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検索対象: 完訳日本の古典 第31巻 今昔物語集(二)
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1. 完訳日本の古典 第31巻 今昔物語集(二)

らに馬を走らせて消え失せろ」と命じると、守の言う通り つけたまま都まで上ってしまった。馬は無事連れ上ったの うまや に全速力で逃げ去ってしまった。 で、頼信朝臣の厩に入れた。 盗人も頼信の一言に恐れ入って人質をゆるしたのであろ すると、ある人が頼信朝臣の子の頼義の所に来て、「あ 五 十う。これを思うと、この頼信の武威というものはまことに なたのお父上の所に、今日東国から名馬が届けられました 第大したものだ。 よ」と教えた。これを聞いた頼義は、もし自分が黙ってい みたけ あの人質に取られた子供は、その後成人して金峰山に行 たなら、その馬はきっとつまらぬ奴にもらわれてしまうだ 集 みようしゅう 語き出家して、ついには阿闍梨となり、名を明秀と称した、 ろう。そうならないうちに自分が行って見て、本当に名馬 昔とこう語り伝えているということだ。 なら自分がぜひもらってしまおうと思い、父の家に出かけ 今 て行った。雨がひどく降っていたが、この馬がどうしても 源頼信の朝臣の男頼義馬盗人を射殺す語 一目見たかったので、豪雨をものともせず夕方訪れると、 第十一一 父は子を見て、「どうして長いこと来なかったのか」など 言いかけて、ふと、「なるほど、この馬が来たと聞いたも こうちのぜんじみなもとのよりのぶのあそん 今は昔、河内前司源頼信朝臣という武人がおった。 のだから、それをもらおうと思って来たのだろう」と気が この頼信朝臣が、東国で名馬を持っていると聞いた人のも つき、頼義がまだ何も言い出さぬ前に、父は、「東国から とに、その馬をゆずってもらえないかと言ってやったとこ 馬を持って来たという報告は受けたが、わしはまだ見てお ろ、馬の持主は断りかねて都に上らせることにした。さて、 らぬ。馬をよこした者は名馬だと言っておる。だが、今夜 都に引いて来る道中、一人の馬盗人がこの馬を見てどうに は暗くて何も見えまい。明朝見て、気に入ったらすぐ持っ もほしくてたまらず、なんとかして盗もうと思い、そっと て行け」と言う。頼義は自分から言い出す前にこう言われ すき 馬のあとをつけたが、馬に付き添っている武士たちが隙を たのでうれしく思い、「では今夜はここで父上の御宿直を 見せないので、盗人は道中では盗むことができず、あとを仕り、明朝拝見いたします」と言って泊ることにした。宵 ( 原文七〇ハー ) あじゃり よりよし

2. 完訳日本の古典 第31巻 今昔物語集(二)

の間は雑談などし、夜がふけたので親は寝所にはいって寝子は、「わが父は必ず追って前に行っておられるだろう」 た。頼義もわきに寄って横になった。 と思い、それに遅れまいと馬を走らせて行く。賀茂川原を こうしているうちにも、雨音はやまず降りしきっていた。 過ぎると、雨もやみ空も晴れてきたので、一段と馬を早め 真夜中ごろ、雨にまぎれて馬盗人が忍び込み、この馬を引 て追って行くうち逢坂山にさしかかった き出して逃げ去った。その時、厩の方で下人が大声をあげ この盗人は盗んだ馬に乗り、もう逃げおおせたと安心し、 逢坂山のわきに水が流れている所をあまり走らせもせず、 て叫んだ、「昨夜連れてまいった御馬を盗人が盗んで行っ ばしやばしやと水音を立てて馬を歩ませて行った。頼信は たそ」。頼信はこの声をほのかに耳にするや、近くで寝て これを聞きつけ、、 しちめん真っ暗で頼義がそこにいるかい 十いる頼義に、「あの声を聞いたか」と呼び掛けもせず、は しり ゃなぐい ないかもわからないのに、まるでどこそこの場所で射殺せ 語ね起きると同時に着物を引き寄せ尻からげし、胡をかき と前もって示し合せてでもいたように、「射よ、あれぞ」 殺負い、厩に走ってみずから馬を引き出し、目の前の駄鞍を おうさかやま と叫ぶ。その一一 = ロ葉も終らぬうちに弓の音が響いた。手ごた を置くやそれに飛び乗り、ただ一騎逢坂山指して追って行く。 あぶみ えあったと聞くと同時に走って行く馬の鐙が人の乗らぬ音 盗胸中、「この盗人は東国の奴で、あれが名馬だと見て盗も うとあとをつけて来たが、道中ではよう取れず、京まで来でからからと聞えたので、また頼信は、「盗人ははや射落 したそ。すぐに馬に追い着き、馬を取って来い」とだけ命 男て、この雨にまぎれて盗んで逃げたのだろう」と見きわめ じて、取って来るのをも待たず、そこから引き返して行っ 臣て、このように追って行くのであろう。 た。そこで、頼義は馬に追い着き、馬を取って帰って来た。 の一方、頼義も下人の叫び声を聞き、父が考えたのと同じ その帰途、この出来事を聞きつけた郎等共が一人、二人と 頼ように判断し、父にこうと告げもせず、まだ昼装束のまま 源 横になっていたので、起きるや否や父と同様、胡をかき次々にやってくるのに出会った。京の家に帰り着いた時に 負い、厩にある逢坂山目ざしてただ一騎追って行く。父 は二、三十人になっていた。頼信は家に帰り着き、ああだ は、「わしの子は必ず追って来るだろう」と思っている。 た、こうだったということは一言も口にせず、まだ夜明

3. 完訳日本の古典 第31巻 今昔物語集(二)

馬に鞍を置き、引き出して来て押しつけた。男は胸も〔っ馬から飛び降り、抱き乗せて行こうと思うほどいとしい気 がしたが、 ぶ〕れるような気がしたが、みずから言い出したことなの 「待てよ、ここにこういう者がいるはずはない しり で、この馬の尻の方に油をたつぶりと塗り、腹帯をきつく てつきり鬼であろう。このまま通り過ぎよう」とひたすら 絞めて鞭を手首に通し、軽装して馬にまたがり、出かけて 自分に言い聞かせ、目をふさいで馬を走らせた。この女は、 行った。やがて橋のたもと近くにさしかかると、胸が〔っ男が今に何か言い掛けるだろうと思って待っていたのに、 ぶ〕れて、気分も悪くなるような恐怖に襲われたが、今更声も掛けず通り過ぎて行ったので、「もし、そこなお方、 引き返すわけにもゆかず進んで行くうち、日も山の端近く どうしてそんなにつれなく行ってしまわれるのです。思い なって、なんとなく心細い。まして、場所が場所なので、 もよらぬこんなひどい所にわたしは捨てて行かれたのです。 せめて人里までお連れくださいまし」と呼び掛けたが、し 十人の気配もなく、村里も遠くに見やられ、人煙もはるかか まいまで聞こうともせず、髪も身の毛も太くなるような気 語なたにかすんでいる。どうしようもなくわびしい思いをし らながら行くうち、橋の真ん中辺に、遠くからは見えなかっ がして、馬に鞭打って飛ぶように逃げて行くと、後ろで、 、人が一人立っている。 女の、「なんとまあ、つれない」と叫ぶ声が、大地をゆる をたカ がすように聞えた。そしてあとを追って来る。「やはり鬼 鬼あれが鬼だな、と思うと胸さわぎを覚えたが、見れば だったのか」と思い、「観音様、お助けください」と念じ 橋〔なよ〕やかな薄紫の衣に濃い紫の単衣を重ね、紅の袴を て、驚くほどの駿馬に鞭打って疾駆すると、鬼は走り掛り、 安長やかにはいて、手でロを覆いなんとも悩ましげなまなざ 馬の尻に手を掛け手を掛け引き止めようとしたが、油が塗 国しをしている女がいた。こちらを物思わしげに見やってい ってあるので、引き〔はず〕し引き〔はず〕しして、どう 江る様子も哀れげである。茫然とだれかに置去りにされたよ 近 してもっかまえることができない うな様子で、橋の欄干に寄り掛っていたが、人の姿を見て、 男は馬を走らせながら後ろを振り向くと、顔は朱色で、 7 恥ずかしそうにしながらも、うれしく思っている様子であ る。男はこれを見ると、すっかり前後の見境がなくなり、 円座のように大きく、目が一つついている。丈は九尺ばか くら

4. 完訳日本の古典 第31巻 今昔物語集(二)

思いがする。不言不語の間に完全な意思の疎通をみた頼信父子の一体的行動は驚嘆に値し、そ 0 の相互信頼と日常的鍛錬のほどをうかがうに足るが、視角を変えれば、東洋的、日本人的意識 の特質とされる以心伝心の妙を典型的な形で具体化した話ともいえそうである。 五 十 第 一↓五七ハー注一。 いまはむかしかうちのぜんじみなもとのよりのぶのあそむいふつはものありニ あづまよ 巻 ニ頼信に直接経験を回想する 今昔、河内前司、源頼信朝臣ト云兵有キ。東ニ吉キ馬持タリト聞ケル 五 「キ」が付されていることに注意。 このよりのぶのあそむこひやり むまめしいなびがた みち そのむまのばせ ロものもと ただし、典拠よりの転載であろう。 褫者ノ許ニ、此頼信朝臣乞ニ遣タリケレバ、馬ノ主難辞クテ其馬ヲ上ケルニ、道 昔 六 三東国。関東。 むまめすびとあり ほしおもひ かまへめす おもひ 今 四「持チアリ」の約。 ニシテ馬盗人有テ此ノ馬ヲ見テ、極メテ欲ク思ケレバ、「構テ盗マム」ト思テ、 五都へ上らせる意。 ひそかっきのばり めすびとみち むまっきのばつはものどもたゆことな 蜜ニ付テ上ケルニ、此ノ馬ニ付テ上ル兵共ノ緩ム事ノ無力リケレバ、盗人道ノ六何とかして盗もう。 セ馬なのでかかる表現をとった あひだ よりのぶのあ えとらず きゃう むまゐてのばせ めすびとのばり 間ニテハ否不取シテ、京マデ付テ、盗人上ニケリ。馬ハ将上ニケレバ、頼信朝もので、収容したの意。 ^ 頼信の長男。↓七五ハー注一一。 そむむまやた 九話者の立場からは「汝ガ」とあ 臣ノ厩ニ立テッ。 るべきであるが、頼義と話者の主 しかあひだよりのぶのあそむこよりよし わおやもとあづま けふよむまゐてのばり 而ル間、頼信朝臣ノ子頼義ニ、「我ガ祖ノ許ニ東ョリ今日吉キ馬将上ニケリ」客関係が混乱し、頼義に主体を置 いてしるした表現。 よりよしおも ひとっげ むまよしな ひと こひとられ しからめ ト人告ケレバ、頼義ガ思ハク、「其ノ馬由無力ラム人ニ被乞取ナムトス。不然一 0 いわれのない人。つまらぬ人。 = 心引かれる、ゆかしく思うの とり さきわゆきみ まことよきむま おもひおや 前ニ我レ行テ見テ、実ニ吉馬ナラバ我レ乞ヒ取テム」ト思テ、祖ノ家ニ行ク。 一ニ雨をもものともせず。 あめいみじふり むまこし ゆき さは ( ら ) ずゅふが 雨極ク降ケレドモ、此ノ馬ノ恋カリケレバ、雨ニモ不障ラ、夕方タ行タリケル一三「云ケルニ、次デニ」または 「云ケル次デニの意。どうして長 なひさし みえぎ ニ、祖、子ニ云ハク、「何ド久クハ不見リツルゾナド云ケレバ、次デニ、「此い間顔を見せなかったのかなどと ( 現代語訳三六四ハー ) おやこ む み つき そ きは 四 むまも きき 意。

5. 完訳日本の古典 第31巻 今昔物語集(二)

めのわらわ のほとりに、夕暮になると、若く見目麗しい女童が立って ったが、女童の姿は見えない 4 いて、馬に乗って京の方へ行く人があると、「あなたの馬 そのまま引き返して京の方に帰って来ると、女童が立っ の後ろに乗せて京へ連れ行ってください」と言うので、馬 ていた。滝口が通り過ぎるのを見て、女童が、「御馬の後 十に乗った人が、「お乗り」と言って乗せてやると、四、五 ろに乗せてくださいな」と笑みを浮べて人なっこく言う様 第町 ( 約四、五百メートル ) ほどは馬の尻に乗って行くが、に 子はかわいらしい。滝口が、「早くお乗り。どこへ行くの」 わかに馬から飛び降りて逃げて行く。追いかけると、狐に と尋ねると、女童は、「京へまいるのですが、日が暮れて 五ロ 一三ロ なって、こん、こんと鳴いて走り去ってしまう。 きたので、御馬の後ろに乗せてもらってまいろうと思いま 物 昔 こんなことがもう何度もあったと評判になったが、ある して」と言うので、すぐに乗せてやった。乗せるや否や、 今 くら 日、宮中の滝ロの詰所に侍たちが多く集って雑談の花を咲かねて用意のこととて、馬のロ縄で女童の腰を鞍にゆわえ かせているうち、この高陽川の女童が馬の尻に乗る話にな つけた。女童が、「どうしてこんなことをなさるのです」 った。すると、勇敢で、思慮もある一人の若い滝ロの男が、 と言うと、滝ロは、「連れて行って、今宵抱き寝をするつ 「このおれならその女童をきっとっかまえてみせる。どい もりだから、逃げられたら大変だと思ってね」と言って連 つもこいつもばやばやしているからだ」と一言う。血気盛んれて行くうち、すっかり暗くなった。 な口の滝ロ連中がこれを聞き、「なに絶対つかまえられは 一条大路を東に行き、西大宮大路を過ぎるころ、見れば、 たいまっ しないさ」と言うと、このつかまえると言った滝ロは、 東の方から松明をおびただしくともし連ね、車を何台も続 「それなら、明日の夜、きっとっかまえてここに引きずつ けて、大声で先払いしながらやってくる行列がある。滝ロ て来よう」と言ったので、他の滝ロ連中はわざと言い出し は、さてはしかるべき高貴の方の行列だろうと思い、引き たことではあり、「つかまえられはしない と言い張り、 返して、西大宮大路を南に下って二条大路まで行き、そこ っちみかど 口論になった。そこで、翌日の夜、だれも連れず、ただ から東に向い、東大宮大路から土御門まで行った。あらか いちもっ 人、すばらしい逸物にまたがって高陽川に出かけ、リ , を渡じめ従者に、「土御門の門の所で待て」と言っておいたの しり

6. 完訳日本の古典 第31巻 今昔物語集(二)

みよう」と言ったので、滝ロ共は、「今夜は二匹つかまえ滝ロの詰所に連れて行こうとすると、女童は泣いていやが 4 てこいよ」などとひやかしたが、この滝ロは言葉少なに出 ったが、無理に引きずり込んだ。 かけて行った。心中、「前の晩は狐め、おれにだまされた 滝ロ連中が、「どうした、どうした」と一一 = ロうので、「それ、 十から、今晩はよもや出て来はしまい 。もし出て来たら、一連れて来たぞ」と言い、今度は強く縛って押えつけておい 第晩じゅうでも縛りつけておくぞ。放そうものなら逃してし た。しばらくは人の姿をしていたが、ひどく責めつけると、 まうからな。もし出て来なかったら、今後永久に詰所には ついに狐の姿になった。それに松明の火をおつつけおつつ 語顔を出さず、家に引き籠っていよう」と決意し、今夜は選け、毛もなくなるほど焼き、〔蟇目〕の矢で何度も射て、 昔りすぐりの従者を大勢引き連れて馬に乗り、高陽川さして 「おのれ、今度からこんなことはするな」と言って、殺さ 今 出かけた。「つまらぬ意地立てで身を滅すことになろうやずに逃してやると、歩くこともできないほどだったが、や もしれぬなあ」と思ったが、みずから高一言したことゆえ、 っとのこと逃げ去った。このあと、滝ロは先日化かされて こうするほかはなかったのであろう。 鳥部野に行ったことを詳しく語った。 高陽川を渡ったが女童の姿はない。引き返して来た時、 その後、十日余りして、この滝ロはもう一度ためしてみ リのほとりに女童が立っていた。前の時の女童と顔つきが ようと思い、馬に乗って高陽川に行くと、前の女童が大病 違っている。だが、前のように、馬の尻に乗せてくれと言 を煩った者のような様子で川のほとりに立っていた。そこ うので乗せた。そして、前のように縄で強くゆわえつけ、 で前の時のように、「この馬の尻にお乗り、おねえちゃん」 京に向って一条大路を帰って行くと、暗くなったので、大と一言うと、女童は、「乗りたくはありますが、お焼きにな 勢の従者のある者には松明をともさせて前を行かせ、ある るのがたまりませんから」と言って消えうせた。 者には馬のわきに付かせなどして、あわてずに先払いの声 人を化かそうとして、まったくひどい目を見た狐ではあ を高く張り上げて進んで行ったが、今度はだれにも出会わる。この出来事は最近のことらしい。珍しい話なので語り なかった。土御門で馬から降り、女童の髪を引っつかみ、 伝えているのである。

7. 完訳日本の古典 第31巻 今昔物語集(二)

ているであろうに、そこをこの者たちに襲い掛られたら、 つかりとらえて轡を〔はめ〕る者もない。そこで、馬丁を 一人残らず皆殺しに射殺されてしまうは必定だ。いいか、 蹴倒して逃げる馬もある。あっという間に、 三、四十人ほ よく聞けよ、わしの一言葉によもやまちがいはあるまい。さ どの兵がその場で射倒された。なかには、馬には乗ったが、 れば、門を堅く閉じ、鳴りを静めておれ。わかったか、い 戦う気力を失い、鞍を打って逃げ出す奴もいた。こうして、 いな。ただ櫓に登って遠見を続けろ」と一言う。 沢胯を射取り首を切った。 さて、余五は、前方に物見を走らぜ、「沢胯の居場所を その後、余五は全軍を率いて沢胯の屋敷に向った。家の しかと突き止めて知らせよ」と言って出したが、それが走者共は、主君が凱旋してきたのかと思い、食物を調えて喜 り帰り、「これこれの丘の南側の沢めいた草原で、物を食んで待っている所に、余五の軍勢がなだれ込み、屋敷に火 ったり飲んだりして、あるいは寝込み、あるいは病人のよ を掛け、手向う者は射殺した。同時に家の中に人を入れて、 いちめがさ うになっています」と報告した。これを聞いた余五は喜び、沢胯の妻と侍女一人を引き出し、妻は馬に乗せ市女笠をか 「それ、思いっきり飛ばせ」と命ずるや、飛ぶように走る。 ぶらせて顔を隠してやった。侍女も同じようにして、余五 の馬の脇に立たせ、すべての建物に火を掛けて、「およそ 第その丘の北側から駆け登らせ、丘の上から南に斜面を駆け かさがけ グ降りる。下り坂なので、馬場のような野を、まるで笠懸を女であれば上下を問わす手にかけるな。男という男は見つ けしだい射倒せ」と命じたので、片っ端からみな射殺して を射るように、鬨の声をあげ鞭を打って、五、六十騎ばかり しまった。なかには、どうにか逃げおおせた者もあった。 諸が襲い掛った。 焼け落ちて後、日暮れごろになって兵を返したが、途中、 沢胯四郎をはじめ軍兵共は、あわてて起き上がり、これ よろい かの大君の屋敷の門に立ち寄り、使者をやって、「我みず 維を見て、ある者は胡を取って背負い、ある者は鎧を取っ 平 て着、ある者は馬に轡を〔はめ〕、ある者は倒れ惑い、あ からは御門内に参上いたさぬが、沢胯殿の妻女にはいささ かの恥もお見せいたさぬ。貴殿の御妹でおありゆえ、それ る者は弓矢を捨てて逃げ出し、なかには楯を取って戦おう とする者もいた。馬共は混乱に動揺して走り騒ぐので、し にはばかり申してまちがいなくお連れいたした次第であ とき わき がいせん

8. 完訳日本の古典 第31巻 今昔物語集(二)

って、すでに両軍射戦が開始されようとする時、良文の陣らいをつけて射ると、充はまさに落馬せんばかりに体を倒 から充の陣に使者を立てた、「今日の合戦は、互いに軍勢して矢をはずしたので、太刀の股寄せに当った。充はまた をもって射合うだけでは興味が薄うござろう。ただ、貴殿取って返し、良文の真ん中にねらいをつけて射ると、良文 とそれがしとの互いの手並を比べてみようではないか。そ はさっと身を〔かわし〕たので、矢は刀の腰宛に当った。 れゆえ、軍勢同士の合戦は中止し、ただ二人だけで馳せ合 また、馬を取って返して矢をつがい、互いに馳せ合いなが って、秘術を尽して射合おうと思うが、しかが思われる」。 ら、良文は充に、「互いに射た矢はみな〔はずれ〕る矢で 充はこれを聞き、「それがしもさように存ずる。さっそ はない。すべてど真ん中を射た矢だ。されば、ともに手練 く出てまいろう」と返事をやり、楯の所を離れ、ただ一騎のほどはよくわかった。ともに大したものだ。ところで、 かりまた 出て来て、雁股の矢をつがえて立った。良文もこの返答をわれらとも父祖以来の敵ではない。 もうこの辺でやめよう 聞いて喜び、郎等たちを押しとどめ、「ただわし一人、腕ぞ。ただ腕を競い合ったまでのことだ。しいて相手を殺す 必要はない」と言う。充はこれを聞き、「それがしも同感 三の限り射合うつもりじゃ。お前らは黙って見ておれ。もし じゃ。互いに手練のほどはわかった。もうやめたほうがい 語わしが射落されたら、その時は引き取って葬るようにせ い。では、兵を引いて帰ろう」と言い、双方軍勢を引き、 すよ」と言い、楯の中からただ一騎ゆったりと馬を歩ませて 帰って行った。 ~ 0 出て来た。 双方の郎等共はおのおのの主が馬を馳せ合い射合ったの 文さて、双方雁股の矢をつがえて馬を駆けさせる。互いし を見ていて、「今射落されるか、今射落されるか」と肝を 平まず相手に射させようとした。次の矢で確実に射取ろうと、 どうき つぶし動悸を打たせ、自分たちが射合って生死に臨むより 允おのおの弓を引き絞り馳せ違いざま矢を放つ。馳せ過ぎて、 源 また馬を取って返す。ついで、弓を引き絞ったまま矢は放も、かえって堪えがたく恐ろしい気がしていたが、このよ うに途中で射やめて帰って来たのを見て、はじめは不思議 たずに馳せ違う。両者馳せ過ぎて、また馬を取って返し、 また弓を引き絞りねらいをつける。良文が充の真ん中にね に思ったが、事の次第を聞いて皆喜び合った。昔の武人と こしあて

9. 完訳日本の古典 第31巻 今昔物語集(二)

らうどうどもこ ことききっ みちきたあひ きゃういへかへ 郎等共ハ此ノ事ヲ聞付ケテ、一二人ヅ、ゾ道ニ来リ会ニケル。京ノ家ニ返リ着足を掛けておく馬具。 一五前方に馬を走らせて ( 逃げる と にさむじふにんなり よりのぶいへかへ あり かく ケレバ、二三十人ニ成ニケリ。頼信家ニ返リ着テ、此ャ有ツル彼コソ有レ、ト馬に ) 追い着いて。 一六やってくるのに途中で出会っ いふことさらしらず いまあけぬほど よりよし もとやうまたはひいりね 云事モ更ニ不知シテ、未ダ不明程ナレバ、本ノ様ニ亦這入テ寝ニケリ。頼義モ、 宅こうだった、いや、ああだっ むま とりかへ らうどううちあづけね たと話題にすること。 取返シタル馬ヲバ郎等ニ打預テ寝ニケリ。 天まったく関知しないで。一言 そののちょあ よりのぶい よりよし・よ ) むま よ 其後夜明ケテ、頼信出デ、、頼義ヲ呼テ、「希有ニ馬ヲ不被取ル。吉ク射タも口に出さないで。 、】とかけ いださず そのむまひきいで 一九ここでは昨宵、昨晩の意。 リツル物カナ」ト云フ事、懸テモ云ヒ不出シテ、「其馬引出ョ」ト云ケレバ ニ 0 下句を踏まえた句で、上等な よりよしみ まことよ ひきいで むま あり たま 鞍をつけてやるなどとも言わなか 引出タリ。頼義見ルニ、実ニ吉キ馬ニテ有ケレバ、「然ハ給ハリナム」トテ、 一九 ったのに、の意。 とら よ ただよひ いは ) 三取テケリ。但シ宵ニハ然モ不云リケルニ、吉キ鞍置テゾ取セタリケル。夜ル盗一 = 馬盗人射殺の手柄に対する暗 黙の賞与。 ろくおも 第びと 一三引出物。褒美の品。 語人ヲ射タリケル禄ト思ヒケルニヤ。 ニ三「怪キ」は「者共心バへ全体に . 任 - あやしものどものこころ つはものこころ あり かたった かかる。編者を含む、武士以外の 貞怪キ者共心バへ也カシ。兵ノ心バへハ此ク有ケル、トナム語リ伝へタルト 者の常識に照らして、異質な頼信 安 罸ャ。 父子の心ざまをかく評したもの。 朝 義 頼 源 とり もの みなもとのよりよしのあそむあべのさだたふらをうつことだいじふさむ 源頼義朝臣罸安陪貞任等語第十三 ニ 0 ひとりふたり か つき くらおき とられざ あ よめす つき

10. 完訳日本の古典 第31巻 今昔物語集(二)

ごろくじふにんばかりおしかけ 一漢字表記を期した欠字で、 テ鞭ヲ打テ、五六十人許押懸タリ。 8 「ハゲ」または「ハメ」が擬せられる。 さはまたしらう はじめいく ) / 」もにはかおき - あがりこ あるいやなぐひとり 其ノ時ニ、沢胯ノ四郎ョリ始テ軍共俄ニ起上テ此レヲ見テ、或ハ胡録ヲ取テ馬のロに轡をかませて。 五 ニひどく動転させられて。 あるいよろひとりき あるいむまくつわ一 あるいたふまど あるいでうどすてにぐ ひも 二負ヒ、或ハ鎧ヲ取テ着、或ハ馬ニ轡ヲロ、或ハ倒レ迷ヒ、或ハ調度ヲ棄テ逃ル三「くくり」とよめば、くくり紐、 つまり馬をつなぎとめる紐に取り ものあ あるいたてとりたたか むまどもニ 〕ものあ ついて。「括」を「拈」の誤写とみて 者モ有リ、或ハ楯ヲ取テ戦ハムトスル者モ有リ。馬共ハドョミニドョマサレテ 集 「したたかニ」とよめば、しつかり ′、くめ・レ」め・ くつわ四 ものな くゑまろ とねり ロはしさわ 走リ騒ゲバ、括ニ取テ轡ヲロル者モ無シ。然レバ舎人ヲ蹴丸バシテ赴ル馬モ有馬を取り押えての意。 四「ハグ」または「ハム」が擬せら ときまにさむしじふにんばかりつはものやには あるいむまのりたたか 今 リ。時ノ間三四十人許ノ兵ヲ箭庭ニ射臥セッ。或ハ馬ニ乗テ戦ハムノ心モ無れる。↓注一。 五馬のロ取りの男。 くらうちにぐものあ さはまた いとりくびきり 六戦いに勝って。 クシテ、鞍ヲ打テ逃ル者モ有リ。然テ、沢胯ヲバ射取テ頸ヲ切ツ。 六 セしやにむに攻め入って。 そののちよごいくさそっ さはまたいへざまゆ いへものども わきみたたかひしえ 其後、余五軍ヲ率シテ沢胯ガ家様ニ行ク。家ノ者共ハ、「我ガ君ハ戦為得テ〈中古以降、婦人が外出時に用 うるし すげ いた笠。菅で凸字形に編み、漆を じきもつまうけよろこびまち ほど よ′ ) いくさどもぜひなうちいり やども 来ルカ」トテ、食物ヲ儲テ喜テ待ケル程ニ、余五ガ軍共是非無ク打入テ、屋共塗ったもの。「着セテ」は、かぶら せての意。 ひ っ むかもの いころ ひと さはまため にようばうひとりぐ ニ火ヲ付ケ、向フ者ヲバ射殺シテ、人ヲ入レテ、沢胯ガ妻ヲバ女房一人ヲ具シ九沢胯の妻を礼遇し、人目につ 九 かぬように配慮したもの。 ひきいだ むまの いちめがさき あらは み ( せ ) ずにようばう おなじゃう 一 0 身分の上下を問わず、手出し テ引出シテ、馬ニ乗セテ、市女笠ヲ着セテ、現ニモ不見セ、女房ヲモ同様ニシ をしてはならぬ。「手懸 ( 掛 ) ク」は むまかたはらたて およをむな やどもひみなっけ かみしもて 殺傷する意。 テ、余五ガ馬ニ傍ニ立テ、屋共ニ火皆付テ、「凡ソ女ヲバ、上下、手ナ不懸ソ。 一一男と名のつく者はすべて。 をとこい もの したがひいふせ みないころ 三目につきしだい、片っ端から 男ト云ハム者ヲバ、見ヱムニ随テ射臥ョ」ト云ケレバ、片端ョリ皆射殺シッ。 射倒せ そのなかそぞろ にぐものあり よせて 一三寄手の目をのがれて思いがけ 其中ニ不意ニ逃ル者モ有ケリ きた むちうち そとき み 0 かた一はし み し む あ こころな