ひね らば、抓みも捻らせたまへ。やむごとなき方に思しよるめるを、宿世などいふ宅私をつねるなり何なり。 一 ^ あなたは高貴な身分のお方に、 お心寄せのようだが。薫のこのい めるもの、さらに、いにかなはぬものにはべるめれば、かの御心ざしはことには やみな言い方は二〇一ハーにも。 、 : ろう べりけるを、いとほしく思ひたまふるに、かなはぬ身こそ置き所なく心憂くは一九宮は格別のお方、中の君に執 心だった。これもいやみな言い方。 一うじ ニ 0 思いのかなわぬわが身、と嘆 べりけれ。なほ、いかがはせむに思し弱りね。この障子の固めばかりいと強き ↓前ハー九行。 いぎな ニ一宿世と思って私にお心寄せく も、まことにもの清く推しはかりきこゆる人もはべらじ。しるべと誘ひたまへ あきら ださるよう、お諦めなさい、の意。 一三↓二〇七ハー七行。 る人の御心にも、まさにかく胸ふたがりて明かすらむとは思しなむや」とて、 ニ三あなたと私の間に実事がなか ゃぶ ったとは、誰も思うまい、の意。 、、いはむ方なく心づきなけれど、こしらへ 障子をも引き破りつべき気色なれは 一西私を案内人に誘った匂宮。 一宝薫の「宿世などいふ : ・」を受け、 むと思ひしづめて、大君「こののたまふ宿世といふらむ方は、目にも見えぬこ そのいやみな言い方をはぐらかす。 とにて、いかにもいかにも思ひたどられず、知らぬ涙のみ霧りふたがる心地しニ六「行く先を知らぬ涙の悲しき はただ目の前に落つるなりけり」 のち てなむ。こはいかにもてなしたまふそと、夢のやうにあさましきに、後の世の ( 後撰・離別羇旅源済 ) 。 毛男にだまされた愚かな女の話 ためし 角例に言ひ出づる人もあらば、昔物語などに、ことさらにをこめきて作り出でたの例。昔物語には多かったらしい ニ ^ 律儀な薫がこんな非常手段を ニ ^ たとひ とった真意を、匂宮も疑うだろう。 . し、刀ナ′ る物の譬にこそはなりぬべかめれ。かく思しかまふる心のほどをも、 総 ニ九恐ろしいほどのつらい思いで、 妹をも私をも困らせないでほしい。 けるとかは推しはかりたまはむ。なほ、いとかく、おどろおどろしく心憂く、 三 0 あまりのことで死にそうだが、 三 0 なとり集めまどはしたまひそ。心より外にながらへば、すこし思ひのどまりてもしも意外に生き長らえたならば。 っ 一セ お けしき ほか ニ 0 ニ六 ニ九 一九 ニ四
一「例の」とあり、前回と同様、 例の、明けはてぬ。薫「よし、さらば、この昔物語は尽きすべうなんあらぬ、 弁の語りは夜明けまで続いた 四 また、人聞かぬ心やすき所にて聞こえん。侍従といひし人は、ほのかにおばゅニ「この・ : あらぬ」は挿入句。感 動の尽きない話とする。 語 物るは、五つ六つばかりなりしほどにや、にはかに胸を病みて亡せにきとなん聞三ここでも他日の面談を約して 氏 打ち切る。他人への漏洩をも懸念。 たいめん 源 四小侍従。 く。かかる対面なくは、罪重き身にて過ぎぬべかりけること」などのたまふ。 五薫の五、六歳は幻巻の時期に かび ささやかにおし巻き合はせたる反故どもの、黴くさきを袋に縫ひ入れたる取相当。弁は九州にいたことになる。 六胸部疾患の総称。 うしな おまへ り出でて奉る。弁「御前にて失はせたまへ。我なほ生くべくもあらずなりにたセ弁への謝意をこめた言辞。 ^ 仏教思想から、実父を知らぬ りとのたまはせて、この御文をとり集めて賜せたりしかば、小侍従に、またあのは罪深いとされた。冷泉帝と源 氏の場合 ( 薄雲国〕一五〕 ) 参照。 ひ見はべらんついでに、さだかに伝へ参らせんと思ひたまへしを、やがて別れ九↓「御覧ぜさすべき物」 ( 一二 六ハー一〇行 ) 。柏木の遺書である。 わたくしごと はべりにしも、私事には飽かず悲しうなん思うたまふる」と聞こゅ。つれなく一 0 多年の経過がしのばれる。 = 薫の御前。漏洩を恐れる言辞。 ふるびと て、これは隠いたまひつ。かやうの古人は、問はず語りにや、あやしきことの三臨終に際しての柏木の言葉。 一三小侍従を介して女三の宮に。 ためし 当初、女三の宮に渡すはすだった。 例に言ひ出づらんと苦しく思せど、かへすがヘすも散らさぬよしを誓ひつる、 一四薫はあえて平静に無表情を装 う。「つれなし」は感動すべきこと さもやとまた思ひ乱れたまふ。 に感動しないこと。 ものいみ いと - まび ) 一•P かゆこはいひ 御粥、強飯などまゐりたまふ。昨日は暇日なりしを、今日は内裏の御物忌も一五老人に特有の、不用意な問わ ず語りに口外されるのを懸念。 あきぬらん、院の女一の宮、なやみたまふ御とぶらひにかならず参るべければ、一六弁が。 かく ほぐ たまは 六や う
いとあはれな一薫がお教え申したとおりに。 ニ先夜薫が忍び込んだ戸口。 三人を呼ぶ合図。 四弁は、薫が大君の前から立ち 語 ひとよ 去り、中の君の部屋に入ろうとし 物宮は、教へきこえつるままに、一夜の戸口に寄りて、扇を鳴らしたまへば、 氏 ているのだと思い、導く 源弁参りて導ききこゅ。さきざきも馴れにける道のしるべ、をかしと思しつつ入 = 匂宮は、弁の物慣れた手引に、 薫をたびたび大君のもとに導いた ものと想像する。 りたまひぬるをも姫宮は知りたまはで、こしらへ入れてむと思したり。をかし 六薫を言いなだめて、中の君の ^ さ くもいとほしくもおばえて、内々に、いも知らざりける、恨みおかれんも、罪避部屋に入れよう。大君の心づもり。 セ薫の、大君の思惑を思う気持。 ^ 弁解の余地のない気持。 りどころなき心地すべければ、薫「宮の慕ひたまひつれば、え聞こえいなびで、 九以下、大君に真相を語る。 一 0 宮がこっそり中の君のもとに。 ここにおはしつる、音もせでこそ紛れたまひぬれ。このさかしだつめる人や、 = 利ロぶった人。弁のこと。 なかぞら 語らはれたてまつりぬらむ。中空に人笑へにもなりはべりぬべきかな」とのた三宮の相談にのってあげたのだ ろう。弁を共謀者に仕立てあげた。 一三中途半端で世間のもの笑い オふに、、 しますこし思ひょらぬことの、目もあやに心づきなくなりて、大君 自分は大君には拒まれ、中の君も 「かく、よろづにめづらかなりける御心のほども知らで、言ふかひなき心幼さ匂宮のものになった、と嘆く。 一四まったく意外な話で、目もく あなづ らむほど不快な気持。大君の驚き。 も見えたてまつりにける怠りに、思し侮るにこそは」と、言はむ方なく思ひた 一五思慮の浅さをお見せした私の 至らなさから、あなたは見下げて まへり。 おいでだ。信頼しすぎたを後悔。 薫「今は言ふかひなし。ことわりは、かへすがヘす聞こえさせてもあまりあ一六お詫びの言い訳は。 わきたまふまじきさまにかすめつつ語らひたまへる心ばへなど、 あふぎ
一火葬の煙もとどこおらず短時 多くむすばほれたまはずなりぬるもあへなしと、あきれて帰りたまひぬ。 8 間に消える、あっけなさ。 ニいみこも ひとかず 御忌に籠れる人数多くて、心細さはすこし紛れぬべけれど、 0 紫の上のそれと比べられもする 〔一毛〕中の君悲嘆深し 大君の死。その美しき死顔は、大 語 薫も宇治に閉じこもる 物 中の宮は、人の見思はんことも恥づかしき身の心憂さを思君の願望どおり、薫の胸奥に刻印。 ニ近親者などが慎みこもる。三 源ひ沈みたまひて、また亡き人に見えたまふ。宮よりも御とぶらひいとしげく奉十日間。薫がいるので大勢が集る。 三夫匂宮に顧みられぬ妹の身の れたまふ。思はずにつらしと思ひきこえたまへりし気色も思しなほらでやみぬ上を苦にして姉が死んだと思うだ けに、他人の目を気にかけねばな らぬ、わが身の情けなさ。 るを思すに、、 しとうき人の御ゆかりなり。 四中の君も死んだ人のように。 五匂宮からの弔問。 中納言、かく世のいと心憂くおばゆるついでに、本意遂げんと思さるれど、 六大君の気持も。 はばか 三条宮の思さむことに憚り、この君の御事の心苦しさとに思ひ乱れて、「かのセ匂宮とのつらい宿運。 ^ 出家の本意。↓橋姫一〇二ハー した のたまひしゃうにて、形見にも見るべかりけるものを。下の心は、身をわけた九母の女三の宮。 一 0 中の君。薫は彼女の後見役。 = 以下、薫の心中。大君の思惑 まへりとも移ろふべくはおばえざりしを、かうもの思はせたてまつるよりは、 どおり大君の形見としてでも中の ただうち語らひて、尽きせぬ慰めにも見たてまつり通はましものをなど思す。君と結ばれるべきだった、とする。 「形見」の語に注意。薫には、大君 かりそめに京にも出でたまはず、かき絶え、慰む方なくて籠りおはするを、世あってこその中の君である。 一ニ大君が妹に身を分けたつもり ひと 人も、おろかならず思ひたまへることと見聞きて、内裏よりはじめたてまつりでも、自分 ( 薫 ) は心を移せそうに なかったが。↓一九五ハー一〇行。 一三「見通ふーは情を通する意。中 て、御とぶらひ多かり。 け六 ほ ^
一六結婚すれば、必ず恨めしいと。 。、、とまーレノ、て きこえたまへば、かすめつつ、さればよと思しくのたまへは 宅互いに相手に幻滅せず、もと ニ 0 の気持を失わず過したいもの。精 思したる御さま、気色を見ありくやうなど語りきこえたまふ。 神的な共感が理想視される。 一 ^ 薫が、宮の来訪ぶりなどを。 例よりは心うつくしく語らひて、大君「なほかくもの思ひ加ふるほど過ごし、 一九大君が、宮の夜離れをほのめ かしては、薫の懸念どおりになっ 、い地もしづまりて聞こえむ」とのたまふ。人憎く、け遠くはもて離れぬものか たと思われるように言われるので。 き : っし ら、障子の固めもいと強し、しひて破らむをば、つらくいみじからむと思したニ 0 匂宮が中の君を思慕する様子 や、自分 ( 薫 ) が宮の本心をさぐっ ていることなど。↓二二四ハー末行。 れば、思さるるやうこそはあらめ、軽々しく異ざまになびきたまふこと、はこ、 ニ一匂宮と中の君との結婚の件で。 一三薫は、大君が落ち着いた後、 いとよく思ひしづめたまふ。薫 世にあらじと、心のどかなる人は、さいへど、 自分と結ばれることを期待する。 ニ五 「ただいとおばっかなく、物隔てたるなむ、胸あかぬ心地するを。ありしゃうニ三前に薫は、大君が匂宮に心惹 かれるかと疑った。↓二〇一ハ ニ四薫。はやる心を抑える。 にて聞こえむ」と責めたまへど、大君「常よりもわが面影に恥づるころなれば、 一宝前に隔ての屏風を押し開いて 疎ましと見たまひてむもさすがに苦しきは、、かなるにかと、ほのかにうち大君の部屋に入った。↓一八三ハー。 ニ六以下、容貌の衰えを恥じる ハー ) 。「夢にだに見ゆと 角笑ひたまへるけはひなど、あやしうなっかしくおばゅ。薫「かかる御心にたゆ ( ↓一三一 は見えじ朝な朝なわが面影に恥づ る身なれば」 ( 古今・恋四伊勢 ) 。 められたてまつりて、つひにいかになるべき身にか」と嘆きがちにて、例の、 蚣 2 ニ七 毛↓タ霧⑦一五四ハー注一一。別々 とほやまどり あるじ 遠山島にて明けぬ。宮は、まだ旅寝なるらむとも思さで、匂宮「中納言の、主に夜を明かすのが習慣化 夭匂宮は、薫と大君とがまだ他 2 がた 方に心のどかなる気色こそうらやましけれ」とのたまへば、女君、あやしと聞人の関係とは思いもよらない けしき ゃぶ かるがる
べりともなびくべうもあらぬ心強さになん。おのづから聞こしめしあはするや一自然お聞き及びでしよう。自 ら誠実さを証そうとする常套表現。 うもはべりなん。つれづれとのみ過ぐしはべる世の物語も、聞こえさせどころニ「世の中をばいとすさまじく ・ : 」 ( 一〇〇ハー ) 思う薫固有の憂愁。 1 = ロ 三聞いていただくお相手として。 物に頼みきこえさせ、また、かく世離れてながめさせたまふらん御心の紛らはし 氏 四姫君の「世離れてながめ」る生 源こは、さしもおどろかさせたまふばかり聞こえ馴れはべら、ま、 。いかに思ふさま活は、薫の「つれづれと : ・」の人生 と同類ゆえ、共感しうるとする。 おいびと にはべらむ」など多くのたまへば、つつましく答へ にくくて、起こしつる老人現世の憂愁を抱く者同士として、 親交しようとする薫固有の論理。 五そちらから話しかけてくださ の出で来たるにぞ譲りたまふ。 るほど親しくさせていただければ。 たとしへなくさし過ぐして、弁「あなかたじけなや。かた六屈曲した訴えゆえ応じがたい。 〔三〕老女房の弁、薫に セ前ハーの、奥にいた「女ばら」の 応対し、昔語りをする 一人 ? 弁という老女房である。 はらいたき御座のさまにもはべるかな。御簾の内にこそ。 0 薫に応じたのは、姉妹のうちの 若き人々は、もののほど知らぬゃうにはべるこそ」など、したたかに言ふ声の大君。厭世的なまでに思慮深い彼 女が、以後の薫の関心の的になる。 さだ過ぎたるも、かたはらいたく君たちは思す。弁「いともあやしく、世の中 ^ 弁の無遠慮すぎる態度。 九薫の高貴さに恐縮する気持。 一 0 失礼ではらはらさせられる。 に住まひたまふ人の数にもあらぬ御ありさまにて、さもありぬべき人々だに、 = 御簾の中に入れるべき。姫君 かず とぶらひ数まへきこえたまふも見え聞こえずのみなりまさりはべるめるに、あの思惑を越えた発言である。 三薫を軽く扱ったと批判。 りがたき御心ざしのほどは、数にもはべらぬ、いにも、あさましきまで思ひたま一三出過ぎた弁のような女房しか いないのを姫君たちは恥じる。 一四以下、不遇の八の宮をいう。 へきこえさせはべるを、若き御、い地にも思し知りながら、聞こえさせたまひに 六
みかどきさき わたりにも、ただすきがましきことに御心を入れて、帝、后の御戒めにしづま一それに比べ。「わが殿」は薫。 ニ人から敬遠される意。 三宇治通いだけが例外で、他人 りたまふべくもあらざめり。わが殿こそ、なほあやしく人に似たまはず、あま も驚くばかりの熱心ぶり、とする。 語 物りまめにおはしまして、人にはもて悩まれたまへ。ここにかく渡りたまふのみ四愛人から聞いたばかりの京の 氏 噂話を、同僚にやや自慢げに披露。 五大君は、権門の姫君と匂宮の 源なむ、目もあやに、おばろけならぬことと人申す」など語りけるを、女房「さ 縁談の話に、うちのめされる思い こそ言ひつれ」など、人々の中にて語るを聞きたまふに、、 しとど胸ふたがりて、六以下、大君の心中。もう匂宮 とのご縁もおしまいというもの。 今は限りにこそあなれ、やむごとなき方に定まりたまはぬほどの、なほざりのセ身分高い方の婿に決まる前の、 ほんの一時の慰みに中の君に執心 御すさびにかくまで思しけむを、さすがに中納言などの思はんところを思して、したまでのこと、と経緯を顧みる。 ^ 匂宮はさすがに薫などの思惑 に気がねして、口先だけは情愛深 言の葉のかぎり深きなりけり、と思ひなしたまふに、ともかくも人の御つらさ そうにとりつくろったまでだった。 九この判断に到達した、の気持。 は思ひ知られず、いとど身の置き所なき心地して、しをれ臥したまへり。 一 0 薄情な匂宮への恨めしさ。そ 弱き御心地は、いとど世に立ちとまるべくもおばえず。恥づかしげなる人々れより、妹の親代りとして責任を 痛感。しかしなすすべもなく無力。 ↓二四二ハー注一一。匂宮婚約の にはあらねど、思ふらむところの苦しければ、聞かぬゃうにて寝たまへるを、 噂が、大君を死に追いやる趣。 かひな 姫宮、もの思ふ時のわざと聞きし、うたた寝の御さまのいとらうたげにて、腕三気のおける女房たちでもない が、取り沙汰されるのがつらい みぐし一四 を枕にて寝たまへるに、御髪のたまりたるほどなど、ありがたくうつくしげな一三誰もが物思う時にすると聞い た、うたた寝の中の君のお姿の。 るを見やりつつ、親の諫めし言の葉も、かへすがヘす思ひ出でられたまひて悲「たらちねの親のいさめしうたた
あいぎゃう ちすきて愛敬なげに言ひなす女あり。また、「あな、まがまがし。なその物か一魔物なそ憑くはすがない。 ニ世間付合いもあまりせず。 三結婚に際しても。 つかせたまはむ。ただ、人に遠くて生ひ出でさせたまふめれば、かかることに 四以下、母親などのいないこと。 語 物も、つきづきしげにもてなしきこえたまふ人もなくおはしますに、はしたなく五婿君 ( 薫 ) に自然おなじみにな られたら相手もお慕い申されよう。 六聞くに堪えぬ不作法。 源思さるるにこそ。いま、おのづから見たてまつり馴れたまひなば、思ひきこえ セ逢いたい人と過した秋の夜長 たまひてん」など語らひて、「とくうちとけて、思ふやうにておはしまさなむ」でもないが。薫の心。「長しとも 思ひそはてぬ昔より逢ふ人からの 秋の夜なれば」 ( 古今・恋三躬恒 ) 。 と言ふ言ふ寝入りて、いびきなどかたはらいたくするもあり。 ^ 大君と区別もっかぬほど優雅 あ 逢ふ人からにもあらぬ秋の夜なれど、ほどもなく明けぬる心地して、いづれな中の君の様子なので。 九自分自身の心から何の手出し もしなかったのに物足りぬ気分で。 と分くべくもあらずなまめかしき御けはひを、人やりならず飽かぬ心地して、 一 0 あなたも私を思ってほしい。 = 大君のなさり方を。 薫「あひ思せよ。 いと心憂くつらき人の御さま、見ならひたまふなよ」など、 三「若狭なる後瀬の山の後も逢 のちせ はむ我が思ふ人に今日ならずと 後瀬を契りて出でたまふ。我ながら、あやしく夢のやうにおばゆれど、なほっ も」 ( 古今六帖一 I)O れなき人の御気色、いま一たび見はてむの心に思ひのどめつつ、例の、出でて一三実事のない逢瀬の複雑な思い。 一四やや習慣化した動作。 一五薫と入れ替りに、弁が現れる。 臥したまへり。 一六中の君とも気づかず、尋ねる。 宅以下、中の君の心中。気がひ 弁参りて、「いとあやしく、中の宮はいづくにかおはしますらむ」と言ふを、 け、意想外の出来事に茫然とする。 一 ^ 大君が昨日、中の君に薫との いと恥づかしく思ひかけぬ御心地に、、かなりけんことにかと思ひ臥したまへ ふ 四 けしき 第 : 一ろう ひと
さしも急がれぬよ、もて離れて、はた、あるまじきこととはさすがにおばえず、一しかし結婚など思いもよらぬ ことだとは、さすがに思われない。 もみぢ なさけ かやうにてものをも聞こえかはし、をりふしの花紅葉につけて、あはれをも情ニ以下、清らかな親交をと考え もするが、それも不可能かと思う。 語 すくせ 三姫君が自分とは縁がなく、他 物をも通はすに、憎からずものしたまふあたりなれば、宿世ことにて、外ざまに 五 人と結婚する場合を想像してみる。 りゃう 四直接話法が間接話法に転ずる。 源もなりたまはむは、さすがに口惜しかるべう領じたる、い地しけり。 五すでに自分のもの、という気 六 おば まだ夜深きほどに帰りたまひぬ。心細く残りなげに思いたりし御気色を、思持。語り手の評言の加わった文末。 六八の宮が。↓一四一ハー一行。 まう ひやうぶきゃうのみや ひ出できこえたまひつつ、さわがしきほど過ぐして参でむと思す。兵部卿宮も、セ春の「中宿り」 ( 〔一〕〔 = 〕 ) では、 八の宮邸を訪問できずに終った。 この秋のほどに紅葉見におはしまさむと、さるべきついでを思しめぐらす。御〈匂宮の贈答の相手、中の君。 男女関係を強調した呼称に注意。 ふみ 九宮の真実の恋とも思えぬので。 文は絶えず奉りたまふ。女は、まめやかに思すらんとも思ひたまはねば、わづ 0 仏道者八の宮の遺託の言葉も複 のり らはしくもあらで、はかなきさまにもてなしつつ、をりをりに聞こえかはした雑なら、法の友薫の受けとめ方も 複雑である。しかしこれが、今後 の薫と姫君の関係を重く規制する。 まふ。 一 0 前の「心細」さがつのるばかり。 秋深くなりゆくままに、宮は、いみじうもの、い細くおばえ = 阿闍梨の山寺。「例の」とあり、 〔六〕八の宮、訓戒を遺 「四季の念仏」 ( 七日間 ) をする。 して山寺に参籠する たまひければ、例の、静かなる所にて念仏をも紛れなうせ三最期の別れになるかもしれぬ という予感から、言葉が遺言めく。 一三後顧の憂いがないと、の気持。 むと思して、君たちにもさるべきこと聞こえたまふ。八の宮「世のこととして、 一四姫君の世話を頼める人も。前 の薫への後見依頼とやや矛盾。 つひの別れをのがれぬわざなめれど、思ひ慰まん方ありてこそ、悲しさをもさ ( 現代語訳三六五ハー ) けしき
ゑん ことなしびに書きたまへるが、をかしく見えければ、なほえ怨じはつまじくお一三「うつろふ」は、色変る、心移 る、の両意。あなたには私よりも、 心移った相手の中の君のほうがた ばゅ。「身を分けてなど譲りたまふ気色はたびたび見えしかど、うけひかぬに いせつだ、とする。 一四さりげなく。歌の表現のこと。 わびて構へたまへるなめり。そのかひなく、かくつれなからむもいとほしく、 一五薫の心中。体を二つに分けて . なさけ 情なきものに思ひおかれて、いよいよはじめの思ひかなひがたくやあらん。とも心は一つと、大君が中の君に譲 一九五ハー六行。 られる様子に。↓ おいびと かろがろ かく言ひ伝へなどすめる老人の思はむところも軽々しく、とにかくに心を染め一六私が承諾しないので、大君は たくら 困って昨夜の一件を企んだようだ。 宅中の君に自分の気持が移らぬ けむだに悔しく、かばかりの世の中を思ひ棄てむの、いに、みづからもかなはざ ままなのも、大君に気の毒で。 りけりと、人わろく思ひ知らるるを、ましておしなべたるすき者のまねに、同天当初からの大君思慕。 一九薫は弁に大君思慕を強調して をぶね きただけに、中の君との一件を知 じあたりかへすがヘす漕ぎめぐらむ、いと人笑へなる棚無し小舟めきたるべ られては不都合と思う。 ニ 0 大君を思慕したことさえ。 し」など、夜もすがら思ひ明かしたまひて、まだ有明の空もをかしきほどに、 三薫本来の道心を顧みて、反省。 一三世間にありふれた浮気男のよ 兵部卿宮の御方に参りたまふ。 , つに、同じ女につきまと , つのは。 のち ろくでうのゐん ↓若紫田一九五ハー注三 0 の歌。 三条宮焼けにし後は、六条院にぞ移ろひたまへれば、近く 角〔九〕薫、匂宮に中の君 ニ三匂宮。六条院に部屋がある。 を譲るべく相談する ては常に参りたまふ。宮も、思すやうなる御心地したまひニ四三条宮焼亡後、薫と女三の宮 総 が六条院に移る。↓椎本一六九ハ おまへせんざい 一宝雑事にかまけぬ理想的な生活。 けり。紛るることなくあらまほしき御住まひに、御前の前栽ほかのには似ず、 ニ六以下、絵のような庭の情緒の やりみづ なかに、貴公子二人の親交を語る。 同じき花の姿も、木草のなびきざまもことに見なされて、遣水にすめる月の影 けしき す 一七 たなな