てい まったく体をなさない笛なのだから」と笑顔をつくられて、 しゃいます。琵琶は、押手の静かなのをよしとしておりま そ・つじよう じゅう すが、柱を押えると撥の音色が変って優美に聞えるところ若君に双調をお吹かせになる。まことにおもしろくお吹き になるので、「だんだん耳ざわりでなくなってきたのは、 が、女人の弾き方としてはかえっておもしろいものでした。 こちらあたりでいっとはなしにお琴に調子を合せたりして さあお弾きになりませんか。誰かお琴をお持ちしなさい」 いるせいだろう。ついては是非かき合せお聞かせくださ とおっしやる。女房などは、大納言の前に姿をお見せ申さ おももち じレろ・ろう い」と姫君にご催促になるので、姫君はお困りの御面持な ぬ者はめったになく、ただほんとに年若の上﨟ふうの女房 つまび がら、爪弾きで、じつに巧みに笛に合せてほんの少しおか で顔をお見せしたくないと思っている者は勝手に引っ込ん き鳴らしになる。大納言も物慣れた低い声でロ笛をお合せ だままですわっているので、「おそばの人までが、こうよ になる。 そよそしくふるまっているのは穏やかでない」と機嫌をわ ひとふぜい るくなさる。 この寝殿の東の端に、軒近い紅梅が一風情ありげに美し にわさき く咲き匂っているのを大納言がごらんになり、「お庭前の 〔四〕大納言、紅梅に託若君が、宮中へ参上しようとして宿 花の風情はよい心がけに見える。兵部卿宮が宮中にいらっ し匂宮に意中を伝える直姿でまいられたのが、ことさらに みずら きちんと結った角髪よりもじっさい美しく見えるので、大しやるそうだ。一枝折ってさしあげなさい。色も香も『知 れいけいでん 納言はひどくかわいいとお思いになる。その若君に麗景殿る人ぞ知る』というもの」とおっしやって、「ああ、光源 にいらっしやる北の方へのお言付けをお託しになる。「そ氏と呼ばれたあのお方が若盛りの大将などでいらっしやっ わらわ たころ、わたしはまだ童で、ちょうど今のそなたのように なたに女御のお世話をお任せすることにして、わたしは今 さんだい して親しくしていただいたことがいつになっても恋しく思 晩も参内できそうもない。気分がすぐれないものだから、 い出されます。あの宮たちを世間では格別な方々とお思い と申しあげておくれ」とおっしやって、「笛を少々ここで 、、かにも人からほめそやされるように お吹き申せ。そなたは何かというと主上の御前のお遊びの申しあげているし 生れついていらっしやるご立派さであるけれど、あのお方 お召しにあずかっているが、聞かれたものではない。まだ おしで との
お思いになるのであった。 っとあなたがお幸せになるご縁だと聞き苦しいほどにうる その夜も、宮はあの宇治への案内の君をお誘いになるけ さく言い聞かせるものですから、年の功を積んだ人々の考 れいぜいいん れども、中納言は「冷泉院にぜひ参上しなければならない えは、そうはいってもやはり世間の道理をもわきまえてお ことがございまして」とおっしやって、京にお留まりにな りましようし、たいして力もないこの私が一人で強情を張 った。宮は、例によって中納言が何かというと世の中をつ ってみて、あなたをいつまでもこのままにおさせしておい つらにく まらなそうにふるまっていると、面憎くお思いになる てよいものか、という気になることもあったのですけれど、 。しまさらいたしかたある まさか、今すぐこうして何を考えるゆとりもなく、あれや 〔三〕大君、中の君をな宇治でま、、 だめ匂君を迎えさせるまい、それが本意ではなかったから これや恥ずかしい出来事のために心を悩ますことになろう とて疎略に扱うこともできまい、とおあきらめになって、 とは、まるで思いもよらないことでしたが、これがなるほ のが お部屋の設けなどとかく不足するお住いの有様であるけれど世間にいう、逃れられないご宿運だったのでしよう。ほ ふぜい ども、それなりに山里らしく風情をととのえて、兵部卿宮んとにつらいのです。もう少しお気持が静まられたときに、 をお待ち申しあげなさるのだった。宮が遠いご道中を急い これまでのいきさつの、私が何も知らなかった事情をもお でお越しあそばしたことも、それがうれしく感じられるの話しいたしましよう。私を憎い姉とお思いにならないでく は、思えば不思議というものである。 ださい。罪が重くなりでもしたら大変ですから」と、妹君 みぐしな 当の中の宮は、正気も失せた有様で身づくろいをしてお の御髪を撫でつくろい撫でつくろいお申しあげになるので、 くれない 角 もらいになる、その間にも濃い紅のお召物の袖がひどく涙中の宮は返事もなさらないがさすがにお心の中では、い、 に濡れるので、気丈の姉君もついお泣きになっては、「私 にも姉君がこうまでお心をかけてくださってこのようにお 総 はこの世にいつまでも生きていられるとも思われませんの っしやるのは、私のことが心配で、不幸にならぬようにと お計らいになるのだろうが、しかし宮とのご縁でいっか世 で、明け暮れの物思いにも、ただあなたのことだけをおい たわしくお思い申しておりますのに、この女房たちも、き 間のもの笑いとなるような見苦しいことが起って、姉君に
たとえばなし たくら 作りあげた譬話と同じことになりましよう。こうまでお企 にお気持が傾いていらっしやるようですが、宿世などとい ひょうぶきようのみや 4 うものは、けっして思うにまかせぬものらしゅうございまみになったお、いの内を、兵部卿宮もどのようにお取りあそ ばしますか。ど , つかやはり、ほんとにこ , つも 5 ろしく情け すから、あの宮のおばしめしが別のお方でございましたの 語 なく、困らせないでくださいまし。もしこの私が思いがレ 物をおいたわしく存じますにつけても、望みのかなわぬ私は 氏 なくこれからさき生き長らえているようでしたら、少し心 まったく身の置き所もなく情けのうございます。やはり、 源 どうなることでもないとおあきらめくださいまし。この襖の落ち着いたうえで申しあげさせていただきましよう。今 の守りぐらいがいくら固いといったところで、私たちが真は気分も真っ暗のようで、ほんとに苦しゅうございますか つきあい ら、しばらく休息いたしと , つごギ、います、ここをお放しく 実清らかなお交際だと想像申しあげる人もございますまい ださいまし」と、ひどくつらそうにしていらっしやるので、 こちらへ案内せよとお誘いになった宮も、まさか私がこう さすがにこうして筋道を立ててお訴えになるのが中納言に して胸をつまらせて夜を明かしていようとはお思いになり は気恥すかしく、またいじらしくも思わずにはいられない ましようか」と中納一一 = 口がおっしやって、襖をも引き破って ので、「どうかお聞き願います、あなた様のお気持をまた しまいかねない様子なので、姫宮は言いようもなく厭わし となく大事に存ずればこそ、私はこうも融通のきかない男 くなるけれども、なんとかこの場をとりつくろおうと心を になっているのでございます。それでも、言いようもなく 落ち着けて、「今おっしゃいました宿世とかいうことは目 にも見えないもので、なんとしても得心がまいらず、これ憎らしく厭わしい者のようにお思いになるようですから、 なんとも申しあげようがございません。ますますこの世に から先ど , つなることやら ( 打く末もはかりカたし、冫。カ 生きていく望みも失せてしまいました」とお話しになって、 こみあげて、目もふさがるような心地がいたしまして。 「では、このまま物越しででもお話し申すことにいたしま ったいどうなさるおつもりか、とあまりのことに夢のよう しよう。すっかり私をお振り捨てになりませんように」と に存ぜられますが、もし後々に世間話の種に持ち出す人で おっしやってお袖を放しておあげになると、姫宮はそっと もありましたら、ちょうど昔物語などにとりわけ愚かしく ふすま そで
かしくみつともないことになるにちがいないとお思いにな ことはなかったろうに、などと胸のせまる悲しい思いでい るけれども、しかしまたそうしたはばかりがあるからとは、 らっしやる。帝は、姉君がご器量など評判の美しい方とお みやすどころ 聞きあそばしていたのに、ご期待がはずれたのをなんとな娘の御息所にもそれをお打ち明けにならないので、御息所 語 はご自分のことを昔から故大臣は格別に大事にしてくださ 物くおもしろくなくおばしめされるけれども、このお方もじ 氏 ったのに、尚侍の君は、妹の中の君のほうを、桜の争いや つに嗜みが深く、奥ゆかしくふるまってお仕えになる。 源 これといったことのない折にもひいきをなさった、そのお 前尚侍の君は、このへんで出家したいものとお思い立ち になるが、ご子息たちが、「あちらとこちらと姫君たちを気持が今も残っていて、あまり思ってはくださらないのだ っとめ と、恨めしくお思い申しあげていらっしやるのだった。院 お世話申しあげていらっしやるのですから、仏のお勤行も 落ち着いたお気持ではおできになれますまい。もう少しどの上もまた、なおさらひどく情けないとおばしめされ、そ のことを仰せられるのであった。「わたしのような年寄の ちらもこれでご安心というところをお見届けになってから、 っとめ ところにあなたを放っておいて : : : 。見くびっておられる 誰にもとやかく言われなくてすむようにお勤行に専念なさ いまし」と申されるので、お思いとどまりになって、宮中のも無理はないが」とお話しかけになって、御息所をいよ れいぜいいん いよいとしくお思いあそばすのであった。 にはときどきこっそりとまいられる折もある。冷泉院へは、 やっかい 厄介なお気持が今なおおありなので、しかるべき折もまる 〔 5 大君、男御子を産幾年かたって、御息所はまた男御子 む人々に憎まれるをお産みになった。大勢仕えていら で参上なさらない。昔のことを思い出して、何といっても おそ っしやる御方々にはこうしたことがなくて何年も過ぎてい やはり畏れ多いことと思われたそのお詫びの気持を表すた たのであったから、これは並々でないご宿縁だったのだと めに、誰もがみな反対していたのにも気づかぬふりをして 世間の人は目を見はる。院の帝は、ましてこのうえもなく 姫君を院にまいらせておいて、そのうえこの自分までも、 めったにないことと、この今宮をおいつくしみあそばす。 たとえ冗談にでも院にお目にかかって、年がいもない噂が 世間のロの端にのばりでもしたら、それこそほんとに恥ずご退位にならないうちであったならどんなにかお生れがい ( 原文八一ハー ) たしな 、つわさ
源氏物語 380 い訳をなさるところが、かえって気がねせずにはいられな まりがわるくなって、昔の思い出話などをきまじめな顔で お申しあげになる。 いのでございます」とおっしやって、 「つららとち駒ふみしだく山川をしるべしがてらまづ 〔一巴薫、大君の迎え入「日が暮れてしまいましたら、雪が れを提言薫の威徳 やわたらむ いよいよひどく降って空も閉じてし せき ( 氷にとざされたところを駒が踏み砕いて通る山川を、宮の まいましよう」と、お供の人々が咳ばらいして促すので、 ご案内をするついでに、この私が先に渡ることにいたしまし中納言はお帰りになろうとして、「おいたわしく拝見せず よう。容易ならぬ恋路ですが、まずもって私の思いを成就さ にはいられませぬお住いのご様子です。私の京の邸は、山 せたいものです ) 里さながらのほんとに静かな所で、人もうるさく出入りし それでこそ、浅からぬ思いでお訪ねするかいも十分にある ない所でございますが、もしあなた様がお移りになるお気 というものでございましよう」とお申しあげになるので、 持になってくださいますなら、どんなにかうれしゅうござ 姫君は、あまりにも心外なこととて疎ましいお気持になら いましよう」などとおっしやると、それを小耳にはさんで、 れ、これといってご返事も申されない。きつばりと近づき 「ほんとにすてきではありませんか」と、にこにこ顔をす にくくとりすましているようにはお見えにならないけれど、 る女房たちがいるが、中の宮は、これを見聞きして、まっ ひと 当世の若い女のように、変に色めいた思わせぶりをするで たく見苦しいこと、どうしてそのようなことがあってよい もなく、じっさい難のないおおらかなご気性なのだろう、 ものかと思っていらっしやる。 と推し量らずにはいらっしゃれない姫君の御物腰である。 姫君は御くだものを体裁よく盛ってさしあげ、お供の さかな 女人はこんなふうであってほしいものだと、中納言は期待人々にも、肴などを格好にとりつくろってお酒をお出しす こつけてこ に少しも違わぬ感じでいらっしやる。何かの話し るようになさるのだった。あの御移り香の件で人に騒がれ とのいびと かずらひげ ちらの意中を打ち明け言い寄ってみるけれども、姫君はい た宿直人が、鬘鬚とかいうどうも感心しない面つきをして っこう気づかぬふうにおあしらいになるので、中納言はき いる、それを頼りなげな番人よとごらんになって、中納言 やしき
面倒をおかけすることになったらどんなにつらいことだろ びていはしよ、ゝ オし力と、ちょっとしたご返事もどうロにした れうかと、あれこれ思案に乱れておいでになる。 らよいのかも分らず遠慮していらっしやる。とはいえ実際 ばうぜん たしな 宮は昨夜、中の宮がそうした心用意もなくて、ただ茫然 には、この妹君のほうこそ利発で嗜み深いところは、かえ 語 物としておられたご様子が、それだけでさえ並大抵でなく愛って姉君よりも映えまさっておいでである。 もち らしく思われたのに、まして今夜は多少世の常の人妻らし 〔一三〕三日夜婚儀の用意「三日目にあたる夜はお餅を召しあ 源 薫来たらず贈物あり くもの柔らかにしていらっしやるので、宮のお愛しみは一 がるものです」と女房たちが申しあ 段と深くなるが、それにつけても容易にお通いになれそう げるので、姫宮も特別にそうしなければならないお祝儀な もない山道の遠さをお考えになると、胸の痛くなるような のだとお思いになって、御前でお作らせになるが、不案内 かしら お気持にまでおなりになって、いかにも情深くさきざきの なことばかりだし、それにご自分が頭に立っていろいろ指 ことをお約束になられるけれど、女君はうれしいともなん図なさるのも、はた目にどう思われようかと気がひけるの ともお聞き分けになるゆとりもおありでない。どんなにた で、顔を赤くしていらっしやる様子が、いかにも心ひかれ いせつにされているどこぞの姫君でも、多少とも世間並に るお美しさである。これが姉心というものか、おおらかに 人の出入りがあって、親といい兄といい、人のふるまいを気品高くいらっしやるものの、また他の人に対して思いや も常に目にしていらっしやるお方なら、なんぞの恥ずかし り深いお方なのであった。 さも恐ろしさもほどほどとい , つものであろ , つ。ところがこ 中納言殿から、「昨晩は参上しようと存じましたが、い の姫君は、邸内で大事にかしすく人でもいるのだったらま くら精出してお仕え申しあげてもそのかいがなさそうです だしも、そうではなく、加えてこうした山深いお住いなの から恨めしゅうございまして。今夜はご用もおありかと拝 とのいどころ で、人付合いもなく、常に引きこもって暮しておいでにな されますけれども、先夜の宿直所のお勤めがいかにも間の るお方であるから、思いもよらない出来事がきまりわるく わるいことになりまして、ますます気分もすぐれませんの いなか 恥ずかしく、ご自分は何事も世間の人とちがって妙に田舎 で、ぐすぐずためらわずにはいられません」と、陸奥国紙 みちのくにがみ
なりになってからのことをいろいろとお書きおきになった いらぬような有様でいるのを見せつけられるのも、これま 3 ご遺産処分の遺書の中にも、中宮の次に書き加え申されて た気苦労なことにちがいないと思案に迷っていらっしやる。 れいぜいいん ねんご いたので、右大臣などは実のご兄弟よりもかえってご親切 いつばう冷泉院からは、まことに懇ろなお言葉があって、 語 物に心がけられて、しかるべき折々にはお見舞い申しあげて 昔、尚侍の君が御意にそむいた形でそのままにしておしま いらっしやる。 いになった薄情な仕打ちをまで、またあらためてお恨み申 源 〔三〕大君、帝・冷泉院男君たちは御元服などをして、それしあげあそばして、「今は、わたしもあのころよりますま ・蔵人少将に求婚さるそれ成人なさったので、父の殿が亡す、年をとってなんのおもしろみもない身の上であるとお くなられた後は何かと心細く悲しいこともあるけれど、そ見限りになるにせよ、安心のおける親とでも思って、姫君 のうちしぜんと一人前におなりになるにちがいない。ただ をお譲りくだされ」と、じつに熱、いに懇望申されたものだ から、「どうしたものだろうか。この身のまったくったな 姫君たちをどのようにご縁づけ申したらよいものかと尚侍 いめぐりあわせから、心ならずもお気に染まぬ者とお思い は心を悩ませていらっしやる。帝におかせられても、故大 臣が生前にぜひとも宮仕えの願いをかなえさせていただき あそばされたのが恥ずかしくも畏れ多くも思われるものを、 たい旨をせつに奏上しておかれたものだから、もうその姫この年になってやっと見直していただけようかしら」など と心を決めかねていらっしやる。 君はそろそろ成人なさっただろう、とあれからの年月をお 姫君はご器量がまことによくていらっしやるという評判 数えあそばして、しじゅう仰せ言があるけれども、尚侍は、 くろうどの なので、思いをお寄せになる方が多い。右大臣家の蔵人少 中宮の近ごろではいよいよほかに肩を並べる方もいらっし やしき やらないほどのご威勢に気圧されて、どなたもみなあって将とかいった君は、三条殿の御腹で、その邸では兄君たち 以上にたいそう大事におかわいがりになって、お人柄もま なきがごとくでいらっしやる、その末席に連なって、遠く から目かどを立てられ申すのもおもしろくないことだし、 ことにすぐれたお方だが、この君が、じつに熱、いにお申し さりとてまたほかの方々に負けをとって、ものの数にもは入れになる。、 こ両親のどちらからいっても、ご縁がおあり ひ みかど おそ
品があって難のない者は、みなその中将の君のもとへおま わしになっては、若君がこの院の内を気にいって住みよく 中将の君は、幼心にうすうすお聞きになったことが、折 居心地よく思うようにとばかり、格別にお世話すべきお方 にふれて不審に思われ、ずっと気がかりになっているけれ 語 おとど 物とお思いでいらっしやる。故致仕の大臣の女御と申しあげ ども、問い尋ねることのできる人もいないのである。母宮 たお方の御腹に女宮がただお一方いらっしやったのを、こ には、事情の一端をも自分が知っていたのかと気づかれる 源 のうえもなくたいせつにご養育あそばすが、その御有様に のは気がひける筋合いのことなので、二六時中いつも念頭 ちょうあい も劣らぬほどであり、后の宮に対する院のご寵愛が年月と を離れず、「いったいどういうことだったのだろう。なん ともに深くおなりになる、そのお気持のせいなのであろう。 の因果でこのように不安な思いがっきまとう身の上に生れ ぜんぎようたいし なぞ そうまでなさらずとも、とはた目には思われるほどである。 てきたのだろう。善巧太子が、自身に尋ねて出生の謎を知 〔五〕薫、わが出生の秘中将の君の母女三の宮は、今は一途ったというが、わたしもそのような知恵を身につけたいも 密を感知して苦悩するに仏道の修行を静かになさっていて、 のよ」と、つい独り一一 = 口をつぶやかずにはいらっしゃれない のだった。 毎月の御念仏や年に二度の御八講、また折々の尊い仏事ぐ らいをあそばして、所在ない日々をお過しなので、この若 おばっかな誰に問はまし、 しかにしてはじめもはても知 らぬわが身そ 君がお出入りなさるのを、かえってご自身の親のように頼 ( 気がかりなことよ。 りになるお方と思っておられるものだから、中将はほんと いったい誰に尋ねたらよいのだろう。 にせつないお気持になられ、一方、院も今上の帝も、しじ どのようにしてこの世に生れ、またこの先どうなっていくの ゅうおそばを放そうとなさらず、東宮や次々の弟宮たちも、 かも分らないこの身であることよ ) お気に入りのお遊び相手と思ってお誘いになるので、母宮答えてくれそうな人もない。何かにつけて、わが身に異常 をお訪ねする暇のないのがつらくて、どうそしてこの身ををかかえているような気がするにつけても、平静ではいら 二つに分けたいものと思わずにはいらっしゃれないのであれずただ無性に悲しくて、あれこれ思案を重ねては、「母 いとま いちず っこ 0
かにどんなすべがございましよう」と、なんとなく恨めしれるけれど、これはどこまで信頼のおけることだろうか く思っていらっしやるので、姫宮は、、かにももっともな、人並の身分でもないこの人々のあさはかな考えからただ一 といじらしくなって、「誰彼がこの私をあまりにわきまえ方的にそう言うだけのことだろう」とお考えになると、ま のない者のように言ったり思ったりしているようですので、 るではたから引き動かさんばかりに皆でお勧めするのもま あれこれと心を痛めているのですよ」と、もうそれ以上は ことに情けなく疎ましく感ぜられて、従うお気持にもなれ おっしやらない。 ない。同じ気持で何ごともご相談申される中の宮は、こう 日暮れになっていくのに、客人はお帰りにならない。姫した向きのことにはもっと心得もなく、おっとりと構えて 宮はまったく困ったことになったとお思いになる。そこへ いらっしやって、まるでお話し相手にもならないので、姫 おの 弁が参上してきて、中納言のお言葉をお伝え申して、お恨宮はなんと不運に生れついた己が身よとお思いになり、た みでいらっしやるのも無理からぬ由をこまごま申しあげる だ奥のほうを向いていらっしやると、女房たちは、「常の ので、姫宮は返事もなさらず嘆息をもらして、「いったい 色のお召物にお着替えあそばせ」などと、口々にお勧めし 自分はどうすればよいのかしら。これでもしもご両親のど ては、皆そうした心づもりでいるらしい様子なので、姫宮 ちらかでもご存命であったのなら、どうなろうとしかるべ はあまりのことと嘆かわしく、いかにも、あのお方がその きお方にお世話していただいてー・ー前世の宿縁とやらにま気になれば防ぎようもなかろう、場所も狭く、こうしたお かせて、この身の意のままにならないのが世の中なのだか住いの身を隠そうにもかいのない「山なしの花」はどうに 角 ら、すべて世間にありがちということにして、もの笑いに も逃れようもないのであった。 なるような落度にもならずにすんだことだろう。ここにい 客人は、こう表だって誰彼にも口を出させす、人に知ら 総 る女房たちは誰もみな年の功で、いかにも分別の持ち主でれずいっからとも分らないように事を運んで、と前々から 四あるかのようにめいめい自分なりに思っていては、いい気考えていらっしやったことなので、「ご承諾くださらない になっていかにも似合いのご縁であると言って聞かせてく のなら、いついつなりとこうしてお待ちいたしましよう」
さんみのさいしよう 十九歳におなりになる年、三位宰相に任ぜられて、やはり姫宮の御方との仕切りだけはこのうえもなく、常に遠ざけ みかどきさき これまでどおり中将も兼ねていらっしやる。帝や后のご殊ていらっしやるのももっともなことだし、また中将として も厄介な気もするものだから、無理にお付合いを求めて近 遇を得て、臣下としては、誰に遠慮することもない結構な 語 物信望を集めていらっしやるけれども、心の中では、ご自身づこうともしないでいる。もし、我ながら思いもよらぬよ 氏 の生れについてよく分っていらっしやることがあって、無うな気持にでもなったら、自分としてもまた姫宮としても、 源 まことに具合のわるいことになろうと、そのことをよくわ 性に悲しいお気持になられたりするので、気ままに軽率な すき きまえているので、なれなれしく近づくこともしないので 好色事に走るようなことはいっこうに好まず、万事、常に あった。 落ち着いて控え目にふるまっていらっしやるものだから、 中将は、ご自身がこうして人にもてはやされるように生 しぜん老成した心柄のお方であると、誰からもそう思われ ていらっしやる。 れついておられるお方なので、これといったこともないか りそめの言葉をおかけになると、相手の女は、まるで遠慮 中将は、三の宮が年とともにいよいよご執心でいらっし れいぜいいん やるらしい冷泉院の姫宮の御あたりを見るにつけても、常したいといった気持ではいられなくて、すぐさまなびいて くるというふうであるから、しぜんに通り一遍の通い所も に同じ院の内に明け暮れ暮していらっしやるところから、 数多くなってゆくけれども、別段その女のために仰々しい なんその折につけて、そのご様子をお聞きしたり拝見した りすると 、、かにもお噂どおりほんとに並々のお方ではな扱いなどはせず、まったく上手に人目に立たぬようにして、 奥ゆかしく、たしなみ深くていらっしやる御物腰は申それでいて、どことなく思いやりがなくもないといった扱 いなのが、かえって相手にとってはもどかしいことなので、 し分のないお方なので、同じことなら、いかにもこのよう こうしてこの君に思いを寄せている女たちは、つい惹かれ なお方と連れ添うのが、生涯楽しく暮してゆくことのでき 惹かれして三条宮にお仕えすべく集ってくるのが大勢いる。 るお相手なのだろうとは思うものの、冷泉院がほかのたい この君のつれない態度を見せつけられるにつけ、、かにも ていのことは分け隔てなく目をおかけあそばすけれども、 うわさ やっかい