祇園の別当感秀誦経に行なはるる語第十一・ 或る殿上人の家に忍びて名僧の通ふ語第十二 : 銀の鍛治延正花山院の勘当を蒙ぶる語第十三 : 御導師仁浄半物に云ひ合ひて返さるる語第十四 : 豊後の講師謀りて鎮西従り上る語第十五・・ 阿蘇の史盗人に値ひて謀りて遁るる語第十六 左大臣の御読経所の僧茸に酔ひて死ぬる語第十七 : 金峰山の別当毒茸を食ひて酔はざる語第十八 : 比叡山の横河の僧茸に酔ひて経を誦する語第十九 : 池尾の禅珍内供の鼻の語第二十 : 左京の大夫冂凵異名付く語第一一十一・ 忠輔の中納言異名付く語第一一十一一・ 三条の中納言水飯を食ふ語第二十三 : 穀断の聖人米を持ちて咲はるる語第二十四 : 弾正の弼源顕定閇を出だして咲はるる語第一一十五 : 安房守文室清忠冠を落として咲はるる語第一一十六・ 伊豆守小野五友が目代の語第一一十七 : 尼共山に入りて茸を食ひて舞ふ語第二十八 : 中納一言紀長谷雄の家に顕はるる狗の語第二十九 : ・ : 六 0 : ・ ・ : 三一一四 ・ : = 三七 ・ : 三三四 ・ : 三三五 ・ : 三三六 : 三三六 ・ : 三三九
人に知られぬ女盗人の語第三 : 世を隠るる人の聟と成る凵第四 : ・ 平貞盛の朝臣法師の家に於て盗人を射取る語第五 : 放免共強盗と為り人の家に入りて捕へらるる語第六・ 藤大夫ロ家に入る強盗捕へらるる語第七 : 下野守為元の家に入る強盗の語第八 : 阿弥陀の聖人を殺して其の家に宿りて殺さるる語第九 : 伯耆の国府の蔵に入る盗人殺さるる語第十 : 幼児瓜を盗みて父の不孝を蒙ぶる語第十一・ 筑後の前司源忠理の家に入る盗人の語第十二 : 民部の大夫則助の家に来たる盗人殺害の人を告ぐる語第十三 : 九条堀河に住む女夫を殺して哭く語第十四 : 検非違使糸を盗みて見顕はさるる語第十五 : 或る所の女房盗みを以て業と為し見顕はさるる語第十六 摂津の国の小屋寺に来たり鍾を盗む語第十七 : ・ 羅城門の上層に登りて死人を見る盗人の語第十八 : 袴垂関山に於て虚死をして人を殺す語第十九 : ・ 明法博士善澄強盗に殺さるる語第一一十・ : 紀伊の国の晴澄盗人に値ふ語第二十一・ ・ : 一毛三 ・ : 三七八 ・ : 三八 = ・ : 三八四 ・ : 三八六 ・ : 夭六 ・ : 三九一 ・ : 三九三 ・ : 三空 ・ : 三空 ・ : 三九八 ・ : 三究 四 00
しんのしこうてい 巻一〇震旦世俗部。秦始皇帝の話からはじまり、漢・唐の帝王話、孔子・荘子の話、武将の話、その他 を収める。 ぎようきえんのぎようじゃ 巻一一 ~ 巻ニ〇本朝仏法部。巻一一のはじめに本朝仏教の創始としての聖徳太子・行基・役行者の話を まうえ 置き、続いて奈良・・平安諸宗の祖師による仏法伝来譚、諸寺建立縁起譚、法会由来譚を連ねて本朝仏教の繁 栄を示し、巻一二の半ばから、仏 ( 諸仏像 ) の霊験譚に移り、そのあと、法 ( 諸経典 ) 霊験譚を巻一四までの 間に多数並べる。なかでも法華経霊験譚は二巻分を占める。巻一五は往生譚を集めているが、これも法霊験 譚とみてよい。巻一六は観音菩薩霊験譚、巻一七は地蔵菩薩ほか諸菩薩・諸天の霊験譚で、この二巻は僧 てんぐ ( 菩薩 ) の霊験譚の巻である。巻一八は欠巻だが、巻一九・二〇は出家機縁譚・天狗譚を含む因果応報譚の 巻である。 巻ニ一 ~ 三一本朝世俗部。巻二一は欠巻だが、天皇または皇室の話の巻とみられる。巻一三は藤原氏を ′ ) うりき 繁栄に導いた大臣たちの話を列伝的に並べる。巻二三は僧俗・相撲人の強力譚、巻二四は絵画・工芸・陰 陽・管絃・詩・歌等、王朝文化としての諸芸能の名人譚、巻二五は源平武将の武勇・合戦譚、巻二六は宿報 の巻とされ、人々が不思議な運命に遭遇する話を収める。巻二八は笑い話、巻二九は主として盗賊譚を収め 説る悪行の巻。巻三〇は主として恋愛・夫婦愛にかかわる歌話、巻三一は以上各巻に類属しえないもろもろの 話を収める。巻二六以下の話には日常的処世訓が付せられることが多い。 以上のように三国の仏法部・ 解世俗部はそれそれ所収話に多寡はあるものの、類別・配置に意識的対応が見られ、全体的に組織化されてい るといえる。 このような組織の中に、それに適応した内容をもっ話群が配置され、それらが一定の特殊な連想様式のも
が間男と示し合せ、夫を殺害しようとして失敗した話は巻二四第一四話にみえるほか、類似の 話題は現代でも日常的ゴシップとして新聞の社会面や週刊誌上をにぎわしている。馬を目当に そくいん 忍び込んだ盗人が惻隠の情に駆られて則助に密告し、その命を救った褒美として狙った名馬を 得たという成行きは、善因善果とはいえ、いささか皮肉でユーモラスな味がある。 一 0 毛色の種類はいろいろあるが、 普通は地肌が赤黒く、たてがみと 四 尾が赤茶色の馬。 のりすけ ものあり いまはむかしみんぶ ↓一三四謇注一。 今昔、民部ノ大夫「凵凵ノ則助ト云フ者有ケリ 六 一ニ今日明日のうちに。 がたいへかへき くるまやどりかたすみ をのこひとりさしいで ひねもすありきゅふ 終日行テタサリ方家ニ返リ来タリケルニ、車宿ノ片角ョリ男一人指出タリケ一三 ( 赴任する ) 国司のお供をして。 一四「罷」は「行く」の謙譲語。ここ をのこしのびまうすべことさむら み もの とひ のりすけこ 則助此レヲ見テ、「此ハ何ゾノ者ゾ」ト問ケレバ、男、「忍テ可申キ事ノ候では、京都から地方へ下る意。 十 第 一五何とかして。 と おも をのこきはめひそかまう のりすけ んフ也ト云へバ、則助、「疾ク云へ」ト云フニ、男、「極テ蜜ニ申サムト思フ一六中にはいり込んで。↓一八七 ハ注一一四。 ひとみなしりぞけ 杁なり 宅女房めいた女。ここでは、奥 告也ート云テ、人皆去ツ。 人 さんらしい女。 のらたま おのれめすびとさむら ちかよりささややう 来近ク寄テ私語ク様、「己ハ盗人ニ候フ。『此ノ乗セ給ヒタル栗毛ノ御馬ハ、極一〈漢字表記を期した欠字。該当 語は特定しがたいが、あるいは まかりのり けふあすあづまかたじゅりゃうづき まかりさ . 宀 0 ら・ いちもっ みたまへ 助 「エ ( 柄 ) 」か。 キ一物カナ』ト見給テ、今明日東ノ方ニ受領付シテ罷候フヲ、『此レニ罷乗テ 夫 一九女が男に鉾を持たせて。「鉾」 おもこころさむらひ みかどあきさむら おもひたま は、両刃の剣に長い柄をつけた武 部罷ラバヤ』ト思給へテ、『構へテ盗マム』ト思フ心ノ候テ、御門ノ開テ候ヒッ 民 器。槍の原形とされる。 うち みさむらひ おもとだち をむないでき をとこさむらひ いりたち ルョリ入立テ、隠レテ見候ツレバ、内ョリ御許立タル女出来テ、男ノ候ツルト = 0 きっと。間違いなく。 ニ一何かしでかそうとたくらんで 2 かたら いる様子。 語ヒテ、凵キヲ取セテコソ屋ノ上ニ登セ候ヒッレ。定メテ事セムト構ル まか なり か たいふ三 ぬす くりげ おほむむまいみじ
63 御導師仁浄云合半物被返語第十四 ひとゆめゅめあなかしこだいもんほふわうおほむわたりまゐりいる いとおそろしたへがたことなり ただげす 人努々、穴賢、大浹法皇ノ御辺ニ不参入ナ。糸恐ク難堪キ事也ケリ。只下衆一 0 検非違使庁は花山院御所から 約二・五もへだたる。わめき このことききたも ゐんきこめし あるべなり 一一テ可有キ也ケリ。此事聞持テヤ、ヲヰート叫ビケルヲ、院聞シ食テ、「此奴、声が聞える近さとなると、あるい は花山院の院の庁か。 あり おほせられたちまちめしいだ ろくたまひゆるされ 痛ク申シタリ。物云ヒニコソ有ケレ」ト被仰テ、忽ニ召出シテ、禄ヲ給テ被免 = 「努々」とともに「不参入ナ」と 呼応して、決して、絶対に、の意。 三「浹 . は暗愚の意で、大ばか法 一セ 皇の意。花山院は晩年常軌を逸し もの しか のぶまさもと ものい とくみ 然レバ、「延正、本ョリ物云ヒ也ケレバ、物云ヒノ徳見タル者カナ」トゾ人た行動が多かったので、かくあだ 名されていたものか。 ものい かぢ とく一九め ゆるさるやっ かみしも 云ケル。「鍛治ノ徳ニロ目ヲ見テ、物云ヒノ徳ニテ被免ル奴カナ」トゾ、上下一三殿上交わりなど考えるべきで はないぞ。 かたった ひといひ 一四呼掛けの語。おおい。 ノ人云ケル、トナム語リ伝へタルトャ。 一五小気味よいことを言いおった よ。 ゆる 一六引出物。「免ス」は解き放す意。 宅ロ達者のお陰でよい目にあっ たことだ。 一〈鍛冶師であるお陰で。 一九「ウ ( 憂 ) キ」の漢字表記を期し た欠字。↓五七ハー注一 0 。 た五 ま う 0 おほむだうじにんじゃうはしたものにいひあひてかへさるることだいじふし 御導師仁浄云合半物被返語第十四 にんじよう 本話の典拠は未詳。説経の名手で弁舌巧みだった導師仁浄が、御仏名に参内した時、召使女 八重に冗談を言い掛けて逆に言い返された話。その後、八重の名声はとみに高まったという。 仁浄と八重のユーモラスな掛合と、弁舌の達者が召使女に言い負かされた意外性に笑いのポイ ものい ものい み なり さけ こやっ ひと
すなははひかく のち たふれひとな ひとたふ 此レヲ踏テ、不倒ヌ人無力リケリ。人倒レヌレバ、即チ這隠レテ失ニケリ。後一 0 ふざけることが好きで。 = 悪口や憎まれ口をたたく癖の のち あり おなひとこ かへるかへ 々ニハ人此ク知ニケレドモ、何ナル事ニカ有ケム、同ジ人此レヲ踏テ、返々ルある者。 三そうとさえわかったなら。 たふ 一三宮中に仕えている女官。 倒レケル。 一四逢引のための訪問をいう。 しかあひだひとりだいがくしうあり もの いといたものわら もの 而ル間、 一人ノ大学ノ衆有ケリ。世ノ嗚呼ノ者ニテ、糸痛ウ物咲ヒシテ、物一五平たくなって。 一六無造作に頭に押し込んだだけ あり ひとたび あやまち そしすもの こがまひとたふこときき 謗リ為ル者ニテゾ有ケル。其レガ、此ノ蝦蟆ノ人倒ス事ヲ聞テ、「一度コソ錯の冠だったので。 宅あるいは「ヌ」は「ス ( ズ ) 」の誤 。し え たふ おしたふひとあり たふ テ倒レメ。然ダニ知リ得ナムニハ、押倒ス人有ト云フトモ、倒レナムヤ」ナド写か。 一 ^ こいつめ、こいつめ。 くらな ものい ほど だいがく うちわたりによ - つばうしり 一九漢字表記を期した欠字。該当 云テ、暗ク成ル程ニ、大学ョリ出テ、「内辺ノ女房ノ知タリケルニ物云ハム」 語は「ツブス」または「ヒシグ」。 ゆき こんゑみかどうち がまひら だいがくしう トテ行ケルニ、近衛ノ御門ノ内ニ、蝦蟆平ミテ居ケリ。大学ノ衆、「イデ然リニ 0 冠の頂上の後部に高く突き出 もとどり ・つがい ている部分。髻を入れ、笄を差す。 さやう ひと たばか ひらゐが 四トモ、然様ニハ人ヲコソ謀カルトモ、我レヲバ謀ラムヤ」ト云テ、平ミ居ル蝦三該当語は「ツブレまたは「ヒ 一七 第 シゲ」。↓注一九。すぐにもつぶれ おしいれ かむりなり かむりおち そかむり をどこゅほど なかったので、の句意。 蟆ヲ踊リ越ル程ニ、押入タリケル冠也ケレバ、冠落ニケルヲ不知ヌニ、其ノ冠 一三「蟾蜍」は蝦蟆に同じ。落ちた こやつひとたふ おの ふみ一九 倒沓ニ当タリケルヲ、「此奴ノ人倒スハ。己レハ己ハ」ト云テ、踏ロニ、巾子ノ冠を蝦蟆が出たと勘違いしてのの しった語。この図太いがま野郎は。 つよ ひきめすびとやっ 「盗人」↓六七ハー注一一四。 強クテ急トモ不ロザリケレバ、「蟾蜍ノ盗人ノ奴ハ、此ク強キゾカシート云テ、 ニ四 近 ニ三むやみに。やたらに。 うち ちからおこし むげふみいるとき ひとも さきたかむだちめ いでたま 無キカヲ発テ、無下ニ踏入ル時ニ、内ョリ、火ヲ燃シテ前ニ立テ上達部ノ出給ニ四↓二六ハー注一一・田三三ハー注八。 4 ・ 一宝「階」の当字。近衛御門の階段。 だいがくしうはしもとついゐ ニ六 ( 膝を突いて ) 平伏した。 ヒケレバ、大学ノ衆橋ノ許ニ突居ヌ。 な つよ ひとかしり ふみ しカ よ こと わ おのれ うせ ふみ ニ 0
( 現代語訳三四九ハー ) ひとあるじ 此レヲ見聞ク人、主ョリ始メテ、「糸」トハ不云デ、憾ミ咲ヒナムシケル。 漢方で止血剤として用いられた。 かたしれ ↓一一九ハー注一六。 をのこそら一四このみ かかしれごと やみまど ひと 本ョリ片白タリケル男ノ、虚ロヲ好ケレバ、此ル白事ヲモシテ、病迷ヒテ、人一 = このままでは意不通。漢字表 にくわらはれ なりそのち 記を期した空格が転写間に消滅し そら一五このみいは あり どうれいものども ニモ憾ミ被咲ケル也。其ノ後ハ、虚モ不好云デナム有ケレバ、同僚ノ者共、 たものとみる。↓一一九ハー注一六。 わら 一六同じ職場の仲間。↓二九二 其レニ付テモ咲ヒケリ。 ハ注六。 宅悪ふざけをしなくなったら、 おも かめくびしごすんさしい もの く↓っ、ーレ 此レヲ思フニ、亀ノ頸ハ四五寸ト指出ヅル物ヲ、ロヲ指ョセテ吸ハムトセムしなくなったで ( それを話題とし て ) 笑った意。 まさくはれやうあり よひとかみしもよしな そらニ 0 ニハ、当ニ不被咋ヌ様ハ有ナムャ。此レハ、世ノ人、上モ下モ由無力ラム虚天どう考えたって食いっかれな いはすはあるまい さるがくにさやう あやふたはぶごと とどむべ シテ、猿楽然様ナラム危キ戯レ事ハ、可止シ。 一九「こうした愚かなことは」と提 かかしれごと 示し、重ねてそれを具体化して、 にくわらはるをのこ あり かたった 四此ル白事シテ、被憾ミ咲ル男ナム有ケル、トナム語リ伝へタルトャ。 「 : ・然様ナラム危キ戯レ事ハ」と言 十 ったもの。 第 ニ 0 ↓注一五。 さんがく 語 三「散楽」の転。ここでは、即興 錯 侍 的なおどけた所作、冗談事の意。 家 章 原 藤 守 前 筑 一七 つき みき ちくぜんのかみふぢはらのあきいへのさぶらひあやまっことだいさむじふし 筑前守藤原章家侍錯語第三十四 ふじわらのあきいえ よりかた 本話の典拠は未詳。藤原章家の若年時代、その曹司で主従が会食した時、武名高き頼方が主 君章家のお下がりをうつかり器を替えずに食べて周囲から見咎められ、無作法に気づくや、度 を失って食べかけをもとの器に吐きもどすという失態を演じたため、多年の武名まですたれて こくわら
九 しにんがいこつおほ 第然テ其ノ上ノ層ニハ死人ノ骸骨ゾ多カリケル。死タル人ノ葬ナド否不為ヲバ 語 もんうへ 殺此ノ門ノ上ニゾ置ケル。 死 ことそめすびとひとかたり ききつぎかかたった 山此ノ事ハ其ノ盗人ノ人ニ語ケルヲ聞継テ此ク語リ伝へタルトャ。 関 於 袴 あ おもひおそろし ぬすびとこ 盗人此レヲ見ルニ、心モ不得ネパ、「此レハ若シ鬼ニヤ有ラム」ト思テ怖ケ一 0 手づかみで荒々しく引き抜く、 むしり取る意。 も あ おど あけ こころみ おもひやはと レドモ、「若シ死人ニテモゾ有ル。恐シテ試ム」ト思テ、和ラ戸ヲ開テ、刀ヲ = 巻二四第二四話にも見えるが、 羅城門の鬼の伝承は古代・中世に おうなてまど てすりまど おのれおのれ いひはしより 多く、当時鬼が住むとされていた。 抜テ、「己ハ、己ハト云テ走リ寄ケレバ、嫗手迷ヒヲシテ、手ヲ摺テ迷へバ 三 ( 鬼だと大変だが ) ひょっとし なん おうなかく とひ おうなおのれあるじ めすびと 盗人、「此ハ何ゾノ嫗ノ此ハシ居タルゾ」ト問ケレバ、嫗、「己ガ主ニテ御マシたら、ただの死者 ( 死霊 ) かも知れ 死霊でも霊鬼にならないも あっかひとな かくおきたてまつりなりそみぐしたけ ひとうせたま のは、さして恐ろしいものではな ツル人ノ失給ヘルヲ、繚フ人ノ無ケレバ、此テ置奉タル也。其ノ御髪ノ長ニ 一九 かったらしい あまりなが それめきとりかつら ぬなりたすたま ぬすびと 余テ長ケレバ、其ヲ抜取テ鬘ニセムトテ抜ク也。助ケ給へ」ト云ケレバ、盗人、一三腰差しの短刀。 一四ゃいやい、こいつめ、こいっ ばひと「り おりはしりにげさり しにんき きめおうなき きぬぬきとり 死人ノ着タル衣ト嫗ノ着タル衣ト抜取テアル髪トヲ奪取テ、下走テ逃テ去ニケめ。 一五手をすり合せてうろたえたか ら。命乞いをしたもの。 一六どこのどんな婆あがこんなこ とをしているのか。つまり老婆の 身元と髪を抜き取る意図を問いた だしたもの 宅世話をする人。面倒を見る人。 一 ^ 背丈に余るほど長かったから。 一九頭髪を補うための添え髪。か もじ。長い髪は美人の要件だった ので、良質の毛髪はかもじの材料 として高値で売れた。 ニ 0 白骨化した死体 ニ一火葬。埋葬。 ぬき さそうへ 0 はかまだれせきやまにしてそらじにをしてひとをころすことだいじふく 袴垂於関山虚死殺人語第十九 み しにん おき こころえ かみ ひとはうぶり えせぬ おはし かたな
にでろ・ ゅ びふくもんほどすぐあひだ めすびとかたはら 然テ、二条ョリ西様ニ遣セテ行クニ、美福門ノ程ヲ過ル間ニ、盗人傍ョリ一 0 東大宮大路から一一条大路を西 に向って。 くるまながえっき うしかひわらはう くるま わらはうしすてにげ ハラ / 、ト出来ヌ。車ノ轅ニ付テ、牛飼童ヲ打テパ、童ハ牛ヲ棄テ逃ヌ。車ノ = 大内裏外郭の南面、朱雀門の 一四 東にある門 しりぎふしきにさむにんあり みなにげい ぬすびとよりき くるますだれひきあけみ 三↓四九ハー注一一。 後ニ雑色一一三人有ケルモ皆逃テ去ニケリ。盗人寄来テ、車ノ簾ヲ引開テ見ルニ、 ぎっしゃ 一三牛車の前に長く並行して出た はだかさくわんゐ あき一まし めすびと おもひ さくわん 裸ニテ史居タレバ、盗人、「奇異」ト思テ、「此ハ何カニ」ト問へバ、史、二本の棒。 一四雑役に従う下男。 ひむがしおほみや かくのごとくなり きむだちよりき おのれしゃうぞく みなめ 「東ノ大宮ニテ如此也ツル。君達寄来テ、己ガ装束ヲバ皆召シッ」ト笏ヲ取一五ここでは先に出現した盗人を さす。本来は貴族の若い子弟の称。 よひとものまうやうかしこ ぬすびとわらひすて のち ノメートル テ、吉キ人ニ物申ス様ニ畏マリテ答へケレバ、盗人咲テ棄テ去ニケリ。其ノ後、一六長さ約三七、幅約六、 の木または象牙製の短冊状の板で、 さくわんこゑをあげうしかひわらはよび みないでき それ 元来は束帯の際に右手に持った。 史音挙テ牛飼童ヲモ呼ケレバ、皆出来ニケリ。其ョリナム家ニ返ニケル。 一九 盗人を丸め込むため、その笏を用 よしかたり そ まさり めすびと こころおはし 然テ妻ニ此ノ由ヲ語ケレバ、妻ノ云ク、「其ノ盗人ニモ増タリケル心ニテ御いてわざとばか丁寧な挨拶をして みせたもの。 わらひ まこといとおそろしこころなりしゃうぞくニ 0 みなときかくおき 宅身分の高い人。貴人。 六ヶル」ト云テゾ咲ケル。実ニ糸怖キ心也。装束ノ皆解テ隠シ置テ、然カ云ハ 天盗人はまんまと計られて、 第 、 ) ころ おもひ さらひとおもひょるべことあら 「もう先客がいたか」と笑い捨てて 語ムト思ケル、いバセ、更ニ人ノ可思寄キ事ニ非ズ。 立ち去ったのである。 謀 こさくわんきはめものいひ あり かたった 此ノ史ハ極タル物云ニテナム有ケレバ、此モ云フ也ケリ、トナム語リ伝へタ一九盗人に一杯食わせた夫の策略 としたたかさを、あなたは盗人ま 値 史ルト也。 さりだわ、とあきれるやら、感、い するやらで笑ったもの。 阿 ニ 0 「ヲ」に通ずる「ノ」。 さめこ や いでき にしぎまやら め こた なり いへかへり と し しやくとり
ところもちあげ 一四 へみかしらかたいっしやくばかりき またのち ツル所ヲ持上テ、フツリト咋切ツ。然レバ蛇ノ頭ノ方一尺許切レヌ。亦後ニ配慮されたとみられ、ここも、さ ふま っとすばやく引いた意。「踏フ」は つかみ あしもちあげまたくひきり またあしまき のこりまたくひきり 馴タリツルヲ足ヲ持上テ亦咋切ツ。然テ亦足巻タリツル残ヲ亦咋切ツ。此ク三踏み続ける、じっと踏む意。 一四擬声語。ものが瞬時に断ち切 くひきりくちばしもっくひ まへなげおき みぶるひうち つばさつくろひを れる時の音の形容。ぶつんと。 切レニ咋切テ觜ヲ以テ咋ツ、前ニ投置テ、身篩打シテ翼蹄シ、尾ナド打振テ、 三くわえては前にほうり出して。 っゅこと おもひ みもどもか 露事シタリトモ不思タラデ有ケレバ、此レヲ見ル者ノ共、彼ノ、「ヨモ、鷲蛇一六ここの「篩」は「震」の当字。身 震いをして。↓注一 0 。 とらかされ もの いみじことあ とらかされ ニ不被蕩ジ」ト云ツル者ハ、「然レバコソ。極キ事有リトモ被蕩ナムャ。此レ宅乱れた翼の羽を整えて。 一 ^ 少しも大仕事をしたとも思わ こと ものわう なほたましひほかけだもの ものなり ほののしり ない様子でいたから。何事もなか ハ物ノ王ナレバ尚魂ハ余ノ獣ニハ殊ナル者也」ナドテゾ讃メ隍ケル。 ニ四 ったようにケロリとしていたので。 おも へみたましひきはめおほけななりもと へみわ おほ 此レヲ思フニ、蛇ノ魂ノ極テ唏キ也。本ョリ蛇ハ我レョリ大キナル物ヲ呑一九本集中に頻出の副詞。会話・ 心中思惟部分にのみ用いられ、ほ いひなが わしおもかく きはめおろかなり とんどの場合、文末に「ジ」を伴う。 四ムトハ云乍ラ、鷲ヲ思ヒ懸ルガ極テ愚ナル也。 十 ここでは、一刀が一に・も・ : しよ、、た まさり もっしるべ ものかたむをか おも ろう、の意。 第然レパ人モ此レヲ以テ可知シ。我レニ増タラム物ヲ傾ケ犯サムト思ハム心ハ 語 ニ 0 予想や予言の適中をいう常套 かかへりわ いのちうし かたった ~ 亠ゅめゅめとどむべ 句。思ったとおりだ。 本努々可止シ。此ク返テ我ガ命ヲ失ナフ事ノ有ル也、トナム語リ伝へタルトャ。 知 一 = 本集巻五第一四話に鷲を鳥の 鷹 王、獅子を獣の王とするが、獅子 文 のいない日本的感覚として、ここ では鳥獣の王の意。 部 民 一三正字は「異」。違っている。 ニ三口々にほめそやした。 一西身のほどを知らない、身分不 相応、の意。 ひとこ みんぶのきゃうただふみのたかもとのあるじをしることだいさむじふし 民部卿忠文鷹知本主語第三十四 くひきり あり ニ 0 わ し ことあ なり 一九 うちふり ものの かみ わしへみ