あいぎゃう ちすきて愛敬なげに言ひなす女あり。また、「あな、まがまがし。なその物か一魔物なそ憑くはすがない。 ニ世間付合いもあまりせず。 三結婚に際しても。 つかせたまはむ。ただ、人に遠くて生ひ出でさせたまふめれば、かかることに 四以下、母親などのいないこと。 語 物も、つきづきしげにもてなしきこえたまふ人もなくおはしますに、はしたなく五婿君 ( 薫 ) に自然おなじみにな られたら相手もお慕い申されよう。 六聞くに堪えぬ不作法。 源思さるるにこそ。いま、おのづから見たてまつり馴れたまひなば、思ひきこえ セ逢いたい人と過した秋の夜長 たまひてん」など語らひて、「とくうちとけて、思ふやうにておはしまさなむ」でもないが。薫の心。「長しとも 思ひそはてぬ昔より逢ふ人からの 秋の夜なれば」 ( 古今・恋三躬恒 ) 。 と言ふ言ふ寝入りて、いびきなどかたはらいたくするもあり。 ^ 大君と区別もっかぬほど優雅 あ 逢ふ人からにもあらぬ秋の夜なれど、ほどもなく明けぬる心地して、いづれな中の君の様子なので。 九自分自身の心から何の手出し もしなかったのに物足りぬ気分で。 と分くべくもあらずなまめかしき御けはひを、人やりならず飽かぬ心地して、 一 0 あなたも私を思ってほしい。 = 大君のなさり方を。 薫「あひ思せよ。 いと心憂くつらき人の御さま、見ならひたまふなよ」など、 三「若狭なる後瀬の山の後も逢 のちせ はむ我が思ふ人に今日ならずと 後瀬を契りて出でたまふ。我ながら、あやしく夢のやうにおばゆれど、なほっ も」 ( 古今六帖一 I)O れなき人の御気色、いま一たび見はてむの心に思ひのどめつつ、例の、出でて一三実事のない逢瀬の複雑な思い。 一四やや習慣化した動作。 一五薫と入れ替りに、弁が現れる。 臥したまへり。 一六中の君とも気づかず、尋ねる。 宅以下、中の君の心中。気がひ 弁参りて、「いとあやしく、中の宮はいづくにかおはしますらむ」と言ふを、 け、意想外の出来事に茫然とする。 一 ^ 大君が昨日、中の君に薫との いと恥づかしく思ひかけぬ御心地に、、かなりけんことにかと思ひ臥したまへ ふ 四 けしき 第 : 一ろう ひと
一八の宮の死が契機となって、 地して、おほかた世のありさま思ひつづけられていみじう泣いたまふ。八の宮 人生一般の無常を意識させる。 「またあひ見ること難くや」などのたまひしを、なほ常の御心にも、朝夕の隔ニ↓一四三ハー五行。 三朝夕の隔ても当てにならぬ世 みみな あした せろ 物て知らぬ世のはかなさを人よりけに思ひたまへりしかば、耳馴れて、昨日今日の無常。「朝ニ紅顔アッテ世路ニ ゅふペ 氏 誇レドモ暮ニ白骨トナッテ郊原 あざり 源と思はざりけるを、かへすがヘす飽かず悲しく思さる。阿闍梨のもとにも、君ニ朽チヌ」 ( 和漢朗詠集・下・無常 ) 。 四「つひに行く道とはかねて聞 きしかど昨日今日とは思はざりし たちの御とぶらひも、こまやかに聞こえたまふ。かかる御とぶらひなど、また を」 ( 古今・哀傷業平、伊勢物語 ) 。 訪れきこゆる人だになき御ありさまなるは、ものおばえぬ御心地どもにも、年五薫以外には誰も見舞う人さえ ない姫君たちの境遇であるにつけ。 ごろの御心ばへのあはれなめりしなどをも思ひ知りたまふ。世の常のほどの別六平常心を失っている姫君たち。 セ薫の、宮への厚志。法の友と みなひと れだに、さし当りては、またたぐひなきゃうにのみ皆人の思ひまどふものなめしての交誼は三年前から。 ^ 以下、薫が、姫君たちの心境 を想像。世間普通の親子の死別で るを、慰む方なげなる御身どもにて、いかやうなる心地どもしたまふらむと思 さえ、その当座は、比類ないよう のち レ。かり誰しも思い悩むようだが。 しやりつつ、後の御わざなど、あるべきことども推しはかりて、阿闍梨にもと 九まして姫君たちは。 おいびと ずきゃう ぶらひたまふ。ここにも、老人どもにことよせて、御誦経などのことも思ひや一 0 主に四十九日間の法要。 = 法事のための費用などを贈る。 一ニ姫君たちに、老女房どもに与 りきこえたまふ える形で、誦経の布施などを配慮。 そでしぐれ 明けぬ夜の心地ながら、九月にもなりぬ。野山のけしき、まして袖の時雨を宮家の面目をつぶすまいとの配慮。 一三深い悲しみを、無明長夜の闇 もよほしがちに、ともすればあらそひ落つる木の葉の音も、水の響きも、涙のをさまよう気持とする。「明けぬ おとづ かた 四 のり
いとあはれな一薫がお教え申したとおりに。 ニ先夜薫が忍び込んだ戸口。 三人を呼ぶ合図。 四弁は、薫が大君の前から立ち 語 ひとよ 去り、中の君の部屋に入ろうとし 物宮は、教へきこえつるままに、一夜の戸口に寄りて、扇を鳴らしたまへば、 氏 ているのだと思い、導く 源弁参りて導ききこゅ。さきざきも馴れにける道のしるべ、をかしと思しつつ入 = 匂宮は、弁の物慣れた手引に、 薫をたびたび大君のもとに導いた ものと想像する。 りたまひぬるをも姫宮は知りたまはで、こしらへ入れてむと思したり。をかし 六薫を言いなだめて、中の君の ^ さ くもいとほしくもおばえて、内々に、いも知らざりける、恨みおかれんも、罪避部屋に入れよう。大君の心づもり。 セ薫の、大君の思惑を思う気持。 ^ 弁解の余地のない気持。 りどころなき心地すべければ、薫「宮の慕ひたまひつれば、え聞こえいなびで、 九以下、大君に真相を語る。 一 0 宮がこっそり中の君のもとに。 ここにおはしつる、音もせでこそ紛れたまひぬれ。このさかしだつめる人や、 = 利ロぶった人。弁のこと。 なかぞら 語らはれたてまつりぬらむ。中空に人笑へにもなりはべりぬべきかな」とのた三宮の相談にのってあげたのだ ろう。弁を共謀者に仕立てあげた。 一三中途半端で世間のもの笑い オふに、、 しますこし思ひょらぬことの、目もあやに心づきなくなりて、大君 自分は大君には拒まれ、中の君も 「かく、よろづにめづらかなりける御心のほども知らで、言ふかひなき心幼さ匂宮のものになった、と嘆く。 一四まったく意外な話で、目もく あなづ らむほど不快な気持。大君の驚き。 も見えたてまつりにける怠りに、思し侮るにこそは」と、言はむ方なく思ひた 一五思慮の浅さをお見せした私の 至らなさから、あなたは見下げて まへり。 おいでだ。信頼しすぎたを後悔。 薫「今は言ふかひなし。ことわりは、かへすがヘす聞こえさせてもあまりあ一六お詫びの言い訳は。 わきたまふまじきさまにかすめつつ語らひたまへる心ばへなど、 あふぎ
のち一 も亡せたまひて後、かの殿には疎くなり、この宮には尋ね取りてあらせたまふ一柏木の住んだ致仕の大臣邸。 ニ八の宮家で引き取って。 みやづかへな なりけり。人もいとやむごとなからず、宮仕馴れにたれど、心地なからぬもの三人柄も格別というわけでなく。 八の宮の北の方の従姉妹という血 語 五うしろみ 物に宮も思して、姫君たちの御後見だつ人になしたまへるなりけり。昔の御事は、筋のよさが消え失せたような感じ。 氏 四情理をわきまえぬでもない者。 源年ごろかく朝夕に見たてまつり馴れ、心隔つる隈なく思ひきこゆる君たちにも、 = 前にも「姫君の御後見にて」 ( 橋姫一二五ハー ) 。乳母めいた役目。 ひとこと ふるびと 一言うち出できこゆるついでなく、忍びこめたりけれど、中納言の君は、古人六柏木の一件を。以下、「忍び こめたりけれど」まで、弁の態度。 の問はず語り、みな、例のことなれば、おしなべてあはあはしうなどは言ひひセ八の宮の姫君たちにも。 ^ 以下、薫の推測。老人は問わ ろげずとも、 いと恥づかしげなめる御心どもには聞きおきたまへらむかしと推ず語りをしがちだから、姫君たち も真相を知っていよう、とする。 しはからるるが、ねたくもいとほしくもおばゆるにそ、またもて離れてはやま九誰彼にの区別なく軽々しく言 いふらしたりしないにしても。 一 0 いかにも気のおける姫君たち。 じと思ひょらるるつまにもなりぬべき。 = いまわしいとも、困ったとも。 今は旅寝もすずろなる心地して、帰りたまふにも、「これや限りの」などの三姫君たちを他人で終らせては ならぬと考える因由にもなりそう だ。語り手の評。自分の出生の秘 たまひしを、などか、さしもやはとうち頼みて、また見たてまつらずなりにけ 事を封じ込めるとして、姫君接近 む、秋やは変れる、あまたの日数も隔てぬほどに、おはしにけむ方も知らす、を合理化することにもなる。 一三八の宮死後の今は。「旅寝」は と事そぎたま自邸以外での宿泊。姫君らだけの あへなきわざなりや。ことに例の人めいたる御しつらひなく、い 邸に泊るのを穏やかならぬとする。 ふめりしかど、いとものきょげにかき払ひ、あたりをかしくもてないたまへり一四八の宮の、最後の対面の言葉 お
とお思いになるので、何もおっしやらない。それも無理か ご様子を聞いて、お見舞いにいらっしやったのであった。 らぬことと思われるので、「うらなくものを」と答えた物じっさいひどくご気分がおわるいというわけではないけれ ども、病にかこつけてお逢いにはならない。「ご病気と承 語の姫君のことは物分りがよすぎてかわいげがないとお思 語 り驚いてはるばる遠いところを訪ねてまいったのです。ぜ 物いになる。紫の上が格別にこのお二人をお手もとから離さ やす 氏 ぬようにしてかわいがっていらっしやったので、多くのご ひお寝みでいらっしやるご病床のお近くまで」と、しきり 源 きようだい に心配でたまらぬ旨をお申しあげになるので、常の御居間 兄弟姉妹の中でもお互いに他人行儀なところもなく親しく みかどきさき お思い申していらっしやる。帝や母后もこの女宮をこのう の御簾の前にお入れ申しあげる。姫宮はほんとに見苦しい えもなくたいせつにお育て申しあげあそばして、おそばに こととお気になさるけれども、そう無愛想にはなさらず、 つむり お仕えする女房たちも、器量が十人並でなく多少とも難の御頭をもたげてご返事などをお申しあげになる。 ある者は、。 しつらそうにしている。身分の高い人の御娘など 宮が不本意にもお立ち寄りになれなかった事情などをご もじつに大勢お仕えしている。移り気でいらっしやる宮は、説明申しあげなさって、「どうか穏やかにお考えなさいま そうしたなかのこれはと目に立っ女房とかりそめに情を交し。あまり気をもんで宮をお恨み申したりなさいますな」 したりなどなさりながら、それはそれとして宇治のお方の などとご忠告申されるので、姫宮は、「ご当人は別に何と も申しあげてはおられないようでございます。ただ亡き父 ことをお忘れになる折はないものの、お訪ねにもならぬま 宮のお戒めはこういうことだったのかと思いあたりますに ま幾日か過ぎてしまった。 ふびん ひょうぶきようのみや 〔毛〕薫、大君の病を聞兵部卿宮のお越しをお待ち申しあっけても、本人が不憫でございました」と言ってお泣きに き、訪れて看護するげていらっしやる宇治の方々は、あ なるご様子である。中納言はまことにおいたわしく、自分 とだ まで面目ない心地がして、「世の中というものは人それそ まりに途絶えの長い心地がして、やはりもうお見限りなの であろうと心細く物思いに沈んでいらっしやると、ちょうれでございまして、とかく一筋縄にゆくことはむすかしゅ うございますが、何もかもはじめてご経験になるお二方の どそこへ中納言がお越しになった。姫宮のおかげんわるい
みかどきさき わたりにも、ただすきがましきことに御心を入れて、帝、后の御戒めにしづま一それに比べ。「わが殿」は薫。 ニ人から敬遠される意。 三宇治通いだけが例外で、他人 りたまふべくもあらざめり。わが殿こそ、なほあやしく人に似たまはず、あま も驚くばかりの熱心ぶり、とする。 語 物りまめにおはしまして、人にはもて悩まれたまへ。ここにかく渡りたまふのみ四愛人から聞いたばかりの京の 氏 噂話を、同僚にやや自慢げに披露。 五大君は、権門の姫君と匂宮の 源なむ、目もあやに、おばろけならぬことと人申す」など語りけるを、女房「さ 縁談の話に、うちのめされる思い こそ言ひつれ」など、人々の中にて語るを聞きたまふに、、 しとど胸ふたがりて、六以下、大君の心中。もう匂宮 とのご縁もおしまいというもの。 今は限りにこそあなれ、やむごとなき方に定まりたまはぬほどの、なほざりのセ身分高い方の婿に決まる前の、 ほんの一時の慰みに中の君に執心 御すさびにかくまで思しけむを、さすがに中納言などの思はんところを思して、したまでのこと、と経緯を顧みる。 ^ 匂宮はさすがに薫などの思惑 に気がねして、口先だけは情愛深 言の葉のかぎり深きなりけり、と思ひなしたまふに、ともかくも人の御つらさ そうにとりつくろったまでだった。 九この判断に到達した、の気持。 は思ひ知られず、いとど身の置き所なき心地して、しをれ臥したまへり。 一 0 薄情な匂宮への恨めしさ。そ 弱き御心地は、いとど世に立ちとまるべくもおばえず。恥づかしげなる人々れより、妹の親代りとして責任を 痛感。しかしなすすべもなく無力。 ↓二四二ハー注一一。匂宮婚約の にはあらねど、思ふらむところの苦しければ、聞かぬゃうにて寝たまへるを、 噂が、大君を死に追いやる趣。 かひな 姫宮、もの思ふ時のわざと聞きし、うたた寝の御さまのいとらうたげにて、腕三気のおける女房たちでもない が、取り沙汰されるのがつらい みぐし一四 を枕にて寝たまへるに、御髪のたまりたるほどなど、ありがたくうつくしげな一三誰もが物思う時にすると聞い た、うたた寝の中の君のお姿の。 るを見やりつつ、親の諫めし言の葉も、かへすがヘす思ひ出でられたまひて悲「たらちねの親のいさめしうたた
つりけり。阿闍梨「はかなき御なやみと見ゆれど、限りのたびにもおはしますら一これが最期かもしれぬ、の意。 ニ姫君たちの将来は心配無用。 三すくせ ん。君たちの御事、何か思し嘆くべき。人はみな御宿世といふもの異々なれば、宮の現世執着を断っ冷徹な言葉。 三宿世は各人別々なので、あな 語 たの意思のままにはならぬ、の意。 物御心にかかるべきにもおはしまさず」と、いよいよ思し離るべきことを聞こえ 氏 四下山なさいますな。宮に、静 かに臨終を迎えさせようとする。 源知らせつつ、阿闍梨「いまさらにな出でたまひそ」と諫め申すなりけり。 五八の宮の逝去の時をさす。 八月二十日のほどなりけり。おほかたの空のけしきもいとどしきころ、君た六秋はもともと悲愁の季節。仲 秋の空がいっそう悲しみを強める。 ちは、朝夕霧のはるる間もなく、思し嘆きつつながめたまふ。有明の月のいとセ朝霧とタ霧。姫君たちの常に 晴れやらぬ悲しみの心を象徴。霧 しとみ はなやかにさし出でて、水の面もさやかに澄みたるを、そなたの蔀上げさせて、深く、宇治らしい比喩である。 ^ 二十日過ぎの、明け方の月。 九宇治川の水面。 見出だしたまへるに、鐘の声かすかに響きて、明けぬなりと聞こゆるほどに、 一 0 邸の、山寺の方角の蔀。蔀は よなか 人々来て、「この夜半ばかりになむ亡せたまひぬる」と泣く泣く申す。心にか格子よりも粗末。山荘などに使用。 = 山寺の、夜明けを告げる鐘。 けて、いかにとは絶えず思ひきこえたまへれど、うち聞きたまふには、あさま三父宮のことを心にかけて。以 下、姫君たちの心中。 しくものおばえぬ心地して、いとど、かかることには、涙もいづちか去にけん、一三父宮死去の報を。予感してい ても、その突然の報に茫然自失。 ただうつぶし臥したまへり。いみじきめも、見る目の前にて、おばっかなから一四驚きと悲しみに涙も出ぬ状態。 一五目のあたりに立ち会ってはっ きり死を見届けるのが普通なのに。 ぬこそ常のことなれ、おばっかなさそひて、思し嘆くことことわりなり。しば 一セ 一六臨終を見届けない心残り。 おく 宅父宮に先立たれては。 しにても、後れたてまつりて、世にあるべきものと思しならはぬ御心地どもに ま 九 おもて こと′」と
のち らじとおばゆる身のほどに、さ、はた、後の世をさへたどり知りたまふらんが内的契機があってのこと。 一四以下、薫の道心の奇特さ。冷 ありがたさ。ここには、さべきにや、ただ、厭ひ離れよと、ことさらに仏など泉院らに寵遇される薫は若くして 昇進し、思うに叶わぬことはない 一九 の勧めおもむけたまふやうなるありさまにて、おのづからこそ、静かなる思ひ一五来世までを観する思慮深さ。 一六前ハー九 ( ありがたき」に照応。 ニ 0 かなひゆけど、残り少なき心地するに、はかばかしくもあらで過ぎぬべかめる宅以下、宮自身の道心について。 一 ^ 前の阿闍梨の紹介にも「さる かた を、来し方行く末、さらにえたどるところなく思ひ知らるるを、かへりては心べきにて : ・」 ( 九九ハー末 ) 。自分を 仏道に向わせるべく起ったわが身 の不運であると理解する。 恥づかしげなる法の友にこそはものしたまふなれ」などのたまひて、かたみに 一九宇治での厭世生活をさす。 まう せうそこかよ ニ 0 仏道の深遠な境地に至れぬま 御消息通ひ、みづからも参でたまふ。 ま生涯を終えそうだ、とする。 げに、聞きしよりもあはれに、住まひたまへるさまよりは = 一薫の道心深さをさす。その内 〔 0 薫、八の宮を訪問 的必然を知らぬだけに奇特と映る。 ニ人の親交はじまる じめて、いと仮なる草の庵に、思ひなしことそぎたり。同一三以下、宮邸を訪れた薫の視点。 ニ三宮の遁世ぶりを思うせいか ニ四あら じき山里といへど、さる方にて、いとまりぬべくのどやかなるもあるを、いと荒ニ四以下、宇治の荒涼たる自然。 ニ五物思いを忘れたり。「もの忘 おと れうちすべきほどもなげに」と続 姫ましき水の音、波の響きに、もの忘れうちし、夜など心とけて夢をだに見るべ くべきところ、「夜など : ・」が挿入 され、「・ : べき・ : 」で合流する文脈。 かかフっー きほどもなげに、すごく吹きはらひたり。「聖だちたる御ためには、 橋 ニ六三行前一・さる方にて心とまり ニ六 ニセ ぬべく」と対照的。愛着を起させ もこそ心とまらぬもよほしならめ、女君たち、何心地して過ぐしたまふらん。 0 ぬ点が道心には格好の風景。 毛八の宮の姫君たち。 世の常の女しくなよびたる方は遠くや」と推しはからるる御ありさまなり。 をむな のり ニ五 かり お よる かな
源氏物語 一左近中将は。普段は妻のもと。 はす。人の婿になりて、心静かにも今は見えたまはぬを、花に心とどめてもの ニ成人した左近中将や右中弁ら の親だが、四十八歳に見えぬ若さ。 したまふ。 三大君参院を望む理由の大半は、 かむ 尚侍の君、かくおとなしき人の親になりたまふ御年のほど思ふよりはいと若後宮に入らなかった玉鬘への未練。 四大君が冷泉院へ。 かたち れぜいゐんみかど三 うきょげに、なほ盛りの御容貌と見えたまへり。冷泉院の帝は、多くは、この五左近中将や右中弁。 六退位後の院への参入では、一 御ありさまのなほゆかしう昔恋しう思し出でられければ、何につけてかはと思族が帝の外戚になるような栄耀を 得られない。内心、衰退の一族の しめぐらして、姫君の御事を、あながちに聞こえたまふにぞありける。院へ参再興を念じ、入内をと願う。なお、 以下の会話文は、左近中将・右中 五 弁に分割しても読めるか りたまはんことは、この君たちぞ、「なほもののはえなき心地こそすべけれ。 セ↓四五ハー一〇行。 よひと ^ 冷泉院の。前に玉鬘は院の好 よろづのこと、時につけたるをこそ、世人もゆるすめれ。げにいと見たてまっ ましさを子急らに述べたらしい らまほしき御ありさまは、この世にたぐひなくおはしますめれど、盛りならぬそれを受けて「げに」とある。 九退位後。一一行前と同表現。 ことふえ ね 心地ぞするや。琴笛の調べ、花鳥の色をも音をも、時に従ひてこそ、人の耳も一 0 ↓薄雲団六三ハー注一九の歌。 = 東宮に参内させておけば、即 とうぐう とまるものなれ。春宮はいかが」など申したまへば、玉鬘「いさや、はじめよ位後、帝の外戚ともなりうる。 三タ霧の長女が最初から東宮に 入内していること。↓紅梅三一ハ りやむごとなき人の、かたはらもなきゃうにてのみものしたまふめればこそ。 ちょうあい 一三寵愛を独占する状態。文末を なかなかにてまじらはむは、胸いたく人笑へなることもやあらむとつつましけ「こそ」で切り、大君参入は不適当 の気持をこめる。次文も同じ。 一四後宮内の位置は出自の権勢に れば。殿おはせましかば、行く末の御宿世宿世は知らず、ただ今はかひあるさ はなとり 一五すくせ 六 四
て不義の子 ( 冷泉帝 ) に接した光源氏が、動揺のあまり帰 慰めには、西の対 ( 紫ノ上ノ居所 ) にそ渡りたまふ。 ( 中 邸し、あらためて藤壺と贈答を交し、さらに紫の上の無心 略 ) ( 源氏ガ紫ノ上ヲ ) のぞきたまへれば、女君、あり さに接することになる紅葉賀巻の条である。 つる花の露にぬれたる心地して添ひ臥したまへるさま、 おまへせんざい , つつくし , つら , ったげなり。 ( 源氏ノ邸二条院ノ ) 御前の前栽の、何となく青みわた ( 第一一冊・六二 ~ れる中に、とこなつのはなやかに咲き出でたるを、折ここで注意すべきは、「とこなっ」「なでしこ」のイメージ らせたまひて、命婦の君 ( 藤壺ノ侍女王命婦 ) のもとに、の転々たる推移がそのまま物語の緊張的な内面を形象して 書きたまふこと多かるべし。 いるという点である。光源氏が藤壺への文を結ぶべく手折 源氏「よそへつつ見るに心は慰まで露けさまさるな った「とこなっ」には、前掲の歌の「床」がひびいてい でしこの花 るだけに、藤壺への禁じがたい恋慕の情がこめられている。 花に咲かなんと思ひたまへしも、かひなき世にはべりそして、「よそへつつ : : 」の歌には前掲の歌がふまえ ければ」とあり。さりぬべき隙にゃありけむ、御覧ぜられ、幼な子を思う「なでしこ」の類型表現によっている。 させて、命婦「ただ塵ばかり、この花びらに」と聞こまた、この歌に添えられた「花に咲かなん」の引歌は、じ ゆるを、 ( 藤壺ハ ) わが御心にも、ものいとあはれに思 つは前掲 0 の万葉歌の伝承歌「わが宿の垣根に植ゑし撫子 し知らるるほどにて、 は花に咲かなむよそへつつ見む」 ( 後撰集・夏読人しらず ) 藤壺袖ぬるる露のゆかりと思ふにもなほうとまれぬである。もとの万葉歌は恋しい女に擬えた「なでしこ」で やまとなでしこ はあっても、ここではわが子の若宮をさし、その成長への とばかり、ほのかに書きさしたるやうなるを、 ( 命婦願望を表している。この源氏の「なでしこ」の歌といい弖 ガ ) 喜びながら奉れる、例のことなれば、しるしあら歌といい、可憐なわが子ながらも自らは愛撫できぬ苛酷な じかしと ( 源氏ハ ) くづほれてながめ臥したまへるに、 宿世を嘆くのだ。こうして「とこなっ」「なでしこ」の重 胸うちさわぎて、いみじくうれしきにも涙落ちぬ。っ層が、源氏の藤壺に寄せる絶望的な愛憐と、抗しがたい運 くづくと臥したるにも、やる方なき心地すれば、例の、命への切ない呻吟をかたどっているのである。また命婦の ひま