河 一九今上帝と冷泉院のどちらに。 たまひけるついでに、院よりのたまはすることほのめかしきこえたまふ。玉鬘 ニ 0 冷泉院。↓四七ハー五行。 うしろみ 「はかばかしう後見なき人のまじらひはなかなか見苦しきをと、かたがた思ひ一 = 冷泉院はもともと源氏に酷似。 一三タ霧の娘は六人。長女は東宮 、次女は二の宮に奉る。六の君 たまへなむわづらふ」と申したまへば、タ霧「内裏に仰せらるることあるやう は美貌と評判。ここは自卑して、 にうけたまはりしを、いづ方に思ほし定むべきことにか。院は、げに、御位を冷泉院を高めた言い方をした。 ニ三冷泉院の后妃たちの中に。 去らせたまへるにこそ、盛り過ぎたる心地すれど、世にありがたき御ありさまニ四女一の宮の母女御。弘徽殿女 御 ( 旧頭中将の娘 ) 。タ霧は、大君 が参院すれば、玉鬘と弘徽殿女御 は古りがたくのみおはしますめるを、よろしう生ひ出づる女子はべらましかば が姉妹で争いかねないと忠告。 と思ひたまへよりながら、恥づかしげなる御仲にまじらふべきもののはべらでニ五前に冷泉院に参ろうとした人。 ニ六弘徽殿女御への遠慮から断念。 によう′」 なん、口惜しう思ひたまへらるる。そもそも、女一の宮の女御はゆるしきこえ物語には語られない事実である。 毛他ならぬその弘徽殿女御が。 ニ六 レしカ たまふや。さきざきの人、さやうの憚りによりとどこほることもはべりかし」強調的な語り口。「つれづれ」以下、 「慰めまほしきをまで女御の言葉。 夭退位後の閑暇な日々をさす。 と申したまへば、玉鬘「女御なん、つれづれにのどかになりにたるありさまも、 ニ九冷泉院と一緒に大君の世話を。 ニ九 うしろみ 同じ、いに後見て慰めまほしきをなど、かのすすめたまふにつけて、いかがなど三 0 女御が。女御の勧めであるこ とを強調してタ霧の干渉を斥ける。 三一按察大納言、藤中納言やタ霧 だに思ひたまへよるになん」と聞こえたまふ。 やその子息など玉鬘邸に集う人々。 しゅじゃくゐん ・一うぎ これかれ、ここに集まりたまひて、三条宮に参りたまふ。朱雀院の古き心も三ニ朱雀院と昔から交誼のある 人々や、六条院の関係の人々も。 のしたまふ人々、六条院の方ざまのも、方々につけて、なほかの入道の宮をば三三女三の宮。 ふ ニ三 お ニ四 をむ + は′ ) 三三
73 竹河 はべれば、なにがしらが身のためもあぢきなくなんはべる」と、いとものしと背いては生涯の浮沈にかかわる。 一九反発の発語。急に思いついて 一九 かむ の参院ではないとする。 思ひて、尚侍の君を申したまふ。玉鬘「いさや。ただ今、かうにはかにしも思 ニ 0 冷泉院からの、たっての懇望。 うしろみ ひたたざりしを、あながちに、、とほしうのたまはせしかば、後見なきまじら消息が頻繁だった。↓六三ハー五行。 ニ一次 ( なめるを」まで、後見の ない入内の不都合さをいう。 ひの、内裏わたりは、はしたなげなめるを、今は心やすき御ありさまなめるに 一三前述の帝の場合と異なり、退 たれたれ まかせきこえてと思ひょりしなり。誰も誰も、便なからむことは、ありのまま位した冷泉院の場合、夫人たちの 対立抗争が激しくなかろうと判断 ニ四のおとど にも諫めたまはで、今ひき返し、右大臣も、ひがひがしきゃうにおもむけての = 三実際には中将たちが参院に反 対した。これは当座の言いのがれ。 たまふなれば、苦しうなん。これもさるべきにこそは」と、なだらかにのたま品タ霧。その不満が耳にはいる。 一宝大君。参院を決心する際も、 ニセすくせ ひて、心も騒がいたまはず。「その昔の御宿世は目に見えぬものなれば、かう宿世だからとした。↓六三ハー八行。 ニ六以下、「二ところ」 ( 左近中将 思しのたまはするを、これは契り異なるともいかがは奏しなほすべきことならと右中弁 ) の、玉鬘への反論。 毛玉鬘の言う「さるべきにこそ む。中宮を憚りきこえたまふとて、院の女御をばいかがしたてまつりたまはむは」を受ける。帝が相手では単純 な運命論も通じまい、とする。 ニ九 とする。後見や何やとかねて思しかはすとも、さしもえはべらじ。よし、見聞夭入内の場合、明石の中宮に遠 慮すべきとはいえ、参院の場合、 三 0 ひと きはべらん。よう思へば、内裏は、中宮おはしますとて、こと人はまじらひた弘徽殿女御には遠慮がいらぬのか。 ニ九弘徽殿女御を、縁者の大君の ちょうあい まはずや。君に仕うまつることは、それが心やすきこそ、昔より興あることに後ろ楯とか何とか。大君寵愛の場 合の、女房間の不仲を想像。 はしけれ。女御よ、、 , 。しささかなる事の違ひ目ありてよろしからず思ひきこえた三 0 他の女御・更衣も無事勤める。 ニ ^ たが
む 四月に女宮生まれたまひぬ。ことにけざやかなるもののは一七月に懐妊の徴候。↓七四ハー。 8 〔を大君、女宮を出産 ニ退位後の女児誕生だから。 四 けしき 中の君尚侍となる 三冷泉院の喜ぶ気持。院の子は、 えもなきゃうなれど、院の御気色に従ひて、右の大殿より 語 五 弘徽殿女御腹の女一の宮のみ。こ かむ おほむうぶやしなひ こは女二の宮の誕生である。 物はじめて、御産養したまふ所どころ多かり。尚侍の君っと抱きもちてうつく 四タ霧。玉鬘は源氏の養女ゆえ。 ^ いか 源 しみたまふに、とう参りたまふべきよしのみあれば、五十日のほどに参りたま五産後三・五・七・九日に、親 族縁者が産婦と出生児を祝う儀。 しとめづらしくうつくしうておはすれ六出産は実家でする。新生児の ひぬ。女一の宮一ところおはしますに、、 祖母玉鬘がまず愛撫する。 一 0 。いといみじう思したり。いとど、ただこなたにのみおはします。女御方の七早く院に帰参するよう。 ^ 誕生後五十日目の祝儀。 九弘徽殿女御腹。 人々、いとかからでありぬべき世かなとただならす言ひ思へり。 一 0 冷泉院は、大君のもとにだけ。 かるがる 正身の御心どもは、ことに軽々しく背きたまふにはあらねど、さぶらふ人々に。あ君方への嫉妬。女御の姪が 寵愛され、複雑な状況となる。 の中にくせぐせしきことも出で来などしつつ、かの中将の君の、さいへど人の三当の弘徽殿女御と大君。 一三意地悪く厄介な事件。 かむ このかみ 兄にて、のたまひしことかなひて、尚侍の君も、「むげにかく言ひ言ひのはて一四左近中将。大君の兄。 一五中将が玉鬘に、女御と大君が うへ いかならむ。人笑へに、はしたなうもやもてなされむ。上の御心ばへは浅から不仲になると言った。↓七三 一六「世の中をかく言ひ言ひては ねど、年経てさぶらひたまふ御方々よろしからず思ひはなちたまはば、苦しくてはてはいかにやいかにならむと すらむ」 ( 拾遺・雑上読人しらず ) 。 もあるべきかな」と思ほすに、内裏には、まことにものしと思しつつ、たびた宅「人笑へ」 ( 世間の物笑い ) は、 決定的な不幸の種になりがち。 おほやけ 一 ^ 冷泉院の、大君寵愛。 び御気色ありと人の告げきこゆれば、わづらはしくて、中の姫君を、公ざまに さうじみ けしき 九 うづき 一九 にようごがた
てい まったく体をなさない笛なのだから」と笑顔をつくられて、 しゃいます。琵琶は、押手の静かなのをよしとしておりま そ・つじよう じゅう すが、柱を押えると撥の音色が変って優美に聞えるところ若君に双調をお吹かせになる。まことにおもしろくお吹き になるので、「だんだん耳ざわりでなくなってきたのは、 が、女人の弾き方としてはかえっておもしろいものでした。 こちらあたりでいっとはなしにお琴に調子を合せたりして さあお弾きになりませんか。誰かお琴をお持ちしなさい」 いるせいだろう。ついては是非かき合せお聞かせくださ とおっしやる。女房などは、大納言の前に姿をお見せ申さ おももち じレろ・ろう い」と姫君にご催促になるので、姫君はお困りの御面持な ぬ者はめったになく、ただほんとに年若の上﨟ふうの女房 つまび がら、爪弾きで、じつに巧みに笛に合せてほんの少しおか で顔をお見せしたくないと思っている者は勝手に引っ込ん き鳴らしになる。大納言も物慣れた低い声でロ笛をお合せ だままですわっているので、「おそばの人までが、こうよ になる。 そよそしくふるまっているのは穏やかでない」と機嫌をわ ひとふぜい るくなさる。 この寝殿の東の端に、軒近い紅梅が一風情ありげに美し にわさき く咲き匂っているのを大納言がごらんになり、「お庭前の 〔四〕大納言、紅梅に託若君が、宮中へ参上しようとして宿 花の風情はよい心がけに見える。兵部卿宮が宮中にいらっ し匂宮に意中を伝える直姿でまいられたのが、ことさらに みずら きちんと結った角髪よりもじっさい美しく見えるので、大しやるそうだ。一枝折ってさしあげなさい。色も香も『知 れいけいでん 納言はひどくかわいいとお思いになる。その若君に麗景殿る人ぞ知る』というもの」とおっしやって、「ああ、光源 にいらっしやる北の方へのお言付けをお託しになる。「そ氏と呼ばれたあのお方が若盛りの大将などでいらっしやっ わらわ たころ、わたしはまだ童で、ちょうど今のそなたのように なたに女御のお世話をお任せすることにして、わたしは今 さんだい して親しくしていただいたことがいつになっても恋しく思 晩も参内できそうもない。気分がすぐれないものだから、 い出されます。あの宮たちを世間では格別な方々とお思い と申しあげておくれ」とおっしやって、「笛を少々ここで 、、かにも人からほめそやされるように お吹き申せ。そなたは何かというと主上の御前のお遊びの申しあげているし 生れついていらっしやるご立派さであるけれど、あのお方 お召しにあずかっているが、聞かれたものではない。まだ おしで との
63 竹河 左のなれき、 そで 「桜花にほひあまたに散らさじとおほふばかりの袖はありやは ( 現代語訳三一一 一三前歌の「池の汀」「わが方」に 応じて、「大空」「おのがもの」。 一四負けた大君づきの童女。 一五澪標 3 一一二ハー注八の歌によ り、大空に散る花は独り占めには 心せばげにこそ見ゅめれ」など言ひおとす。 できない、と前歌を切り返した。 カくいふに、月日はかなく過ぐすも行く末のうしろめたき 0 前歌をふまえ輪唱のように次々 〔一 0 〕大君の参院決定、 詠み交す唱和。左右の対立を際だ 一•P せうそこ か・む 蔵人少将なお断念せず を、尚侍の殿はよろづに思す。院よりは、御消急日々にあてながら親交の輪を広げる。やが 一八 て実家を出る大君の最後の饗宴。 うへ によう′ ) り。女御、「うとうとしう思し隔つるにや。上は、ここに聞こえ疎むるなめり一六姫君たちの将来。 宅大君に参院を勧める手紙 こきでん たはぶ と、いと憎げに思しのたまへば、戯れにも苦しうなん。同じくは、このごろの一〈冷泉院の弘徽殿女御。以下は 玉鬘への手紙である。 いとまめやかに聞こえたまふ。さるべきにこそはお一九冷泉院は、私があなた ( 玉鬘 ) ほどに思したちね」など、 に何かといらぬことを申しあげて はすらめ、いとかうあやにくにのたまふもかたじけなしなど思したり。御調度邪魔をしているらしいと。 ニ 0 参院が遅れては院から邪推さ などは、そこらしおかせたまへれば、人々の装束、何くれのはかなきことをそれるので、早いほうがよいとする。 ニ一前世からの因縁。 一三「あやにく」に注意。入内を憎 いそぎたまふ。 んで当然の女御の勧めに恐縮する。 これを聞くに、蔵人少将は死ぬばかり思ひて、母北の方を責めたてまつれば、 = 三参院にお供する女房の。 ニ四少将の母、雲居雁 聞きわづらひたまひて、雲居雁「いとかたはらいたきことにつけて、ほのめかし = 五縁組の願望を卑下して言う。 ニ六 ニ六↓桐壺田一一一ハー注 = = の歌。 お ニ七 やみ 聞こゆるも、世にかたくなしき闇のまどひになむ。思し知る方もあらば、推し毛子を思う心に同情なさるなら。 さうぞく
れいぜいいん はぎ る方は、これといってないのであった。冷泉院の女一の宮 として親しむとみえる萩の露にも、ほとんど心をお移しに に対しては、「このお方なら妻としてお逢いしたいものよ。 ならず、老いを忘れさせる菊や、色あせてゆく藤袴、見ば われもこう それだけのことはあるにちがいない」と思っていらっしゃ えのしない吾亦紅などは、まったく味気ない霜枯れのころ るが、それというのも、女宮の母女御がまことにお身分も までお見捨てにならないなどといったふうに、わざとらし く見えるくらい香りのよいものに執着する趣味を押し立て、重く、奥ゆかしくていらっしやるお方であるし、姫宮のお 風流がっていらっしやるのだった。こういうわけなので宮人柄についても、なるほど世間ではめったにないほどすぐ うわさ は少々柔弱すぎて、ご自分の嗜好におばれていらっしやる、れていらっしやるとの噂もおありなので、まして、多少と と世間ではお思い申しあげている。昔の源氏の君は、何事もおそば近くにいつもお仕えしている女房などが、詳しい ご様子を何かにつけて宮のお耳にお入れするなどというこ によらず、このように一つ事をとくにとりたてて、異様な ともあるものだから、いよいよ忍びがたいお気持になられ までに熱中なさるということのないお方ではあった。 るようである。 源中将は、つねづねこの宮のもとに参上しては、音楽の お遊びなどにも、お互いに張り合って笛の音を吹きたて、 〔 0 薫、厭世の心深く、中将は、この俗世をつまらないもの と悟りきった気持なので、なまじ女 いかにも仲よく若人同士競争相手になることもおできにな女性関係に消極的 るといったお人柄である。例によって、世間では、匂う兵人に執着心を抱いたりしては、未練が残ってこの世を離れ にくいことになりはせぬかなどと考えて、面倒なことにな 部卿宮、薫る中将と耳ざわりなくらいにやかましく評判を りそうなあたりにかかわりをもつのはさしひかえたほうが 立て、そのころ美しい娘のいらっしやる身分の貴い家々で よい、などと断念していらっしやる。それは、さしあたり は、胸をときめかせながら婿君にとのお申し入れなどをな 匂 心を奪われそうな相手もいないうちだから、悟ったような さる向きもあるので、宮は、あちこちおもしろそうなあた 5 りにお言い寄りになって、当人のお人柄や器量をもさぐっ顔をしているということだろうか。娘の親の承知しそうも ない色恋事などは、なおさらのこと考えつくはずもない てごらんになる。しかし特別にご執心になっていらっしゃ
31 紅梅 をむなごみやづかへ 一九東宮に、大君 ( 十七、八歳 ) を。 けれど、さのみ言ひてやは。人にまさらむと思ふ女子を宮仕に思ひ絶えては、 す ニ 0 「うち次がひて」。引き続いて。 一九 何の本意かはあらむ」と思したちて、参らせたてまつりたまふ。十七八のほど = 一すっきり落ち着いた点では。 一三相手が並の臣下では、もった かたち いなく、結婚させるのは気がすす にて、うつくしうにほひ多かる容貌したまへり まないほどの美貌だから。 ニ三匂宮が結婚を望むのなら。 中の君も、うちすがひて、あてになまめかしう、澄みたるさまはまさりて、 ニ四「などぞ」とあるべきところ。 をかしうおはすめれば、ただ人にてはあたらしく見せまうき御さまを、兵部卿 = 五真木柱腹の大夫の君。殿上童 らしい。匂宮とは、小君と源氏の 宮のさも思したらばなど思したる。この若君を内裏にてなど見つけたまふ時は、ような親密な仲か ( 空蝉田九五ハー ) 。 ニ六利ロで、将来の期待される。 たはぶ ニ六 召しまとはし、戯れがたきにしたまふ。心ばへありて、奥推しはからるるまみ、毛弟と付き合うだけでは終りた くないと。姉にも逢いたい気持。 額つきなり。匂宮「せうとを見てのみはえやまじと大納言に申せよ」などのた夭大夫の君が大納言に。 ニ九大納言は実子の中の君との縁 ニ九ゑ まひかくるを、「さなむ」と聞こゆれば、うち笑みて、いとかひありと思した談のつもりで、喜ぶ。しかし匂宮 は宮の御方が目当て。 みやづかへ り。大納言「人におとらむ宮仕よりは、この宮にこそはよろしからむ女子は見せ三 0 皇后は必す藤原氏から立つべ きとする春日明神の神託。『花鳥 たてまつらまほしけれ。、いのゆくにまかせて、かしづきて見たてまつらんに命余情』は、後朱雀朝に内大臣教通 の娘が入内した経緯を掲げる。 とう・ぐう・ 延びぬべき宮の御さまなりーとのたまひながら、まづ春宮の御事を急ぎたまう三一大納言の父、故致仕の大臣は、 冷泉院の後宮で娘弘徽殿女御が、 かすが によ - っ′ ) て、春日の神の御ことわりも、わが世にやもし出で来て、故大臣の、院の女御源氏の養女、秋好中宮に圧されて 立后できず残念がった。大君の将 の御事を胸いたく思してやみにし慰めのこともあらなむと心の中に祈りて、参来の立后でその思いを晴らしたい。 ひたひ 三 0 ニセ ニ ^ うち をむなご
も、お人柄が、なんといってもやはりおいたわしく見受け のようである。ご器量もまた、じっさいお美しくいらっし られる。「つい言い過ぎがあってはいけません。では失礼 やるのであろう、と今となっても源侍従はやはり心ひかれ しまして」と言って座を立っと、そこへ院から、「こちら る。このような機会がたびたびであるけれど、しぜんお近 語 物へ」とお呼び出しがあるので、きまりわるい心地がするけ しくすることになって我を忘れるといったこともなく、ま 氏 れども参上なさる。 たなれなれしくしたりして恨み言を言いかけるということ 源 とうか 院は、「故六条院が踏歌のあくる朝に女方で管絃の遊び はないけれども、なんその折々にかなえられなかった嘆き をなさった、それがまことにおもしろかったと右大臣の話をそれとなく訴えてみるにつけ、それを御息所がどのよう されたことがある。何事につけても、あのお方の跡継ぎに におとりになったであろうかは知る由もないことである。 なれそうな人はいなくなってしまった時世なのだね。あの 〔を大君、女宮を出産四月に女宮がお生れになった。とく 中の君向侍となる ころ六条院には、まったく芸の達人といえる女人方までが に際だっ晴れがましさもないような 大勢集っていたのだから、ちょっとしたどんな芸事もさぞものであるけれど、院のご意向に従って、右大臣をはじめ うぶやしない 興趣の深かったことだろう」などと、昔に思いをお馳せに として、御産養をなさる方々が多い。尚侍の君がずっと なり、数々のお琴の調子をおととのえあそばして、箏の琴抱きかかえてかわいがっていらっしやっ , ミ、 オカ院から早く みやすどころびわげんじじゅう わごん は御急所に、琵琶は源侍従におあてになる。ご自身は和琴帰参なさるようにとの仰せがしきりにあるので、五十日の をお弾きになって、「この殿」などをお遊びになる。御息 お祝いのころにお上がりになった。院には女一の宮がお一 所の箏のお琴の音は、まだ不十分なところもあったのを、 方いらっしやったのだが、まことに久しぶりのことであり、 ちょろ・あい まったく上手にお仕込み申しあげあそばしたのであった。 またおかわいくいらっしやるので、院は、たいそうご寵愛 つまおと 当世風に爪音美しく、歌や曲の物などを、上手にほんとに あそばす。これまでにもまして、ただこちらに入りびたっ たくみにお弾きになる。御息所は何事によらす不安げなと てばかりおいでになる。女御方の人々は、ほんとにこんな ころとか、人に劣ったところとかがおありにならないお方 ことにならなければよかったものを、と心中穏やかでなく、 う
源氏物語 500 △桐壺院 竹河 雀院 三の宮鯱 S 宮、入 ) ・中将、薫る、薫る中将、中納言、源中納言 四位侍従、源侍従の君、源侍従、侍従、宰相 ) △源氏 ( 六条院、故院、院、光る源氏、故六条院 ) △紫の上 ( 紫 ) 明石の君 △柏 , 不 ( 故大納言 ) 紅梅大納言 大納言、 大臣、藤 大納言 弘徽殿女御 女一の宮の女御、 女御、院の女御 秋好中宮呂后 ) 冷泉院 ( 院〕冷泉院の帝、 一の宮 明石の中宮 ( 中宮 ) 匂宮 卿宮、宮 匂ふ、兵部 ) フ帝 ( 内裏 ) 春宮
などという気にまでなっているのでございます」と申しあ しお忘れがたく存ぜずにはいられません」と申されるつい れいぜいいん げられる。 でに、冷泉院から仰せ出された件をそれとなくお話し申し あれこれの方々が、ここにお集りになって、それから三 あげられる。そして、「しつかりした後見のない者が宮仕 すぎくいん えをいたしますのは、かえって見苦しいことになるのだか条宮に参上なさる。朱雀院と昔からご交誼のおありだった らと、あれやこれやと思案に迷っております」と申される人々や、六条院にかかわりある方々も、それぞれの縁故か ら、今もやはりあの入道の宮を素通りすることもならずに と、大臣は、「主上の仰せ言がおありのようにうかがって 参上なさるようである。このお邸の左近中将、右中弁、侍 おりましたが、どちらにお決めになるべきでしようかい かにも、院は、御位をお退きあそばしたので、盛りの過ぎ従の君なども、そのまま大臣のお供をしてお出かけになっ た。そうした方々をみな引き連れていらっしやる大臣のご た感じでございますが、世にまたとないご器量はいつまで もお若くていらっしやるようですから、もしもこの私にひ威勢はまた格別である。 しいのじじゅう とかどに育った娘がございますのでしたらと存じ寄りはい 〔六〕薫、夕刻に玉鬘邸その日の夕方になって、四位侍従が を訪ね優雅にふるまう尚侍の邸にまいられた。大勢の成人 たしておりますものの、ご立派な方々にお仲間入りできる きんだち なさった若君達にしても、それそれに見劣りしたりするど 者もございませんので、くやしく思わないではいられませ なたがいるだろうか、みな無難なお方と見えるが、そのな ん。それにしてもいったい女一の宮の母女御はご同意申さ かに、一足おくれてこの君が姿をお見せになったのが、た れるのでしようか。これまで宮仕えを思い立った人も、そ 河 だもうどこまでも目を奪われる心地がして、例によってす のような遠慮があって、沙汰やみになることもございまし ぐに夢中になりたがる若い女房たちは、「やはり格別でい たのです」と申されるので、尚侍は、「じつはその女御様 竹 らっしゃいますこと」などと言う。「このお邸の姫君の御 が、所在なく暇をもてあましている日々であるから、院と ごいっしょに娘の世話をして、気晴しをしたいなどとあの婿君にはこのお方をこそ並べてみたいものですわ」と、聞 いかにも、じっさい若やかにみすみ き一古しいことを一言 , つ。 お方のほうからお勧めくださいますので、どうしたものか