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検索対象: 完訳日本の古典 第32巻 今昔物語集(三)
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1. 完訳日本の古典 第32巻 今昔物語集(三)

た。女は、いったい、どうするつもりだろうと不審に思っ得にもなりますまい。死ぬほど私をこき使われても、どう 4 たが、そのまま立って待っていると、男は引き返して来て、 せもうすぐこの世を去る身ですから」と言って泣き伏した。 うすべり その後、食べ物などを持って来て与えたが、まるで起き 女を中に連れてはいる。そして、薄縁を敷いた板敷にすわ 九 十らせたが、女は訳がわからず見ていると、この家の者が男上がろうともせず、まして口をつけようとさえしないので、 第に絹や布などを与えている。どういうわけだろうと思って主人も持て余してしまった。使用人共は、「なに、しばら いるうち、男はこれらの品を手にするや、逃げるようにし くの間は嘆き臥してもいましようが、そのうち起き上がっ 集 語て去って行った。 て食べることになりますよ。そのままにして見ておいでな 昔あとで聞けば、なんと男はこの主人の女をだまし、美濃さい」と口々に言ったが、幾日たってもまったく起き上が 今 国に連れて来て売り払ったのだった。そして、目の前で代る気配もないので、「とんだ奴に〔だまさ〕れたものだ」 価を受け取って行ったのだ。女はそうと知って驚きあきれ、と言っているうち、この女は連れてこられた日から数えて 「これはまた何としたこと。わたしにこうこう言って、山七日目に、とうとう嘆き死にしてしまった。そこで、家の 寺へ行こうと連れて来たのではありませんか。どうしてこ主人もつまらぬ目をみただけで終った。 思うに、口先でどんなうまいことを一 = ロおうとも、やはり んなことを」と泣く泣く訴えたが、聞き入れようともせず、 下賤な者の言うことに乗ってはならぬものだ。 男は代価を取ると、馬に乗って走り去った。 この話は、この家の主人が上京して語ったのを聞き伝え そこで、女は一人で泣いていたが、この家の主人は、女 て、まことに驚くべく哀れな話ではないかと思い こ , っ はもう買い取ったものだと思い、女に事情を尋ねた。女が り伝えているということだ。 これこれしかじかと今までの一部始終を語り、涙を流して 」冫したが、家の主人も聞き届けようとはしない。女はたっ た一人で、相談する者もなく、逃げ出すこともできないの 丹波守平貞盛児干を取る語第一一十五 で、泣き悲しんで、「わたしを買い取りなさっても、何の みのの

2. 完訳日本の古典 第32巻 今昔物語集(三)

くぐっ て、走って逃げて行った。守は不思議に思い、傀儡子共に やはり、もとの心がうせずに、このようなことをしたので あろう。 「これはいったいどうしたことじゃ」と聞くと、「この人は くぐっがみ 昔、若いころ、傀儡子をしておりました。それが、文字を これは、傀儡神というものが心を狂わしたのであろうと 八 十書き、書物をよんで、今は傀儡子もいたさず、かように出人は言い合った、とこう語り伝えているということだ。 第世して、この国の御目代になっていると承り、もしゃ昔の 心が失せずにいるのではないかと存じまして、じつを申せ 尼共山に入りて茸を食ひて舞ふ語第二十 1 = ロ かように御前にまかり出まして囃してみたのでござい 八 物 昔ます」と言ったので、守は、「そういえば、印を押し、肩 をゆする様子はまことにそのように見えたそ」と言った。 今は昔、京に住む木こり共が数人で北山に出かけたとこ 館の者共は、この目代が立ち上がり走り出て、舞い出した ろ、道に迷って、どう行っていいかわからなくなった。四、 のを見て、「傀儡子共が吹いたり歌い舞ったりしたのがお五人ほどの者が山の中にしやがみ込んで嘆いていると、山 もしろくて矢も盾もたまらず、立ち上がって舞い出したの奥から人が数人やって来た。「怪しいな。何者が来たのだ だろう。それにしても、こんなものをおもしろがるような ろう」と思っていると、尼さんたちが四、五人ほど盛んに 気配もなかった人なのに」など思い、いぶかしげに話し合舞い踊りながら出て来た。木こり共はこれを見て、ひどく っていたが、傀儡子共が、こう一言うのを聞いて、「そうか 恐ろしく思いながら、「尼たちがこんなふうに舞い踊りな てん この人はもと傀儡子をしていたのか」と合点した。 がらやって来たが、これらはよもや人間ではあるまい。天 その後は、館の人も国の人も、この目代を傀儡子目代と狗だろうか。それとも鬼神だろうか」など思って見ている あだ名をつけて笑い合った。評判は前より少し落ちたが、 と、舞っている尼たちがこの木こり連中を見つけどんどん 守は哀れに思い 、前のように使ってやった。されば、一国近づいて来たので、木こり共はひどく恐ろしい気がしたが、 の目代にもなり、昔のことは忘れてしまっていたのだが、 そばまで来た尼たちに、「尼さん方はいったいどういう方 ( 原文九九ハー ) やかた

3. 完訳日本の古典 第32巻 今昔物語集(三)

( 原文一一六四ハー ) た木の枝を切り降しなどする。もう一人の奴は、女が逃げ を見て、「お前は何でそう走るのか」と尋ねる。女が、「こ はせぬかと思し 、、、前に立って見張っていた。 れこれのことがありまして逃げているのです」と答えると、 女は、「決して逃げたりしません。だが、わたしは今朝武士たちは、「よし。そいつらはどこにいるか」と聞き、 からお腹をこわしてどうしようもないので、あそこに用足女の教えるままに馬を走らせて山にはいってみると、例の しに行きたいのです。すぐ帰って来ますが、ちょっとお待場所に柴が立ててあり、子供を二つ三つに引き裂いて逃げ 十ちくださいませんか」と言う。乞食が、「絶対だめだ」と去っていた。そこで、どうしようもなくそのままに終った。 女が、子はいとしいが乞食には絶対身をまかせまいと思い 第はねつけると、女は、「ではこの子を人質に置きましよう。 この子はわが身以上にいとしく思っている者です。この世子を捨てて逃げたことを武士たちはほめたたえたことであ る。 さの者は上下の区別なく、だれもみな子のいとしさは知って 殺 されば、下賤な者の中にも、このように恥を知る者はあ きいます。ですから、この子を捨てて逃げることは決してあ るのだ。こう語り伝えているということだ。 てりません。だが、ただどうしようもないほどお腹をこわし、 打ちょっとの暇もないくらいなので、さっきの所でも用を足 上総守維時の郎等双六を打ちて突き殺さ 六そうと思い、立ち止ってあなた方をやり過そうとしていた るる語第三十 等のです」と言ったので、乞食はその子を抱き取り、「まさ のか子を捨てて逃げはしまい」と思い、「それなら、早く行 かずさのかみたいらのこれときのあそん 今は昔、上総守平維時朝臣という者がおった。これは 維って帰って来い」と言う。女は、「遠くに行き、用を足す 、 ) れまさ 〔維将〕の子であるから、名うての武士である。だから、 総ように見せかけて、子を見捨て、そのまま逃げよう」と心 上 に決め、無我夢中で走って逃げるうち、道に走り出た。 公私にわたっていささかも不安に思われる点がなかった。 だいきに ところで、その郎等に、名はわからぬが通称大紀二とい ちょうどその時、弓矢を負い馬に乗った武士四、五人が 一団となってやって来た。女があえぎあえぎ走って来るの う者がおった。維時の配下には数多くの郎等がいたが、そ

4. 完訳日本の古典 第32巻 今昔物語集(三)

ひとっためしてみよう」と思いっき、古い〔酒〕に胡桃を体さえとどめなかった。守の郎等共はこれを見て驚き騒ぎ、 濃くすり入れて提に入れ、熱く沸かして国の者に持たせ、 「これはまたどうしたことだ」と言いながら、怪しがって おしき 自分は杯を折敷に載せて目の上に捧げ、うやうやしく守の大騒ぎをする。 その時、この介が言った、「あなたがたはこのことをご 御前に持って行った。すると、守が杯を取ったので、介は 提を取り上げ、守の持った杯に酒をつぐ。酒には胡桃が濃存じなかったのですか。守は寸白が人に生れ変ってこられ くすり入れてあるので、酒の色は白く濁っている。 たのですそ。胡桃がたくさん盛られているのをご覧になっ 守はこれを見て、ひどく不興気な面持で、「酒をやたら て、たいそうつらそうに思っておられるご様子を拝見し、 、つばいにそそいだな。この酒の色は普通の酒と違い、白わたしはかねて聞いておったことがありましたので、ため してみようと思い、あのようにいたしましたところ、こら 十く濁っているのはどういう訳だ」と尋ねる。介は、「この えられす溶けてしまわれたのです」。こう言って、国の者 第国では昔からの習慣といたしまして、守のご赴任の折のお をみな引き連れ、守の一行のことはそのままにして国に帰 出迎えの宴には、三年以上たった古い酒に胡桃を濃くすり 失入れ、国府の役人がお銚子を持って守の御前にまいりお酌って行った。守の供の者たちは今更どうしようもないこと なので、みな京に引き返した。そして、事の次第を語ると、 解をいたしますと、守がその酒をお召しになるのが定例にな じっております」と、もっともらしく答えた。これを聞くと守の妻子や親族の者たちはこれを聞き、「なんと、あの人 任 は寸白の生れ変りだったのか」とはじめて知ったのであっ 同時に、守の顔色は見る見る真っ青になり、がたがた震え っ ) 0 濃出した。 思うに、寸白もかように人に生れ変るものなのだ。この 白たが、介が、「これをお上がりになるのが定めでござい 寸 ます」と責め立てるので、守は震え震え杯を引き寄せたか話を聞く人はみな笑った。ともあれ、まことに珍しいこと なので、こう語り伝えているということだ。 と思うと、「わしはじつは寸白男じゃ。もう我慢できぬ」 と一一一口い さっと水になって流れうせてしまった。そして遺 一一口 ひさげ

5. 完訳日本の古典 第32巻 今昔物語集(三)

とが 名がついたのである。「へたに咎め立てをして、かえって助泥は十五人の名を書き出し、各人に一荷ずつあてて集め させるようにした。僧正は、「あとの十五荷の破子はだれ あだ名がついてしまった」と言って、基増は悔しがった。 に割り当てるつもりだ」とおっしやると、助泥は、「なに、 この基増は〔仁和寺〕の僧で、木寺に住んでいたので、木 八 十寺の基増というのであった。 助泥がおりますからは破子は全部集ったも同然でございま 第中算はすぐれた学僧であったが、また、このように機知すよ。わたし一人で全部整えることもできますが、人々に 言いつけよとのことですので、半分を人から集め、あと半 に富んだ物言いをする人であった、とこう語り伝えている 集 語とい , っことだ。 分をこの助泥が整えようと思います」と言う。僧正はこれ を聞き、「それはまことにありがたい。では、さっそく整 今 えて持って来るように」とおっしやった。助泥は、「なん 禅林寺の上座助泥破子を殃く語第九 のこれしきのことができぬ貧乏人があるものですか。めつ じんぜん そうもない」と言って立って行った。 今は昔、禅林寺の僧正と申す方がおわした。名を尋禅と もろすけ 申し上げる。この方は九条殿 ( 藤原師輔 ) の御子で、まこ 当日になり、人々に言いつけた十五荷の破子はみな持っ けんじんそうず て来た。だが、助泥の破子はまだ来ない。僧正が、おかし とに尊い行者であった。その弟子に、徳大寺の賢尋僧都と いな、助泥の破子は遅いぞ、と思っておられると、助泥が いう人があった。 はかますそ この人がまだ若いころ、東寺の入寺僧になり、拝堂式を袴の裾をたくし上げ、扇をばたばた使いながら、得意顔で わり′」 行うことになったが、大きな破子がたくさん必要なので、 現れた。僧正はこれをご覧になって、「破子の主、やって 師の僧正は破子三十荷ほど用意してやろうとお思いになっ きたな。えらく得意顔で来たではないか」とおっしやると、 じよでい こうぜん た。ところで、禅林寺の上座僧に助泥という僧がいたカ、 助泥は僧正の御前にまいり、昂然と頭を持ち上げてすわっ た。僧正が、「どうしたのか」とお尋ねになると、助泥は、 僧正はこれを召して、「しかじかのことに破子三十荷が必 「じつは、そのことでございます。破子五つは借りられな 要だが、人々にいって集めさせよ」とおっしやったので、 ぜんりんじ めし

6. 完訳日本の古典 第32巻 今昔物語集(三)

十歳ほどの幼い子供も一人います。これらの顔をもう一度やってきたのです」と言う。これを聞いて、この郎等は泣 いた。馬のロについていた者共も涙を流した。母は聞いて 見たいと思うのですが、その家の前を連れて通ってくださ いませんか。そうしてもらえれば、呼び出して顔を見よう泣きまどっているうち、気を失ってしまった。 九 だが、郎等はいつまでこうしてもいられす、「長々と話 十と思います」と言う。郎等は、「いともお安いことだ。そ 第れくらいのことなら何でもない」と言って、家の方に連れすでない」と言って、引っ立てて行った。そのあと、栗林 の中に連れ込んで射殺し、首を取って帰って行った。 て行く。書記を馬に乗せ、二人の男が馬のロを取り、まる 集 思うに、日向守はどのような罪をこうむったことであろ 語で病人でも連れて行くように、さりげない様子で連れて行 ゃなぐい うか。虚偽の文書を書かせるのでさえ罪が深いのに、まし 昔った。郎等はそのあとから、胡を負い馬に乗って行った。 今 さて、家の前を連れて通る時、書記は人を中に入れ、母て、書いた者を罪もないのに殺すなど、その罪の深さは思 いやられる。これは重い盗犯と同じだと、聞く人はみな憎 に、これこれしかじかと事の次第を言いやると、母は人に 寄りすがって門の前に出て来た。見れば、髪は灯心をのせんだ、とこう語り伝えているということだ。 たように白髪で、よばよばの老婆である。子供は十歳ぐら いで、妻が抱いて出て来た。書記は馬を止め、母を呼び寄 主殿頭源章家罪を造る語第一一十七 せて言った。「わたしは少しもまちがったことをしていま とのものかみみなもとのあきいえ 今は昔、主殿頭源章家という人がおった。武士の家柄 せんが、前世からの宿命で、命を召されることになりまし た。あまりお嘆きくださいますな。この子は、たとえ他人ではないが、ひどく荒つばい気性の持主で、昼夜を問わず、 明けても暮れても、生き物の命を断っことを仕事のように の子になったとしてもなんとか生きてゆけるでしよう。た だ、おばばがこの後どうなさるだろうと思うと、殺される していた。およそ、この章家の性格は人間とも思われぬこ とが多かった。 つらさよりいっそう悲しい思いがします。さあ、もう家に ひごのかみ この章家が肥後守として任国にいた時のこと、非常にか おはいりください 。もう一度だけお顔を拝見したいと思い

7. 完訳日本の古典 第32巻 今昔物語集(三)

な顔をしてこの手引の侍を呼んだが、出て来ない。すると、 これといって取り出すべきめばしい物もない。そこで、何 からびつ 車宿りの方で何かうめき声がする。何だろうと思って行っ もはいっていない大きな唐櫃が一つあったのを、この新参 てみると、この侍が車宿りの柱に縛り付けられていた。筑の侍が二人してかつぎ出した。そのうち、延焼もせず火は 九 十後前司は、「これは手引しそこなって、盗人に縛り付けら 消えたので、筑後前司は運び出した家財道具の置いてある 第れたのだろう」と思うと、おかしくなったが、「お前、ど所に行ってそっと立っていると、それとも知らず、二人の うしてこんな目に会ったのか」と聞くと、侍は、「昨夜は 侍は大唐櫃の錠をねじ切り、中を開けて見たところ、何も 語 いった盗人が怒って、このように縛り付けて出て行ったの はいっていなかった。二人は顔を見合せて、「この家は何 物 昔でございます」と答えた。筑後前司は、「こんな何一つな もない家だ。この唐櫃だけを当てにしていたが、これもか 今 い家と知りながら、その方々がおいでになったのはロであらつばで何もはいってない。おれたちもこのまま使われて たが【き . 」」第」そのままに終った。それからは、ここは いたところで、ろくなものはもらえそうにもない主人だそ。 何もない家だということで、盗人もはいらなくなった。こ何の頼みにもならぬわ。さあ、おさらばしようぜ」と言っ んな訳で、近ごろの人の心とはやはり違っている。かの手て、袖を連ねて逃げ去った。そこで、この唐櫃は女がかっ 引した侍はいつのまにやらこの家を出て姿をくらましてし いで家に運び込んだ。 さて、筑後前司はこう言った、「家財道具をよそに運ん その後、新たに侍が二人やってきて召し使われるように でおくのも、よいことと悪いことがある。盗人に取られな なたたが、家財はよそに運んだままにしておいた。そ かったこと、これはたいへんよいことだ。二人の侍を逃が こは信用のおける所だったので、自宅に取り寄せることも したこと、これはまったく悪いことだ」。 せず、必要な物だけ取り寄せては使っていた。そのうち、 賢い人間だからこういうことをしたとは思うものの、こ 近所で火事が起きた。延焼するかもしれぬと家財道具を取れもそんなによいこととは思われない。必要な時に物を取 り出したが、めばしい物はもともとよそに置いてあるので、 り寄せては使ったというのも、じつに不便なことであった

8. 完訳日本の古典 第32巻 今昔物語集(三)

だれそれ ものもう 今は昔、やたら物詣での好きな人妻がおった。誰某の妻 と知って、じつに悔しくも情けなくてならない。少しでも 身動きしようものなら射殺されるので、ただこいつらのすとはあえていわないことにする。年は三十ぐらいで、姿形 も美しかった。それが、「鳥部寺のお賓頭盧様はじつに霊 るにまかせて打ち転がされたり引き起されているうち、そ 九 めのわらわ 十いつらは思うがままに一人残らず着物を剥ぎ、弓・胡籐と験あらたかでいらっしやるそうだ」と言って、供に女童一 うま く、り 第いわず鞍も太刀も刀も、履物に至るまでことごとく奪い取人を連れて、十月二十日ばかりの午の時 ( 正午 ) ごろ、た いそう美しく着飾ってお参りに出かけたが、すでに寺に行 って行ってしまった。 集 語 き着いてお参りをしていると、少し遅れて屈強なからだっ こんな目に会って、晴澄は、「油断さえせずにいたなら、 物 きの雑色男一人がまたお参りに来た 昔どんな盗賊であれ、おれにこんなはずかしめをみせるのは 今 ところが、突然、この雑色男が寺の中で、この人妻の供 おれを殺したうえでのことだ。力の限り戦って引っ捕える の女童の手をつかんで引き寄せた。女童はおびえて泣き出 こともできたろうに。ところが、大声で先払いをして来た した。近くに家一軒ない野中のこととて、主の女もこれを ので、かしこまって平伏しているところをこのようにした のでは、どうすることもできぬ。これはおれが武士として見て恐ろしさに震え上がった。男は女童を捕えたまま、 「さあ、突き殺してやるそ」と言い、刀を抜いて押し当て の運がないための結果だ」と言って、それ以来、一人前の る。女童は声も出ず、着ている着物を次々と脱ぎ捨てた。 武士らしい振舞をやめ、人の侍者をもって任じるようにな 男はそれを奪い取り、今度は主の女を引き寄せる。女は しいようもなく恐ろしいが、まったくどうする術もない されば、先払いして来る人に出会っても、十分注意をす 男は女を仏像の後ろに引っ張って行き抱いて横になる。女 るべきだ、とこう語り伝えているということだ。 は拒むこともできず、男の言いなりになった。そのあと、 男は起き上がり、女の着物を剥ぎ取って、「かわいそうだ 鳥部寺に詣づる女盗人に値ふ語第二十二 から下着だけは許してやる」と言って、女と女童の着てい ( 原文二三一一ハー ) ゃなぐい ぞうしき びんずる

9. 完訳日本の古典 第32巻 今昔物語集(三)

はえらいことになった」と言うなり、大声で泣き出した。 てひたすら泣く。しばらくして、「こうなっては、もうお イ共が、「あなた方はどういう方です。なぜ、そのように葬式の用意に取りかかろう」と言い、戸を引き立てて出て 泣いて尋ねるのですか」と聞くと、二人の男は、「じつは 行った。住持はこの男の泣いていたことなどを寺の僧共に その老法師は我々の父なのです。それが老いの一徹で、ち語り、しきりに気の毒がる。これを聞く僧共のなかにはも よっとしたことでも思いどおりにならないと、いつもこう らい泣きする者もあった。 はりまのくにあかしのこおり して家出ばかりしていました。幡磨国明石郡に住んでおり その後、戌の時 ( 午後八時 ) ごろになって、四、五十人 ますが、それが先日また家出しましたので、手分けしてこ ほどの人がやってきて、がやがや言いながら法師をかつぎ 出したが、弓矢で武装した者も数多くいた。僧房は鐘つき 七こ数日来捜していたのです。我々はさほど貧しい者ではあ 堂から遠く離れているので、法師をかつぎ出すのを外に出 第りません。田の十余町は我々の名義になっています。この 語 て見る者はいなかった。皆こわがって房の戸にすべて錠を 隣の郡にも配下の郎等がたくさんおります。それはそれと こも をして、ともかくそこに行ってみて、本当に父であれば、タ掛け、内に籠って聞いていると、後ろの山の麓にある、十 なきがら 方葬りたいと思います」と言って鐘つき堂の下にはいって余町ほど離れた松原の中に亡骸を持って行き、一晩じゅう っ ? ) 0 念仏を唱え鉦を叩き、夜明けまで葬りをしたあと立ち去っ 来しオ 住持もついて行き、外に立って見ていると、この二人の 屋 男は中にはいって老法師の顔を見るなり、「父上はここに 寺の僧共は、それからというもの、法師の死んだ鐘つき 堂のあたりにはだれ一人近づこうともしない。だから、死 国おいでになったのだ」と言って突っ伏し身もだえをして、 穢のある三十日間は鐘つき法師もここに来て鐘をつこうと 津声を限りに泣き叫ぶ。住持もこれを見て同情し涙を流した。 摂 二人の男は、「年を取って頑固になられ、ともすれば隠れしなかった。三十日が過ぎて、鐘つき法師が鐘つき堂の下 を掃こうと思い、行ってみると、大鐘が消えうせている。 て出歩きなさって、とうとうこんな哀れな所で死んでしま われた。悲しや、死に目にもお会いできずに」と言い続け「いったい、どうしたことだ」と、寺の僧共に一人残らず かね

10. 完訳日本の古典 第32巻 今昔物語集(三)

と、翁は、「もう帰るとしよう」と言って立ち去ったが、 その行方はわからなかった。 どういうわけか、夕暮近くになると近衛御門の内に大き その後、下衆共が瓜を馬に積んで出かけようと思い、見な蝦蟆が現れ、それが平たい石のようにしているので、参 れば、籠はあるがその中の瓜が一つもない。下衆共はあっ内し退出する上下の人がこれを踏みつけ、転倒しない者は と手を打って驚き騒ぐ。「なんと、あの翁が籠の瓜を取り いなかった。人が倒れるとすぐにい隠れ、見えなくなっ 出したのだが、おれたちの目をくらまして、そうと見せな てしま , つ。・美には、だれもこのことを知りながら、ど , っし いようにしたのだ」と気がついて、悔しがったが、翁の行たわけか、同じ者がまたこれを踏んで、何度となく倒れた。 方がわからず、どうにもしようがなくて、皆大和に帰って さて、一人の大学寮の学生がいた。名におううつけ者で、 一行った。道行く者はこれを見て、怪しがったり笑ったりし何かにつけやたら笑ったり、人の悪口を言ったりする男だ 十 った。それがこの蝦蟆の人を倒す話を聞き、「一度ぐらい はあやまって倒れることもあろうが、こうと知ったからは、 語下衆共が瓜を惜しまず、二つ三つでも翁に食わせたなら、 蟆こんなにみな取られはしなかったろう。惜しんだのを翁も たとえ押し倒す者があっても倒れることなどあろうか」な す憎んで、このようにしたのであろう。あるいは翁は変化のど言い、暗くなるころ大学寮を出て、「ひとっ内裏にいる を者などでもあったのだろうか。 なじみの女を訪ねてみよう」と出かけると、近衛御門の内 にその後、翁がだれであったかついにわからずじまいに終 に例の蝦蟆が平たくなっていた。これを見た学生、「やあ、 いかにそのようにして人をだまそうとも、このおれ様はだ 御った、とこう語り伝えているということだ。 の 衛 まされるものか」と言い、平たくなっている蝦蟆を飛び越 近 近衛の御門に人を倒す蝦蟆の語第四十一 えた。とたんに、冠はただ髻を押し入れただけだったので、 すばっと抜け落ちた。それに気づかず、その冠が沓に当っ こんえのみかど 今は昔、〔凵凵天皇の御代に、近衛御門に人を倒す蝦蟆が たのを、「こいつが人を倒すのか。こいつめ、こいつめ」 ? ) 0 へんげ もとどり くっ