうへ ふかたにかたぶきをひ じふぢゃうばかりのばり 見下セバ、遥ナル峰ノ上ョリ深キ谷ニ傾テ生タル木ノ、枝無クテ十丈許ハ上代動詞とも。 一六傾斜して生えている木。深い ほそこえだあ ひか すこ うご 谷底の方にさし出ている木。 タラムト見ュル木ノ、細キ小枝ノ有ルヲ引へテ居タル也リケリ。少シモ動力バ よ みじか み ひのなん ひか いでき そ つひ さはめ・ な き えだな ひか みづ・おもて さぐり き みもの くキ ) もの
と・も おとうと いレ」け、つ ゆき おのまかりこころみ 一珍しいこと。不思議なこと。 弟、「糸希有ナル事ニコソ侍ナレ。己レ罷テ試ム」ト云テ、灯シニ行ニケル、 一一連体形の中止的用法。 カ はやしあた すぎ そおとうとな もとーあに なよび 三「ヱセ」は、多く名詞について、 彼ノ林ノ当リヲ過ケルニ、其ノ弟ノ名ヲバ不呼ズシテ、本ノ兄ガ名ヲ呼ケレバ 見かけは似ているが中味は違う意 おとうとそよ こゑきき かへり ききたまひ を表す。にせ者。 + 弟其ノ夜ハ其ノ音ヲ聞ツルニテ返ニケリ。兄、「何カニゾ、聞給ッヤ」ト 四兄上のお名前。「其ーは対称の 第 まこと とひ おとうとまこと一ぶら ゅゑ さぶらふ 巻問ケレバ、弟、「実ニ候ヒケリ。但シ、ヱセ者ニコソ候メレ。其ノ故ハ、実ノ人代名詞。 五 五兄上かわたしかの区別もっか さとら おのれな よぶべ そこのみな なほよ 著一ぶら ないほどの者だから。 語鬼神ナラバ、己ガ名コソ可呼キニ、其御名ヲコソ尚呼ビ候ヒッレ。其レヲ不悟 六 六射当てて、正体をつきとめて 昔 ばかりもの あすよまかり かならいあらは みたてまっ 今ヌ許ノ者ナレバ、明日ノ夜罷テ、必ズ射顕シテ見セ奉ラム」ト云テ、其ノ夜ハご覧にいれましよう。 セ次の夜。翌晩。 あけ ^ 昨夜。↓二四六ハー注七。 明ヌ。 九弓に矢をつがえ、いつでも射 またよやぜんごとゆきひ 亦ノ夜、夜前ノ如ク行テ火ヲ燃シテ其ヲ通ケルニ、女手ナル時ニハ呼ビ、弓れるように準備して。 一 0 逆になっているのに、声の主 とき むま くらおろし むまさか一まおきさか一まのり 。いつも通りに右側と思ったの 手ナル時ニハ不呼ザリケレバ、馬ョリ下テ鞍ヲ下テ、馬ニ逆様ニ置テ逆様ニ乗 九 であろうか よ もの おも ゅむで や ほぐしかけ テ、呼プ者ニハ女手ト思ハセテ、我レハ弓手ニ成テ、火ヲ焔串ニ懸テ、箭ヲ番 = 「推量テ」の意。 三手応えがあったように思われ とき まうけすぎ こゑおしはかり おもひ さきごとあになよび ヒ儲テ過ケル時ニ、女手ト思ケルニヤ、前ノ如ク兄ガ名ヲ呼ケルヲ、音ヲ押量て。↓二六三ハー注一九。 一三声のする方を右側にして。 むま しりこた おば のちくられい ゃうおきなほ 一四矢が命中したかしなかったか。 テ射タリケレバ、「尻答ヘッ」ト思エテ、其ノ後鞍ヲ例ノ様ニ置直シテ、馬ニ 一五夜が明けるやすぐに。 のりめて すぎ こゑ いへかへり 一六たぬき・むじな類の一種、ま 乗テ女手ニテ過ケレドモ、音モ不為ザリケレバ、家ニ返ニケリ。 たは古称か。↓本話解説。 ここち とひ おとうとこゑつきいさぶらひ 宅矢が貫通して野猪が木にはり 兄、「何ニカ」ト問ケレバ、弟、「音ニ付テ射候ツレバ、尻答フル、い地シッ。 おにがみ で こと はべる と ただ わ そことほり おり そ もの なり ひ しりこた とき よ ゅむ つが
今昔物語集巻第二十七 306 だいふ 一年号または年時の明記を期し た欠字。 △「。昔、 t 凵凵ム比、春日ノ宮司ニテ中臣ノ凵ト「ムフ者有ケリ。其レガ甥ニ ニ春日神社 ( 藤原氏の氏神、奈 そちう もとめ ものあり ちうだいふ四 中大夫ロト云フ者有ケリ。其レガ馬ノ食失タリケレバ、其レ求ムトテ、其ノ中良市春日野町所在 ) の神官。 三中臣某の名の明記を期した欠 な そすところな じうしやひとりぐ 大夫、従者一人ヲ具シテ、我レハ胡録掻負テ出ニケリ。其ノ住ム所ノ名ヲバ奈字。↓本話解説。 四中大夫の名の明記を期した欠 ひむがしやまぎま ちうだいふそ ところなり きゃうみなみみはし 良ノ京ノ南ニ三橋ト云フ所也ケリ。中大夫、其ノ三橋ョリ出テ、東ノ山様ニ字。↓本話解説。 五草をたべあさりながら遠くへ つきょ もと にさむじふちゃうばかりゆき 行って帰ってこなかったから。 、日モ暮畢テ夜ニ成ニケリ。ヲポロ月夜ニテ 求メ入テ、二三十町許行ケレバ ↓二〇八ハー注一一。 六 あり セ現在の大和郡山市三橋町。 ゾ有ケル。 一 0 ^ 馬が草を食いながらその辺に やにけんばかりあ みあるき ほど むまはみたて 、まー ) 6 いカ 馬ャ食立ルト見行ケル程ニ、本ノ大キサ屋二間許ハ有ラムト見ュル程ノ榲ノし。 九根元の太さ。 みつけ ちうだいふこ いったんばかりの たけにじふぢゃうばかりあり 一 0 家の柱の間、二間隔分ぐらい。 木ノ長二十丈許有ケル、一段許去キテ立リケレバ、中大夫此レヲ見付テ、 格的な狐の登場は本話から始る。春日の宮司中臣某の甥中大夫が馬を見失って捜し回っている うちに、見聞きも知らぬ杉の巨木を発見し、不審に思って主従ともども一矢を射立てた。とこ ろが、案の定狐の化けた幻の巨木で、翌朝その地に老狐が射殺されていたという話。前話の野 猪の失敗譚のあとを受け、モチーフの類似した老狐の失敗譚を配したもの。なお、橘健二氏は 本話に登場する春日の宮司中臣某に近秀または有助、中大夫に有兼を擬して、本話の発生を永 久四年 ( 一一一六 ) ごろから保安三年 ( 一一 = = ) 五月の間と想定している ( ↓橘健二「今昔物語集成立年 時〈保安元年以後説〉についての一傍証」国語国文・第三〇巻第五号 ) が、論証方法に難があ り、容易に首肯しがたい もとおほ むまはみうせ 六 ゃなぐひかきおひ くれはてよるなり たて みはし そ み ほどすぎ
ひらきちひさきかめくちくじり こがねひやくりゃうとりいだ かみとら かみ 開テ、小瓶ノロヲ第テ、金百両ヲ取出シテ持行テ、守ニ取セタリケレバ、守 = = たんまり財産を作って。 ニ三「便」の字音を借りて「美々シ おろかなり えもいはかへりみ なかなかみちのおくくにあら 喜・フナド云へバ愚也ヤ、艶ズ顧ケレバ、中々陸奥ノ国ニ有マショリハ、 吉テ クテ」に当てたものと解すれば、 はなやかなさまでの意。 有ケリ 一西底本空格を欠くが、「有ケル」 などの欠脱が予想される。 しかあひだみちのおくくに 一きにむはて よ とくつき きゃうのばり きゃう 而ル間、陸奥ノ国ョリハ前ニ任畢ニケレバ、吉ク徳付テ、京ニ上ニケリ。京一宝↓田三八ハ , 注 ニ五 ニ六天皇の御代が代って。 もち こがねおほ うどねりなり ニ :. ほど ニテモ金ヲシ多ク持タリケレバ、便々シクテ一 =. 。程ニ、内舎人ニ成ニケリ。然毛関守の役職の明記を期した欠 テ、公ニ仕リケルニ、代替リテ、不破ノ関ノ凵ト事ニ成テ、彼関ニ下 = 〈国司が任期中に上京すること。 ニ八 「ハ」は強意で、おぬしは ( わ せきかた かのみちのおくかみなかのばりいふこと きたかたむすめ かみ しなどにではなく ) お上にお仕え テ、関固メテ居タリケル程ニ、彼陸奥ノ守ノ中上ト云事シテ、北ノ方娘ナド上 ニ九 すべき人だったのだなの意。 ところ このせきかた きかかり おほやけつかまつるべきもの 四セケルガ、此関固メテ居タル所ニ、来懸タリケルヲ、「公ニハ可仕者ニコソ三 0 「通ラン ( ム ) ト為ルヲモ不通 三 0 十 サ」の短絡とみておく。 あり いひとほ する とほ ( さ ) ずかへ 語有ケレート云テ通ラントシケルヲ、通サンヤハ為ルヲモ不通サ、返ラント為三一追いつめて途方に暮れさせて。 三四 富 三ニ漢字表記を期した欠字。該当 かへさず おひまど せきおき三ニ うれまう たちまちさた 金ヲモ不返シテ、追迷ハシテ、関ニ置テロケレバ、愁へ申シケレドモ、忽ニ沙汰語は特定し得ないが、責めさいな 三五 付 んでの語意が想定される。 なか ほど ぶどもみなすて よ むまどもみなほしころ はぢみ 人モ無リケル程ニ、夫共モ皆棄ツ、逃ニケリ。馬共モ皆干殺シテ、吉ク恥ヲ見セ = = 愁訴の意。 守 三四すぐに聞き届けられることも せめ なかったうちに。 陸責テケリ 付 三五人夫。「棄ツ、」は、人夫が一 しか あながちにくむ ものなりまたぶつじんかご あり おもひか 然レバ、人ノ為ニハ、強ニ不悪マジキ者也。亦、仏神ノ加護ャ有ケン、不思人二人と守を見捨てて逃亡した意。 三六 1 けずこがねみつけ それさきざきふくほうよりて あ 懸、金ヲ見付テ、豊ニ成テゾ有ケル。其モ前々ノ福報ニ依コソハ有ラメ、トナ三六前世の福報。↓一五八ハー注一三。 一九 よろ、一 あり 0 0 ひとため ゆたかなり ほど あり つきづき もてゆき す のば びび
今昔物語集巻第二十七 268 ひとのめしにてのちもとのをうとにあふことだいにじふご 人妻死後会旧夫語第二十五 本話の典拠は末詳。貧なるがゆえに妻を捨て、国守の従者となって任国に下向した男が、旧 妻を思う切々の情から、任終るや早々に旧妻の廃屋を訪れて懐抱の一夜を明かしたが、翌朝白 日下に見る旧妻はミイラ化した死体であったという話。隣人の説明から、夫を恋死にした旧妻 せいそう ・了ルばく の魂魄の仕業と知ったというが、幽怪悽愴の気話中に横溢し、本集怪異説話中の一白眉。前話 末の結語を受け、幽鬼が人に現じて旧夫にまみえた怪奇譚を配したもの。直接関係の有無につ うげつものがたり いては即断しがたいが、『雨月物語』二の一浅茅が宿は部分的趣向において相似する。また、怪 異性を除けば、相思の妻を捨てた夫の思い、別離後の妻の零落、再会時の悲劇的叙述など、一 話の雰囲気としては巻一九第五話を想起させるものもある。なお、生人が幽鬼となった白骨の せんとうしんわ 愛人をそれとは知らずに懐抱するモチーフは、『剪燈新話』二の四牡丹灯記や、それを翻案した とぎばう一一 『伽婢子』三の三牡丹灯籠一系の怪談でなじみ深いもの。 一「青侍」に同じ。若く身分の低 い侍。↓二五〇ハー注一。 ニ「有付ク」は、住み着く意から ほど なまさぶらひとしごろみまづし いまはむかしきゃうあり 転じて、暮しを立てる意。世渡り 今昔、京ニ有ケル生侍、年来身貧クシテ、世ニ有付ク方モ無力リケル程ニ、 のすべもなくていた時に かみあひ かさぶらひとし′ ) ろこ くにかみなり ひと四 おもひかけ 不思懸ズロノロト云ケル人、ロノ国ノ守ニ成ニケリ。彼ノ侍、年来此ノ守ヲ相 = 姓名の明記を期した欠字。 四国名の明記を期した欠字。 かたな かくきゃうありつ かみ かみもとゆき 知タリケレバ、守ノ許ニ行タリケレバ、守ノ云ク、「此テ京ニ有付ク方モ無ク = 少々の面倒ぐらいはみよう。 しり よ ありつ かたな